異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第37話 ガンスリンガーズ・リベンジ

 

 

 

 

 空を廻る鳥どもから見れば、銀色の巨大ヤマアラシと見えるのだろうか。あるいは、鋼の角を持ったバッファローの大群とも見えるのだろうか。一個の生き物のような、あるいはある種の獣の群れのような、整然たる突撃。ナルセー王と、彼に率いられた親衛隊の騎群は、見惚れるような隊列で突き進んでいる。前の戦争の時は、騎兵の突撃など早々お目にかかれるモノではなかったので――私の遊撃隊の奇襲攻撃や追撃戦を除けば、多くの騎兵は移動の時だけ馬を使い、戦闘時は下馬して歩兵として戦っていたもんだった――、私は感嘆しつつも重騎兵部隊に追いすがっていた。

 

『おわっ!? うわっ!? どどどっ!?』

 

 アラマが素っ頓狂な声を挙げながら、私の背中にしがみつく。激しい揺れと風に、赤い帽子は既に吹き飛んでしまっているが、それを気にかける余裕もない有様だ。ちなみに帽子はやや後ろを走るキッドが受け止め、自分の帽子の代わりに被って見せたりしている。まるでズアーブ兵みたいな姿だった。その後ろにはイーディスが、最後部をなすのは色男だった。目の前の精鋭部隊とは対称をなすような、不格好な不揃いの隊列だった。

 

 燃え盛る死者たちを踏み潰しながら、重騎兵達は進む。それは今や敵とは言え、かつての領民たちでもある。それを焼き、蹂躙する王の心情たるやいかばかりか。その表情をここからは窺うことはできないが、王は非情に徹して突き進む。それは、正しい行いと言える。元より戦場は非情なものな上に、まして相手は鬼畜外道なのだ。非情に打ち勝つのは非情のみ。火は火を以て征す他はない。

 

 重騎兵の群れは燃え盛る焦土を越えて、丘の向こうへと辿り着かんとしている。

 そこには、あの外道共が控える列車がある筈だった。

 

「キッド!」

 

 ふと思い至った私が呼びかければ、キッドはすぐさま真横に並走して来た。

 

「頼む!」

「よしきた」

 

 このやり取りだけで通じるのは、さすがはやっこさんも歴戦のアウトローである。

 キッドはアラマの体を片腕で軽く抱え込むと、『わ、わ!?』と慌てる彼女をヒョイと自分の馬へと乗り移させる。

 

「先に行く!」

「こっちは任せなよ」

『まれびと殿!?』

 

 サンダラーへと拍車を掛けて、一挙に速力を増した私と愛馬は、先行する騎群へと追いつき、回り込みながらこれを追い越していく。馬は生き物だから、蒸気機関車のようにずっと同じ速さで走ったり、最高速度を保ったまま駆けたりすることはできない。実際、騎兵隊の突撃というやつも、敵の間近に来るまではせいぜい速歩(トロット)か駈歩(キャンター)で進み、相手との間合いが五〇ヤードを切った所で襲歩(ギャロップ)――馬の出せる最高速度――へと切り替えるのが普通だ。ナルセー王の騎兵隊も今は駈歩であり、襲歩を出した私は先頭の王自身の隣まで追いつくことができていた。

 王は、銀に輝く甲冑の上に真紅のマントを羽織り、右手には長い抜身の直剣を握り指揮杖代わりにしていた。その顔はすっぽりと兜に覆われていたが、兜に溶接された金の王冠と、僅かに覗くその真紅の双眸だけでその下にあるのがナルセー王の顔であることは余りにあからさまだった。

 

『敵のまれびとか?』

 

 こちらから言うまでもなく、彼は私の意図を察知していた。流石は一国一城の主だ。

 

「先に行って片付けます」

『任せよう』

 

 だから私も言葉も短く、それで言い放つと王を追い越した。

 

『マズダの神のご加護を!』

「貴方にも!」

 

 背中に掛けられた激励に振り抜きもせずに返せば、何故か兜の下の王の顔が笑ったような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナルセー王達の突撃を成功させるためには、確実に邪魔になる野郎がいる。

 言うまでもないが、それはバーナードのことだ。ヤツのシャープス銃を黙らせない限り、その突撃が成功することはあり得ない。驚異という点から考えればヘンリーもまた同じだが、野郎の本領は早撃ちであり、間合いは決して広い方ではない。だとすればこちらにもキッドというカードを切る手が残されているが、バーナードは別だ。奴は狙撃手だ。勇敢なる戦士たちの間合いの外側から、一方的に撃ちかけることができる。栄えある重騎兵の突撃は、あっさりと粉砕されてしまうことだろう。それだけは、絶対に防がなくてはならない。

 

 そしてあの糞野郎に対抗できるカードは、私しかないのだ。私が、やらなくては、ならない。

 ――『さらばカイザルのはカイザルに、神のものは神に納めよ』 。

 まれびとのことは、同じまれびとがケリをつけなくてはならないのだ。

 

 

 

 列車が、目指すものが見えてくる。まだ小さく、麦の粒のようなそれには恐らく、標的が待ち構えている。

 私はサンダラーから降りると、ホイットワースをケースから出して背負い、レミントンを構えながら、這うように近づいていく。

 

 太陽はじりじりと私の体を焦がすように照りつける。帽子の下でも汗が滴り、髪の毛や髭に絡みついて鬱陶しい。私はそれらを拭うこともなく、慎重に、されど足早に間合いを詰めていく。狙撃手同士の撃ち合いでは、そうでない相手と戦うときよりも、遥かに近い間合いでやりあう必要性がある。だから、レミントンからは敢えてスコープは外してあった。相手の背後を運良くとれるような場面以外では無用の長物だし、そんな都合の良い展開になるとも思えない。

 

 地面の微妙なオウトツを活かし、ヘコみからヘコみへと、オウの陰からオウの陰へと、走る。

 ヤツラ居場所へと着々と迫っていく。

 

 そんな中でふと、唐突に気づく。

 風の揺らぎか、火薬の臭いか、その理由は解らない。解らないが、背筋に走るこの冷たい感触、虫の知らせと言うには生ぬるい、確固たる危険への予感。幾度となく戦場を、あるいは修羅場鉄火場を巡り、その中で身につけた、ガンマンの感覚。それが私に、罠を気づかせた。

 

「……」

 

 私は前にも一度やったように、帽子を脱ぎ、コルトの銃口の上に乗せて、僅かに地面の下よりのぞかせてみる。

 衝撃、そして銃声。

 帽子は二個目の、より厳密には三個目と四個目の穴を同時に穿ちながら吹き飛んでいく。

 ――さっきまでとは、違う種類の汗が、頬を伝う。あの野太い銃声は間違いなく、.50-90シャープス弾のものだ。

 

「……糞ったれ」

 

 相手も自分と同じ狙撃手。だとすれば、同じ考え方をしても、おかしくはない。

 つまりはこうだ。バーナードも私を真っ先に仕留めるために、独り先行して来ていたのだ。そして、こうして遭遇戦となった訳だ。何より最悪なのは、先にこっちの居場所がヤツに知られたということ。逆にこっちはバーナードの正確な居場所を知らないということ。

 無論、銃声のした方、弾の飛んできた方から推測はできる。だが、居所の知られた狙撃手は必ず移動する。当然、こっちも移動すべきなのだが、ヤツの動きが見えない以上、迂闊に動くことができない。

 

 実にマズい。実にマズい状況だ。

 そのマズい状況をどうにかしなければ、崖っぷちに追い込まれた鹿のごとく、狩人にただ撃ち殺されるしかない。

 

「……」

 

 状況を打破するには、行動するしかないが、考え無しで動けば、冷たい土の下で眠ることになる。

 だから私は、帽子を拾い上げ被り直すと、レミントンの引き金に指を掛けると――当てずっぽうな方へとぶっ放した。五〇口径弾の強烈な銃声が辺りに鳴り響くのに合わせて、私は陰より飛び出し走り出す。

 

 走りながら、ヤツのことを探る。

 唐突に響き渡った、レミントンの銃声に、必ず何らかの反応を見せる筈だ。私がバーナードの得物を知ってるように、野郎もこっちの得物がレミントンであることを知っているのだから。

 

 荒野の砂に爪先が沈み、思ったような速さが出ない。

 そのことに焦りながらも、激しく視線を動かしながらも走り――見つけた!

 

 出し抜けの銃声の驚き、僅かに顔の上半分を地面より出したバーナードは、走る私の姿に身を晒しシャープス・ライフルを構える。地面を蹴って跳び、手近な物陰に身を隠すのと同時に、背後で空気が弾け激しい銃声が耳を打つ。レミントンの銃尾を開き排莢、素早く次弾を薬室に送り込む。

 さて、これでヤツの居所を知ることができたが、今度はバーナードのほうが釘付けにされる番だ。居場所を知られ動かなくてはならないが、下手に動けば私に狙われるのだから。

 

 ――さて、どうでる?

 

 耳をそばだて、鼻を利かせ、感覚を研ぎ澄ます。身を預けた土や砂からの、微かな揺らぎにすら意識を向ける。

 狙撃手同士の戦いは五感の全てを使う。あらゆる武器や技、戦術を用いて全力を尽くさなければならない。

 

「――」

 

 バーナードに揺さぶりをかけるべく、私はゆっくりと慎重にレミントンを地面の上に横たえると、ダスターコートの下からコルト・ネービーを一丁引き抜いた。

 両脇に吊るしたホルスターに納めてあるのは、早撃ち用の短銃身仕様で、しかも用心金と引き金とを針金で巻き結んである代物だ。撃鉄を起こせば自動的に下りるという細工だが、私は耳と鼻で野郎の気配を探りながら、静かにコルトの撃鉄を起こし、適当に拾い上げた小石を撃鉄と弾倉との間に挟み込んだ。

 バーナードの動く気配はない。ならば、好都合である。

 私は右手でレミントンを握り直すと、左手で思い切りコルトを、野郎の隠れている方へと向けて投げ放った。

 自慢じゃないが、私の擲弾は人並み以上だという確信がある。前の戦争の時は、北軍(ヤンキー)どもをキリキリ舞いさせてやるために、ハンドグレネードを――ダーツの先端に、針の代わりに爆薬を付けたような代物だった――投げ込んでやることがよくあったのだ。片手で投げたとしても、ヤツの隠れている場所の、さらにその向こう側まで届く筈だ。

 

 果たして、暫時あってコルトの銃声が彼方から響いた。それは狙い通り、バーナードの居場所の、さらにその向こうと聞こえた。落下の衝撃に小石が外れ、撃鉄が落ちて独りでにぶっ放したのである。放たれた銃弾は全くの当てずっぽうだが、構わない。重要なのは、野郎の背後で銃声が突如が鳴り響いたという事実だ。

 私と相対しているバーナードは、極度の緊張を強いられていることだろう。そこに、背後からの銃声――肝を潰さない筈もない。奴は考えるはずだ、敵のまれびとは二人、つまり私とキッドの二人。つまり、敵はもう一人いて、背後より奇襲をしかけてきた、と。同時にこうも考える筈だ。あり得ない、自分が背後を取られるなど。感覚を刃のように研ぎ澄まし、敵の動きを探っていた自分が、背後を取られるなど――と。

 実際、あのバーナードの背後を取ることなど、そう易易とできることではない。ましてや、やつが周囲に警戒の網を張っている時などは殆ど不可能だろう。その自負の、いや、殆ど客観的事実の裏をかき、バーナードの心の隙をこじ開ける。それが私の策。

 

 私は、レミントンを携えて、物陰から身を乗り出した。

 こちらに背中を向ける、あるいは、向けずとも背後に注意を盗られた筈のバーナードを撃つ為に。

 

 ――そこで、真っ直ぐに私へと銃口を向ける、バーナードと目が合った。

 完全に、私の作戦は読まれていたのだ。理由は解らないが、読み切られていたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 咄嗟に、レミントンを盾のように掲げる。直後に、強烈な衝撃。両腕は痺れ、背中から地面へと吹き飛ばされそうになる。勢いを体に乗せて、転がるようにして元いた物陰へと滑り込み、息を整え、改めてレミントンを見れば、私は「うげぇ」と声に出して呻いていた。

 .50-90シャープス弾は、レミントン・ローリングブロックの機関部に命中していた。部品の集中する部分だったがために、うまい具合に衝撃を受け止められたお陰で、我が身は傷一つない。だがその代償として、機関部はグチャグチャになっている。明らかに、もう得物としての役割は果たせない。それでも、命を拾っただけマシだろう。

 

 ――致命の一撃を凌ぎ得たのは、半分は運の、もう半分は直感のお陰だった。

 バーナードには、妙な癖があると噂では聞いていた。なんでも野郎は狙撃手と相対した場合、こその殺し方にこだわりがあって、必ずその右目を撃ち抜いて殺すというのだ。

 だからとっさに、レミントンで右目を庇ったのだ。この賭けには、私は勝った。勝ちはしたが、お陰でまたカードを一枚、余計に失ったわけだ。

 

「……」

 

 残された得物は、コルト・ネービーが五丁に、ペッパーボックスが一丁、そしてホイットワース・ライフルの計七つ。

 だがあの狙撃手に対抗するのに充分なのは、僅かにひとつ、ホイットワース・ライフルのみだ。

 その精度こそ最高級だが、今や旧式の前装式ライフル銃であり、その特殊な六角形の銃弾故に、再装填は恐ろしく手間がかかる。対する相手はシングルショットではあっても後装式だ。再装填速度は比べるまでもない。

 

 つまり、こっちには攻撃のチャンスは一度きりしかないということだ。

 

「――」

 

 犬歯を剥き出しにして、静かに笑った。

 成程、要は昔に戻っただけなのだ。前の戦争の時は、常に北軍(ヤンキー)共がこっちよりも良い武器を使っていたもんだった。それでも、私は生き延びた。それは今も同じだ。

 

「……気に入ってたんだが」

 

 帽子を脱ぎ、そのなかに今や無用の長物となった、レミントン用の銃弾を一発を除いて詰め込むと、最後の一発の弾頭をナイフで外し、中身の火薬を振りかける。庇を折り曲げ、ハンカチで結んで封をする。

 

「――」

 

 この作業の合間も、耳はバーナードの野郎の方に向けてある。

 野郎は、こっちが動けなくなったと思ったのか、ジリジリと迫ってきているらしいのが微かな音で解る。

 

「さて」

 

 私は弾薬が満載の帽子を、両手で抱えると、愛用のそれに胸中で別れを告げながら、震える腕に力を込める。

 

「こいつは、どうかな!」

 

 そいつを宙へと放り投げるのと同時に、左手でコルトを抜き放つ。

 まだ空を舞う帽子目掛けて、引き金を弾く。弾くと同時に、身を伏せる。

 

 ――爆音。まるで砲弾のような轟音。

 空中で、帽子が弾け跳び、辺りに撒き散らされる弾丸の雨の音。

 それに混ざる、バーナードの声にならない呻き声。こんな手は、さすがの野郎も読み切れまい。

 

 即席の榴散弾(キャニスター)が弾けるのに合わせて、私はコルトを投げ捨てると、ホイットワースを構えた。

 立ち上がり、陰より跳び出した私には、既に血まみれのバーナードの姿が見える。

 

 やつと、目が合う。

 私はその灰色の右の瞳に照準を合わせると、間髪入れずぶっ放した。

 

 ――『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』。

 

 私は神様に代わって、復讐を――イナンナやロンジヌスやグラダッソたちの復讐を果たした。

 バーナードはその右目を血溜まりに変えながら、くるくると廻り地に墜ちた。

 

「――」

 

 深く溜息をして、私は銃口を下ろし、手の甲で額の汗を拭った。

 これで、ようやく標的の一人目だ。 

 残りは、あと二人。

 

 

 


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