異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第34話 ア・バレット・フォー・ザ・ジェネラル

 

 衝撃が腹に伝わって来た時、正直な所、私は悪運もここで尽きたかと観念しかけた。

 前の戦争の時、私がトドメを刺してやった、腹に銃弾を受けたヤツは一人や二人じゃなかった。

 腕や足も良くはないがまだ生き残る可能性はある。だが腹はダメだ。腹を撃たれたヤツは助からない。

 

「DUCK YOU SUCKER! /  畜生、糞ったれ!」

 

 口に咥えていた、サンダラーの手綱を吐き出し、吠える。腹を撃たれた筈なのに、血反吐は不思議とでない。

 私は腹いせとばかりに私は野郎の胸板目掛けて一発ぶち込み、続けてもう一発を頭にお見舞いしてやる。

 騎兵野郎がよろけた所に、左右のコルトからさらに一発ずつ追い打ちかかけて、馬首を翻して皆を追った。

 

「……」

 

 私はようやく、二丁のコルトをホルスターに戻しながら、自分の腹へと恐る恐る視線を落とした。

 不思議なことに、感じるのは叩かれたような鈍痛ばかりで、銃弾特有の焼け付くようなものはない。

 少なくとも戦争中、北の狙撃手にあやうく右腕を吹き飛ばされかけたときは、そんな感触を得たものだ。

 

「――」

 

 まだ、安全圏に逃げたわけでもないのに、思わずホッとため息を一つ。

 あの怪人の撃った弾丸は、確かに私の腹に当たっていたが、そこに抱えるように吊るされていたコルトの、そのグリップに当たっていたのだ。九死に一生。この時ばかりは、信じてもいない神に感謝する。名前も知らない鉄砲鍛冶(ガン・スミス)が拵えてくれた、ガラガラヘビの意匠が、うまい具合にヤツの弾丸を受け止めたのだろう。グリップも割れ目が入って、もう使い物にならないだろうが、まぁ結局は交換で済む話だ。

 

 ――それにしても、随分と奇妙な銃弾だった。

 

 いや、銃弾というよりはむしろ小型の杭といったほうが正しい。

 ちょうど、親指ほどの太さが備わっている。くすんだその白色をしていて、その色には私は見覚えがあった。

 骨だ。乾いた人骨の色なのである。ヤツが、幾人もの屍人を混ぜ合わせて産まれた輩だと思い出す。そういえば、ヤツのレマットは銃声を発していなかった。恐らくはあれは銃のように見えるだけで、実際は野郎の体の一部なのだ。その体の一部を、あるで痰か折れた歯のように吐き出す……さしずめ、こんな所であるのだろう。

 

「……?」

 

 新たな、違和感。

 私は再び自分の腹元に視線を落とし、ギョッとして情けない声をあげそうになる。

 骨の弾丸から、滲み出るようにして、何か黒い蔦のようなものが伸び出てきているのだから。

 私はすばやく腹のコルトを引き抜くと、思い切り背中の向こうへと投げ捨てた。

 嗚呼、畜生、私が持つ、唯一のコンバージョン・コルト・ネービーよ。

 まだ弾薬も随分と残っているのに、捨てざるを得ないとは。

 

 これで、手持ちのコルトは六丁。

 二丁の小銃に、ペッパーボックスも含めれば充分な数に見えるが、相手が相手なのだ。正直、痛手だ。

 

 私は最後に、もう一度連中のほうを振り返ったが、降り注いだ麦と、その麦の豪雨が立てた砂埃とがあがり、まるで詳細は見えない。例外は、あれだけの銃弾を撃ち込まれながら、なおも立ち続けている、北軍騎兵の怪人。

 

 ああ、くそう。

 戦争が終わっても、アイツラは私をとことん苦しめるつもりであるらしい。

 唾を吐き捨てると、正面に向き直り、私はキッドたちを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありえないのです! ありえないのです! ありえないのです!』

 

 アラマが吠えて、咆えて、吼える。

 揺るぎない信仰と確信を以て大地を確固と踏みしめて断言する。

 連中から逃れ、身を隠した丘陵の裏側で、彼女は叫ぶ。

 

『確かに……あの獅子は不敗の太陽、広き牧場の主たるミスラの徒の御業かもしれません! ですが! 術は術! 術は術なのです! 邪悪な叛徒と言えど、相応の腕前があれば、信心なくとも信念なくとも、その上っ面を真似ること程度は可能、な筈なのです!』

 

 イーディスは哀しげに首を横に振る。

 

『剣の神の徒たる身の上、生憎と魔導は門外漢だが、それでも解ることもある。……獅子は、同質のものだった。ならばこそ、対消滅したのだろうさ』

『ですが!』

 

 アラマとイーディスは、魔法のマの字も解らぬ私には、理解できない討論を続ける。それでも現状理解の為にと、何か言って話に加わろうとするが、止める。私の専門ではないし、何よりアラマに任せるのが一番だとは、「こちらがわ」での今までの日々で学んだことだった。

 色男はと言えば我関せずと得物の手入れに勤しんでおり、私はすぐに視線を逸し、現状、最も気にかかる男へと視線を向ける。

 

 言うまでもなく、キッドのことだ。

 

「……」

「……」

 

 私は言葉もなく、やっこさんのことをジッと見つめた。

 優れたガンマンであるキッドならば、普段の彼ならばそれだけで気配に勘付き、こちらを見返したことだろう。

 

 だが、今のやっこさんは違う。地面に腰掛け、掌をだらりと垂らし、ここではない何処かに青い瞳を向けていた。

 剽悍にして獰猛、しかし粗暴ではなく諧謔を解する教養もあれば、芝居からキザったらしい台詞を引用し、皮肉げな笑みとともに嘯いたりもする。それが私の知っているキッドだ。

 

 だが、今その顔に浮かんでいる表情は、そのいずれにも当てはまらない。

 もう二十も三十も歳をとったかのように、キッドの顔は老け込んで見えた。

 それも、優雅に歳を重ねる金持ち共とは違う、鉄道工事に駆り出される清人労働者たちのような顔だ。

 数えきれない苦労と苦痛を背負い込んで、しかしそれに不満一つ漏らすこともできず、ただ押し黙って生きてきた顔。苦み走った、されど固く閉じられた唇。無感動な双眸。あるいは、こっちがキッドの素顔なのかもしれない。

 

 私は、この顔を知っていた。戦争中に何度もみた顔だ。

 こんな顔をした連中を、皆はこう評していたものだった。ああ、ヤツらは『兵士の心臓(ソルジャーズ・ハート)』を持っているのだ、と。

 戦争のころは、まだ文字通りの意味でのキッドだった筈のこの男が、そんな顔をしているのは妙だけれど。

 

「――ああ、なんだ、アンタか」

 

 キッドはようやく私の視線に気がつくと、いつもの顔に戻っていた。

 悪童めいたその表情……しかし、瞳に浮かんだ憂いまでは隠しきれていない。

 スツルーム野郎に鏡を見せられ、北軍騎兵の怪人と出くわしてからのキッドは、あからさまにおかしかった。

 その理由を質す――必要はないが、少なくとも切った張ったの最中にやっこさんが二度と寝ぼけたことをしないように、釘を刺す程度のことはしなくてはならない。それは同じまれびとである私の仕事だ。

 

「……そう剣呑な顔をしなさんな。“もう眠りはない、マクベスは眠りを殺した”……とっくの昔から知っていたことさ。ただ、少々それがあからさま過ぎて、ちょいとばかり、我を忘れただけさね」

 

 キッドは葉巻を咥えると、相も変わらずの手品めいた動きでマッチを取り出し火を灯してみせる。

 相変わらずの良くわからない引用を交えながら、紫煙を深く深く吸い込んで吐き出す。

 

「だが……“目にした恐怖も、心が生み出したソレには劣る”。むしろ、色々と吹っ切れたぜ」

 

 煙草の臭いが、まるで線路の切り替えスイッチのように機能したのか、キッドはその瞳から憂いを取り去る。

 代わって顕になるのは、明確な殺意だった。この男が賞金首であったことを人に思い返させるのに足るだけのそれだけの鋭さがそこにはあった。

 

「安心しろよオッサン。もうヘマはしない。それに、だ」

 

 キッドは得物を取り出した。彼愛用のコルト・シングル・アクション・アーミーのほうではない。

 

「あのバケモノは、必ず俺がしとめる。しとめなくちゃぁ、ならねぇ」

 

 乱戦のなかにあっても一度も抜くことのなかった、彼には似合わぬ古い南軍の銃。

 レ・マット・リボルバー。キッドが左側に吊るしていたリボルバー。そして彼曰く、やっこさんの親父が斃した南軍兵士から拝借したという代物。

 何故かキッドはレ・マットを抜き、それを右手に構えなおして、何度か手の中でスピンさせてみる。

 レ・マットは大型の銃だが、その重みを感じさせない軽やかな動き。所々剥げているとはいえ、ニッケルメッキは陽光を受けてキラキラと銀色に輝いている。

 

「あの中佐殿……いや、あの姿の頃は俄仕立ての将軍だったか、とにかく、アイツは俺が殺る」

「……」

 

 キッドにとって、あの北軍騎兵の怪人は顔見知りであるらしい。

 私は、敢えて詳しくは問わなかった。

 西部の荒野では、誰しも過去という名の痛みを抱えて生きている。

 故に、互いにそれに触れ合うことはない。みな自分のことのように解っているのだから。

 

 

 

 

 






『兵士の心臓』って?ってかたは、ダ・コスタ症候群で検索するとよろしいかと想いますぜ

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