異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第12話 オープン・レインジ

 

 

 左手にナイフを握り、撃たれてもまだ息のあるヤツにトドメを刺す。

 36口径のコルト・ネービーは命中率に優れるが、口径が小さめなので相手が死にきらない時もある。だから普段であれば二発、確実に仕留めるために二発を撃ち込むが、そんな弾の余裕は無い。

 できうる限りの相手を確実に、一発で斃していかねばならない。

 

『オイ何だ!?』

『馬の逃げたほうからだ!』

 

 銃声に次の相手が引き寄せられてきたらしい。ナイフを一旦ベルトに挿して、空のコルトをホルスターより抜く。そして、私が息の根を止めた六つの死体を見ていたエゼルへと呼びかける。

 

「エゼル!」

 

 コッチを向いた所で、コルトを投げて渡した。そして振り向きざまにベルトのナイフを抜いた。

 

『て、テメェは!?』

 

 暫し待つと、寄ってきた山賊の分隊の先頭が、私の姿に気がついた。

 そして、その喉笛にナイフを生やした。

 

『がぼあ!?』

 

 全力で投げつけたナイフはうまい具合に急所へと、深々と突き立ったのだ。

 血泡と呻きを吐きながら、ボルグより転げ落ちる。

 

『こ、この野郎!』

『人間の分際で!』

 

 残りの連中は手にした蛮刀を振りかざし、中には私に投げつけようとする奴もいた。

 ――だが遅い。

  私は腰の後ろに挿していた、例の真鍮色のコルト引き抜いた。

 吊られた右手でも、撃鉄を起こす動きならば問題なく出来るのは、先刻証明済みだ。

 連中は二組二組二組の、計六騎。成る程、殺しの方法は決まった。

 一番近い二組へと、腰だめにしたコルトで狙いを付け、引き金を弾く。

 最初の標的の胸板に、弾丸が突き刺さるのを尻目に、コルトの銃口は次なる標的へと動く。照準が合わさった時には、右掌は撃鉄を起こし終えていた。今度も狙うのは、敵の胸板だ。

 

『げぁ!?』

 

 先程は少し左にそれたが、今度は真っ向真ん中を撃ちぬいた。ボルグの上でオーク山賊は、胸元を押さえて藻掻く。その間にも、私の銃口は次の二組へと狙いを定める。

 

『死にやがれ』

 

 次の二組の片割れは、手にした刀を投げる態勢を終えていた。だからまずはそっちを狙う。しかし狙うのはヤツ自身ではない。

 

『おわ!?』

 

 まず、今にも投げられんとしていた蛮刀を撃ち落とす。

 

『ぎゃっ』

 

 そして次はその喉元へと撃ち込む。

 

『ばげっ!?』

 

 最後に残った片割れの体を撃ち射抜く。

 撃たれた四人は、ばたばたとボルグから落ち、地面に血と死を撒き散らす。

 

『やべぇぞオイ!』

『一旦退け、退け!』

 

 生き残りの二組は僅かの間に四人も斃されたのに怖気づいたらしい。尻尾を巻いて逃げ出したが、黙ってやる私でもない。腕を真っ直ぐのばし、両足で地面にしっかりと踏みしめる。狙い、撃った。

 うぎゃぁと叫んで、そいつは落馬、ならぬ落ボルグした。最後の一人に狙いを定めようとして、止める。弾切れだ。

 ナイフを投げても届く距離ではない。さてどうするか、と思った所で、背後で銃声が響く。コルトで撃たれた時よりも遥かに大きい衝撃で、逃げ出したオークは宙へと舞った。

 振り返れば、硝煙たなびくエンフィールドを掲げたエゼルの姿があった。

 やはり筋が良い。私はニヤリと笑って、親指を立てた。エゼルにその仕草の意味が解ったかは知らないが、同じように親指を立ててニヤリと笑う。

 

『オッサン!』

 

 ベルトに真鍮のコルトを挿しながら、サンダラーを返して貰うために私は歩み寄る。すでに馬を降りていたエゼルがさっき投げ渡したコルトを差し出した。弾倉への装填は済んでいた。私はそれを空のホルスターに収めると、今度は左用の真鍮コルトを渡す。

 

『あとオッサン、一応コイツを返しておくぜ』

 

 そう言ってエゼルは、預けておいたペッパーボックスも差し出してきた。それを受け取り、ベルトとズボンの隙間に半ば無理やり挿しこみながら、一応聞いておく。

 

「良いのか?」

『良いのさ。オッサン、コイツは良いもんだぜ。撃ってみて解ったよ』

 

 言いつつ、エゼルはエンフィールドの銃身を撫でた。そういう感想が出るとは、やはり灰色の瞳をした者は天性のガンマンであるらしかった。

 

 

 

 サンダラーに跨がり、ゆるやかに駆け始める。

 コルト・ネービーの一丁はホルスターに収まり、真鍮のコルトとペッパーボックス、その他ナイフの類はベルトの方にねじ込んであった。準備は万端である。

 そろそろ騙されたと気づいた連中が、ちらほらと戻ってくる頃合いである。ならば出迎えねばなるまい。

 

「……来たな」

 

 少し馬を進めると、連中の姿が少しずつ見えてくる。いくつかの小集団に別れながら、私目掛けて疾駆してくるのだ。さて、こんな時はどうする?

 ――言うまでもない。「各個撃破」だ!

 

「ハイヤー!」

 

 私はサンダラーに拍車をかけると、手綱を口に咥え、ホルスターのコルトを引き抜いた。

 そして一番手近な集団へと突っ込んでいく。敵はオーク山賊が五騎。いずれも雑魚ばかり!

 

『来やがったぞ!』

『ぶち殺せ!』

 

 距離が近いため、連中の怒声は今まで一番大きく聞こえる。その凶悪な人相も、詳細に見ることが出来た。

 だが私に恐れは無い。私は撃鉄に右掌を添え、コルトを撃った。

 

『が!?』『ぎ!?』『ぐ!?』『げ!?』『ご!?』

 

 怒涛の五連射。距離が近かったのもあり、全弾がうまい具合に命中する。

 四人が騎乗で呻き、そして落ちていく中、最後の一人は撃たれながらも気合で踏ん張っている。なので弾倉の最後の一発をお見舞いする。右目を撃ち抜き、声さえ上げずのソイツは斃れた。

 良し。これで最初の連中は片付いた。お次はどいつだ!

 

『くそう!囲め囲め!囲んで袋叩きにしちまえ!』

『背中を取るんだ!切り刻んでやれ!』

 

 次に寄ってきた連中は七騎。だが各々バラバラに動いて、私を囲み、追い詰めようとしてくる。

 私は腰より抜いた真鍮のコルトを翳して威嚇し、サンダラーを駆って囲みの隙間を縫おうとするが連中も木偶の坊じゃない、着々と包囲は縮まっていく。

 

『死ねや!』

 

 右側から猛然と私に迫ってくる一騎。振りかざした白刃は、すぐにでも私の頭を叩き割れる間合いまで来ていた。

 

「そっちがな!」

 

 だから私は手綱を吐き出し叫び、そいつの喉笛に一発お見舞いしてやった。

 それでそいつはオシマイだったが、問題は別にも私に迫っていた相手がいたことだ。そいつは右側きたのと同じタイミングで、後方から私に迫っていたのである。

 

『串刺しになれっ!』

 

 背後より来たヤツの手には、他の連中と違って鋭い穂先の手槍があった。投げ槍の要領で私にぶつける気なのだ。私は振り返ってコルトを向けようとするが――間に合わない。哀れ、私は異邦の地で串刺しにされしまうのか!?

 ――遠くから銃声が響く。

 投げ槍のオークは胸を爆ぜさせ、もんどり打って地に落ちた。

 

『なんだぁ!?』

『あっちだ!あっちのほうから攻撃してきた!』

 

 言うまでもなく、エゼルだ。水車小屋の上に登った彼は、そこから私を援護しているのである。それにしても、本当に筋が良い!私が初めてエンフィールドを使った時より遥かに上手い。無論、私がエンフィールドを手にしたばかりの頃はスコープなど無かったが、それを差し引いても、素晴らしい才能だった。

 いずれにせよエゼルの射撃は連中の包囲に穴を開けた。私はそれを逃さない。コルトを手近なヤツへと手当たり次第にブチ込みつつ、再度口で手綱を操り、包囲網を駆け抜けた。

 連中は再包囲をかけようとするが、エゼルの攻撃に邪魔されて果たせない。遅れて他のオーク共も増援としてやって来るが、出会い頭に私はコルトの銃弾を叩き込む。エゼルと私の遠近両方よりの攻撃に、山賊共は数の優位を活かせず、またひとり、またひとりと撃ち斃されていく。

 ここまでは順調だった。ここまでは――……。

 予期しなかった危機は、私がコルトを撃ち尽くし、ペッパーボックスにまで手を伸ばした時だった。

 

『おわぁぁぁぁぁ!?』

 

 エゼルの驚きの叫び声が聞こえてきた。私も驚いて水車小屋を見て、さらに驚いた。

 エゼルの傍らに、黒く背の高い人影が見えた。

 その人影が、エゼルを羽交い締めにしているのである。

 黒い影はツバの広い帽子を被り、その下には鳥の嘴のようなものを備えた白い仮面があった。

 ――白のヴィンドゥール。スツルームの魔法使いの一角が、忽然とそこに出現していた。

 

『こ、こん畜生!離しやがれ!離しやがれ!』

 

 どうやってあんな所に現れたのか。それがヤツの魔法の業なのか。

 エゼルは叫んで暴れるも、魔法使いにはまるで通用していない。つまり、エゼルが危ない。

 私はサンダラーを駆り、水車小屋へと猛然と一直線に走り始めた。

 その隙にオーク共は態勢を立てなおしているが、無視する。ただ水車小屋の上の魔法使い目掛けてひた走る。

 もし今背後より攻撃を仕掛けられれば、防ぐ手立てはない。それでも、私とサンダラーは必死に駆け続けた。

 ――しかし後少しで水車小屋までたどり着くという所まで近づいた時、再度異変が起こった。

 水車小屋の屋根の上で、風が渦を巻き始め、瞬く間に竜巻と言える勢いまでになったのだ。周囲の砂が巻き上げられ、水車小屋の屋根が軋み、砕け、壊れる。

 あまりの風の勢いの凄まじさに、私も左腕で目を覆っていた。サンダラーもいななき、半ば棹立ちになる。

 恐らくそれはほんの数秒程度の時間だったろう。しかし緊張に引き伸ばされた私の意識には、もっとずっと長く感じられた。私には長い時間を経て、風はようやく収まった。私もようやく左腕をどかし、見た。

 水車小屋の屋根は完全に吹き飛んで、その上にいた筈のエゼルも、白のヴィンドゥールも、ヤツが現れたのと同じぐらいに忽然と、その姿を消していた。

 呆然とする私の耳へと、不意に、風に乗って飛んできたような、そんな朧な言葉が届いた。

 

 ――『コノ餓鬼ハ預カッタ』

 ――『返シテ欲シケレバ、川ヲ遡ッタ先ノ、頂上ニ木ノ生エタ丘の所マデ来イ』

 ――『来ナケレバ、コノ餓鬼ヲ殺ス』

 

 その異様な声、地獄の底からする亡霊の呼び声のような言葉は、恐らくは白のヴィンドゥールのモノだった。

 つまりは、こういうことだった。

 エゼルは人質に取られた。

 そして今度は――。

 

「俺が、連中に誘い出される番か」

 

 そういうことだった。

 

 


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