皮を被って生きている。蛇は脱皮をしなければならないのに。彼女は自分をだまし、周りをだまし生きている。

 それが正しいと信じていたから。

 しかしそれは本当に正しいこと?







 twitterで公開している「ライダー少女」
 
 私、葉町の制作した「仮面ライダー王蛇」こと「蛇走伊武」のお話です。

 そもそも仮面ライダーを性転換するなんて! という方にはお勧めできません。


 仮面ライダー王蛇の変身者、浅倉武を軸にしながら……いやほぼオリジナルではありますが。なぜ彼女が仮面ライダー王蛇となったのか。

 そんなお話で御座います。こちらでは初めてとなりますがどうぞ宜しくお願い致します。……初めてがコレで良いのかはさておいて下さい。

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蛇走伊武の覚醒

 私は、嘘つきだ。

 

 まるで何かの皮を被っているかのような。けれどそうしなければ自分の内から溢れそうな衝動を抑えることが出来ない。本性をひた隠しにして生き続ける。

 

 そうすることが正しいのだと、あの日の炎を見て決意したのだ。

 

『……だけど本心では、その本性を曝け出したいんじゃないかしら?』

 

 頭に響く女の声。まるで嘲るような声だった。

 

『蛇のようにその皮を脱ぎ、炎のような激情を……心のままに生きたいのではないの?』

 

 いや、違う。自分はそうしてはならない。

 

『そうやって逃げていてもあなたの心は晴れないわ。戦わなきゃ、ね』

 

 真っ黒な空間から現れる銀色の物体。側面にはカードのようなものが入っていた。

 

『待っているわ。あなたがその皮を脱ぎ去る時を……ね』

 

 カードを入れたケースに、アレに手を伸ばせば……あたしは……。

 

 *

 

 

 目を開けると、見慣れた天井。大学生の時から住んでいる六畳一間のアパート。雨が凌げれば、としか考えずに借りたため隙間風が寒かった。毛布に包まりながらもベッドから起き上がる。時計を見ると午前七時を少し過ぎたところだ。家を出るまでにはもう少し時間がある。しかしもう一度寝る気にはなれなかった。

 

「……はあ」

 

 ハロゲンヒーターの電源を入れてから毛布をベッドに放り出す。少しだけその熱で温まった後、洗面所へと足を延ばす。蛇口を捻り出てきた冷や水に顔をしかめながら、湯に代わるのを待つ。十分に暖かい湯となったことを確認し、顔を洗う。近くのタオルを取って拭きながら顔を上げた。

 鏡に映る金色の瞳。鋭く睨むその瞳はまるで――

 

『蛇のように皮を脱ぎ……』

「違う……!」

 

 声を振り払うように顔を振り、近くにあった眼鏡を取った。度の入っていない眼鏡を掛け再度鏡を見ると、よく見る自分の顔がそこにはあった。

 

「……コンタクトは……あった」

 

 洗面台に置いていたコンタクトケースを手に取る。確か昨日までの分が入っていたはずだ。期限は切れているが一日くらい、大丈夫だろう。そう思い蓋を取る。

 

「……ない?」

 

 捨ててしまったのだろうか。中には液体だけが入っていた。辺りを探してみるが、替えのコンタクトレンズは見当たらない。こんなことになるなら買い足しておけば良かった。

 ため息をつきながら準備を進める。カラーコンタクトがないことで少し気分は乗らなかったが誰も自分のことを見ているわけがない。気づかれることはまずないだろう。

 服を着替えようと居間へと戻り、ふとテーブルの上に何かがあることに気が付いた。四角い銀色の物体。

 

「……これは」

 

 夢で見たカードデッキ。中にはやはりカードが入っていた。思わず手に取り、そのカードを検める。まるでカードゲームに使われるような四角い枠と英語が書かれていた。

 

「Contract……契約?」

 

 色のないカードを元に戻す。なぜ自分の部屋にこんなものが?

 

『心のままに……』

 

 思わずカードデッキを握りしめていた自分に気づく。慌ててそれから手を離すと準備を再開した。スーツに手を通し、髪を一つにまとめる。分厚い眼鏡を掛けて出社するのは何か月ぶりだろうか。どうせ誰も気にしない。

 家を出ようとし、その足を止めた。テーブルの上にあるカードデッキを持つ。なぜこれがあるのかわからなかったが、考えても仕方がない。見ているだけでも引き込まれそうな何かがあった。しかし持っていて良いものではない。肌が粟立つ感覚は一度経験したことがある。思い出してはならない記憶。だから、処分する必要がある。

 家を出て施錠をすると、すぐ近くにあるごみ箱へとカードデッキを捨てた。何かのいたずらか、間違えて自分が持ってきてしまったのか。考えるのはもうやめよう。

 

「……私は、このままで良い」

 

 自分で自分に言い聞かせると、私は一歩踏み出した。見上げた空は雲に覆われていたが、雨の予報はなかったはずだ。それに傘を取りに戻れば、なぜか引き返せないような気がした。

 

『待っているのよ……蛇走伊武』

 

 バスに揺られる。私はこの時間が好きだった。朝、人の少ないバスに揺られながら会社を目指す。わざわざ早くに起きて電車ではなくバスに乗る理由だった。信号が赤になりバスがその動きを止める。ふと窓の外に目を向けた。ガラス張りの店舗。そのガラスに映ったものを見、わたしは目を疑った。

 巨大な紫色の蛇がいる。いや、ガラスに映る蛇はバスの中にいるように見えた。弾かれたように振り返る。しかし蛇はいない。眠たそうにしている年配の方やサラリーマン、学生。蛇の姿などどこにもなかった。

 バスが動き出す。いるわけがないとわかってはいるものの、もうその店舗に目を向けようとは思わなかった。

 

 

 オフィスのあるビルに辿り着くと、私は真っ先にトイレに駆け込む。始業まで時間があるため毎日の日課ではあったが、今日は胃の中にあるものを吐き出したい気分だった。

 しかし今日は、何かが違う。いつもは吐き出せているのだが、今日に限っては何をしても胃の違和感を拭い去れない。

 

「イライラする……」

 

 個室から出て、手洗い場に立つ。鏡の自分を見ると、まるで人間ではないかのように生気がなかった。何か食べれば少しはマシになるだろうか。しかし食欲はここ数日まるでない。

 背後を振り返る。そこには誰もいなかった。先ほどと同じだ。なぜ。わからなかったが、再度鏡を見る。

 やはりそこに蛇はいた。頭部が広がったコブラのような姿をしていたが、サイズは比較にもならないほど巨大だ。人間など一飲み出来るのではないかと思わせる巨大な口が、私の肩の直ぐ上にある。自分の肩を触ってみるが、蛇に触れることは出来ない。頭部の横にある金色の刃は触れる者全てを傷つけそうではあったが、それにも触れることは出来なかった。

 黄金の双眸が私を見つめている。その瞳は獲物を狙っているようには見えない。なぜだかその瞳を見ていると、心が落ち着いていくような気がする。もっと……見るためには……。

 

 ――ピリリリリリ

 

 着信音で、自分が眼鏡を外そうとしていたことに気が付いた。駄目だ。この眼鏡を外すわけにはいかない。携帯の着信音を止め、鏡に背を向ける。あんなに込み上げてきていた吐き気はもう感じられなかった。

 

 

 私は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。自分を開放しろと迫る夢、鏡に映る蛇。そしてテーブルの上にあったカードデッキ。自分でも気づかない間に、体か頭のどこかがおかしくなって幻覚を見ているのだろうか。

 

「大体君は――」

 

 昨日も変わらず家に帰り、特にすることもなくただ本を読んでいた気がする。どこかへ寄ることもなかったはずだ。だからあのカードデッキは自分で持ってきたものではない。

 

「――いているのかね」

 

 夢遊病、というものがある。長くて三十分ほどだったか。何かをし、その間の記憶がない。小児に見られるものだが、大人でも発症することはあるという。その時にどこかでカードデッキを拾って……いや、そもそもそれほど複雑な行動が出来るのだろうか。家の鍵を開けて、外のものを拾ってくる。そんなことが。

 

「聞いているのか、蛇走!」

 

 体がびくりと震えた。目の前にいる課長は顔を真っ赤にして自分を睨みつけている。そういえば業務の進行が遅いとかで、怒鳴り散らされていたのだった。

 

「……申し訳ありません」

「もう良い。戻りなさい。まったく、なぜ君じゃないのかな」

 

 そういって大仰にため息をつく課長。彼が言っているのは今月寿退社する同僚のことを言っているのだろう。そんなことを言ってもどうしようもないことだろうに。お辞儀をして自分の席へと戻ろうと歩き始めた。

 突然、視界が揺らいだ。気づいた時にはまるで投げ捨てられたおもちゃのように力なく床に倒れこんでいた。頭上から降り注ぐクスクスという嘲笑の声。顔を上げると目の前に眼鏡が落ちていた。顔を抑えると目の前のそれが自分のものであることに気づく。慌てて私は眼鏡を拾おうと手を伸ばした。

 

 ――グシャッ

 

 目の前の眼鏡が原型を留めていないほどにひしゃげた。

 

「あら、ごめんなさいね。蛇走さん」

 

 聞こえた声はまるで謝る気のない、悪質なものだ。その顔は何が嬉しいのか、笑顔に歪んでいた。しかし不意に、その顔が変なものを見たかのように変わっていく。

 

「何、その眼」

 

 その言葉で私は彼女がなぜ気味の悪いものでも見るような目をしていたのか理解した。私は今日、自分の瞳の色を隠すカラーコンタクトをつけていないのだ。金色の瞳。生まれつきだったが、それが如何に相手の不快感を誘うのかは小学生の時に嫌というほど味わった。

 胸の奥がまるで何かに掴まれたかのように、突然上手く息が出来なくなる。体が熱い。まるで炎の中にいるようだ。炎……?

 

 煌々と輝く、炎の揺らめき。それまで私の家だったものが、赤い蛇に飲み込まれていく。

 

「あああああああああああああああああああああああ!」

 

 頭を振り乱し、走り出した。何の声も聞こえなかった。いや、聞きたいとすら思わない。今声を出すことをやめれば、狂ってしまいそうだったから。

 

 外は雨が降っていたらしい。打ち付ける雨でようやく体が冷えたように思えた。突然叫んだことによる喉の痛み。体中に張り付く雨に濡れたスーツ。転んだのだろうか、腕や足が痛い。走ることはやめても、歩みを止めようとは思わなかった。どこに向かっているのかも、わからない。とりあえずもう、会社に戻ることは出来ない。このまま家に帰るしかない。幸い鍵だけは持っていた。

 ふと目に映ったのは、朝に見た店舗だ。ガラスに映るのはみすぼらしい、まるで化け物のような自分の姿だった。手を伸ばしても、私に寄り添う蛇に触れることは出来ない。どうして、という思いと自分にしか見えないのかもしれない蛇の存在に、私は苛立ちを覚えていた。

 

「イライラする……」

 

 触れられないのならと、地面へと視線を落とす。水たまりに自分が映っていた。金色の瞳を持つ女。しかし目を疑ったのはその口元だった。

 笑っている。水たまりに映る私の顔は、雨で何度も歪むが笑みを浮かべていることだけは確かだった。でも、なぜ? なぜ私は笑っている? 金色の瞳を他人に見られた。化け物だと罵られた瞳を。その瞳を生んだ元凶を焼き払うほど、私は憎んでいたのに。

 

 ――そうだ。私は焼き払ったはずなのだ。家も、そこに住む人間も、そして化け物のような自分自身も。

 

 鍵を開けて家の中へ倒れこんだ。体中が熱かった。息も上手く出来ない。這いずりながらもようやく冷蔵庫を開け、水を流し込んだ。冷たい水が体の中に染み込んでいくようだった。少しだけ、体の熱が冷める。服を着替えようと居間に移動しようとし、直ぐに体が硬直した。

 

「どうして……」

 

 テーブルの上にはカードデッキが置かれている。朝、確かに私は捨てたはずだ。にも関わらず、それは確かにそこにある。鍵は閉めていた。窓も開けた記憶がない。なぜ?

 しかしそう思いながらも、体の熱が落ち着いていくのを感じていた。その理由はわかる。私はきっと、求めているのだろう。目の前にあるカードデッキを。鏡の中に映る巨大な蛇を。

 皮を脱ぎたがっているのだ。何年も脱皮せずに、生きていけるわけがない。そう、あたしは死んでいた。ずっと私が閉じ込めていたから。

 テーブルの上にあるカードデッキを掴む。まるで心臓のように脈っていた。いや、これはあたしの体が歓喜に震えているのだ。体の全身に血が巡るような、そんな感覚。

 

 

『やはりあなたは、面白そうね。蛇走伊武。歓迎するわ』

 

 

 

「あはは……イライラが……収まった」

 

 簡単なことだった。いつも抱えていた、この気持ちを解消するのは……簡単なことだったんだ。

 

「どうして……」

 

 声に振り返ると、涙と血に塗れた女があたしを見つめていた。おびえた瞳。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。

 

「私、あなたに何もしていないじゃない!」

 

 女が叫ぶ。なぜ自分がこんな目に、という意味なのだろう。そうだ。確かに彼女の近くに転がっている課長だった物みたいに彼女はあたしを怒鳴り散らしたりしなかった。到底女性とは思えないほど顔が崩れた女のように、陰湿な嫌がらせをしていたわけでもない。

 けれどなぜ彼女が血を流しているのか。その理由はひどく単純なものだ。

 

「近くにいた、あなたが悪いのよ?」

 

 手に持っていた椅子の残骸を振り上げる。逃げようとしても彼女の足は動かないようだった。まあ、逃げたところで……無意味だけれど。

 

 ――グシャリ。

 

 聞いたことのある音だ。ああ、そういえば昨日……眼鏡を踏みつぶされたときにこんな音がしたかもしれない。

 

「また……イライラが収まった……」

 

 ガラスに映る自分の顔は、笑っていた。

 

 

 都内の会社で、同じ職場で働く社員10数名の命を奪ったとして蛇走伊武(26)が殺人の疑いで逮捕されました。同容疑者は会社内に入ると直ぐに持っていたカッターで課長の杉浦典弘(48)の腹部を何度も突き刺したということです。また止めに入った同僚社員にも危害を加え、現場は凄惨な現場だったと報じられています。逮捕された時容疑者は笑っており、調べに対しても「イライラしたから」と答えているとのことです。警察は何らかのトラブルがあったものと考え、捜査を進めていくということです。

 

 

 もう耐えることが出来なかった。あの日以来、カードデッキを見ていない。頭の中がガンガンする。それを振り払うようにあたしは頭を格子に打ち付ける。

 

「やめろ、蛇走! 蛇走!」

 

 扉を開け看守が険しい顔であたしを睨みつけていた。

 

「蛇走伊武! 弁護士と接見だ」

 

 弁護士? ああ、そういえば頼んだ記憶がある。何でも金さえ積めば無罪にするとかいう……名前はなんだったかしら。まあ、どうでも良い。

 

「イライラするのよ、こんなところにいると……」

 

 その弁護士はあたしを開放してくれるだろうか。いや、出来ることなら……また出会いたい。ガラスに映ったあの巨大な蛇と。あたしが求め、あたしを求めたあのカードデッキを……。

 

 



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