異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第24話 イグジット・ヒューマニティー

 

 

 

 浴びせかけられた殺気に、即座に銃口を左にむける。

 引き金を弾く――のは間に合わない。銃床を振り抜き、襲撃者の顎へと叩きつける。

 腐臭漂う吐息と共に、私に噛みつかんと口が裂けんばかりに開かれた顎門(あぎと)の下半分が千切れるが、痛みなど感じないのかそのまま突っ込み続ける。ならばともう一発銃床をお見舞いすると同時に、相手が衝撃に一瞬だけひるんだ隙に乗じて、左手を腰のコルトへと回す。腰だめの、殆ど狙いもつけない抜き撃ちだが、相手の腹腔へとうまい具合に突き刺さり、突撃を止めるばかりか、彼我の距離が若干開いた。

 好機――。私は右片手でレミントンを振り回し、相手の胸元へと力込めて、銃口よ突き刺されよと、力を込めて突きつける。本当は褒められた撃ち方ではないが、今は非常時だ。

 

「DUCK YOU SUCKER / 地獄に還んな、糞ったれ」

 

 トリッガーを弾くと同時に腕に走る衝撃。

 だが相手の胸板が上手い具合に支えてくれたからか、思ったほどでもない。

 上体にきれいな風穴を開けて、しばしまだ私へと襲いかからんとして、背中から地面へと斃れる。

 反動で震える右手は気合でなんとかしつつ、左のコルトをホルスターへと戻す。

 撃鉄を起こし、ブリーチロックを開いて排莢する。

 ダスターコートの裏地に縫い付けられた弾帯から50口径弾を取り出し、ぽっかりと開いた給弾口へと挿し込んでロックを閉じる。

 そんな再装填作業中も私の目線は忙しなく、周りを見渡し新たなる敵を探る。

 何度と無く繰り返した作業だ。戦闘中の再装填など、見ずともできる。

 

『頭か心臓を狙え! 屍生人(グアール)を冥府へと戻すにはそれしかない!』

「応さ!」

 

 イーディスの叫ぶ声に、コルト45口径の重い銃声が続く。

 イーディスがカタナを鞘走らせる音が響け、トンと軽い音と共に生首……ならぬ死に首が跳ぶ。

 偶然であったが、私が襲撃者の胸にレミントンをぶち込んだのは間違いではなかったらしい。

 一瞬だけ、自分が斃した相手の顔へと目を向ける。

 何の変哲もない顔だ。マラカンドの住人にはよくある、浅黒い肌に、彫りの深い、ヒゲを生やした男の顔。

 ただし、その瞳は白く濁り、肌は所々破けて腐肉を見せ、下顎は吹き飛んではいるけれど。

 

『ちぃっ! これでは幾ら角矢があっても足りんぞ!』

 

 色男がクロスボウで屍人どもの胸を射抜きながらぼやく。

 ナルセー王は腰の直剣と短剣を引き抜くや、率先してかつての近衛兵の死体へと向かい、直剣で屍人の攻撃をいなして、短剣で鎧の継ぎ目から心臓を狙う。

 かつての配下を一刻も早く本当の眠りにつかせんとする主の心なのだろうか。生き残りの近衛兵たちも王に倣う。相手は大勢だが、臆するものは誰もいない。

 不幸中の幸いは、スツルームの魔法使いによって無理やり眠りから覚まされた死者たちは、酔っぱらいのように緩慢な動きだ。数は厄介だが、それにさえ呑まれなければ何とかこの場だけは切り抜けられそうではある。――無論、敵が屍人どもだけであった場合の話だが。

 

「! 伏せろ!」

 

 私の叫びの応じて、皆が屍人を押し払いながら柱や壁の陰に隠れる。

 直後、私が一瞬前に立っていた場所に突き立ったのは44口径ヘンリー・リムファイア弾だ。その名の示す通り、ヘンリー・リピーティング・ライフルの、その連発機構を完璧に機能させるべく設計された専用弾。威力は拳銃弾と変わらぬものの、それでも喰らえば致命となりうる銃弾だ。

 

(バーナードの野郎はどこだ!)

 

 ヘンリーの野郎はどうどうをヘンリー銃を構えて、屍人どもと連れ立って悠々と進撃してくる。

 それはつまり、連中があのスツルームの魔法使いと仲間同士であることの何よりもの証拠だが、今の私にはそんなことよりもバーナードの居場所が最も気にかかる。

 あの狙撃手がどこにいるかを探り出さねば、迂闊にヘンリーどころかすっとろい屍人どもの相手すら覚束ない。

 敵を求め巡る私の視線は、バーナードを誘き出すのに使った帽子とハウダー・ピストルが転がっている所で止まった。

 穴あき帽子を拾って被り、ハウダー・ピストルを開いた左手に構える。

 右手にライフル銃、左手に散弾銃。加えて七丁の回転式連発銃がホルスターに控えている。

 本来ならば頼もしい限りの重武装だが、しかし今私達が相手にしているのは無数の――下手すれば街ひとつ分の――屍者の群れ、それらを地獄から呼び出した邪悪な魔法使い、さらに地獄を運ぶ最悪の殺し屋二人なのだ。頭を使い、策を練り、かつ獣のように素早く動けねば、あの屍人共に仲間入りする破目になる。

 ましてや、またあのスツルームの魔法使いが呪文を放ったのか、街の名物の泉を満たすように浮いていた死骸の数々も、次々と起き出し這い出し、新手となって押し寄せてきてる。

 

「ヘンリー!」

 

 私は敢えて堂々と柱の陰から身を晒すと、連発銃使いの男へと叫び、ハウダー・ピストルの銃口を向けた。

 それが余りにも唐突だったからだろう、どこかからこっちを狙っている筈のバーナードからの攻撃は来ない。だから私は水平に二つ並んだ銃口を、真っ直ぐにヘンリーへと向ける余裕があった。距離はあったが、野郎は警戒して慌てて死体たちの影へと跳び込む。

 それでもなお、私はトリッガーを引き絞る。

 針金で結び合わされた二つの引き金が、一本の人差し指で奥へと押し込まれる。

 鶏の頭を思わせる二つの撃鉄が落ち、二つの雷管を同時に叩く。

 二つの銃口が同時に散弾を吐き出せば、私の腕が強烈な反動に大きく跳ね上がる――もとい、反動をいなすために跳ね上げる。

 それでも散弾は確かにヘンリーの方へと拡散しながら突き進み、途上の屍人を何人か薙ぎ倒す。

 私は弾切れかつ再装填の難しい、今だ熱く硝煙吐く散弾銃をコートのポケットに無理やり突っ込むと、左の親指と人差し指を咥えて笛のように音を鳴らす。

 合図に我が賢き愛馬は即座に応じ、噛み付かんとする屍人どもを蹴り飛ばしながら突き進む。

 

「ヘンリーの相手をしながら街の外に退け!」

 

 私はサンダラーへと跳び乗りながらキッドへと、奴がヘンリーのことを知っているという前提で叫んだ。

 実際、私の思った通りやっこさんもヘンリーをヘンリーと理解していたから、即座に当然の問いを返してきた。

 

「オッサンはどうすんの?」

「バーナードを探しながら逃げる!」

 

 狙撃手を誰かが相手取らねば、逃げるのも覚束ない。

 そしてその役目を果たすのに適当なのは、この場ではまず間違いなく私だ。

 しかしそんな私も、一人であの男を相手取るのはこころ細い。

 

「続け!」

『な!?』

 

 私は色男目掛けてそう言い放つと、返事も聞かずにサンダラーにまたがり拍車をかける。

 背中から私は犬か!という色男のぼやきが追いかけてくるのを聞きながら、私は路地の一つに駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 私達の飛び込んだ路地までは魔法使いの呪文は届いていないのか、まだ死者達が起き出す気配もない。

 不幸中の幸いだが、いつ、この骸たちも地獄から呼び覚まされるかわかったものでもない。

 まずは現状、最大の脅威であるバーナードを何とかしなきゃならないのだ。

 

『どういうつもりだ!? なぜ私を呼んだ!』

 

 ようやく追いついてきた色男が叫ぶのを聞き流しながら、私が考えるのはバーナードの居所のことだ。

 マラカンドは同じような高さの建物が軒を連ね、寄り集まったような街だ。あの泉の広場に面した家々の上以外からでは、狙い撃てる場所は限られる。奴が最初に使っていた背の高いものみの塔の上などは有数の狙撃箇所の一つだが、場所が割れた以上、既に移動済みの筈だ。

 だとすればどこがある? 無駄にこの街で飯を食らっていたわけじゃない。日々道を行く中で、覚え描いた脳裏の街路図を探り、バーナードの移動しそうな場所を読む。

 

『ええい! 答えろ! 答えんか! せめて顔ぐらいは向けろ貴様!』

 

 ――そういう重要な作業をしているにも関わらず、ぎゃあぎゃあウルサイ色男に、私は不機嫌丸出しの顔を向けて言う。

 

「やかましい。狙撃手の相手をするなら狙撃手と相場が決まってんのはオマエも知ってるだろうが」

『まれびと同士の戦いに私を巻き込むな! キサマラとは得物が違うんだぞ得物が!』

「安心しろ。弓でライフルの相手をするのは不可能じゃない。知り合いの先住民は実際そうしてた」

『知るか! それは「そっち」の事情だろうが! 戦いの勝手が違うんだ勝手が!』

 

 そこまで文句を垂れるならばついてこなければいいものを。

 無論、やっこさんも私に続くのが今この場での役割と理解しつつも、言わずにはいれないといった所なのだろう。

 私は懐から革袋を一つ取り出すと、色男へと投げ渡す。掴んだ時の感触、重み、そして銀と銀が触れ合う音色から、中身は言わずとも解るはずだ。

 

『――……』

 

 元が出稼ぎ傭兵だけに文字通り現金なヤツだ。臨時報酬で口を噤む気になったらしい。

 

「とりあえず、狙撃手のいそうな場所を探りつつ進む。空から狙われてるんじゃ逃げるにも逃げれねぇからな」

『わかった。ならばスピタメン家持ちの宿屋から行こう。あそこの塔は見晴らしが利く』

 

 無駄口を噤むばかりか、一転よく働く口になった。

 こういう解りやすい男は嫌いじゃない。それにこの色男の腕前を、なんだかんだで私は買っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目当ての塔には勝手知ったる道だけにすぐにたどり着いた。

 そして、実に幸運なことに、そこが次のバーナードの潜伏先とすぐに知れた。

 だが果たしてそれは幸運だったか?

 

 ――否。断じて否だ。

 

 バーナードがヘンリーとコンビを組んでいるのは、連中の個人的な関係は別として、戦術的な利点が大きい。

 狙撃手が無防備な背中を任せる相手として、ショートキルの使い手以上に適当な相手もいない。

 しかして今、連中は離れて個別に行動している。故に、私は好機と捉えた。

 

 違っていた。

 間違っていた。

 

 スツルームの魔法使いは、自身の組んだ相手の性質を良く理解しているらしい。

 

『……リトヴァのロンジヌス』

「……」

 

 思わず漏らしたらしい色男の言葉に応じて、私は信じてもいない神に十字を切った。

 私達の視線の先には確かに、リトヴァのロンジヌス、チャカルが誇る歴戦の戦士の一人の姿がある。

 しかしその出で立ちは、私達が知る彼のものとは大きく違っている。

 

 白濁した瞳。

 血と涎が溢れる、緩んだ口元。

 血と泥に塗れた長髪。

 むき出しの上体は幾本もの矢が突き刺さり、夥しい傷が走り、一部肉も抉れている。

 しかし既に出血は止まり、その近くには蝿が集っているのも見える。

 

 死んでいる。

 この上なく死んでいる。

 しかし死してなお立っている。その愛剣たる大段平をぶら下げて立っている。

 

「……」

 

 街がこうなっている時点で、残っていたチャカル連中の運命はおおよそ予想がついていた。

 しかし現実は予想を悪い意味で上回った。

 仕留めた歴戦の傭兵たちを、あのクソッタレ魔法使いは『再利用』するというオゾマシイ発想に至ったらしい。

 相棒と別れ、一人で動くバーナードの背中を、死んだ勇者に任せるとは大した考えだ。

 

 ――あの烏面の糞ったれは、是が非でもぶっ殺さねばなるまい。

 

 アウトローにも仁義はある。

 無論、所詮はアウトローの仁義に過ぎないが、それでも仁義は仁義だ。

 短いとは言え共に轡を並べて戦った仲ならば、安らかに眠れるようにしてやる義理ぐらいはある。

 

「……チッ」

『気づかれたか!』

 

 濁った瞳が私達を捉えた。

 死せるロンジヌスは愛剣を構え、獣のように咆哮し、私達目掛けて駆け出した。

 

 


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