異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~ 作:せるじお
封を切った薬包を銃口に押し付け、漏れないように火薬を流し込む。
素早く銃弾を銃口に嵌め込み、槊杖を引き抜いた。
この間、手綱には一切手を伸ばさない。サンダラーは私の相棒であり、半身でもある。言わずとも私の意を汲み、走り続ける。
視線も逸しはしない。真っ向、ヤツのことを私は見つめ続ける。
対する青のレイニーンは不動にして、近づく私の視線を真っ向から受け止めていた。
まだ様子見のつもりなのか、それとも「どっからでもかかって来い」と自信満々なのか。どっちにしたって関係ない。私がやることはひとつ。あの趣味の悪いか仮面にライフル弾を叩き込んでやるだけだ。
槊杖を銃身下へと戻す。弾丸と弾薬の再装填は済んだ。あとは雷管を取り付ければすぐにでも撃てる。
まだヤツと私との間には長い隔たりが残っている。コルトでは届かない距離だ。だがエンフィールドならば届く。むしろ、この間合こそがエンフィールドの間合いだ。
騎乗射撃は久しぶりだった。
長い銃身と長いスコープが、重みとなって我が手にずっしりとのしかかってくる。
普通、騎乗でライフルを使う場合は銃身を短くして取り回し易くしてあるカービン銃を使う。こんな長くて重いものは、まず使わない。
だが、今はコイツだけが頼りだ。コイツしかないのだ。
――揺れるスコープ越しにヤツを見た。
まだ彼方の、その不気味な紅い瞳と、レンズ越しに目が合って、外れる。ヤツの頭が上へと動いて、レンズが覗くのはヤツの胸元だ。違和感を覚えて、スコープから目を離した。銃身が極端に下がったという訳ではない。ならば照準がズレたのは、ヤツが高い位置に動いた以外ではありえない。だがそんなことは――。
「へ」
そんな私の思考は、目に入ってきた光景を前にすべて吹き飛んだ。
口から漏れるのも、間の抜けただけ声だった。
ヤツの足元に、地面から湧き出てきたように巨大な「水の塊」が出現している。
青のレイニーンは、その上に立っていた。バッファロー並みの大きさを持った、水の球の上に立っていた。
瞬く間に、その水の丸い塊は表面を波打たせ、形を自ら変え始めた。その大きさを増すにつれ、その姿もより精巧に変形していく。
――最後にそれは、巨大な水の蛇となった。
お伽話に出てくるような、人の背丈を凌ぐ大きさを持った毒蛇。
そんな存在と、私は、私達は対面していた。
大蛇がそのあぎとを開き、長い牙を露わにする。
『――――ッッッ!!』
咆哮が響き渡った、気がした。実際は、水で出来た喉からは何の声も出ては来なかった。だがその作り物の筈の蛇の姿は、余りに真に迫っていて、聞こえもしない幻の音を聞いてしまう程だった。
銃口にも怯まぬ我が愛馬サンダラーですら、恐怖にその動きを止めそうになる。
「ハイヤァーッ!」
だが私は恐れなかった。サンダラーに拍車をかけて、無理矢理にでも走らせる。
大蛇の頭の上に立った、青のレイニーンのこちらを見下す様を見た瞬間、私の中で恐れが消えたのだ。代わりに浮かんだのはだた一つの考えだ。
――逃げたら負けだ!
いつだってそうだ。真っ先撃たれるのは、いつだって背中を見せて逃げた奴なのだ。
だから背中は見せない。戦法として退くことはあっても、逃げるのだけはダメだ。
負け戦など、人生に一度きりで充分なのだから。
『オッサン無茶だ!?』
背後より聞こえてくるのはエゼルが私を制止せんとする声だ。だが私はそんなモノ聞こえなかったように走り続ける。そしてスコープを覗き込み、青のレイニーンを狙い、撃った。
肩へと流れこむ反動と共に、銃口からは白煙が吹き出す。その白いモヤを突き抜けて、私とサンダラーは駆ける。
銃弾はヤツには命中しなかった。間に割って入った水の蛇が盾となり、阻まれたのだ。
青のレイニーンが仮面の下でほくそ笑んだような気配がした。水の大蛇が再び声もなく吼えた。
そして、ヤツらもまた動き出した。地面を這いながら、私達へと迫り来る。地面を這うにもかかわらず、その動きはかなり素早い。――時間がない。
「ちっ!」
私は舌打ちをしつつ、懐から紙薬包を「2つ」取り出す。素早く2つとも封を噛み切り、中身の火薬を一方はその全てを、もう一方はその半分を注ぎ込む。。そして2つある銃弾の内、一方を投げ捨て、もう一方を銃口に嵌め込んだ。銃身内に過度に火薬を詰め込むのは危険だ。反動で肩が外れるかもしれないし、銃身が内側から破裂するかもしれない。
だからこれは「賭け」だ。
槊杖で銃弾を銃身奥まで押し込み、槊杖を戻す。
迫り来るヤツへと向けて、私は再び銃口を向ける。サンダラーの上で踏ん張り、気合を入れる。
ヤツは、青のレイニーンは私を嗤っているかもしれない。通用しない武器にすがり続ける、間抜けだと思っているかも知れない。
だが見ているが良い。最後に嗤うのは、私だ。
彼我の距離が縮んでいく。水蛇の鎌首が持ち上がり、あぎとがみたび開いた。私とサンダラーを丸呑みにするつもりか。いいだろうさ、やってみろ。
銃口をヤツへと擬したまま、私とサンダラーは駆け続ける。距離が縮まる。
50メートルはとうに切っている。今度は40メートルを切った。
――30メートル。
――20メートル。
――10メートルッ!
今だ!
水蛇のあぎとは、ほぼ頭上にあった。その後ろ側に、青のレイニーンの姿が透けて見えた。
その姿目掛けて私は、撃った。
体感的には先ほどまでの反動の二倍の反動が肩を、背中を、体を突き抜け、馬から転げ落ちそうな気さえする。だが踏ん張り、堪える。
二倍の反動で撃ち出された銃弾は、水蛇の口内へと突き刺さり、それを破り、その向こうの青のレイニーンへと突き刺さった。やつの体がよろめいた。仮面の裏の紅い瞳が、驚きに見開かられるのが解った。
当然だ。コルトとライフルとでは威力の桁が違う。ましてや火薬を倍増した上、この至近距離ならば。
だがあの水のお化けを貫けるかは流石に賭けだった。そして私は賭けに勝った。
水蛇の体が崩れ、ただの水へと戻り、空中で飛び散る。私とサンダラーはその俄雨の下を駆け抜ける。私達の背後で、青のレイニーンが地に墜ちる音が聞こえた。
私はコートの下にあって濡れるのを免れた、左のコルトを抜いた。親指で撃鉄を起こしつつ振り向く。
ヤツは濡れネズミになりながら立ち上がっていた。その胸の黒衣は爆ぜ、血と肉が滴っている。人間なら致命傷だが、ヤツはそれでも立ち上がって、杖の先を私へと向けようとしてる。
杖の先が私が向くのと、私が左のコルトをヤツへと向けるのは、ほぼ同時だった。
銃声と、乾いた破裂音が重なりあって響き渡る。
青のレイニーンの、その構えた杖の先から飛び出したモノ、それは恐らくは凄まじい速さで放たれた小さな水の球であった。そいつは私の顔を掠め、帽子を宙へと舞わせた。
――そして私の銃弾はヤツの右目を撃ち抜いていた。
ヤツは頭を仰け反らせ、よろめいた。
それでも杖の先を私へと向けようと足掻き……杖がポトリと手から落ちた。
砂煙を上げ、躰が斃れた。2、3回ほどピクピクと痙攣した後、遂に全く動かなくなった。
『斃したのかよ……魔法使いを、本物の魔法使いを』
エゼルがやってきて、斃れ臥した青のレイニーンを呆然と見つめ呟いた。
私は溜息をつき、コルトをホルスターに戻して言った。
「見ての通りさ。今度こそ死んでる」
エゼルは答えず、暫くの間呆けたように魔法使いの屍を眺めていた。
不意に顔を上げたかと思うと、弾けるように笑い出す。
『すげぇ!すげぇ!オッサンすげぇ!魔法使いまでやっつけちまうなんて信じられんねぇ!』
喜色満面、ボルグの上ではしゃぎ回り、快哉を叫ぶ。
だが私には、エゼルと一緒になって喜び転げることは出来なかった。
「ああ、だが問題は残りの二人と、大勢の山賊共をどうするか、だ」
『どうするもこうするも、コイツと同じように、そのライフルっていうので――』
がしゃん、っと何かが落ちるような音がエゼルの声を遮った。
エゼルの視線の先には、地面へと落ちたエンフィールドライフルだ。
『……オッサン?』
エゼルが不安そうな顔をして、私の顔と地面のライフルを交互に見た。
私は、溜息をもう一度ついて言った。
「右手の感覚がない。肩から先が、うまく動かん」
そう言って、馬上で身をよじり、プルプルと震えている以外は碌に動かない右腕をエゼルに見せた。
私は青のレイニーンを斃した。だがその代償は大きかった。
肩こそ外れていないが、倍増された火薬の生み出す強力過ぎる反動が私の肩と腕を痛めつけたのだ。
ゆっくりとならば動かせるが、素早い動きや細かい動きはまるで出来ない。
無理に動かそうとすると、激痛が走るのである。
「ツツツ……」
右手が使えないので少し苦労して馬から降りると、落ちていた帽子を拾い上げた。
「悪いが、ライフルを拾って、暫く持っててくれ」
帽子を被りながら、エゼルに頼む。
エゼルはボルグから跳び降りると、急いでエンフィールドを拾い上げた。
そして私へと問う。
『オッサン、大丈夫なのかよ?』
私は即答した。
「大丈夫じゃない」
右手の痛みは、徐々に増しつつある。一生使い物にならない、ということは無いだろうが、暫くは使えない。
そしてその「暫く」の間に、私は未だ残った大勢の山賊と、その馬鹿みたいにデカい図体の頭目、そして残り二人の魔法使いと戦わねばならないのだ。
「賭けに勝った、だと?」
思わず自嘲した。とんだ勘違いだった。私は賭けに勝ってなどいない。
払ってしまった代償は、この場においては余りに大きい。
「――取り敢えず、行くぞ。ここを離れる」
『どこへ?』
「さっきも言っただろ……どっか、だよ。この右腕を、ゆっくり手当できる、どっかだ」
私は左手でうまい具合にサンダラーに乗ると、駆け出した。
エゼルはボルグの上でライフルを抱えて、私を追う。
最後に、一度だけ青のレイニーンの亡骸を振り返る。
ヤツの死に顔は仮面に包まれて見えなかったが……ふと、手を誤った私を嘲るヤツの笑みが、見えた気がした。
「DUCK YOU SUCKER / どうすりゃ良いんだ、糞ったれ」
前へと向き直りながら、私はそう小さく呟いた。