Fate/eternal rising[girl or king]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

今回は二部構成となっています。後半はキャスターの話ですが、所々、キャスターの話は主人公のヨウたちの時系列と違っていたり、そもそもキャスターの話自体が時系列が分かりづらい……。日付、つけないといけないですね、はい。


9話 目の前にいる彼女は誰なのか

 星が夜空に浮かんでいる。道端の街灯でその光は弱まっては見えるが、それでも綺麗に星が見えるというのは市の外れの住民の特権である。

 

 今、鈴鹿がいる神零山から家までの帰路の半ばにいる。信号があまりない所だから自転車で風を切るようにペダルを漕いでいた。

 

「なんか、こういう所はすごく安心します」

 

 霊体化している彼女が俺にぼそっとそう言った。

 

「街並みとか、道路とか、自転車とか、そう言ったものはまだ異物としてしか見れないですけど、星はキレイですね。私が知ってる星とは少し違いますけど、でも似てて安心します。こういう所は変わらないんですね」

 

 そんなこと分かりきったことだろうと思いながらも、その感じ方は彼女にとってはきっと嬉しいことなのだろうと思い相槌を打った。彼女にとってこの世界は異世界も同然で、言っちゃえば異世界転生だ。人の姿は同じでも、見るもの見るもの、悉くが彼女の知っているものと違う。彼女にとってはこの世界は彼女の知る世界ではなく、そんな中で自分が知っているものに出会えたのだ。それはきっと嬉しいことなはずだ。

 

「まぁ、ここは市中心から離れたところだから外を照らすのなんか街灯と家の光くらいで、まだ空が綺麗に見えるからな。でも、中心に行けば、全然見えなくなるぞ」

「夜でもすごく賑わっていそうですね」

「四六時中光ってっからな。俺はあんまり好きじゃないけど」

「え?好きじゃないのですか?そういう年頃ですし……」

「いや、あんまり人がいるところって好きじゃない」

「ああ、それは分かります。酔ってちゃいますよね、人に」

「人に酔う?ん、まぁ、分からんでもないが……」

 

 どうやらセイバーも田舎の者のようだ。

 

「お前、住んでた所は何処?山?海?」

「あ、山というほど山じゃなく、森ですね。森」

「森か。じゃあ、木が生い茂ってるのか。小屋?小屋とかそういう所に住んでた?」

「小屋、というより小さな木造の家ですね。小屋というほどこじんまりとはしてなかったですが……」

 

 彼女はふと何かに気付いたのか、唸るような声で俺に尋ねた。

 

「って、ヨウ、どうしてそんなこと訊くのですか?もしかして、私のこと探ろうとしてません?」

 

 痛い所を突かれた。バレてしまった。

 

「あ〜、いや、まぁな」

「はぁ……、そうですか。まぁ、そうですよね。なんか、質問攻めで変だなって思ったんです。いや、まぁ、話し出したのは私の方なんですけど。いえいえ、それより、私は教えませんよ、絶対に。真名なんてバラしません」

 

 彼女はそう言うと、口を噤んで静かになった。頑なな態度である。そうまでして俺に真名をバレてほしくはないらしい。

 昼間、丁度5時間目と6時間目の休み時間の時だ。俺は彼女に真名を尋ねた。彼女は英雄なのだし、俺は彼女が誰なのかを単純に気になったから。

 だが、教えてはくれなかった。もし敵の魔術師(マスター)に魔術耐性のない俺経由でバレでもしたら聖杯戦争に勝てなくなると言い訳をして教えてくれなかった。

 もちろんそれには一理ある。だが、こうして俺とセイバーとの間に最悪の結果ではあるが契約が成立してしまった以上、俺がこの舞台から降りるまで一連托生の運命だ。教えてくれても損はないと思うと説いた。

 そしたら、彼女はボソッと「信用できません」と俺に言った。あの時の彼女の顔は少し予想外の顔だった。彼女は俺を睨んでいたり、刺々しい目で常に見ているが、その時の彼女は何処か虚ろ気だった。生気を失った顔のようだった。彼女がこんな顔をするとはと思わないほどの。

 でも、さっき鈴鹿と会って思った。俺は鈴鹿のことを何も知らない。これまで長い付き合いであったが、どうしてかそこまで距離が近くはないのではないかと。それはそれで悲しい。別に鈴鹿を好きではないけれど、それでも付き合いは長いと思うし、一緒に笑い合うことのできる友達程度には思っている。だから、彼女のことを何も知らないと思った時、俺の彼女に対する思いと彼女の俺に対する思いは違うのではないかと思えた。

 それは悲しい。分かり合えていたと思っていた関係がそうでなかったのは思っていたより辛かった。

 だから、セイバーのことも知りたいと思う。どうせ俺とセイバーの関係は解けやすいものではあるのだろう。すぐさま別れる関係なのだろう。それでも、俺は彼女のことを知りたいと思う。

 

「なぁ、お前のこと教えてくれねぇか?ほら、俺、一応お前のマスターだし」

 

 もう一度彼女に尋ねた。昼に聞いたことと同じことを。

 だが、彼女の返答は変わらなかった。

 

「……すいません。それはできません」

 

 断られてしまった。

 

「……どうして?信用できない?」

「……ええ、まぁ。ヨウは別に悪い人間だとは思いませんし、別に言ってしまってもあまり聖杯戦争に支障は出ないのかもしれません」

「なら教えてよ」

「でもダメです。だってヨウも……人じゃないですか」

 

 含意のあるその言葉はひどく悲しみを帯びていた。その悲しみは俺に彼女の過去の想像を与える。

 

「ああ、そう。分かった」

 

 彼女は「えぇ」とだけ小さな声で返事をした。本当に小さな声だった。回る自転車の車輪の音にかき消されてしまうくらいに。

 からりからりと音がなる。家までの帰路を自転車で漕いで行く。冬が近づいてきたんだなと感じさせるような肌寒い風がふっと俺たちに当たり、そして流れた。

 

「星、綺麗だな」

 

 何も言うことのなくなって、無言の時間に耐えきれなくなった俺は苦し紛れに唐突にそう呟いた。

 星は綺麗でも、彼女にとって俺は、人はどう見えるのだろう。それに対する答えがどうやらあまり良いものではないような気がする。

 

 彼女は「えぇ」とだけ小さく呟いた。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「ねぇ〜、ソ〜ジぃ、暇ぁ〜」

 

 小さな女の子がだらんと身体の力を抜いてテレビの前にあるソファに寝そべりながら騒いでいる。

 

「暇って言われても、何もすることないし、しょうがないよ」

 

 長身細身の男性が彼女をそうなだめたが、彼女はジタバタとソファの上で暴れる。

 

「いやいや、外行きたい〜!外〜!」

「外って言われても、まだ夜じゃないよ。サーヴァントなんだし、昼に外に出ちゃいけないよ」

「え〜、だって家の中にいてもつまんない!」

「テレビでも見ててよ」

「ニュースばかりなんだもん」

「パソコンは?」

「面白そうじゃない」

「じゃあ……」

 

 彼は家の中を見回した。しかし、彼の見える範囲からでは子供の彼女を喜ばせるような物なんて一つも見当たらない。

 

「ソージはストイックすぎます!家の中に何にもない、漫画もゲームもお菓子も。あるのはダンベルとかトレーニング器具だけだし。この家、つまんなくないんですかぁ〜?」

「つまらない?あ〜、それは……」

 

 もう一度自分の家の中を見回す。何もない。言われて初めて気が付いた。彼女が現れるまで彼はそんなこと一度も思ったことはなかったが、彼女が現れて、彼女にそれを指摘されて初めてそうなんだと知った。

 

「確かに何もないね」

 

 彼は静かに苦笑した。幼い彼女を喜ばれてあげられるような物なんてここには何処にもなかった。いや、それだけじゃなく、多分人間味のあるような物なんてこの家には一つもない。

 

「この家に引っ越したばかり?」

「いや、ちゃんと四年間住んでたよ。そんなに何にもないかな?」

「うん!何にもない!」

 

 きっぱりと言われてしまった。そんな彼は困り果てた顔で家の中に何か彼女を喜ばせられそうな物を探す。

 

「あ〜、そこまできっぱり言われると、さすがに辛いなぁ〜」

「だって生活感ないんだもんね!」

「うん、そうだね。って、あ、アイスあった。食べる?」

 

 苦労して何か彼女を喜ばせられる物を探した、その末に見つけたものがアイスである。この寒い冬風が吹き始めてきた秋の終わり頃にアイス。彼は自分で言っておきながらも、これはないなと思いすぐに冷凍庫にしまおうとした。

 

「アイス⁉︎アイス食べる!」

 

 しかし彼女の反応は予想外だった。ソファの肘置きに身を乗り出して彼が手に持っているアイスを見た。何とも綺麗にキラキラとした目だろうかと彼は思わず驚いた。

 

「えぇ?アイス、食べるの?寒いよ?」

「大丈夫!寒くてもアイスは食べれる!」

 

 彼女はそう言い張ると、小さな腕をアイスに伸ばした。彼は彼女のお望み通りに渡す。すると、彼女はルンルンと黄色い笑顔を見せながらアイスの蓋を開けた。平べったいカップ状の容器の中には白粉のように真っ白なアイス。彼女は彼から渡されたスプーンを手にし、アイスを口に運んだ。

 

「ん〜、美味しぃ〜」

 

 頰を両手で包んだ。いつもなら聞こえることのない歓声が家の中に響く。

 

「美味しい?そう、なら良かった」

 

 彼はそう言うとソファの後ろの椅子に座り、目の前のテーブルの上に置いてあるぐるぐる巻きにされた包帯を手に取った。

 

「ソージってアイス好きなの?」

「ん?いや、別に。ああ、そのアイスは友達がこの家に来たときに置いていったんだよ」

「ふぅ〜ん、なんだ、ソージ、アイスが好きなのかと思った」

 

 彼女はつまらなそうにそう呟いて、またアイスを口に運んだ。彼は手にした包帯を手に巻きながら、そんな彼女を後ろから見る。

 

「子供じゃないか……」

 

 彼は彼女に聞こえないくらい小さな声で口に出した。目の前にいる年端もいかぬ無邪気な少女。そんな子にもうすぐ訪れる夜を体験させてしまってもいいのかと彼は思っていた。

 彼女はサーヴァントである。それはもちろん分かっている。人類史に名を刻むような英傑の一人。救国の英雄、人類に新たな世界を与えし者、その者たちと同じ人物。人々を頭上から見下ろす存在で、それらの英霊と比べればただの平凡な人間である彼にとって彼女は謁見することすら叶わぬ遥かなる高み。

 その強者たちが刃と刃を、筆と筆を、魂と魂をぶつける。それが聖杯戦争だ。残酷で、悲惨で、血に塗れた阿鼻叫喚の地獄となろうとも、それを作り出すのは圧倒的な光。力強い聖がこの市で覇者となるべく争う。

 

 そう、そのはずだ。

 

 だが、どうしたことか。彼の目の前にいるのは少女だ。英雄なのだろう、強者なのだろう、頂きに立つ存在なのだろう。だが、それでも、そうだとしても彼の目の前にいる少女はあまりにも尊い。穢れを知らぬ白を持ち、人との間にある壁はなく、世界が自分の世界としか思えぬ少女だ。見た目だけで判断するのは愚行だが、その見た目が他の塗りつぶすこともある。

 この場合もそうだ。彼女の本質はサーヴァントだ。キャスターの座に名を連ねる最強の魔術師のはずだ。だが、彼女の見た目がその本質とはあまりにもかけ離れすぎている。人を騙すのだ。

 人間とは結局知覚動物で、思考など感覚の二の次だ。だから、創慈には彼女がサーヴァントとは思えないのだ。ただの女の子としか思えないのだ。

 しかし、そこで一つ問題が発生する。サーヴァントがいるのは何のためか。もちろん、聖杯戦争で戦うためである。この織丘の地で行われる聖杯戦争にて、サーヴァントとともにマスターはサバイバル戦で勝ち残るのだ。

 

 この少女と一緒に……。

 

「それは無理だよ……」

 

 彼は手で顔を覆った。絶望に打ちひしがれそうになる。命を絶つかもしれないことを承知でこの聖杯戦争の土俵に立った。覚悟はしていたし、最悪人を殺すことだってやろうと腹を決めた。

 だが、戦えないというのは想定していなかった。キャスターというのはこともあって、全然動けないようなサーヴァントが現れるかもしれないことは考慮していた。なんなら、この家を全部差し出すくらいのことだって考えていた。それでも、それらの考えは今まさに泡沫のものとなっている。

 

「……はぁ、どうして他の英霊にしなかったのか」

 

 自分を悔いた。彼女なんかを召還してしまった自分を悔いた。それはただほんの一瞬の出来心だった。その出来心で彼女を召還してしまった。

 他の英霊でもよかったのだ。他にも幾多の豪傑はいたであろう。キャスターという枠だけでもたくさんいたはず。

 

「……はぁ」

 

 彼は立ち上がった。悩んでいても仕方ない。何かできることをしなければ、そう思って立ち上がったのだ。

 しかし、立ち上がってからぴたりと固まった。

 

「……何すればいいんだろ」

 

 そもそも何もすることなどない。こんな状況でも何かできるのではないかと彼は思い立ったが、その『何か』がないのだ。

 創慈は深いため息を吐いた。今回の聖杯戦争は最初から運が尽きていたようだった。彼女という存在が、この聖杯戦争の敗北を意味している。

 

 ああ、しかしそうなると、

 

「う〜ん!現世、サイコー!」

 

 笑顔でスプーンを振り回している彼女は用済みという存在になる。戦えないサーヴァント、それは価値がない。むしろ、聖杯戦争においてはデメリットの方が大きいのではないだろうか。サーヴァントがいるということは敵から狙われる可能性もあるということだ。しかも、勝利を掴むことなどできるわけもないだろう。

 彼は手の甲にある赤い令呪に目を向けた。反対の手でそっとその令呪を触る。

 

「いや、それはダメだ」

 

 バカなことを考えるのはやめた。いや、その選択は間違いではない。ただ、それはどうしても選択したくはなかった。

 それは鶚創慈、いや、名さえなかった彼の過去を肯定してしまうことと同じように思えたから。

 彼はさっきまでの考えを拭い捨てる。そして、彼女の隣に座ると笑顔で尋ねた。

 

「どう?美味しい?」

 

 優しく微笑みかける。彼女は一人の尊い少女なのだから、無下に扱うなんてそんなことは絶対にしないと彼は心に決めたのだ。

 彼女は彼のその笑みに笑い返した。

 

「なはっ、嘘が下手くそですね」

 

 さっきまでの子供っぽい話し方とは雰囲気の違う喋り方だった。その話し方は彼に少し違和感を抱かせた。

 彼女はそう言うとまた子供らしく何か楽しそうにわくわくと腕を広げて彼の周りを駆け回った。

 見て呉れは子供っぽい、いかにも子供な彼女だが、今の彼女の一言は彼の背筋をゾワッとさせた。まるで背筋を誰かになぞられたかのような不気味さを彼は感じた。その恐怖とは少し違う変な感覚は彼の身体を一瞬ぴたりと止めて、そしてふっと息を吹き返して正気に戻る。

 

「えっ、それはどういう……」

 

 彼が彼女に今の言葉の真意を問おうとした。しかし、彼女はもう彼の近くから離れ、玄関で何やら一人遊びをしていた。

 

「ぶぅ〜ん、さぁ、このヒコーキはただいま玄関に向かって飛行中です!ぶぅ〜ん、ぶぅ〜ん!」

 

 子供、みたいに見える遊び。ただその本心はいかほどのものかは見ていた彼には想像つかなかった。目は彼女が幼い一人の少女だと訴えるが、その少女の本質が彼には少し異質なものに思えた。

 くねりくねりと蛇行を繰り返しながら玄関まで行く彼女。そんな彼女を一定の距離を取りながら追う彼。その二人の関係はむしろこれまで以上にサーヴァントとマスターとしての関係らしい。

 彼女は玄関までたどり着き、ドアにタッチした。そして間髪入れずに鍵を開けた。

 

「え?ちょ、何処へ行くの?」

 

 その行動に彼は思わずこう尋ねる。しかし、彼女はそれに答えることなく、にたりと嫌な微笑みをするだけだった。

 その時、家のインターホンが鳴った。彼女はその音とほぼ同時にドアを勢いよく開けた。

 

「おぉっ」

 

 ドアの向こうから驚いたような声が聞こえた。彼女はその声に驚くことなくまるでそこに人がいることが当然であるかのようにドアを開けて挨拶をした。

 

「どうもどうも〜、こんばんわ〜」

 

 見知った人にするような軽い挨拶をする。その相手は誰なのかと創慈はその者を見たとき、ふと目があった。

 そこにいたのは色素の抜けた白髪の若い男の人だった。サファイアのように美しい目をしたその男と目があって、彼の脳裏にはあることが自然と浮かんだ。そのことが浮かんだ瞬間、創慈は顔から血の気が引けて青ざめた。

 

「……サーヴァント⁉︎」

 

 創慈の脳裏に浮かんだのはマスターがサーヴァントを認識した時に現れるそのサーヴァントの情報であった。身長や体重、パラメーターなど、その目の前にいる男がサーヴァントであると証明するものが彼の頭に情報として入り込んできたのだ。

 創慈はすぐさま戦闘体勢へと入る。何故敵のサーヴァントがここにいるのか、そもそもまだ夕方の時間であるなど何が何だかよく分かってはいなかったが、とりあえず万事のことに対応しようとした。そして、その構えを見た男もまた身体を相手に対して半身にし、自身の敵をじっと見据えた。

 しかし、そこの間にいるキャスターは手を振ってうさぎのようにぴょんぴょんと自分を彼らの視界に映るように跳びながら、必死に二人の視線の鍔迫り合いを遮った。

 

「スト〜ップ、スト〜ップ‼︎ちょっと待ってよ、二人して!まだ夜でしょー!何で喧嘩するの〜‼︎も〜!」

 

 彼女はそう言うとフラダンスのような、いやそれにしては似ても似つかないこの世の言葉で形容するのは難しいような、強いて言うなら軟体動物のような謎の踊りを二人の前で披露する。

 その奇妙不気味な踊りに固まった二人はこの場で何をするのがいいのか一切分からず困惑する。

 

「えっ、あ、その、キャスター?それ、何……?」

「平和の踊り!」

「えっ?あ、うん、あ、そう……。平和ね……」

 

 何も言い返せない。いや、そもそもこういった状況で何をどうすればいいのかなんて知っている人なんていないので、彼女の踊りを黙って見ているしかなかった。

 そして、彼女の謎の踊りが一通り終わった。彼女は「ふぅ」と一息ついて爽やかに汗を拭うと、何事もなかったかのように家の奥へと戻って行く。

 

「って、ちょいちょいちょいちょい!待って待って!え、な、何?」

「え?平和の踊り。分かるかね?平和を願う踊りだよ、ワトソン君!」

 

 ビシッと彼女はドヤ顔で断言しているが、そもそもそこに胸を張る要素がどこにあるのか、平和の踊りとは何かという重要な疑問を彼は頑張って投げ捨てて、物事の本題に話を進める。

 

「ちょっとそれはいいから、何でサーヴァントがいるのっ⁉︎」

「……え?う〜ん、まぁ、とりあえず玄関にいたからドアを開けたの」

「えっ⁉︎玄関のところにいたのっ⁉︎」

「あ、いや、今来たばかりなんだが……。は?え?俺もよく分からん。っていうか、どうしてインターホン鳴らしてから即座に出た?偶然か⁉︎」

 

 その場にいる男二人、全くもってその場の状況が理解できない。その二人の困惑した顔を見て、一人でキャスターは笑った。

 しかし、やって来た男は彼女の顔を見るや否や何かを理解したようで、困惑した顔がすぐに潰えた。

 

「いや、本当に、俺もよく分からん……、と、言いたいが、ああ、そういうことか。なるほどな、それは確かに分かるわけだ」

 

 男が一人で納得すると、その場で唯一理解できていない創慈は余計に困惑する。そんな彼を他所(よそ)に、キャスターは彼にこう問いかけた。

 

「あ、見ました?」

 

 男は頷いた。そして、こう呟いた。

 

「厄介だな、お前は」

 

 その言葉にあたふたとしていた創慈も即座に顔を変える。その言葉は少し殺気のようなものが含まれていて、キャスターが殺られるのではと思ってしまった。

 しかし、彼女は余裕そうな態度をとる。

 

「殺します?」

「ふははっ、それは遠慮しよう。何せこの聖杯戦争は全騎倒さずとも良いしな。お前を殺すのは楽そうだが、大変そうだ」

「まぁ、さっきまで悲しそうな顔をしてましたもんね」

「さて、どうだか」

 

 男がはぐらかすとキャスターはまた笑った。

 

「あなた、誰?どのクラスなの?」

「アーチャー、弓兵のクラスだ」

「へぇ、だから、マスターがいないのね。それとも、何?仲が悪いの?」

「いや、とっても良い」

 

 そう言うと、今度はアーチャーが笑顔で返した。

 二人のその笑顔を見ていた創慈は恐ろしく感じた。為政者と為政者の会話みたいな、まるで相手の首根を掻き千切ってやろうかと言わんばかりの悪い笑みである。

 

「ところであなたはどうしてここへ来たの?」

「ん?ああ、お前たちは未だに見ていなかったからな。今日の深夜にセイバーが召還された。全員揃った。そこで敵を殺すからには顔ぐらいは拝んでおこうと思っていたところだ。お前たちはまだ目にしていなかったからな、殺す前の顔合わせだ」

「へぇ。それって品定め?」

「そうだとしたら?」

「なかなか性分(たち)が悪いのね」

「いや、お前の方こそ余程だ。キャスターだから、マスターの家や工房を私物化しているかと思えば、魔術刻印どころか、魔術のまの字もないような所にいる。のくせに手練れとは。外見だけで判断をしてしまった。なんだ?人を騙すのが好きなのか?」

「ふふっ、割とね」

「ほう、とんだ魔術師だな」

 

 彼はそう言うと二人に背を向けた。

 

「えっ?あ、その、帰るの?」

 

 創慈はその行動もよく分からず慌てふためく。

 

「何だ?戦いたいのか?」

「え?いや、そうじゃないけど。いや、でも、殺しに来たのかなって」

「まだ夜じゃないだろう。それにこのキャスターを殺そうとしたなら、無事では済まないだろう。それは無益だ。殺る気が起きないのでな。ヤメだヤメだ」

 

 彼はそう言い残すとキャスターをじっと見つめてからその場から立ち去った。

 それを視認した創慈は大きく息を吐いて緊張をほぐした。床に座り込み、軽くうなだれる。

 

「はぁ、ビビった。怖かった。急に敵が来たよ……」

 

 突然のことである。キャスターが家の中で遊び出すのかと思えば、いきなり彼女の目の前にアーチャーが現れて。

 

「あははっ、面白〜い!」

 

 子供みたいな顔をする。無邪気な、柔らかい笑顔。それは創慈が知っている彼女である。

 だからこそ、彼はその顔を見て、変な感じがした。何かが腑に落ちないのだ。いつもの彼女と、大人びた普段とは違った彼女。二人の彼女が彼の目の前にいて、そのどちらが本当の彼女なのか、そう思わされた。

 

「これが魔術師(キャスター)……」

 

 魔術師でない彼にとって、魔術師とはいわば憧れの存在である。彼女の見た目に騙されたが、彼女は(れっき)としたキャスターなのかもしれない。彼が本当に召還したいと思った魔術師なのかもしれない。

 魔術師とは捉えどころのない存在であり、一般人にとって彼らは美しい存在だ。過去を継承し、神秘を探求する。現代では失われてしまったものを持つ、憧れである。

 ……なのに、どうしてか、その憧れにより喜ぶ感情が彼には浮かばなかった。違和感である。おかしい、彼はそう感じた。憧れの存在、魔術師を彼は手元に呼び寄せたのに、何か変な感覚しかしない。

 

 彼女は彼が呟いた言葉を聞いて、ふと口篭りながら呟いた。

 

「……キャスターじゃないもん」

 

「……え?」

 

 下唇を突き出して、不満を顔に出す。そして、彼女は地団駄を踏んだり、寝転がったりして暴れ出した。

 

「キャスターじゃなぁいー‼︎キャスターなんて呼ばないでー‼︎私はキャスターじゃないもん!」

「え?急にどうしたの⁉︎キャスターじゃないの⁉︎」

「うぅ〜、キャスターだ〜け〜どォ〜、違うの〜!違う違うッ‼︎」

 

 ごろごろと彼の足元を転がる彼女は喚きながら自分はキャスターであって、でもそうではないと主張する。そして、まったく訳がわからない彼を混乱させながらしばらく経つと、彼女ははっと何かに気づいたのか、目を見開いて立ち上がった。

 

「え?今度は何……?」

「……ひーちゃん」

「……え?ひーちゃん?」

「そう、ひーちゃん。ひーちゃんって呼んでください!」

 

 突然のことである。急に自分はキャスターではないと言い出し、そして次はひーちゃんと呼べと言ってくる。その理由がさっぱり分からない彼はきょとんとした目で彼女を見つめる。

 

「……急にどうしたの?」

「キャスターって呼び方、イヤ‼︎」

「うわ、スゴい直球……」

「だから、ひーちゃんって呼んで!ひーちゃんって!」

「えぇ……、いや、でも、君はサーヴァントで、キャスター……」

「イヤ‼︎」

 

 彼女はぷいっと愛想を悪くする。そんな彼女にため息を吐きながら、彼は優しく望み通りに呼んであげた。

 

「ひーちゃん」

 

 彼女はそれを聞くと、まるで尾を振る犬のように眩い笑顔で彼を見た。

 

「う〜、ハイホー!」

 

 万歳のように腕を広げながらピョンと飛び跳ねた。屈託のない笑みがさらに広がった。彼女につられて創慈も笑う。その笑みにつられて彼女はもっと笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

 その二人の間は何とも美しいものである。恋人、友達、親子、それらとは違った彼らサーヴァントとマスターの関係は他の参加者とは異なるものである。それを壊すことはまさにタブーであり、カゴに入れて保護するほどのものであろう。

 

 だが、彼女は知っている。この時は有限であるということを。何事も必ず終わりは来るのだと。不老不死も、概念も、超越存在でさえも、何事も終わりはあるのだと。因果の定め、それがこの世の理であり、彼女らを包む世界。そこに例外はほぼない。

 

 この楽しい時はいつまでか。彼女は知っている。

 

 恋焦がれるほどのこの時は、きっと目を閉じて開くその瞬間だけの泡沫となることを。

 

 でも、後悔はない。願いはすでに叶っているのだから。

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