「お、親方~、ただいま~。し、死ぬほど疲れた……」
その後。
イカルガ・シロガネにブースターユニット、というかその先端に装着されたエーテルリアクタ、もっと言えばその構成物質である精霊銀をブチ当てるというミッションを見事クリアした俺は、ほうほうの体でなんとかイズモへ戻ってきた。
亜音速で精霊銀を叩き込まれてなおイカルガ・シロガネは健在……というか、外装を砕くのが限度だったらしい。中にいたウーゼルさんとイカルガ本体が現れて、エルくんは交戦を続行した。
「君は……! またしても『私』の邪魔をするか!」
「おっと、あなたの相手は僕です。……最高の仕事をしてくれた先輩に、手は出させません!」
エルくんがめちゃくちゃ頼もしく見えたよ、マジで。
その後、イカルガ・レオンもさすがに機体へのガタがヤバいのでなんとかかんとかイズモへ戻ろうとしたんだけど、その途中でエドガーたち白鷺、紅隼両騎士団とパーヴェルツィーク王国が戦っている空域の近くも通りかかった。
うっかり巻き込まれかけたときに通りすがった銀鳳騎士団員から聞いた話だと、ぼちぼちエルくんがイカルガ・シロガネを倒しきりそうだというので成果をぶん取りにきたらしい。
はいそうですか場所貸してくれてありがとね、とはさすがにならない。
そこまでの要求されちゃうと突っぱねるしかなくなるので、騎士団同士の空中戦が勃発。巻き込まれないように遠ざかるのが大変だった。
「おうおうおうおう面白そうなことしてんじゃねえか! 混ぜろよダチだろぉ!?」
「げえっ! 『狂剣』!? しゃしゃり出てくるか!!」
「……団員各位、アレには近づくな! 私かエドガーが相手をするッ!」
そして、エルくんが会ったと言ってたけど本当にグスターボさんまで遊びに来た。
なんか、平べったい飛翔騎士の亜種っぽい足場に乗って。たぶんあの足場の方も人乗ってるんだろうけど、武装なんもなくない……? あんな状態で所かまわずケンカ売りに行くグスターボさんを乗せて戦場に突っ込むなんて、よっぽど肝の据わった人に違いない。
きっとダーヴィド親方がドワーフじゃなくて人間だったら、みたいな体型の筋肉盛り盛りマッチョマンがテキーラ飲みながら操縦してるんだろう。
「ヒィィィィィィ! ヤメローシニタクナーイ! ここヤだあああああ!!」
途中で、そんな感じの断末魔みたいな悲鳴が聞こえた気もするんだけど、まーそういうこともあるよね。俺もよくそういう悲鳴上げてるよ。エルくんの近くで。
ともあれ。そんな感じで死線を2つ3つ越えてようやく戻ってきたわけだ。
まだまだ戦闘は継続中だからお仕事終わりというわけにはいかないだろうけど、まーしばらくは後詰扱いとして一休みさせてもらって、それから必要そうなところに出張っていければ……。
「アグリッ! ちょうどいい所に帰ってきた! ちょっと手ェ貸せ!!」
「…………はい」
なんて、さすがにちょっと甘い考えだったらしい。
戦場というのはイレギュラーと緊急事態と起きてほしくないときに起きる一番起きてほしくないこと、の集合体みたいなところがある。
イカルガ・シロガネ相手にエルくんが優勢に戦いを進めていても、パーヴェルツィーク王国が飛竜戦艦を出して来なかったとしても、それだけで有利、安心できるとはならないわけで。
――ガオオオオオオオオ! ガオオオオオオオオン!
「見ての通りだ! 急に暴れ出しやがったぞ……グランレオン!!」
「あー…………。ウーゼルさんも出てきたみたいだし、なんか気合入っちゃったのかもね」
正直、まだしも予想の範疇、と言える話で少し落ち着いた。
実は今回の作戦にあたって銀鳳騎士団の旗艦である飛翼母船「イズモ」には、グランレオンも乗せてきていたりする。
こっそり拉致ってきた、というわけではもちろんない。
エルくんが国王陛下に上奏して、正式な許可を得たうえで連れてきた。説得されたとき、国王陛下の胃が無事だったかは知らんけど。
「今回僕たちが直面するのは未知の敵です。浮遊大陸で確認された巨大な魔法生物とすら別物と考えるべきでしょう。――であれば、それに対して干渉しうる、何らかの干渉を受けて反応を観測できる存在を連れていくのは合理的です」
とかなんとか。適当な理屈感がなくもないけど、イカルガ・カギリと飛鳥之粧を叩きつけられた国王陛下に冷静な判断力とか残っていたとは考え難いから、それも仕方のないことだったのだろう。
なんやかんやの末にグランレオンはこうしてイズモに搭載され、連れてこられ、今に至る。
そして、今こうして荒ぶっている。
遠い目をして視線を転じれば、ギリギリ見える範囲にパーヴェルツィーク王国との戦場と、さらにその先に見えるもの。エルくんの戦場に、妙なものがある。
雲のような霧のような竜巻のような。なんとも曰く言い難いが、何かが起きていることだけは間違いない。
そして、ここにきて騒ぎ出したグランレオン。その辺合わせて考えると、あの異常気象はエルくんが何かしでかしたのではなく、魔法生物が暴れているのだろうと思う。
「……親方、ガルダウィングは出せる?」
「ああ、もちろん準備はできてるが……おい待て、何をするつもりだ?」
親方からの問いには、苦笑を返した。
「あ、ディートリヒ。ちょうどいいや、ちょっとお願いがあるんだけど」
『アグリか、この状況で一体何を……グランレオン!? 持ち出したのか!?』
目的地へ向かう途中、うまいことディートリヒと合流できた。ついさっきまでグスターボさんに絡まれてたけど、ちょうど近くにいたイグナーツさんの方に標的が変わったタイミングだったのもあり、声をかけておく。
ガルダウィングを背負った、グランレオンという状態で。
「なんか暴れてたんでね。どうもエルくんたちの戦ってるところへ行きたがってるみたいだったし、あのままイズモに乗せておくのも危なそうだったから」
『だからと言って、万が一のことがあったらどうするつもりだ!?』
言うまでもなく、グランレオンを持ち込むことが許されたのは戦力として期待されたからではない。イカルガ・シロガネの動きを察知するとか、あわよくばまとめて始末できればとか、算段があったとすればそういう方向性のものだ。
だからこうして、俺が乗っているのはガルダウィング側とはいえグランレオンを動かして戦場に、それも魔法生物のいる戦場に向かうというのは国に帰ったとき罪に問われかねないことかもしれないライン上の行動でもある。
そして何より、ウーゼルさんと同じく魔法生物に寄生される可能性も、否定はできない。
「ディートリヒには、
『……ッ! ――いいだろう、わかった。そうならないことを祈っているが、その時は任せたまえ。しっかりと
「ありがとね」
そんなとき、始末をつけられるだけの覚悟。ディートリヒが一番持っているだろうから。
『安心してくれていい。アグリを討ったとあれば私もすぐエルネスティに斬られて後を追うだろうからね。寂しい思いはさせないさ』
「いやいや何言ってんの俺がやられたらエルくんがトチ狂って手を下した味方を処すなんてそんなそんな。…………ディートリヒ!? なんでそこでやれやれみたいにグゥエラリンデで肩をすくめるの!?」
でも、エルくんに対するその解釈には異議を唱えたいと思います!!
◇◆◇
「一刻ごとに、己の覚悟の不足を思い知らされるようだよ、エルネスティ君。――だから振り絞ろう。勝利など考えない。ただここで、私の全てを擲つ! 『
イカルガ・シロガネは、その中に宿るウーゼルの覚悟はついに全てを賭すに至った。
強靭な龍の体でも、イカルガ自身の姿でも敵わないとなれば、もはや何もかもを使いつくさねばならないと。
イカルガ・シロガネの両手が振るわれるに従い、その空域、全てがざわめく。
その正体は、アグリが叩き込んだエーテルリアクタの直撃を受けて砕け散った精霊銀の破片たち。無数に分かたれた元の体そのものを、嵐のように渦巻かせる最強の礫だ。
「ちょっ、なに!? 危ないっ! 邪魔すぎ!」
「ええまったく。ついに
精霊銀の嵐の範囲は、徐々に広がっていく。
はじめは2機のイカルガを包み込むだけだったのが、周辺で争っていた銀鳳騎士団とパーヴェルツィーク王国の戦闘空域にも入り込み、逃げ遅れたパーヴェルツィークの大型船を含むいくつかの飛空船、竜闘機が飛来する精霊銀の弾丸の犠牲となった。
やすりで削り落とされるかのように末端から無数にちぎれ砕かれる様は、とてもこの世のものとは思えない。
そこはもはや、尋常なものが立ち入れる戦場ではなくなった。
エルの操るアメノイカルガ・カギリもナイトスレイヤーを解除し、10基のエーテルリアクタが生み出す魔力を全て機動力に注いで回避に専念。機を見て瞬間的に騎士殺しを展開して切りつけることで辛うじて攻勢を維持している。
「まさか! これでも及ばないというのか!?」
「いい線まで行っている、と言えるでしょう。ですがまだまだ足りません! 僕たちを倒すには!」
戦いは激化する。双方絶えず進化して、相手の繰り出す戦いへの適応を繰り返す。
エルは圧倒的な機動力とナイトスレイヤーの切り替えをどこまでも的確に繰り出し続け、ウーゼルは魔法生物をイカルガ・シロガネの全身に浸透させ、ウーゼルの持つ意思をダイレクトに伝えて完全な制御の元に操った。
二筋の電光が飛び交い、交差しては離れ、追従し、振り切らんとする。
精霊銀の弾丸が渦巻く嵐の中で繰り広げられるには高速に過ぎるそれは、どちらが相手を打倒するかの戦いではない。
一秒ごと、一瞬ごとに何を得るか。どれだけを掴み取るか。
並び立ち、駆け抜けるその一歩先へ辿り着けるかどうか。
より進化できるものがどちらなのか、生命の、星の頂点にどちらが近いか。
それこそが勝敗を分ける。
「ナイトスレイヤー、連結。
「――あ」
そして、ことその分野においてエルほどの執念を持った適任がいるはずもなく、ここまで見せた「両手から伸びる二振りのナイトスレイヤー」を布石とし、「両手を合わせて倍の長さとなったナイトスレイヤー」で視界を遮った精霊銀の塊ごと胴体を両断するその策含めて、あらゆる点でエルが上回った。
ただ一点。
――!!!!!
「!? なんだ、『私』!? もういい……もういいだろう!?」
何をしてでも生き抗う。その為ならば、相手の土俵にない手段の行使も辞さない。
その意思において、魔法生物は生命として負けていなかった。
「魔法生物、そのもの!? 困りましたね、ナイトスレイヤーは面制圧を考慮していないんですよ」
「うわっ、気持ち悪い!」
光の帯。魔法生物の生体そのものによる幻晶騎士への、人間への直接干渉。
考慮していなかったわけではなく、高出力の魔法によって無理矢理形成しているナイトスレイヤーであれば切り払うこともできるが、押し寄せるその量はエルの想定を超えていた。
イカルガ・シロガネの容積を上回るのではないかと思えるほどに膨れ上がったそれらが、大量の糸の束のようにそれぞれ独立して襲い掛かれば、その全てを切り払うことは到底できず、ついに機体への浸食を許してしまう。
「は、入ってきたよエルくん!?」
「アディ!」
それは、いよいよ操縦席にまで到達する。
こうまでなってしまうと、人間という存在では魔法生物に対して有効な対応策を持ちえない。
魔法も物理干渉も意味をなさず、操縦席内で高濃度エーテルをぶつければ人体の方こそ耐えられない。
いわゆる「詰み」である。
故に。
魔法生物にとって、誤算と不幸があったとするならば。
――ガオオオオオオオオ!!
人間だけでなく、かつて分かたれた同胞すらも敵に回してしまったことに尽きる。
◇◆◇
操縦は、大体こちら側に権限があったと思う。
ただそれはあちらからの干渉がなかったか、たまたま目的が同じだったというのが実態に近いのだろうなという印象を抱いた。
「ひいいいいいいいい! アレに突っ込むの!? 本当に!? 大丈夫なんだよな……グランレオン!?」
推定精霊銀がびゅおんびゅおんしてる地獄の竜巻空域に迷わず突っ込んでいくグランレオンに対して、ガルダウィング側から軌道を逸らそうとする操縦は利かなかった。というか軌道を変えても戻された。
結果としてなんかドカドカガタガタはしつつ上手く抜けられたからいいものの、アレは間違いなく普通なら一回死なないと越えられない境界だったと思う。
グランレオンが、その中に宿る魔法生物が、そうまでして駆けつけたかったこの場所に、一体何があるというのか。
相手が魔法生物に乗っ取られたイカルガとはいえ、エルくんであればそこまで心配することはないというか、エルくんで勝てないのなら他の全人類束になったって勝てないからそもそも考えるだけ無駄みたいな領域の話だ。
そこに、あえて駆けつけるべき理由なんて、あるわけが……。
「……あったわ。魔法生物がイカルガ・カギリの方にも憑りついてる! なんとかできるんだよな、お前なら!」
――ガオ!
強いとか弱いとかじゃない、魔法生物が光でできた触手状の体を伸ばしてイカルガ・カギリに突き刺さっているその光景を見ると、さすがにちょっと焦るよね。
ガルダウィング側のマギウスジェットスラスタを最大出力に。たぶんこれ激突することになるとは思うんだけど、そんなことを気にしてる場合じゃない。何ならぶつかる勢いでイカルガどうしを引っ剥がすことができるならそれもアリだ。
みるみる近づく、魔法生物の光で複雑な陰影が刻まれる2機のイカルガ。
鬼面、と評されるその頭部がどこか人の表情のようにも見えてくる。
それを怒りと呼ぶか、喜びと呼ぶか、はたまた泣いているようと呼ぶべきなのか。俺に答えは出せなかったけれども。
激突はした。
しかししっかりと絡みついている2機を引き離すには至らず、魔法生物はそんなものお構いなしとばかりにグランレオンにまで触手を伸ばしてきたのだろう。操縦の違和感からそれが感じられる。
しかしそこはグランレオン。
あいにくだが、こちらはすでに魔法生物による浸食済み。普通の幻晶騎士にするような無人の野を行くような浸透はできないと見えて、さらにグランレオンに宿る魔法生物が機体を操って、2機のイカルガの間をつなぐ魔法生物の束に向け。
まさしく獅子がそうするように、牙を突き立てた。
――後に、この瞬間のことを思い出そうとすると、不思議な感覚に襲われる。
戦闘中のことを詳しく思い出そうにも、命の危機とかでまともに覚えていられないようなケースも多々ある。
このときがそれに該当するというのはとてもしっくりくる理屈で、でもそれだけでは説明のつかない断片的な記憶があった。
『はーい、不正アクセスさんはファイアウォールの奥にしまっちゃおうねー。あ、先輩お疲れ様です!』
妙に懐かしい、仕事の、職場の匂いを感じるやり取りを誰かと交わしたような、そんな気がする。
『ざっけんなお前マジざっけんな! テクニカルな自殺したいなら一人でやれ! 「私」はもうこっちで生きてくから! あの人に逆らうとか絶対死ぬから!!』
光の塊をガスガスと足蹴にしながら罵倒の限りを尽くす、同じく光る子供のような何かを少し離れたところからなんとも言えず眺めたような、そんな気もした。
――ブチブチブチブチ!
――!!!!!!!
「……はっ」
いずれにせよ、グランレオンは半ば予想していた通り、魔法生物に干渉できた。
見た目は完全に獣が獲物を食らうときのそれ。アメノイカルガ・カギリに突き刺さっていた魔法生物に噛みつき、上体ごと首を反らして引き千切る。
その時響いたのは、きっと声ではない。現象にはならず、しかし確かに放たれた何らかの魔法現象。おそらく、魔法生物にとっての「悲鳴」だったのだろう。
『ぅうん……あれ? ここは……って、グランレオン!? まさか、先輩ですか!?』
「おはよう、エルくん。こんな時にさっそくで悪いけど、あとは任せていいかな。魔法生物、宇宙に上がられたらさすがに俺じゃ追いかけられないからさ」
『……ああもう、わかりました! 話はあとで聞かせてもらいますから、イズモで待っていてくださいね、絶対に!』
そして。
エルくんは意識を取り戻し、真空の領域へ逃げようとするイカルガ・シロガネを追っていく。
晴れた空を高く高く、2つの光が駆けあがる。
虹色の光を尾のように引いたそれらがやがてひときわ強く輝き、昼の空になお目に残る流星が駆けるのを、俺はその日、確かに見た。
◇◆◇
今回の事件、なんと呼ぶべきか。
魔法生物がウーゼル殿下に寄生し、イカルガを乗っ取り、西方で暴れまわった一連の騒動。何が厄介って最終的な決着の場に居合わせた人が結構多いという点が大きい。
戦場はパーヴェルツィーク王国のお膝元。西方各国の混成飛空船団までもがそこにいた。……まあ、そっちはほぼ全滅の憂き目にあったらしいんだけど。
それを抜きにしてもグスターボさんなんていう戦場にランダムポップする面倒の具現みたいな人もいまだ暴れまわっているし、エルくんが魔法生物相手にケリをつけたらしい状況でもまだまだパーヴェルツィークの人たちとの戦闘は片付いていなかった。
『はい、終わりにしましょうね。でないと
というくらいこじれてしまうと、やっぱり力づく以外にことを収める方法はなかった。
空の彼方で戦っていたエルくんが、下りてくるなりグスターボさんが足場にしていた飛翔特化型の幻晶騎士をとっ捕まえる。かなりの機動力だったようだけど、アメノイカルガ・カギリから逃げ延びることはさすがにできなかったらしい。
『わァ……ぁ……!』
『泣いちゃいました』
気持ちはわかるぞグスターボさんのアッシーやってた騎操士さん。俺もエルくんに絡まれたときは大体同じリアクションしてるという自覚があるから。
今回は特に話したりすることもなかったけど、そういう機会があったら無駄に仲良くなれそうな気がしてちょっと悲しい。
ともあれ、事態の収拾には力を示したうえで対話による解決を目指すしかない。完全に立場が上じゃないとできないことだけどねそれ!
結局グスターボさんたちはイカルガ・シロガネの機体を構成していた精霊銀の破片をそれなりに持ち帰る許可と引き換えに国への伝言を任され、ジャロウデク王国が交渉のテーブルに引きずり出された。
……まあ、さっきまでの交渉の続きをするためのおみやげ、として乗機を捕まえられた上に格付け終わりとばかりに手足斬り落とされちゃったイグナーツさんの方がかわいそう度では上だけど。
この辺の事情を踏まえたうえで、今後各国を巻き込んで今回の事件を終わらせるための交渉と取引が行われることになる。
飴と鞭、利益と武力をちら見せしながらの、エルくんだけがニコニコして卓につくタイプのやり取りが繰り広げられることになるだろう。
そして一方、俺の方は。
「無事ですか先輩!!!!!」
「声でっか。大丈夫だと思うよ、多分ね。念のため何日か隔離してもらうつもりだけど」
一応ね。魔法生物がガンガンに活性化したグランレオンに、間接的とはいえ乗っていたわけだからイズモ内の船室を一つ借りて自主的に隔離させてもらうことになった。
そういう判断ができる程度には自我が残っている、とは思うのだけどその辺を確定することってたぶん必要だしさ。
「確かに……確認は必要ですね。では先輩。『今夜はビート・イット』のパロディ『今夜はイート・イット』を歌ったのは?」
「アル・ヤンコビック。……ねえエルくん。それ、本当に答えられたら俺の意識があるって証明になるヤツかな?」
ちなみに、グランレオンの方はイカルガ・シロガネが撃破されたと思しき瞬間からすとんとスイッチが切れたように大人しくなった。
今も再びクソデカ鎖で念入りにぐるぐる巻きにされているけども、寝ている猫のようにうんともすんとも言わない。
……まあ、それに効果があるかは怪しいんだけどね。
あいつ、なんか武器増えてたんよ。どう見てもうっすら虹色に揺らめく銀色の、あからさまに精霊銀製の、巨大な剣を背負う形で。
おそらく、エルくんと魔法生物が戦う空域へ飛び込む際に何度か感じた衝撃。アレ、普通に精霊銀の破片にぶつかったことによるもので、それと同時に自分の一部として取り込んだのだろう。
エルくんのナイトスレイヤーを真似でもしたのか剣の形にしてるし、その気になれば鎖だろうがなんだろうが切り飛ばせる気がしてならないのだけど、まあその辺の処遇は国王陛下にお任せしよう。
とにかく、終わった。終わらせにかかれるようになった。
……まあ、俺は俺でこの後しばらく様子見と検査をしたうえで魔法生物に寄生されてないということになって、めでたくパーヴェルツィークやらジャロウデク王国やらをめぐってエルくんが交渉と釘刺しする旅に連れていかれることになったんだけども。
「なんで!? 俺は先に帰ってもいいヤツだよね!? そろそろオルヴェシウス砦周りの畑をお世話しないと!」
「魔法生物事案に関しては、僕に一任すると陛下から許可をいただいています。なので、グランレオンと先輩の処遇は僕の目の届くところで管理します。……先輩が、いつまた無茶をするかわかりませんから」
そんな理由でした。
いやだって、あの状況で無理にグランレオン押さえつけたらそれこそイズモごと乗っ取られてたかもしれないじゃん? などという反論も拗ねたようにそっぽ向くエルくんには通じず、西方連れ回されることになりました。ちくしょう。
仕方ないから、エルくんについて回った西方各国でそれぞれの農業情報やら料理のレシピやら集めて回りましたとも。転んでもただでは起きんぞ、俺は!
「えっ。あの人、厨房の新入りじゃなかったの? じゃあ、あの人が作ってたまかないもう食べられないってこと!?」
「あの四つ足の幻晶騎士の構造は再現できんのか!? あれがあるだけで、国土開発に無視できない差が出るぞ!」
「くそう、あやつに娘と畑を任せられれば安心して隠居できたというに!」
去った後の国でそんな話が出たとか出なかったとか、あとでノーラさんに聞きました。俺も名残惜しかったんだけどね。フレメヴィーラ王国に残してきた畑と果樹が呼んでるんだよ……。
それが、俺にとっての事件の終わりだった。
フレメヴィーラ王国へ帰るイズモの中の一室で、お茶とか飲みながら思い返すとイカルガ・シロガネを探してドンパチやってとしていた時間よりも明らかにその後の始末にかかった時間の方が長いけど、考えないようにしよう……。
「お疲れさまでした、先輩。グランレオンの扱いなど国に帰ってから沙汰が下る話もありますが、ひとまず」
「エルくんこそお疲れ。むしろ終わってからが大立ち回りだったからねえ」
事件は片付いた。
イカルガ・シロガネを構成していた中でも最も核に近いだろう部分はエルくんが回収して真っ先にフレメヴィーラ王国へ送ってあるし、あとはしばらく休暇兼ねてゆっくりと帰ることになっている。
浮遊大陸で出くわした魔法生物、まさかセッテルンド大陸側でも騒ぎを起こそうとは。
しかもグランレオンの中にはまだ生き残りがいるし、そもそも大本の浮遊大陸にはどれだけいるのか想像もしたくない。
考えれば考えるほどトラブル全乗せトッピングのセッテルンド大陸で生きていくこれからの未来。
……よし、帰ったら酒飲んで全部忘れようね!!!!!
「次はどんな事件が起きるでしょうねえ。……今回の現象を受けて、人工的に魔法生物を寄生させて幻晶騎士と有機的に接続した強化騎操士、なんて出てきたりして」
「怖いこと言うのやめて! ……ま、まあ、実現は難しいだろうし、実現したとしてイカルガ並に強い幻晶騎士が作れないと意味ないから、きっとそんなことにはならないよははははははは……」
いつだって未来は不透明。
エルくんの語る、ありえるか微妙なラインの予想に対して俺が上げる笑い声はやたら渇いていた気が、自分でもしましたとさ。
グランレオン・アニマ
魔法生物に寄生されたグランレオン。外観の変化はないが、内部にはくまなく魔法生物が寄生している。
通常時は操縦にも影響を及ぼさないほどに存在感がない。しかしマナ使用量の増大や魔法生物相手の戦闘などで機体内魔法生物の活性度が上がるとグランレオン側の反応速度や出力の向上が見られ、さらに魔法生物の活性が最大に達すると首元から魔法生物の一部が露出し、光のたてがみを備えたような姿になる。
フレメヴィーラ王国での対イカルガ・シロガネ戦で初めて確認され、その際はどういうわけか精霊銀に置換されただろうイカルガ・シロガネの装甲を切り裂いて見せるという謎の機能を発揮している。後の調査により、アメノイカルガ・カギリのナイトスレイヤー同様精霊銀に干渉する魔法を駆使していたのだと推測されている。
その後はフレメヴィーラ王国の監視下に置かれ、魔法生物の生態研究のため暴れ出さない程度に色々と調査されているが特に抵抗する様子は見られていない。
イカルガと比べてグランレオンのエーテルリアクタ出力が低いせいもあってか、比較的影響力の小さい魔法生物が寄生している可能性が高い。
実は、寄生している魔法生物は一度グランレオンや騎操士であるアグリに干渉しようとしたことがあり、その際にグランレオン内に構築された制御術式とアグリの精神から「農業大好き」と「エルくんヤバい」という方面の精神汚染を受け、エルネスティには絶対に逆らわないという方針で生きている。
そのためエルネスティに対しては完全服従ヘソ天ネコチャン状態であり、ウーゼルともどもイカルガを乗っ取った魔法生物からは共闘を持ち掛けられたが「ふざけんなこっちを巻き込むんじゃねえ」と断固拒絶していたらしい。
イカルガ・シロガネとの決戦時に自身の意志で参戦したいと騒ぎ、アグリ・ボトルを搭乗者として飛び込んでいった。
その際戦闘空域を飛び交う精霊銀に何度か被弾し、イカルガ・シロガネ同様精霊銀自体に干渉・加工して機体の一部することでダメージを免れた。
獲得した精霊銀は普段は巨大な片刃の剣の形にして背負っているが、その気になればイカルガ・シロガネ同様形を変えられるので長くしたり短くしたり二つに分けたりできるらしい。