あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
その日、先週から約束していた通りに俺は箒と一緒に隣街の大型ショッピングモールへ遊びに来ていた。
出店しているショップを見て回ったり、前から箒が観てみたいと頻りに言っていた映画を観たり、フードコートで食事したり……世間一般ではデートと言うんだろうか。まあ、何か付けてきていたけど。デートをしていたんだ。
予定通り別棟にある映画館で目当ての映画を観終わって……頃合いも良いのでお昼を食べに行こうという話になって、外に出た。
そうしたら──降ってきた。
最初の印象は、でかい。そうとしか言いようが無かった。
空から巨大な質量が落下してきて、轟音をあげながら駐車してあった車は無謀な着地に巻き込まれて一瞬でスクラップになってしまった。
重い足取りで、金属が軋むようにして歩けばその一歩一歩で駐車場のアスファルトが陥没していく。
少しだけ冷静になって見てみれば、何mあるのか目測ではよく解らないくらい巨大なロボットだった。
辺りはもう、パニックだ。
悲鳴と怒号が飛び交って、人が津波のように雪崩れていく。
ロボットは態と煽っているのか、ゆっくりと鈍重に歩くのみで殺害に及ぼうとはしない。
逃げたかったが、四方八方はしっちゃかめっちゃかな人の洪水が出来ていて進めやしない。箒の手を握って離ればなれにならないようにするので精一杯だった。
「い、一夏……っ!」
「大丈夫。大丈夫だから」
何が大丈夫な物か。根拠の無い気休めでしか無い。
それでも箒はその言葉を信じてか頷きながら必死にギュッと俺の手を握り返してくれる。ありがたいと同時に申し訳なかった。
何歩か進んでも直ぐに行く手を阻まれて、辛うじて見つけた隙間へ飛び込むようにして逃走を試みるが殆ど距離は稼げない。
そうやってグルグル周りを見渡しながら歩いていると、人の波を強引に掻き分けて流れとは逆方向に飛び出す人影が幾つかある。
俺たちをずっとストーカーみたいに付け回していた連中だ。多分、警察。
それを証明しようと言わんばかりに懐から拳銃を取り出すと、ロボットに向けて発砲しだした。
「…………!」
しかし、見るからに装甲の厚そうなロボットにそんな豆鉄砲はビクともしない。
アッサリと弾丸は弾かれて、ひしゃげた地面に虚しく散らばっていく。
それを見てコレは勝てないと判断してか……警察官と思しき者達は人混みに紛れるようにして散り散りに逃亡してしまう。
「おいおい、それってアリ?」
警察官かどうかと云うのは飽くまでも憶測に過ぎないが、違っていてもピストルをバンバンと撃ってしまった時点でアウトだ。
仮に所持が認められた警察官だったとしても、敵前逃亡してしまえば職務的にアウトではないだろうか。
少なくとも、逃げ惑う人たちを安全に誘導して然るべきだろうけど…………やっぱり何もしないで消えた、スリーアウト。
後で出るところに出て厳重に抗議するべきだろう。忘れないぞ。
しかし、ここでチェンジする者を探している訳にもいかない、大人かそれに準ずる人に頼るべきではないか?
「え、えっと……」
ポケットの携帯を取り出して、アドレス帳を呼び出す。
ザーっと羅列された名前を覗いて『お』の欄を探してしまいそうになるが、冷静になって『か』行の『く』を探した。
『く』の最後の方、焦ってはいても手元が狂うことは無く、タップしてダイヤルする事に成功する。
「もしもし!幸兄さん?!変なロボットが降ってきて……!」
それでも何処か動揺はしていて、言葉はどこか滅裂していた。
しかし、流石は幸兄さんで、こちらの話を汲み取ってくれて充分以上に理解してくれる。
《わかった、マッハでそっちに向かうから出来るだけ離れてくれ》
「うん……!」
そうだ、こんな所でのんびりしていてはロボットに踏みつぶされてしまう。
俺は別に正義のヒーローでも何でもないんだ。周りの人を気にしていて死んでしまったりしたら、それこそ馬鹿みたいだ。
千冬姉も言っていた。自分を守れないようでは誰かを守るなんて大それた事を言う資格は無いって。
だったら、自分と箒のことだけ考えて行動してしまえ。誰に許しを乞う必要も無い。
いや、箒には謝っておこうか。
「ごめん、箒!」
「え…………えええっ!?」
戸惑う箒を余所に、右手を箒の膝の裏に、左手で背中に添えてから一気に右手の方から持ち上げる。
そうすれば横向きに抱えた状態に……所謂、お姫様抱っこと呼ばれる形で箒を持ち上げた。
速さを優先するならば、ファイヤーマンズキャリーの方が安定もしてそうだけど、飛んだらお腹とかが痛そうなので今回は却下。
「ちょっ、ちょっと一夏!何してるの?!」
「だからごめんって、ちょっとだけジッとしてて!」
「う、うん……!」
誰もギュっとしてとは言っていない。まあ良いか。
抱きつくように箒も俺にしがみついてくれたので安定感は充分だ。
そのまま箒を抱えたまま、人の波を掻き分けるようにして走り出す。
少しだけ助走できれば、あとは人の身長くらい飛び越えるのは容易。
ジャンプできれば、逃走の距離だって稼げる。
「え、う、嘘おっ!?」
「舌を噛むなよ、箒!」
人の眼なんて気にしないで逃げる。
見られていたところで、それどころじゃないだろうし。
○
「メーティス、Mark.6をここまで飛ばしてくれ」
一夏くんの連絡を受けて、いてもたってもいられなくなった。
十中八九、昨年のニューヨークでの事件と同様の事態が発生している。
現場にいないので情報は不鮮明だが、直ぐに飛んでいけば問題無い。
『しかし、その胸のバッテリーはアイアンマンスーツを装着する事で著しく消費されます。戦闘行動は推奨されません』
「わかってる。それについては考えがある」
「ちょっと待て、どこに行くつもり?」
「決まってるだろ、忘れ物を取りに行くんだ。すみません柳韻さん、外します」
「あ、ああ……」
篠ノ之宅を後にして、地下のラボへと飛翔する様に駆け出す。
エレベーターを使わずに初めてここに訪れた時と同じ様に、今度は自ら穴へと飛び込んで自由落下に任せて底を目指した。
実に数10mの落下も何のその、今となってはこの程度の高さならば捻挫さえ無く片膝をついて綺麗に着地出来る。
我ながら、人では無い方向へ着実に近づいている自覚はないではなかったが、しかし着地の衝撃に痛みを覚える程度には未だ人間の域を踏み外さずにいられた。
「…………」
目的は、ラボの真ん中に鎮座する光輝。
見慣れた青白い光を放ち続けるそれは、しかし以前の物よりも優しい印象を受けた。
アークリアクター。それに無言で手を伸ばす。
『マスター……?お止め下さい。未だ解析は完了していません』
「テストは臨床試験に切り替える。僕が被験者だ」
アークリアクターを装置から外す。
ディスプレイを見れば、解析率は86%で表示は異常を示すレッドサインに切り替わる。
しかし、このまま律儀に解析が終了するのを待っていたら朝陽を拝む羽目になりかねない。
致し方ないのだ。
「駄目だよ」
「っ……!」
しかし、胸の孔に差し込む手前で、腕を掴まれてしまった。
束が、彼女が真剣な目をして訴える様に見つめてくる。
どうやら、追いかけて来て殆ど一瞬で追いつかれてしまった様だ。
「言ったよね、その先の部分は私でも全貌が解らない領域だってさ」
「…………ああ」
「本当に何が起こるか解らないんだ。メーティスの解析を待ってから──」
「だけど君は、こうも言った」
「あん……?」
「悪い物は何も入っていない。私が作った物だから安心しろ、ってさ」
正確には後者の言葉はISコアではなく人工心臓の話だが。
「あのなあ、そういう問題じゃないだろ!私は心配して言ってるの!何も調べなかったせいでお前に苦しい思いをさせた事を物凄く後悔してるんだよ…………だから!」
「大丈夫だよ」
「何を根拠に!」
「これは、ISコアは束の作ったものだ。僕はコアを過信してるんじゃない、君を信じているんだ」
「そ、そんなの……でも何かがあったら!」
「だとしても、もう一人で悩む必要はない。だったら大丈夫だ。僕は、君を信じているから」
「なっ…………!?」
制止を振り切るように、アークリアクターを左手に持ち替えて胸にくっつける。
元から専用の規格になっているだけあって、あっさりと人工心臓の孔はアークリアクターを受け入れた。
接続したアークリアクターはまるで己の存在を主張するかのように眩い光を解き放って──
「お、ぉお……」
「えっ、何それ本当に大丈夫!?」
「ソーダと、ミント……を、混ぜたみたいな味がする」
残念ながら、なのかは定かではないがココナッツとメタルの味はしなかった。
まるでのど飴を口いっぱいに突っ込んだ様な清涼感が喉の奥の方から飛び出してくる。
故に不快とかそういう感覚でもなく、やたらと爽快な空気が身体中を循環しているような感じだ。
『今のところ動作は安定しています。今のところは、ですが』
「嫌味を言うな。それより、Mark.6は?」
『既に到着し外で待機させています』
「よし、いい子だ」
今度は反対に、地上を目指して登る。
ただし、人間の僕が壁を伝い登るよりもエレベーターの方が早いのでそちらを使って。
まだまだ鍛え方が足りないのは否めない。
小屋から飛び出せば、メーティスの言う通りMark.6がお出迎えしてくれていた。
未だマーク8以降の様に自律で駆動し、戦闘を行うといった芸当はできないが、それでもメーティスの操作で任意の場所に飛んで来る事くらいなら造作もない。
しかも、Mark.6にはご自慢の新機能を搭載していた。
『チェック。スキャン。認証完了、装着モードに移行します』
「よし」
僕に背中を向けて立ち尽くしていたMark.6の背部のパーツが展開し始め、脊柱の部分を中心に左右へモーゼの如く別れていく。
胸部、胴部、脚部、腕部、頭部と徐々にバラバラと開いていくと内部パーツが露わになって僕の身体が入るスペースが出来上がった。
後はそこに、脚は靴を腕は手袋を入れ込む様な感覚で身体を差し込んでいけば、後はメーティスがフィッティングをしてくれるという寸法だ。
『装着の最適化を開始。完了。ステータス良好』
そう、つまりMark.5から発展してロボットアームを使わずにその場で即時に着脱できるシステムを搭載した。
マーク7以降で見られる自動着脱機能を部分的に再現した訳だ。マーク6?ああ……彼らは犠牲になった、メーティスの仕事の遅さを呪うがいいさ。
まあ……落下中に飛んできて着られたり、バンザイをしたら背中から着せてくれたりはしないんだけども。
というか、アレってどうやってんだろう。特に手の平。指の角度って一定に固定できないし、片手だけでも五指もあるから凄くコントロールが難しいよね……
今回は少し広げた形で待機させて手袋みたいに自分から填め込む形で解決したけど。次の課題はその辺りかな?
『Mark.6の起動を確認。システムオールグリーン』
「アークリクターの同期に問題は無い?」
『接続を確認。パラジウム・リアクターのサイクルをクロックアップする事で対応しました』
アークリアクターは、そもそもMark.6自体が既存の出来合いなのでパラジウムを用いた旧型だ。
あと30分もあれば新調できたんだけどね。ISコアにばっか集中してないで作っておけば良かったかな……でも帰ってる余裕も無かったし。
「おい」
手をグーパーしたり首を回したりしてスーツの調子を確かめていると、様子を伺っていた束が声を掛けてきた。
その眼には不安とか決意だとか色んな感情が入り交じり……揺れ動いている様にも見える。
「絶対に無事に帰ってこいよ。何かあったら本気でぶん殴るからな」
「それは、怖いな……」
束に本気で殴られたらスーツなんて貫通して身体が砕けてしまいそうだ。
それは流石に言い過ぎかな?生身でやられたら確実に骨と内臓は潰れるだろうけど。
「…………マスク、開け」
「え、こう?」
「高い、ちょっとしゃがめよ」
「お……っと」
言われた通りにマスクを開いたのに、満足がいかなかったご様子で両肩を掴まれ、そのままグイっと下げられて膝を折らされる。
姿勢が低くなったことに納得したのか軽く一度頷いてから、今度は僕の顔を掴んで……口に触れるようなキスをした。
「おまじないだよ」
「…………帰ってきたらご褒美でもう一度してくれる?」
「ばーか」
軽く小突かれる。
それだけで後ろ向きに3,4歩つんのめったんだけど……どうなってんの?
○
飛んでいってしまえば、後はもう殆ど一瞬だ。
アイアンマンもシリーズを重ねる毎に改良が加わり、今では初速もマッハに大分近づいてきた。
お隣の市、電車で移動する程度の距離は本当に数秒でその空域に到着してしまい、日本って狭いなとか思いながら件のロボットを捕捉する。
そのまま速度を殺さず、腕の噴射だけ止めて前方に突き出した。
パンチだ。ロボットはホームランボールみたいに吹き飛ぶ。
「うわ……人、残ってないよな?」
ロボットは案外に容易く殴り飛ばされてしまい、ショッピングモールの一角に飛び込んでしまう。
見栄えを良くしたガラス張りの壁は巨大な質量に骨組みの細い鉄筋と一緒に押しつぶされて、粉々に砕け散った。
サーチしてみるが、幸いな事にその一角には人の影は無く、人的被害は無さそうだ。
しかし、物的な損害は相当な物だろう。だれが補償するんだろうか…………?
メーティス、このショッピングモールって買収できないかな。
え、できる?本当に?アイアンマン4,5体分くらいだって?安いね、お買い上げだ。
「…………メーティス、起き上がらないんだがどうなってる?」
『今ので中枢部分のコンピューター等が破壊されました。物理的に動きません』
「え、もう終わったの?」
『イエス』
スキャンしてみれば、確かにメーティスの言う通り、頭部にあったと思われる電子機器はグシャグシャに潰れてしまっていた。
念の為、近づいて装甲を剥がしてみるが配線や骨格が見えるだけでコクピットと思しき部分が見当たらない。
どうやら無人機だったようだ。動きがやけに稚拙というか歩くだけだったという一夏くんの報告はこのせいか?
「いやいや……無駄すぎるだろ」
見れば銃器などの武装も無い。
本当に歩くだけの巨大アシモでしか無く、お金の無駄遣いとしか言いようが無い。
何かの試作機……にしたって、適当に鉄砲でも取り付けて撃ち乱れる仕様にした方が建設的だ。
自爆テロ……かと思って爆弾の可能性を探るが、どこにも搭載されていなかった。
何だ……逆に怪しすぎるぞ、コレ。
「まさか、これは囮で本命は別に……」
『マスター、来ます』
「何が!何処に?」
『ここに。上から飛行物体が接近しています』
メーティスが態々マスクのディスプレイに矢印で表示してくれたので導かれるように空を見上げる。
遙か上空から降下してくるのは、無骨な灰色の人型…………
そこまで速くは無い。高めに見積もっても時速800km弱と言ったところか。
「なんだ、アレは」
『ヒットしました。アメリカで試作されたISの実験機でセイバーⅡと呼ばれる機体です。テストが終了し解体される予定でしたが紛失。その存在は機密として隠蔽されています』
「なにやってんのアメリカ!?」
盗まれたという事実もそうだが、そんな汚点なんて奥底に隠してあっただろうにどうやって容易く情報を見つけちゃうんだろうね……
兎も角、その正体は束の手を離れて人類に作られた黎明のISだったようだ。
IS、セイバーⅡはまだ攻撃する意志は無いようでただ接近するのみ。
やがて、僕の目の前まで降り立ってきた。
パイロットの顔は白騎士と同様にフルフェイスのヘルメットを着用しているせいで見えない。
しかし、試作機だからだろうか……戦闘機のパイロットが被るヘルメットを改造した物と思われるが、何となく映画のバルチャーを思い起こさせるデザインになっている。
《まったく予想外だったわ。
「オープンチャンネル……?」
ありとあらゆる無線に割り込んで会話を交わすことが出来る、やはり束の作ったトンデモ機能の一つを使ってISのパイロットが話しかけてきた。
元々は、宇宙で漂流した時に救難を求める為に不特定多数に交信をする為の機能だと言っていたが…………
こっちも無線を繋いでいれば、周波数を合わせずとも勝手に拾ってくれるだろう。
《初めましてね、
「ミュータントだって、僕が?」
僕は別に絶対に砕けない爪が出せたり炎や氷を操ったり、ましてや不老不死の如く損傷した身体を再生できたりしない。
マッハ男とか魔女なら元が元だから勘違いされてもアレだけど、僕はミュータントでは無い。人間だ。
ミュータントの定義?先天性の出所不明な力を持った者の事だよ。多分。
《あら、充分ミュータントじゃないの。そんな立派なパワードスーツまで作っちゃって》
「生憎だけどね、パワードスーツを作れるのは僕だけじゃないんでね」
《フフフ……
「一体、アンタは何の話をしてるんだ……?」
《あら、ちょっとした挨拶よ》
挨拶にしては、随分と固有名詞の多い会話だこと。
どうせなら解説が欲しい。どうにか製作陣の副音声とか聞けないかな、円盤になるまで無理?
イシュタルとかって言うのは、恐らく束のこと何だろうけど……まあ兎に角、意味不明だ。メーティス、取り敢えず録音しておいてくれよな。
「挨拶って言うのは、お互いの理解出来る言葉でもっとこう……フレンドリーに交わすべきだと思うけどな」
《あら、私の言葉は通じなかったかしら?》
「いや、日本語は上手だね。だけど固有名詞が多過ぎてね」
《だったら辞書で調べなさいな》
「いいね。その辞書は何処に行ったら買える?」
《悪いけど、非売品なのよ》
突然、ISの右手にアンチマテリアルライフルみたいな銃が現れ、間髪入れずに撃ってくる。
警戒していたので回避は容易かったが、ISのこういう処はズルだと思う。
僕だって出来る事ならプロトンキャノンとか召喚してみたい……まずはプロトンキャノンから作らなきゃだけど。
「おいおい物騒じゃないか!銃なんか捨てなよ!」
《あら、じゃあコレも捨てなきゃかしら?》
アッサリとライフルを量子化して消したかと思えば、今度はソフトボールぐらいの大きさの球体を取り出してきた。
何だろうかと正体を伺う間も無く、此方に向かって放り投げて来たので反射的にキャッチしてしまう。
「なに、これ?」
『爆弾です』
「爆弾……爆弾っ?!」
《お近付きの印よ。それじゃあ、ご機嫌よう》
無責任にも、ISはお家に帰るみたいにサッと空の彼方へ帰ってしまう。
『この場で爆発すれば半径30kmが焼け野原に変わります』
「これもアメリカが作ったの!?」
『イエス。起爆スイッチが入りました、残り20秒です』
「うわっ、ちょ……と、取り敢えず空に!!」
海に捨てても漁船が巻き込まれてしまえば意味がない。
比較的人がおらず物も少ない場所といえば、一番の最寄りは宇宙だ。
時間ギリギリまで上昇して、あとは全力で投げ捨てるぐらいしか咄嗟に思いつかなかった。
……応用も利きそうだから冷凍機能でも取り付けようかな。次回作にご期待ください。なんて、馬鹿やってる場合じゃないな。
「ええいっ、飛んでけ!!」
もう滅茶苦茶に、投げた。
かなりの高度だったので投げてもそこまで上がらず、重力に引かれて少しずつ落下していく。
それでも地上に被害が出る前に爆発する筈だ。
5、4、3……今!
「え、近っ」
落下スピードが思ったより早く、爆弾は僕から数十メートルの距離で弾けてしまう。
半径30kmを焼き払う威力の爆弾が、割と近くで。
当然、爆風に巻き込まれる。
「うおおおおっ!?」
ドラム缶に入ったままバットで殴られたみたいな衝撃が轟いて、アイアンマンと言えども堪らず弾き飛ばされる。
その威力で熱核ジェットも一時停止してしまい、自由落下のままパラシュート無しの降下が始まってしまう。
「め、メーティス」
『システム再起動。成功。姿勢制御を行います』
咄嗟にメーティスが最適な処理をしてくれたお陰で、地面に飛び込む羽目にはならなかった。
安堵の息を吐き出しながらゆっくり出力を絞っていって、静かにショッピングモールの駐車場に着地する。
「し、死ぬかと思った……」
『可能性で言えば0.018%の確率で墜落していました。間一髪でしたね』
「……気持ちの問題だよ」
さて、帰ったら束になんて報告しよう……
ちょっとハプニングがあった事は黙っておこう。
いいな、メーティス?振りじゃないからな!
◯
「お疲れ様でした」
「いえ、これも仕事ですから」
轡木十蔵が対面していたのは、その日に篠ノ之宅へ訪問し“法務省の反町”と名乗った男だった。
男に轡木は自らが淹れた舶来の紅茶を身振りで薦めるが、それを断り自前のコーヒーを入れたポットを取り出す。
轡木は慣れている様子で、実は自分のカップだけを用意していた。
「君には損な役回りを演じて貰ってしまいましたね」
「本当ですよ。あんな喧嘩越しで乗り込んでいって、心が痛みました」
「おやおや。でしたら菓子折りを持って謝罪に行かれますか?」
「それ、経費で落ちます?」
「ふふふ、気持ちを伝えるなら自費で出すべきだと思いますよ」
「ですよねー」
お互い、見知った仲である様に会話を交わす。
少なくとも穏やかに談笑をするその様子は、険悪とは真逆の雰囲気を醸し出していた。
「我ながら、随分と稚拙な工作をしたものですよ」
「それで、どうなったんですか?」
「ええ、
「まあ、警護の人たち逃げちゃったそうですからね」
「あれは流石に予想外でした」
「だけど法務省の人はどうやって。実際にはやってないでしょうに」
「やりそうな人をピックアップしましたし、何よりも幸太郎くんが会話を録音しておいてくれたので、それに態とノイズを入れれば証拠の出来上がりです」
「うわっ、えげつない……」
「これも、仕事ですからねぇ」
轡木は何でも無い様に紅茶を飲んでから、何時もの柔和な笑みを浮かべる。
対して男は態とらしく身震いする様な仕草をしてから、コーヒーを口に含む。
その態度から見るに、彼もまた轡木十蔵という男を充分に理解している様にみえた。
「反町さんには少しばかりのお礼として天下り先を用意したので、フォローは充分の筈です」
「まっ、ある意味日本を陥れかねなかったんですから、未然に防げて良かったと思って貰わないと」
「本当です。こっちが察知せずに重要人物保護プログラムが本当に始動していたら……おお、くわばらくわばら」
「亡命じゃ、済まないですよね」
「その気になったら日本は地図から消えてしまうかもしれませんね。少なく見積もれば、ですが」
「報復者……アベンジャーという訳ですが」
「行動する時は二人同時にでしょうから、複数形でアベンジャーズの方が適当でしょうかね」
「はあ、怖いなぁ……その代償に法務省と警察庁は犠牲になったと」
「些かでしゃばって来ましたからね、ここらで大人しくして頂かないと日本の為になりません」
「向こうだって日本の為に、って行動でしょうに」
「裏目に出てしまえば大義名分なんて無意味になってしまうんですよ」
「確かに」
話が一段落すると、轡木はテーブルの上に書類を並べた。
「実は、法務省の失態を演じる上で警護の情報を不特定多数に態と漏らしたんですけどね」
「何やってるんですか轡木さん……」
「ははは、ちゃんと自然に漏れた様に装っていますよ。さて、そうしたら中々の大物が網にかかりましてね」
数種類の書類に共通してマーキングされたワードは“亡国機業”と“セイバーⅡ”、そして“織斑
持ち出せない事を重々承知している男は、頭に叩き込もうと書類を読み耽る。
前者の二つは外務省に潜っていた時にも見聞きした単語だったが、最後の日本人男性の名前にはとんと覚えが無かった。
「この、織斑秋十という人物は……?」
「細胞生物学者で20年前までは関東医大で研究を行っていた様ですが、民間の研究所へ移ってからの足取りが掴めません。それを調べる為に最後に消息が確認されたドイツへ飛んで頂きたい」
「人使いが荒いですねぇ……」
「それが仕事でしょう。どうやら亡国機業とも関わりがありそうなので調査は慎重にお願いします」
「わかりましたよ。お土産に期待して待っていてください」
散りばめられる伏線の嵐。
イシュタルはデウス・エクス・マキナにしようか迷った。まあダブルミーニングという事で。