清楚系ド淫乱アイドル『逢坂冬香』   作: junk

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第5話 東豪寺麗華

 なんだ、あの化け物は……!

 

 魔王エンジェルから見て、冬香への率直な感想だった。

 麗華と冬香、名前が似ているから。

 今回の『新人潰し』で冬香を選んだのは、そんな簡単な理由だ。とはいえ“如何に目立つか”が重要なアイドル業界、キャラ被りはもちろん、名前が似てるというだけで思わぬ結果を生みかねない。少なくとも麗華から見れば、潰すには十分な理由だった。

 それに――美城プロダクションには、否、美城プロダクションで働く一人のプロデューサーと、魔王エンジェルには浅からぬ縁がある。麗華は否定するだろうが、彼女の深層心理には、美城プロダクションへの対抗心があったのだろう。

 

 冬香と魔王エンジェルには、大きな差がある。

 ファンの数はもちろん、実力や機材、場馴れなど、魔王エンジェルが負ける要因はどこにもない。

 しかし一夜にして頂点の一角に立った765プロダクションや、わずか一年でSランクアイドルにまで上り詰めた高垣楓のような例がある以上、麗華は決して新人アイドルを舐めてはいない。

 だから周到な準備をして、新人アイドルを潰すのだ。

 

 事前準備は完璧だった。

 調べた限り、冬香のプロデューサーは相嘉奏佳。プロデューサーの経験としては日が浅いが、それでもB級アイドルを一人、A級アイドルを一人育てたやり手だ。そして何より、今いるプロデューサーの中では恐らく、最も作詞・作曲能力に長けている。

 とはいえやはり経験は乏しく、芸能界の裏事情には精通していない。元来お人好しということもあり、妨害工作の方にまでは頭が回らないだろう。

 

 観客も魔王エンジェルのファンで固めた。

 例えば選挙――政治家がやるような大きい選挙ではない、そう、学校の生徒会長選挙があったとして。

 壇上で喋る立候補者の言葉など、ほとんどの人間が聞いていない。

 では何を根拠に投票するかと言えば、先ず九割がた知り合いに投票する。立候補者に知り合いがいなければ、可愛い女の子やカッコいい男の子、つまりルックスだけで判断するのが大多数。公約に耳を傾けて判断する生徒など、それ以下の人数しかいないだろう。

 アイドルのファンは知り合いどころか、言わば『信者』だ。

 フェスで観客を自分達のファンで固めたということは、選挙において知り合いだけで固めた以上の効果がある。

 

 だが稀に――圧倒的なカリスマを持った人間が、たった一度の演説で全ての人間を虜にすることがある。

 

 裏工作をしてきたとはいえ。

 膨大な資金に物を言わせてきたとはいえ。

 そんな物は関係ないと、一瞬で全てを薙ぎ払う何かを持っている人間が、確かに存在するのだ。

 

 魔王エンジェルはA級アイドルだ。

 あまりアイドルに詳しくない、一般の人間には実力しか通用しない。買収することも、脅すことも不可能なのだから。

 そんな一般層を取り込んで初めてA級アイドル。

 魔王エンジェルには実力もあった。

 

 事前準備、裏工作、そして実力。

 全てが圧倒的に上。

 万に一つも負けはない。

 そんな勝負をあの化け物は……薙ぎ払ったのだ。

 実力があるからこそ分かってしまった。

 あれは化け物だ。

 麗華が用意した策は所詮、人間相手を想定した物。実力があるといっても、それは人間の物差しの中での話。人間が知恵を振り絞って武器やら作戦やらを用意したところで、津波や嵐に勝てないように……魔王エンジェルは逢坂冬香に負けたのだ。

 

 ――逢坂冬香は化け物だ。

 

 それが魔王エンジェルから見て、率直な感想だった。

 

(あの表情にあのインタビュー……アイドルが楽しくて仕方がないってか? 相手にするだけ損だな、アレは。今回は天災に巻き込まれたと思うしかねーな)

 

 何より厄介なのは、冬香に自分が化け物だという自覚がないことだ、と麗華は思っている。

 欲があればそれに付け込むことも出来たかもしれないが、あの感じはそれもなさそうだ。

 潔白はアイドルにとって大きな武器になる。

 認めたくないが、正にアイドルのために生まれて来たような女……

 

 正直、心が折れた。もう二度と会いたくない。

 魔王エンジェルの仲間や東豪寺プロダクションの運営――背負うものがあるからなんとか冷静でいられるが、麗華一人だったら泣いてたかもしれない。というか泣きたい。

 本当になんなんだよあいつ。もうどっか行けよ。

 

「で、どうすんだよ麗華ぁ」

 

 メンバーの一人――朝比奈りんが麗華に声をかける。

 どうすんだよ、と言われても、どうしようもない。

 りんの質問は「隕石が降って来るらしいけど、どうする?」と言っているようなものだ。

 とはいえ麗華にもプライドはある。

 冬香にもう関わりたくはないが、別のアプローチで……

 

「……他の美城の新人を潰す」

 

 麗華の耳はあらゆる所にある。

 まだ公表されていないが、美城プロダクションの新しい企画――シンデレラ・プロジェクト。

 かなり大規模なプロジェクトだ。流石の麗華も、潰すには大掛かりな準備が必要だからと避けていた。巨額の資金が動いているので、千川ちひろが動く可能性もある。

 それでもあの化け物と戦うよりはマシだ。

 

「シンデレラ・プロジェクト……いいの、麗華?」

「なにが?」

「だって、担当プロデューサーはあの人だよ?」

 

 三人目のメンバーである三条ともみが、心配そうな声をかけてくる。

 魔王エンジェルが幸運エンジェルだったころ、麗華は社長令嬢でもプロデューサーでもなく、一人のアイドルだった。

 幸運エンジェルには、プロデューサーがいた。

 彼は――よく笑う人だった。

 決して大声で笑うわけではないが、いつもニコニコとしていて、愛嬌があり、麗華達のことを気にかけてばかりいた。

 

 幸運エンジェルとプロデューサー。

 二人三脚だった。

 

 しかし事件は起きた。

 ある日プロデューサーがとってきた、フェスの仕事。それは麗華達が前からずっと願っていた仕事だった。

 憧れのアイドル『雪月花』。

 彼女達とのフェスだったのだ。

 麗華達は喜んだ。プロデューサーも、いつもより笑っていた気がする。

 無邪気なもんだと、あの頃を思うと、麗華は妙に腹が立つ。

 

 結末はなんてことない。雪月花が勝って、幸運エンジェルが負けた。

 実力は拮抗していた――いや、幸運エンジェルがわずかに勝ってたように思う。

 ただ、向こうは裏工作をして、こっちはしなかった。たったそれだけの差だった。

 

 その日を境に幸運エンジェルは魔王エンジェルになり、プロデューサーは笑わなくなった。

 「私達も妨害や裏工作をしよう」

 麗華はプロデューサーに持ちかけた。

 だが、彼は頑なに首を縦に振らなかった。

 経営方針が違うなら仕方ない。麗華はプロデューサーをクビにした。そのプロデューサーが偶々美城に拾われ、今度潰そうとしているプロジェクトを担当している。それだけの話だ。広いようで狭い業界、こんなのはよくあること。

 ともみやりんが心配するようなことは、なにも起こらない。

 

「失礼します!」

 

 ドアが開き、相嘉と冬香が入ってきた。

 負けたとはいえ、魔王エンジェルは先輩アイドルだ。向こうが楽屋に挨拶に来るのは、自然なことだろう。

 麗華はすぐに表の顔を作る。

 ともみは前から無口なので問題ないが、りんは少し不機嫌そうだ。

 

「本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます! ほら、冬香も」

「はい。先程述べさせていただきましたが、改めてお礼を。ありがとうございます。また誘っていただけたら、これに勝る喜びはありません」

 

 にこりと、冬香が笑った。

 その笑顔には一片の穢れもなく、正に夢見る少女そのものだ。

 隣に立つプロデューサーも、馬鹿丸出し。アイドルを信じてるって顔だ。

 ……反吐がでる。

 麗華はそう思ったが、グッと堪えて、社交辞令を述べた。

 

「ところで今回、差し出がましいと思ったのですが、差し入れをご用意しました。差し入れを受け取ったことはあっても、渡したことはなかったので、ちょっと奮発しちゃいました。喜んでいただけると嬉しいな……なんて。うふふふ。トップアイドルのみなさんは、きっと食べ飽きてしまってますよね」

 

 冬香が取り出したのは、少し大きめの箱だった。

 

「あまり有名ではないのですが、私がご贔屓にさせていただいているお店のショコラです。みなさんで食べて下さい。あっ、感想なんか聞かせてくれると、私とっても嬉しいですっ!」

「わざわざありがとう、冬香ちゃん。でもごめんなさい、私達は何にも用意してないのよ」

「そんな! 今回のイベントに招待して下さっただけで、充分過ぎるほどです。私なんてまだまだ新人ですから、麗華さん方に気を遣って貰う必要は、まったくありませんわ」

 

 社長令嬢である麗華は、この手の洋菓子に詳しい。

 記憶によればこのロゴは――確かフランスのメーカーだったはずだ。確かに有名ではないが、知る人ぞ知る高級店。通販などやってないし、現地に行かなければまず手に入らない。

 

(逢坂……偶然の一致だと思ってたけど、こいつの家はあの逢坂家か)

 

 それなりの財力を持つ家を、麗華はほぼ暗記している。

 その中に逢坂家という家は、一つしかない。

 冬香のことを社交界で見かけたことはない。それなら彼女は、末席ということになる。それでも逢坂家に名を連ねる者なら、やはり関わらない方がいいだろう。

 

(つーか社長令嬢の所も被ってんのかよ)

 

 夢見る世間知らずのお嬢様。

 プロデューサーとの関係。

 認めたくないが、冬香と麗華にはいくつか共通点がある。

 といってもそれは昔の麗華との共通点であって、今の麗華には関係ないことだが。

 

「チッ」

 

 りんが不機嫌そうに舌打ちした。

 きっと麗華が気を遣っているのが気に食わなかったのだろう。

 りんは身内を大切にするあまり、他人を極端に嫌う癖がある。目線で行儀良くするよう言ったが、りんは目を逸らした。

 

「あの……ごめんなさい。私、何か気分を害されるようなことをしてしまったようで」

「いいえ、気にしないで下さい。冬香ちゃんが悪いんじゃないの。りんもほら、負けて気が立ってるのよ」

 

 冬香は一瞬目を見開いた後、目に見えて動揺しだした。

 さっきまで勝利の余韻に浸るあまり、敗者のことなどすっかり忘れてました、という感じだ。

 それを見て一層苛立ったのか……遂にりんが机を蹴った。

 

(馬鹿!)

 

 麗華がそう思った時には既に手遅れ。

 机の上にあった三つのカップが落ち――なかった。

 いや正確にいうなら、一度落ちはしたのだが、冬香が空中でキャッチしたのだ。

 りんとともみ、そして麗華の前にバラバラに配置されていた、それも熱々のコーヒーで満たされているカップを三つとも、一滴も溢さず。手だって相当熱いはずなのに。

 

「落としましたよ、りんさん」

 

 ――ゾッとした。

 何がそんなに楽しいのか、目の前で楽しそうに笑う冬香を見て、心底恐ろしいと思った。

 こんな人外じみた動きをしているのに、彼女はそれが当たり前だと思っているのだ。

 正に怪物。

 そうとしか言い様がない。

 

「冬香は凄いなあ。動きが速すぎて、ブレて見えたよ!」

「まあ。プロデューサーったら、口がお上手ですのね。あの程度、女子高生なら当然の嗜みですわ」

「へえ、そうなんだ」

 

 ……なんでこのプロデューサーはこんな鈍感なんだろう。

 昔の担当プロデューサーも相当鈍感な方だったが、ここまでではなかった……はずだ。

 

「ということは、東豪寺さんも出来るのかな?」

 

 そんなわけねーだろ!

 麗華は叫びだしそうになるのをグッと堪えて、出来る限り優しく微笑んだ。

 

「いいえ。冬香ちゃんが特別なだけです。それより、ごめんなさい。そろそろ次の仕事があるので……」

「ああ、申し訳ない! 時間を取らせてしまって。僕たちはお暇させてもらうよ。ほら、冬香」

「はい。重ね重ね、本日はありがとうございました。また機会があれば、ご一緒したく思います」

 

 二人はペコペコ頭を下げながら、楽屋を出ていった。

 笑顔で見届けた後、一瞬で素の顔に戻り、麗華は一つ決意した。

 

「もう絶対あの二人とは仕事しねー」

 

 

   ◇

 

 

 その日の帰り道。

 相嘉プロデューサーは冬香を家まで送ると言ったのだが、冬香は頑なに電車で帰るといって聞かなかった。

 そんなに遠慮しなくていいのに……

 相嘉はちょっと悲しい気持ちになった。

 そんなわけで相嘉は今、一人車を走らせている。

 

「それにしても、麗華さんいい人だったな……冬香のことも気に入ってくれたみたいだし。そうだ! もう少し冬香が有名になったら、麗華さんと二人でやる番組を作ろう!」

 

 降って湧いた天啓に、相嘉は心が躍るのを感じた。

 番組の内容は……麗華と冬香が二人でカフェを巡る、みたいな、二人の会話メインのほのぼのとした物がいいだろう。

 相嘉は家までの間、ずっと番組の構想を練っていた。

 

 ――東豪寺麗華の受難は続く。






麗華さんて忙しすぎると思うんですよね。
自身がトップアイドルだから、先ずその仕事をしなくちゃいけない。でもプロデューサーがいないから、仕事は自分でとってこないといけない。この時点で結構キツイ。なのにその上、東豪寺プロダクションの運営もしてる。凄い。しかも他のアイドルユニット(レッドショルダーとか)のプロデュースもしてる。暇さえあればうっかりSランクアイドルの佐野美心の勧誘とかもしちゃう。凄い。こんな凄い人なのに新人潰しも怠らない。やばい。麗華さんやばいよ。

【この世界のアイドルランクについて】
・Sランクアイドル 国民的アイドル。ほぼ全ての人間が存在を知っている。
・Aランクアイドル かなり有名なアイドル。アイドルに詳しくない、一般人でも存在を知っている人は数多くいる。
・Bランクアイドル 有名なアイドル。コアなファンが一定数おり、一般人でも知る機会はある。
・Cランクアイドル ファンクラブを開ける程度にはコアなファンがいる。一般人でも知ってる人はいるが、それほどではない。
・Dランクアイドル コアなファンは数える程度しかいない。一般人はほぼ知らない。
・Eランクアイドル アイドルに詳しい人なら、一応存在だけは知ってる程度。
・Fランクアイドル 知名度ゼロ。
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