あいあむあいあんまん ~ISにIMをぶつけてみたら?~   作:あるすとろめりあ改

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今回も幕間なので短め


009 穏やかな日常は良いね、心に、とても

「はっ、は…………ふっ」

 

 

 12月の寒空の下、僕は全身に汗を垂らしながら走り込んでいた。

 我ながら随分と“らしくない”事をしているな……という自覚はある。

 半年前の僕だったら考えられないことを、今、現にやっているのだから。

 

 おもむろに眼鏡型デバイスで距離と経過時間を参照してみた。

 早朝の6時から始めて既に1時間ちょっと、距離にして約20kmの道程を休みなく走って……それでもまだ疲れる気配は見えない。

 

 

「お先に失礼!」

「え……!?」

 

 

 前方を走る新聞配達の自転車を追い越しながら、声を掛けてみる。

 そう、つまりウィンターソルジャーでのキャプテンの真似なのだが、一度はやってみたいと思った事が叶った訳だ。

 

 さて……運動が得意でも苦手でも何でもなかった僕が何故こんな超人みたいなことが出来るようになったのだろうか?

 その理由は僕の胸で輝く光……アークリアクターにあった。

 

 

「…………」

《アークリアクターの稼働良好。不具合も検出されません》

「ん、ありがとうメーティス」

 

 

 今は彼女がオマケで作ってくれた人工皮膚のスキンのお陰で外側から見ても判らないが、文字通り一皮向けばそこには鋼の心臓が今でも僕の全身に血を送り続けている。

 そう、つまりこの胸に輝く光球は3分間しか活動出来ないどころか3GJのエネルギーを生み出す事ができるので、心臓を動かすなんてお茶の子さいさい……寧ろコントロール出来るまである。

 実質的な心肺機能の強化……そのお陰で、僕はこうやって今では自転車よりも早く長距離を走れる様になっていた。

 

 アークリアクターが胸に埋まっている……と言うのも()()()()ばかりじゃない、という訳だ。

 

 この事に気付いたのは半年前……僕の心臓が事故(事件)で潰れてしまい新しい心臓を得てから暫くの頃。

 僕は前代未聞な心臓移植のせいで心肺機能は低下しているんじゃ無いかと思い、体力がどのくらいまで落ちたのかを試すのと、鍛え直すつもりで早朝のランニングを始めた。

 

 ところがどっこい、あの天才が作り上げた人工心臓と僕のアークリアクターがベストマッチしたのか、心肺機能は低下するどころか飛躍的に向上してしまい、僕の体力は無尽蔵になっていたのだ……

 勿論、筋肉痛だとか怪我だとか、スタミナが如何に有り余っていても肉体的な疲労や消耗は付き纏う。

 だけれども、それだって毎日欠かさずに適度な(過剰な)運動をすれば自ずと鍛えられるわけであって。

 この通り、20kmや30kmを半分くらいのペースで走る分には問題ないくらいには鍛えられていた。

 

 

「メーティス……」

『測定中』

 

 

 しかし、残念ながらアークリアクターの心臓はそんなメリットだけでは無い。

 

 

『血中毒素の濃度は8%です』

「……やっぱり、緩やかに上がってるな」

 

 

 核融合反応によってパラジウムのニュートロンがダメージを受け、劣化してしまう。

 スーツのエネルギー供給源として使われていた時はその都度交換していれば良かったが、僕の心臓になったからにはそう易々と交換出来ない。

 劣化したパラジウムからは膿の様な無機プラズマ性排出液が漏れだし、それが血液に流れ込むことで中毒症状を引き起こす。

 

 トニー=スタークの場合、彼はアークリアクターを胸に埋め込んでから半年と少しで9割近くまでパラジウム中毒に冒された。

 しかし僕の場合……若くて代謝が良かったからなのか、それとも彼女の人工心臓の出来が良かったからなのかは定かでは無いが……そこまで急激に進行する事は無く、青汁(クロロフィル)と月一度の二酸化リチウムの投与で症状をある程度まで抑える事が出来ている。

 とは言え、このままでは保って5年か、それとももっと短いか…………

 

 映画みたいにヴィブラニウムが本当に存在するかも定かじゃ無いのは、頭を悩ませる問題だ。

 少なくとも、記憶の中でそんな金属は無かった。

 その時はパラジウムの代わりなんて探す必要も無かっただろうからね。

 

 

「………………ふぅ」

 

 

 考え事している内に、辿り着いた。

 場所は篠ノ之神社。

 僕はその境内にある道場に通い、去年はまともに取り組もうともしなかった剣術を今では割と本気でやっていたりする。

 近場だし、走るだけじゃ物足りなくなってきてたし…………何だかんだあの小屋に通う機会が増えてきたり……まあ、色んな理由が相まって、ここを選んだ。

 

 

「よっ」

「ああ、おはよう」

 

 

 鳥居を潜ってすぐ、まるで僕を出迎えるみたいに神楽殿の踊り場に腰掛ける少女がいた。

 つまり、僕の心臓の制作者さんだ。

 

 

「その……ソレの調子はどう?」

「すこぶる好調だよ。うん、今ならフルマラソンの2周や3周くらい容易く出来そうだ」

「そっか…………まっ、私は天才だからね、生活習慣も改善したんだから感謝して貰いたいな!」

「否定できないから(しゃく)に障るなあ…………あ、ちょっとごめん」

 

 

 一言断ってから、僕は持参した水筒を取り出して中の飲料を一口飲ませて貰った。

 うん、不味い。

 

 

「良くもまあ、そんな物を飲めるね…………」

「折角運動するようになったし、この際だから健康にも気を使おうと思ってね」

 

 

 ほうれん草を主に、小松菜やケールなど緑色野菜を粉砕してお茶で溶いた物だ。

 もうビタミンだとかミネラルだとか身体に良さそうな成分のてんこ盛りだが、苦いし渋いし青臭いしで飲めた物じゃない。

 だけど……クロロフィルが豊富だ。

 これを1日3リットル、デトックス効果は健康の秘訣。

 

 

「さて、じゃあそろそろ道場の方に行こうかな」

「ん、わかった」

「……来るの?」

「何だよ、悪い?」

「別に構わないけど、面白い物でもないだろ?木刀を振ってるか、打ちのめされてるだけなんだから」

「良いんだよ、息抜きになる」

「息抜きって……毎回見に来てない?」

 

 

 基本的に夕方以降はクリエイティブな時間に充てたいので道場には土日だけ来ている。

 そして考えてみれば……修練を行っている朝から昼まで、彼女は何だかんだ言って毎週、見に来ていた。

 

 

「別に良いだろ、私が何してたって!」

「いや、そうだけど」

「何だよー、文句あるんなら心臓抜くぞー」

「冗談でも止めてくれ!」

 

 

 何てブラックなジョークだ、シャレにならない……

 なんだかなー、最近ちょっとだけ丸くなったと思ったのにすぐに何時もの調子だからな。

 だけどそうでないと張り合いが無い…………うぬぬ、ディレンマだ。

 

 

「相変わらず喧しいな…………」

「ああ織斑さん、おはよう」

 

 

 話している内に道場にまで辿り着いていて、中では先客の織斑さんが木刀を振るっていた。

 

 同じクラスで何度か顔を見合わせた事はあるけど特別に親しい訳でも無い。

 ただ、彼女は風紀委員だから良く周りを省みずに騒ぐ僕たちにお灸を据える役目を担うので面識が無い訳でも無いが…………まあ、顔見知りという程度だろう。

 

 何でも今年から篠ノ之神社の道場で剣術を習い始めたり、神社の手伝いを始めたそうなのだが……情報源が人見知りなせいで役に立たないので詳細は不明だ。

 

 

「ちょうど良い、倉持、相手をしろ」

「え゛」

 

 

 因みに、剣の腕前は議論の余地もなく彼女の方が圧倒的に上だ。

 そもそも振りが早過ぎて太刀筋が見えないのに、此方の動きは全て見切られているんだから勝負にならない。

 

 って言うか、もう次元が違いすぎて単純な腕力でも僕の方が劣るって言うのはどういう事だろうか?

 この世界の女子は皆そうなのかとも思ったが、メーティスの調べによればそう言う訳でもなく、彼女たちが特殊なだけみたいだが……

 

 

「いやいや、僕じゃ相手にならないよ…………?」

「構わん。柳韻(しはん)先生が来るまでの暇潰しだ」

「はぁ……」

 

 

 僕は溜め息をつき、これから起こる未来を正確に予測しながら壁に立てかけられた木刀を一本取り出し、構えた。

 

 そして案の定、僕の木刀は一度も織斑さんに触れること無く、一方的に打ちのめされてしまった。

 

 …………だからちょっと見学は遠慮して貰いたいんだけどなあ。

 

 

 

 

 

 

「それで、名前は決まったのかい?」

 

 

 所と時は変わって昼過ぎの某小屋の地下、つまり彼女のラボ。

 僕は乱雑に放置されたゴミを片付けながら作業を続ける彼女を眺めていた

 

 

「ん、まあね……」

「へえ、何て?」

「名前は、Infinite Stratos」

「ストラトス……」

『英語で成層圏、若しくはギリシア語で軍隊の意味です』

 

 

 へえ、前者は聞いたことあった気がするけど、後者は初耳だ。

 でも彼女の語ってくれた夢のことを考えれば前者の方だろう事は明らかだ。

 つまり直訳で無限の成層圏という意味になるが…………

 

 

「また何というか……素直にスカイ、じゃないんだね」

 

 

 さて、何でそんな名称にしたのか考えてみる。

 空は対流圏から始まり、続いて成層圏、中間圏、熱圏、外気圏と言った具合に大気圏は区切られている。

 基本的に宇宙は熱圏より高度の高い場所とされ、成層圏もまあ空と言えなくもない。

 普通の飛行機が飛んでる高度だしね。

 

 

「人類にとっての空……ってことかな?」

「まあ、そんなところ」

 

 

 しかし、作業中だから反応は淡泊だ。

 不正解では無さそうだが、完璧な解答では無いということか。

 

 

「殆ど完成……なんだけどね」

「おお」

「でも一つ欠点があってさ」

「欠点って、何が?」

 

 

 独り言を呟くような声だったが、これは僕に話しかけているらしい。

 無視すると後で怒られる。僕は学んだんだ。

 

 

「女しか使えない」

「何それ、どういうこと?」

「男が使おうとしても反応しない、着れないし動かない」

「……何とも言えない仕様だね」

 

 

 何がどうやったらパワードスーツの装着の可否が性別で制限されるのだろうか。

 あのコアというのがそうさせるのだとしたら、何とも不思議で興味をそそられるが……

 

 

「どこかに発表する場って無いかな……」

「何、公表したいの?」

「うん。これは、人類に贈られたモノだからね」

「ん?」

 

 

 その言い方にちょっとだけ引っかかった。

 まるで自分が贈るわけでは無いと言いたげで、自分も受領者みたいな言い回しだ。

 それが、何をどう意味するのかは解らないが…………

 

 

「じゃあ、少し待ってて」

「何を?」

「父さんか母さんに、何処かの学会に紛れ込めないか聞いてみるよ、そういうコネもあるだろうし」

「…………本当?」

「ほんと本当、だからまあ、論文を起こしておいてよ」

 

 

 世間で彼女の作品、インフィニット・ストラトスがどの様に評価されるのか……実は楽しみだ。

 実際に稼働したところは見たことが無いが、これまでの聞く限りの仕様はアイアンマンに勝るとも劣らない素晴らしい逸品であると理解している。

 きっと、賞賛と共に歓迎されるだろう。

 

 

「だったら、稼働させてデータを取らないとな……」

「君が着るのかい?」

「そしたら誰がデータを計測するのさ」

「だけど、誰か頼める様な友人、いるのかい?」

「…………」

 

 

 しかし、どうにも前途多難なようである。




今回はさらっと流すような内容。
漸くISが形になりました。

クロロフィルも二酸化リチウムもアイアンマン2での治療法。
実は、アークリアクターから毒素が漏れ出したり、クロロフィルを飲むという治療法も既にアイアンマン1の時点で描写されてたりします。

事件までもう少し、もうちょっと後だけど。

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