異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第23話 ペイルライダー“ズ”

 

 

 

 

 

 

 

 

『青褪めた馬を見よ。その名は「死」なり。地獄、これに従う』

                      ――ヨハネの黙示録

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――『地獄の使者(ザ・プレイグ)

 かつてあの男たちはそう呼ばれ、敵から、そして味方からも恐れられていた。

 ヘンリー、そしてバーナード。

 前の戦争中も、それが終わってからも、二人は常に一緒だった。

 私と同じく南軍に属し、それも遊撃騎兵隊(パルティザン・レンジャー)の一員として戦場を駆け回っていた。

 一度だけ、私は戦場で連中と轡を並べたことがある。

 まだその頃は生きていた師匠も、連中の戦い方の凄まじさには舌を巻いていたのを覚えている。

 

 ――『ヘンリー』

 本名ではない。本名はアラン某とか言ったか。確かルイジアナの出身だった筈だ。

 なぜこの男がヘンリーと呼ばれるかと言えば、この男の異様なまでのヘンリー・リピーティング・ライフルへの偏愛、いや殆ど病的といっていい執着っぷり故に誰ともなしにそう呼び始めたからなのだ。

 ヘンリー・リピーティング・ライフルは北軍の銃だ。いや、厳密に言うと北軍の制式銃ではなく、ヤンキー兵士が自費で購入して戦場に持ち込んでいた最新式の連発銃だった。その驚異の一六連発は、我ら南軍を大いに苦しめたもんだったが、ヘンリーの得物も最初は死んだ敵兵から奪い取ったモノだったらしい。

  かつて南軍兵士達から、日曜日に弾を込めれば、次の日曜日まで撃ち続けられると畏怖された、驚異の一六連発銃。ヘンリーはコイツとの出会い、たちまちその虜になったそうだ。

 ヘンリー連発銃は北部の銃だ。南部では手に入れることはまず不可能だ。

 故にヘンリーは、戦場でこの銃を持つ北軍兵士を見つけては殺し、見つけては殺し、その銃と弾薬を根こそぎ奪い取るようになった。

 奇妙なことに、相対したどの北軍兵士よりも、ヤツはヘンリー銃の扱いが上手かった。神業と言っていい。故にヘンリーと戦場で出会って、その生命と銃を奪われなかった北軍兵士は、皆無であったという。

 だから、ヘンリー連発銃を持った北軍兵士は、ヘンリーと出会うと肝をつぶして、命乞いをして己の得物と弾丸を残らず差し出し、そうやって命拾いしているらしい――こんな馬鹿げた話が、南軍の間ではまことしやかに語られたもんだった。

 ヤツのトレードマークは、革製の帯で下げた二丁のヘンリー連発銃に、愛馬の鞍に差したさらに二丁のヘンリー銃。各一六連発の計六四連発。それを戦列射撃のような激しさで乱れ撃つ。そして早撃ちにもかかわらず、ヤツの射撃は精確なのだ。

 ヘンリーが日頃被っている黒い山高帽(トップハット)状軍帽は、元は北軍切っての精鋭部隊『鋼鉄旅団(アイアン・ブリゲード)』、通称ブラック・ハッツの兵士から奪い取ったものだった。あの鋼鉄旅団の軍帽を奪い取って誇らしげに身に着けていることからして、ヤツの実力が並ではないことの証左だった。

 

 ――『バーナード』

 これも本名ではない。ミズーリ出身のこの男はドイツ系の移民で、本当はベルナールだかベルンハルトと発音するのが正しいらしい。しかし、皆この男を英語風にバーナードと呼んでいた。

 コイツがどういう経緯でヘンリーと組むようになったのかは、当人たち以外は知らない話だ。

 しかし、近距離から中距離の戦いを得意とするヘンリーに対し、遠距離での狙撃を得意とするバーナードは最適な相棒と言えた。

 大陸(ヨーロッパ)の北の出身らしい彫りの深い眼窩に、灰色の瞳を持ったこの男は、比較的小洒落たヘンリーとは対称的な、農民の野良着のような焦げ茶の装束に身を包み、やはり黒に近い焦げ茶の帽子という格好をしていた。帽子の庇(ブリム)の前の部分は、相手を狙い撃ちやすいように折り曲げて、真鍮製の星型バッジで天蓋(クラウン)に留めていた。そしてその星型バッジも、敵から目立たぬように敢えて錆びさせて輝きを無くさせていた。

 奴が愛用するのは、やはり北軍兵士から奪い取ったというシャープス・ライフルだった。

 北軍の狙撃兵(シャープシューター)が愛用したと知られるこの銃は、.50-90シャープス弾という専用の、極めて強力な銃弾を用いる単発型のライフル銃だ。レミントン・ローリングブロックに若干似るが、我が愛銃とは違うフォーリング・ブロックという特殊な機構を有する銃だ。用心金を兼ねたレバーを下ろすと、ブロック状の尾栓が降りて、給弾口を露出させ、レバーを戻せばブロックが戻って薬室を閉鎖する仕組みだ。拳銃弾を用いるヘンリー連発銃と違い、強力なライフル弾を用いれるこの銃は、やはりヘンリーの相棒に相応しいと言える。

 あからさまな狂気を抱いたヘンリーと違い、狙撃によるバックアップという地味な役柄のバーナードは相棒に比べて目立たない存在だ。しかしあのヘンリーの相棒を務めるだけあって、この男もまともではない。

 噂によると、この男は狙撃手と相対した場合、これを執拗に追撃して必ず殺すのだという。殺し方にこだわりがあって、必ずその右目を撃ち抜いて殺すという話だ。しかもこんな話に加えて、本当かどうかは知らないが、やっこさん、仕留めた狙撃兵の残った左目を抉り出して食べるんだそうだ。なんでも、そうすると自身の狙撃の業が高まると信じているらしい。特に、灰色の瞳をもつ眼球が、栄養豊富で体のためになるんだという話だ。

 

 ――『地獄の使者(ザ・プレイグ)』の名は、この男たちの狂気に由来するものだ。

 しかしこの男たちは、本質的には私の同類と言える男達だった。

 

 共に南軍に属し、南部のために戦い、故郷を失い、家族を失い、方便(たつき)を失い、己が生きる道すら見失った男たち……残されたものは、人殺しの業と銃だけ。ヘンリーとバーナードは今や西部きっての殺し屋コンビとして知られている。まったくもって鏡合わせ、私の同類と言える男たちなのだ。

 

 そんな男たちが今、同じ「まれびと」として、私の前に立ちはだかっている。

 本当に、人生ってのは色んなことが起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十八人分のエーラーン人戦士の死体に囲まれて、ヘンリーは悠然と立ち尽くす。

 その手には愛用のヘンリー連発銃が握られ、その内部には十六発の銃弾が収まっている。

 さらに姿は見えないが、相棒のバーナードも愛銃シャープス・ライフルを片手に、次なる標的が現れるのを手ぐすね引いて待ち構えている。

 ――極めて、厄介な状況だ。

 

「オイ」

 

 声のするほうに顔を向ければ、私同様に建物の陰に身を潜めるキッドの姿が見える。イーディスがその傍らに隠れているのも見えた。

 

『どうする。これじゃ動くに動けんぞ』

 

 反対側からの声の主は、やはり建物の陰に身を潜めた色男であった。その傍らには、ナルセー王の姿が見える。

 王の配下の近衛兵も、瞬く間に同僚を十八人も斃されて、慎重になったか家屋を盾に様子を窺っている。早撃ちの名手と狙撃手に同時に狙われれば、動けないのも道理だ。

 

「……」

 

 私は若干思案し、戦争中によく使った手を用いてみることにした。

 歴戦の狙撃兵士のバーナードに通じるかどうかは怪しいが、試してみる価値はある。

 私は右手にレミントンを携えたまま、左手のハウダー・ピストルの銃身に帽子を脱いで被らせた。

 そしてゆっくりと帽子をハウダー・ピストルを棒代わりにして、建物の陰から僅かにかざして見せる。

 

 ――即座に、銃撃が帽子目掛けて飛んできた。

 

 私は僅かに家屋の陰から眼をのぞかせて、発砲後に必ず出る火薬の煙を探った。

 見えた。

 やや離れた所にある、背の高いものみの塔の上。そこには確かに、銃火の生み出す硝煙がたなびいている。

 私は微かに見える星型バッジ付きの帽子へとスコープを向け、引き金を弾いた。

 

「チィッ!」

 

 思わず舌打ちしたのは、やつにこちらの殺気を悟られでもしたのか、直前にやつが壁に身を隠したためだ。

 弾丸は空を穿ち、もう、次の攻撃のチャンスはない。居所がバレてそこにとどまる狙撃手などいないからだ。最早ヤツの位置を知るには、ヤツの次なる一撃を待つ他ない。

 

「オラァッ!」

 

 しかし、僅かな間とは言え、私の一撃に狙撃手の動きが封じられた隙を突いて、素早く動いたのはキッドだった。

 ヘンリー眼かげてコルトを引き抜き、自慢のファニング・ショットでヘンリー目掛け、釣瓶撃ちに銃弾を叩き込む。

 だが、やはりというかヘンリーの動きは素早い。キッドの銃撃に、やつも即座に反応し、反撃の銃撃を交えながら建物の陰に身を隠してしまう。

 銃声が家々の壁に反響し、唸るようにして響き渡れば、一転、辺りは静寂に包まれる。

 そして、物音一つなく、事態は膠着状態へと陥った。

 

 どちらも、狙撃手に早撃ちの名手の組み合わせだ。

 互いに、迂闊に動けない。獣を狩るときと同様、互いに相手が動く以外に待つ手はなかった。

 

「……」

「……」

『……』

『……』

『……』

 

 私も、キッドも、イーディスも、色男も、そしてナルセー王にその近衛兵も、皆一様に黙したまま、動けないでいる。ただひたすらに、相手が動くのを待つしかなかった。

 

 ――されど事態は、予期せぬほうから動き出す。

 

「……ん?」

 

 私が気づいたのは、路地から悠然と姿を見せた、黒い人影であった。

 その人影は、長い嘴をもつ鳥の顔のような灰色の仮面に顔を隠し、黒く庇の広い帽子にケープ付きの黒外套を纏っていた。

 その姿に、私はひどく見覚えがあった。

 

「スツルーム……」

 

 白のヴィンドゥール。

 青のレイニーン。

 赤のリトゥルン。

 いずれもエゼルの村で、彼と共に立ち向かった、三人の邪悪な魔法使い。 

 連中は、『スツルームの三魔術師』と呼ばれていた。

 アイツラと同じ装束に身を包んだ怪人が、今たしかに、視線の先にいる。

 

「チィィッ!」

 

 私は怪人を狙い撃つべく、レミントンを構えた。

 しかし私が引き金を弾くよりも、奴がなにやら魔術を使うほうがはるかに素早かった。

 杖の一閃と共に、吐き出された不可思議な呪文。

 それに応じたのは、私達のまわりに転がる、夥しい数の死体。

 それらはまるで生者のごとく、スツルームの魔法使いの号令に従い、立ち上がり、私達へと襲いかかる!

 

 

 

 


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