無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

65 / 132
前回からのシルフィの話の続きです。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第065話_ブエナ村の戦い

---甘ちゃんを教導せよ?下らん仕事だ。なんだこの滅茶苦茶な……---

 

家族の食事が終わり、ゼニスとリーリャは2人であれこれと話しながら台所で皿を洗いに行った。それを見届けると、俺は娘2人を両肩に乗せてリビングに向う。災害の後の俺は日中は村の復興のため仕事に出ており、これまでより娘2人との時間が減ってしまった。だから食事の後のこの時間は大事な時間だ。この子たちが昔の冒険者時代の話を聞きたいとせがんでくれるのなら、それに応えたい。今日は何の話をしようか。そもそも娘たちが俺の冒険譚を聞きたがるようになったのは、少し前に昔の冒険仲間がこのあばら家に集まったときからだ。サル顔の魔族の男、炭鉱族の男、獣族の女、俺とゼニス。本当は長耳族の女も居るのだが、あいつとは喧嘩別れしたままだから、集まれる面子が全員揃った楽しい会だった。そんな俺たちがあれこれと語り合うのを間近で聞いて興味を持ったからだろう。少し前までは剣の修行の後にシルフィに同じように話していた。ルディにはもっとずっと昔、あいつが言葉を覚える前に話していた。そんなことを考えながら、今日の話を決めた。そうだな、今日はキッカ王国の王子を助けた話でもするか。

冒険譚を話し終えて娘たちが寝静まり、今日もハッスルしようかなと考えていると馬が近づいてくる音がした。すぐに剣を携えて玄関に向かうと、目の前で玄関がけたたましく開き、目の前に汗に濡れたロールズが現れる。

 

「どうした」

 

俺は言葉で訊ねつつも、その表情から非常事態だと悟る。そして伝えに来たのなら報告があるはずだ。落ち着かせるために俺は低い声音で問うた。

 

「何かあったのか?」

 

ロールズは今日の夜の見張りの内の1人だ。心の中ですぐに森に行く気持ちを固める。

 

「良く判らないが、パウロ、君を呼んでいる」

 

「呼ぶ? 誰が? 魔物ではないのか?」

 

「知らない男だ。リンデルが人質になってる」

 

訊きたいことは山ほどある。だが話すよりも見た方が状況が判るだろう。村人の命を守るのは俺の務めだ。

 

「行こう」

 

「相手がやばい。私はシルフィを呼んでくる」

 

「あぁそうしてくれ。だが無理しないようにと先に言っておいてくれ」

 

「わかった」

 

ロールズはそう言うと、自宅方向へと走って行った。

 

「ゼェニィス! リーリャァ!」

 

俺は玄関脇に用意してある武装を素早く着込みながら彼女たちの名を大声で呼び、ゼニスに後詰で来るように、リーリャに子供たちと一緒に地下室へ行くように命じた。用意と指示が終わると俺は見張りをしている村の東側へ馬に乗って向かった。

 

--

 

俺は目を(みは)った。見張り櫓の下から少し逸れた空き地に焚火を囲む男達が座って談笑している。その中に人質のはずのバティルス農家のリンデルもいる。

第1に、"なんだ、どうなっている?"という感情が沸き上がった。第2に、そこに座っている見知らぬ男たちは"かなりヤる"という判断をした。冒険者で言えばA級からS級。剣士で言えば上級から聖級の力がありそうだ。そして、その中の1人の男の強さが尋常ではないということ。ギレーヌクラスかそれ以上か。第3に、死の臭いを纏っていることが良くない。リンデルはそれに気づかずに普段通り気さくに話しているようだが、生殺与奪の権はそのヤバイヤツが持っている。

こんな片田舎にこれだけの戦力を連れてくる。何の目的か、ノトス家が領土侵攻を開始したのか。ノトス……実家が今さらだが俺を殺しに来た可能性もある。

1対4しかも相手に戦力的に分がある。これだけの戦力を擁してなぜ人質まで取るのか。皆殺し狙いならこんなことする必要はない。夜闇に乗じて各個撃破する。ざっと見たところ、その戦力が彼らにはある。こちらの戦力がわかっていないということがあるのだとしたら、こんな堂々と火を囲むことはない。訳が判らない。

俺は間合いを10歩と測った。間合いのずっと外にガラヴァッジョを停めて、馬から降りる。シルフィたちがきてから対処したい気持ちもあるが、時間が惜しい。いつリンデルが殺されるか分からない。頭の隅で味方を待つべき、リスクを上げて1人を助ける賭けに出るより、1人を見捨てて最大戦力で確実性を取るべきという現実論が頭に浮かぶ前に、俺は意を決して動きだした。

 

「俺を呼んでいるんだって?」

 

平静を装いながらも焚火の灯りの外から声をかけた。視線は俺に集らず、焚火を囲んでいる内で1番近い男とリンデルだけがこちらを見た。

 

「あんたがパウロかい?」

 

この男が1番、剣呑さが薄い。が、声を返した男以外の3人の視線は俺ではなくリンデルに向いている。なるほど本人確認用に確保されていたわけか。

 

「ああ」

 

俺は一応、返事をした。リンデルが別に何かを言う事はなかったし、3人が何らかのアクションをすることもなかった。だがリンデルが何かを言ったり、慌てた表情を見せればきっと彼らは俺がパウロでないと疑っただろう。そう、こいつらは手慣れている。対人のやり取りや不確かな情報から目的の物を手に入れるような事柄に対処するためのテクニックを持っている。警戒レベルがさらに上がった。

 

「こんな夜遅くに呼び出す来客に心当たりがないんだが、用件があるなら教えてくれねぇか?」

 

俺の言葉を受けて4人が思い思いのタイミングで立ち上がり、尻の砂を払う者もいる。

リンデルだけが立ち上がらず、男たちと俺を交互に見ている。お願いだから俺の方に歩いてきて欲しかった。

 

「リンデルさん、ちょっとパウロさんとお話がありますんで仕事に戻って頂いた方が良いと思います。あ、先程の話は他言無用ですよ?」

 

また別の男が笑顔でそう言うとリンデルは「んじゃお(いとま)するわ」と言いながら立ち上がって、見張り櫓に登って行った。リンデルが背中から斬られてしまうのではとハラハラしたがそう言う事にもならなかった。

 

「さて、パウロさん。用件は少しばかり野暮なモノでしてね。なので移動させてください」

 

「そうだな」

 

また人質を取られたら敵わない。俺は移動することに同意した。馬はここに置いていく。シルフィたちが来たときに俺がここに来たことが判るように。きっとシルフィが来たらリンデルにきいて、俺がどっちに行ったか教えてもらえるだろう。

 

--

 

元はバティルスの畑が広がっていた場所、この前の災害で根こそぎ取られて開けた場所になったところで彼らは立ち止まった。星と月の明りだけでとてもじゃないが、まともな戦闘はできない。そう思った途端、俺と彼らの間、その中空に小さな太陽が現れた。

男の内の1人が何かを道具袋に片付けている。魔力付与品か魔道具か。偶に瞬く魔法の光の中で男たちが剣を抜いた。俺も遅れずに剣を抜く。

 

「お前らなんのために来たんだ。こんな何もない所にきて何がしたい」

 

「俺っちたちはさー別にこの村の住人全員殺してもよかったんさー」

 

今まで話していなかった最も強いだろう男がそう言い放った。

 

「けどさーどしても。博士と勇者さまがすんなってよ。めんどくせー話よな」

 

随分と聞き取りづらい話し方をする。アスラ、ワイバーン、ミリス、その辺りの主要都市では決して聞かない言葉遣いだ。もっと辺境の地で使われる言葉だろうか。

殺しても良かったが博士だか勇者に言われてそうしなかったか。つまり判らないのは

 

「それでその博士や勇者は俺を呼び出して何をしろと?」

 

「あぁん? なんでおまいが博士や勇者さまが俺に何か言ったっておもうんさー?」

 

(いや)、博士と勇者があんたに殺戮するなと言ったのなら他の方法を提案したんじゃねぇのかと思ったんだが」

 

「なるほんなー。あんた意外と頭ええんさな」

 

「初めて褒められた気がするが案外嬉しくねぇな。まぁいいや。わかってくれたなら博士や勇者があんたに何を頼んだか教えてくれないか」

 

…………。返事がない。男は剣を持ったままで何か変な動きをした。くるか?

 

「なぁ、なんて言われたんさー?」

「は。怪しい武装集団を演じて騎士を続けられないようにしろと」

 

こいつら……馬鹿だ。馬鹿は厄介だ。話が通じない。ギレーヌがそうだった。それでも相手が女ならまだ光が見えるが男ではな。

 

「わりぃんだけどもさー。あんたが騎士を続けらんねーよになってもらうさー」

 

話していた男が宣言すると、それ以外の3人の男が俺に迫る。2人の男が俺の眼前で交差するように走り抜け、視線がきられたところに居たはずの男がいない(・・・)

咄嗟に左の男に肉迫し、剣を交差させる。無音の太刀で吹き飛ばすが、有効打ではなかった。盾を持っていた。背中に何か背負っているとは思っていたが、それか。だがただ盾を構えただけなら俺はそれごと切り裂く自信があった。盾に闘気を纏っている。厄介だ。こいつにヘイト管理されたら他のやつに喰われる。そう判断し、もう1人が視界に入るように向きを直す。消えた1人はどこ行った。まずい。

背中を虫が這うような嫌な感じがして、その場でやや右前に半身になるように倒れつつ振り向く。そこを後ろから横薙ぎに剣が通りすぎる。さらに真上から脳天割の形で剣が駆け抜けようとする。無理な態勢でこれを受け止め、水神流・流でカウンターを返す。

とほぼ同時に北神流・四足の型を使って身体を捻りながら跳躍し、後ろから横薙ぎをした男に斬りつけた。そしてそこからの四足の型の追撃をあきらめて態勢を立て直す。

どこまで持ち堪えられるか。盾で防がれた戦士はほぼノーダメージ。流でカウンターを決めた相手はクリーンヒットが腹をそれなりに抉った。回復魔術があれば生き残るが、動けば腸が飛び出すだろう。今の所は戦闘不能だと見て良い。そして、四足の型の初撃で斬りつけた男は掠り傷。

 

「ロバート、ヴェルナーもういいさ。マックスの手当てを」

 

戦闘不能の男はマックスか。ロバートとヴェルナーと呼ばれた2人は、投げかけられた言葉に素直に従って下がった。真打ち登場。

 

「やるさねぇ。どうみても聖級レベルの闘気しか扱えていないのに同じレベルの男3人より強いとはさー」

 

男は間延びした喋り方を続ける。こいつにどこまで……。荒くなった息を整える。だが相手が構えた瞬間。

 

ゴッ

 

目の前の男の殺気で耳鳴りがした。そして足が竦み上がる。勝てない。命を刈り取られる。その必然に抗う気持ちが湧き上がらない。まずい。俺には2人の妻と3人の子供がいるんだ。

 

「なんだ。ビビってるさね?」

 

その言葉と同時に突き込まれる剣。心臓を一突きされそうになった剣を寸での所で防ぎ……。

熱い。ゆっくりと自分の左の二の腕を見ると根本にずっぷりと剣が付き込まれていた。

そのまま心臓に切り込まれないようにと左外へと押し出すのを手伝ってしまう。いや、こちらの動きに逆らわずに剣を運ばれていた。そのせいで左腕が使い物にならなくなる。致命的だ。一瞬で。奴が無言のまま前傾姿勢をとろうとして、一転、そのまま間合いの外まで飛びのいた。ほぼ同時にくる水の塊が俺の目の前で弾ける。

シルフィの水魔術か。そう理解した俺は、魔術が飛んできた先にいるはずの弟子の顔を見る時間も惜しんで、4分の1程きられたせいで取れてしまいそうな左腕を庇いつつ、戦線を離脱した。

 

「あなた!」

 

ゼニスの叫び声を頼りに無我夢中で駆け寄った。血が抜けていく。

 

「すまん、ゼニス」

「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん『エクスヒーリング』」

 

ゼニスの治癒魔術。だが傷が深いせいか痛みが消えない。ゼニスも判っているらしく2度、3度と唱え、やっと痛みが消えた。かなり血が流れてしまったな。

 

「助かった」

 

俺は治った事に感謝を伝えたが、ゼニスの顔は暗い。

 

「あなた、左腕を無理に動かさないで。くっついているように見えるけど神経が繋がっていないの……」

 

何?それじゃ…‥

 

 

--シルフィ視点--

 

「お嬢ちゃんはだれさー?」

 

師匠を倒した男が訊いてくる。

 

「名乗るなら自分からでしょ」

 

師匠はゼニスさんが回復させている。一瞬見ただけだったけどかなりの重傷に見えた。治るなら共闘できる。完全に治らなかった場合は撤退の時間が必要だ。どちらにせよ時間稼ぎの意味はある。

 

「一理あるさー。俺っちはレイブン。レイブン・バダラクエコーっていうんさ」

 

「私はシルフィエット」

 

「フルネームを教えてさー」

 

「家名は無いの。お父さんが家名を捨ててしまったから」

 

「へぇ。でも困っちぅな。あんたパウロさんと関係あるんさー?」

 

「パウロは私の剣の師匠よ」

 

「んでも、グレイラット家の者と違うんさー?」

 

昔はなるはずだった。なる約束をしていた。あの約束はもう無効だろうか。父はどちらにせよ結婚させるつもりは無かったと言っていた。

 

「そうね」

 

「したら戦う理由がないさー」

 

「貴方に無くても私にはある。師匠を殺させない」

 

「別に殺せなくても構わないんさー」

 

「でも今、殺そうと」

 

レイブンと名乗った男ではなく、盾を持った男がおかしな動きをしたと思った。それとほぼ同時に私の右腕を強い衝撃が走る。右肩ごと後方へもっていかれそうになり、身体は半身になった。私は意識を前方のレイブンに傾けながら、自分の右腕をみる。血が流れていた。この前もお腹が痛くなって血が出たばかりだ。だが今回は違う。理由が判っている。酷く痛いが慌てることは無い。私の右腕に短い矢(クォレル)が刺さっているだけだ。お父さんが仕事柄、何種類も狩猟用の弓を持っている。その中の1つの弓で使う矢として見たことがある。もし同系統ならば十字弓(クロスボウ)用の矢だ。私は冷静に矢を眺め、そして歯を食いしばって引き抜いた。矢には返しが付いていなかったので進入角に沿って簡単に引き抜けた。痛みがあるが、引き抜きながら無詠唱で治癒に成功する。騒いだり、泣き叫んではいけない。息を乱す原因になる。痛みで涙が出るのは仕方ない。毒は無さそうだ。そして、引き抜いた矢を地面に投げ捨てた。

 

「ヴェルナー、余計なことをすんなさー。だが何さね? 何をしたさー?」

 

私は剣を構え直し、質問に短く応えた。

 

「秘密です」

 

師匠を圧倒する相手。魔術を混ぜた戦いをしないとまともな戦いにすらならない。私は今まで師匠とルディとしか戦闘訓練をしたことがない。今の弓攻撃に対応できなかった。経験値が圧倒的に足りてない。初の実戦で師匠より強い相手。勝つことを目標にしてはいけない。

どうしたら諦めてくれるのか、彼らを撃退するにはどうすれば良いのか。それを考えている暇は多分、無い。とりあえずどこまでやれるかそれを知ろう。

 

「作戦の邪魔をするってなら博士も勇者さまも文句いわんさね」

 

そう独りごちるとレイブンから会話を楽しもうとする姿勢が消えた。

 

来る。そう思った瞬間にはもう相手は目の前に迫っていた。とんでもなく速い。きっと師匠より速い。でも相手の全体を見ず、間合いの距離感だけを把握すれば、ギリギリで受けられる。

レイブンが私を斬ろうとする瞬間、最初は水神流・流で受けようとした。だが恐怖が、咄嗟に自分の足元に『土槍(アースランサー)』を作らせ、そして剣を受けない間合いに移動した。

レイブンが空振りした剣とこちらの位置、足元の砂を見て首を捻っている。

 

「剣士? 知らない流派の技? でもあいつの師匠はパウロだろ? 魔術? 詠唱もなし?」

 

細かい魔術の応用は重力魔術のときに研究済みだ。私は、首を傾げたレイブンの足に『土枷(アースカフス)』を掛ける。相手の動きが速いなら遅くすればいい。

放出した魔力が土化してレイブンの足に絡みつく。それでも構わずに次の攻撃を放ってくる。突き込むような剣撃を躱すと懐から先程も見た十字弓が顔を出す。

私は素早く『土壁(アースウォール)』を出して射線を切った。それとともにお互いが相手を見失う。1番まずいのは、壁ごと斬られることだ。そう考えたときには既に身体ごと飛び退いた。想像通り壁が剣によってすっぱりと袈裟懸けに切れて、その上部分の壁がこちら側に倒れてきた。後ろに退いていなかったら私の身体はぺしゃんこだった。

射線が戻る。レイブンは今度こそと十字弓を構え、撃ってきた。今度は『突風(ブラスト)』を使ってみる。矢は風に抗えず、勢いを減じ墜落した。なるほど弓による攻撃は風に弱いのか。

次に私は重力魔術を試してみようとして……秘密にしろと言われたことを思い出し、それを中止した。どうやったのか分からないが足に絡みついていた土を振り払い、速度を取り戻したレイブンが突っ込んでくる。今度こそ対応できずに切り結んだ。水神流・流でカウンターが決まる。

 

なのに。

 

決まったと思ったと同時に腹に突き刺さるように膝蹴りが入り、そのまま蹴り飛ばされる。息が出来ない程の痛みに一瞬、思考が途切れた。地面にぶつかってさらに転がっていく。思考が元に戻ると、とにかく治癒魔術を使って痛みを取り除く。

 

ゲホッ。ゲホッ。

 

鳩尾近くを蹴り上げられたせいで胃液が逆流した。それでもすぐに立ち上がる。カウンターが決まったはずなのになぜ。相手の左腕には私のカウンターがしっかり決まっていた。血の伝った後が見える。

 

「お嬢ちゃん師匠より余程強ええさー。でもプロビーさね」

 

プロビー? なに? 知らない言葉。

 

「俺っちに何か仕掛けようとして止めたさー。カウンターも人を殺せる攻撃じゃあねえんさ。どこかに躊躇いがあるさね。人間を1度も殺したことがないんさ? いや、魔物や豚を(ほふ)ったこともなさそうさー」

 

それはそうだ。お父さんが狩りで仕留めてくる獲物は必ず絞めてある。魔物が出る森には入らないし、人を殺したことなんてもちろんない。人殺し、魔神ルーデウス、闇に堕ちた救世主。私が彼と同列なわけがない。私は人が死ぬ様をみて笑ったりしない。

 

「図星さー」

 

レイブンがポリポリと頬を掻く。訳の判らないことは続いた。

 

ヒューーーン

 

森の方角で聞いたことのない高い風切り音がすると、空に新たに緑色の明りが明滅する。

 

「信号弾です」

 

ヴェルナーが報告する。

 

「色は?」

 

「緑です」

 

ヴェルナーの答えに満足したレイブンは腰から下げた袋から鍔の無い帽子を被り、言った。

 

「では、これより我が隊はプランB2(ビーツー)に移行する。ロバート、マックスの容態はどうだ」

「早めに治癒魔術が必要です」

「火魔術で患部を焼け。ダメコンしないと撤退戦に移れん」

「イエッサー! マックス、悪いな。後でいくらでも恨み言ならきいてやるぞ」

 

「ヴェルナー、援護しろ。連携手順は2番6番それに9番だ。2番先行、9番は俺の合図に合わせろ」

「イエッサー、装備の変更を開始」

「この殺す覚悟も無い甘ちゃんに戦場の厳しさを教えてやろうぞ」

 

レイブンも部下らしき人達の表情も口調も今までのそれと急に変わった。得体の知れない者特有の気味の悪さ。

 

「ああああああああ」

「我慢しろ、隊長に恥をかかせる気か」

 

叫び声の方で男が味方に小さく(すぼ)めた『火炎放射(フレイムスロワー)』をしている。嘘、同士討ち? レイブンの変化、何かが変わった。今までの相手は確かに人間だった。それが急に大きな蛇のような生物にでもなった気がする。

状況を飲み込めぬ間に剣が飛んできた。投げてきたのはヴェルナーと呼ばれた男、それに合わせてレイブンの間合いが縮まる。もう一度水神流・流で……このレベルの相手に同じ手は。僅かな迷い。今までなら他の手管が間に合うはずだった。でもレイブンの速さが1段上がっていた。剣が振り下ろされ始めている。手遅れだ。そう思った瞬間、左手で『物理障壁(フィジカルシールド)』を展開した。魔術による反発で相手に同じだけの反作用を返したことで、打ち込んだレイブンがたたらを踏む。

そこに剣を投げてきた男が弓を連射する。もうその攻撃は怖くない。『突風(ブラスト)』で対処。

連続で飛来する弓矢へ意識が向いている間に、レイブンに態勢を立て直す時間を与えてしまった。既に相手の間合いの中に私は居る。悔しい。『突風』にそれほど意識を向ける必要は無かった。そして剣が振り上げられている。レイブンの目線、足捌き、間合い、太刀筋が私に伝えてくるのはこの一撃が必殺の一撃であるということ。そうか相手も私の剣から私が殺す覚悟が無いと知ったのか。魔術と剣術を交えた多彩な攻撃があっても温い攻撃が続けば怖さは半減する。そこをこの相手に見抜かれていたのだ。他人の命を奪う行為。私が忌避し、狂っていると思った行為。相手は命を奪いに来ているのに私は命を奪う覚悟が無かった。そこに油断があった。

それでも私は相手の太刀筋に自分の剣を合わせる。しかし、それがすり抜ける。やはり同じ手管が通じる相手ではない。合わせに失敗したところに今度は斬り上げがくる。無詠唱の『物理障壁(フィジカルシールド)』でそれを食い止めることに成功、だが。無防備な側面からの打撃。ヴェルナーが横合いから残った剣の鞘で殴りつけていた。

態勢が完全に崩れた。

駄目だ。殺される。私を助けてくれるはずの師匠は既に(たお)されている。助けて、ル……諦めかけた瞬間、ヴェルナーが吹き飛び、レイブンの剣が止まった。レイブンの剣を止めるように細い手が付き込まれていた。華麗な女剣士が立っていた。

 

「また邪魔か。邪魔者ばかりで作戦が上手く進まない。それでは私は困るのだが」

 

レイブンがそう言いながら間合いを測るために後退するのが見える。

 

「こんな小さな女の子を大人の男2人で酷いことして。私の気が変らぬうちに立ち去りなさい」

 

「時間だ……。ヴェルナー、やれ」

 

ヴェルナーが何か筒のようなものを靴に擦らせると、筒の口から煙が溢れてきた。彼はそれを真っ直ぐ上へと掲げる。

 

パン、ヒューーーーーンプスプスプ

 

筒から何かが光の玉が飛び出し、空に今度は赤色の明りが明滅する。先程は緑で態度が急変した。また何か?

 

「ぐぁあ!」

 

師匠の声。それを確認してレイブンはじりじりと撤退して行く。この強敵から私は目を離すことができなかった。

 

「君の師匠には今回の事で理解してもらわねばならん。ルーデウス・グレイラットの家系はアスラ王国に居てもらっては困るのだ。他の国で静かに暮らして欲しい。グズグズしているようなら、我々はまた来る。それを努々(ゆめゆめ)忘れるな」

 

空にあった疑似太陽が掻き消え、赤い光だけが力無く明滅し続けている。男たちの気配は闇の中と消えた。

それを確認してから私は師匠の元へ駆け付けた。そこには腕を失った師匠がいた。先程みたのとは逆の腕、右腕が二の腕の途中で切れていた。ゼニスさんが中級治癒魔術を使って何とかしようとしているが傷口が塞がる気配はない。私はゼニスさんの肩に手を置き、魔術の詠唱を中断させる。そして無詠唱で上級治癒魔術を行使する。私の魔術に呼応して師匠の腕の切り口から肉が盛り上がり、断面が閉じた。それだけ、肘より先が元に戻ることはなかった。

治癒が完了したことを示すために私は師匠から離れた。ゼニスさんは無言だ。かなりの魔力量を使ったのだろうか、ゼニスさんも疲れを見せている。

落ちてしまった師匠の右腕が転がっている。見ると鋭い断面で一刀の元に切り落とされている。伏兵。まだ敵がいた。私は転がった手から師匠の剣をもぎ取って、落ちている腕は火魔術で燃やし尽くした。この剣は利き腕が無くなってしまった師匠にはもう不要かもしれないけれど。

剣……そう女剣士さん。私は暗がりで彼女を探す。ランタンを腰に垂らしているせいで彼女がどこにいるかが直ぐに判った。

 

「助けて頂いてありがとうございます」

 

私は近づいて声をかけた。振り向いた彼女は少し驚いていたが、何に驚いているかは分からなかった。もしかして戦闘のせいで顔が汚れているのかもしれない。

 

「あぁ。気にしないで。私が助けたいと思ったから割り込ませてもらっただけよ」

 

「でもあなたが居なかったら皆、死んでました」

 

「どうかしら。殺そうと思ったらもっと良い方法があったような。最後の言葉を考えても殺されることはなかったのではないかしら」

 

「そう……ですか」

 

先程まで私は相手の殺意にさらされていた。とてもそうとは思えない。

 

「もう疲れたでしょう。お家に帰りなさい。私はあちらの負傷者を運ぶのを手伝ってくるから」

 

「はい。あの森の近くにある見張り櫓に師匠の馬があります」

 

「そう、なら運ぶのはそれほど大変ではないわね」

 

師匠は血を流しすぎて意識を失っていた。その師匠を女剣士さんとゼニスさん2人で担いで行く。傷の経過を診るために明日は師匠の家にいこう。そう考えながら、私も家へと帰った。

 

--

 

眠れなかった。

 

持って帰って来てしまった師匠の剣を見つめながら、闘いを振り返る。重力魔術を使えば相手を蹂躙出来た。伏兵を確認するために『域内探査(ルームコンパス)』を使っておくか、『封域(シャットアウト)』で師匠とゼニスさんを守っておけばここまでの被害にもならなかった。私にはまだいくつも出来ることがあった。相手は私を本気で殺そうとしていた。私は本気で殺そうとはしていなかった。そのせいで全滅するところだった。だが女剣士さんが来て助けられた。

彼女には明日また会えるだろう。そのときに少し話したいことができた。

 

 




■補足
 ルーデウスとロキシーは、タルハンドを連れて新婚旅行(10歳と5か月の末)の後にブエナ村に戻ってきています。よってパウロが腕を失ったのはその後、ルーデウスがアルスに連行されている間になります。



次回予告
鳥も魔物も食うためなら、
羽虫も野盗も邪魔ならば
他に何も語る必要なし。
だが正義の誘惑が
殺戮に大義を求める。

次回『失考』
ルーデウスの知識が未来と歴史を混同する
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。