夢は灰かぶり(ただし王子様はNG)、どうも逢坂冬香でございます。
昔に書かれた童話は意外と残酷、なんて話を聞いたことがありますでしょうか。
例えばグリム版のシンデレラでしたら、意地悪な叔母達はガラスの靴を履けるよう足を削いだ。しかもそうなるようを唆したのはシンデレラだった、などですね。
童話なのになんでそんな残酷な、と思う方がいらっしゃるかもしれません。
ですがそれは大きな間違いです。
日本の古典などもそうですが、書物というのは書かれた当時の目線から書かれているので、現代から見ると少し変わった風に思えるのです。
グリム童話が書かれたのは1800年代初頭。
ほんの100年前の江戸時代と今でこれほどまでに価値観が変わるのですから、200年前に書かれた童話と今の常識は違って当然と言えます。
200年前は復讐といったら徹底的に、そして王族と結婚すれば全てが手に入る。そんな時代だったのでしょう。
できることなら、私もそんな時代に産まれたかったです。悪性の限りを尽くす貴族に、平和な村々を襲う山賊や海賊。なんともロマン溢れる時代ではありませんか。
それに比べて今の時代はロマンに欠けています。
警察は優秀ですし、無能だなんだとバッシングを受けている政府も法治国家として国を運営しています。
まったく退屈でなりません。
こんなロマンのない時代、現代版のシンデレラを書くとしたら、アイドルとしてスカウトされ、一夜にしてトップアイドルに……そんなストーリーになるのでしょうか。
私はそんなのまっぴらゴメンです。熨斗をつけて返してやりたいです。しかし現実として、私は今、そんなストーリーをシンデレラとして歩いている……
だからぶち壊してやろうと思います。
もし童話のシンデレラが舞踏会で突如全裸になり「私はど変態です! 誰でも良いから私を襲って下さい! 王子様ぁ? 中年で脂ぎった悪政王になってから出直してきな!」とか叫んでいたら、どうなっていたんでしょうね。
ちょっと気になりません?
だから私が見せて差し上げます。現代版のシンデレラとして。
「というわけで退屈なので本性を明かしてみようと思うのですが、どう思います?」
「頭がおかしいと思う」
「出会っていきなり言葉責めとは、奈緒もレベルを上げて来ましたね」
「違う、今のはシンプルな感想だ」
ジトっとした顔で奈緒に睨まれました。
今日は奈緒と二人で、いつものファミレスに来ています。
路線変更したいのですけれど、とりあえず相談したいです、ということで来ていただきました。
「てゆーか冬香は『清楚で完璧な自分』が虐められるのが好きなんだろ? だったら本性バラしたら、意味ないんじゃないか?」
「まあそうなんですけどね……」
奈緒の言うことは正しいです。
今回のことは、私の本来の趣旨とは大幅にズレています。
ですがそう、これには仕方ない事情があるのです。とてつもなく大きく、そしてどうしようもない事情が。
それは――
「性欲の限界が近いです」
「昼間から何言ってんだ、お前は」
「むしろ今までよく持った方だと、私を褒めてくれてもいいくらいです! 私の性欲は常人の15〜20倍! つまり二人でこうして話している間にも、私は奈緒の約3倍ムラムラしているのです!」
「サラッとあたしを常人より上に位置するな!」
「あっ、またムラっときた」
「あっ、お腹空いた、くらいのテンションで言うなよな!」
「同じ三大要求ですから」
「くくりは同じだけど、全然違うものだろ!」
「ちょっと我慢できないんで、思いっきり殴ってもらってもいいですか?」
「断る!」
「その場合、私が奈緒を襲うことになりますが、よろしいですか?」
「よろしくないに決まってるだろ!」
「仕方がありません。ちょっとダンプにでも轢かれてきますね」
「それは流石に冬香でも死ぬだろ! 死ぬ……よな?」
「さあ? 昔お兄様がロードローラーに轢かれたときは、ピンピンしてましたけどね」
「あの人はまたちょっと別だろ」
私も身体能力は高い方だと自覚していますが、お兄様はまた別格です。スポーツでは勝ったことがありません。
「てゆーかあんなにテレビとか雑誌に出てるのに、そんなに退屈なのか?」
「もちろん時間的には忙しいですよ。肉体疲労度的には悪くないです。でもほら、精神的に満たされないんですよ。例えるなら、身体だけの関係で心は繋がってない、みたいな」
「その例えは絶対いらなかったけど、言いたいことは分かった」
「最近の楽しみといえば、ライブの合同レッスンの時に、小日向美穂ちゃんにセクハラすることくらいです」
「何してんだお前!」
「休憩時間、何気ない談笑をしてるとするじゃないですか。その時、真っさらな笑顔を浮かべながら『最近ちょっと小耳に挟んだのですが、その、あお◯んってなんですか?』って」
「最悪だな」
「これを逆無知シチュと名付けようと思ってるのですが、どうでしょう?」
「どうでしょう、じゃねえええ! 小日向さんに謝ってこい!」
「すまんなコッヒー」
「どうした急に!?」
「いやほら、今日は元々私のキャラを変えたいという話だったじゃないですか。色んなキャラを模索しようと思いまして」
「頼むからもうちょっとアイドルらしいキャラを模索してくれ」
「おうさか星から来たぷりぷりキュートなお姫様、とうかりんだよ!」
「お、おおう……。友達がそうゆー路線て、思ったよりキツイな」
「おえ」
「自分で胸焼けしてるじゃねえか!」
「違うんです。今のはあまりにもキャピキャピした自分が気持ち悪くて、胸焼けしただけなんです」
「何も違くねえじゃねえか! あたしの想定そのままだよ!」
「あっ、ムラっときた」
「だーかーらー!」
腕をぶんぶん振りながら、目をギューっとする奈緒。そんないいリアクションするから、みんないじりたくなるんじゃないでしょうか。その辺を自覚してるんですかね、この人は。
「それで話を戻しますが、路線変更したいんですよ。今の清楚路線から、淫乱路線に」
「路線変更どころか、もうそれは車両ごと変わってるだろ」
「えっ、何ちょっと上手いこと言ってるんですか。こわっ」
「い、いいだろ別に! あたしがちょっと上手いこと言ったって」
「太眉なのに?」
「関係ないだろ!」
「アンダーヘアも濃いのに?」
「おま、なに言ってっ!」
「すいませーん! モンブランひとつ下さい」
「会話の流れ無視か!」
「それでですね、次のライブで本性をぶっちゃけてしまおうと思うんですよ」
「あーもー! 勝手にしろよ!」
「じゃあそうします」
「…………いやいやいやいや! やっぱりダメだろ、それは!」
「前代未聞ですよ、これは」
「末代まで聴きたくないわ!」
「失礼します。モンブランをお持ちしました」
店員さんが一礼しながら、モンブランを持ってきてくれました。
――奈緒の前に。
そして怪訝そうな顔をしながら去っていきます。
「さてはお前、また忍術使ってるのか!」
「ええ。周りの方からは、奈緒の姿しか見えていませんよ」
「さ、最悪だ……」
「最悪? それはつまり、最も悪いという意味ですよね? 家族がみんな死ぬより、今の状況の方が悪いと、そういう意味なんですよねえ!?」
「なんだ急に!? 言葉の綾だろ、めんどくさいな!」
今気がついたのですが、話がちっとも進みません。奈緒をいじるのが楽しすぎて、つい脱線してします……
「奈緒って相談相手としては三流ですよね」
「あたしが悪いのか!? 絶対冬香が悪いだろ! 相談内容が意味分からなさすぎるんだよ、まったく。普通そういうのって、プロデューサーに相談するもんじゃないのか?」
「いや、あの人はちょっと……」
興味はありますけどね。相嘉さんに相談したらなんておっしゃるのか。この私をして、なんて返すのかまったく想像できません。
「……なあ、今のままじゃダメなのか?」
「どういう意味です?」
「今のままアイドルとして成功していって、トップアイドルを目指すだけってのもいいんじゃないか。アイドルの仕事にやりがいとか楽しさとか感じてさ」
「やりがい、ですか……」
「ないのか、ちょっとは」
やりがい、楽しさ……
そういえば合同レッスンのとき、誰かがそんなことを言ってましたっけ。こうしてみんなで頑張って、その結果ファンのみんなに喜んでもらえるのが嬉しい、と。
私はアイドルという仕事を使って愉悦を感じる瞬間はあっても、例えばファンのみなさんからの応援に嬉しさを感じたりとか、レッスンが上手くいって達成感を得たとか、そういった感情を抱いたことはないですね、そういえば。
あのとき、あのセリフを言っていたのは誰だったか――
「……高垣楓」
「ん?」
「そう、あれは高垣さんがおっしゃっていました。もう一人のセンターであるあの人が」
「楓さんがどうかしたのか?」
奈緒が心配そうに顔を覗き込んでいます。
ちょっと待ってて下さいね。今頭の中を整理しているので。
あと少し、あと少しで私の中に渦巻くこの奇妙なわだかまりの正体が分かりそうなのです。
「――奈緒、正直なところを言います」
やっと考えがまとまり、口が動きました。
……先程の評価を改めなくてはいけませんね。
私が考えている間、奈緒は黙って待っててくれました。そして今は真剣に、私の話を聞いてくれています。
申し訳ありません、奈緒は良き相談相手でした。
「私はアイドルという職業を使って楽しむことはあれど、アイドル自体に楽しさを見いだしたことはないですし、それを目標ともしていません。だからいくらアイドルとして成功しようと、まったく嬉しくないのです」
「……そっか」
「そこで刺激を求めて、私は本性を明かすことにしました。裏を返せば、アイドルとして仕事をすることが楽しいと感じるのなら、本性を明かす必要もないということです」
「うん」
「しかし今のままですと、アイドルを楽しいと思う瞬間は未来永劫訪れないでしょう。まあ私はそのままでも良いのですが、正直な話、お世話になったプロデューサーやスタッフの方に申し訳ないという気持ちもあります」
「…………」
「そこで考えました。私と同ランクであり、そしてアイドルとして仕事をすることが楽しいとおっしゃっていた高垣さんなら、私にアイドルの楽しさという物を教えてくれるのではないのだろうか、と」
「で、具体的にはどうするんだ? 話を聞くだけ、じゃ収まらないんだろ」
「ええ、はい。奈緒は私のことを本当によく分かってますね」
「ま、腐れ縁だからな」
「ふふふ」
まったく奈緒は、こんな時でもツンデレですね。
「次のライブ、高垣さんと二人で歌う場面があります。そこで高垣さんと勝負をしてきます。私が負ければ私が未熟なだけ、今のままアイドルを続けます。私が勝てばその時は――本性をその場で全て公開する。という風にしようかと」
「――複雑だな」
そんなに複雑な話だったでしょうか。
小首を傾げると、奈緒は笑いながら言いました。
「だってその場合、あたしは冬香と楓さん、どっちを応援すればいいか分からないだろ?」
「たしかに」
これは一本取られましたかね。
◇◇◇◇◇
冬香と別れたあと、あたしは考えた。
冬香はアイドルが楽しくないって言ってたけど、それは嘘だと思う。いや、嘘っていうのは少し違うかな。たぶん自分で気がついてないんだと思う。
ああ見えて、冬香は飽き性なんだ。
なんでもやればできちまうせいか、何か始めて長続きしてるところを見たことない。
……え、えっちなこと以外。
と、とにかく! その冬香がここまで長くやってるんだから、心の奥底ではアイドルを楽しんでるんだと、あたしは思う。
だからこそ、冬香は勝つ。
あいつがここまで長く打ち込んだ分野で、負けるところが想像できん。楓さんには悪いけど。
ただの勘だけど、あいつは楓さんに勝ったら、遠くない未来アイドルを辞めちまうと思う。自分がアイドルを好きだってことに気がつかないまま。それはなんてゆーか、すごいもったいないとあたしは思う。
だってさ、本当に珍しいことなんだ。ここまでなにかが続いてることも、何かに悩んであたしに相談することも。
ちょっと嬉しかったんだ。完璧な冬香があたしなんかをアテにして相談してくれることが。
「――あっ、もしもし。すみません、神谷なんですが」
だから今回は、あたしが助けてやろうと思う。
言ってなかったけど、あたし、アイドルにスカウトされたんだ。は、恥ずかしかったからその場では断ったけど、あの人しつこくってさ。連絡先だけ交換したんだ。
あの人が冬香の担当プロデューサーなのかは知らないけど、いいや違くても、頼めば冬香の担当プロデューサーに話を通してくれると思う。
もし冬香が本性を明かしてもなんとかしてもらえるよう頼んでおくからさ、だから、勝てって応援はできないけど。
頑張れよ、冬香。
「アイドルになる件なんだけど。その、受けてもいいかな、て」
もう少しそこにいてくれたら、あたしがそこに行って、遊んでやるから。