Fate/eternal rising[girl or king]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

今回もキャスターが可愛いねって回です(大嘘)。


10話 不思議な少女

 薄っすらと街灯の明かりだけが灯る誰もいない暗い夜道。そこに二人の足音が無音の世界に響いていた。一人はパタパタと忙しなく動く高い音、もう一人はゆっくりと、時に走るような不規則なリズムの低い音。そして時折聞こえる子供の楽しそうな声。その声が聞こえると、前者の音が強くなる。

 

「あ、ちょっと騒ぎすぎだよ。夜だから、そんなに騒いだら敵が来ちゃうかもしれないよ」

 

 創慈ははしゃぎながら先行くキャスターを追いかける。

 

「うわー、スゴい!家しかないね、ここ!」

 

 暗い住宅街。彼の家がある市の中心の新しい住宅街からは離れた場所にある北東の古い住宅街。瓦屋根の家がほとんどで、どこの家も大体庭があって何かしらの植物が生えている。

 彼女はそんな住宅街の歩道と車道の消えかかった薄い白線の上から外れないように歩きながら呟いた。くるりくるりとその白線の上を回りながら踊るように歩いて行く。

 

「そのさ、もうちょっと緊張感とかないかな?敵と遭遇するかもしれないし、偵察の使い魔が見ているかもしれないんだよ?」

 

 彼は遊んでいるように見える彼女に苦言を呈す。しかし、彼女はその忠告を笑って返した。

 

「それぐらい気付いてますよ!緊張感だって一応あるし、敵の使い魔だってなるべくいないような所を通ってるつもりですッ!」

 

 ビシッと彼に言い返す。彼は彼女に言い返そうとしたが、その彼女の言い分の真偽がそもそも定かではないので何とも言えない。

 本当にそんなことしているのか疑問ではあるが、キャスターである彼女ならそれぐらいのことをやってのけるのかもしれない。そもそも彼自身、魔術師のことなど全然詳しく知らないのでそれが魔術師にとって可能なのかすら分からない。

 

「……う〜ん、そうなのかなぁ」

 

 彼は頷きざるを得ない。少なくとも魔術においては彼よりも彼女の方が優れている。彼女の言うことは嘘っぽくても信じるしかない。

 彼が彼女に言い負かされて項垂れていたとき、すぐ目の前にいた彼女が急に足を止めた。

 

「……やっぱ、こっちヤメる」

 

 彼女はそう言うと、くるりと体の向きを反対にして彼の方に向かって来た。

 

「えっ?何?どうしたの?」

「あ、いや、なんかこのまま進むのやだなーって思ったんで、こっち進むのやめます」

「えっ?何で?いや、だって今日はここら辺を探索って話じゃないの?」

「あ、まぁ、それはそれ、これはこれ。とりあえず今日はここら辺はやめて、海辺の方へレッツゴーで」

「全然説明になってないけど……」

「説明なんて聞くだけ無駄無駄。とりあえず本能の赴くままに海辺に行きたい、とか何とか思ってますけど、どう?ソージは嫌?」

 

 彼女はじっと彼の目を見つめる。懇願するような目ではないが、その何かを訴えるような目に彼は勝てなかった。

 

「うぅ、分かったよ。まぁ、そうだね、意味もなくなくぶらぶらとするよりも、何かしら明確な意味を持っていた方がいいよね」

 

 彼がそう言うと彼女は腕を広げて大声で喜んだ。

 

「イィ、やったー‼︎」

 

 そんな彼女の声が響いて敵にでも聞こえたらどうするのだと、彼は彼女の口を手で塞ぐ。すると彼女はフグのように頬を膨らませた。

 

「分かった、分かったから、少し静かにしてて。敵に見つからないようにね」

 

 彼のその言葉に彼女はにやりと嫌な笑みを浮かべた。

 

「ムフフッフッフッフ〜!さぁ、では行かん!いざ鎌倉へ!」

「え?海だよね?」

 

 

 

 

 

 ということで彼女の案内に従いながら、南側の方へと歩いて行く。今まで彼が知らないような小道を縫うように歩いていると、彼らは海に辿り着いた。

 

「へぇ、こんな通り方もあったんだ……」

「知らなかった?」

「知らないも何も、あんまり北東の、神零山の近くのことは詳しく知らないからなぁ。いや、でも、スゴいね。よくあそこから裏路地ばかりを通ってここまで来れたね」

「ああ、まぁ、そこは勘ですよ。勘」

「あはは、それはスゴい。さすがは幸運EX」

「えっへん!どうだ、スゴいでしょ〜!」

 

 彼女は胸を張り彼に自分の凄さをアピールするが、彼は「すごいすごい」と若干あしらう感じで返したので、不機嫌そうな顔をする。

 

「子供扱いしてる!」

「子供扱い?ああ、うん、まぁ、してるけど……。何?嫌だ?」

 

 彼女は大きく頷く。

 

「ごめんごめん、悪気はないんだよ。別にね。でも、ほら、見た目がそうだし、少し自然とそういう風になっちゃって……」

 

 彼はそう言うと彼女の頭を大きな手で撫でた。彼女は半分嬉しそうに、半分悔しそうな顔をする。彼を少し強く睨み、彼がその視線に優しく微笑みかけると、彼女はぷいっと視線をずらした。

 

「……この姿、失敗だったかなぁ……」

 

 ぼそっと呟いた彼女の言葉は海の波音にかき消されて彼には良いように聞こえなかった。これも幸運EXだからこそなせる技である。

 二人は海を眺める。真っ暗な海である。太陽が映らぬ海面は暗黒な世界だった。光という光、その全てを飲み込み虚無へと還すかのような感覚を抱かせる。そこに生命の母としての面影など微塵も持ち合わせてなどいない。

 

「暗いね。何にも見えないね」

 

 彼女は道路から砂浜へと下りる階段のところに座って囁いた。

 

「街灯の光以外、何にも見えない。車も通らないし、聞こえる音も波と風の音。なんだろう、なんか、この市が死んでるみたい」

「え?僕も見えない?」

「あ、それは見える。そうじゃなくて……、その、淋しい場所だなって」

 

 肌寒い風が吹いた。彼女の長い髪が靡く。揺れる彼女の明るい髪も夜の暗さ睨み取り込まれてしまっていた。

 

「……よしっ」

 

 彼女は立ち上がると海の方へと駆け出した。

 

「ソージ!一緒に歩きましょーよ‼︎海岸!」

 

 小さな子が小躍りするようにぴょんぴょん飛び跳ねながら大声で彼を誘う。彼はそんな彼女の対応に困り果てる。

 

「いや、静かにしてよ、()()()()()

「ああああッ‼︎キャスターって言った!イヤだイヤだイヤだぁ〜っ!キャスター、イヤッ!ひーちゃん、ひーちゃんって呼ぶのっ!」

「ああ……、分かったから、少し黙って……」

 

 小声で彼女に必死に伝える彼は自分の言うことを全然聞いてくれないキャスターに手を焼く。そもそも「ひーちゃん」という呼び方自体が彼女の真名をバラしてしまうかもしれないし、キャスターと呼んだ方がいいのだが、彼女の強い要望に逆らうと今後の二人の関係性に亀裂が生じてしまうかもしれない。彼は仕方なく言う通りに従う。

 

「ひーちゃん。これでいい?」

 

 彼のその言葉に彼女は少し頰を赤く染める。

 

「……それでヨシ」

 

 彼はゆっくりと立ち上がり、彼女の所へ行く。キャスターは彼が自分の所へ近づいてくると嬉しそうにはしゃいだ。そして、足をまくり、服に水がつかないようにした。彼女の素足に波が当たった。冬の季節、暴力的なまでに冷たいであろう海の水を彼女は冷たいと言いながらもはしゃいでいた。

 

 水際に波が何度も押し寄せる。波がその水際を広げ、波が引くと水際は海の方へと退いてゆく。海が静かに囁く。波が、風が、暗闇が、母なる海の大きさを告げる。浜辺は海を知ることができる場所。その海に一番近い場所。地面が砂である、ただそれだけなのに、時にそれが自然の美しさを醸し出す。

 

「海、すごいですね。本当に水だけなんですね。意外」

 

 彼女は地平線の彼方、視界の先まで広がる大きな海を眺めて言った。

 

「え?海は初めてなの?」

 

 彼には予想外だった。

 

「うん、そうですよ。でも、どうしたんですか?」

「あ、いや、海くらい見たことあるんじゃないかなって思ってさ。ほら、君、すごいでしょ?」

「すごい?あ〜、まぁ、すごいのかな?うん、確かにすごいのかも?ああ、でも、それとこれとは別ですよ?私がすっごい人でも、私は羽を持たないんです」

 

 彼女は打ち寄せてくる波を蹴った。月の光を反射しながら水しぶきが飛んで、波はまたすぐに退いた。

 

「……羽を持たない?」

「はい。まぁ、あれかな?高値の鳥が鳥かごの中にいるような感じですよ、私は。希少価値が高いから、有用性があったから。だから、私はすごかった。でも、すごい人だからって、自分のやりたいようにできるわけじゃないですからね。私は私、あなたはあなた。でも、私たちは人だから。繋がりがあって、一方が倒れればもう片方も倒れてしまう」

「人間社会の在り方だね」

「そうですね。規模は変われど、その基本構造はいつの時代も変わりません。人という存在が生まれた頃から何も。私の時だってそうでした。その構造が入り乱れて複雑化した社会の中で共倒れにならないような力を持っていた。だから、私は大事がられた」

「羽を持たない高価な鳥が鳥かごの中にいる……」

「離したくないですよね、そりゃ。だって、私さえいれば自分の人生なんとかなるんですもん。そりゃ、王にだってなりますよ。みんな、私に王という座を与えて、そして縛り付けた。私はそういう王だ」

 

 彼女は海に向かって暗く喋り、今度は微笑んで彼を見る。

 

「悲しいなとか、かわいそうだなとか思いました?あ、でも、別に後悔はしてないですからそこらへんはゴチューイを。私、あれはあれで満足してますよ。だから、そういう目だけはやめてくださいね。私を王に押し付けたとしても、それは私の民です。悪口はやめてください」

「うん、分かったよ。で、どうしてこんな話をしたの?」

「え?ああ、その、ソージは私のこと、サーヴァントだからとか、すごい人とか思ってるみたいだけど、それ嫌なんでやめてください」

「え?どうして?」

「あ、別にそれは好きじゃない。なんか、やりにくい。やっぱ気軽に接してくれて結構ですから。ほら、ソージ、私がやっぱりお目当のサーヴァントだって理解したときから、なんか変に仰々しいじゃないですか。あれ、なんか、嫌なんでやめてください」

「あれ?そんな風にしてたかな……」

「してました〜!無意識でもしてました〜!それ、嫌なんで。過去のことは別に後悔はしてなくとも、やっぱり王じゃない生活もしてみたいんです。だから……」

「ひーちゃんって呼べって?キャスターだと、そうだね、仰々しいね」

 

 彼女は大きく頷いた。そして、また波が押し寄せてきたので、彼女はその波に当たらないように後ろへと退がった。しかし、彼はその場から動かずに足の甲まで水に浸かってしまう。

 

「ああ、濡れちゃった」

 

 彼は手に持っていた靴と靴下を砂の上において、ショルダーバッグからハンカチを取り出し、足を拭いた。

 そして、彼は彼女の方を向くと、彼女は鼻の下を伸ばしながら何やら興奮した様子である。

 

「濡れたとかエッロ……」

 

 まるで中学生並みの下ネタ。しかもそれを喜々とした表情で言うので創慈も呆れる……

 と、思っていたキャスターが彼の思わぬ言葉を耳にする。

 

「……え?どこがエロいの?」

 

 その言葉に彼女は凍りつく。まさか、そのまさかと思い、もしかしたら彼がキャスターをからかっているだけなのかもしれないと考える。

 

「いや、ほら、なんか、エッチな雰囲気になると、濡れません?」

「え?どこが?唇?」

「え?いや、ほら、下の方が……」

「下?汗のこと?」

 

 創慈は本気で彼女の言っている意味がわかっていない。首を傾げ、濡れるの意味や、そもそもエロのことに関して恐ろしく知らないようである。

 

「……あれ?待って?ソージって、子供がどうすればできるのか知ってますか?」

「ああ、キスすればコウノトリが赤ちゃんをお母さんのお腹に運んで来てくれるんでしょ?魔術で」

「……え?それ、本気で言ってます?」

「え?何?何か、おかしかったかな?」

 

 いたって普通。普通に恥ずかしげもなく堂々と彼女に彼の性知識の貧しさを露わにした。

 彼女は彼のその状況を把握すると、興奮のあまり鼻から大量の鼻血を吹き出してしまった。

 

「えっ?キャスター、あ、間違えた。ひーちゃん、どうしたの?襲撃?」

「ううぅ、思わぬ襲撃ですよ、これはぁ……、はぁ、はぁ。マジか、いや、まさか、こんなにも、尊いとは!」

「え?何?どうしたの?」

「天然記念物〜!汚れなき純白ッ!最高っ!」

 

 空想上の存在かと思われるような人が目の前にいると知った彼女は感激と変な興奮に駆られ、さらに鼻血を吹き出す。

 

「これで座に還るのはある意味本望。ナームー」

 

 彼女が手のひらの皺と皺を合わせたので、創慈は慌ててそれを止める。

 

「えええっ?ちょ、ちょっと、そんなこと言わないでよっ!ほら、鼻血出過ぎだから!ティッシュ、鼻に詰めるからね?」

 

 創慈は応答を聞くよりも先に持っていたティッシュを細長く丸めて彼女の鼻に押し込んだ。

 

「ふがっ⁉︎あ、ちょっと、乱暴なぁ〜!」

 

 鼻詰まりの声でプンスカプンスカと声を荒げる。彼女のその反応に彼はさらに困惑してしまう。

 

「えぇ……、いや、だってあれしかなくて……」

 

 そして、彼があたふたと困り果てている様子をまじまじと見て、にやにやと変態的な笑みを浮かべる彼女。彼女は腕を組んで仁王立ちして彼の前に立つ。

 

「よぉし!許ぅす!」

 

 彼女はそう告げると、彼の手を握って走り出した。

 

「じゃあ、かけっこしましょう!かけっこ!」

「えっ⁉︎そんな、急な。だって夜だよ?敵いるかもしれないよ?」

「大丈夫ですよ、そんなの。いけるいける」

「いやいや、さすがにそれは……」

 

 彼が尻込みしていると、彼女はそんな彼を置いて走り出した。

 

「あそこの岩のところまで競争!早い者勝ち!」

 

 競争と言いながら、全然彼にルールを説明する前に走り出している。勝手にフライングされた彼は走る彼女の後を追う。

 

「おおぉ〜!ソージぃ〜、追ってこぉ〜い!」

 

 彼女は走りながら大声をあげる。後ろにいる彼に檄を飛ばす。すると、すぐさま後ろから声が聞こえた。

 

「ん?何?追いついたよ」

 

 いけしゃあしゃあといたって平気な様子で彼女のすぐ後ろに彼がいた。息が乱れている様子もなく、平然と歩くように彼女のペースで走る。そんな彼を見て彼女は腕を振り上げた。

 

「んなっ!ずるぃぞ!このスポーツマンめっ!手加減しなさいよ〜!」

 

 身体能力の高い創慈に向かって激昂する。

 

「えっ?手加減はしてるつもりなんだけど……」

「そういうとこだぞ!そういうとこ!何でもできる人が一番他人を傷つける言葉!ヒドい!」

「えっ、あ、ごめん。じゃあ、遅くするね」

 

 彼はペースを遅くした。すると、彼女はふと立ち止まり彼に向かって叫んだ。

 

「それじゃつまんない!」

 

 その言葉に彼は思わず声を上げてしまった。

 

「えぇ〜、それじゃどうすればいいの」

 

 彼のその言葉にキャスターはビシッとキメ顔でこう答える。

 

「一緒に走る」

「え?また?」

「そう、また!」

 

 彼女は何か期待するような目で彼を見つめる。その熱意に負けた彼はやれやれと言い、彼女の手を握った。

 が、しかし、彼女は首をかしげた。

 

「う〜ん、でもなんか違うな」

「え?違う?何が?」

「何が?う〜ん……、あ、わかった、おんぶだ!」

 

 彼女は腕を広げておんぶしろと指示してくる。もうほぼ従者のようになった創慈は仕方なく彼女の前で膝をついて、背中に乗せた。

 

「わっはー!高い高い!ほら、走って走って!」

「あ、はいはい」

 

 それから少し走ってると、創慈がふと呟く。

 

「はっ⁉︎これは、いい運動になるのでは?」

 

 脳内筋肉のことしか考えられない人がふと名案を思いついてしまった。

 

「いや、でもこれじゃ軽すぎるな。もう少し重くなってくれないと」

「ちょっと、デリカシーなさすぎ!私、女の子なんですからねっ!ぷんっ!」

 

 女の子は女の子でも、幼女という意味での女の子なので成長という点ではあながち変な言葉ではないのではないか、とか何とか考えつつも、彼は一応謝っておく。

 

「まったく、すぐ筋肉、筋肉。筋肉のことしか考えられないの?」

「え?そもそも、僕、筋肉とか言ってた?」

「言ってはないけど、どうせ好きでしょ?だって家の中にはダンベルとかローラーとかゴムとか。あと、服の七割近くがスポーツ用の服だったし」

「えっ?勝手にクローゼットの中身、見たの?」

「そりゃ、気になるし……」

 

 彼女は海の方を見た。そして、それから彼の頭をペシペシと叩く。

 

「そう言えば、ソージ、さっきから止まりませんね」

「え?ああ、別にそんな疲れないし。いつも海岸沿いを走ってるからね。足場は砂だけど、別にこれぐらいはどうってことないよ。むしろいい運動ってとこかな」

「うわっ、それは脳筋発言ですよ。そのいつにも増して輝いた目はさすがに私も引きますよ」

「そう?君……じゃなくて、ひーちゃんに引かれるとは。筋金入りだね」

 

 彼はそう言って笑いこそしたが、足を止める気はまったくないようで、そのままのペースでさらに走る。

 

「……ソージって、何かスポーツしてたんですか?」

「いきなり唐突に訊いてきたね」

「いや、だって気になるじゃないですか。この体力といい、体格といい、スポーツ大好きそうじゃないですか」

「あはは、まぁ、それはよく言われるね。うん、確かにスポーツはよくやるよ。ボクシングや柔道、合気道に少林寺拳法とかも手を出したね。他にも色々やったな。キックボクシングや空手とかかな」

「すごっ!めっちゃやってる!マジでドン引きのやつだ!」

「いや、まぁ、大体格闘技だよ。うん、格闘技ぐらいしかやってないよ」

 

 彼はそう言うが、キャスターは開いた口が塞がらないようで、「ヤベェ」とだけ口にした。

 

「どうして格闘技何ですか?他にも何かスポーツありますよね?」

「あ〜、まぁね。でも、ほら、他の競技ってさ、やっぱり個で戦うものじゃなかったりするし。ほら、サッカーとか野球とかはチーム戦じゃない?ああいうの、あまり得意じゃないんだよね」

「テニスとかは?」

「テニス?ああ、あれも、なんかピンとはこなかったな。なんか、あれは練習を積み重ねて強くなったりするけど、その積み重ねって分かりづらくない?でも、格闘技は結構分かるような気がするんだ」

「……う〜ん?そんなもんなんですかね?」

「そんなもんだと思うよ。もちろん、そこまで本気で考えたことはなかったけど。そういうことじゃないかな?」

 

 彼はそう言いながら笑っていた。ずっと同じペースで走りながらへらへらと笑っていて、でも彼女にはその笑顔がどこか引きつっているように感じた。

 

「まぁ、でも、辞めちゃったけどね」

「え?辞めちゃったんですか?」

「うん。もう何にもしてないよ」

「……どうして?」

「ああ、それは……、話すと長くなるから、また今度ね」

 

 彼が話を中断すると、後ろの彼女は足をバタつかせてブーイングをする。

 

「えー⁉︎なんで⁉︎教えてよぉ!」

「あ〜、いや、本当に長いんだよ、話が。だからね、また今度」

「えー⁉︎ブーブー‼︎」

「あはは、ごめん、ごめん。なんか、他の質問だったら答えてあげるけど」

「えー!じゃぁ、その選択に後悔とかしてます?」

 

 その質問に足が止まった。彼は夜空を見上げながら少し立ったまま考えた。そして、答えが出ると、彼はきっぱりと主張する。

 

「後悔はないよ。全然ない」

 

 潔く言った彼。キャスターはそんな彼のほっぺをぷにぷにと押しながらその言葉の真偽を確かめる。

 

「え〜?本当ですかぁ〜?」

「本当だよ、本当」

「じゃあ、なんで筋トレとかしてるんですか?意味なくないですか?」

「え?あ〜、それはねぇ……」

「……未練たらたらじゃないですか!」

「いや、違うんだよ、なんか、習慣になっちゃってて」

 

 キャスターは疑いの目を彼に向ける。

 

「え〜、本当にぃ〜?」

「うぅ、なんかさっきから当たりが強い」

 

 彼女の質問にタジタジな彼は少し反撃しようと質問を投げ返した。

 

「ひーちゃんはさ、なんか、運動とかしてたの?いや、まぁ、そもそもその時代に運動とかスポーツとか成立してるのか分からないけど、体動かすの楽しそうだし、運動してたの?」

「え?そんなわけないじゃないですか。私は魔術師ですよ?あ、魔法使い?う〜ん、まぁ、そこらへんはどうでもいいとして……」

「え?どうでもいいの?」

「とりあえず、スポーツとか運動をできる身分ではないのでーす!それに……そんなことできたら今頃ここにはいませんよ」

 

 その彼女の最後の一言はすごく陰鬱で暗い含みを持っていた。彼女を背負っていた彼はふと背中に乗っている彼女がふと急激に重たく感じて違和感を抱く。

 彼女はそう言ったあと、どうしたことかまだゴールの岩まで100メートルほどあるが、彼の背中から飛び降りて砂浜を走り出した。

 

「やっぱ走る〜!」

 

 彼はそう叫ぶ彼女を後ろから佇んで見ていた。

 

 全力で走る彼女。歩幅はそこまででなく、スピードも速くない。それでも、砂浜に立つ彼よりも前を行く。疲れたわけではない。ただ、今の彼女の姿がすごく儚げで、いつその体が壊れ去ってしまうのか。それがちょっと気になった。

 もともと彼女には何かが欠けていたのだろう。それに気付いただけなのだが、それが自分と同じなようで違い、違うようで同じだと思えた。

 

「ほら!ソージも早く早く!私が先にゴールしますよー!にへへっ」

 

 彼にとって彼女は不思議な存在となる。それまでの時はそう長くはない。

 

 彼女が彼の目の前から消えるまで。その幾許かの日々を彼女は笑顔で走り続ける。

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