異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第09話 ザ・サーチャーズ

 

 ――空中で何かが弾け飛んだ。

 私の撃った二発の弾丸と、ヤツの撃ちだしてきた「モノ」が真っ向からぶつかったせいらしかった。

 飛沫のようなモノが辺り一面に飛び散り、私は思わず両目をつむり、背後へと倒れこむ。

 身を隠すのに使っていた大岩に背中を強くぶつけた。かなり痛い。痛いが、今はそれに構っている場合ではない。

 敵が、居るのだ。

 敵が、目の前に、居るのだ。

 両目をカッと見開き、仮面の黒装束の姿を探す。奴は視線の真っ直ぐ先にいた。先ほどまでの朧な姿ではなく、確固とした形でヤツは目の前に立っていた。仮面の目の辺りは黒い丸硝子に覆われていたが、その向こう側から紅の眼光が私を睨んでいた。

 目と目があう。ヤツの右手が動き、杖の先が私へと向こうとしてる。

 だがそれよりも私の右のコルトのほうが素早かった。ヤツのドテっ腹めがけて、私は引き金を弾く。

 果たして、ヤツの鳩尾のあたりに弾丸は突き刺さり――ヤツの体が「弾け飛んだ」のだ。

 

「はあっ!?」

 

 度肝を抜かれ、私は思わず叫んでいた。

 銃弾がヤツに当たったかと思ったその瞬間、まるで中身の詰まった酒瓶をライフル弾で撃ったかのようにヤツの体が液状と化して、弾けたのだ。その余りにも現実離れした光景に、ガンマンとして常に冷静たることを信条とする私ですら、思わず眩暈を覚える程だった。

 黒いドロドロとした何かへと変じた、青黒仮面の黒装束は、やはり水のように地面へと染みこんでいき、その姿は完全に失せてしまった。染みすら残さず、消えてしまったのだ。

 ――だが、ヤツの殺気は消えてない。

 ヤツはどこかから、私を見ている。狙っている。その気配を、私は背骨でひしひしと感じるのだ。

 

『上だ!丘の上に居るぞ!』

『レイニーンがやつを見つけた!追い詰めて嬲り殺しだ!』

『ボルサの仇討だ!』

 

 山賊共も私の居場所に気づいたのか、大声で叫んでいるのが聞こえてくる。

 時間がない。あの化け物を返り討ちにして、早くここを離れなければ。連中と距離を置いて、態勢を建てなおさねば。数で劣る私達が連中に勝っている唯一の点が、間合いの優位なのだ。近づかれれば、命はない。

 

「……」

 

 右のコルトに四発、左に五発。ライフルの方にはまだ次弾は装填されていない。

 あんな得体のしれない化け物に、ナイフが通じるとも思えない以上、今の頼りは左右のコルトだけだ。いや、さっきのアレを見るに、果たして頼みの二丁拳銃も通じるかどうか解らない。だが知ったことか。一発じゃ殺しきれないのなら、何発でもぶち込んでやるまでだ。

 こめかみを伝って流れる汗を感じながら、それを拭うこともなく、左右のコルトの撃鉄を起こす。

 岩に背中を強く押し付ける。水は地面に染みこんでも、岩には染み込めまい。直感的にそう思い、こうすれば背中から襲われる心配を少しでも減らせると感じたのだ。ほんとに効果があるかまでは知らないが、何もしないで突っ立ているよりはマシだ。

 

『丘を囲めー!逃げ道をなくすんだー!』

『野郎ぶっ殺してやらァ!』

『八つ裂きにしろー!』

 

 岩越しに聞こえてくるのは、殺気にギラギラした怒声罵声だ。その大きさは徐々に増してくる。

 急がねば。

 急がねば。

 だがヤツは姿を現さない。

 

「!?」

 

 ――不意に背中を緊張が駆け抜けた。総毛立つような、全身の血管を冬の冷水が通り抜けるような、そんな感覚。居る。ヤツが居る。だが……ヤツはどこだ?

 

『オッサン上だ!』

 

 エゼルの声が聞こえた同時に、私は見返しもせずに引き金を弾いた。狙いは頭上、岩の上辺り。今、私に後ろから攻撃を仕掛けるすれば、そこからしかありえない。左のコルトの銃口は後ろを向いて、銃弾と白煙を吐き出した。当たらずとも構わない。取り敢えず牽制にはなるはずだ。

 

『――!?』

 

 背後から声にもならないような呻き声が響き、その殺気が一瞬揺らいだ。

 その隙を逃さず私は、身を翻し右のコルトを構える。

 

 ヤツが、あの青黒い仮面の黒装束が岩の上にいた。

 いったいどうやってそこに現れたか解らないが、とにかく居たのだ。見つけた以上は――撃つ!

 

「くたばれ化け物!」

 

 しかし私の撃った36口径は、ヤツの手にした杖を中心に出現した、「水の盾」としか表現のしようのない代物に阻まれた。弾が当たった瞬間、円盤状の水には波紋が走り、銃弾はその勢いを奪われ、ついには「水中」で止まってしまった。

 私は目を剥きつつ、しかし今度は左のコルトをぶっ放す。

 だが水の盾を波立たせるのみで、銃弾はそれを貫けない。

 

「DUCK YOU SUCKER! / こん畜生、糞ったれ!」

 

 思わず毒づく私に、仮面の裏でヤツが笑ったような気配がした。

 この野郎、舐めやがって!と思うが現状、私はヤツに手も足も出ていない。悔しいが、余りにも未知なる相手に私は完全に途方にくれていた。

 そんな私に対し、ヤツの「水の盾」が渦を巻き始める。攻撃に転じようとしているのは気配で解った。

 だが何をどうすれば良いのか。まるで見当も付かないが、それでも撃鉄を起こし、二つの銃口をヤツへと向ける。最初の一撃は運良く撃ち落とせたみたいだが、今度は出来るかどうか。だが、やるしかないのだ。

 

 渦巻く水は私へと襲いかかり、私はそれへと向けて引き金を弾く――とはならなかった。

 

『おらあっ!』

 

 銃声が立て続けに二発分響き渡り、仮面黒装束の体が揺らいだ。

 撃ったのは私ではない。ヤツの背後から忍び寄っていた、エゼルだ。

 例の水に変化する妙な技も今度は使えなかったのか、やつの胸元から赤黒い血(だと思う多分)が吹き出すのが確かに見えた。とにかく好機だ!

 

「よくやったエゼル!」

 

 喝采と共に私の二丁コルトが火を吹いた。だがヤツはこの瞬間には態勢を立て直したのか、再び黒い水へと変化して飛び散って地面へと消えた。地面に染み行く黒い水たまりへとさらに撃ち込むが、液を撥ねさせ地面をえぐるのみだった。

 消え失せゆくヤツの姿を尻目に、私はコルトをホルスターへと戻し、ライフルとケースを素早く拾うと、こっちへと駆け寄ってくるエゼルへと叫んだ。

 

「逃げるぞエゼル!ついて来い!」

『逃げるって何処へだよ!?』

「どっかだよ!とにかく来い!」

 

 丘の向こうへと隠した愛馬サンダラーとエゼルのボルグへと向けて、私達は走った。

 私達の背中には迫り来る野盗共の雄叫びが迫っていたが、間一髪、その場から逃げ出すことに成功した。

 矢が二、三本、私の近くを掠めたが、そんなものはご愛嬌だ。

 ともかく私達は、窮地を脱したのだ。とりあえず、今だけは。

 

 

 ――エゼルと私は隣り合って駆けながら逃げる。

 取り敢えず逃げるのは、村とは違う方向だ。隠れられるような岩場を見つけて、追ってくる奴らを迎え撃たねばならないのだ。

 

『どうだよオッサン!俺だって役に立ったろ!』

「ああ良くやったぞエゼル。だが……それよりもあの化け物は何だ!?あんな野郎の話は聞いてないぞ!?」

 

 まさに問題はそこであった。

 村長始め、村人連中からあんな御伽話の魔法使いみたいな化け物の話など、ひとつたりとも出てきてはいなかったのだ。もしもあんなのがいると事前に聞いていれば、もっと凝った罠を仕掛けておいたり、色々とやれたことはあった筈だった。

 ところが現実はどうだ。逆に不意討ちを食らって、無様に逃げているとは!

 

『スツルームの三魔術師とか、スツルームの三悪党とか……』

『とにかく、いつも三人一組どこでも一緒って噂の、悪い魔法使い連中だよ!』

『村ウチの占い婆さんなんかとは違う、正真正銘の魔法使い!』

『白のヴィンドゥール、青のレイニーン、赤のリトゥルンの三人組だ!』

 

 ……魔法使いだぁ!?前にエゼルの口からそんな言葉が出た時は冗談か何かかと思っていたが、まさか本当に本物と出くわすとは、流石の私にも完全に予想外の事態だ。

 

「なんで連中のことを俺に言わなかった!」

『アイツらはこの辺りの悪党連中の中じゃ一番有名な大物なんだよ!ヘンギースもボルサも、自分たちはあの三人組の手下だっていつも吹聴してたんだ』

「だからなんでそれを言わなかったんだ!」

『だからこの辺りの悪党はみんな決まってそう言うんだよ!そんな話誰が信じるかってんだ!実際、今日この日まで連中が一緒にいる所なんて見たこと無かったんだ!箔付けるためのハッタリとしか思ってなかったんだ!』

 

 なるほど、その結果がコレか!確かにチンピラが自分の箔付けの為に、名のある悪党の縁者だの知り合いだのを騙るのは良くある話だが、今度の場合は本当だった訳だ。

 糞ったれめ!どうすりゃいいってんだ!?当たり前の話だが、本物の魔法使いなんざ、相手にしたことなど全くないのだ。どうやっていいか見当もつかない。

 

『でもオッサン。さっき二発ほどぶち込んでやったじゃんか!奴らだって不死身じゃ無い筈だし、ちゃんと狙って撃てば――』

 

 確かにエゼルの言うとおりだが、前に化け物はその心臓に銀の銃弾を撃ち込まないと死なないと聞いたような、などと考えた所で、不意にエゼルの言葉が中途半端な所で切れたのに気づいた。

 彼の方を見れば、前の方を見たまま固まっている。

 嫌な予感はしたが、エゼルの見る方を私も見て、やはり予感は正しかったことを確認した。

 

 進行方向前方、道なき道の向こう側、私達を塞ぐように、ヤツが立っていた。

 黒装束から長い影を地面へと引いて、帽子の影から真っ赤な双眸を輝かせて、ヤツが立っていた。

 ――追ってきたのだ。

 

『先回りされるなんて……』

 

 エゼルが掠れた声でつぶやいた。私も彼と同じ気持だった。

 いったい今度はどんな手品を使ったのか、ヤツは確かに先回りして、そこに立ち塞がっていた。

 青黒いその仮面の色から判断するに、ヤツが「青のレイニーン」か。エゼルに撃たれた傷からの血は、もう止まっているらしかった。

 

「……」

 

 私は、鞍の後ろ側に結びつけていたライフルを外した。まだ再装填してないが、コルトで斃せる相手じゃないのは明らかだ。さらに言えば、戦わずに逃げきれるとも思えない。

 

「エゼル。ペッパーボックの残り弾は」

『え…えっと、途中で弾を込めなおして、さっき二発撃ったから……四発』

「良し。援護しろ」

『え?』

 

 私はサンダラーに拍車をくれて、ヤツ、青のレイニーンへと向けて駆け出した。エゼルも慌てて私の後を追う。

 一瞬、ヤツからは意外そうな気配を感じた。私達が真っ向から向かってくる思ってなかったのだろう。だがそんな気配もすぐに消えると、逆に殺気が膨れ上がる。

 いいだろうさ。相手になってやる。

 私は外套のポケットに忍ばせておいた紙薬包を取り出し、その口を噛み切った。

 

 


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