清楚系ド淫乱アイドル『逢坂冬香』   作: junk

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第18話 とあるファンから見た清楚系アイドル(真)

 俺の名前は鈴木サトシ。

 鈴木家の次男として産まれた。

 

 その頃の記憶はほとんどないが、産まれてから最初の2年ほど、俺は身体が弱かったらしい。だからだろう。両親は俺に甘かった。駄々をこねれば大抵の物は買ってくれたし、食卓には俺の好物がいつも並んでいた。

 ここで面白くないのが兄貴のノボルだ。

 兄貴は優秀だ。勉強でもスポーツでも、俺は勝てた試しがない。それなのに両親が気にかけるのは俺だ。そのせいか、兄貴はたびたび俺に変な目線を送っていた。子供心に「きっと不満なんだろーなー……」とか思っていたよ。

 

 さて、俺の方はといえば、変な勘違いをしていた。

 俺にはきっと凄い能力がある。両親はそれに気がついていて、俺に期待してくれてるんだ。いつか兄貴を超えるんだ。

 そんなことを思っていた。

 

 だけどそれは勘違いだったんだ。

 

 大学受験の時のことだ。

 一年先に受験を済ませた兄貴は、地元の国立大学へと進学した。それも独学で、だ。俺は兄貴を超えたかった。超えるならここだ、って思ったんだ。だから両親に頼み込んで予備校に通わせてもらい、必死に勉強した。全てを捧げたさ。

 結果、俺は落ちた。

 滑り止めも落ちて、誰でも受かるような大学に行くことになった。

 

 その日の夜、俺は両親に謝りに行った。

 期待に応えられなかったことを、謝りたかったんだ。

 そして、俺が謝ると、両親は困ったように「仕方がないよ」と笑った。

 その時になってようやく気が付いたんだ。両親は俺に期待なんてしてなかったんだ、って。馬鹿な子供のワガママを聞いてただけなんだ。期待や信頼なんて言うのは、ワガママを聞くことなんかじゃない。黙って信頼を置いて、成果を挙げて来たらその分だけ褒めてやること。そう、両親が兄貴にしたように……。

 

 そのことに気がついた時、俺の心はぽっきり折れた。

 

 無気力なまま大学生活を送った俺には何も残らず、就職も散々だった。それでもやっぱり、両親は変わらない。落胆もしない。期待なんかしてないんだから当然だ。

 就職祝いだから、と豪華にしてくれた夕食が、俺には酷くみじめに感じたよ。

 

 そんな俺を支えてくれたのは、意外なことに兄貴だった。

 会社で怒られて嫌になった時も、俺を呑みに誘ってくれた。そして、黙って話を聞いてくれたんだ。

 子供の頃に俺を見ていた兄貴のあの視線、あれは嫉妬なんかじゃなかった。俺のことを気にかけてくれてたんだ。兄貴はずっと俺を心配してくれていた。本当に、完璧な兄貴だよ。

 

「なあサトシ。お前、今週末空いてるか?」

「空いてるけど……」

「だったら俺と一緒にライブに行こう!」

「えっ」

 

 ライブに行くのはDQNとキモヲタだけ。

 そんな風に思っていた俺は、爽やかな兄貴からの提案にかなり面食らった。だけどすぐに、バンドとかポップなアーティストのライブだろう、と思い直した。

 だから余計に、行こうとしてるのがアイドルのライブだと知らされた時は、かなり驚いたよ。

 

「逢坂冬香ちゃんって言ってな、今すごく人気なんだ。俺もどハマりしちゃってさ。な、一緒に行こうぜ。ぜっっっったい面白いから!」

「まあ、いいけど」

 

 兄貴はなんでも出来るせいか、意外と飽き性だ。

 そんな兄貴がここまでハマるアイドルなんてどんなものか、見てやろう。そんな思いで、俺は兄貴と共に逢坂冬香のライブに向かった。

 

 結論から言おう。

 冬香ちゃんサイコー!

 

 冬香ちゃんは可愛すぎた。

 アニメから出てきたみたいな極限まで整った容姿と清楚な性格。めっちゃいい匂いがしそう。

 そんで声が綺麗。歌もめっちゃ上手い。脳がとろける。ダンスも上手い。人の動きじゃないくらい動く。なのに見やすい。すごい。最高。最高すぎる。そこらのアイドルとは次元が違い過ぎる。

 

 家に帰ってから調べたところ、冬香ちゃんは最近デビューしたアイドルらしい。飛ぶ鳥を落とす勢いでのし上がり、今は業界のトップの一人なんだとか。

 しかもガチでお嬢様なんだそうだ。

 道理で清楚に見えるはずだ。本当に清楚なんだから。きっと蝶よ花よと育てられたんだろう。休日はご学友とユリの花の美しさとかを話し合ってるに違いない、俺には分かる。

 

 そのまま暫くネットを見ていると、ふと気になる一文が飛び込んで来た。

 

『逢坂冬香の握手会はマジでやばい』

 

 気がつけば音速でクリックしていた。

 記事をまとめると、冬香ちゃんの握手会は神対応で有名らしい。どんなに気持ち悪い奴が来ようと完璧な対応をしてくれる。行ったら最後、絶対にガチ恋するそうだ。

 行ってみたい。だけど……冬香ちゃんの握手会の倍率はシャレにならないくらい高い。冬香ちゃんの意向で握手会は誰でも申し込める。ファンクラブに入るとか、CDを買わなくても。冬香ちゃんが『出来るだけ多くの方と触れ合いたいので』と言ったからだそうだ。天使か。

 

 まあとにかく、誰でもネットで簡単に申し込めるせいで、倍率がすごく高い。

 

「……受かってしまった」

 

 ある朝、手紙が来た。

 中を開けてみると、手書きの可愛らしい文字で『私の握手会に申し込んでいただきありがとうございます。会場でお待ちしてますね』と書いてあった。

 わざわざ手書きで招待状を書いてくれるなんて……何千枚もあるはずなのに。きっと手が痛んでしまうだろう。でも、冬香ちゃんはファンの人に喜んでもらう為なら、なんでもするって言っていた。あれは本当だったんだ。

 

「あ、兄貴! 受かった! 俺、受かったぜ!」

「お前もか!」

「兄貴も!?」

 

 兄貴の手にも手紙が握られていた。

 こうして俺たちは、二人揃って握手会に行くことになった。

 

 

   ◇

 

 

 鏡の前に立つ、豚とイケメン。

 俺たちを言い表すとそんな感じだ。昔はそれなりにイケメンだったはずだが、落ちぶれて以来、ぶくぶくと太ってしまった。今ではすっかりこの有様だ。

 反対に兄貴はカッコいい。中学生でサッカー部に入ってからメキメキと頭角を現してからスポーツを続けてたおかげで、筋肉もしっかり付いてる。顔には自信が張り付いていて、女の子にもモテる。

 

 昔はここまで差がなかったはずなのに、いつのまにかこんなに……。

 いや、最初からだったのかもしれない。

 小さい頃の俺は夢見がちだった。

 

「それじゃあ、行こうか」

「ああ」

 

 俺たちは握手会に向かった。

 電車を乗り継ぎ、たどり着いた会場で、長蛇の列に並ぶ。

 最初は待ち遠しかったが、列が進むに連れて不安になってきた。俺のことを冬香ちゃんは受け入れてくれるだろうか。こんな気持ち悪い俺を……。

 隣にいる兄貴を見る。

 俺たちが並んでたら、誰だって兄貴を選ぶだろう。もちろん冬香ちゃんはアイドルだから、対応してくれないなんてことはないだろうが。それでもきっと何処かで、俺より兄貴の方がいいと感じるはずだ。

 

「次の方、どうぞ」

 

 冬香ちゃんに呼ばれて、先に兄貴が行った。

 握手をしながら、にこやかに話している。俺じゃあとても真似できない。家族以外の女と話したことなんて、記憶にある限りじゃあ中学生以来だ。

 

「次の方、どうぞ」

「ひゃ、ひゃい」

 

 自分でも分かるくらい鈍臭い動きで、俺は冬香ちゃんの所に行った。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 

 冬香ちゃんが手を差し伸べた。

 恐る恐る手をとる。柔らかい。なんだ、これ。信じられないくらい手触りがいい。この素材でクッションを作りたいくらいだ。

 

 ふわりと、いい匂いがしてきた。

 作られた香りじゃない。お花みたいな匂いがする。行ったことはないが、富良野の大自然はきっとこんな感じだろう。

 冬香ちゃんの匂いに感動していると、ふと自分の臭いが気になった。風呂には入っているが、太ってるせいか俺は臭い。香水とか防臭剤を買ってくればよかった。

 

「……あ」

 

 気がついた。

 だけど、冬香ちゃんはまったく嫌な顔をしてない。むしろ嬉しそうなくらいだ。俺なんかと会って、何がそんなに嬉しいのかっていうくらい、笑顔を浮かべてる。

 

「そ、その。冬香ちゃん!」

「はい、逢坂冬香でございます」

「いつも、応援、してます……」

「ありがとうございます。みなさまの応援があっての私ですから。感謝の言葉もありません」

 

 うっ!

 冬香ちゃんの言葉を聞いた瞬間、頭が飛んだ。可愛すぎる。清楚の塊だ。色々言いたいことがあったのに、全部飛んでしまった。

 いつのまにか時間が経って、後ろから剥がしの人が俺を押してる。

 まだ、話したいことがあったのに……。

 

「お待ちを。まだ何か、仰りたいことがあるようです」

「えっ」

 

 信じられないことに、冬香ちゃんが剥がしの人を止めた。

 冬香ちゃんはまっすぐ俺を見ている。

 

「私に何か言いたいことがあるんですよね?」

「は、はい!」

「待ってますので、どうかお話しになって」

「うん。えっと、その、自信がないんだ。俺。アイドルの冬香ちゃんに、こんなことを言うべきじゃないんだけど」

「なぜ?」

「だって、太ってるし、頭が悪いし、兄貴に負けてばっかりなんだ!」

「お兄様とは、あちらの方ですね」

 

 冬香ちゃんは兄貴の方をちらりと見た。

 

「太っている、頭が悪い。何をやっても負けてしまう……それがなぜ欠点だと?」

「な、なぜって」

「そんなことでは人間の価値は測れません。だってほら、現実に――」

 

 一息。

 

「――私はこんなにもあなたが好きですよ」

 

 目から鱗だった。

 笑いながらそう言う冬香ちゃんには、まったく嘘を言ってる様子がなくて。本当に俺のことが好きみたいだった。

 そんなわけない。アイドルだから言ってるだけ……なんてことはまったく思わなかった。

 

「だからほら、あなたも私にしたいことがあるでしょう?」

 

 ああっ、冬香ちゃんはなんでも分かるんだな。

 

「ありがとう!」

 

 俺は頭を下げた。

 感謝、したかったんだ。気がつけば目から涙が溢れていた。今まで生きてて、こんなに誰かに受け入れてもらったことはなかったから。

 

「……泣かないで下さい。これで涙をお拭きになって」

 

 そう言って差し出されたのは、ひとつのハンカチ。

 真っ白でお花の匂いがするそれは、まるで冬香ちゃんみたいだった。

 

「それは差し上げます。これからお使いになって下さい」

 

 冬香ちゃんは優しすぎる。それに純粋だ。こんな匂い付きのハンカチなんて、変な輩が持てば良くないことに使うに決まってる。それなのにこうして渡してしまうなんて……本当に世間知らずだ。

 

 家に帰ったらガラスケースに飾ろうと、俺は決心した。

 

 

   ◇

 

 

 握手会を終えて、俺はひとつ気がついた。

 冬香ちゃんは言った。

 能力がないことは、欠点にはなり得ない。俺のことが好きだ、と。

 

 自信がついた。

 

 世界で一番魅力的な女の子が、俺のことを好きなのだ。

 俺は世界で一番かっこいい。

 

 だから、次の日から俺は努力し続けた。もちろん、何度も失敗した。だけどもう落ち込まない。そんなところも含めて、冬香ちゃんは好きだと言ってくれたのだから。

 兄貴への劣等感も無くなっていた。

 他の何で負けていたって、冬香ちゃんは兄貴より俺の方が好きなのだ。それだけで俺は全てで勝った気になれる。

 

 そして、気がつけば俺は変わっていた。

 体格もスマートになり、会社では出世した。

 冬香ちゃんに相応しい男になってきているという確信がある。

 

 待っててくれ冬香ちゃん……もう少ししたら、完璧な男になって君を迎えに行く!


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