なんか机にパンツ降ってきたけどどうすればいい?   作:リンゴ餅

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第二十五話

 

 土曜日。

 学校がある日と同じ時間帯に起床して、私はいつも通りの朝を迎える。

 

 顔を洗ったり、朝ご飯を食べたり、身だしなみを整えたり、部屋の掃除をしたり。

 ルーティーンを一通り終えて、私は今日のこれからの予定を確認した。

 

「まず、ガヴの部屋に行ってガヴを起こして、ガヴの部屋を掃除して、ガヴに綺麗な部屋でちゃんと朝ご飯を食べさせて、それからガヴに……」

 

 今もきっと床の上でごろ寝しているであろう天使の姿を思い浮かべながら、私は悩む。

 怠惰を貫こうとする自分の友人をどのようにして説得するか、頭の中で駄々をこねまくるガヴリールをいかになだめるか。

 私は考えていた。

 

「私一人じゃ無理そうだったら佐倉君にも手伝ってもらって……いえ、ダメよ。佐倉君に迷惑はかけられないわ」

 

 頼りになる友人のことを思い出すが、甘えてはいけない。

 あの駄天使の世話は、私が責任をもってしなくてはならないのだ。

 天真=ガヴリール=ホワイトの駄天は、前兆に気付いて引き止められなかった私のせいでもあるのだから。

 

 ガヴのために多めに作ったおかずをタッパーに入れて、おにぎりをラップで包んで、後は水筒にあったかいお茶を入れて。

 せっかくなのでいつもガヴが迷惑をかけてしまっている隣人の分のおかずも用意した。

 

「男子はもっと濃いめの味つけの方が好きなのかな……ガヴにもヘルシーすぎるって文句言われたし」

 

 今日のところは時間が無くてできないけど、そのうちガヴが満足できるような味付けを研究したい。

 

 今日も天気が良い。

 気温に関して言えば、昨日よりも温かい朝だ。

 むしろ、いつもより多い荷物を抱えていくのであれば暑いくらいかもしれない。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 うららかな日差しの中、私はガヴのアパートへと向かった。

 

 

 … … … … …

 

 

 えー、今日はですね。

 今の時刻は午前七時を回ったところなんですけどもね。

 ちょっと、実況をさせていただこうかとね、思うんですよ。

 

 何の実況かですって?

 いやそんなもの決まっておりましょうよ。

 朝チュンの時間帯に実況することなど、一つしかないでしょう。

 

「スー………スー……」

 

 カメラが手元にあれば、シャッターがぶっ壊れるくらい高速で写真を撮っていたことでしょう、我が妹の寝顔です!

 

 見てくださいこの顔!

 この美少女っぷり!

 全国の妹愛好家(シスコン)どもが見れば嫉妬と羨望と憎悪で発狂しそうな、俺の視界!

 

 なんと、俺の妹は愛らしくも俺のベッドに同衾しているのです。

 それもまあ致し方ないでしょう。

 まさか、家から自分の布団を持ってくるわけにもいきますまい。

 この部屋にもお生憎様、寝具は一つしかないのですから、この状況は必然ともいえるでしょう。

 

 俺の枕に顔の半分をうずめ、俺の寝巻の袖をちょこんと握り、温もりを求めるようにもぞもぞと動きながら寝顔をさらす妹の姿。

 

 讃えましょう。

 崇めましょう。

 今私が享受しているのは、まさしく至高。

 

 ああ、賛美、賛美、賛美。

 桃源郷に、我は至れり。

 探し求めていたものは、すでにあったのだ。

 

「アーメン……」

「ん……兄さん、おはよう」

 

 と、気づいたら2時間くらい妹の寝顔を鑑賞していた。

 実家にいるときは別に毎日一緒に寝ているわけではなかったから、今日は割とレアなケースだ。

 7200秒の記憶を、俺は忘れない。

 

 あと、流石に沙那もメイド服をパジャマとして使用するつもりはなかったようだ。

 風呂を上がった時点で普通の寝やすそうな格好になっていた。

 

「おはよう、沙那。今日も可愛いぞー」

「……頭ぐりぐり……しないで」

 

 妹の寝ぐせの付いた髪をさらにぐしゃぐしゃとかき回しながら、俺はベッドから起きる。

 

 高校生で一人暮らしだと、休日であっても早起きできるから健康に良い。

 昨日夜更かししたわけじゃないので、沙那も俺も快眠できた。

 素晴らしい朝である。

 

「朝飯、昨日の夜の残りと野菜炒めになるけど、大丈夫か?」

「うん……文句なし」

 

 顔を洗いに行く前に沙那に聞くと、いつもより二割くらい音量を落とした寝ぼけ声で沙那は返事をした。

 

 朝の分の米は予約設定で既に炊き上がっているはずなので、後は適当におかずをぶっかけて食うだけである。

 みそ汁はインスタントなので悪しからず。

 

 洗面所に行き、顔を洗い、寝起きのなまった体を伸ばしたりポキポキ鳴らしたりして。

 歯も磨いてからトイレを済ませて。

 朝食の準備にとりかかった。

 

 冷蔵庫にキャベツ、にんじん、ピーマン、もやしと野菜が一通りあるのを確認してから適当に取り出して適当に切る。

 フライパンに油をひいて野菜を炒め、斜め切りにしたソーセージも加え、塩コショウをぶちまければ……

 

「一丁上がり……大皿も一応買っておいて正解だったな」

 

 一人暮らしを始めてまだ一週間程度しか経っていないのでまだまだぎこちない部分もあるが、このくらい簡単な料理であれば大分手慣れてきた。

 

 フライパンから大皿に移し、部屋に戻って小テーブルに配膳する。

 昨日の夕食の余りもチンして、いよいよ朝食の完成だ。

 

「できたぞ、沙那」

「ん、了解……」

 

 俺が朝食の準備をしている間に沙那も洗顔などを終えていた。

 ぼんやりと宙を見つめて髪を指で梳いている妹に声を掛けて、一緒に食卓に着く。

 

「「いただきます」」

 

 沙那は割り箸で、俺はマイ箸を手に取り、朝食を食べ始めた。

 

 

 

 しばらく無言でもぐもぐ過ごしていると、ふと話題を思いついたので早速振ってみることにした。

 

「そういや沙那って帰宅部だったよな」

「…………うん」

 

 ゆっくり野菜炒めを咀嚼してから、沙那が返事をする。

 話し方と同じくらい、沙那の食べ方はスローペースだ。

 きっと、よく味わって食べている証拠だろう。

 

「どうして……?」

「いや、高校生になったら沙那はどっか部活入ったりすんのかなって」

 

 沙那の趣味についてはある程度兄として知っているつもりだが、部活の趣向については正直分からない。

 沙那が何部っぽいか、と聞かれたら少し答えに詰まるだろう。

 

 運動部って感じでもないし、何かしらの文化活動に勤しんでいる印象もない。

 将棋を指したりホラー映画を良く観たりはしているが、部活として取り組むほど熱心なわけでもない。

 昨日部活のことについて色々考えたこともあって、少し気になったのだ。

 

「特に……ない…………けど」

「けど?」

「マネージャー、みたいなのは……やってみたい、かも」

 

 マネージャー。

 なるほどそういう部活との関わり方もあるか。

 

「何のマネージャー?」

「……どうしようか、迷ってる」

「スポーツ、何か好きなやつあったっけ」

「一応、バスケットボールが……好き」

 

 バスケかぁ。

 体育の授業と、小学校のころ昼休みとかに遊びでやってたくらいだから、詳しいことは正直よく分からない。

 

 というか、何がきっかけでバスケを好きになったんだろうか。

 聞いてみると、

 

「あの独特な……スピード感が…いい」

 

 と返ってきた。

 

 確かに、バスケの魅力の一つは試合のテンポの良さだろう。

 目まぐるしく変わる形勢と、キレッキレの選手の動き。

 沙那は自分がプレイするよりも、間近で観戦を楽しみたいタイプらしい。

 

「兄さんは、卓球部?」

「んー、まーだ悩み中かな」

「他に……候補があるの?」

 

 もやしを箸で束にしてザクリ、と頬張る。

 どうでもいいけど、もやしの咀嚼音って地味に擬音にしにくいよね。

 

「将棋部、も悪くないかなと思ってる」

「ふーん……」

 

 昨日、卓球部と一緒に見学をしようと思っていたのが将棋部だった。

 卓球部とは違い、舞天高校の将棋部は特に実績は残していないようで、ガチ勢というよりかはエンジョイ勢が集まった部のようだ。

 

「……将棋部は……女子、いないんじゃないの?」

「部活にそういう出会いは求めるつもりねぇよ。あと、念のため言っておくけど天真さんたちとは偶然知り合っただからな?」

 

 高校に入った兄がナンパ野郎になったなどと思われているのか、妹がツッコミを入れてくるので反論する。

 彼女たちと出会えたのはたまたま運が良かったからであり、俺が不純な動機を以て接触したからではないのだ。

 

「……すけべ」

「いや、だから違うって……」

 

 蔑むような目線で見るのはやめてほしい。

 例えば白羽さんからそういう目で見られるんだったら性癖の一つでも目覚めそうなのだが、実の妹からそういう目で見られると結構真面目に傷つく。

 

「……ん?」

 

 ポケットに入れていたスマホに、ラインが届く音が鳴る。

 妹の疑いの目線から逃れるために、食事中だがこれ幸いとスマホを確認する。

 

 

『佐倉君、おはよう☀ 朝早くごめんね。もう起きてるかな?』

 

 

 うっひょ!

 ヴィーネさんからじゃないですか。

 すぐさま返信しなくては。

 

『おはようヴィーネさん。起きてるよ』

 

 女子とこういうラインができるって、ほんと最近の俺幸運すぎない?

 もしかしてそろそろ死ぬんじゃなかろうか。

 外出る時は身の回りの安全に気を付けないとな。

 

 すぐに既読が付く様子がなかったので、スマホをポケットにしまい顔を上げると。

 

 

 

 無表情の妹と目が合った。

 

 

 

「……また、女の子から?」

「…………はい」

「ヴィーネさんって、ハーフの人?」

「人のスマホ画面覗き込むのはマナーがなってないぞ、妹よ」

「食事中にスマホ……よくない」

 

 勝手にヴィーネさんとのトークを覗き込んでいた妹に苦言を呈すも、普通にブーメランである。

 

「ふーん。ふーん……ふーん?」

「沙那。無表情で見つめてくるのはやめてくれ。怖い」

「じゃあ、笑顔の方が……いい?」

 

 それはそれで怖いから勘弁してほしい……。

 

 沙那は昨日の天真さんの時とは違い、それ以上特に何かを追求してくることはなく、俺たち二人はそのまま静かに朝食をとった。

 

 


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