あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~ 作:あるすとろめりあ改
長かった様な、短かった様な……しかし非常に内容の濃かった三年間はどんなに足掻いても今日で終わってしまう。
高校なんて、と考えていたあの頃からは想像もつかない充実した毎日を送る事が出来、それ故に寂しさも積み重なっていた。
仰げば尊し……まさに、その通りだなと痛感させられる。
「僕さ、蛍の光や仰げば尊しで泣いたのなんて生まれて初めてだったよ……束?」
「…………くぅ」
「相変わらずだなぁ……」
卒業式も終わり、教室に戻ってきた途端にコレだ。
と言うか、式の最中もずっとコックリしてた。
それでも卒業証書授与とか、肝心なところではパッチリとしてるんだから抜け目がないというかなんというか……
「よっ、社長」
「社長は結局、進路はどこになったんだ?」
担任の話も終わって自由解散になると、何人かの生徒がゾロゾロと集まって来る。
毎度思ってたんだけどさ、ここは別に集会所って訳じゃ無いんだけど……まあ、いいか。
「ああ、僕は“ゲートブリッジ”の大学に進学するよ」
太平洋沖に浮かぶメガフロート、世界最大の人工島は宇宙への入り口という意味合いを込めてゲートブリッジと呼ばれていた。
その橋たる軌道エレベーターは未だに姿も形も無かったが、僕も開発に参加して在学中には完成させるつもりだ。
ゲートブリッジには予定通りに様々な施設・機関が設立され、僕はその中の一つある大学に進学してアイアンマンとISの研究に勤しむつもりでいる。
「そっか。実は俺もゲートブリッジの学校に進学するんだけどな」
「ああ俺も」
「私もそうなんですよっ!」
「えっ、そうなんだ」
ゲートブリッジはISとアイアンマンの研究を行うと同時に、その装着者の教育も平行して行われる。
将来の宇宙開拓を牽引する者を教育するIS学園と、世界の防衛と平和を担う人材を育成するIM学院……どちらも通称だが、それぞれ高等教育機関の大学と附属の高校が設立されると聞く。
クラスを確認すると、その半数近くがIS学園やIM学院の大学に進学し、少数ながら僕と同じ様に研究機関の大学に進学する者もいた。
該当に漏れる人達はそれぞれ医師を目指したり、工学とは異なる分野の研究を志す為に母体の国立大学へそのまま進学する様だ。
「何だよぉ、騒がしいな……」
「あ、やっと起きた」
「そうだ篠ノ之さん!篠ノ之さんはどこに進学するの?」
「うーん?良く分かんないけど、取り敢えず幸太郎の行く所だったら何処までも付いていくんだぜ。ブイ」
「ちょっ、そんな事を言うと──」
途端、歓声が湧き立つ。
殆どが女子の声だ。黄色くて喧しくて姦しい、頭を抱えたくなる様な音だった。
「ああっ、やっぱり二人はダイヤモンドよりも硬い絆で結ばれているのね……!」
「よし、ここに結婚式場を建てよう!」
「みんなご祝儀は持ったな!行くぞぉ!!」
何処へ行こうと言うのだね?
飽きもせず結婚ネタ。これで三年間を通して来たんだから立派な物だ。
だけど本当にもう、そういうのいいから…………いや、しかし卒業したらこの流れも途絶えてしまうと考えれば少し名残惜しい様な気も────
「残念だったな幸太郎、半数以上が同じ場所へ進学するのだから逃げられないぞ」
「なん……だって!?」
ところが千冬から残酷な現実を告げられてしまう。
そんな馬鹿な……僕は、結婚するまでこの呪縛から逃れられないのか!
これは由々しき事態だ。日取りも決まっていないし式場だって定めなければ、やはり神前式というのには憧れるし…………ん?
「ねえ篠ノ之さんは、どう考えてるの?」
「束さんはどんな時でもバッチこいなんだけどね。ねえ、何時にしよっか?」
「…………せめて、進学して少し落ち着いてからかな」
まだ幾つか、片付けなければいけない事が残っている。
それが済んで仕舞えば、僕だって別に吝かでは無いわけであって────
だから、問題を先送りにしてるんじゃないってば。
◯
「失礼します」
「ああ、よくいらっしゃってくれました」
“理事長室”とプレートに刻まれた扉を開けて室内に入れば、そこには見知った顔が出迎えてくれた。
轡木十蔵。戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局……改めて、S.H.I.E.L.E.D.の局長にして、今はとある学校機関の理事長まで勤めている。
「理事長就任おめでとうございます。改めまして、これからお世話になります」
「いえいえ、理事長職も押し付けられた様な形でしてね。肩書きだけのお飾りですよ」
果たして、それが本当なのかは定かではない。
轡木さんが理事長を務める事になったのは、ゲートブリッジに幾つか設けられた学校の統括だ。
僕らが通う事になるISやアイアンマンを工学的に研究する大学だけで無く、俗にIS学園とかIM学院などと呼ばれている操縦者の育成を行う教育機関など……それら総てを牛耳る事になる。
「とりあえず、入学の書類については提出してきました」
今日は、入学の手続きと新居の準備をしに僕達はゲートブリッジまで訪れていた。
入学の手続きに関しては書類を提出するだけで終わった筈なのだが、どういう訳か理事長から呼び出しがあると受付で伝えられて、ここに訪ねてきたのだ。
轡木さんが理事長に就任したのは知っていたし、顔見知りなのだから挨拶をして行け……という意味合いで呼び出された訳では無いだろう。
「それで、何か話があるんだと思っていたんですけど?」
「はい。そろそろ幸太郎くんにも伝えなければいけないと思いましてね」
「…………束には伝えないんですか?」
「私から話しても彼女は聞いてくれないと思いまして。物事の伝達は円滑に進めるべきです」
それは、まあ……その通りかもしれない。
最近は割と吹っ切れたと言うか、他人に対して明るく振る舞える様になってきたが、それは話す人を見下しているからだ。馬鹿にしているとも言える。
基本的に束は敬語で喋らない。多分、数少ない例外は僕の両親くらい。他は僕みたいにタメ口か、その他大勢には道化みたいに人を食った様な口調で話している様だ。
初めてそれを目撃した時は、悪い物でも拾い食いしたんじゃないかと本気で心配したけど…………
「それで、伝えなければいけない事とは?」
「複数ありますが、まずはS.H.I.E.L.E.D.の本当の存在意義についてです」
「S.H.I.E.L.E.D.の? ISやアイアンマンの管理では無くて?」
「いえ、それらは飽くまでも副次的な仕事でしかありません。本質はとある特定の組織によるテロ等への対策チームなのです」
「そう言うのは、詳しく無いですけど公安警察の役目なのでは?」
「ええ、その通りです。S.H.I.E.L.E.D.の源流は飽くまでも公安警察の一部門でした」
説明を続けながら轡木さんはティーポットに淹れていた紅茶をカップに注いでくれた。
折角なので頂く事にする。慣れ親しんだティーバッグに比べて香りが強く、アールグレイ独特の柑橘系の風味が豊かで素人ながらに凄く美味しいと感じる。
「しかし、警視庁及び警察庁という枠組みでは限界が生じた為に他の省庁と合流した新たな組織が設立されました。それが前身の戦略的危機介入並びに諜報的支援管理局であり、私は仮の席が置かれた防衛省、当時の防衛庁の出身だった為に便宜的にトップに据えられたのです」
「はあ……」
「さて、それでどのような組織を追いかけているかですが。幸太郎くんは、
「っ! ええ、ちょっとだけですが」
忘れもしない。6年前、束が誘拐された事件の首謀者と思しき組織の名前。
結局、あの時の犯人は只のチーマーだったという話だが、その背後に何者かが暗躍しているのが見え隠れしていた。
「おや、そうでしたか。実は、2年前のニューヨークでの事件も、去年のショッピングモールでの事件にも裏では亡国機業が裏で糸を引いていたのが我々の捜査で判明しました」
「えっ…………?」
まさか、こんな風に繋がるとは思いもしなかった。
そう言えば、去年の事件でも束が来ることを望んでいた様な節の言葉を言っていたし……誘拐事件といい、束を狙っている?
「何なんですか、亡国機業って……?」
「そうですね……言わば、戦争の
「戦争のって、武器商人ですか?」
「武器商だけではありません。 時には政府や民衆を裏から操り紛争の種を蒔き、時には争いの後の混乱状態に付け入って傀儡にしてしまったり、更に周辺国を煽って新たな火種を植え付けたり……兎に角、現代の戦争や紛争の裏には必ずと言っていい程に亡国機業の介入があると言われています」
「言われていますって、分かっているんじゃないですか?」
「亡国機業とは非常に複雑化した組織でして……何より、その特徴として金を積んで傭兵や既知のテロ組織、果てには裏路地のチンピラを使います。細々とまるで糸を紡ぎ繊維を編み込む様に、形が出来て衣類が出来上がった事に気が付いた頃には、既に争いが各地で勃発しているという訳です」
「…………」
「故に、その組織の実態が掴めなかった。実行犯を縛りあげても所詮は末端、目的や組織図も不明なままでした。しかし……漸く、我々は亡国機業の片鱗を見つけたのです」
「片鱗、つまり首謀者に関わる」
「ええ。しかし、その話は実際に捜査を行ってくれた彼にお願いしましょう」
そう言って、轡木さんは手招きの動作をする。
気が付いた時には、僕達が対面していた机の傍に、その男は佇んでいた。
全くその男の気配に気づけなかった。ドアが開いた気配が無かったという事は初めからいた?まさか、尚更気付く筈なの。
戸惑い、驚く僕はその男の顔を見るが……更なる追い討ちが僕を混乱へと陥れる。
その男は、外務省の反町────を名乗っていた男だったのだ。
「彼は更識楯無くん。古来より日本の陰で暗躍する暗部……の対策をしてきた家柄の現当主です」
つまり、カウンターインテリジェンス。日本語で言えば防諜。
暗殺や破壊工作、情報漏洩と言った暗部から守る為の組織……いや、言い方からいって家柄か。
良く見れば、更識楯無さんの手には扇子が握られていて、それが開かれると……扇面には“夜露死苦”と達筆で書かれていた。
いや、なんでやねん。
「その節は、君達に不快な想いをさせてしまって申し訳なかった。許してくれとは言えないが、せめて謝罪をさせてくれ」
「あ、いえ……」
第一声は、謝罪の言葉だった。
見るからに怪しい上に暗器の様な印象を受ける男だが……根は良い人物なのかもしれない。
いや、しかしそうやって直ぐに人を信頼してしまうのが僕の悪い癖だって束が言ってたな……気をつけなくちゃ。
「彼は先日までドイツへ飛んで、とある人物の足取りを追ってもらっていました」
「とは言っても、残念ながら身柄を確保する事は出来なかったんですけどね……」
「そうだ、その件も幸太郎くんに伝えておきましょう。その人物の名とは────」
◯
「暑っ……うぅぅ」
大学の校舎から出て口から漏れた言葉は、それに尽きた。本当に暑い。
しかし考えてみればそれは当然で、ここは赤道からも比較的近い北緯30°の南国であり、熱帯のサバナ気候に分類され3月にも関わらず気温は35℃を超え、それだけでなく湿度も80%超えている。
しかもそれが一年中続く。つまり、この島には夏しか無いのだ。
「ひえー……距離もそうだけど、暑さ対策に車が欲しいな」
考えてみれば既に僕は18歳になっている訳で、卒業してしまったので校則に縛られる事もなく所定の手順を踏めば免許を取る事は可能だし、車を購入するにしても金銭的に何ら問題が無い。
幸い入学するまでに一月近くある上に、アイアンマンを使えば本州にある実家までひとっ飛び……教習所通いだって可能だ。
何なら島をアイアンマンで移動すれば暑さ知らずだが……しかし、そうすると、束が猛暑に晒されてしまう。
検討というか、これは半ば決定事項だ。免許を取ろう。
「っと、やっと来た」
試験的にゲートブリッジを巡回しているバスに乗って、アカデミーエリアから住居エリアまで移動する。
直線距離ならそこまで遠くは無いのだが、流石に巡回バスとなればあちこち廻るので到着までに一時間半を要した。
言わば回り道しているのだから少し不便だ。やっぱり、免許と自家用車は必要だろう。
「ただいまー……で、良いのかな?」
時間的には少し苦労して、新居となる予定の場所に到着する。
この島には大量の住民、そして学生が移住してくることが想定されているので高層マンションの様な寮が既に存在しており、通常であればその一室に居を構える事になる筈だ。
僕は別にそれで構わなかったのだが……束が嫌がった。不特定多数の人間と同じ屋根の下で過ごすのは耐えられないとか言ってきた。
まあそれならば仕方ない。なので、ちょっと奮発して別荘を購入する事にした。
家は島の端、海の直ぐ側で崖の上という立地にあって、地上三階建てに地下が一階、敷地面積は1000平方メートル以上と過剰なまでに広大で、日本では豪邸とされる我が実家を軽く超越している。
この家に決めた理由は一番値段が高かったからでは無く……かのウォレス・E・カニンガムが設計をしていて、レザー・レジデンスにそっくりだったから、である。
だってしょうがないじゃないか。家を買うって話になって此処を見つけて、一目惚れだったんだもん。
「おーい、束?」
先にこの家で待ってる筈の束が見つからない。
いや、しかしそれは仕方がないとも言える。
何せこの大邸宅には部屋が15以上ある訳で、更にリビングや地下室まである訳だから家主さんである僕でさえ迷子になりそうな程。
まさか、家の中で事前に何処で会おうと待ち合わせをしていた訳も無く、自力で探すしか無いのだ。
「まったく……ここか? 違うか」
仕方ないので手当たり次第に探すしか無い。
実家ならメーティスに捜させるのだが、残念ながらまだ今日が初訪問なのでネットワークの構築が終わっていない為にそれも不可能なのだ。
じゃあここか、と寝室の予定になっている場所のドアを開けるが……やっぱりいない。
「…………外に出歩いてるのかな、だったら連絡の一つくらい────」
諦めかけた、その時。
背後から強い力で押し込められて、僕はキングサイズのベッドにダイビングする羽目になった。
マットレスや布団は柔らかいけど……それでも強い衝撃で押さえつけられてしまえば、痛いものは痛いのだ。
「な、にするんだよ束ぇ……」
「遅い」
「仕方ないだろぅ、轡木さんと話をしてたしバスで来たから遠回りだったし」
「言い訳は、聞きたくない」
「うおっ!」
そのまま、ベッドにうつ伏せになっている僕の背中の上に更にうつ伏せになってプレスして来た。
ベッドと束。サンドイッチにされた僕は身の危険を感じてしまう。
「ちょ、ちょっと……」
「いいだろ、少し寂しかったんだよ」
「だからって、いや、まあ」
肯定でも否定でも無い、曖昧な答え方をしていると今度はグイっと上方へ引っ張られた。
うつ伏せの状態から起こされて、ベッドの上に腰掛ける様な形になる。
上半身は言わばあすなろ抱きで、脚は僕の腰を抱き締めるみたいにガッチリと回してきてしまう。
「背中、当たってる」
「当ててんのよ。いやん、えっち」
「うわー、棒読み」
馬鹿みたいなやり取りで、しかし何時も通りのこれがとても心地よくて落ち着く。
結局、日本から2000km離れた地に来ても二人は変わらない。そう簡単に人は変わるものでは無いとも思うけど。
いや、しかしこういうのが楽しいと言うか…………なんか、幸せだ。
でもさ。
「何で、耳を甘噛みするんだ……!」
「うひひ……日課?」
「日課って、うあっ」
噛んだり、舐めたりする上に少し漏れ出す鼻息がこの上ない程に擽ったい。
思えばすっかり敏感になってしまっている。些細な刺激に対して過敏な反応をしてしまう。
最近は彼女も単純な動作ではなく絡め技を使ってくる。耳の穴の側で猫を呼ぶみたいに小さく舌打ちしてみたりして……弾ける水音と吐息のダブルコンボで身が持ちそうに無い。
「耐えてるフリして……ちゃんと反応してんだねぇ」
「お、おい何処っ」
「良いじゃん良いじゃん、楽しもうぜぃ」
安い挑発だ。
良いだろう、乗ってやろう。覚悟は出来ているな、出来ていないとは言わせないぞ。
「こ、んの……っ」
「きゃん♪」
反転して、逆に押し倒してやる。
嫌がる素振りは無い。寧ろ顔は笑みで声も喜んでる節がある。つまり、束の書いた台本通りって訳だ。
つまり望んでこうなる様に仕組まれたって訳で、何か癪だ。何時もと同じだけど。
「どうしたどうした、ビビっちゃってる?」
「あのねえ」
さあ、覚悟しろ────
「お前ら、ここにいた…………ああ」
部屋の入り口の向こうから、声が聞こえた。
思わず二人で一斉に振り向くと、呆れた顔の千冬が冷たい目で此方を見ている。
「おい、部屋のドアが開けっ放しだったぞ。ここに住むことになるのは二人だけじゃないんだから少し配慮しろ、全く……」
「あ、あの……」
「はいはい、ごゆっくりどうぞ」
力一杯に、バタン!とドアが閉ざされた。
気を使ったのだろうか、二人で隔離されてしまう様な形になってしまう。
何ていうか、ちょっと興が削がれてしまった様な感じだ。
「…………えいっ」
「え」
しかし、動きを止めてしまった僕を嘲笑うかのように束は形勢逆転してくる。
今度は僕が背中をベッドに押し付けられる形にだ。
嗚呼、目が本気になった。
「ごゆっくり、だってさ」
「あー、その」
「閉めちゃえば結構、音が響かないしさ」
おのれ、だけど何をされたとしても僕は簡単にやられはしな────
◯
『ここ最近、敗戦が続きますね』
「うるさいよ」
次話は流石にここまで開かないのでご安心を。
【更識楯無】
先代様。色んな所に潜入したりして頑張ってくれるお父様。
【ウォレス・E・カニンガムのレザー・レジデンス】
例のマリブの海沿いの崖にありそうな大邸宅な感じのモデル、と言われている。
あのデザイン見て、買えると分かって財力があったら買ってしまいそう。気になった人は検索してみて下さい。