異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第29話 ザ・ハンティング・パーティー

 

「――ッ」

 

 小さく舌打ちしながら、私は素早く後退し、アラマも慌てて続く。

 すばやく地面に降り立ち、サンダラーとムームーを座らせる。

 私とアラマは稜線の陰に身を隠した。

 丘の頂上で堂々と騎乗姿を見せたのだ。既に連中に見つかっているかも知れないが、それでも何もしないよりはマシに思えた。

 

『よもや……よもや! かくも、かくもコレほどの数の屍人を操るなど……いかに相手がスツルームとて、わたくしには信じられませんです!』

 

 息を潜めながらも、相変わらずの元気の良さに溢れる小声で、アラマは語気も強くまくしたてる。

 私は声にこそ出さねど、内心同意していた。街まるごとの屍体を操るなどとは、御伽噺基準でも馬鹿げた所業だ。一体全体、あのスツルームの糞ったれ魔法使いは、どれほどの力の持ち主だというのだろうか。

 

「……まずは“連隊本部”に連絡だ。アラマ」

『はいです!』

 

 しかし驚いている暇などない。

 この屍者の大軍勢の襲来を、一刻も早くアフラシヤブの丘の連中に知らせなくてはならないのだ。

 私は思わず、前の戦争のときのような物言いをしていたが、アラマには問題なく通じたらしい。

 

『――こいねがう。われはこいねがう。広き牧場を照らし、闇をば切り裂く、光の君、真実の神、不敗の太陽たるミスラよ。アブラナタブラ、アブラナタブラ、セセンゲンバルファランゲース』

 

 アラマはいつも肩から下げている雑嚢より、巻き紙と羽ペン、インク壺の一式を取り出した。

 呪文を唱えながら紙にペンを走らせ、赤いインクで何やら謎めいた文字を書きなぐっていく。

 

『マスケッリ、マスケッロー、メリウーコス、ミスラ! 蛇よ、古き衣を捨て、地にて再誕し、夜刺す一条の光ぞ差す方へ! 今だ、今だ、疾く、疾く!』

 

 囁くような声で、しかし力強く言い放たれた呪文に応じ、不可思議なことが起こった。

 書き殴られた文字たちが茶色い紙面で踊れば、絡み合い、混じり合い、一体化していく。 

 

 言うなればそれは、文字でできた赤い蛇であった。

 アラマが書き上げたメッセージ、屍者の軍勢の襲来を告げる一文は、紙面より飛び出して、砂の上を這う。 

 

 緋文字の蛇は、蛇とも思われぬ素早さで地面を走り、瞬く間に視界から消えた。

 

 流石は魔法使い、と言ったところか。実に便利なものである。

 電信比べれば遅いであろうが、伝令兵を飛ばすよりは遥かに早いだろう。

 

『――して、まれびと殿。この後はどうするのですか?』

「……」

 

 私は望遠鏡を取り出すと、丘の頂上から僅かに真鍮色の筒をのぞかせて、迫る軍勢を覗き見た。

 相変わらず機関車のような跫(あしおと)を奏でながら、生ける屍の群れは、悠然と大地を覆いながら進む。

 その歩みは立てる音と違って緩やかなものだ。このスピードならば、アフラシヤブに至るまで結構な時間を食うだろうと思われた。アラマのメッセージが届くまでの時間を差し引いても、迎撃のための時間は充分にあるだろう。

 

「スツルームの魔法使い、それと例の二人組を探し出し……殺る。可能ならば、だが」

 

 サンダラーのサドルホルスターからレミントンを引き抜きながら、私はそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘という丘に身を隠し、地べたに這いつくばって、敵の様子を窺う。

 いよいよもって、私は昔を想い出していた。

 

 耳をつんざく、銃声と砲声。

 敵の、味方のあげる鬨の声、そして断末魔。

 蹄が高鳴り、軍靴がラッパや太鼓のうねりに合わせて響き渡る。

 

 だが、そんなものは全て幻で、実際に聞こえてくるのは死者達の波が立てる漣ばかりで、これほどの大軍勢が動いていることを考えれば、不自然なぐらいに静かであった。

 

『まれびと殿』

 

 傍らで、やはり地に伏せたアラマが緊張した面持ちで訊いてきた。

 

『勢いで付いてきてしまったのですが……実際、わたくしたち二人だけで大丈夫なのでしょうか?』

 

 不安そうな彼女の声に、私は望遠鏡から目を外して、アラマの方を向いた。

 暫時思案し、答える。

 

「大丈夫じゃあ、ないな」

『へ』

 

 間の抜けた声と共に、唖然としたアラマの顔。

 そこから視線を外し、望遠鏡を覗き直しながら、続けて言った。

 

「大丈夫じゃあないが、ほかにやりようもないさ」

 

 実際、その通りなのである。

 現状、迫る敵軍の間近にいて、その様子をいち早く探られるのは私達だけなのだ。

 もとより、私達の仕事は斥候なのだから、リスクを承知で、務めは果たさねばならんだろう。

 

『……斃せるのですか?』

「ん」

 

 無論、スツルームの魔法使いに、『地獄の使者(ザ・プレイグ)』の二人組のことだ。

 私は再度、暫時思案した。結論はすぐに出る。

 

「まァ、無理だろう」

『まれびと殿でも、ですか』

「……」

 

 ちょっと間を置いて、私は首肯した。

 

「連中も、プロのガンマンだ。真っ向勝負じゃあ、分が悪い」

 

 実際、その通りなのである。

 相手がスツルームの魔法使いだけならまだしも、ヘンリーとバーナードがいるとなると話は違ってくる。

 

 ――プロのガンマン、と呼ぶに値するアウトローは少ない。

 

 ガンマン、と世間で呼ばれている手合の殆どは単なる銃を持ったチンピラか追い剥ぎの類であり、仕事の上で銃を使い、殺しを働くことはあっても、銃による殺しを稼業としている訳ではない。単に相手を殺すのと、稼業として人殺しをやるのとでは、天と地ほど差がそこにはある。チンピラ、追い剥ぎ、銀行強盗の類に、殺しに対し責任を負う(・・・・・)ことなどできる筈もない。

 

 だからこそ、プロのガンマンと呼ぶに値するアウトローは少ない。

 それ故に、自然と互いにその名を聞き知る間柄になる。私もキッドも、互いのことを噂で知っていたように。

 ましてや私と、ヘンリー、バーナードのコンビとはかつて戦場で同じ旗の下で銃を手にとったのだ。私が連中のことに気づいたように、連中も私が誰だかひと目で解ったことだろう

 

 連中は、私による狙撃を何より警戒するだろうし、あわよくば返り討ちにすることも考えているはずだ。

 相手が手ぐすね引いて待ち構えている所に飛び込むほど、私は馬鹿ではない。

 

「マラカンドでの戦いの様子じゃあ、連中のあの死者を操る魔法にも、どうも届く場所届かない場所ってのがあるらしい。だとすればあの大群の、たぶん後ろか真ん中にヤツラはいる。せめて、その場所ぐらいは把握しておきたい」

 

 私が言うのに、アラマは頷いた。

 

『ええ。まれびと殿の言う通り、あれほどの術です。術士が近くにいない筈もないのです』

「そういうもんなのか、やっぱ」

『ええ』

 

アラマはより深く頷き言う。

 

『強力な術を用いるには、術士自身の力を大きく消耗する上に、力の源たる術士からは遠くまで及ぼすことは出来ないのです。逆に言えば、さっきの文字蛇のような術ならば、費やす力も少なく、遠くまで飛ばせるのです』

 

 成る程。

 だとすればあれ程の数の死体を操っている以上、連中は私達の間近にいるということか。

 

「……よぉし」

 

 私は静かに気合を入れ直した。

 相手は、ただ近づくだけでも危うい、猛獣以上の連中なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠巻きに遠巻きを重ね、充分な間合いをとって連中の背後を目指す

 敵に狙撃手がいるとわかっている以上、慎重を期するに越したことはない。

 私は、狙撃に適した物陰を探し、また自分自身のライフルの射程距離を意識した。

 レミントンもシャープスも、その間合いには然程差はなく、私とバーナードの腕前も、ほぼ同格といった所。

 だとすれば互いの間合いは同じ。自分の間合いから逆算すれば自然と奴の射程圏内から出られる寸法だ。

 

「……」

『……』

 

 私達は互いに、一言も口をきかず、動いた。

 普段は饒舌なアラマも、この時ばかりは別人のように口を閉ざし、黙々と私の後を追う。

 

 連中と私達とは進行方向が真逆であり、慎重に、静かに進んだにも関わらず、思わぬ短時間で屍者の軍勢の後方部へと回り込むことができた。

 

 そこで私達は、目当てのものを見つけることができた。

 

「!?」

『!?』

 

 視界に入り込んできたソレに、私達は驚きの声をあげそうになって、揃ってそれらを喉の奥に引っ込めた。

 努めて体を丘の頂きに隠し、アラマは目だけを、私は望遠鏡だけをだして仔細を窺った。

 

 私達が見たもの――それは巨大な『列車』だった。

 

 無論、列車といっても、蒸気機関車のことじゃあない。

 荷車が、数多の荷車が、貨物列車よろしく一列に繋がれている様を見た時、私が連想したのは真っ先にソレであったということだ。

 荷車という荷車には積み荷が満載され、荷車同士は縄と鎖で連結されている。そして先頭車からは二本の太く長い縄がのび、大勢の屍人が、それを引っ張っていた。

 私は、望遠鏡で積み荷が何かを探ったが、すぐに匙を投げた。最初は略奪品かと思ったが、どうにもそうではないらしい。私よりも『こっち』の事情に明るいアラマに望遠鏡を手渡せば、すぐに彼女は答えを引っ提げてくる。

 

『燭台、拝火台、それに呪詛板(ディフィクシネオス)用と思しき合金板……間違いないです。彼らはアフラシヤブの丘で何らかの儀式をするに違いないのです!』

 

 ……魔法については、私は全くの門外漢だ。アラマの言うことはサッパリ理解できない。

 だからその手のコトについては彼女に任せて、予備の望遠鏡を取り出し伸ばし、魔法以外の部分について観察する。予備の望遠鏡は小さく倍率もたしたことはないが、それでも充分に荷車列車の委細を見ることができた。

 

 そして――見つけた。

 

「いたぞ。スツルーム野郎だ」

『どこですか!?』

「ちょうど、荷車の列の真ん中あたり」

 

 レンズの向こうには確かにスツルームの魔法使いに、その両脇を固めるヘンリーそしてバーナードの姿がある。

 さらにその周囲を屍人が囲み、1インチの隙間もなく綺麗な円を描いている。

 なるほど、こうして丘の上からだから見えているが、地上では連中の姿は死体の壁に完全に隠されてしまっていることだろう。つまり地べたに這いつくばっての狙撃は不可能ということだ。

 恐らくは、狙撃に適した丘などが近づいてくれば、防御の隙間である上からの攻撃を、バーナードがカバーするつもりなのだろう。重ねていうが、私の間合いは奴の間合いでもあるのだから。

 

『マズいかもです、まれびと殿』

 

 真剣そのものの声色に、私は望遠鏡から目を外し、アラマのほうを見た。

 彼女の金色の瞳が、私の灰色の瞳を真っ直ぐに覗き込んで来る。

 

『思うにですが、彼らはなにがしかを呼び出す儀式を行うようなのです。何を呼び出すつもりなのか――残念ながらそれまではわかりませんが、召喚の儀であることは間違いないのです。そして、あの準備の規模から察するに、相当大掛かりな術式……そんな術を行うのに適した場所は、この周辺では一箇所だけ』

「アフラシヤブか」

『はい』

 

 なるほど。なるほど。

 いよいよもって、連中に丘に向かわせるわけにはいかなくなったわけだ。

 だが、いったいどうしたものか。

 こちらは二人。

 丘に陣取ったナルセー王の軍勢やキッドにイーディス、色男も合わせても屍人の軍勢に対するにはあまりに心許ない数しかいないし、援軍が来るまでは数日はかかるだろう。

 引き受けた仕事は全うするのが私の信条だが、こうも手札が乏しいと途方にくれる以外に仕様がない。

 

『――まれびと殿』

 

 アラマの改まった調子の声が、私の意識を思考の海から引っ張り上げる。

 強い意志の籠もった、金色の瞳の輝くのが目に入る。

 

『わたくしめに、ひとついい考えが』

 

 元より綺麗な口の端が、美しい弧を描き出した。

 アラマの自信に溢れた表情に、私は期待と不安のカクテルめいた心情を抱いていた。

 彼女の腕は信頼しているが、自信と慢心の境目は紙一重しかないのだから。

 

 

 


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