異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

8 / 79
第08話 ハイ・ヌーン

 ――ひどく暑い日だった。

 昨日一昨日と微風が吹いて涼しい日が続いていたのに、今日に限っては夜明けからずっと凪なのである。

 雲もなく晴れ渡った空は青く、つまり日差しを遮るものは何も無い。暑い。湿気は無いのでジメジメは無いが、それでも暑い。

 凪なのは良い。遠くを狙い撃つには、風など無いに越したことは無い。銃弾というものはどう頑張っても風には流されてしまうもので、遠くを狙い撃つ場合、風によるズレというやつが馬鹿にならないのだ。

 だがいかせん暑いのは「待つ」のには最悪だった。汗が流れ、眠気には視界がぼやける。

 

「こら」

『いてっ!……良いじゃねぇかよ、少しぐらい』

「駄目だ。無くなったら面倒だろうが。それとも、お前が下の河まで汲みに行ってくれるのか。ならどうぞお好きに」

『……ぬぐぅ』

 

 水筒の中身を無駄に飲もうとしたエゼルの頭を叩く。私ですら我慢しているというのに、ふてぇ小僧である。待ち伏せに使っている丘を降りれば確かに河はあるが、流れが急だし距離もある。水を汲んで戻ってくるだけで結構な仕事だ。そんな仕事は互いに御免であった。

 

「……暑い」

 

 帽子を脱いで扇ぐ。たいして涼しくなるわけでも無いが、それでもやらないよりかは幾らかマシだ。仰ぎながら、テレスコープを覗く。レンズの向こうにはまだ、人影一つ見えはしない。

 昨日一昨日今日と、エゼルと交代でずっと見張りを続けてきたが、こうも動きがないとどうにも気が緩んでしまう。加えてこの暑さだ。気張り続けるなんて土台無理だ。

 

「……少し寝る。代われ」

『えぇ~!さっき変わったばっかじゃんか!』

「お前は俺の助手役だろうに。なら役に立て役に」

 

 いつ終わるともわからぬ「待ち」の時間を、私は仮眠で幾らか潰すことにした。エゼルにテレスコープを押し付け、荷物を枕にし、帽子で顔を覆う。エゼルが何か文句を言っているが、無視する。

 連中が来れば嫌でも起きて戦わねばならないのだ。ならその前に少し寝て、英気を養ったって悪いことはない。それに昨日や一昨日はむしろエゼルのほうがよほど眠りこけていたのだ。それを交代の度に起こしていたのは私だ。ならば今度は私の番だ。

 一瞬、二人共寝てしまうという最悪の可能性が浮かんだが、エゼルの肩には自身の仇討ちと村の平和がかかっている。私が起きているならまだしも、一人見張りを放り出して居眠りしたりは流石にすまい。

 エゼルの文句を子守唄に、私はウトウトとして、やがて眠りに落ちた。

 

 ――そして唐突に目を覚ました。

 別にエゼルに起こされたという訳でもない、むしろ無言でいきなり起き上がった私に、エゼルのほうが驚いている。

 帽子をかぶり直し、エゼルにテレスコープを渡すように手で指図した。望遠鏡を手渡されながら、天の陽の高さを伺う。寝る前とさほど動いていないところを見るに、寝ていた時間は僅かのようだ。

 私が目を覚ましたのは、おそらく肌で空気が張り詰めたのを感じたからだろう。「殺気」っというやつだ。ガンマンのような切った張ったの稼業を長く続けていると、不思議とこの手のモノを感じ取れるようになる。そして、より強く感じ取れるやつだけが長生きできるのだ。

 暑さの為か、レンズの向こうには陽炎が見える。

 

 その陽炎の向こうに、揺らめく姿が現れた。

 

 望遠鏡から目を外し、改めて肉眼で確認する。微かであるが、僅かに何か黒い点のようなモノが蠢いているのが見えた。私が見る方をエゼルも見て、それに気づいた様子だった。顔が険しく引き締まる。

 改めてレンズを覗きこめば、その騎影の群れはよりハッキリと見ることが出来た。しかし騎影と言っても馬では無い。エゼルの跨るボルグと同じ、巨大な狼のような動物である。ただ上に乗せている連中が無駄にデカいせいか、その脚はエゼルのボルグよりも一回り太く見えた。

 連中は二列縦隊――と呼べるような立派な隊列など無論組んではおらず、野盗らしい酷く雑な隊列を組んで道を進んでいた。

 酒場での一件以来、連中の姿をつぶさに見るのはこれで二度目だが、こうして遠くから見ていてもやはりデカい。誰も彼もが6フィート(約180センチ)を超える体躯の持ち主で、しかもただ背が高いだけでなく、背に見合った太さを有しているのである。恐ろしげな豚面に、緑の肌、そして隆々たる肉体。そんな連中が凶暴に、しかも数を頼みに襲ってくるのだ。、村人連中があっさりと屈したのも頷ける。コレほどの距離を開けながら、その威圧感をひしひしと私は感じていた。

 ――しかし私の傍らに立てかけてあるのは、800ヤード先の標的を狙い撃てるエンフィールドマスケットなのだ。そしてどんな相手であろうとも、銃弾の前には平等な筈だ。

 銃のほうをちらりと見て、そんなことを考えた後、私はみたびテレスコープの向こう側を覗く。

 連中の様子を探る。

 事前に得た情報通り、連中の数はおおよそ40前後。そのいずれもがボルグに跨がり、オーガ(人喰い鬼)のような恐ろしい体躯の持ち主だ。あるものは巨大な蛮刀を腰から吊るし、ある者は背に槍のようなモノを負っている。弓矢らしきものを持っている者も見えたが、幸い数は片手で数えられる程度だ。

 ここから見た限りではどいつもこいつも酒場で見たのと同じような、いかにも流賊然とした粗末な装束に身を包んでいる。例外は隊列の真ん中辺りにいる、ひときわ図体のデカい二騎だ。

 豚面なのは他のオーク連中と変わらない。しかし他の連中が文字通りの豚なら、この二騎は猪だ。野性的な剽悍さが顔に満ち、抜身の刃のような印象を見る者に与える面相をしている。その装束も他の連中とは違って、一張羅とは言えずとも、そのまま街中へと乗り込んでも問題ない立派なものだ。掠奪品の内から、上物を自分の衣服としているらしかった。

 武器は二人共に蛮刀で、その大きさでは他の連中のモノを圧倒している。大きさの問題で腰には吊れないのか、鞘に入れて背負っているようだった。

 間違いない。連中の頭目は、この二匹のうちのどちらかだ。

 

「エゼル。真ん中辺りに図体のデカいのがいるだろ」

 

 エゼルに望遠鏡を手渡し、デカい二人のほうを指差す。

 エゼルはレンズ越しに連中を見て、生唾を飲み込んでいた。

 

『ああ見えたよオッサン。ヘンギースとボルサの二人だろ』

「ヘンギースにボルサ……それが連中の名か」

『右がヘンギース。連中の親玉。左がボルサ。その右腕だよ』

「双子みたいによく似た連中だ」

『実際、一つ違いの兄弟なんだよ。鏡写しみたいに顔はそっくりだけど、見分ける為の目印がある。額にデカい傷跡があるほうがボルサだ。ヘンギースを敵から庇った時に着いたんだとさ』

 

 いっそその時に死んでりゃ良かったんだと、エゼルは小さく付け加えつつ私にテレスコープを返した。

 確かに左側の猪面の、その額には大きな傷跡があった。恐らくは刃物で斬りつけられた痕だろう。ただでさえ凶悪な面が、それでさらに凶悪になっていた。

 しかし、ならば傷のない方の猪面は優しげな顔かと言えば、無論そんなことはない。生まれつきかそれ以外の理由かは知らないが、左右で目の大きさが異なるらしく、それが見る者を酷く不安にさせるのである。解りやすい凶暴さを備えた「右腕」に比べて、なんとも不気味で得体のしれない恐ろしさをこちらは有している。

 畢竟、二人共に凶悪な賊の親玉に相応しい面相の持ち主だということだろう。

 ――当座の問題は、その凶相に、どのタイミングで鉛弾をぶち込んでやるかである。

 この手の仕事は、連中の頭を潰せばそれで済むという問題でも無い。頭を潰された程度で逃げ出していたら、連中の商売は上がったりだ。無法者なんてのは舐められたら終わりの稼業であり、連中は意地でも頭を殺した相手を血祭りに上げ、行き掛けの駄賃とばかりに村を焼き滅ぼすだろう。

 つまり連中の頭を殺すのは、それが連中に戦う気を萎えさせるタイミングでなければならない。いずれにせよ、最初の一発目をぶち込むのは、ヘンギースとボルサの二人ではない。

 

「エゼル、配置につけ」

 

 私が囁くような小声で言うと、エゼルは黙して頷き、背を屈めて少し下の岩場まで降りていった。

 私はエンフィールドの準備をする。紙薬包の封を噛み切り、火薬を銃身に注ぎ、銃弾を銃口に嵌め込んで、ラムロッド(槊杖)で突く。雷管を装着し、撃鉄を半分だけ上げた。暴発防止の安全対策である。撃鉄を目いっぱいまで上げるのは、敵が間合いに入ってからだ。

 隠れている岩場に銃眼として使うにちょうど良い窪みがあり、そこにエンフィールドを置く。

 そして暫し待つ。少なくとも、連中が橋の側までやってくるまで待つ。

 正午へと向けて、空の真上に近づく太陽が、ジリジリと私やエゼルを照りつけてくる。

 汗は拭わない。帽子を脱いで扇ぐなどしない。ただジッと、石ころのように、動かぬモノのようになって待つ。

 気づかれるにはまだ遠いが、連中にも私のような勘の良いやつが混じっていない保証は無いのだ。

 懸案事項があるとすればエゼルの事だが、私が撃つまでは身を伏して隠れているように口酸っぱく言っておいた。よほど慌てて先走ったりしなければ、問題はないだろう。

 

 太陽は徐々にその高さを増し、やがて正午となった。

 やつらは、橋の入口までやってきた。

 

「……」

 

 私はライフルを手にとった。半ばの状態のままにしてあった撃鉄を、完全に起こす。

 スコープを覗き、標的を探す。連中は既に橋を渡り始めていた。がやがやと談笑しながら、相変わらずの雑な行進だ。

 先頭は狙わない。連中に前からの攻撃であると、その時点で悟られてしまうからだ。

 だから敢えて最後尾を狙う。限られた視界がめまぐるしく動き、連中の最後尾の辺りで止まった。

 眠たそうな面をした、不幸な殿しんがりの顔が見えた。引き金に指をかけ――絞る。

 拳銃とは比べ物にならない反動が銃床を通り、肩を突き抜け、五体を走り回る。銃口からは白煙が吐出され、それは一瞬とはいえ視界を完全に塞いでしまう程だった。

 素早くライフルを窪みから外し、縦にして再装填を行う。その感も、自然の銃眼の陰から、私は遠目に連中の様子を探っていた。

 「当たった」ことは手応えで解った。実際、命中していた。頭蓋をスイカのように砕かれ、中身を地面にぶち撒けた躯が、橋の上に落ちる。

 予期せぬ轟音と、予期せぬ仲間の死。振り返った連中の間に、通り抜ける呆けたような一瞬の間。

 ――その間を、次なる銃声が破る。

 エゼルだ。

 

『くたばれ豚野郎!』

 

 怒号と共に、さらに銃声が響く。エゼルに渡したペッパーボックでは、明らかのあの橋は射程外だ。だが銃からは音も出るし、煙もでる。当たらずとも弾もである。そのことが重要なのだ。連中には自分たちが、絶え間なく攻撃され続けていると錯覚させねばなるまい。旧式の先込めライフル最大の弱点、装填時間の長さをカバーする為に。

 連中の様子を覗き見ながらも、再装填は一貫して行われていた。直接見ずとも、それぐらいは出来る。この銃とは付き合いが長いのだ。

 充分に突き終わったラムロッドを戻し、雷管を取り付け、再び連中に狙いをつける。

連中は橋の上でもたついていた。頭目とその右腕の怒声が響き、必死に平静を取り戻させようとしているのが解る。予期せぬ攻撃と橋の上という動きの限定された状況が、連中から余裕を奪っている。

 ならばその余裕を、もっと奪ってやろう。

 今度の標的は、頭のヘンギース――ではなく、その右腕のボルサ。

 

『ばわっ!?』

『ボルサァッ!』

 

 その胸板を銃弾が貫き、ボルグの上から巨体が転がり落ちる。「椎の実弾」は当たれば標的の体内でバラバラに砕け散る。故にもしも当たった場所が手足なら、斬り落とすしか助かる手は無い。もしも当たった場所が胸や腹なら、手の施しようは無い。してやれることは、ソイツを「楽にしてやる」ことだけだ。つまり一発でも当たれば、それで終いだ。奴の胸板に当てた。助かる術はない。

 頭の片割れを失い、手下だけでなく、頭当人も慌てている。その戦果に満足しつつ私は、さらなる再装填に取り掛かった。下からはエゼルが、罵りながらペッパーボックスをぶっ放す音が聞こえる。

 ――この時、私は注意しておくべきだった。

 図体のデカい、ヘンギースとボルサの陰に隠れて見えなかった、その「黒い姿」を見逃すべきではなかった。ボルサが斃れた時に、私はその影を見ていた筈だった。だが気付けなかった。気付かなかった。

 そのしっぺ返しを、私はすぐに受けることになった。

 

『えあっ!?』

 

 エゼルの驚きの声に、私は一瞬のうちだけ逸らしていた視線を、眼下の橋に戻した。

 そこで、連中の姿に気がついた。

 

 黒尽くめの三人組だった。大男揃いの山賊共の中にあって、その姿はいずれも酷く小さく、まるで子供のようだった。

 黒くツバの広い帽子に、この暑さというにケープ付きの外套を羽織、頭頂から爪先まですっぽり黒い装束で覆っているらしかった。

 しかし何より注意を誘うのは、その顔を覆う奇怪な仮面だ。

 鳥の顔を象っているらしく、長いクチバシのようなものが仮面の真ん中から伸びているのである。覗き穴の部分はメガネのようなもので覆われ、その瞳すら、明らかにはなっていない。右から順に、白い仮面、青黒い仮面、赤黒い仮面をつけていた。

 異変が起こったのは、真ん中の青黒い仮面をつけているやつだ。

 そしつの姿が、陽炎のように、揺らいだ気がした。いや、気がしたのではない。実際揺らいでいる。

 

 そして瞬く間に、その姿は「溶けて」、地面へと、消えた。

 エゼルの叫び声が聞こえる。

 

『ス、スツルームの……魔術師!?』

『なんで!?なんでこんなトコ――』

 

 私はエゼルの言葉をみなまで聞いていなかった。

 

 ――悪寒が、背骨を、走る。

 私はとっさにライフルを投げ捨て、コルトを抜きながら身を翻した。

 見えたのは、地面から「湧き出ている」――そうとしか表現出来ない――途中の、例の青黒い仮面の黒装束だった。ソイツが腰元から、一本の杖状の何かを引き抜き、私へとその先を向ける。

 

 私が両手のコルトの引き金を弾いたのと、私に向けられた杖の先から「何か」が飛び出したのは、ほとんど同時だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。