無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

今回の話では
・Five Star Stories
のネタが含まれます。あらかじめご了承ください。


第017話_打倒!親父さま

---良い父親でも悪い父親でも結局は、息子の踏み台にすぎない---

 

6歳になった。この頃は自分の成長とシルフの成長がリンクして充実した日々を送っている。シルフは一年で

 ===============

 ・攻撃魔術

  火系:中級

  水系:中級

  風系:中級

  土系:中級

 

 ・治癒魔術

  治療系:中級

  解毒系:中級

 ===============

と、やはり高スペックな結果をたたき出し、それらを全て無詠唱で出来る。ただ、両手で同時に別の魔術を無詠唱で使うことに苦戦している。これを越えないと混合魔術の無詠唱ができないんだが現世のシルフは『水滝(ウォーターフォール)』と『灼熱手(ヒートハンド)』を同時に出す俺の開発した混合魔術に興味がない。シルフは自分をイジメから救い出してくれた重力魔術に興味津々だ。

最近、シルフは早く重力魔術を教えて欲しいと言って来るが、分別が付くまであの魔術を教えない方が良いだろう。あまり出回っている魔術でないから秘密にできなければシルフの命がヤバイ。

そういう意味でシルフには護身術が必要だ。そこでパウロとの剣術特訓にシルフも参加してもらっている。まぁそれだって無理矢理ではない。シルフが朝の剣術修行の時間には、もう俺の家に来るので「やる?」ときいてみただけだ。本人が一緒にやりたいと言ったんだ。あの柔らかい手が豆だらけになるのは少し残念だが、走り込み、運動、素振りと俺と同じように汗を流す。

最初パウロは反対したが、ロールズが本人の意思に任せるというので何も言うことはないそうだ。教育方針はそれぞれ違うということだろう。

 

剣術で汗を流した後は、混合魔術を教えるためにそのまま俺の家にて二人で国語、算術、理科を勉強する。俺にとっては前世でシルフィ、エリス、子供たちと何度も教えた内容なので手慣れたものだ。シルフに問題を出して、俺は重力魔術の教本を作る作業だ。

 

「ねぇルディ、いつになったらお空を飛ぶやつを教えてくれるの?」

 

ほらきた。またこれだ。

 

「んー、そうだな。混合魔術を両手の無詠唱同時発動を使って瞬時にできるようになって、かつ、上級魔術が全部無詠唱になったらかな」

 

「えー。それいつになるの」

 

「シルフが一生懸命やったらすぐだよ」

 

「ぶー、ルディのケチ」

 

「ケチでもいいよ」

 

「イジワル」

 

「イジワルでもいいよ」

 

「鈍感」

 

「鈍感でもいいよ」

 

「エッチ」

 

「……エッチじゃないと思うけど、まぁいいよ。あーはやく、シルフが混合魔術使えるようになってくれないかなー。あーあー」

 

まぁ上級魔術が全部無詠唱なら混合魔術がダメでもいいだろう。そもそも前世のシルフィは同時無詠唱による混合魔術を使えなかった。それより、エッチって。一応、俺はシルフのことを男だと思って対応してるんだが俺の演技失敗してるんだろうか。そっちのが不安だ。

 

シルフは昼はだいたい俺の家で飯を食べる。ロールズが見張り番のときはお弁当を持っていくために昼前にシルフの家に行く。そこでシルフィアーナさんと三人で食べる。

その後、二人でロールズの所に行く。あとは夕方まで二人で外に出て、魔術の特訓をして帰るのが日課だ。

 

--

 

それから二か月がたったある日、夕方に家に帰ると家の横に馬車が三台も止まっていた。その内の一台はどこかで見たことがある気がしたが、はて。不思議に思いながら、玄関をくぐる。

客間の方で声がするのでそっと覗くと、知ってる顔が6つ並んでいた。パウロ、ゼニス、リーリャ、メーマック、アブデラ、アナトリアだ。そういうことか、俺は意を決して火中の栗を拾いに行った。

 

「ただいまもどりました」

 

「おかえり、ルディ。待っていたわ」

 

久しぶりにゼニスの笑ってない顔を見る。上手く対処する必要があるな。

 

「これは、メーマックさん、アブデラさん、アナトリアさんご無沙汰しております。こちらにいらしたという事は依頼の結果が出たということでしょうか?」

 

「はい、その通りです。坊ちゃん」

 

メーマックは俺にそう答えたが、一瞬パウロの顔を見て。その続きを言うのを控えた。まだパウロは黙っているつもりなのだろうか。

 

「父さま、何かあるのですか?」

 

仕方がないから聞いてやろう。

 

「そうだな。ルディ、お前が勝手に何かしたということは判った。だがなぜ家族に相談しない」

 

ほー。いきなり叱らずに釈明を聞こうという態度なんですね。成長してますね。父さま。

 

「ふむ、ここで説明しても良いのですが、こちらにいらっしゃる商人の方々には関係のないことです。また、あまり内情を漏らしてしまうとこれからの取引にいささか支障が出るので彼らが帰られてからお話したいと思いますが、いかがでしょうか?」

 

パウロは今まで目を瞑っていたが、カッと開いた。

 

「いいだろう。その代わり、後で俺が納得するまで説明してもらう」

 

「はい」

 

許可は得た。まずは商談だ。

 

「すみません。メーマックさん、アブデラさん、アナトリアさん。こちらの手違いでなんとも居心地の悪い思いをさせてしまったようですね。もう少し時間がかかると思い油断をしておりました」

 

そう言って、頭を下げる。答えたのはメーマックだった。

 

「いえ、坊ちゃん、連絡もなしにご自宅に押しかけた我々も礼儀知らずでありました。ただ内容が内容だけに急いでお伝えしようと思いましてね!」

 

「ほぅ、吉報ですか?」

 

「えぇそりゃぁもう!」

 

「では我が家に来た順にお話しを伺いましょう。それでよろしいですか?」

 

三人を見渡すと誰も異論が無いらしい。そしてどうやら最初に来たのは北西の村の行商人アブデラのようだ。彼が話し始めた。

 

「まず石を削りだしたコップですが、坊ちゃんの言う通り、好事家の貴族が銀貨1枚で買ってくださいました。できればもう何セットか欲しいというのでこちらに納品していただくと助かります。あと、ルード鋼なんですがね……」

 

そこで彼は他の商人と俺の両親の表情を見るために言葉を区切った。

 

「ロアの炭鉱族の鍛冶師が一つ金貨50枚で10個欲しいと言ってきました!」

 

彼の表情は明るい。儲けも大きくなるから嬉しいのだろう。だが、俺は眉を片側だけ上げた後、

 

「金貨100枚ではないということは、加工ができた、ということですか? それとも研究用だけど金貨50枚なら買うというお話ですか?」

 

と言った。アブデラはその言葉で危うさを感じ取ったのだろう、ぶわっと汗がでて、それをハンカチで拭った。

 

「研究用で10個欲しいから1個当たり金貨100枚を金貨50枚にしてくれということです。ハイ」

 

「なるほど、よくわかりました。つまりルード鋼は売らずに残っているということですね。以上ですか?」

 

「ハイ」

 

「では次の方お願いします」

 

次は南の村の行商人アナトリアだった。

 

「次はあっしです。坊ちゃん」

 

「説明をお願いします」

 

「ヘイ、あっしはご注文の通り、アスラ王都まで向かいまして、石のコップとルード鋼を売りにいきました。まず、コップは銀貨2枚で売れやした。それにルード鋼ですが知り合いの炭鉱族の職人にみせたところ、加工できなかったんですが。鉱神に見せたいと言われやして、金貨100枚で買い取ってもらいました」

 

金貨100枚ときいて、パウロ、ゼニス、リーリャに三者三様の動揺の仕方をしているのが面白い。俺は当然、動揺なぞしない。

 

「なるほどわかりました。では最後にメーマックさん、お願いします」

 

最後はこの村の行商人メーマックだ。

 

「あぁ、俺も坊ちゃんの言う通り、アスラ王都まで行ってね。それでアスラ王都で一番腕の良い炭鉱族の職人にルード鋼を見せたよ。そいつでもやっぱり加工はできなかった。だから、研究用に金貨100枚で売ったよ。あとコップの方は俺も銀貨2枚と大銅貨5枚で売った。それに頼まれてた植物の種も用意できたぞ」

 

「わかりました。皆さま、ご報告ありがとうございます。まずこのように同じ商品を同じように依頼し、お三方を試すような扱いをして、大変失礼しました。何しろ物がモノで、また私も経験不足故、このような事になりましたこと。ご理解いただけると幸いです」

 

「はん、それは違うぜ坊ちゃん。商売は詐欺られたって釣銭を誤魔化されたって文句は言えねぇ世界だ。あんたが俺らを見定めるのにこういう手法を使ったことに何の文句もねぇよ」

 

メーマックが言い返してきた。

 

「そうですか、メーマックさんのご主張は嬉しいのですが、アブデラさん、アナトリアさんも同じ考えですか?」

 

二人も頷いた。

 

「ではまずアブデラさん、お預けしたルード鋼はあなたにお譲りします。ただし、研究用なら金貨100枚、加工用なら金貨200枚以上でしかお譲りしないでください」

 

言葉の意味を理解して、アブデラは口をパクパクしている。

 

「次に、アナトリアさん今回の取引で得た、金貨100枚、銀貨2枚はあなたの物です。どうぞお納めください」

 

アナトリアは無表情で頷きもしない。ただ一筋、こめかみから汗が流れた。

 

「最後にメーマックさんについても金貨100枚、銀貨2枚と大銅貨5枚はお納めください。また種代については別途ご請求願います。こちらからは以上です」

 

また言い返したのはメーマックだ。

 

「待った、待ってくれよ。坊ちゃん。あんたは人を使うのが上手いかもしれねぇ。それが帝王学だって言われればすげぇって思うよ。だがな、こっちにだって商人の矜持があるんだ。馬鹿にしてもらっちゃぁ困る。俺は会ったときにも言ったよな。坊ちゃんに意見するようで恐縮だが、種代引いた金貨40枚は受け取ってもらうぞ」

 

アナトリアも続いた。

 

「でいてい、ちっちゃな子が隣村まできて商談をふっかけてきた時点でおかしいと思ってやした。それに俺っちは知り合いの炭鉱族に感謝までされてるんでぃ。金まで全部かすめたら夢見が悪りぃってもんですよ。あっしも金貨40枚ダメといわれても置いていきやすよ」

 

アブデラには少し迷いがあった。

 

「すみません、手持ちがないので金貨は払えません。い、い、いいや私もこんな高価なものいただけませんからね。その、もう一度ロアの職人に話を付けて研究用なら金貨100枚で1個だけという条件だと話してきます。アスラの職人の手にも同様のものが2つ渡り、一つは鉱神様のところに行くだろうと情報を流せば、ほぼ確実に売れると思います。売れた暁には私も金貨40枚、いやコップ代と遅れた分、金貨50枚をこちらにお届けにあがります」

 

「判りました。商人の矜持を理解せず、居丈高な物言い重ねて謝罪いたします。ではメーマックさんアナトリアさんのお二人はどうぞこちらへ」

 

俺はリーリャに視線を動かして、お願いした。

 

「すみません、リーリャさん金貨を受け取っておいて頂けますか?」

 

「承知しました。坊ちゃま」

 

「私は次の取引の商品を持ってきますので、少々席を外します」

 

そう言って俺は客間を退席し、家の外へと歩いて行った。残された客間では、リーリャが金貨を数える音だけがしばらく響いていたが、俺が見えなくなると何か話し始めたようだった。

 

 

--パウロ視点--

 

目の前でとんでもない金額が取引されてる。こんだけ稼いだことがあるのは黒狼の牙でダンジョン攻略に成功したとき以来だ。少なくとも今日だけで家にはアスラ金貨80枚が入ってくる。もう少ししたらさらに50枚。合わせて130枚だ。いや、子供の金だ。俺の金じゃない。しかし、そんな金があったらこのブエナ村だったら家族で5年は遊んで暮らせる金だ。しかも一つは鉱神のところに献上されるって?そんなもん家のどこから出てくるんだよ。

 

しかもまだ取引の商品があると言う。どこから持ってくるんだ?家にそんなものがあるのか?訳が分からない。後で冷静にルディの話を聞くことができるだろうか、いや俺はあいつの親父だ。こんなことで浮ついて、また息子に諭されたら……もう頭が上がらないぞ。

そんなことを考えていると、ルーデウスが部屋を出て行って部屋の空気が一気に弛緩する。

 

「あの……坊ちゃんって何者なんですかい?」

 

その空気を読んだからだろう。南村の行商人アナトリアが聞いてきた。

 

「そうです。だいたいあんな小さな子がなんでこんな商売を?背丈が同じくらいのウチの子なんて、まだ文字を覚え始めたところですよ」

 

北西の村の行商人アブデラが続いて口を出してきた。

俺だって知りたい。

 

「何者かって……ウチの6歳になる息子だ。4歳で水聖級魔術師になり、将来は水神レイダルになるとほざいている。なんで商売を始めたのかは後で聞くことになっているから分からない」

 

言ってみて、しまったと思った。子供の夢だ、いや両親が剣士か魔術師かで揉めていたからそれを納得させるための方便だったか。夢見がちな冒険者くずれで、元は貴族の馬鹿な両親だからそれを本気にしてる。現実主義者の商人なら絶対に笑うと思った。子供の夢を笑われてしまう。親が黙って見過ごせるものじゃない。だが違った。

 

「ヒェーこりゃ、すげぇ。でもきっとなれますよ。パウロの旦那。俺ぁ賭けてもイイ」

 

「そうですか。身入りは良いかもしれませんがこれを1つ売ったら私はもう手を出しませんよ」

 

二人はそれぞれ言った。

 

リーリャはメーマックから金貨40枚を受け取り、次はアナトリアと金貨のやり取りを始めた。

 

取引が終わったメーマックがこっちを見て言った。

 

「パウロさん。私もね。今回の事で心底震えましたよ。だから急いでブエナ村に戻ってきたんです。儲けがどうこうの話ではありません。あなたの息子さんが持っているルード鋼はアスラの貴族たちが全部買い取ったっておかしくない代物、戦争の引き金にだってなり得ます。加工ができる職人を見つけたら、できれば王国に直接納品した方がいい。私ら商人だって命は惜しい。これ以上は関われません」

 

俺の知っているメーマックはもっと飄々とした商売人だ。本当は腕があるのに、そこそこの儲けで満足してこんな辺鄙な村まで商品を届ける割が合わない仕事をしている変わり者だ。巷じゃ清廉で信のおける男で通ってる。そいつがどうだ、心の中はピューピュー隙間風、他の二人もベテランの行商人のくせに冷や汗ダラダラだ。

ルディ。お前何考えているんだ。

 

メーマックの言葉に何も返せない内に、ルーデウスが大きくて真っ黒な鞘付きの剣を携えて戻って来た。そしてまた、部屋の空気は緊張感で張り詰めた。

 

 

--ルーデウス視点--

 

ルード剣は正直重すぎる。5歳の俺の筋力と身長では扱い切れない。鞘もルード鋼で作ったせいで余計に重い。闘気なしだと、よたよた客間に戻って来るはめになった。

客間に戻ってくると、商人たちは目を見開いてそして同時に口を開いた。

 

「おい」

「パネェ」

「うそでしょ」

 

そうだろうとも。

 

「お待たせしてすみません。次の取引はこれなんですが」

 

「待った。待った。そんなヤバイ物どうする気ですか?」

「ヒイッ」

ガタンッ。

 

メーマックが慌て、アナトリアが奇声を上げて仰け反り、アブデラが泡を吹いて倒れた。

 

「え、アスラ王国か水神レイダ・リィアに売ろうと思ってるんですけど」

 

「一つお聞きしますが、それは炭鉱族が加工できなかったルード鋼を使った剣ですか?」

 

「そうです」

 

「ダメです。私たちはそんなもん見ませんでした!」

ドテッ。

 

メーマックは両手で目を塞ぎ、アナトリアが泡を吹いて倒れた。アブデラは倒れたまま小刻みに震えている。

 

「パウロさん、後生です。お助けを!」

 

メーマックの悲痛な叫びを聞いて、パウロが苦々しく言った。

 

「ルディ、それを目の付かないところに置いてきなさい」

 

俺は素直にルード剣をダイニングの隅に立て掛けて戻って来た。戻ってくる間に、アブデラとアナトリアは意識を取り戻している。

 

「あの、すみません。みなさんのリアクションがあまりにも面白いので……」

 

「ルディ、この方たちはお前の心配をされている。後できっちり話し合おう。そして、さっきの剣は手に負えないので自分で売って欲しいとのことだ」

 

もう商人は三人ともしゃべる気力がないようで、パウロが代理で話してくる。

 

「判りました。では、本日の取引はこれにて終了とさせていただきます」

 

こうして行商人との最初の取引が終わった。商人たちは逃げるように家を後にした。

 

--

 

見送った後、両親とメイドが客間に座ったまま待っていた。ただし、ルード剣はいつのまにかパウロの脇に置いてある。

 

「座りなさい」

「はい、父さま」

 

俺はパウロと対面するように座った。そこで事情聴取が行われた。質問を整理するとこうだ。

 ルード鋼とはいったいなんなのか?

 炭鉱族が加工できないルード剣は誰が作ったのか?

 そんなにお金を稼いで何をしたいのか?

 なぜ家族に事前に相談しなかったのか?

 

そして俺は一つずつ答えた。

 ルード鋼は土魔術で超高圧縮に固めた土である。

 ルード剣はルード鋼を火魔術と風魔術を使って高温にした炉で溶かし、鍛造した剣で、もちろん俺が作った。

 占命魔術を使って未来を占ったところ、フィットア領で良くないことが起こると出たので、これを解決するために金を集めている。

 あまりにも途方もないことで、たった5歳の子供が言っても信憑性がなかったので、商人を誘導して納得できる場を設けたかった。

 彼らが突然家を訪問したので予定とは違ってしまった。

 

ちなみに占命魔術なんて使ってない。前世の記憶を正当化するための方便だ。パウロもゼニスも機嫌が良さそうな顔はしておらず、リーリャはポーカーフェイスを決め込んでいる。そして3人ともどうしたら良いのかもわからないようだった。そりゃそうだろうな。あまりにも壮大過ぎる。

 

「お金はいくらいるの?」

 

ゼニスがきいた。

 

「目算ではおそらくアスラ金貨で120万枚は必要です」

 

目を一切逸らさずに言い切ると、沈黙が流れた。あまりにも膨大な金額だ。個人が稼げる額では到底ない。

パウロが口を開いた。

 

「それであの剣を一本いくらで売るつもりだ」

 

「とりあえずアスラ王国に1本あたり金貨500枚で売ります。数は1000本納品できます」

 

「つまり、えぇっと」

 

「旦那様、アスラ金貨50万枚です」

 

パウロが計算しきれず、リーリャが助け船を出した。

 

「足りないな」

 

「はい、いざとなったらルード剣をもう1000本用意できますが、アスラ王国にもそれほどの余剰資金はありません。よってこの場合は他国に売ることになりますが、周辺諸国の軍事力強化につながります。また、ルード鋼でつくった防具を用意してもいいのですが、あまり売ると軍の一部を掌握している第一王子の勢力が強くなりすぎます。今、微妙なアスラ王国の政変に巻き込まれたくありません。そうならないためには他に商品が必要です」

 

「策があるのか?」

 

「あります。バティルスの花弁から媚薬を作る製法を流用して、媚薬を薄めた飲み物に加工し、他の栄養剤と合わせて精力剤として販売しようと考えています」

 

「媚薬の作り方はボレアスしかしらない独占技術だぞ」

 

「まったく同じものを作るとバレますが、既に試作品はできていて、見た目が似ても似つかないので大丈夫です。後、魔術ギルドに売れる魔法陣を何枚か書くことができます」

 

活版印刷術は便利だが、正直、この世界の変革を促す可能性がある。それでも良いが、ヒトガミの影響を大きくするのは絶対にやりたくない。あと料理系と服飾系、学校教育関連はナナホシが金を稼ぐために必要だ。あいつは先に俺がそういうの利用しても他の方法でお金を稼げるかもしれんが一応残しておこう。

 

パウロには言わなかったが、その他にも金の稼ぎ方はある。まず、転移魔法陣と飛行用の神獣を使った、運送業や輸入出業だ。盗賊ギルドを引き込むことができれば、ギースが好きな賭博場だって運営しても良い。それに建築用の素材、ガラスの販売、金融も視野に入れている。

 

--

 

商売人イベントが終了して一息ついた頃。俺はそろそろ起こるイベントを忘れていない。地下室にある前世日記にも書いた内容だ。そしてそれは起こるべくして起こった。

 ゼニスの妊娠を祝い、リーリャの妊娠が発覚し、

 家族会議が始まり、パウロが自供する。

 そしてリーリャがここを去ると言う。

あの一連の流れ。

 

俺はここまでリーリャと前世より仲良くやってきた。だから例えば俺の子供だといったら……いや6歳じゃ無理だ。すぐわかってしまう嘘だ。前回の通りにするか、今回のままにするか。それ以外か。もっとうまくやれるんじゃないかという気持ち、判断。オルステッドは鋼の意思でこれらを選択していた。俺も真似していこう。今回は前回通りの流れで行く。それのどこにも悪いところがないのだ。欲をかく必要はない。

 

前回と同じようにリーリャは首の皮一枚でグレイラット家の新しい家族になった。俺はその日からリーリャのことは『お母さん』と呼ぶようになった。

 

--

 

そこからさらに2か月が過ぎて、俺は言うべきことを言う事にした。夕食後、皆がそろっているときにだ。

 

「父さま、母さま、お母さん、お話があります」

 

「どうした?」

 

生まれてくる子供のことについて話していた三人が一斉にこちらを向いた。

 

「先日もお話ししましたが、占いによればフィットア領で良くない事が起きます。それについて調べ、できれば回避し、回避できないときは被害を最小限にするべく動きたいと思っています。つまり」

 

そこまで一息で言って、決意を示すように間を置いた。

 

「旅に出たいと思います。そのお許しを頂きたいのです」

 

パウロはしばらくの時間、黙考した後、言った。

 

「ダメだ」

 

「理由をきいても?」

 

「理由は3つある」

 

2つじゃなくて?俺の予想より多いな。

 

「一つ目は、剣術が途中だ。今投げ出せば、二度と剣が習えないレベルで中途半端になる。お前の剣術の師匠としてここで放り出すわけにはいかない」

 

想定済みの内容だ。

 

「二つ目は、年齢の問題だ。お前はまだ6歳だ。お前は賢い子だがまだ知らない事も多い。経験も圧倒的に足りていない。お前にもいずれ失敗する時が来る。そのときに親としてお前を助けたいと俺は思っている。お前が俺から遠く離れればそれは叶わない」

 

少しニュアンスは違うが似たようなことを昔に言われたから想定済みだ。

 

「三つ目は、子供のお前がフィットア領の災いについて背負うことはない。お前がそういうものに縛られて無理をすればお前の人生は不幸になる。父親としてそんなことをさせることは到底許可できない」

 

なるほどそういう言い分か。俺は一つ頷いてから話し始めた。

 

「父さまのご意見は僕を心配してくれるモノで大変うれしいです。でも、だからこそ反論させていただきます。まず一つ目について、父さまは僕の剣術の師匠ですが、例えば剣神ガル・ファリオンや水神レイダ・リィアのように、その道の最高位ではありません。では、父さまが言う中途半端とはどのようなことですか? 父さま自身が中途半端なのでは?確かに僕は父さまとの修行でまだ得られることが多くありますから、これまで父さまの元で修行をしてきました。ただし、父さまが僕と本気で打ち合わないので僕も今まで本気を出したことはありません。もしかして、父さまに剣術で勝てば中途半端と言われずに済むのですか?」

 

「なに?」

 

パウロの声には険があった。俺の言ったことを考えればこの反応は至極当然だ。俺は本気を出せばパウロに勝てると言外で言ってるのだから。

 

「どうなんです? 理由を言ったのならクリア条件をおっしゃってください」

 

「良いだろう。お前が俺に勝てるのなら中途半端と言ったことを撤回し、理由からも取り下げよう」

 

「わかりました。次に理由の二つ目ですが、確かに僕はまだ6歳で失敗することもあるでしょう。ですが、失敗は僕の人生の血肉となるものです。失敗からも学ぶことが多くあると思っています。だから僕が失敗しないように助けることは不要です。もし失敗して落ち込んで立ち上がれなくなったら、その時は父さまたちのところにちゃんと戻ってきます」

 

ゼニスとリーリャはパウロの判断に任せるようだ。彼女たちは俺の話を聞いてはいるが、窺うのはパウロの表情だ。

 

「最後に三つ目ですが、僕は何もフィットア領の災いを背負いたいと考えているわけではありません。でもこのままで自分の家族や父さまが世話になった人たちが不幸になることを見過ごすことができないのです。父さまがその方たちに世話になった理由はおそらく僕が生まれたことに関連がありますからね。できる限りのことをやってダメなら諦めて帰ってきます」

 

今度はさっきよりも長い時間、黙考した後、パウロは言った。

 

「そうか、お前と議論してもどうせ俺が言い負かされるだけみたいだな。なら剣術勝負で白黒つけた方が早い。よし、ルディ、明日は剣術の修行はなしだ。木剣による模擬戦をする。それでお前が勝つなら旅の話、許可してやろう。負ければ俺の言う事を聞いてもらう。いいな」

 

「望むところです」

 

パウロと俺は同時にニヤリと笑った。ゼニスとリーリャは困ったようなほっとしたような顔をした。

 

「ケガをしても良いけど、後腐れなくやってね……いくらでも治してあげるから」

 

ゼニスが最後にポツリと誰とはなしに言って、この場は終わりを告げた。

 

--

 

次の日、朝早くに空き地にきて、俺は準備体操をして軽く肩慣らしした。シルフが途中で到着し、開口一番言った。

 

「今日はなんか早いね」

 

それに対して俺は無言でパウロを見た。俺の視線を受けて、パウロは言った。

 

「すまないが、今日の剣の修行は中止にする」

 

「でもいまから剣術するんですよね?」

 

シルフが不思議そうに言った。

 

「今からやるのは修行ではなく本気同士の模擬戦です。シルフ、危ないから母さまたちがいるところに居てください」

 

俺はそう言って、ゼニスやリーリャが立っている少し離れたところを視線で示した。

 

「わ、わかった」

 

シルフはちょっとヤバそうな雰囲気を察したのだろう。ビクビクしながらゼニスたちの方へ歩いていった。

 

「準備はできたか?ルディ」

 

パウロは真剣な表情の中に笑顔がある。余裕ある態度だ。

 

「えぇいつでも。それより審判はどうしますか?」

 

俺も余裕の態度を示そう。

 

「リーリャにやってもらう。あいつは怪我はしたが、水神流の元中級剣士だからな。リーリャ!」

 

呼ばれてリーリャがこっちに歩いてきた。

 

「なんですか?パウロ」

 

「お前に審判を頼みたい、公平にやってくれ」

 

「いえ、父さまに有利に判定してください」

 

俺は一つ挑発を入れた。パウロは少し苦い顔をしている。

 

「判りました。公平に審判します」

 

そう言うとリーリャはゼニスたちの元に戻って行った。

 

そうしてパウロと俺は構えて対峙した。俺は剣を構え、腰の鞘に短剣を入れている。一方、パウロは片手で剣を持ち、左手は遊ばせている。

 

「1ついっておきますが、今回、僕は闘気以外の魔術を使いません。ただし、魔法剣士の剣技は使います」

 

「魔法剣士の剣技?、良いだろう、別にお前が魔術を使ったって俺は構わないぞ」

 

「そうですか、では始めましょう」

 

そう言って俺は、剣を間合いの外から縦に一閃した。ただしただの一閃ではない、剣筋の後半は弧を描くように振り切った。魔剣技:真空斬り(ソニックブレード)を放つ。

パウロはこれを水神流の技で受け流そうとして、そして流しきらずに自分から左に跳んだ。真空斬り(ソニックブレード)は一見すると、単なる斬撃を飛ばす遠距離技に見える。しかし、その太刀筋は内部で渦を描いている。単純に受け止めようとすると渦に囚われて弾き跳ぶ。しかしパウロは初見で、完全に態勢を崩す前に自分から跳んだわけだ。パウロの目が変わった。今の技のヤバさが判ったか。

 

パウロは普段はイメージトレーニングのときだけ見せる、闘気を使った高速移動で3歩踏み出した。まだパウロの間合いではない。間合いに入った瞬間に横なぎの無音の太刀がくるだろう。俺にはそれが判った。先ほどの真空斬り(ソニックブレード)を縦に一閃したから、パウロはそれを防ぎながら攻撃を繰り出すための横なぎをする確率が最も高い。つまり、俺はパウロの間合い、攻撃方向、そして攻撃タイミングを全て見切っている。

 

そして、こちらの間合いも攻撃方向も攻撃タイミングも見切らせはしない。俺に3年間も剣を教えてきたのにパウロは俺の剣の腕を知らない、俺の剣技を知らない。だから間違える。見誤る。そこを突く。

 

パウロの体が身長差のせいで俺に覆いかぶさるように傾き、間合いに入る。腕の長さの違いからまだ俺の間合いではない。しかし、先程みせた真空斬り(ソニックブレード)なら腕の長さが間合いには関係ないとパウロも理解している。だからこそ選択する無音の太刀。やり過ごされても復帰の速い技。

 

俺の剣の間合いに入る瞬間、もし俺が攻撃を仕掛けるなら一番攻撃に比重を傾ける瞬間を誘うように、横なぎの無音の太刀が飛んでくる。こちらが一見得をする手筋で大きくしっぺ返しを受ける手筋。パウロはこれをほぼ感覚だけでやりきっている。だがそれすら俺は読み切っている。俺は交錯するようにパウロの左脇に飛び込み前転してやり過ごす。俺が態勢を立て直している間にパウロはもう一度、距離を詰めて攻撃できる。受け切れても俺は大きくバランスを崩す。それでパウロの勝ち。そう思うだろう。俺はそれも読み切っている。

 

だから俺は振り返りながら、間合いを読ませない動きをする。魔剣技:残像剣(ディレイ・アタック)。緩急と身体の軸をずらす足運びで目が良い剣士ほど、先読みができる剣士ほど、脳裏に残像が残る。パウロの目と技量なら俺が3人に見えるかもしれない。

振り向いていない俺、振りむきかけの俺、振りむいた俺。パウロ自身も無音の太刀を振り切り、俺を視界から外した後、振り向かなければいけない。その動きは俺より早かったはず。それでも見失う。どれが俺なのか。3分の1に賭ける愚を犯してこない。

 

初見の剣技にパウロは攻撃をためらう、パウロは絶対の有利を捨ててまた距離を作る。

パウロから俺まで今度は5歩。俺の剣技を知りたいから、知れば対処できるからそういう待ちの姿勢。ためらい。その結果の5歩。「魔術師の戦闘方法は多岐に渡ります」アルビレオの言葉がよみがえる。パウロが俺から距離を取ればとるほど、俺の勝ち筋が見えていく。

 

パウロの2歩以内に魔剣技:旋風剣(タイフォーン)を、そこから3歩の間に3発の仁王剣(ショックブレード)を打つ。旋風剣(タイフォーン)は旋風で竜巻を発生させる。内容は回転半径の大きい真空斬り(ソニックブレード)だ。仁王剣(ショックブレード)は剣を振り切らずに衝撃波を生み出す遠距離技だ。連続で三発放つ仁王剣(ショックブレード)を俺は三連剣(トライブレード)と呼んでいる。

 

この連撃で終わらないだろうが、パウロの動きで判断すればいい。俺独自の型に当てはめる。相手をこちらの型に嵌める。相手の型に嵌らない。剣術のやり取りはそこに尽きる。そのきっかけが攻撃ポイントの見切り。それが俺の剣術の神髄。

 

パウロが待ちの姿勢なら、いくらでも俺の剣技を見せてやる。それぞれを対処しようとしていつか取りこぼせばそこがパウロの負けだ。

 

パウロが旋風剣(タイフォーン)を無視する。正しい判断だ。そして3発の仁王剣(ショックブレード)を全て水神流で受け流す。しかし仁王剣(ショックブレード)の衝撃波の威力に僅かずつ態勢を崩し、勢いを削がれたパウロ。その一撃を今度は俺の水神流・(たち)で受け止める。受け止めたと同時にパウロの中の闘気が寸断され、ただの木剣の一閃になる。それを闘気で叩き返す。後退しようとして立ち止まらざるを得ないだろう。そうだ、あんたの逃げる先には旋風剣(タイフォーン)が待っている。旋風剣(タイフォーン)を甘んじて受けて動けなくならずとも、これ以上姿勢を崩せば、真空斬り(ソニックブレード)の餌食だ。

 

「くっ」

 

呻き声がパウロの呼吸を乱す。

俺は真空剣(メイデン・ブレード)を放つ。間合いは3歩。パウロは自覚する。これも遠距離剣技だと。パウロは闘気の無い木剣で受け止めようとして、できず、木剣を粉砕させる。

 

「僕の勝ちでいいですか?それとも北神流でまだ勝負しますか?」

 

俺はそう言いながら、パウロが諦めずに何かする可能性を探している。

 

「いや俺の負けだ」

 

パウロがその場で座り込んだ。

 

「勝者!ルーデウス」

 

リーリャが宣言して、俺が構えを解くと、ゼニスが走ってパウロへ駆け寄っていった。でも抱きつくことはできない。敗者、たった6歳の息子にもう飛び越えられてしまった父親。いくら彼の女であろうともそれを分かち合うことはできないだろう。慰めをパウロは望んでいない。それが解る母さまは良い女だね。

 

「ルディ、お前の攻撃、先読み、立ち回り。どれをとっても決して6歳の子供が手に入れられるものじゃない。師匠が俺じゃなおさらだ。周りが剣聖や水王クラスそんなやつがゴロゴロいる道場や剣の聖地ならそれも叶うかもしれないが、ブエナ村のこんな片田舎で手に入る強さじゃない」

 

パウロの独白。今の戦闘を思い出し、自分の経験に当てはめている。そして出た結果を口走ったようだ。

 

「お前は何者なんだ」

 

 

--パウロ視点--

 

自分の息子、生まれてこの方、この村を出たといえばロキシーといったダンジョントラベルくらいだ。それだってたった7日だ。それ以外に俺はこいつから目を離しちゃいない。ずっと監視していたわけじゃないが1日と空けず成長を見守っている。それくらい大事な一人息子だ。だが、今俺の前にいるコイツは何者だ。

 

「お前は何者なんだ」

 

父親としてそんな最低な言葉が口を出た。無残な敗北、自尊心、防御本能がそうさせたわけじゃ決してない。俺はそういうものを制御できる。歴戦の冒険者としてそれを受け入れる度量を持っている。でも口からでたのは……そうか、伝説の魔王にあって恐怖を植え付けられた。そういうことだ。腑に落ちた。恐怖を乗り越える術だって俺はもっているはずだった。その術を越える超越者が俺の息子の振りをして俺の前に立ちはだかっている。そんな気がする。

 

たった4歳で水聖級魔術師になった息子。とんでもない大天才だ。そいつが3流派全ての上級剣士に対して一つも魔術を使わず、闘気を自在に操り、剣技だけで勝つ。危なげなく勝つ。俺は手の打ちようもなくやればやるほど負ける気がして、最後は無茶な攻め手で無様に負けた。

 

戦いを思い出してみる。よくパーティで旅をしているときにギレーヌから剣神流の修行方法として教わったやつだ。合理を模索するための思案。俺はこいつが苦手だ。でも恐怖で立ち上がることもできないのさ。今やったって問題なんてありゃしねぇ。

 

最初の剣技はまるで魔術だったが、剣の太刀筋が異様なことからこれがなんらかの剣技であると判断した。それを見せ技として使ってくる。遠距離では不利だと意図的に判らせて、接近戦に誘い出す。俺が3歩の距離を一瞬で詰める。あいつはそれを冷静に見ていた。間合いが見切られている。それだけで驚きだ。無音の太刀を使うことを読まれていた。読んだからって回避できる代物じゃないだろ。剣の太刀筋すら誘導されていた。俺の横なぎの剣。息子はそこを掻い潜った。振り向きではこちらが有利。大人気なくいつのまにか対等の剣士として最大速度で旋回、息子を探す。でも別の剣技を使われて息子を見失う。危険を察知して距離を稼ぐ、ここで敗北が決まった。悔しくて唇から出血した。危険信号に抗えず、最初に選択した接近戦を止め、遠距離から技を見定めようとしたんだ。

くそっ。

それでまた別の剣技で詰められて終わり。どこで知ったのか俺が使えなかった水神流・(たち)まで使ってきた。(たち)は水聖剣技だぞ。多彩な剣技。こんなの新流派といっても良い。こいつは魔神流創始者、魔神ルーデウス・グレイラットだ。

 

納得すると、足の震えが収まった。それを見計らったように息子が言葉を発する。

 

「僕は僕ですよ。父さま、貴方の息子、ルーデウス・グレイラットです」

 

息子の固い声。

 

「あぁそうだな。俺の最高の息子ルーデウス・グレイラットだ」

 

俺は笑顔で応えた。俺は立ち上がり、いつからいたのか目の前のゼニスの手を右手で取った。そうしてリーリャのところまでいって左手でリーリャの手を取った。

 

三人で家まで歩く。

 

「あーあ、負けちまった」

 

涙が出そうだから斜め上を向きながら言った。

 

「ルディはすごいわね」

 

「坊ちゃまはおそらく七大列強に入ります」

 

「そうなの?」

 

「おそらく」

 

「入るよ。あいつは神話に名を遺す人物になる」

 

ゼニスとリーリャが二人がかりでハンカチを使って俺の目と鼻を拭ってくれた。

 

 

--ルーデウス視点--

 

パウロを剣術で圧倒した。ショックを受けたパウロだったが、憑き物が落ちたような顔で母さまたちと先に家へと帰って行った。俺はシルフと空き地に残された。

 

「すごいすごい、おじ様を剣術だけで倒しちゃうなんてすごいよ!ルディ!」

 

シルフが自分のことのように喜んでいる。屈託のない笑顔。でも俺は喜べない。俺の体感で70年近く前から勝とうとして勝てなかった存在。闘神や竜神と戦って勝ったり、生き残ったりするよりも越えたかった目標。それを乗り越えた。その感慨深さはある。でも同時にやってしまったという思いが心を支配した。

 

やるべきではなかった。もっと相手に逃げ道を用意するべきだった。全盛期だったら勝てたくらいの言い訳をさせてやるべきだった。魔術を使われたから負けたと言わせてやるべきだった。俺はそれを望んではいなかった。だから言い訳を封じた。そこが浅薄だった。俺はパウロのことをただ越えて行ったハードルと思うだけで良いのだろう。でもパウロはどうか。6歳の息子に負けたという十字架を一生背負わなくてはいけない。そんな必要どこにもないのに、相手は転生者で実際は自分よりずっと長く生きている相手なのに。ズルされたのを知らず、負けの苦しみの中で生きていかなければならない。

どうして俺はそれに気づかなかったんだ。相手をボコボコにしていい気になっただけじゃないか。

 

俺は最低のクソ野郎だ。でももう引き返せない。事象は確定した。パウロはこの十字架を乗り越えるのだろうか。さっきの表情なら大丈夫そうだが。もし難しいなら俺は乗り越えるための手伝いをする義務があるだろう。

 

--

 

家に着いた俺はパウロを探し、すぐにリビングにいる彼を見つけた。

 

「父さま、旅を許してもらうにあたって、やっていただきたいことがあるのです」

 

「なんだ。言ってみろ」

 

意外に元気な声音だ。大丈夫なのかもしれない。

 

「ロアで調べることがあるので、フィリップさん、サウロスさん、ギレーヌさんへの手紙をそれぞれお願いします。手紙を持ってロアに行き、調査をしたら3か月ほどで帰ってきます」

 

その後の予定も伝えよう。

 

「その後、間を置かずにアスラ王都にまた6か月ほどの旅程でいってきます」

 

あぁこれも言っておかなければ。

 

「それと」

 

「まだあるのか」

 

最後に弟子のシルフの状況について俺の思いを話した。

シルフは俺に依存し始めている。その兆候を放置すれば、彼の成長に悪影響を与えると思われる。よって俺の旅へは連れて行かずにブエナ村に残していく。だが彼は依存対象を失って不安定になると思われるので、不安定さを乗り越えさせるために何かをさせて欲しい。

それから幾つか用意した『シルフにやらせたいこと』を説明した。まず考えたのが村の手伝いだ。彼は全ての属性において上級魔術を無詠唱で使える。それを活かして村の警護をさせて経験を積ませたり、治療院の手伝いができる。次に考えたのが我が家の手伝いだ。ゼニスたちが出産後は子育ての手が足りないので手伝いをさせること、父さまに頼まれたお風呂を作成するので、そのお湯の管理を彼に任せることの2つがあると思う。最後に別の習い事としてリーリャに頼んで宮廷式の礼儀作法を習わせるのも良い。

尚、彼は将来的には魔法大学に進学すると思うので、我が家の手伝いをする場合は給与(おこづかい)をあげて欲しい、と付け加えた。

 

「わかった。いいだろう。ロールズにはこちらで上手く言っておく」

 

「よろしくお願いします」

 

俺はそのまま自室に戻った。シルフが待っている。もう家にいられる時間は少ない。今日からは重力魔術も教えてやろう。

 

 

--パウロ視点--

 

しかし、ロールズの娘のことまでよく考えている。さらっと聞き流したがよく考えると全ての上級魔術を無詠唱で使えるってとんでもないな。ルディの教え方が上手なのか、あの子に素質があったのか、それとも両方か。少なくともルディはすごいやつだ。

 

「ん?今、ルディはロールズの娘のことを彼って言わなかったか?」

 

パウロはそれがとても良くないことのように感じた。

 

 




地下室の在庫(ルーデウス6歳と2か月時)
 ・ルード鋼 2,000個以上(+700)
 ・ルード剣 1本(New!)
 ・前世で起こったイベントの内容、要因とその後をまとめた前世日記
 ・魔法陣の下書き
 ・この周辺のダンジョンの位置とダンジョン内の情報
 ・紫の魔石(小)
 ・シルフィに教えるための重力魔術の教本(New!)
 ・クーエル草の種100個(New!)
 ・カズミザミの花100個(New!)

★タイトルはスレイヤーズすぺしゃる6巻「打倒!勇者様」をインスパイアしております。

次回予告
草、花、木。
環境さえ整えば、どこにだって生えている。
時には煩わしいこともあるけれど。
でも生きてくのに必要なんだ。

次回『母との一日』
あなたが元気で居なくては、何もかもが始まらない。

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