Fate/eternal rising[girl or king]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

まぁ、今回は題名からも分かる通り、拉致されてます。可哀想に、ヨウくん。


12話 拉致された

 薄暗い空間だった。自分の足の先が見えるくらいで、それから先は光が乏しくて目が認識することができそうにない。地べたに尻をつけて座っている俺の足先には災害の時の非常時用の置くタイプのランプがあるが、その光もやや弱い。首回りにひやりとした空気が巻きついてくる。息を吸えば鼻から肺までこの季節の冷たさが伝わってきた。居心地の悪い場所である。

 

 —————ソワソワソワソワ

 

 苦しい、そういった感覚はないが、密閉された、緊張感を妙に煽るような風に思えた。じりじりと何かが迫ってくるような感覚に襲われ、焦燥に駆られそうな気もする。

 まぁ、目の前にいる人が凶悪な犯罪者のような明らかにヤバイやつならの話だが。

 

「……で、これはどういう状況なの?なぁ、雪方、答えろよ」

 

 —————ソワソワソワソワ

 

 あぐらかいて座る俺は目の前にいる彼女にそう尋ねた。しかし、彼女は俺を尻目に懸けたような態度をとる。

 さっきからこの調子である。まともに対応してくれないのだ。なんかよく分からないが、気がついたら俺はここにいた。どういうことなのか、誘拐されたということでいいのか。

 

 —————ソワソワソワソワ

 

 ため息をついて自分の後ろ腰を見る。手首が麻縄でぎゅっと強く縛られ拘束されている。残念ながらここから脱出するとかそういった事はできなさそう。いや、そもそも俺がどうしてここにいるのか、誘拐された目的やらここの場所を知らない。雪方が敵なのも分からないが、とりあえず俺がどう見たって後手の立場だということだけ理解できた。

 それにさっきから気になることがある。

 

 —————ソワソワソワソワ

 

「おい、お前、誰だ?」

 

 雪方の後方にいる一人の背の高いすらっとした細身の男だ。その男の姿に見覚えはないが、さっきからそいつの行動がスッゲェ気になる。

 

「ええっ⁉︎ボク?」

「てめぇだてめぇ!さっきからそわそわそわそわと動きやがって!ウゼェな!なんだ、ずっと雪方の後ろでちょこちょこ動くなよ!めっちゃ気になんじゃねぇか!」

「あ、そ、そう?ああ、ごめん……。で、でも、ゆ、誘拐だよ?やっぱりそういう事はやっちゃいけない気が……」

 

 彼はちらりと雪方を見る。彼女はその視線に一度気づくが何もなかったかのように無視をした。

 

「ひぇぇ、怖い。無視された」

 

 彼は悲しそうな目で今度は俺を向くが、なんか俺も生理的に無理なタイプだなと理解したので受付を拒否する。

 

「えっ、そんな男同士、心が通じるかと思ったのに」

「いや、男色趣味は俺にはねぇよ」

「そ、そう意味じゃないよ!もう、二人ともボクをいじめて……」

「おい、俺縛られてんだけど」

「そんなことどうでもいいよ!」

「どうでもよくねぇからな、オイ」

 

 気分に任せて口を開くタイプなのだろう。なんか支離滅裂な事ばかり言っている。

 

 —————すっごくキライ☆

 

「ううっ、それより、なんだよ、僕は確かに戦うための駒かもしれないけどさ、生きてる人を標的にするだなんて、聞いてないよ!そもそも、誘拐だなんて!悪い人のやることじゃないか!」

「いや!それ俺のセリフ!」

「えええっ⁉︎あ、その……、ごごごめん。いや、何だか僕もパニックになっちゃって……。で、でも、やっぱりこれは流石に……」

 

 ぶつぶつと大きな独り言を呟くので結構耳障りである。

 

「ちょっと、ライダー、うるさい」

 

 雪方も気に障ったのか、彼を目で睨みつけた。彼は「ヒェッ」とだけ言うと、我々に背を向けて身を縮ませて座り込んだ。

 

「まぁ、そうだよね。うん、知ってる知ってる、どうせボクなんてサーヴァント向けの性格じゃないよね。わかってたさ、わかってたとも。ボクなんて人を一人殺すことも戸惑ってしまうタイプだし。いや、まぁ、それが普通だけどさ、いや、でもやっぱりサーヴァントとして座に登録されてる限り殺しぐらいやるのは当然でさ……。もし、ボクが老人姿ならまた話は別だけど……。でも、今のボクは有名なあの時のボクであって、そんな勇気ないし。いや、勇気というより倫理だよね、普通。うん、ボク悪くないよね、うん、悪くなんてないよ……」

 

 そう言ってちらりと雪方の方を窺うが、彼女は依然として鋭い眼光で彼を突き刺すので、また彼は気を臆してより一層身を小さくした。

 彼女は平伏させると、こちらにまた視線を移した。といってもやはり俺を直接見ようとはせず、足元を見て、たまにちらりと俺に視線を送るだけである。俺は彼女の顔がランプの光に照らされているのをただ見ているだけ。

 しかし、そんな状態では埒が明かない。どうやらこの二人が俺を誘拐したようだが、どうしてなのか。そもそも二人の目的や現在地、時間など情報が足りないので聞き出さねばならない。

 

「なぁ」

 

 俺は彼女にもう一度声をかけた。彼女はまた同じように視線を俺から離すが、無視はしなかった。

 

「……何?」

「そのさ、あの、俺、何にもわかんないんだけど」

「……うん」

「あ〜、そうですよね、はい。まぁ、その、あれ?お前って聖杯戦争のマスターだったりするの?」

 

 この状況で何となくだがそうであろうという推測はついた。そもそも誘拐されていることや、目の前にいる男が自身のことをサーヴァントと言っていることなど。あと、ライダーという名らしい。確か、セイバーがそんな名前を口にしていたのを覚えている。

 彼女は俺の言葉に何も答えなかったし、頷くこともしなかった。ただ、そっと隠していた右手を俺に見えるようにした。

 そこには令呪があった。それは俺の考えが正しかったことを意味する。その状況に俺は特に何も言うことができず、「そうか」とだけ呟くだけだった。

 だが、その令呪を見てすぐに俺の背筋は冬の寒さとは別の何かに撫でられて凍りついた。この状況がとりあえずヤバいということだけは素直に理解できてしまった。

 まず、目の前にいる男。こいつはヤバい。サーヴァントだ。あの弓男やセイバーと同じ輩である。今、俺は誘拐されていて手を縛られていたり現在地がわからなかったりなど、どう見ても不利な状況にいる中で、サーヴァントが目の前にいる。流石に絶体絶命のピンチである。

 それにさっきからセイバーの姿も見えない。どうやらここにセイバーはいないようで、戦うともなればサーヴァント対俺ということになり、勝ち目など天が地になろうとも生まれなどしないような状況である。

 とりあえず、ここはセイバーがいないと話にならない。敵の能力は未知数だが、サーヴァントである以上、サーヴァントで対抗するしかない。

 ならばやることは一つ。セイバーから令呪の話を聞いていた。三回だけ使うことができる大体のことを叶えられる超便利グッズ的な感じらしい。正直こんなところで使うのなら街歩くいい感じのお姉さんを引っ掛けたかったところだが、ここは止むを得まい。

 

 俺は縛られて見えない右手の甲を反対の手で触った。

 

 確か魔術回路を開放して願えばいいとか何とか言っていたような。まぁ、やってみるしかないか。

 息を吐いてリラックスする。自らの内に秘めたる力をまずは呼び覚ます。そして、いつも魔術を使うように魔術回路に魔力をゆっくりと通す。

 そういや、いつからだったろう。ふと気がつくと魔術が使えていた。あれは小学生の最後の頃だったか。朝、寝起きの気分があまり良くないタイミングで鳴り響いた目覚まし時計にイラついて手を伸ばしたあの時か。爺ちゃんからこれは魔術だと言われたが、実際のところあんまりよく分からないが。

 そう考えるとよく分からないものに頼るのはちょっと癪だが、まぁ、しょうがない。

 左肩から手にかけてヒリヒリと痛みが現れた。左胸のあたりに小刻みに振動が伝わり、疼くような感覚に襲われる。

 

 俺は心の中で叫んだ。

 

 セイバー、来い—————と。

 

 だが—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 俺は見回した。彼女の姿を探した。だが、どうしたことか、彼女の姿は見当たらない。

 

「……は?」

 

 血の気が引いた。元々寒かった部屋の温度がより一層冷やされたように感じた。

 訳がわからない。いや、それが当然なのだが、その当然であるということが許容できなかった。もちろん、令呪というよく分からん痣が素晴らしい魔術ツールだなんて言われて本気で信じるなんてことはできないけれど、セイバーが嘘を言っていたようには思えない。だとすれば、それは本当のことであって、彼女は現れるはずで、でも現れなくて……。

 頭がこんがらがってくる。いや、確かに魔術回路は開いた。魔術を作動もさせたつもりだった。それでいいはずだ。なのに、できなかった。

 俺の動揺は隠せなかった。隠していたつもりではあったが、その様子を不審に思った敵のサーヴァントが後ろで縛られた俺の手を掴む。

 

「いてててて……」

「あっ、ゴメン。でもちょっと待ってて」

 

 彼はそう言うと、雪方に何の断りもなく勝手に縛っていた縄を解いた。

 

「ちょっと、ライダー!何してるのっ⁉︎」

 

 彼女は少し押し殺した、でも荒げた声で叫ぶ。彼はその声にビクッと驚く。しかし、彼は俺の解いた手を見て彼女に弁明した。

 

「……ねぇ、この子、令呪ないよ」

 

 その一言に彼女は絶句する。

 

「……え?いや、そんなはずない。だって、ここに運んだとき、私と一緒に見たよね」

「うん、見た。でも、今はないよ」

 

 彼は俺の方を見る。

 

「何かした?令呪が見えないんだけど」

「いや、知らねぇよ。ってか、マジでないの?令呪」

「うん、綺麗さっぱりなくなってるよ」

 

 彼は手を離した。俺もすぐ自分の手の甲の令呪を確認する。

 

「……本当だ、ねぇ」

 

 俺の手の甲には何もなかった。ごく当たり前のことだが、傷一つない健康的な肌色の皮膚が見えるだけであった。

 訳がわからない。ここに誘拐されたこともそうだが、令呪が消えているなど予想もしていなかった。いや、確かに令呪なんて昨日今日現れたような代物であり、セイバーが俺に説明したことだけしか知らないし、そもそもセイバーを信じられるのかどうかなど不安要素の塊みたいなものではあった。しかし、こういざなくなると、予想外と言わざるを得ない。この誘拐されているという状況を打開する方法であっただけに、結構ショックに感じてしまう。

 しかし、どうしようか。最後の頼みの綱が消えた。ここでセイバーを呼び出せれば助かると思ったんだが、無理そうである。

 頭の中で試行錯誤を繰り返していたら、雪方がじっと怪しそうな目でこっちを見てきた。

 

「どうして平気そうなの?」

「は?」

「いや、困ってなさそうだし……」

「めちゃめちゃ困ってるわ。まぁ、主にこの誘拐についてなんだけど」

 

 彼女は眉を顰めた。ライダーが続いて俺に問う。

 

「セイバーと魔力供給が切れたとか、そういったなんか変な感覚がしたとか、そういうのなかったの?」

「は?あるわけねぇだろ、何だそれ」

 

 俺の返答に二人は顔を見合わさて首をかしげた。

 

「もういいんじゃないのかい?解放してあげたら?」

「ライダー、それはダメ。だって、ヨウはマスターなんだから」

「いや、でもさ、魔力供給が切れてることにも気付かないんだよ?ねっ?」

 

 ライダーそう言うと俺の方に視線を向けてきた。

 

「ん?まぁ、そうだな。いや、魔力供給自体があんまり詳しくはわかんないけど、うん、なんも気付かなかった」

「だってさ、マスター」

 

 彼は雪方に笑いかける。彼女は少し彼にムッとした表情をとるが、すぐいつもの冷たい表情に戻す。

 

「ねぇ、ヨウ」

「ん?」

「ヨウはマスターなの?」

「さぁ、俺もよく分からねぇんだよ。マスターとかサーヴァントとか」

 

 彼女は少しの間じっと見つめて、その後ため息をついた。

 

「分かった、うん、嘘ついてなさそうだし」

「嘘ついてない……って。いや、嘘つくとでも?」

「だって、ヨウ、したたかじゃない」

 

 それは自覚してはいるが、そんなにダイレクトに言われると悲しいものである。

 ライダーはキツイ言葉を投げつける彼女の代わり謝った。

 

「ああ、ごめんね、なんか機嫌悪いみたい」

「いや、いつもこんなもんだろ」

「そんなことない」

「急に何を言い出す、この根暗め」

「根暗じゃない、静かなだけ」

「あ〜、はい、はい!ほら、二人とも、仲良く!ねっ⁉︎」

「ちょっと、ライダー静かにして。声大きい」

 

 冷たい眼光で睨まれる彼はまるで大量に塩をかけられたナメクジのようにシュッと縮こまった。

 

「ひぇっ、怖っ」

「いや、別にウザいとかそういう意味はあんまりなくて、普通に静かにしてほしい。声のトーンを下げてってこと」

「え?なんで?」

「……ここ、勝手に使ってるだけだから。この建物、他人の建物だから」

「……え?マジ?ここどこ?」

「……その、教会。教会の物置部屋」

「え?教会って、あのデッケェ白い教会?」

「そう。聖マルタ白教会」

 

 聖マルタ白教会。織丘市に唯一ある大きなキリスト教の教会。北西の神零山の足元にひっそりと存在している。白亜の塀で囲まれた平べったく大きな建物で、孤児院や墓地も併設されている。俺の家はあんまりお世話にはならないが、割と結構な人がいるらしいとは聞いたことがある。いや、まぁ、興味ないけど。

 

「……いや、で、なんでそんなとこにいんの?」

「……聞く必要ないから静かにしてて。静かにしてれば誰もこないから」

「……あ、そう」

「……うん」

 

 で、黙れと言われたが流石に気になるので彼女にもう一度尋ねようとしたその時、外の方から誰かの声が聞こえた。いや、厳密に言えば外の、雪方の後ろの方にある木で作られた古い扉の向こうから。

 

「あら?話し声が聞こえたような。誰かいるのかしら?」

 

 女性の声だった。穏やかそうな優しい声。その声の主と思われる人の足音がどんどんとこの部屋に近づいてくるのが分かった。

 雪方はその声を聞くと血相を変えた。さっきまでも少し余裕のなさそうな素振りではあったが、今では余裕のないどころか困惑した表情を浮かべている。

 

「嘘ッ⁉︎どうしよう」

 

 彼女はこの部屋の隠れられそうな場所を探す。しかし、あるのは何か物が入ったダンボールぐらいで、身を隠すのに十分なスペースはどこにもない。彼女はランプの光を消して、仕方なく俺の手を引っ張ってドアの後ろに隠れた。ライダーは姿を消して身を潜めた。

 ドアが開いた。留め具の隙間から僅かに差し込む光が俺たちに当たる。またその隙間から覗くと、三十代ほどの女性がいた。彼女は頭を部屋の中に入れてキョロキョロと見回す。

 

「あら?誰もいない?誰かいたと思ったんだけど……」

 

 部屋の中を覗いたその女性は首を傾げながら部屋の扉を閉めた。そして、俺たちはその女性が部屋から遠ざかるまで、息をほとんど止めていた。

 しばらくしていなくなったと分かると俺たち二人はハァと大きく息を吐いた。

 

「うぅ、驚いた」

「いや、お前な、お前がここに俺を連れてきたんだから、驚くなよ。ビビったぞ、俺も。あの人の声が聞こえたら、途端にお前が血相変えるから」

「しょうがないでしょ。この状況見られたらダメなんだから。魔術の秘匿ってやつなんでしょ?」

「は?しらねぇよ」

「……あ、そう」

 

 彼女は消したランプの明かりをまた灯す。しかし、そのすぐにその点けた明かりを消して、部屋のカーテンを開けた。

 陽の光が差し込んだ。朝焼け、その空よりは明るい早朝の空が見えた。

 

「おい、雪方、今何時だ?」

「6時は過ぎたってところ。何?時間経ったなって?だって、ヨウ、気絶させてからぐっすり寝てたから」

「え?マジ?」

 

 ライダーが実体化しながら、こう言った。

 

「ボクが気絶させてから、ずっとね。十分かそこらかで目が覚めると思ってたけど、すごくぐっすり眠ってたよ」

 

 なるほど、こいつが俺を気絶させてここまで連れてきたのか。

 

「なぁ、どうやって俺を気絶させた?」

「……え?あ、それ聞く?」

「いや、何となく気になったから」

 

 俺がライダーにその質問をすると、雪方がポケットからあるものを取り出した。

 

「これよ、スタンガン」

 

 彼女は俺を気絶させたスタンガンを見せる。スイッチを入れてバチバチと電光を見せつけた。

 

「おぉ、これを俺に突きつけたのか。うん、なんか、そんなこと言われると、そんな覚えがないわけではないが……」

「いや、ヨウは寝てたらしいわよ。もう初っ端から」

「そうそう、ボクが担いでる時にはもう爆睡だったよ。いや、なんか、毎日が大変そうで、いい睡眠になったんじゃないかな?」

「なるわけねーだろ。まぁ、ぐっすり眠れたおかげで、今わりと気分がいいけどさ」

 

 そう、割と今の俺はスッキリしてるのだ。日々、夜中まで不摂生な生活を高校生でありながら送っていて、睡眠時間が四時間なんてことはザラなのだ。それなのに、今日の睡眠時間は六時間。素晴らしい朝である。拉致られているということを除けば、気分がいい。

 満面の笑みで雪方を見返すと、彼女はイライラした様子で睨んできた。

 

「あなたが爆睡してたせいで、こっちは夜中に尋問をする予定が台無しなんですけど」

 

 目の下に隈を作っている彼女は暗くどんよりとした声で俺に言うので、拉致られている俺が悪いみたいな雰囲気にされてしまった。

 彼女は立ち上がり、窓を開けた。冷たい風が部屋に入り込んでくる。

 

「尋問をする予定だったけど、ヨウの令呪はどうしたことか消えてるし、ヨウからは何にも有益な情報もないし、形勢を良くするきっかけにもならない。サーヴァントが助けに来るかと思えばそんなことにもならず、協定を結ぶこともない。誘拐したけど、骨折り損ね」

 

 彼女はライダーに声をかける。彼は彼女の呼びかけに首を傾げた。

 

「え?もう解放していいのかい?」

「ええ。だってこのままヨウを縛り付けておいてもなんの得にもならないでしょう?」

 

 彼女の言葉に彼はぼそっと「素直じゃないなぁ」と呟いた。彼女はそれを聞いて彼をきつく睨んだので、彼は背筋を伸ばして彼女の要望通りにしようとした。

 俺は二人に窓の外に出るように促された。突き落とされるのかと思い、少し警戒していたが、どうやらそういうわけではなく、二人も窓の外に出た。外は手入れがされた芝生が生えていて、菜園みたいなものも見えた。

 外に出ると、ライダーは躊躇なく俺と彼女を担いだ。

 

「……え?なんで担いでんの、あんた?」

「ああ、行きと同じように担いでここから出るんだよ。ほら、正門からじゃ誰かに見られちゃうかもしれないしね。だから、このまま塀を乗り越えて市街地の方までひとっ飛びだよ」

「……へ?ひとっ飛び?」

「ああ、ヨウ。ライダーの言うことを一々気にしなくていいから。大体間違ってるから」

 

 ライダーの左肩にかけられている彼女が横を向いてそう言ってくるのだが、そもそもこの状況が謎すぎて理解できない。

 とりあえず分かることは、ちょいちょい雪方のライダーへの当たりがキツイということだけである。

 ライダーは俺たちを担ぐと、特に何に気を使うこともなく平然と2メートル以上はある白い石の塀を軽々とひとっ飛びで飛び越えた。そして、塀の外へと出ると、今度は何かを呟きだした。

 

「あ〜、本当はこんなことに使いたくはないけど、まぁ、あのお方なら許してくれるでしょ。うん、大丈夫。信仰心はしっかりと持ってる持ってる。いや、まぁ、神の水をこんな使い方するのは確かに気が引けるけど……」

「ちょっと、ライダー早く!担がれてる方もキツイんだから」

「あ、はい。分かりました、早くします。はぁ、これでもしっかりとあなた様を敬愛しております。ということですいません!『無慈悲な我が主の罰は(カタストロートゥディフィーム)』‼︎船乗りバージョンッ‼︎」

 

 彼が大きな声でそう叫ぶと、彼の目の前の頭上らへんに何かもふもふした小さな物体が現れた。雲である。灰色の、ちょっと天気が悪いときに見るあの雲だ。その雲が進路方向に沿って列になり浮かんでいた。雲はものの10秒程度で拳一握り程度の大きさから俺たち三人を軽々と包み込んでしまうほどの大きさまで広がった。その雲から雨が滝のように降り、みるみるうちに孤児院外の林を駆ける彼の足元には流れの急な小川のようなものまでできていた。

 彼はその川の上に足を乗せていた。彼の足は浮いているのだ。その原理はよく分からないが、俺と雪方を担いでいる状態で、さらに成人男性の体重が彼の両足にかかっているのだ。そうであっても彼は水の上に立っているのである。立っている、浮かんでいる、乗っている。どの表現が適切か現在進行形で見ている俺でもよく分からない。サーフィンのボードがないやつだと考えられるだろうか。いや、それもよく分からないが。

 ライダーは車よりも速いスピードで林の中を抜けてゆく。しかし、俺と雪方はただ担がれているだけだからといって、その車以上のスピードで小さな豪雨の中を突っ切っていたら被害はもちろん出てくる。

 

「ねぇ、ちょっとこの雨少しは弱くできないの?速く移動するためだからって、ここまで雨降らせなくてもいいと思う!服濡れちゃう!痛い!」

「えぇ!そんなの無理だよ!加減なんてできないよ!ボクができるのはスイッチのオンとオフだけだから!あと痛いの我慢して!学校行くんでしょっ⁉︎」

「え⁉︎雪方、お前、学校行くのか?もう6時だぞ!眠くねぇのか?」

「行かないわよ!もうやること新しくできちゃったんだから!あと、ヨウは寝てたでしょ!」

「俺は眠いッ!」

「私の方が眠いッ!」

「ボクは眠くないよ!」

「ライダーは黙ってて!」

 

 担がれている彼女はライダーの尾てい骨あたりを強く蹴った。彼は「ヒイィ」と泣き言を吐きながらも、しっかりと流れの急な小川を下ってゆく。

 そして三分ほど彼に担がれていたら、突如として小川の流れが消えた。さっきまでは林の中に突然現れた急な流れの小川だったが、林の中を抜けた瞬間、小川を形成していた水が四方に広がり川としての形を保っておらず、ただの水たまりと変化した。目の前にあった雲はいつのまにか消え去っていて、後ろを振り返ると小川もなくなっていた。

 

「はぁ、毎度だけど、乗り心地悪いわね、これ」

 

 肩から降ろされた雪方は眉を顰めて愚痴った。しかし、俺は初見だったため、普通にすごいなと思ってしまった。

 

「……すげぇ、これが宝具か……。初めて見た」

 

 俺のその言葉に雪方は言葉を詰まらせた。

 

「え?ヨウ、宝具を初めて見たの?」

「ん?ああ、そうだけど」

「……セイバーの宝具は見なかったの?」

「……俺が?いやいや、見てない。見せてもらえてないんだよ。あいつさ、宝具の話を俺にしたけど、そのくせ自分の宝具はその時まで見せませんって言って見せてくれなかったんだよ。だから、今、割と初めて宝具ってやつを見たカンジ」

「……そう」

 

 彼女は一度下を向く。そのあと、また顔を上げて俺の目をじっと見た。

 

「ねぇ」

「ん?何?」

「……そのさ、ヨウって何で聖杯戦争に参加したの?」

「え?参加した理由?理由かぁ。う〜ん、理由ねぇ……」

 

 理由、そんなこと言われたって、別に俺は自分からやりたくてやったわけじゃない。妙な現場に出会して、そこから参加してしまった、そんなところであろう。

 

 ということを彼女に話す。彼女は「ふぅん」と結構あっさりとした返答をした。

 

「じゃあ、セイバーの本当の名前は知らないのね?」

「そうそう、それも教えてもらえなかった。まぁ、別に俺は聖杯戦争に興味なんてなかったけど」

「ああ、そう」

 

 とりあえず、彼女とここで話していても意味がない。学校はもう面倒だからサボるにしても、ここから家までは遠いので帰るのには時間がかかりそうだ。しかし、自転車もないのでしょうがない。そう思って歩いて帰ろうとしたが、突然彼女がそんな俺の手をとった。

 

「ねぇ、ヨウさ、私たちに協力する気なんてない?」

 

「……は?何言ってんの?」

 

 俺は彼女のその言葉を笑った。だが、彼女の目は真剣だった。まっすぐに俺を見ていた。

 その視線に、俺は何かが胸の奥でつっかえるような感覚がした。首元をキュッと何か細いもので絞められて息が苦しいような気分だった。

 でも、彼女は握った俺の手をぎゅっとして話さなかった。

 

 だから、俺は—————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただの気まぐれだった。毎日が流れるように過ぎてゆくことが退屈だった。既視感、そうとでも言うのか。変わらない景色、容易に想像できる動き、見知っているようなこのつまらない日常をずっと見ている感覚があった。

 

 あの日、俺は何かを求めていた。その何かが何なのかわからない。ただ新しい何かを欲していた。自分が知らないことを、自分のこの既知から逸脱したものを、俺は無性に得たかった。

 

 もちろん、ただの気まぐれ。風のごとく現れては消えた。ティーに砂糖を入れてかき混ぜたような感じに、すぐに目の前からなくなった。思っていたよりも早く。

 

 既視感、それは少しあった。でも、その既視感と一緒に新鮮味もあった。これはいくらしてもその二つの感覚はなくならないだろう。

 

 あの時、あの僅かな時間だけだったが、あれは俺にとって大事なものだったんだと思う。きっと、そう、この想いは失わない。幾千年、幾万年、何回世界が滅ぼうとも、この名もなき気持ちは、いつまでも永遠に続く何か。

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