(…それにしてもあの竜の娘。少し妙なところがあったのう)
白夜叉は黒ウサギ達“ノーネーム”が帰った後、少し考え事をしていた。
新しく来た四人の一人、竜の恩恵を与えられた少女の事である。
人の身でありながら
―――尤も、見たところ竜の力を扱え、竜になる事も出来るというギフトであるため、それは当然と言えば当然だったのだが。
だがそれ以上に気になることがあった。
あの娘は僅かに―――
(私の気のせいかもしれんが……)
―――竜になった時、霊格が下がっていた。
次の日、我は日も出ていない時間に起きた。昨日は早めに寝たからか思いの外早く起きてしまったようだ。
思えば時間が余っているのは此処に来てから初めてのことである。二日前まであれほど暇を持て余していたのが嘘のようだ。
そういえば、白夜叉と戦って得たものがあった。
(これは伸びしろがあると喜ぶべきか…)
レベルが10まで上がったのだ。
“超成長”というギフトを持っていることを考えれば、意外と少ないと思う。それでも大幅にステータスが上がったのだ。ここは喜ぶべきだろう。
今回は大した怪我は無かったが、もし、瀕死状態になり、そこから回復していたら、経験値はどれほど溜まっていたのだろうか―――とはいえ、痛いのも傷だらけになるのも嫌なのだが。それでも、あれほど実力が離れているとなると、多少無理をしてでも近づきたくなるものだ。
閑話休題。
この後は“フォレス・ガロ”とのゲームも控えているのだ、自分のギフトの確認くらいはやっておいた方がいいだろう。特に“反転世界”は変質している可能性が高い。
さて、実際に試してみようか。反物質は白夜叉との戦闘で一応使ったし、ここは“反転世界”を試してみよう。詳しいことが解らない“歪みの調整者”はひとまず措いておく。
部屋にある姿見に向き合う。元の世界ではゲームのように闇の渦の様なものを作り、そこから出入りする方法、映画のように水面等の鏡のように反射する所から出入りする方法、咆哮等により、空間に穴をあける方法という三通りの手段があった。今はその中でも音も出ないし、目立ちにくい鏡を使った方法で試してみる。
(開け)
鏡に触れる。すると、水面に触れたように波紋が広がり、沈んでいく。
出た先は予想通りの世界だった。浮く大地。外の景色が映る浮遊した泡。巨大な水晶の様なものでできた柱。上に落ちる滝に、逆さになった川。そして…
黒い瘴気。これは強い毒素をもっており、映画ではディアルガとパルキアの戦いにより時空が歪んだことで大量発生したものである。前の世界では無かった…いや、観測出来なかったものである。
推察するに、魔王によって時空が歪んだという事だろう。それでも小さく色の薄いものがひと塊だけである。これだけでもある程度の違和感を感じるのに映画の様な量になると…どれ程の不快感になるのか想像がつかない。
(なんとなく分かった気がする)
その黒い瘴気に消えろと念じてみる。すると、周囲に溶け込む様にして黒い瘴気が消えた。それと同時に違和感も消える。
なるほど、“歪みの調整者”とは、歪みそのものを消すのではなく、破れた世界が歪みを直し、それによって発生した黒い瘴気を浄化する能力というわけだ。そして、感覚的に分かったが、この速度にも限界があり、それを超える速度で歪んでしまうとあの映画の様な惨劇となってしまうようだ。
元々この世界は、ゲームでの破れた世界と、映画での反転世界が混ざった様な場所だった。それでも破れた世界の要素が強かったため、そう呼んでいるのだ。むしろ反転世界の要素は、時間の概念があること(ただし昼夜は無い)と、外の景色が映る泡、そして外の世界とある程度座標が対応していることくらいしか観測できていなかった。
それでもギフトネームが反転世界ということは存在の仕方そのものが反転世界と同じ、つまりこの世界は『現実世界の裏側にぴったりくっついている』のだろう。だから外の世界と座標が対応していたようだ。それでもある程度であり、同じ所からでも、半径一kmくらい離れたところまでなら出る事が出来たのだが。
……結局のところ、ギフトの正体が分かったのがこれだけのような気がする。
感覚的に分かったことはまだあった。それは、この反転世界は前と比べてかなり小さいという事である。
前の世界ではそれこそ無限に続き、まさにもう一つの世界であったが、ここは…前と比べてかなり窮屈に感じる。
体をギラティナに戻し、適当な方向に飛ぶ。
思えばここの端を知るために飛んだのは二回目だ。初めは気まぐれで飛び、気が付けばどの方向から来たのかすら分からなくなってしまっていた。
あの時はかなり焦ったものだ。ふと泡から外を見るとオーロラを見下ろしていたのだから。
何とか戻れないものかと色々試した結果、咆哮等で空間に穴を開けた場合、反転世界と反転世界間ならば念じた場所につなげる事が出来る、という事が判明して無事にわが家へ帰還する事が出来たのだが…できなかったら多分、二度とあの家には帰れなかっただろう。とはいえ、私は日本語以外は碌に使えないため、意地でも日本に帰ろうとするだろうが。
感覚的には2kmほど飛んで端に来たわけだが、そういう事か。
壁が在るわけではなく、見た目的にはさっきまでいた場所と変わらない。だが、それ以上進む事が出来なかった。例えるのならゲームで見えない壁に向かってひたすら歩いている時の状態だろうか。私は歩かずに飛んでいるから傍から見れば浮いて、止まっているように見えるかもしれない。
さっき入ってきた場所、要するにこの範囲の中心に行きたいと念じながら咆哮で空間に穴をあける。ふむ、これは変わらずに使えるらしい。
つまり、この反転世界は見た目は変わらず出来ることも変わらない。だが、範囲に制限が付いて、その範囲は入ってきた場所を中心とした半径2kmの球体、といったところだろうか。
要は済んだので“擬人”を使って人間の姿に戻る。一応、これについても確かめておこう。まだ、時間はありそうだ。
やはり、これが一番使い慣れている能力だろう。竜での生活は、色々と不便でならない。人前に出ることなどできるわけが無かったし、これのおかげで、ただ彷徨うだけの生活が変わったのだ。この能力をくれた事には本当に感謝している。しかし、何故幼女なのだろうか。あの人の趣味か?
そういえば、なぜこのギフトは“擬人”なのだろうか、擬人化とは違うのか?
いや、名前などどちらでもいいか。取り敢えず変わった所は無いか確認をしよう。
この能力は外見こそ変わるものの、タイプや特性、技などには物理攻撃の威力以外は影響がない。なぜ、物理攻撃の威力が変わるのかというと、人間の姿になると身体能力が変わってしまうからだ。それに加え、質量が変わるのだから威力が低下するがその分小回りが利く。その為、回避率も上がっているだろう。
更に、ほとんど人間状態のまま羽や尻尾を出したりすることもできる。竜の部分はフォルムによって変わるが、人の部分には変化は現れない。だが攻撃と防御、特攻と特防は変化する。このぐらいだろうか。
試しに羽だけを出してみる。“反転世界”内で、意識をしなかったため、アナザーフォルムの羽……というよりは爪の様なものが出てくる。
「『切り裂く』」
その羽で技を使ってみるが…特に問題は無い。この能力に変更点はなさそうだ。
あの男がどの様なゲームを持ち掛けてくるのかは分からないが、勝てるように自信のある勝負を仕掛けてくる事は間違いない。あの大柄で気象の荒そうな奴がボードゲームとかで挑んでくるとは到底思えない。むしろあの虎男がそれで挑んできたらびっくりだ。恐らく単純な武力で挑んでくるだろうが、よほど理不尽な内容でない限り、負けないと思うのだ。飛鳥はガルドの動きを操れていたし、耀は様々な動物と話せるだけではなく、更に友達となった動物の力を借りる事が出来るらしい。ジン=ラッセルは……リーダーだから、何かあると思う。我は技を多くもっているため、大概の事なら対応する事が出来る筈だ。
そう思っていたのだが、あらかじめゲーム内容を決めなかったことを少し後悔した。
尚、前日の会話は寝過ごしたようです。