無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第041話_起動フラグ

---大事いだしたりしは思ひの外なる事かな---

 

もう災厄に対して俺が主導して準備することはなくなった。フィリップの避難計画や復興計画を確認する必要はあるだろう。

その前にやらなきゃいけないこと……必須ではないが。色々考えた末、俺はオルステッドに会った時のための準備と1つの指輪を作ることに決めた。

そう指輪だ。この時のために1年半で集めた500個以上の大小さまざまな魔石の中から、緑色のキレイな魔石だけは売らずに選り分けておいたのだ。その魔石の組み合わせをみながら依頼するためのデザインを描く。デザインが完成すると、ネリス魔道具工房に行き、炭鉱族の技士を捕まえてデザインを見せ、銀の土台に緑の魔石が付いた指輪を注文した。ただ技士にリングサイズを聞かれて俺の胃が逆流しかける……前世では一緒に買いに行ったことしかないのでリングサイズで困ったことはなかったのだ。返事ができないでいると、技士から合わなかったときのために首からかけるネックレスも用意できますよと説明された。それを先に言ってくれよ。

 

俺の誕生日まで後3か月。そろそろ時間だと思い久しぶりにサウロス邸を訪れた。エリスに気付かれないように屋敷へと入っていく。フィリップの執務室をノック。中から扉が開き、執事のアルフォンスが俺の顔を見てから「どうぞ」と声をかけた。招きにしたがって部屋に入り、挨拶する。フィリップが仕事の手を休めて俺の方を見た。

 

「お久しぶりです。フィリップ様」

 

「おお!今までどこに行っていたんだ」

 

 

「何かあったのですか?」

 

「その様子だと自宅にはまだ帰っていないね」

 

「はい」

 

「家出したんじゃないかと大騒ぎになっていたよ」

 

「え?」

 

「半年の旅に出て1日しか実家にいつかなかったらしいじゃないか。しかもその後、1年半も音沙汰なしで。君にしてはお粗末だと思うのだが何かあったのかい?」

 

「お金を稼ぐのに必死だっただけです」

 

「そんなに大変なら大人たちに手伝ってもらえばいいじゃないか」

 

「心配してくださったんですね」

 

「特にエリスがね」

 

「……そうですか。今日、伺ったのは2つのお願いがあるからです」

 

「聞こう。座りなさい」

 

俺は応接セットの長椅子の真ん中に座った。対面にフィリップが座る。

 

「避難計画と復興計画が完成していれば見せてください。それと僕の10歳の誕生日パーティーをここで開いていただけませんか?」

 

「どういうことだい?」

 

「占いの結果を整理したところ、この災厄を発生させなければいけないことが判りました。災厄を防ごうとすると更に不幸な災厄が起こります。そして赤い珠による災害を起動する要因の1つが僕の誕生日パーティーかもしれません」

 

「君の願いについては対応させてもらうよ。それで、こちらからも連絡することがあるんだ。ペルギウス様によるとあの赤い珠の力を防ぐことは不可能ということだよ。このことは君の願いとも一致するからまぁいいとして、時間のスケアコートの能力で、発生する前の魔力の高まりを抑えて脱出する時間を稼ぐことが恐らくできるそうだ」

 

「それは凄い……いえ、情報ありがとうございます」

 

俺は立ち上がってフィリップに一礼すると、避難計画と復興計画の写しを手に実家に帰った。

 

--

 

実家の門をまたぐと1人の少女がキャッキャと走って来たが、俺の顔を見て目をぱちくりさせた後、止まった。

 

「だあれ? なんかよう?」

 

「ノルン、おにぃちゃんだよ」

 

「ちらない」

 

それもそうか物心付いたのは最近のことだろうしな。ノルンが怖がりそうなので門から中に入れずにいた。

 

「ノルン、目の届かないところにいってはメっですよー?」

 

「おかーたん、ちらないひときてあ」

 

「え?まぁ?! ルディ!」

 

「お母さん、ただいま」

 

ノルンとこんなに仲良さそうなリーリャ。本当に家族になれたのかな。

 

「どこに行ってたの……」

 

そう言いながら近づいて来たリーリャは俺を平手打ちした。自己治癒魔術は……いらないな。何もできないでいると、リーリャがギュっと抱きしめた。でも俺は抱きしめ返すことはできなかった。

 

「すみません、お母さん。何か騒ぎになっていたようで」

 

「いいの、家の中に入りましょう」

 

「おかーたん、ないてゆの?」

 

「ないてないのよ。ノルン」

 

自分の部屋に荷物を置いた後、2人の待つリビングに戻るとリーリャとソファに並んで座った。リーリャは何も言わずに俺の手を握っている。ノルンは最初、リーリャの膝の上に居たが、俺が兄だと説明されると「おにぃたんおにぃたん」と連呼して、いつの間にか俺の膝に収まった。ノルンは大きくなった。アイシャもだろう。こんなに体重が増えて。何度か頭を撫でると、「なぁに、やめて」と笑って言い返してくる。楽しそうだ。そんな風にしていると、外から馬の足音が聞こえて玄関からただいまの声がした。声でわかる、ゼニスだ。父さまとアイシャと遠出していたみたいだな。ノルンが俺の膝を降りてママと言いながら玄関に駆けて行く。入れ替わりにアイシャがリビングに来た。

 

「ただいま、おかあさん、ノルンねー。……おにいちゃん?」

 

俺を見て眉を顰めたアイシャ。だが状況から推察した彼女は俺が兄であると一瞬で理解した。今回も彼女は頭が良く回る。

 

「ただいま、アイシャ」

 

リビングの入り口に手を口に当てたゼニスが立っている。俺は叱られる覚悟で立ち上がり、ゼニスの前まで行った。

 

「ただいま、母さま」

 

「こんなに……こんなになって。ごめんね、ごめんね、ごめんなさい……」

 

ゼニスの声は震えて、立っていられなかったのかその場で座ってしまった。俺もしゃがみこむ。

 

「大丈夫です。ほら元気ですよ、あなたの息子は。それに謝らなければいけないのは僕の方です」

 

そう言ってもゼニスはその場で泣き崩れて会話にならなかった。俺は泣いているゼニスの手を握って黙っていた。

程なくして裏口方面から馬を片付けて来たであろうパウロも来た。事態を即座に理解したパウロ。視線が交差する。

 

「書斎に行け」

 

頷いた俺は言われるがままにリビングにある別の入り口から階段を経てパウロの書斎へと向かった。ゼニスの処置をしているパウロを待つこと数分。パウロは俺の前にサっと座ると切り出した。

 

「心配かけやがって、今まで何していた」

 

「何をしていたも何も復興資金を作っていました」

 

「1人で?できるわけない」

 

「当初予定の88万枚は確保しましたし、店は軌道に乗っていますから120万枚もおそらく大丈夫ですよ」

 

「はぐらかすな。ルディ。俺が言っているのは1人で出来るわけがないと言っているんだ」

 

「そうですね。タルハンドさんに武器製作をお願いしていますから1人じゃないですね」

 

「店は誰がやっているんだ」

 

「従業員の方です」

 

「お前みたいな小さな子供が店主で何百万枚もの金貨があるのによくそいつらは盗んで逃げないな。ギースなら全部もって賭場で溶かしているところだ」

 

「信頼のおける人たちです」

 

「……そいつらは信頼できて、俺は信頼できないのか」

 

ギレーヌも同じことを言っていた。

 

「父さまを信頼しているからシルフィや妹たちをお任せしているのです」

 

「何か勘違いしてないか? 俺はお前の父親だぞ」

 

「その父親は6歳の息子に模擬戦で負けて、旅に出るのを許可したんですよ」

 

「旅に出るのは許可したが、誰にも頼らずに苦労して死んだような目で帰ってきて良いなんて言ってねぇ!」

 

「色々苦労しただけで死んじゃいませんよ……」

 

あまり深く考えてはいけない。眩暈が襲ってくるのは無しだ。

 

「なぜ1人で背負う。ギレーヌとタルハンドからも手紙がきているぞ。2人ともなんて書いてきたと思う?お前を助けてやれって。お前が死んでしまう。そう書いてあったんだ」

 

タルハンドもか。気付かなかったな。

 

「他人を使って何でも上手くいくわけではないのです。巻き込めば巻き込むほどどこかで計画が破綻する可能性がありました」

 

「そうかよ。でも俺はな。今の今までお前に託されたシルフィと家族だけ守れば良いと思っていたよ。家出したかもしれないと思った時にも少し考えたがそれでもってな。

でもよぉ、お前の目ぇ見てはっきり判った。放ったらかしにしちゃいけなかったって」

 

頭がズキズキする。

 

「父さま、済んだことを考えても仕方ありません。次のことを考えましょう」

 

「もう何も考えずにゆっくりすることはできないのか。前に進めばお前が傷付くだけじゃないのか。これ以上進めば本当に取り返しがつかなくなる。それを俺も母さんもこれ以上、見過ごすつもりはない」

 

吐き気。

 

「ここまで来て立ち止まれと言うなら僕は父さまたちを許しません」

 

無言で見つめ合った。俺はもうこれ以上話してはいけない。

 

「そうか、その決意で帰って来たのだな」

 

パウロは完全に納得したわけでもなさそうだったが、もう俺を責めたりはしなかった。その後、シルフィの誕生日に合わせて自分の誕生日会を開く計画書を渡して段取りをお願いした。

ゼニスとも和解したかったが今の俺ではダメだろう。俺が元に戻らなければゼニスは辛いだろうが、治癒魔術で治らなければ時が解決するしかない。

考えてはダメだ。部屋に急ぎ、ベッドに倒れ込んだ。

 

--

 

どれくらい意識を失っていたかは判らなかった。アイシャとノルンが「ご飯だよ」と呼びに来て俺は起きた。家族揃っての食事。幸せなはずの食卓は俺という異物によって暗く淀んだように見える。もう食事の味も解らなかった。それを無理やり嚥下する。残せばまた心配されるだろう。

考えるな。

俺はなんとか食べきり、今日は疲れたのでと言って部屋に籠った。

 

--

 

次の日からも俺は殆ど部屋を出ずに避難計画書を読んで過ごした。

計画書には俺が必要だと思ったことの殆どが網羅されている。連絡方法、馬車の準備、人員確認のための名簿、食料、衣類、医療、etc...だが物資は全て領外から調達することになっている。これを俺が集めた資金で調達しておき、近くに設置すれば混乱が少なくなるだろう。忘れないようにメモする。それから行商人、旅行者、冒険者については自己責任。妥当だな。

復興計画書も同様に読んでいく。復興の資材は兵站倉庫を設置していく計画か、また復興の序盤は金があっても物資がない状況だから資金を配るようなことはしないようだ。ただ災害後の統制については考慮が不足している。具体的な案はないがメモしておこう。

 

そうやって合同誕生日パーティーまで過ごした。シルフィが来ると思ったが、彼女とは結局、顔を合わせる事がなかった。

 

--

 

シルフィの誕生日が来て、夕方から誕生パーティーが始まる。場所は客間だ。

 

テーブルの上には大きなケーキが鎮座しており、その他にも豪勢な肉料理にワインも用意してある。朝から家の台所で料理をしていたリーリャとゼニスとフィアーナの力作だろう。

俺とシルフィは客間の1番奥のお誕生日席に2人で並んで座らされた。シルフィは目を合わせてくれない。2年近く合わなかったことを怒っている。

それでも定刻になってパーティーは始まった。パウロとロールズからそれぞれ訓示を受けて、誕生日プレゼントを手渡された。

俺は両親から手紙と絵をもらった。絵は妹達が描いたものだった。シルフィはロールズとフィアーナから化粧箱と染料の瓶をもらっていた。

 

「あのねルディ。これ誕生日プレゼント」

 

シルフィは怒っていたわけではなかった。挙動不審だったシルフィが俺の方を初めて見て、服のポケットから取り出した木彫りのペンダントをくれた。前世で見たことがある。シルフィの手作りの幸運のお守り。俺はシルフィからペンダントを首にかけてもらう。

 

「ありがとう、シルフィ。僕からも誕生日プレゼントだよ。左手をだして」

 

シルフィの前でケースから指輪を取り出して、彼女の指輪にはめようとしたがやっぱりサイズが合わなかった。シルフィが少し悲しい顔をするが想定内だ。落ち着いて行こう。

 

「ごめん、ちょっと待ってね」

 

ケースの中にあらかじめ用意しておいたネックレスのヘッド(首にかけた時に一番下にくる飾りの部分)に指輪をはめ込む。さらに留め具で落ちないように固定。シルフィの後ろに回るとネックレスのアジャスターをカチっと言うまで押し込んで留めた。奇しくも首飾りの交換になったな。

 

「大きくなるまではネックレスにしておいて」

 

「ルディ、大事にするね」

 

シルフィが喜んでくれた。良かった。俺はシルフィの手をぎゅっと握る。言葉は無用だ。プレゼント交換が終わって、それから皆で食事をして会はお開きとなった。

帰り際にシルフィに泊っていくかと聞くと「まだ早いよ」と丁重に断られ、ロールズ家の3人が仲良く帰って行くのを見送ることになった。

 

--

 

10日後、ギレーヌが馬車で迎えに来て、ギレーヌはパウロとゼニスに何事か説明して、俺にはフィリップが呼んでいるとだけ告げた。俺は家族と別れてギレーヌと一路ロアを目指す。

 

俺が到着すると、フィリップの部屋ではなくパーティーなどを催す大部屋に通された。そこには、サウロス、フィリップ、エリスの誕生日に見たことがある貴族ら、初めて見る騎士風の男たち、それに商人組合支部長のチェレンガン、アルマンフィがUの字に並べられた長机に座っている。さらにアルフォンス以下、合わせて5人の執事が壁際に並び仰々しさに拍車をかけていた。エリスとヒルダは居ない。少しほっとする。

子供の姿の俺が入ってきて、ギレーヌとフィリップの間に座ると多少ざわついた。だが、ざわついた者もこの場の空気を読みすぐに収まった。そこからフィリップ主導の災厄への避難計画と復興計画が説明される。

判っているなら防げないのかという意見にはアルマンフィが無理だと釘をさした。アルマンフィ、ひいてはペルギウスの見解に口を出せるものなどこの場にはいない。

そしていつ起こるのかについては、来月が1つの起点であるとだけ説明された。発生時期についてはフィリップすら明確な論拠がないため、誰もが納得しなかった。

それからペルギウスがこの事態について2つだけ手を貸してくれる話になっていると説明があった。俺の予想ではペルギウスは研究だけして避難計画や復興計画には干渉しないと考えていた。だが、どうやらペルギウスはこの研究によって得るものがあり、その分だけ手伝ってくれるらしい。研究だけして関わった話の民草を捨て置いたとあれば甲龍王の名が泣くと考えたのかもしれないからどこまでが真実かは本人のみぞ知るところだろう。とにかくだ、この手伝ってくれるというのも非常に助かる話だった。

まず、問題の赤い珠に対して時間のスケアコートを使った魔力の暴走抑止を試みてくれるらしい。フィットア領を消し去るほどの魔力災害が起こるとした場合の魔力の暴走に対して時間のスケアコートが抑えることが可能な時間はおよそ10日間。発生時期が明確でない以上、あらかじめ逃げておくことが不可能だから、この10日間が避難開始から終了までの最長時間だ。

また大きな街からの避難経路が渋滞することを避けるため、暴走が起こった際にはアルマンフィが各地の責任者の所に行って災害予告をするという。ありがたい話だ。

そこからの議題は、市民にそれをどう伝えるかと何を持たせるか、病人・子供・老人をどのように移送するかという話になった。

どう伝えるかについての議論が必要な理由は、貴族や騎士が説明したところで市民が一丸になって逃げだすことができるかといわれればノーだからだ。解決策として危険な魔術師がこの付近で神級の魔術を使おうとしているという話をでっちあげる方法が提案され、了承された。要は恐怖で人を動かす。この世界では神級の魔法によってリングス海が作られたという歴史上の事実がある以上、そういった話にした方が人々には理解しやすいのだろう。魔術師が悪者扱いされないか心配だが、さきほどのざわつきがあり目立ちたくないのと明確な対案もない俺は黙っていた。

次に、何を持たせるかは『領外まで近い町では色々なものを持って逃げることができる』、『領外まで遠い町では主に金と大事な小物だけを持って逃げることしかできない』と整理できる。が、領外まで遠い町であっても事態が理解できなければ運搬に時間のかかる物を運ぼうとし、時間内に領外に出ることができなくなるという懸念がある。しかし、そう言った領民それぞれの判断を統制することはできないので脱出に時間のかかるロア周辺の6市町についてはなるべく手荷物だけで避難するようにというガイドラインが示された。

最後に、病人・子供・老人の移送だ。これまでの議論からそれぞれの領民は家族単位で動く、バラバラになるとあとで合流するのが絶望的だと思われるからだ。子供が多い場合や老人だけの世帯には乗り合い馬車を使うことが許された。乗り合い馬車の最終地点は各避難場所の責任者の元で、そこで合流するという段取りとすることが決まった。会議は2日間にわたったが、概ね粛々と進行された。サウロスが公正な領地支配をしていたか人員の配置に気を配ってきたかが良くわかるし、こんな突拍子もない事態の説明を受けても浮足立たない程に配下から信頼されている。それが功を奏した。

 

--

 

後18日程で俺の誕生日、19日後には前世で転移事件が起こった日がやってくる。会議から解放された俺は復興の事前準備を始めた。避難民収容キャンプ予定地の近くに石で補強した地下洞を作り、それを第2転移ネットワークに接続する。第2ネットワークの元も魔大陸にある地下室と繋げ、新しく作ったマリアによって管理させる。

そうして地下洞の管理人となる人型の神獣を置いた。管理人にフィリップの配下を名乗らせ、避難の責任者と話して食料を配るようプログラムする。問題はフィリップが責任者となる南東の避難キャンプだが、ここには俺がいるので交渉は俺がやることにした。

そんな作業をしている間に俺の誕生日がやって来た。その間、俺は忙しく作業をしていたので1度もエリスと会話をしなかった。彼女とはもう2年近く会話をしていない。誕生日の日も俺は昼過ぎまで作業をしたが、それでもいつもよりは早く切り上げて帰って来た。部屋の整理をしていつでも魔力の上昇が発生しても良いようにして……

 

コンコン。

 

ノックが聞こえるが早いか俺が返事するよりも早く扉が開く。

 

「ルーデウス!いつ私に挨拶しにくるのかしら!?」

 

呼び方がルディじゃなくなっている。しかも礼儀正しくなりそうだったエリスはどこに行ったんだ……。衝撃にたじろいでいると胸倉を掴まれた。

 

「返事をしなさい!」

 

「はい。挨拶が遅れて申し訳ありません。エリス……お嬢様」

 

俺が返事をすると、胸倉を掴んでいた手はポッと離され、俺はベッドの上に上半身を投げ出された。そのまま起き上がりもせずに綺麗なドレスを着たエリスを見ながら放心する。

 

「バカ……」

 

そう言ったエリスはそのまま目を擦った。

 

「ごめん、エリス」

 

「許せないわ。ルディ」

 

呼び方が戻っている。ほっとした。

 

「でも、今日はあなたの誕生日だから特別に許してあげる。だから早く支度なさい。 パーティーよ」

 

なんだ呼びに来てくれたのか。

 

パーティー用の服に着替えた後、エリスと並んで食堂に入る。屋敷の人間が勢ぞろいした誕生日パーティー。

 

「誕生日おめでとう。ルディ。さぁ行くわよ」

 

エリスにお誕生日席まで手を引っ張られ、サウロスにがっつり肩を掴まれた。

 

「今日はルーデウスの10歳の誕生日パーティーだ!この子がボレアス家の一員なれば今日は盛大に祝ってやろうぞ!」

 

サウロスの挨拶にその場にいる者たち皆から拍手が鳴ってパーティーが始まった。最初にエリスから花束を受け取る。バティルスの香りがふわっと広がった。

 

「バティルスにフレーベにグラム、みんなここの庭にある綺麗な花だね」

 

「まぁ坊ちゃんはお花にも詳しいんですね」

 

そう驚いたのは庭師の人だ。名前は知らん。

 

「ええ、僕の母さまも花が好きでよく庭いじりを手伝いました」

 

「私とお母さまで一緒に選んだの!」

 

庭師の人は苦笑いしながら空気を読んで下がった。久しぶりに見るエリスの活発さは最近のものというより前世に近い。この2年の間に何かがあったのかもしれないな。

 

「ヒルダ奥様まで!? ありがとうございます。エリスもありがとう」

 

「良いんですよ。ルーデウス」

 

「僕と父さんからはこれを」

 

渡された紙には何かのレシピが書いてある。なになに……これは!?

 

「良いのですか!?」

 

「君はあの花に詳しいみたいだからね。君が販売しても儲けの2割は欲しいところさ。後、人には言わないで覚えたらその紙も捨ててくれたまえ」

 

「交渉成立です!」

 

後で日本語で書き直してから、この紙は燃やすことにしよう。とりあえず頂いた紙は折りたたんで懐にしまった。

 

「そんなに喜んでくれるなんて、それにして正解だったね」

 

「私もプレゼントがあるの。ギレーヌ!」

 

エリスがそう言うと、ギレーヌが一振りの剣を差し出して来た。

 

「私とギレーヌでダンジョン探索に行って見つけた魔力付与品(マジックアイテム)の剣よ。しかも炭鉱族の職人に頼んで柄のところには魔石を3つも追加で嵌め込んであるの!もちろん費用は私が稼いだお金で作ったんだから!」

 

「付加されている魔力によって剣の切れ味の増加と剣の刃の部分が不可視になる効果が付いている。それに魔石を3つ嵌めたことで水と土と風の魔法は同じ魔力で大ダメージがでる」

 

ワォ。インビジブルソード!? しかも魔法剣士用に改造されている。さらにエリスが自分で稼いだお金で改造を注文しただって!? 生活能力(?)があるエリスに俺は驚いた。

 

「皆さん、こんな僕のために本当にありがとうございます。僕は果報者です」

 

なのに出てくる言葉は上っ面な言葉だった。それで良かったのかもしれないが心が痛んだ。昔と同じように水魔術で泣く真似をしようとして自制する。今の今まで心は安らかだったのに。突然、闇が下りてくる。

その後、エリスも手伝って用意したというケーキを食べながら彼女が嬉しそうに話す冒険話を聞いた。ギレーヌとの冒険譚で出てくる苦戦するシーンは敵が強いからではなかった。だいたい、初歩の魔術ができなくて、機転が利かなくて、見え見えの罠にはまってしまって。そういう話だった。そう、ここにちょっと機転の利く魔術師が、いや魔法剣士でもいてくれたらなーっというそういう話だった。彼女のいじらしい気持ちが垣間見えていた。俺はそれをふーんそうなんだって感じで無視した。昔の鈍感さの演技とは違う。俺の態度は、でもね応えられないよという意思表示だった。彼女はそれに途中で気が付いて……パーティーの途中で中座してしまう。ギレーヌがその肩を抱いて部屋へと送って行く。

 

その間に酔っ払いのサウロスの相手はヒルダがしていて、結局、戻って来たヒルダとフィリップと俺と給仕が会場に残っていた。

 

「随分と娘につれない態度をとるようになったじゃないか」

 

ワイングラスを片手にフィリップが話しかけてきた。少し酔っているな。ヒルダは相当酔っているのかテーブルに肘をついて、半眼でこちらを見ている。

 

「普通ならまだ早いと言えますけど、アスラ貴族なればエリスも良い年齢です。僕のような出自のイマイチな者より、相応の方がいらっしゃるでしょうし、それがお家のためでしょう。もし、貴族ではなく一介の冒険者になるのなら、それこそ僕である必要性もありません」

 

「本当にそう思っているのかい?」

 

「エリスは僕でなくても幸せになることができます。それにシルフィ……幼馴染を僕は愛しているのです」

 

「別に二人でも三人でも愛せばいいだろう。君にはそれができる。それに娘は君でないと満足しないと私は思うがね」

 

「なぜですか」

 

「君がいない2年間、娘がどうしていたのか知っているかい?」

 

「冒険者をやっていたのでは?」

 

「違うよ。最初の1年半は私の口から語る物ではないと思うが、君に文句の一つくらい言いたい話だよ。冒険に出始めたのはここ半年の話さ。近くのダンジョンを周って自分で貯めたお金で君への10歳のプレゼントを用意すると言ってね。だから君が戻ってきて誕生日パーティーを開いて欲しいといったときに文句をいうのを止めたよ」

 

知らなかった。それでも彼女は立ち上がったのだろう?エリスは強い子だ。

 

「それで今の態度だ。あんなに娘に期待させておいて、告白もせず、いや告白もさせずに捨てるなんて親としては見過ごせないね。しかも君は娘を愛している」

 

「僕が愛しているのはシルフィです」

 

「君の両親と幼馴染の子の母親が来て大人達で話し合ったことは聞いたかい?」

 

聞いていないが俺は何も言わなかった。

 

「君は人誑しだって思われてるようだね。だが私の分析ではそうではない。君は優しいんだ。それに誰かを助けられるだけの力も持っている。だから、より良い方に進むようにと助けてしまう。パウロの2番目の妻のエピソードを聞いてそう思ったよ。君の胸先三寸で彼女は死んでいたし、妾同然の扱いになるはずだった」

 

フィリップはグイっとワインを飲み干した。ヒルダが空になったコップにワインを注ぐ。

 

「でもだ。君は気に入った子、愛しい子にはなぜか試練を与えている。その子がきっと良い人生を歩めるようにって手助けしているのは同じだけどね。巧妙に匙加減を選んでいる。だからその巧妙さに騙される者は君の行動を人誑しの一言で済ませてしまう。シルフィって子には2年近く男友達として対応していたらしいじゃないか。それに自分が居なくなった後のための課題を与えた。なぜそんなことをするのか、私の見解ではそれは彼女に選ばせるためだ。君を愛する以外の人生か君を愛するかどちらかを。ウチの娘にはこの世界で生きるための方法を教えてそれから離れた。なぜそんなことをするのか、答えはすぐに出たよ。ウチの娘に選ばせるつもりなんだろう?君を愛する以外の人生か君を愛するかどちらかを。家庭教師の先生にも同じような何かをしたんじゃないかい?」

 

フィリップはもう1度グラスを空けた。もう1杯とワインを注ぎ、ボトルが空になると席を立つヒルダ。

 

「そこまでしておいて君は勝手にシルフィって子だけを選んだ。娘は選べるように差し出されたはずの道を突然塞がれた」

 

「何がいけないんですか、恋愛は早い者勝ちですよ」

 

「恋愛だけの話ならそうだ。でも君は命を助けるってことと恋愛の話を同一視している。ギレーヌと娘の関係を良く考えてみればわかる。ギレーヌは救われた命を娘のために使っている。なら私が育児放棄して屋敷で孤独に暮らすはずだった娘を君が助けた。その時から娘の人生も命ももう君のものだよ。君が助けた以上、君は娘の人生を見ていなくちゃいけないんだ。恋愛云々は関係ない。命を助けるってことはそういうことだろう?娘を受け止めて無視するなんて、娘の命を弄んでいるだけだよ」

 

弄んでいる……そうフィリップよくわかってるじゃないか。でも俺だって生まれる前にボレアス家には命を助けられたんだ。俺がそう口を開こうとしたとき、後ろから抱きしめられた。

ヒルダ。

娘の話をしているのだから次のボトルを取りに行ったわけでもなかったのは判っていた。暖かくて柔らかい。前にも似た感触に抱かれたことがある。

 

「フィリップもう止しましょう。ルーデウスの瞳を見れば、いままで何に悩んで家出していたのかなんてわかりきっているわ。もともと私とあなたの尻拭いをしようとしただけよ。責められる筋合いなんてやっぱりない。この子がエリスの代わりにダメになってしまう。それだけはさせないわ」

 

「シルフィは……僕のためなら我慢してしまう子なんです。だから、僕が2人目、3人目って増やしてもきっと文句なんて言いません。でもそれじゃ彼女が本当に自分で選んだことと違うじゃないですか」

 

優しさに甘えて黙っていたことが漏れた。目に溜まった雫が視界を歪め、俺は俯いた。

 

「君は矛盾しているよ。人には人生の決断を迫っておいて、君自身の人生はその判断をせずに他人に選ばせるんだ。なぜ自分の人生を自分で選ばない」

 

「え?」

 

思ってもみなかったことを言われて前を見た。

 

「今の君にシルフィって子は何も我慢していないのかい? 君の両親は何も我慢していないのかい? ボレアス家はね、君のしてくれる手助けを有難いと思いながらも君には歯がゆい思いを抱いているよ。君は関わった人の人生を弄んでいるね。最低だよ」

 

俺はそういうヤツを知っている。助けるようなことを言いながら最後に絶望させて喜ぶヤツ……ヒトガミ。

急に目の前が真っ暗になった。幕は降ろされた。ワンワンと耳鳴りのような拍手が鳴る。拍手は鳴りやまなかったがカーテンコールの挨拶はなかった。

 

--

 

目が覚めた。サウロス邸のいつもの客間だ。何日眠っていたのか自信がない。いや、たぶんだが一晩眠っただけだろう。とにかく誕生日が終わった。でも、まだ転移事件は起こってない。

俺はパーティー用の服を着替えようとしてメモを落とした。あぁサウロスとフィリップがくれたレシピだ。それを俺は自分のメモ帳に最近、ナナホシのために思い出した日本語で書きとって、貰ったレシピは火魔術で灰にする。

服を着替え終えて、あとは何もする気になれなかった。しかし、次の日になってもその次の日になってもなんらのリアクションも起きなかった。転移事件、もしかして起こらないのか? 食堂に行く気すら起きなかったが、わざわざヒルダが持ってきてくれたご飯だけは食べた。1口、2口、それくらいだ。彼女が悲しい顔をしてもそれ以上は無理だった。

体力は戻らない、むしろどんどん落ちている。だが俺は転移事件が起こらない理由が気になってしょうがなかった。ふらつきながら屋敷を抜け出し、ルード商店からブエナ村地下室、そして魔大陸地下室へとたどり着いた。そこには大量の金貨、マリア、マリアが管理する魔力結晶。それに本棚があった。

本棚の1番端っこに未来日記がある。未来日記を調べ直す。何度も読み直した。

 

くそっ結局、わからないことだけが判った。

 

がっかりした腹いせのように、帰り際に気の迷いで昔作ったバティルスの漬物を指ですくって舐める。どろっとしたくちどけ。もうこの液体に恐怖を感じない。だってプレゼントで貰ったレシピと寸分違わぬのだから。

 

屋敷に戻って寝ようとしたが、ギンギンと下半身が疼く。もたげた気持ちを解毒魔術で消し去る。たしかに効果があった。サキュバスに襲われたときのことを思い出す。なんかこの感じも久しぶりだ。

そしてそのまま夜寝ると、次の日の朝、俺は精通を迎えた。身体は日々元気に成長している。腹も減った。今までの悩んでいるのが少し馬鹿らしくなって、食堂に行って飯を食べる。みんな何も言わなかった。そこに音もなくアルマンフィが現れたのをボンヤリと見ていた。

 

「魔力の上昇を感知した。避難しろ。俺は他の地域にも知らせに行く」

 

俺は意識を覚醒させて、塔の最上階へと走る。階段を登り切った所でスケアコートが首から上だけをこちらに向けた。

 

「珠に触れることができない。領域ごと時を止める。おそらく止めていられるのは8日だ」

 

スケアコートは能力を発動したようで一切動かなくなった。予定よりも2日短い。すぐにフィリップやサウロスに伝えよう。

 

 




次回予告
魔力の高まりを感じた銀髪の男が西の空を見上げる。
ここは赤竜山脈の尾根。足元には赤竜の死体が1つ。
数度、何事かを呟いた男が小さく首を傾げ、
白光が広がると、それに向って歩き始めた。

次回『クロッシングポイント』
今は未だ共に歩む時ではない。


ルーデウス10歳時

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え3着
 ・それなりに上等な服
 ・パウロからもらった剣
 ・インビジブルソード (New)
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・長耳族の首飾り   (New)
 ・両親の手紙     (New)
 ・妹からもらった絵  (New)
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
  ガルーダ
  ダイコク
  エビス
  フクロクジュ
  ジュロウジン
  ビシャモン
  ベンザイ
  ホテイ
 ・商い行為許可証inフィットア領×3
 ・商い行為許可証inアスラ王領×4
 ・ラトレイア家人形
 ・ミグルド族秘伝の香辛料×2袋
 ・オルステッドに渡すための書類   (New)
 ・ナナホシのための日本語-人間語辞典(New)

ブエナ地下室
 ・復興資金:881491枚 (+109770)



フィリップが想定した被害範囲



避難計画書



原作の考証と補足

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