異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第06話 ゼイ・コール・ミー・トリニティー

 

 

 ライフルを一旦しまい、丘を降りた所で顔を真赤にしたエゼルに出くわした。

 

『帽子!』

 

 口を開くなり怒り心頭な様子である。心なしかその下のボルグの顔も不機嫌そうに見えた。

 

『帽子だよ帽子!どうしてくれんだよオッサン!』

 

 その頬を、餌を限界まで溜め込んだリスのように膨らませたエゼルの顔はかなり愉快なもので、私は思わず吹き出してしまった。それを見てエゼルは更に怒り、げしげしと私の腿の辺りを蹴ってくる。

 

「解った解った。村に戻ったら代わりのやつを見繕ってやる。だからそう怒るな」

 

 そう私が言ってもまだ怒りが収まらないのか、顔は真っ赤に膨らませたままである。だが蹴るのは止めた。現金なやつめ。

 

「……」

 

 一先ずエゼルから視線を外し、改めて周囲の地勢に目を遣った。どの位置に陣して攻撃を仕掛けるか、想定される敵の通り道を思い描き、その通りに馬を進めてみる。敵の豚面と自分とでは体格が随分違うし、故に視線の高さも若干変わってくるだろう。だが私は遥か丘の上の岩陰に陣取るのだ。ならば頭の一つ分や二つ分の高さの差などあまり関係は無い。

 

「……あそこだな」

 

 そして見つける。絶好の狙撃のポイントだ。

 背後でブツブツ言っているエゼルに手で付いてくるように促すと、私はサンダラーの馬首をそちらに向けた。エゼルは慌てて私の後に続いた。

 目的地には思ったより早くについた。私のサンダラーは山道に慣れているが、エゼルのボルグもなかなか、さくさくと登ってくる。……そう言えば豚面連中は何に乗ってくるのか。よもや歩きではあるまい。

 

「おい。例の山賊連中もボルグに乗ってるのか?」

『ん……ああそうだよ。オッサン、オッサンが斃した連中のボルグが、村の外れに繋いであったの見なかったのか?』

 

 それは気づかなかった。村に戻ったら確認しておくべきだろう。何か使い道があるかもしれない。

 

「まぁ良い。一旦戻るとするか」

 

 私は馬首を村の方へと返した。

 

 村へと帰る道すがら、エゼルが聞いてきた。怒りもようやく収まったのか、今はケロッとした様子だ。

 

『そう言えばさ。あの帽子をふっ飛ばしたヤツ。あれどうやったんだよ?』

『オーク共も良く解かんねぇ死に方してたしさ』

『風の魔法でも使ったの?』

 

 ……何だって?

「魔法だぁ?」

『んあ?オッサン、魔法使いじゃないのか?そんな格好してたから、てっきりそうかと』

 

 私が大道芸人の類に見えたと言うなら実に心外である。取り立てて目立つ部分など無い、至って普通の南部男の旅装束だ。容貌にしたって良い男だとは自負しているが、別に道化のように化粧でもしている訳ではなし。そんな私をあの占い婆さんなんかと同じに見なしているなら、これはたださねばなるまい。

 

「冗談言うな。俺はガンマンだ。それも一流のガンマンだ」

 

 こういう目立ちたがり屋のボンクラ太郎のような台詞など、普段ならば絶対に吐かないのであるが、しかしこの時ばかりは思わず言ってしまった。

 しかし私がしまったと思う間もなく、エセルがきょとんとした顔で言ったのは次の台詞だ。

 

『ガンマン……?なんだガンマンって?』

 

 ――ああ、もうそこからか。思わず私はこめかみを指で押さえた。

 まぁ、ライフルを見て風の魔法だなんて言ってることから考えれば、銃を知らないのも当然かもしれない。

 さしずめ、火を噴く棒だの、雷を放つ杖だのとでも思っているのだろう。勘弁して欲しい。

 

「いいか坊主」

 

 私は左のコルトを抜いた。真鍮の輝きは黄金に似ている。その輝きを受けてエゼルの瞳また好奇心に輝いた。こういう場合に真鍮フレームのコルトは便利だ。外見が派手で見栄えが良い。

 

「見てろよ」

 

 右手はコートのポケットを探り、そこから緑青の浮いた1セント銅貨を取り出した。それを一旦エゼルに握らせ、その小ささを確かめさせる。

 

「そらっ」

 

 受け取った1セントを宙へと投げる。投げた時には右掌は左のコルトの撃鉄にかかっていた。

 舞う硬貨と、銃口、照星、照門が一直線をなし、その瞬間を捉え、私は左の指は撃鉄を絞る。

 

『うわぁ!?』

 

 銃声と白煙に驚き、エゼルはボルグの上から転がり落ちそうになった。

 それを尻目に、さらに宙高く跳んだコインが地面へと落ちる。

 私はずり落ちそうな体勢より何とか座り直したエゼルに、硬貨を取りに行くように手で促す。

 エゼルが拾い上げた1セント硬貨は、その一部が円状に大きく抉れていた。

 

「どうだ?」

 

 左のコルトをホルスターに戻しながら、エゼルへと私は微笑みかけた。彼は1セント硬貨をしげしげと眺め、さらなる好奇に満ちた眼で私を見た。

 

『魔法じゃないの?』

「ああ魔法じゃない」

『すげぇ!魔法以外でこんなことが出来るなんて!』

 

 はしゃぐエゼルの姿に、私は少し得意な気持ちになっていた。

 後になって思い返してみれば、私はエゼルの言う「魔法」について、もっと念入りに問いただしておくべきだった。

 しかし私は、この異様な事態にありながらまだ常識に囚われて、エゼルの言う魔法を単なる迷信だと考えていた。それが大きな誤りであったことを私は思い知らされることになるが、それはもう少し後の話だ。

 

 はしゃぐエゼルと一先ず村に戻った私は、彼を一旦家に返した後、斃した豚面共の乗ってきたボルグを見に行った。気づかなかったのも道理で、神殿の裏側の柵に手綱でボルグたちは結び付けられ、来ること無い主達を大人しく座って待っていたのだ。

 私は通りかかった村人をつかまえて、コイツらに餌をやっておくように手配する。

 数の上で圧倒的に劣った仕事だ。使えるものは何でも使わなくてはならない。

 ついでに使ってない帽子があったら持ってくるようにと付け加えて、私は酒場へと向かった。

 戸口に近づいただけで主の方から飛び出してきて私を出迎える。

 

『二階の部屋のほうは用意出来てるぞ。暫くはアンタ一人の貸し切りだ』

 

 貸し切りもなにも、私以外に客のあてなど当分あるまいと思ったが、取り敢えず「ありがとう」とだけは言っておく。

 サンダラーから鞍を、そこに結び付けられた雑多な荷物ごと外し、背負う。仕事に必要ない荷物は取り敢えず宿に預けておこう。余計なものを持って馬の脚をわざわざ遅くする道理もあるまい。

 ギシギシ音が鳴る階段を登り、二階に上がる。二階は大部屋がひとつだけで、開いた先はすぐ階段の踊場のドアがひとつ付いているだけだ。

 中にはベッドが三つ横並びにおいてあるのを除けば、椅子が3つにテーブル1つ。それら以外は家具らしいものは何一つとしてない。まぁ田舎の木賃宿であればこんなものだろう。

 荷物を部屋の隅におろし、ベッドを見比べて吟味する。正直どれも似たようなものだが、少しでもキレイなやつで寝たい。ながながと迷った挙句、真ん中のベッドを今夜の寝床と定めた。

 ベッドに手をついて藁布団なのに少しだけ落胆した後、椅子の内の一つを取って入り口のドアに立てかけた。

 これはどの宿に泊まろうと必ず行っている私の習慣である。本当はドアのノブに椅子の背もたれを引っ掛けてつっかえ棒代わりにしたかったのだが、ドアの構造上できそうも無かったので立てかけるに留める。

言うまでもなく寝込みを襲われることへの対策だ。今度の場合は流石にそういうことは無いと思いたいが、恐れにトチ狂ったやつが私を殺すか捕まえるかして、やってきた山賊の本隊へと引き渡せばことが一番丸く収まるなどと考えださないと断言することはできない。どんな時であろうと常に用心深く。ガンマンの鉄則だ。

 鞍に幾つも結び付けられた荷物の内の、やや小さな木箱を取ってテーブルに置く。蓋を開けば、コルト用の銃弾と火薬と雷管、手入れ用の小道具その他が中に詰まっているのが見えた。

 まずはいい加減コルトへの再装填を済まさねばなるまい。残り弾の少ないピストルを下げたままでは、気持ちが落ち着かないのだ。

 ライフルの手入れもしなくてはならない。撃ったのは一発だけだが、火薬の燃えカスや、他にも銃身内部にこびりついた銃弾の鉛をとったりせねばなるまい。

 他にも――……、とつらつらと考えながら作業を行っていた時だった。

 

『オッサン!オッサンいるかー!』

 

 私を呼ぶ大きな声が外から聞こえてきた。窓から顔を出せば、エゼルが表からこっちを見上げていた。

 

『聞きたいことがあるんだけどー!』

 

 ……もう帽子の催促に来たのか、気の早いやつめ。

 私は二階に上がるように手招きをした。

 

 てっきり帽子の話かと思えば、上がってきたエゼルの口から出てきた言葉はまるで違っていた。

 

『なぁなぁオッサン!オッサンのアレって魔法とかじゃないんだろ?』

『じゃあさ、ひょっとしたらさ、練習したら俺にも使えたりすんの?』

 

 なるほどそう来たか。私は思わず顎に手をあて、ヒゲをさすりながら考えた。

 今度の仕事で何が最大の懸案事項かと言えば、やはり「数の差」だ。

 武器の射程という意味では900ヤード先の標的だって撃ち抜けるエンフィールドを擁するこちらが間違いなく有利だが、先込め式の旧式マスケットライフルは射撃後の再装填に時間を食う。そしてその間に敵はこちらとの間合いを詰めることが出来る。マトモに戦えばジリ貧なのは間違いなくコチラだ。

 近づかれた時のために腰には二丁のコルトがあるが、36口径の12連発だけでは心強いとはいえない。なにせ敵の豚面連中は図体が大きい。急所に当てなければ斃すのに銃弾を余計に費やすだろう。だとすればいよいよ以ってマズイ。手数が足りないのだ。

 そう考えるならば、エゼルに銃の使い方を教えてみるのも悪い手では無いかもしれない。

 まだ年少だが、勇敢だしすばしっこく、例のボルグも中々上手く乗りこなしていたように見える。そしてなにより目が灰色なのが良い。灰色の目をした男はいいガンマンに育つはずだ。

 ただ問題がある。

 

(コイツに貸してもいい銃がない)

 

 コルトは二丁あるが、敵の数を考えればド素人の小僧に一方を渡すのは賢いとは言えない。ライフルはもってのほかである。何より私は二丁コルトに、別の一丁を加えての三丁で仕事に臨むのを常としている。最後の一丁は狙撃用のエンフィールドなり連発銃なり散弾銃なりと仕事の種類に応じて変えるが、二丁のコルトを手放したことは無い。ましてや今度の仕事のような難しい場合、尚更このトリニティ(三丁のスタイル)を変えたくは――。

 

「あ」

『どうしたよオッサン』

 

 しまった。忘れていた。

 私はもう一丁、銃を持っている。

 床に広げた荷物の元へと駆け寄り、取り上げたのは縄で巻いた毛布だ。野宿用に持ってきていたが、今度の旅では宿に泊まることが多く、殆ど使わなかったのだ。故に忘れていた。

 私は巻かれた毛布の真ん中の穴に手を突っ込んで、そこに隠しておいたモノを取り出す。

 出てきたのは、なんとも古めかしく、そして安っぽい一丁のピストルだ。

 ――ペッパーボックス・ピストル。それがコイツの名前である。

 名前の由来は外見そのまま、胡椒挽きに形が似ているからだ。リボルバーの銃身を取り外し、弾倉を剥き出ししたような形状をしているのである。

 コルトやスミス&ウェッソンの「ちゃんとしたリボルバー」の値段が今よりも高かった時代に、その代替物として金のない連中へと向けて作られた粗悪品で、確かに安いがその値段以上の力は持っていない。取り敢えず弾は出るし六連発だが、本当にそれだけだ。

 何故そんなモノが毛布の束の中に入っていたかと言えば、何らかの事情で二丁コルトもライフルも使えなくなった時の、最後の最後の隠し弾として仕込んでおいたのである。だが、実際にこんなモノに頼るような事態になったとすれば、その時点でガンマンとしてはお終いである。実質的には殆どお護り代わりであったのだ。だからこそ今になるまで忘れていたと言える。

 右手のペッパーボックスを見つめながら、私は思わず苦い顔をした。こんなことになると知っていたら、こんな骨董品ではなくて予備のコルトの一丁でも持ってきていたと言うに。

 だがこんなものでも、今は無いよりはマシだ。

 

「エゼル」

『うん?』

「俺の業を教えて欲しいと言ったな?」

『さっきからそう言ってるじゃんか。てかできるの!?』

「できる。だからちょいと表に出るぞ」

 

 目をキラキラさせたエゼルに、私はペッパーボックスを掲げて見せながら、親指で外を指した。

 

 やや陽は傾いていたが、射撃の練習が出来ないほどではない。

 私達は村の外れにやってきた。私とエゼルは隣り合い、10ヤードほど前には標的として何かの野菜が置かれている。何かの野菜と言ったのは、それが何か私には解らなかったからだ。カボチャに似てるが、違う。まぁこの際何でもいい。的になってくれれば何でも良いのだ。

 私は改めて手の中のペッパーボックス・ピストルを眺めた。

 イギリスのコグスウェル製……だったと思う。断言出来ないのは、刻まれていた刻印も擦り切れて読めないからだ。47口径の6連発。昔ながらのボール状の弾丸を使うスムースボア(ライフリングが刻まれていない)式で、威力はあるが命中精度は期待するほうが間違っている程度だ。

 実は私が初めて銃を手にした時、掌の内にあったのはコイツだった。何故コイツだったかと言えば、別段特別な理由などは無い。ただ我が家にあったからである。恐らくは父が買ったのだろうが、それすら今じゃ曖昧だ。

 今ではもっとマトモなピストルが広く出回っている以上、こんな骨董品をいつまでも持ち続ける理由など無いのだが、何となく捨て時が見つからず、今に至ると言う訳だ。まさかコイツに再び頼る日が来ようとは……。

 隣でまだかまだかという眼でこっちを見てくるエゼルに急かされて、私はペッパーボックスを構えた。

 

「まずは手本だ。見てろ」

 

 半身の体勢になって、足は肩幅と同じ程度に開く。腕を真っ直ぐ伸ばし、狙いを付ける。

 ペッパーボックスは不発が多いことで悪評高い。手本の一発目で不発は勘弁してくれと祈りながら、引き金を絞る。銃身兼弾倉が回転し、撃鉄が上がって、落ちた。

 

『うぉぉ!』

 

 カボチャ染みた謎の野菜の上半分が弾け、下半分は置いておいた柵の木から落ち、地面へと転がった。ちゃんと弾は出たし、しかも当たってくれた。顔には出さぬよう気をつけながら、内心でホッとする。

 

『なぁなぁ俺にも俺にも!』

 

 銃声にも慣れてきたのか、エゼルは私にそう言ってしがみついてくる。その頭を掌で押して引き剥がしながら、私は言う。

 

「良いか。俺の言うとおりにするんだぞ。勝手なことはするな。まずは逐一、俺の教えるとおりにやれ。良いな」

『おうよ!』

「良いか絶対だぞ」

 

 その元気の良い返事をどこまで信じていいものか。取り敢えず私はペッパーボックスをエゼルに手渡した。思った以上に重かったのか、両手で銃把を握りしめたエゼルの顔は少し驚いた様子だった。

 

「まずは両足を開け。肩幅と同じぐらいの広さにだ。そして大地をしっかりと踏みしめろ」

 

 私はエゼルの背後に立ってその両肩に手を置き、おかしなことをしないように見張りながら指導する。存外素直にエゼルは私の指示に従う。

 

「両手をまっすぐ伸ばせ。手の中の銃と、お前の腕が、そのまま一本の線を為すように、真っ直ぐだ」

 

 おっかなびっくりな様子で、エゼルは銃を構えた。すこし肘が曲がっていたので、軽く叩くとすぐに直した。よし良いぞ。こういう時に素直に言われた通りにするのは上達が早いやつの特徴だ。

 

「照星を……っとコイツにはそんなモンは無いな。取り敢えず撃鉄を基準に狙いをつけろ」

『撃鉄って?』

「この出っ張った部分だよ。そうだ、そんな感じだ。これでお前の両目と銃、そして銃口は同じ方を向いている形になる」

 

 腰を少し落とし、エゼルの顔の横にわが顔をおいて、彼の視点に合わせる。

 エゼルの姿勢はかなり綺麗だ。やはり灰色の目をした少年はガンマンに向いている。

 

「そうだな、あれを狙うんだ。お前の目と銃と標的が線を為すように……そうだ」

 

 ペッパーボックスの雑な造りでは性格な照準はまず無理だが、それでもエゼルのフォームは見るものに「命中」を感じさせるものだ。やはり筋がいい。

 

「いいぞ。良し引き金を弾け。今だ!」

 

 エゼルは引き金を弾き――反動ですっ転んだ。エゼルのすぐとなりに顔をおいていた私も、それに合わせてずっこけた。弾は標的を遥か外れて、どこかの空へと飛んで行った。方向的に落ちてきた弾に当たる心配だけは無いこと確認しながら、私は思った。

 エゼルの姿勢の綺麗さのあまりか、47口径の衝撃を完全に失念していた。

 目をまんまるにして声も出ないエゼルの下で、私は小さく呟いた。

 

「DUCK YOU SUCKER / なんてざまだ、糞ったれ」

 

 


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