「……なにやってるんだ、冬香」
「見ての通り縛りプレイです」
部屋に入って来たプロデューサーが私を見て唖然としています。
私は事務所で、一人縛りプレイをしていました。
椅子に座った状態で手を縛って、身体は亀甲縛りしてあります。もちろんアイマスクも着けてますよ。エチケットですから。
「……僕以外の人が入って来たらどうするつもりだったんだ」
「ご安心を。入ってくる前に音で分かりますから」
「誰か分かっても抜け出せないだろう」
「肩と手首の関節を外せば抜け出せますよ。そもそも自分で自分を縛ったんですから、抜けられて当然です」
「最近なんでもありだな、君は」
「そうでしょうか? ですが、うーん、あんまり興奮しませんでした。原因は“誰が部屋に入って来るのか分からない”という緊張感がなかったことでしょうか。もしくはいつでも抜け出せたから……? 縛りプレイには縛られる痛みだけではなく、ある程度の緊張感も必要みたいですね。勉強になりました」
聴覚が生きてるといくら目を塞いでも周囲の状況が分かってしまうので、ヘッドホンを着けた方がよさそうです。
それと、次やることがあったら、私でも抜け出せない縛り方を考えないとダメですね。紐も普通の縄ですと単純な筋力でちぎれてしまいそうです。これも緊張感の欠如に繋がる要因、なにか考えないといけませんね。
「あ、プロデューサー」
「なんだい」
「ちょっと写真撮ってもらっていいですか? 自分がどれくらいえっちに見えるか知りたいので」
「もう、ばかっ!」
「お、いいですね〜。もっと罵って下さい。ついでにムチで叩いてもらえると嬉しいです」
「色々言いたいことはあるけど、僕は仕事場にムチを持ってこないよ!」
「ベルトで代用が利きますよ。この臭いからして、プロデューサーが着用しているベルトはダチョウ製のものですね? 流石にブランドは特定出来ませんが……一般的な牛革のベルトより丈夫なはずですので、思いっきり叩いても壊れないでしょう。ああもちろん、ベルトを外したついでに犯しても構いませんが」
「分かった。分かったよ。オーケイ、写真を撮る。それで満足してくれ」
真面目な性格ゆえか、プロデューサーはスマートフォンとデジタルカメラの両方で写真を撮ってくれました。
アイマスクを取ってもらって確認します。
……私の見た目で縛られていると、我ながら禁断の匂いがしますね。
「男性から見てどう思いますか、これ。胸を強調するように縛れてるのは良いのですが、鎖骨をもう少し出したらいいかな、と個人的には思うのですが」
「うん。僕は縛らなければいいと思うよ」
「それに太ももはもう少し露出するべきでした。上半身が縛られているのに対して下半身は
「縄じゃなくて常識に縛られて欲しいな」
「おっと、これは一本取られましたね」
「っと、そうじゃなくて。今日はラブライカのお二人と合同レッスンの日だろう。早く準備しなさい」
「かしこまりました」
ラブライカのお二人をバックダンサーに起用するにあたって、ある程度の合同レッスンは必須になります。
もちろん個々のレッスンはしていますが、立ち位置やタイミングの調整をしないといけませんので。
お二人のダンスがほぼ完成したと聞いて、今日さっそく三人で合わせることになりました。
ただ、問題がひとつございまして。
「私がダンスレッスンを他のアイドルの方とご一緒するのは、原則禁止なんですよ」
「えっ!? や、やっぱりトップアイドルだから?」
「あー、そういうわけじゃないんですけどね」
「そこから先は私が説明しよう。自分の口からは言いづらいだろうからな」
と言ったのはマストレさん。
合流したあと、三人でダンススタジオに参りました。普段はルキトレさんに教わっているお二人ですが、今日は私に合わせてもらっています。
「端的に言えば、逢坂のダンスは魅力的過ぎるのだ」
「スパシーバ! 見てみたいです!」
「うん。でも、それのどこがダメなんですか? 私達のレベルが足りないなら、美波、もっとレッスン頑張ります!」
「レッスンを頑張るのは当たり前だ! 問題はそこではない!」
トレーナーさんが一喝しました。
「Sランクアイドルともなれば魅力・注目度は常人のそれを遥かに凌駕する! 同時にレッスンすればそちらに目が行き、無意識に真似しようとするだろう。だが、こいつの動きは真似できん。結果、自分のダンスが崩れるのだ!」
そうなんですよね。
これは私に限った話ではありません、他のSランクアイドルの方のレッスンも分野によって非公開になってます。
例えば楓お姉様のヴォーカルレッスンとか、他事務所では星井美希さんのビジュアルレッスンとか。
「貴様らひよっこでは逢坂に呑まれる! しかし安心しろ! 私が対策を立てておいた!」
指を鳴らすと、一斉に妹さん達が出てきて四方八方にカメラを置いて行きました。
「先ずは自分達だけで踊れ。その様子を徹底的にカメラに収めておく。逢坂とレッスンした後は必ず見て、自分を取り戻せ!」
「はい!」
「ダー!」
そして二人のダンスレッスンが始まりました。
汗をかいて頑張って踊るお二人。
熱心にアドバイスするトレーナーさん。
それを見守る退屈な私……これが、放置プレイというやつですか。
流石はマストレさんです、私のやる気の出し方を知っていますね。
「よし。もういいだろう。新人アイドルにしては及第点だ」
「はあ、はあ――あ、ありがとうございます!」
……汗をかいて息が上がった新田さんえっちいですね。
真面目な話、私から見たお二人のダンスは“普通”でした。
決して悪い意味ではありません。それだけ基礎が出来ている、ということです。
ある程度動けるようになるとつい癖が出てしまうものですが、お二人にはそれがありません。
基礎の大切さを理解して、反復を重ねたのでしょう。
これなら“応用”もすぐに踊れそうです。
「逢坂、先ずは一人で踊れ。二人は見学! ぼーっと見てるなよ。逢坂のダンスを見ながら、常に自分の立ち位置を考えておけ」
「はい!」
「わかりました!」
「……まあ、最初は無理だろうがな」
曲が流れ出しました。
曲はやはり、私の『Snow World』です。
冷たく寂しい世界を歌ったこの曲は、だいぶゆったりとした曲調をしています。
ダンスもそれに合わせて、静かなものとなっていますから、お二人の雰囲気にもあっているでしょう。
しかし動きのないダンスは逆に、魅力的に見せるのが難しいもの。ですが私は、とある方法でこの問題を解決しました。
「これは、スケートです!」
「スケートって……ふぃ、フィギュアスケート?」
フィギュアスケートの先進国出身のアナスタシアさんは気がついたようですね。
そう。
ゆっくりとしたクラシック音楽で踊るフィギュアスケートは、私の『Snow World』にぴったりでした。
氷の上で滑るフィギュアスケートを地上で再現するのには少し苦労しましたが、今ではこの通り、地上でのホバーリング移動をものにしています。
「ど、どうやってるのこれ……」
実際のところは高速すり足の連続と、単なる体重移動なんですけどね。
ただそれをスムーズに行うことで、本当にフィギュアスケートしているように見えているだけです。
ちなみにこのダンスは足首とヒラメ筋に物凄い負荷がかかるので、私は大好きです。むしろそのためにこのダンスを作ったまでありますね。
曲がサビに入りました。
ここで回転しながらジャンプ――そのまま空中で4秒ほど停止して、サビの終わりと共に舞い降ります。
ここまでで一番が終わりました。
「そこまで! ダンス自体は完璧だが、もっと悲しい雰囲気を出せ。顔だけでなく、身体全てで悲しさを演出しろ!」
「はい。アドバイスありがとうございます」
筋肉への負荷でどうしても楽しくなってしまって、笑ってしまうんですよね。
「おい、二人とも。なにを惚けている。ここは仮眠室じゃないぞ」
「――あっ! つ、つい見惚れちゃってた!」
「ぷ、プリクラースナ……冬香は、人間じゃないです」
「まあ、こうなることは分かってたがな。逢坂のダンスをここまで至近距離で見ていたんだ、むしろその程度で済むとはな。私の想定よりも少しいい。お前らもアイドル力がついて来たらしいな」
アイドル力=戦闘力というのが、この業界で通説です。
「ど、どうやって飛んでたの冬香ちゃん! どうみても浮かんでたけど! ワイヤーも見えなかったし……」
「ジャンプの瞬間に足元をひねりながら飛ぶことでつむじ風を起こしたんです。あとは体内で体重を分散させて風に乗ってあげて、という感じですね。細かいことを言えば、ジャンプの際に出来た運動エネルギーを体内に残して――」
「逢坂! 余計なことは言わんでいい。二人も絶対に真似しようとするなよ」
またしてもトレーナーさんの一喝が入りました。
私はいいのですが、普段優しい末妹さんのレッスンを受けているお二人は慣れないようです。
体がびくってしてました。
「しかしやはりというべきか、お前らのアイドル力では逢坂の魅力に抗えんか。先ずは一週間ほど逢坂のダンスを見て慣らせ。レッスンはそこからだ」
「はい!」
「家に帰ったら自分のビデオを見ておけよ。逢坂のバックダンサーも大事だが、それ以上に自分のダンスだからな」
「アーニャ、了解です」
その後はしばらく、私一人でダンスしました。
純真でフィギュアスケートが好きなアナスタシアさんはすぐに意識が持っていかれてしまいましたが、新田美波さんの方は努力家な性格のおかげか、少しずつ慣れてたみたいです。
トレーナーさんからお許しが出たので、最後には新田さんだけ一緒に踊りましたが、途中で注意されて自分がどこを踊っているのか分からなくなってしまい、棒立ちに……。
完成まではもう少しかかりそうですね。
「ふぅむ。新田とアナスタシアも成長しているが、逢坂の方も成長しているな……相嘉、想定より時間がかかりそうだ。期間を延ばすことは可能か?」
「出来ますよ。代わりに、ダンスレッスンの録画をもらってもいいですか?」
「ほう」
「話題性が落ちないように、動画投稿サイトに載せておきます。お二人の顔売りにもなるでしょう」
「お前もプロデューサー業が板についてきたな」
「まだまだですよ」
不敵に笑うトレーナーさんに、恥ずかしそうに返すプロデューサー。
プロデューサーは昔はヴォーカルレッスンのトレーナーをしていたそうです。直接のプロデュースこそしてないものの、楓お姉様の今を作ったのに大きく貢献したとかなんとか。
とにかくお二人は、昔からの知り合いだそうで。
「新田さんとアナスタシアさん、二人はSNSはやっていますか?」
「はい。あんまり更新は出来てないですけど……」
「アーニャも、美波に教わりながら、少しずつやってます、ね」
「分かりました。後でURLを教えて下さい。公式HPの方で広告無しバージョンを載せますので、ついでにリンクを貼っておきます」
「あ、ありがとうございます!」
「それと、冬香も。二人のことを呟いておいてね。動画か写真付きだとよりいいかな」
「かしこまりました。さり気なく動画の方にも誘導しておきます」
「助かる。君達のプロデューサーには僕から話しておくよ」
そう言って、プロデューサーはレッスンルームを出て行かれました。
すみっこにはさり気なく、スポーツドリンクと酸素スプレーが置いてあります。
相変わらずマメな方ですね。
「わあ。冬香ちゃんのプロデューサーさんって気が利くんだね」
「そうですね。喉が渇いてるのでしたら、どうぞ私の分も飲んで下さい」
「ううん、大丈夫だよ。冬香ちゃんも疲れてるでしょ? 一番踊ってたもんね」
「お気遣いなく。お二人の方が場馴れしてないでしょうから。緊張感は喉を乾かすと聞いていますので」
「でも……」
躊躇する新田さんに、私は飲み物を押し付けました。
この喉の渇きを、今は楽しみたい気分です。かといって飲み物を無駄にするのはもったいないので。
「ありがとう、冬香ちゃん。みくちゃんが言ってた通りだね」
「?」
「ダー。冬香はいい人です」
「そうですか?」
「そうだよ! 冬香ちゃんのプロデューサーさんも優しい人だし、やっぱりトップの人達は違うなあ。成功するべくして成功した! って感じがするよ」
「いえ、性行はまだしてませんよ」
「そっか……うん。高いなあ、目標。まだ上を目指してるんだねっ!」
「ズヴィズダー。冬香は星のようです」
「あ、はい」
何か噛み合ってない気がします。
今の会話のどこに、そんなキラキラした眼差しを私に向ける要素があったのでしょうか。
もしかして新田さんもマゾヒストだった、とか。
「プロデューサーさんとは普段はどんなお話してるの? 私もプロデューサーさんとお話ししたいんだけど、きっかけが上手く掴めなくて。参考にしたいな」
「あー……今日の朝はしば、いえ、そう。ダチョウ革の話をしました」
「ダチョウ革? あっ、ファッションのお話だね!」
「……ええ。プロデューサーさんに写真を撮ってもらって、可愛く見える角度や服装を話し合いました」
「なるほど! 日常会話もレッスンのうち、なんだね。勉強になるなあ」
新田さんは私の言葉をメモに取りました。
その間に、アナスタシアさんにも飲み物を渡します。ついでにタオルもセットで。
どちらも私には必要ないので。
「冬香は優しいですね。自分に厳しくて、人に優しいです」
「そうだね! トップアイドルなのに私達よりハードなレッスンしてて、ほんとにすごいな」
「そんなことありませんわ。好きなんですよ、レッスン」
特に疲れるところが。
「私も見習わなきゃ! 美波、がんばりますっ!」
「そのいきです! アーニャと一緒にがんばりましょう!」
お二人は一緒に気合を入れ直していました。
よいコンビのようですね。
このお二人でしたら、きっと私とのレッスンも無事に遂げられるでしょう。