異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第04話 イースト・ミーツ・ウェスト

 

 

 

 

 相変わらず往来は人や人に非ざる者たちがひしめいて、その流れは尽きることがない。

 露天商が様々な商品を広げ、客引きの声を張り上げれば、それらが混じり合ってまるで田舎の聖歌隊の有様だ。

 林檎や葡萄に似た果物から、逆に全く見たことがない珍奇な果実まで。

 ボロのような古着から、刺繍も鮮やかな織物まで。

 あらゆる文物が売り買いされ、特に食べ物の発する匂いは私の胃袋目掛け飛んできては底から揺さぶりをかける。

 早い話が腹が減ってきたので、ふと目についた飯屋兼宿屋といった風情の店の扉を潜った。

 どうやらアラマも私と同じ想いだったらしく、彼女もすぐさま続いて店へと入る。

 ……私の記憶が正しければ、彼女はフラーヤの館で、例のホルマーの実とやらをバクバク喰っていたような気がしたが、気のせいだったろうか。

 

 サンダラーを玄関先に繋ぎ、店に入れば、中は混んでいたので結局テラスのような所に落ち着いた。

 料理そのものは頼んだらすぐにやってきた。

 巨大なパンに、ペースト状のもの、壺型の木の杯には葦のストローがささっている。

 まずは喉が乾いているので、杯へと手を伸ばす。

 ――コーヒーが飲めるなら言うことは無いのだが、ここは遥か彼方の異界だ。

 そう贅沢も言ってられないと、葦の茎に口をつけ、それを通して木の杯の中身を吸い上げる。

 先細りの壺のような形の杯の中身は並々注がれた湯と、同じぐらいぎっしりと詰められた「茶葉」だ。

 茶葉とは言ったが、イギリス人が飲むような紅茶のそれとは違って、もっと緑の色が濃い何かの葉っぱで、恐らくは乾燥させて細かく刻んである。

 普通にコイツを呷ったら口の中身が茶葉だらけになってしまうからだろうが、葦の茎の最後の節以外を抜いて、残った節には針で細かい穴を開けたものを通して飲むという風になっている。南米じゃこんな感じで茶を飲む習慣があるって話を、どこかの港町で船乗りに聞いたような記憶があるが、相手は酔っ払いだ、本当のことを言っているのかは解らない。

 

「……苦いなこりゃ」

『それが良いんじゃないですか!』

 

 向かい合った席でアラマが元気よくそう言った。

 まるで意外に舌が餓鬼なんですねと言わんばかりの顔だったので、私はもう一口、葦の茎から吸い上げてみる。

 ……やはりこの独特の青臭さのある苦味は余り好きになれそうにないし、コーヒーが飲みたくてたまらない。

 

『マラカンドの街は美しいだけではなくて、食べ物も美味しいとは聞いていましたが、噂通りのようですね!』

 

 それに関しては私も全く同意だったのだ。頷き返す代わりに分厚いパンを千切って口に放り込んだ。

 真ん中が大きく窪んだ形の、厚みのあって丸く巨大なパンは、中身がぎっしり詰まっていて喰いごたえは抜群だ。その上、胡麻に似た小さな粒がまぶされていてこれが香ばしくて実に良い。良い小麦――あるいはそれに似た異界のもの――を使っているのがよく解る食感だった。

 もう一度パンを引きちぎると、今度は傍らに置かれた椀の中身につけて食べてみる。

 椀の中身は豆らしきものを潰したものに、卵と油とを絡めたものだが、これがパンと中々に相性が良い。

 ちょうど、ベイクドビーンズをパンと一緒に食う感じだが、こちらのほうが味は深かった。

 

『マラカンドは地下深くから水が湧く場所なんですよ! それも大量に! だからこそここはレギスタンの都な訳です!』

 

 ここに来るまでの道中に、街の中央にある巨大な泉の傍らも通ったが、確かに街の真ん中にあるにも関わらず水は澄んでいて、しかも滾々と湧き出続けているのが良く解った。

 砂と砂利と岩の荒野のなかにあって、この街の周りだけには緑が溢れ、葡萄畑めいた畑には、葡萄めいた実が蔓草と一緒に枝から垂れ下がっている様も、マラカンドに来るまでの道すがらで既に見ている。

 レギスタン(砂の地)にあって、ここだけはまるで楽園だ。これだけ人が集まるのもよく解る。

 

『それに加えて、この街はセリカンとミクリガルズルとを結ぶカルワーン道の真中にあるんです! ここは商売の種の宝庫ということで、自然と人が集まるようになった訳です!』

 

 ……またま解らない単語が次々と出てきた。

 私が説明を求めれば、アラマは意気揚々と講釈をくれたので、それを要約すると次のようになる。

 カルワーン道というのは要するに隊商の通るルートという意味で、セリカンなる東方の帝国とミクリガルズルなる西方の帝国とがこの道で結ばれ、それぞれの特産品が行き来しているのだそうだ。

 レギスタンの地は2つの帝国の中間に位置し、さらにマラカンドの街はさらにその中間に位置している。

 故にこの地の住人たるズグダ人達は、古くから東と西とを仲介する商人として商いに勤しんでいたそうだ。

 

『つまり、このマラカンドの街は金のなる樹……それだけに諸王の狙う角逐の地でもある訳です』

 

 なんでも、この街を造ったのは元々ここに住んでいるズグダ人達であるのだが、このレギスタン一帯に王として君臨しているのはズグダ人ではなくて、南西の地より来てこの地を征服したエーラーン人なる連中だそうだ。

 

『今、このマラカンドを都にレギスタンを治めているのはエーラーン人の王ナルセーなんです。ほら、この御方ですよこの御方!』

 

 そう言ってアラマが私に見せたのは、一枚の銀貨だった。

 その表側には、王冠を被り立派な髭を蓄えた男の横顔が打たれていた。

 

『元々はエーラーン王の末子で、王冠を頂けるはずもない身の上だったのですが、兵を集めレギスタンを征し、この地に自らの国を興した御方です! 大の戦上手との評判なんですよ!』

 

 アラマの説明を聞きながら、銀貨の打刻をつぶさに眺める。

 機械で打ち出した1ドル銀貨の細工には負けるかもしれないが、それでも王の横顔は精巧そのものだった。

 その国の盛衰を見たければ、その国の出している銭を見るのが一番確実だ。

 今は風とともに消え去った私の「祖国」でも、戦争の末期ではあらゆる意味で紙屑同然のドルが溢れかえっていたのを、今でも良く覚えている。

 手の中の硬貨は額に入れて壁に飾っても問題なさそうなのとは、全くの正反対だった。

 

『前に見せていただいた、まれびと殿の国の銀貨も見事なものでした!さぞかし、素晴らしい国なのでしょうね!』

「……まぁね」

 

 私は生返事と共に銀貨を返し、視線で講釈の続きを促した。

 

『とにかく、ナルセー王の軍は強くて、今やレギスタンに国をたててから十余年経ちますがまるで揺るぎなしなんです! 特に恐れられているのが「チャカル」と呼ばれる王の親衛隊で――』

 

 彼女がその名を口に出した時だった。

 

『何がチャカルだよてめぇこのドサンピンがよぉ!』

『流れの食い詰めモンの寄せ集めの癖して大きく出てるんじゃねぇぞコラァ!』

『叩き殺されてぇか!』

 

 ――とまぁチンピラ丸出しの怒声が響き渡り、アラマはギョッとした顔になって肩をビクリと震わせた。

 

「後ろだ」

 

 私が指差す先では、往来であからさまなゴロツキが三人ばかり、一人の女に絡んでいる所だった。

 ゴロツキどもは揃って赤や青といった原色が見る者の目に突き刺さるド派手な格好に身を包んでいた。無法者なりの男伊達というヤツなのだろうが、無頼の生活の賜物というやつか、着崩され垢じみて風情は欠片もない。

 何より、その面相が悪党丸出しで、あれじゃ何を着たとしても物盗り以外の何者にも見えないだろう。

 

『……まぁそう声を荒立てるな。別に喧嘩を売りに来た訳じゃない。ただ、このご老人に代金を支払えと言っているだけだ』

 

 それと相対している女はと言えば、ゴロツキどもとは対照的な格好をしていた。

 カウボーイのように庇の大きく山の高い黒帽子を被り、襟のついたマントを身にまとい、その下からは頑丈そうな革仕立てのブーツをのぞかせている。

 私達の側からは、その背中しか見えないが、長い金髪を三つ編みにして垂らしていることは解った。

 またマントの膨らみから、左右に一振りずつ刀剣を吊るしていることが解った。

 

『いくらお前たちが無頼不逞の流れ者とは言え、ザクロの実の代金ぐらいは持っているだろう』

 

 ゴロツキ三人組の真ん中の手には、確かに歯型も目新しい食べかけのザクロの実があった。

 さらに見れば、殴られてへたり込んでいるらしい露天商の爺さんの姿も傍らにあった。

 どうでも良いが、こっちにもザクロの実はあるらしい。

 

『おうともよ。この街に来る道すがら、ひと働きしてきたからな! だが金の使いみちはこんな腐れ柘榴じゃあねぇぜ!』

 

 ゴロツキは柘榴を投げ捨てると揃って凄んでみせた。

 腰に巻かれた帯に、大型のナイフが抜き身で差してあるのが見せびらかされる。

 拵えから安物なのは明らかだが、しかしその刃が脂に曇っていることもまた明らかだった。

 

『ひと仕事か……そのひと仕事とは何だ?』

『豚の腸をえぐり出して、川に沈めることよ』

 

 女が問うのに、ゴロツキの一人がそう答えた。

 傍から聞いている私としては別に何も面白くなったのだが、チンピラどもはニヤニヤと顔見合わせて笑い合う。

 

『ついでに腰にぶら下がってた重い袋も切り取ってやったなぁ』

『だがワタ抜いてやったから大丈夫さ。脂ばっかの腐った肉も浮いてきやしねぇ』

『……なるほど。揃って悪党面をしているだけはあるな』

 

 ゴロツキどもの脅し文句に対し、女が返したのは感嘆もわざとらしい皮肉な物言いであったが、どうやらチンピラには冷笑を解する頭はなかったらしい。

 

『そうともさ、悪いことは何でもやった』

『殺しに盗みに強請りにたかり……』

『やってねぇのは謀反ぐらいのもんだな!』

 

 そう言ってゲラゲラ笑い合う男たちへと向けて、女はこう言い放った。

 

『なるほどなるほど。つまり斬り殺されても一切文句は言えない身の上な訳か』

 

 瞬間、空気は一変した。

 ゴロツキたちは帯のナイフへと手を伸ばし、勢い良く引き抜いた。

 対する女は、左腰に差している曲剣の柄頭に、右掌をのせているままだ。

 

 ――今になって思えば、彼女は相手から先に動くのを待っていたのだということが解る。

 相手が先に抜いたとあれば、相手を斬り殺したとしても相手の責任になる。 

 そして彼女には、相手に先に抜かれようともそれより速く剣を振るう自信と実力があったのだ。

 

『お?』

『あ?』

『う?』

 

 キラリと鋼の煌めきが視界を過ぎったかと思えば、既に決着はついていた。

 血の噴水が挙がれば、ナイフを握ったままの右手が転がり、腸が大地へと零れ落ちる。

 

『あ――』

 

 真ん中のチンピラが肘から先の無くなった右手を唖然として眺める左右で、首を斬られた男と腹を斬られた男が斃れこむ。

 

『ああああああああああああああああああああ!?』

 

 右手を斬り落とされたチンピラが、斬り口から吹き出す己の血に叫びをあげる左右で、首を斬られた男の眼から光が失われ、腹を斬られた男は暫し血の泡をゴボゴボと吐き出せば、すぐに仲間の後を追った。

 

『……亡骸ふたつ、いやみっつの始末を頼むとしよう。手間賃はコイツラの懐の中身だ』

 

 女は、ゴロツキどもをしとめた刃の血を払いながら野次馬目掛けてそう言った。

 それを合図に、野次馬の中からがめつい連中が飛び出してきて、まだ暖かい骸を二つ担ぎ上げ、続けて半死の男も一緒に担ぎ上げる。ゴロツキが失血死するまで待てなかったのか、どこからかナイフの刃が飛び出してきて、右手を失くした男の胸に突き刺さる。叫び声も途絶えて、瞳は意志を無くした。

 

『……マラカンドはあらゆる人の集まる場所。それだけに物騒でもあるんですねぇ』

 

  アラマは見目形が美しく、服装を街のスタイルに改めればどこぞのご令嬢かと思う程なのだが、目の前で繰り広げられた一連の出来事を受けての感想が「物騒」の一言である辺り、やはり彼女も「こちらがわ」の人間なのだなぁと私は改めて思った。

 まぁ同じく荒事慣れしている私も、彼女と同じ感想しか抱かなかった訳だし、何より私の第一の関心は死んだゴロツキどもなんぞに向けられてはいなかった。

 

 ――ゴロツオども三人を瞬く間にしとめた女の手にした、その美しい曲剣にこそ、私の視線は注がれていた。

 

 サーベル然とした、三日月のように湾曲した片刃の剣身は冬の湖のように冷たく透き通っていて、今しがた人を三人も斬り捨てたというのに曇りひとつないのだ。

 かつてパルティザン・レンジャー(騎馬遊撃隊)の一員として戦場を師匠とともに駆けた私は、ヤンキーどもの青い騎兵隊とも何度か遭遇した経験がある。南軍の騎兵はサーベルよりも銃を好んだが、ヤンキーどもはその逆だった。実際、奴らの使うサーベルは恐ろしい武器ではあったのだが、それだけにその詳細をよく覚えている。

 鈍い輝きを放つ剣身は分厚く、真鍮などを用いた偽の金色に輝くナックルガードを備えた片手用の得物……それが私の中にあるサーベルの記憶だ。対するに、女の持っていた曲剣はサーベルと全く違っていた。

 カミソリのようにシャープな片刃の刀身は反りが緩やかで、ナックルガードの無い柄は両手で持てるほどに長い。

 鍔はあるが、角を落とし丸みを帯びさせた四角形の板状で、私が今まで見てきたどのサーベルとも形状が違う。

 いや――。

 

(前に見たな、どこかで)

 

 とっさに記憶を紐解けば、脳裏に浮かぶ一枚の画。

 そうだ。確か前に新聞でみた筈だ。それは写真ではなくてイラストであったが、確か太平洋の向こう、東洋の島国からやって来たという一行について書かれた記事に添えられていたのだ。

 不可思議な格好をした男たちの腰には、確かに彼女が持っているのと同じ剣が差さっていた。

 

『――』

「ッ!?」

 

 私の意識が唐突に思考から現実へと引っ張り戻されたのは、視線を感じたからに他ならない。

 気がつけば女は刀を納め、振り返っていた。

 彼女は私を見ていた。私の灰色の瞳と、彼女の緑の隻眼とが交差した。

 そう隻眼だ。右目は黒い眼帯で覆われ、残った緑の左目が私を見つめていたのだ。

 よく見れば女優のような優美な顔立ちにはまるで可憐といった印象はなく、手にした得物からくる印象を裏切らない、カミソリめいた鋭い気配の女だった。

 顎先に走った刀傷が、彼女の持つ殺伐とした気配をさらに強調していた。

 

『……』

「……」

 

 彼女は口角釣り上げ、私へと獰猛に笑いかけた。

 私は黙ってただ見つめ返せば、それに何を言うでもなく彼女は踵を返し、雑踏の海を割って往来の向こうに消えた。

 アラマが遠ざかる背を見ながら言った。

 

『あれが「チャカル」です。各国の勇士を集めた、ナルセー王の親衛隊です』

「各国の勇士……ね」

 

 なるほど、確かにそうらしい。

 

 

 

 

 

 

 物騒な食事を終えた後、私たちは店を出て往来へと戻った。

 今晩を明かす宿を探すためだが、これがなかなか眼鏡にかなうものが見つからない。

 気づけば、人気のない区画へと迷いこんでいた。

 

『ここは職人たちの住まう鍛冶場町ですね。たぶん、お宿の類はないかと思います』

 

 アラマの言う通り左右の家々から聞こえてくるのは鎚の音ばかりで、無数に伸びた煙突から吐き出される白煙に空はけぶり、煤けた臭いで辺りは満たされている。

 そして住人たちは自分たちの仕事に集中していて、往来にはまるで誰もいない。

 

「……」

『まれびと殿?』

 

 私がムスッと黙ったままでいるのに対し、アラマが顔を覗きんでくるが、反応を返す余裕もない。

 マズい――と、私は思っていた。人気のない場所へと迷いこんでしまうとは、迂闊にもほどがあった。

 

「……さっさと抜けるぞ」

『え? あ、はい! と言うか速いですよまれびと殿!?』

 

 サンダラーの手綱を引いて早足に進めば、あわててアラマが追いかけてくる。

 彼女には悪いとは思うが、正直な所、私には心の余裕がまったくなかったのだ。

 

 そもそも私がたかが宿選びごときに時間を無駄に費やしてしまったのは、背中に感じる謎の視線のせいだった。

 例の飯屋を出た直後辺りから、ずっと誰かが私の背中を追いかけている。

 私はガンマンだ。ガンマンが気をつけるべきは背中から撃たれることだ。

 謎の気配を振り切るべく歩き回ったが、相手は付かず離れず、影のように付いてきている。

 そんな相手が、何か仕掛けてくるなら、ここは邪魔の入らない絶好の場所だった。

 引き返すことはできない。相手は背後にいるからだ。

 ならばここを駆け足に抜けるしか無い。

 何度も曲道を抜けて、不規則に私とアラマとサンダラーは歩き回る。

 そんなことを幾らか繰り返した後、私達の歩みは突然に止まった。

 

「……」

『見事なまでに通れないですね』

 

 アラマの言うとおり、薪を満載した荷車が道を塞いでいて、私たちはともかくサンダラーを通らせることができない。

 引き返すべきかと振り返れば、その道は既に塞がれていた。

 

『……あれは、さっきのチャカルの』

 

 アラマの言うとおり、今来た道の真中には、亡霊のように現れた山高で庇の広い帽子の影がひとつ。

 緑の隻眼で私を見つめるのは、チャカルやらに属する、東洋めいた得物を操る女剣士であった。

 女は、またも私に笑いかけると、マントの右側をバサリと開いた。

 例の曲刀の柄が顕になって、そこに女は右の掌を添えた。

 

「……持っていろ」

『え? あ、はい』

 

 手綱をアラマへと投げ渡し、私はダスターコートの右側を開いて、裾をベルトに挟んだ。

 吊るしたコルトの銃把が露わになって、私はそこに右掌を添えた。

 そして左手はダスターコートのポケットに突っ込みながら、女へと向けて歩みだした。

 

 相手も、私に合わせて歩み出す。

 共に一歩一歩確かに地面を踏みしめながら進めば、緩やかにされど着実に彼我の距離は縮まっていく。

 

「……」

『……』

 

 申し合わせたように、私たちは同時に歩みを止めた。

 得物の刃渡りから考えるに、女からすれば抜けば一撃に私を斬り殺せる間合いであり、私からすれば確実に相手の急所を射抜ける間合いだった。

 

「……」

『……』

 

 真っ向、向かい合ったまま、互いに見つめ合う。

 彼女には静かな無表情だった。おそらく、私も同じ顔をしていることだろう。

 視線を揺るがせることはなく、互いの右手で、手にした得物へとより強い力を込める。

 

『あ……』

 

 アラマが、空気の緊張に耐えかねたのか、いつも手にしている錫杖を取り落としたのが音で解った。

 合図だった。

 

「――ふっ!」

『――ハッ!』

 

 彼女は右手で曲刀を抜き放つ――と見せかけて、実際に動いたのは左手だった。

 マントの下で密かに握り込まれていた、ナイフがぱっと閃いて私の喉首に突きつけられる。

 刃の幅がが先端に行くに向けて広がっていく、刺突に向いた葉型の短剣であった。

 

 一方、女の喉首にも私の銃口が下より突きつけられていた。

 銃を抜いたのは右手ではなく、ポケットに入れられていた左手だった。

 私のダスターコートの左ポケットは実は見せかけでスリットになっている。

 左のポケットに手を突っ込んだのは、コートの下にある左のコルトを密かに抜くためだったのだ。

 

 右手で敵を誘い、左手で仕留める。

 つまり私たちは二人揃って、同じ発想のもとに動いたことになる。

 

「……良いナイフ捌きだ」

『御前の技も素早い』

 

 私たちは同時に互いの得物を引っ込めた。

 そして犬歯をむき出しにして笑いあった。

 

『非礼は詫びる。まれびとと相まみえたのはもう随分と久方ぶりでな、腕前が見たかった』

「それで、アンタの見立てだとどんなもんだ?」

 

 私が問えば、彼女は満面の笑みで答えた。

 

『申し分なしだ。流石はまれびとだ。得物は違うが、腕の確かさは「シジューロー」にも比肩する』

 

 彼女は両手をパッと開いて今度こそ敵意が無いことを明らかにすると、右手を私へと差し出してきた。

 こちらにも、握手の習慣はあるらしい。

 

『イーディス。イーディス=ラグナルソン。ミクリガルズルの遥か西、バラングの地より来た。以後お見知りおきを』

「名乗るほどの名は持ち合わせちゃいないが、よろしく頼む」

 

 私は彼女の右手をしかと握り返した。

 

 

 

 


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