無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第037話_不調

---お節介で碌でなしの家庭教師と禁書教本(もちだしげんきん)---

 

無事シルフィとデートを終わらせた俺はロキシーへの返事を書いた。その内容には、以前見逃したダンジョンの蜘蛛を倒した話、剣術でパウロに勝った話、シルフィを魔術の弟子にした話を書いたが災厄の話が出てこないような無難なものになった。

そこからアルカトルンと商業都市ムスペルムにルード商店を開店する計画を立てる。期間は1か月だ。

アルカトルンはドナーティ領に近いため砂糖や毛糸の取引が盛んでゼピュロスに目を付けられずに商売するのに適している。当然、ドナーティ領自体に進出した方が利益は出るだろうが、ロキシーの助言もあって出る杭にならないように配慮した方が良いだろう。

一方、ムスペルムはミルボッツ領からのワインとさらにその先のウィシル領を通じてシーローンやミリス神聖国の商品の内、2級品のものが多く流れている。その理由を商人組合で聞くと、なんでもアスラ商館の本店は査定が厳しく質の良くない業者は2度と使ってくれないらしい。だから1級品だけが王都アルスに持ち込まれるという。そうであっても、商隊は襲われやすいために少し質の悪いものも含めて多めに積み荷を用意するそうだ。そのためアスラ王国に入って安全が確保されると積み荷をウィシル領で整理し、2級品は処分する。ウィシル領で処分される処分品はアスラに流れずウィシル領内と隣接するミルボッツ領、そこから流れてフィットア領に至る。これらについても直接、各地の領内に出店した方が稼げるだろうが、アルカトルンと同じ理由で危険なことに巻き込まれないように配慮する。

計画を立て終えると、まずは店舗毎の商い行為許可証が必要なのでチェレンガンのところに行き、2店舗目と3店舗目の許可証を受け取った。

そうしてムスペルムから出店に着手する。順序には特にこだわりはない。どちらからでも良かったので町の規模の大きいムスペルムから着手したに過ぎない。ムスペルムでの出店作業が順調に進み3日で完了すると、俺はアルカトルンに移動した。作業期間は同じくらいの日数を見込んでいたのだが、アルカトルンで出店先の店舗を探しているとき面倒事に首を突っ込んでしまう。

 

町を歩いていると路地裏から小さい声で話し合っている声が聞こえる。聞き覚えのある声だと思って声のした方を覗いてみると、そこで少し勝気そうな軽装のズボンを履いた女と地味を絵にかいたような女の2人組が言い合いをしていた。

 

「どうして姉さんはそう大雑把なんですか」

 

「どうしてって言ったってゴメン、シェラ」

 

「ゴメンって言われてもこれじゃぁ、どうやっても依頼が果たせないですよ……」

 

「だからゴメンって」

 

「はぁ。とにかく宿に戻ってから考えましょう」

 

やはり前世で聞いたことのある声だ。顔は俺の記憶よりずっと若いが、面差しが似ている。何かのトラブルだろうか。少し気になって後を追った。

追いかけて行くと2人は近くの宿へと入っていく。俺は仕方なくバルバトスを召喚し、状況の調査を依頼した。

その間に店舗を決め、店を購入。さっそく転移ネットワークを作成する。そして、一旦ブエナ地下室に行くと教科書用の紙と羽ペンの予備を持ってバルバトスとの集合場所に向う。

町の中央広場に到着するとバルバトスが噴水前で立っているのが見える。見えると同時に相手もこちらを感知したようでバルバトスは俺の方に駆けてきた。相変わらず無言のバルバトスに紙と羽ペン、土魔術で作った薄い石の下敷きを渡すと、1つ頷いて報告書を書き始めた。

バルバトスの書いた紙の内容によるとヴェラが冒険者ギルドでDランク依頼と間違って討伐系のCランク任務を受けた。アスラ王国でCランク任務は少ないので運が悪かったと言える。しかしなぜそんな凡ミスをしたのだろうか。もう少し調査させれば判るかもしれない。そう考えた俺はバルバトスに魔力を補充し、彼女らの動向調査を継続させた。細かいことが判るまでは俺の方はアルカトルンの出店作業を進めていこう。

 

それから2日が経ち、さらに詳細な情報が入って来た。元々彼女たちはこの地方にいくつかあるダンジョンの攻略をしていた。あるとき東のダンジョンが一気に攻略されてしまったらしく、それらを攻略していた冒険者チームが何チームもアルカトルン周辺に流れてきたらしい。そしてこの地域のダンジョンの競争率が上がり、食いっぱぐれた彼女たちはダンジョン攻略を諦めて冒険者ギルドの依頼をこなして旅費を稼ぎ、もっと北西へ移動する予定だった。だが、しばらく冒険者ギルドの依頼をしていなかったので気が抜けていたヴェラが凡ミスをするに至ったというのが顛末のようだ。

そして討伐系が少ないアスラ王国で討伐任務が出ていたのは、討伐に出た村の騎士が敢え無く返り討ちに遭い、周囲の下級貴族や騎士が怖気づいた結果のようだ。サウロス配下だというのにこの体たらく。少し情けない気もするがロアから離れた都市や村ともなればこんなものなのかもしれない。

さて、そんな状況でこの依頼を受けてしまった2人。シェラが怒るように、この討伐任務は手数が少ない女2人ではランク以上に達成が難しいのかもしれない。そして達成できなければ違約金を払う必要がある。話を聞くに、その金を払ってしまったら彼女たちの今後の生活にも大きく影響があるだろう。あるとき東のダンジョンが軒並み攻略された事案については俺が無関係というわけでもない。それに前世でパウロが死ぬまで付き従ってくれたメンバーだということも考慮すると、そっと手伝ってやるのも良いだろうという気がしてきた。

余計な干渉をして未来が変ってしまうのではないか。少しの迷いがあった。考えている間にアルカトルン支店の開店作業が一段落すると、心配で付けていた見張りのバルバトスの所に行った。バルバトスはいつも通り黙っていたが、俺が本心でどうしたいかは自明である。溜息を1つ吐き、結局、俺は対象の村にいって状況を確認してみることにした。

 

--

 

スパルナに乗ってアルカトルンの北に位置するセゲジン村へと来た。上空から見ると村の北側の家の何軒かで煙が燻っており、襲撃の爪跡を残している。見張り櫓も倒され、村の住人は既に避難しているのか上空からでは人の気配を感じることはなかった。

上空から村を一望した後に西手にある丘に降り立つと、俺はバルバトスB(ヴェラ、シェラを追跡しているものとは別)を召喚して村の調査に行かせた。

俺は時間を有効に使うためにロキシー人形の製作に取り掛かり、バルバトスの帰りを待つ。1刻程してバルバトスBが戻ってきて俺に筆談で報告した。

 

報告によると、

 セゲジン村から住民は全員避難していて誰もいない

 足跡からターミネートボアらしきものの数は5

 またアサルトドックは20体以上いる可能性がある

という大規模な集団だった。絶対に彼女たちでは倒せないだろう。最悪、無理をすれば命を落とす案件だ。しかし、なぜそのような大規模な魔物集団が発生したかということは気になる。アスラ王国内では定期的な魔物討伐を王国軍が行っていて数が少ないはずなのである。理に合わないことの裏には別の何かがある。俺はバルバトスBに魔物集団がどこから来てどこへ行ったかの追跡調査を依頼した。

俺は思索に耽った。バルバトスBを待っている間もロキシー人形の製作を続けるつもりだったのに、集中力を欠いて製作作業は中断している。その理由は明白。

これが転移事件に関係しているかもしれないからだ。今は手元にないが転移事件の前後のことは未来日記になるべく詳細に書いておいたし、転移事件までの作業のために何度も読み直し、検討した部分だ。

それによると転移事件が起こる前、偶然かは分からないがアスラ王国では魔物の大暴走(スタンピード)が起きている。俺の10歳の誕生日の前に大暴走(スタンピード)は起こり、パウロは俺の誕生日に来ることができなかった。そういう話である。また、俺は転移事件が起こる瞬間のこともはっきりと思い出せる。あのときギレーヌが眼帯の下の魔力眼を使って大規模な魔力がロア上空に解放されようとしているのを見て驚いていた。

魔力溜まりによって変貌する魔物たちがそのような高濃度の魔力にさらされるとき、どのような反応を示すかは良く分かっていないが、行動を狂わせて大暴走(スタンピード)を招く可能性は否定できない。地震の前に家畜が騒ぎ出すとかいう話に似ていて信憑性は薄いのだが、魔物の大暴走(スタンピード)が現世において転移事件がいつ起こるかを知る1つの指標になるかもしれないのである。

とするなら、このような状況を見過ごすわけにはいかない。今回のセゲジン村の魔物襲撃事件がその大暴走(スタンピード)の1つで、かつ転移事件の予兆なら事態は差し迫っているのだ。

そうして2時間が過ぎて満身創痍のバルバトスBが戻ってきた。シーフ能力に長けたバルバトスBが命じたわけでもなく戦闘を行ったということに不安を掻き立てられる。そして、彼は報告を書くとその場に座り込み、精霊構造を分解して無へと帰した。

 

ゾワリ。

 

不安は大きくなり、俺は報告書を急いで読む。その報告書によると、

 村を襲った魔物は1時間程北に歩いた場所にあるダンジョンから現れたこと

 その魔物はまたダンジョンへと戻って行ったこと

 ダンジョンの奥には大量の魔物が(ひし)めいていること

と書かれている。

報告書を読んで、しかし不安は小さくなった。

 

ダンジョンから溢れるほどの魔物。それも妙な話だが、溢れたとしてもなぜそれが1時間も南にある村まで行ったのか。本来、ダンジョンは魔力で魔物を惹き付けて離さない。ダンジョンが周囲の魔物を引き寄せれば引き寄せるほど周辺の魔物は減り、安全が確保されると言っても良い。謎は深まってしまったが、大暴走(スタンピード)ではなさそうである。焦ることはない。それならと、俺はアルカトルンのルード商店からロアを経由してブエナ村まで帰った。

 

--

 

翌日、同じ調子でセゲジン村まできた俺は、バルバトスBが伝え残したダンジョンを探しに北へと進んだ。残念ながら上空からでは魔物の足跡を見失う恐れがあったので今回はフェンリルだ。乗って来たスパルナを待機させ、フェンリルとともに足跡を追っていく。

 

フェンリルの四肢で20分ほど走ると、目的のダンジョンが見えた。ご丁寧にバルバトスBがダンジョン入り口に符丁を付けている。俺はフェンリルから降り、フェンリルに前衛を任せる。ダンジョンの罠を注意するためにバルバトスCを召喚してシーフ兼後衛とする。1日に3体の神獣召喚。いつのまにか魔力量が増大し苦にならなくなった。

 

ダンジョンに入っていく。魔物が出るまではバルバトスが先頭を歩くはずだったが、入ってすぐに大量の魔物が居る。ぱっと見てわかるのは、ターミネートボア、アサルトドック、ダンジョンタイガー(ダンジョンに住む虎、Dランク)、スカラベ(コガネムシのような甲虫類で、大きさは人の背丈の半分程ある、Dランク)だ。バルバトスを下げて後衛とし、魔力量を温存すべきという判断から俺は魔術ではなく剣を構える。陣容が固まるとフェンリルが突っ込み、蹴散らしていく。入ってすぐの一部屋目が片付くと、奥から奥からゾロゾロと魔物が出てくる。とりあえず後から出てくる魔物はフェンリルに任せて、一部屋目の罠確認とドロップの回収をバルバトスCに指示する。バルバトスCがOKを出してから中に入る。フェンリルのところまで行き、次の部屋を見る。

敵の様相は同じだ。フェンリルにGOを出し、同じことを繰り返す。1Fが掃討し終わるまでに魔石が12個、フェンリルのおかげで楽なのだが時間はかかった。普通のダンジョンの5、6倍の魔物がいる。相当に魔力の大きいダンジョンなのだろう。

B1Fへと降りると、スケルトンソルジャー(ダガーとシールドを持ったスケルトン、Dランク)が追加された。

フェンリルがそれらを倒していく、時間短縮と訓練のために俺も水神流・第肆奥義 剥奪剣を使って敵の予備動作にカウンターとなる闘気の斬撃を飛ばす。これだけ沢山の魔物がいるならば旋風剣(タイフォーン)でも良さそうだがフェンリルの邪魔になりそうだった。B1Fにも罠や隠し扉はなし。

 

B2Fに行くと変化があった。まず出てくる魔物がアンデッド系のみの編成へと変わった。スケルトン、スケルトンソルジャー、獄門鳥(大きな鳥の骸骨、Cランク)、ロトンビースト(大きな獣の骸骨、Bランク)、この辺りでは見ないランクの魔物もいる。そして、どんどんと先へ進んでいくと不思議なことに、B3Fへと進む道と別のB1Fに戻る道があるのだ。

 

理由はないが俺はB1Fの道を選んだ。その先もアンデッドの巣窟。でも、ロトンビーストはいない。洞窟の壁はそれまで土壁だったものがこの道に入ってから青銅色の土レンガになっている。そうして1Fがあり、魔物はほとんどおらず外に出た。

外に出て振り返ると幽鬼のようにおどろおどろしい屋敷がある。屋敷のダンジョン。人間が作ったものというよりは人間が作るものに擬態しているように見える。それと俺が入って来たダンジョン。2つのダンジョンが繋がってB2Fは屋敷のダンジョンの魔物が占めた。いままでB2Fより下にいた魔物は押し出されてB1Fや1Fへ。正確な所は判らないが想像はできる。もし押し出された魔物がそのスペースに入りきらなければ……ダンジョンの外に出るだろう。

1つのストーリーを組み立てて納得した俺は元来た道を戻らずスパルナを使ってアルカトルンを経由してブエナ村に帰った。

 

--

 

そこからはちょっと面倒な作業だった。まずセゲジン村とダンジョンの間にある魔物の足跡を消し、森からみつけてきた野良のターミネートボア1匹とアサルトドック3匹を重力魔術で運んできて村の近くに作った穴に投げ入れて飼った。そしてヴェラたちが来るのを待ち、彼女たちが来たところで解放する。

 

「姉さん、いたわ」

 

「わかってる、シェラ。アサルトドックは引き付けるから、猪を牽制して!」

 

シェラが呪文を詠唱する。

 

その間にもヴェラは3匹のアサルトドックを躱し、躱しきれない攻撃を左手の盾で受け流す。だが、態勢をくずしてどんどんと劣勢になっていく。彼女たちでもこの程度は倒せると思ったのだが、意外に苦戦している。

 

「くっ」

 

このままではヴェラが危ないので、仕方なくバルバトスの弓で死角から援護した。アサルトドックの1体に命中し動きを鈍らせる。その間にヴェラが態勢を立て直し、2匹を捌いて、その内1体に反撃を繰り出す。バルバトスの弓矢は精霊の塊なので暫くすると霧散して傷跡以外は残らない。バレることはないだろう。

ヴェラは次第に優勢になっていき、弱った3匹目を屠った。シェラは火球弾(ファイアボール)をターミネートボアにあてるが威力が弱すぎる。魔力切れか逃げながらの魔術詠唱で息が切れたのか、ゼェゼェと肩で息をし始めた彼女のところにヴェラが合流し、2人の奮闘によりターミネートボアは力尽きた。激闘であった。

 

「やったわね!姉さん!」

 

「うん。3匹目が途中で手負いになった気がしたのだけど……」

 

「? まぁいいじゃない!これで依頼が達成できるんだから」

 

俺は彼女たちの戦いを見届けると2つの結合したダンジョンを攻略して、この事件に幕を引いた。

 

--

 

事件の後、アルカトルンとムスペルムの支店が軌道に乗りはじめた。フィットア以外の地方領から入る物品を使って転売を加速させようと思った俺は、様々な物品を買い付けてアルス南支店のエビスに持って行った。しかしエビスは渋い顔をした。理由を聞いてみると、アスラ商館が弾いたウィシルからの2級品を店舗で売らない方が良いという意見であった。またドナーティやミルボッツから来たものも現地でアルスに向けて輸出しなかった物が多く、こちらも結局は2級品であろうということだった。もし、販売するならばそれらを原料に一次加工した商品のが良いという。一次加工について考えてみたが良い考えが浮かばず結局はロアで捌いた。なかなかに商売は難しい。

この1か月の間には商売だけでなく当然、日課の剣術の訓練、魔力増大訓練を行った。それとシルフィへの課題を作るために禁術を含む3冊の魔術の教本を作成した。

 

 1.良く使う治癒魔術 著者:ルーデウス・グレイラット

  治癒魔術の初級、中級、上級

 

 2.良く使う解毒魔術 著者:ルーデウス・グレイラット

  解毒魔術の初級、中級(一部)、上級(極一部)

 

 3.禁書―結界魔術とその原理

  結界魔術の下級、中級、上級、聖級

 

解毒魔術は詠唱が長くて数が多いので忘れたものがいくつもある。俺が忘れていても、もしかするとゼニスが知っているものもあるかもしれない。それと結界魔術は中級以上がミリス神聖国によって秘匿されているため禁書とした。

 

--

 

商売の話に戻そう。1か月が経ち、さらに資金を稼ぐことにした俺には王竜王国に行くか魔法三大国のどちらかに行く選択肢がある。どちらにせよ国外商品をアルスで売ると国に目を付けられる。よって、どの国に行っても行えるのはその国での国内取引で、王竜王国に行っても属国であるシーローン・キッカ・サナキアとの取引が商館経由になるのか、魔法三大国のラノア、ネリス、バシェラントの取引が商館経由になるのかによっては取引規模の大きさが変わるし、そもそも国毎にアスラとは違う商慣習があるかもしれない。ただこの時期の中央大陸北方が雪に閉ざされているという理由で南方の王竜王国を目指すことにした。

王竜王国に行く方法については、『移動はスパルナを使ってウィシル領から赤竜の下顎を通って密林地帯に入る。密林地帯では魔力溜まりとダンジョンを探しつつ進み、最終的に王竜王国に到着する』という段取りにした。シーローンなどの小国を通らずに熱帯地帯を通る理由はそれぞれの国で店舗を構える前に先に大国で根を張るためである。アルスでも感じたことだが、大国の首都ともなると相場が高く本や食器の売れ行きも違う。そういう意味であまり目立たず昼間も飛ぶために熱帯地帯を選んだ。また、熱帯地帯では同時に魔力溜まりを探す。その理由はブエナ地下室の魔力量に対してマリアが管理するイーサが増えてきて、魔力の供給不足が起こる可能性があり、もし供給不足が起こると転移ネットワークが消失し、各ルード商店が機能しなくなる上に復旧にはかなりの日数がかかるためだ。つまり、足りなくならない内に余裕を持って地下室を拡張した方が良いのだ。新設した地下室にテレサを全て移動させる計画とした。

アルカトルンとムスペルムは1日毎にブエナ村に帰っても作業が出来ていたが流石に王竜王国は遠く、効率も悪い。それならと俺はワイバーンの出店(移動と開店作業で約1か月)、ミリシオンへの出店(移動と開店作業で約1か月)、ロアに滞在してエリスの10歳の誕生日を祝う(ダンスの練習、約1か月)の旅程を計画して3か月の旅に出ることにした。

戻ってくる頃には妹たちは歩き始めているだろう。両親たちはいろいろな思いがあったようだが笑って送り出してくれた。しかし、シルフィには「また旅に出るんだね」と少し拗ねられてしまう。拗ねた顔も可愛いくまた惚れ直してしまった。そんな彼女の機嫌を取るべく俺は新たな魔術教本での勉強を言い渡す。ついでに解毒魔術については不明な部分を調べてくるように伝えて、細かいやり方はシルフィに任せた。俺は彼女に甘すぎるかもしれない。でも一人の女を愛するならこれくらいして丁度良いのだ。

 

そう、最近のブエナ村での生活を通して俺は遂に心に決めた。俺を愛してくれるシルフィだけを愛する。エリスやロキシーには申し訳ない気もするが、シルフィは俺を愛してくれている。何がいけないのか?何度も自問自答をしたがシルフィを愛せという答えしか出てこなかった。俺は前世の焼き直しがしたい訳ではない。エリスやロキシーも自分の意思で人生を歩んでいくはずだ。彼女達の心の中にはもしかしたら俺への愛の因子が燻っているかもしれない。

でも……

『なんで謝るんだ? こういうのは、早い者勝ちだろう?』

『まあ、そうですが』

昔ルークにそう言われて俺も同意した。愛は早い者勝ち。だがあのときの俺は矛盾していることに気付いていなかった。俺にとって早い者勝ちならシルフィにとっても早い者勝ちだろう?シルフィが俺を愛していて俺がシルフィを愛しているなら、その道理を曲げる理由はない。

 

--

 

ワイバーンとミリシオンへの出店を終えて、それから少し寄り道をしてから俺はロアへと戻ってきたせいで、到着の日程は少し遅くなってしまった。それでも遅れ過ぎないように急いできたのだが。フィリップとサウロスに挨拶し、廊下に出るとそこにヒルダが待っていた。

 

「約束は守ってくれるようね」

 

「はい。無事、間に合ったようで何よりです」

 

「何がそんなに忙しいのかは知らないけれど、エリスは喜ぶと思うわ」

 

「そう……ですか」

 

今、何か違和感があった。全てのことが順調に見えていたのに。胸が苦しくまともに呼吸ができない。目の前がボンヤリと歪んだ。最近、時々くるヤツだ。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

いつのまにかヒルダの大きな胸が目の前に来ていた。下がった目線を無理やりあげると心配そうにのぞき込まれている。

 

「えぇ……すみません。少し眩暈が。急ぎすぎたようなので部屋で休んできます」

 

俺はいつもの客間へと覚束(おぼつか)ない足取りで歩き出した。その日はそのままベッドに倒れ込む。途中、目が覚めたが時間が判らなかったので夕飯は諦め、限界まで魔力を使い切ってから寝た。魔力に異常はない。不調の理由が何だったのかは良く分からない。

 

--

 

次の日の早朝、俺は剣術訓練をした。エリスとギレーヌも訓練をしていたが、こちらからは距離を取っている雰囲気を感じる。無理に話す気にもなれずそのまま自分の訓練を終えると、身体を拭きに自室に行き、それから朝食を摂りに食堂へ向かう。

食事を食べ終わってもエリス達の自習の確認やダンスレッスンの状況を確認するつもりで俺は席を立たなかった。

 

「昨日の夜は食べなかったようだけど体調は大丈夫なの?」

 

昨日のことがあったせいかヒルダが心配してくれている。その姿がゼニスと重なった。既にサウロスが席を立ち、フィリップとほぼ同時にヒルダが食事を終えたところだった。

 

「ええ。朝の鍛錬をしても問題がないくらいでした」

 

「そう、食べなかったのだから足りなければお代わりなさい。成長期でしょう?」

 

ヒルダの言葉とともに給仕のメイドが近寄ってきたが俺は不要であると身振りで伝える。

 

「お心遣いありがとうございます。でも疲れが出ただけのようですからお気になさらないように願います」

 

「そう、ルーデウス。貴方こそ気遣いは不要ですよ。私は貴方のこと息子のように思っていますから」

 

言葉に詰まった。昔も10歳の誕生日にそんなこと言って抱きしめてくれたんだよ。でもエリスの気持ちには応えられない禄でもない男です。現世の俺はシルフィを愛すると決めた男です。俺はシルフィが大事です。っと返事が遅れてしまった。

 

「……勿体無いお言葉。私には既に2人も母がいるので困ってしまいますね」

 

誰も何も言わなかった。かなりすべった気がした。エリスの顔を見てはいけない気もしたので、隣にいるギレーヌとその先のエリスの表情は判らない。

 

--

 

大人達が去り、給仕たちが皿を下げた後の食堂でいつもの自習が始まった。勉強を始めて10か月というところだが、2人とも読み・書きをほぼマスターしている。算術については四則演算の基本は理解しているが、暗算が苦手だったり、桁数が多くなると間違いが多くなるという苦手分野があるようなので追加のドリルでそういうポイントを潰していけるようにしよう。あとは漢字ドリルのような書きを練習するためのドリルが必要だな。そう考えているとすぐさま自習の時間が過ぎた。静かな1時間だった。

勉強が終わったエリスに声をかけた。

 

「エリス、ダンスの練習はどう?」

 

「そんなことより、久しぶりじゃない」

 

「そうだね……久しぶり。昨日来たときに挨拶できなくてゴメン」

 

謝ったのにエリスは逆に口を尖らせた。

 

「ルディ!ちょっと本当に疲れてるんじゃない?」

 

疲れてるんだろうか?身体に疲れはないんだが。

 

「ギレーヌ、俺、変ですか?」

 

「おまえはだいたい変だから良くわからんが、他人に尋ねるくらい自信がないならもう1日寝ていろ」

 

「そうですか……」

 

俺は悲しい顔をしていたと思う。

 

「ルディ。前にも言ったが、子供らしくしていろ。この屋敷の方たちはそんなことで怒るような方ではない」

 

「はい……」

 

俺は反論するのも違う気がして諦めて自室のベッドに戻った。

 

--

 

ベッドで寝ていると部屋に誰かが入ってきた。そっと入って来たと思うので寝たままでいよう。大丈夫、この屋敷は安全だ。ギレーヌがいれば暗殺者が来るわけない。

 

そう考えて対応もせずにいた。どれだけ経っただろうか、不意に頭を撫でられた。ゴツゴツと柔らかさが奇妙に融合しているその手は不器用な感じがしたが、優しい手つきだった。手が離れると立ち上がる気配がする。

 

「何やってるのよ……相談くらいしてくれたっていいじゃない」

 

彼女が出て行って扉が閉まると、俺の頬から涙がこぼれてベッドに吸い込まれていった。俺はシルフィだけを愛すると決めた。その意味を知った。

 

 




次回予告
人に言えない秘密も災害を回避できるかという不安も
実は相応の経験がある。慣れるとは違うが我慢はできる。
自分は力も大したことのない、ちっぽけな奴で、
なのに後悔はなるべくしたくないという人並みの欲望の持ち主。
そういう自己分析も出来ている。
だから他力本願というか、皆の力を集めて立ち向かうのを良しとする。
今回もその定石から外れてはいない。
でも上手く行かない。どうして。なぜ。
考えれば考えるほどに居心地が悪い。
ストレスが嵩む。

次回『ラトレイアを狙う者』
これは現実逃避であり、布石であり、チャンスですらある。


ルーデウス7歳と9か月時

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え3着
 ・それなりに上等な服
 ・パウロからもらった剣
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・魔力結晶×7 (転移ネットワークの設置に利用-5、ダンジョン攻略+4)
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・魔石 (多くなったので以後は地下室へ保管)
  黄色(大)
  紫色(小)×15 (New、ダンジョン攻略で入手)
  水色(小)×8  (New、ダンジョン攻略で入手)
  赤色(小)×7  (New、ダンジョン攻略で入手)
  緑色(小)×4  (New、ダンジョン攻略で入手)
  紫色(中)×10 (New、ダンジョン攻略で入手)
  水色(中)×3  (New、ダンジョン攻略で入手)
  赤色(中)×2  (New、ダンジョン攻略で入手)
  緑色(中)×2  (New、ダンジョン攻略で入手)
  黒色(中)    (New、ダンジョン攻略で入手)
  緑色(大)    (New、ダンジョン攻略で入手)
  青色(大)    (New、ダンジョン攻略で入手)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
  ダイコク
  エビス
  フクロクジュ (New)
  ジュロウジン (New)
 ・ルード鋼100個
 ・商い行為許可証inフィットア領×3 (+2)
 ・商い行為許可証inアスラ王領
 ・アルマンフィ人形:Ver.立ち姿
 ・ゼニス人形 (削除、後述)
 ・ロキシー人形 (New)
 ・ラトレイア家人形 (New、後述)
 ・ミグルド族秘伝の香辛料×2袋 (New、後述)
 ・ハリスコのカトラス (New、後述)

ブエナ地下室
 ・復興資金:28401枚 (+7770)
 ・魔力付与品(マジックアイテム) (以後、装備棚へ)
  長剣(未鑑定)  (New、ダンジョン攻略で入手)
  両手剣(未鑑定) (New、ダンジョン攻略で入手)
  上着(未鑑定)  (New、ダンジョン攻略で入手)
  マント(未鑑定) (New、ダンジョン攻略で入手)

★副題はロクでなし魔術講師と禁忌教典からインスパイアを受けています。

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