蜘糸草紙~土蜘蛛戦争異聞~   作:EMM@苗床星人

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六.作為

俺は戦慄した。

敗北した事にではない、現に魔術協会の実践において大叔母には何度も叩き伏せられ自らの魔術の弱点などとうに理解していた。

しかし驚いたのはけして見下してなどいない、それでも力量を見謝っていた事・・・いやそれも言い訳か

はっきり言って俺はこの少女を見下していた。

家族を救うという信念も当の父親自身に砕き捨てられた哀れな子供だと

狂った巫女たちの憧れに向かいただひたすらに走ることで己を支える無力な少女と誤解していた。

己のように枯れ果てる寸前の人間だと誤解していた。

禁忌の力の末端とはいえ、敵の放つアビリティの細部を見抜き、武器破壊を行いながらあろう事か攻撃を完全に回避していた。

この魔術の弱点は、武器が破壊され再生まで武器なしで戦わざるを得なくなることだったのだが

この少女は俺にその上で信念を叩きつけてきたのだ。

チェーンで怒りのバッドステータスを付与していたとはいえ、あり得ざる集中力だ。

再び距離を置いた少女は集中力が切れて体力の限界を迎えていた。

今なら、勝てる・・・そう思い、癪ではあるが自業自得と秘蔵のメガリスを鞘から抜こうとしたその時・・・

 

『下院さま!!巫女が戻ってきましたにゃ、燕糸の巫女は回収しましたかにゃ?』

 

通信用の簡易霊装からジュリアの声が聞こえてくる。

 

「いいや、失敗だ。しかしデータは取れた、大叔母もこれで納得するだろう」

 

「ふぅぅ・・・ふうぅぅ・・・」

 

唸りながらこちらに剣を向ける少女、巫女どころか獣のようだが

成る程、短時間で征するのは無理そうだ。

そう頭の中で再確認すると、俺は術を解いて少女に背を向ける。

しかし少女は俺の背に剣を突きつける、そりゃそうだな。

敵対していることには変わりない、それにこの少女も気になることが多々あるだろう・・・

 

「待ちぃや、あんたは何者や・・・何で私や恩方さまを狙う、私がもっとる力って何のことや?巫女の力やないんやろ?せやなかったら他の巫女まで払う意味がない」

 

「その様子なら覚醒寸前か・・・なら一つだけ答えよう、お前は・・・厳密に言えば土蜘蛛の巫女ではない」

 

そういったところで、雷が少女の剣をたたき落とした。

ジュリアだ。そう確信すると雷の落ちた方向へ跳び、避けてくれる事がわかっている援護射撃の雨を抜けて屋敷を脱出した。

 

ふと、耳の端に聞こえたのは・・・

 

「・・・・・・っと、いきなりどうしたのよ、ようこ!!」

 

「八重架が、八重架の声が聞こえたんじゃ・・・!!」

 

・・・・・・・・・・・・何故そこにいる・・・・・・明・綾野!!!

 

「下院様、追っ手に見つかりますにゃ!!」

 

「くっ・・・!!!」

 

確認する暇もない、ジュリアの言うことを聞きとりあえず俺達は屋敷からそのまま脱出した。

 

 

 

 

ばしゃあ!!と水をかけられて意識が覚醒する。

あの後私はそのまま戦い疲れて気絶していたようだ

再び痛いほどの寒さでもっていかれそうになる意識を留めながら見上げた先には

鬼のような形相をした父の姿があった。

 

「・・・進入者を捕らえられなかったのか」

 

今にも爆発しそうな怒りをたたえて、父は道具に訪ねた。

 

「・・・はい」

 

返して私も機械のように答える。

 

「し、しかし九段様、八重架様以外の巫女は結界に阻まれて援護さえ・・・」

 

「言い訳など聞きたくはない!!!!」

 

ついに爆発した父は私の胸ぐらをつかむ。

 

「やはりおまえは八重架ではない、八重架をかたる忌々しい道具だ・・・!!」

 

「・・・っ」

 

父の明らかな拒絶の意志を正面から見せつけられ、思わず顔を背ける。

 

「そうか、おまえも私の顔など見たくないだろう・・・」

 

そのまま父が杖をを振りかぶる・・・

 

「やめよ巫女衆!!!!」

 

誰かの絶叫にも似た声が、巫女たちを振り向かせた。

その先にいたのは、倉にずっと隠れていた・・・倉から一歩も出ずに私と師匠以外誰とも話そうとしなかった

恩方様だった・・・。

目尻に涙をためて、余りに多くの視線に泣きそうになりながら恩方様は言う

 

「八重架は・・・八重架はっ!!妾を賊から守るのに必死だったのじゃ!!守ることで精一杯だったのじゃ!!

だから・・・妾を守り切れただけでも、大儀である!!

八重架に手を挙げることは、この妾がゆるさんぞ!!」

 

こんなに多くの人間の前で話すこと事態が、恩方様には初めてのことだった

現に恩方様の膝はガクガクとふるえて、いまにも座り込んで泣き出しそうだった。

しかし・・・今の巫女衆において、まして土蜘蛛が恩方様一人である燕糸家の誰にも、恩方様に逆らえる人間は居なかった・・・

 

 

 

 

「・・・八重架!!ちょっと、しっかりしなさい!!」

 

倉に帰ると、棚の上から降りていた師匠が私をすぐに布団に寝かせてくれた。

幾つものショックを経て、相当疲弊していたのだろう

私は布団に潜るまで何度も脱力しては意識を手放しそうになっていた。

 

「一体、何が起こっていたの?さっきようこが血相を変えて走っていったけれど・・・」

 

奇妙なことに、師匠は先ほどの騒動に気づいていなかったようだ。

まるではじめからあの場所と師匠に糸がつながっていなかったかのように

だけれど、私にとってはもうそんな事なんてどうでもよかった。

魔術師の残した言葉が、父の罵倒が、今更になって頭の中を巡っている・・・

 

「師匠・・・私は、土蜘蛛の巫女やないんですか・・・?」

 

「・・・っ、どういう・・・事?」

 

師匠は知らなかったようだ・・・それもそうだ、昔からおかしかった(・・・・・・)私の才能に気づいていた方がおかしい

私の異常な理解力・・・あの魔術師の言葉を信じるなら、それこそが私の力・・・

土蜘蛛の巫女という運命に縛られる必要すら、私にははじめからなかったのではないか・・・

 

そう思って、私は心の堤防が音を立てて崩れていくのを感じた・・・

 

「無明って魔術師のひとが・・・っく、いってたんです・・・っあ、私は・・・土蜘蛛の巫女やないって・・・ひっく、なら私は・・・私たちは、何のために・・・」

 

巫女衆に拉致されてから一年間のつらい日々にため込んでいたものが、喉の奥からあふれて・・・

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

ずっと信じていた繋がりさえも否定され、世界がいかに意地悪か

その身にずっと受け続けてきた燕糸の巫女は、この日ついに綻びを見せた・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

赦せない・・・

 

赦してたまるか・・・下院・・・っ!!!

 

お前は・・・阿部瑠だけじゃなく、私の弟子まで奪う気か・・・!!!!

 

 

 

 

時空に干渉しうるメガリス・・・明綾野という人間は

今まで数多くの悲劇に見舞われてきた・・・

 

それが今土蜘蛛の組織にいるという事実

 

そしてそれがよりによってあの燕糸の倉に住んでいたという事実

作意的にすら感じるこの事実のピースは、あの巫女でなくとも事の真理を俺に理解させてくる。

 

これも運命の糸の作意か

 

おそらく明はまたしても、意図せずにこの運命に巻き込まれその中心になろうとしている・・・

そしてあいつがその末に、仮にあのメガリスを手に入れるような事があれば・・・

 

最悪、奴はその身を犠牲にこの可能性総ての敵になるだろう

 

「それだけは、赦すわけにはいかない…!!」

 

 

 

 

「出雲の恩方は精神的に復帰しつつある」

 

「本来の恩方様とはまるで別人だが、隠せばどうにか燕糸の体裁は保てる」

 

「然り、本家の方針変更に従わなかった分の汚名返上もできよう」

 

「そうだな、恩方様には・・・我々の操り人形になってもらおうか・・・」

 

「しかしそれにはあの愚物が何よりも邪魔になるな・・・しかもアレは恩方様に大層気に入られている」

 

「ほう・・・ならば、私に良い案がありますよ」

 

「・・・!!貴様は・・・葛城本家の!!」

 

 

「才ある燕糸の巫女を、いっそ使い潰してしまえばいいのです」

 

 

 

 

 

 

苦しみ、痛み、悲しみ、悪意、怒り、驕り、疑い

・・・様々な悲劇の種は火にくべられた木の実のように弾けて

数多くの種子を広範囲に撒いていく・・・

その日は、2006年12月31日

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇のその日まで、あと三ヶ月

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

2006年12月31日

土蜘蛛の組織は、その日完全に現実社会から乖離した。
蜘蛛童は人を喰らい、正史がついに動き出す。

明・綾乃 メイガス・モルガーナ

誰よりも歴史を憎む魔女
誰よりも歴史に縛られた魔女
誰よりも歴史に奪われた魔女

正史は暴虐の如く雪崩れ込み、彼女の大切なものへ無慈悲な牙を向ける。




無垢な悪意ほど、残酷なものはない。

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