Fate/eternal rising[girl or king] 作:Gヘッド
なかなか大変です、ヨウくんとソウジくんの同時進行で話を進めているのは大変です。
そんなこんな苦労しながら書いてます。
どういうことなのだろうか、これは。帰ってきてすぐに俺は言葉を失った。驚きのあまり、息さえ一瞬やりかたを忘れてしまうほどだった。
「セイバー……」
俺は家の中に向かって声をかけたが、帰ってくるのは冷たい風の音。彼女の声は一切聞こえない。
「どうしたの?」
一緒に俺の家まで来ていた雪方は玄関の目の前でドアを開けたまま佇んでいる俺を不思議に思った。佇む体の横から顔をひょいと出して、中を見た。そして、彼女も俺が今この瞬間ふと出くわした出来事に気づいた。
「何これ……、家が、家の中が……」
家の中の柱や壁、床などに刃物で切りつけたような大きな斬り跡があったのだ。その数、目の前にあるだけでも十ヶ所ほど。腕を広げたくらいの傷跡も見受けられる。家の中が傷だらけだった。強盗が押し入ってもここまで家を傷つけはしない。廊下の天井の電球は割れ、破片は散乱していた。その有様は自分の家だと思いたくなくなる程のものであった。
俺が家の中に入ろうとすると、彼女がそれを引き止めた。
「ちょっと待って。今、もしかしたらこの犯人がいるかもしれない」
彼女はそう言うと、ライダーを呼び出した。ライダーに中の捜索をさせようというのだろう。彼は武器を手にして家の中へと入っていった。
俺はその間、ずっと家の中の惨状を知った時からずっと動けずにいた。怖さや怒りなどのそういった感情は一切湧いてこず、むしろその感情を抱くための道筋を辿ることすら出来ずにいた。拒絶ではない。しかし、一切頭が動かないのだ。家の中の映像を脳が理解しようとすると、カチンコチンに脳が固まる。何も作業をしなくなっていた。
それから少し経って、ライダーが家の中から出てきた。彼は俺たちに向かって首を横に振る。どうやら家の中に不審者はいなかったようである。
彼女が家の中に入ろうと俺をポンと軽く押した。俺はその時、微睡みの中から眼を覚ますような、ふと我にかえる感覚を抱いた。
俺はそこでやっと家の敷居の中へと入ることができた。
傷ついた壁を指で撫でる。綺麗な傷だった。木材の壁が割れたりすることもなく、大きな彫刻刀で彫られたかのような傷跡。きっとこの傷をつけた者は中々に武芸が達者なのだろう。
テレビや食卓がある居間を見てみる。居間は特に傷一つついてないようである。だが、廊下の向かい側にある縁側へと続く空き部屋は酷い様であった。元々両親が使っていた部屋だったそうだが、今となっては誰も使う人がいないので畳が敷いてあるだけの何もない部屋ではあった。家具などめぼしい物は置いてなかったが、その部屋の壁や畳には玄関と似たような刃物でつけられた傷がつけられていた。
雪方はその惨状を見て、思わず息を呑んだ。彼女も一度か二度この家に来たことがあるため、この現在の姿は中々に驚くべきものではあろう。
「これは酷い……、その、なんで言えばいいのか分からないけど……」
彼女はちらりと俺を見た。きっと俺に気を配ってくれているのだろう。だから、俺はこの部屋の姿に呆れて笑った。少しでも二人のこの空気を和らげようとした。今の俺は運良く怒りや悲しみを通り越して、若干笑い事のように思えてしまっている。なので、二人の視線にも少し過敏に、でも冷静に反応できた。
ライダーは笑った俺の様子を見て、事の状況を確認、及び理解しようと言った。それには俺も雪方も首を縦に振る。
「その……、残念なことだけど、まず、今パッと見で分かったことは、彼の家に誰かがやって来た。そして、剣か刀か、もしくは別の大きな刃物をこの家の中で振るったということ。あとは、僕たちには少し嫌な事だけど、セイバーは……」
ここでようやく俺の令呪が消えたことが理解できた。セイバーはここで、この家で息絶えたのだ。突然俺の令呪が消えたことに驚いたけど、きっと彼女は俺が誘拐されてから家に帰ったのだろう。多分、公園に居続ることと新たなマスターを探しに行くことよりも、家に一旦戻って朝から俺を探そうとしたはずだ。それが一番無難である。
だが、そこで彼女は何者かに襲われた。それが俺の手から令呪が消えた筋書きであろう。
「でも待って。おかしくない?だってセイバーは剣の達人でしょ?その上、彼女がやられたって確証はどこにもないじゃない」
彼女のその疑問はもっともである。それは俺も考えた。確かにセイバーは剣士の英雄である。たとえ生前剣を握らなかったとしてもその英雄が剣と深く結びついている、もしくはそのように人類史から認識されていれば、生前はど素人であったとしてもそこそこの技量はあるらしい。そして、敵は刃物を持った者。ならば、
しかし、ライダーは部屋の柱の傷を指差した。
「見て、この跡。ここに二つあるけど、これ違うと思わない?」
「ん?どこが?」
「ほら、斬れ具合が。二つとも綺麗に斬れているけど、片方は深くて大きくて細い。玄関の入り口にあったものと似てる。もう一方はは浅くて太い。太さの違いはセイバーと侵入者の得物の違い、そしてこの傷の大きさはより剣士として秀でている表れじゃないのかな」
セイバーは剣を使っていた。しかも、彼女が持っていた剣は太い短剣があったのを覚えている。それに彼女が持っていた剣に細い剣はレイピアしかなかった。しかし、レイピアならばここまで上手く扱い、細くて大きな斬り傷をつけられるだろうか。レイピアの主な攻撃手段は突くことである。それはいくらセイバーであっても難しいのではないか。
しかし、ライダーの説明を認めてしまうと、セイバーと戦った侵入者は彼女よりも剣など刃物の武器の扱いに秀でていたこととなる。それはつまりサーヴァントよりも強いということ。
となると侵入者になり得る人物は自然と絞られてくる。
「サーヴァントが襲ってきたのか?」
それしか思い浮かばない。そうとしか考えられない。刃物を扱い、しかもセイバーよりも強いときたらサーヴァント以外に何者がいようか。セイバーとライダー以外にサーヴァントは五人いて、しかもその中で刃物を扱いそうなのはランサー、アサシン、バーサーカー。この三人であろう。このなかのうちの誰かなら間違いなくこの状況が腑に落ちる。
「いや、アサシンは考えにくいと思うよ。アサシンだったらしっかりとヨウ、君のことを襲っていると思う。それにバーサーカーも多分違う。だって、玄関のところ、あそこは結構狭いだろう?人が二人やっと通れるくらい。バーサーカーは思考能力や理性が著しく低いから、あんな狭いところで戦闘したら、まずは建物を壊すだろうね。傷がつくどころじゃないよ」
「そうか……。でも、そしたら槍だってあの狭い廊下じゃ満足に振れないだろ?」
「でも、槍だって短槍ってのがあるし、サーヴァントだから狭い場所でも戦えると思うよ」
「……そういうもんなのか?」
「まぁね。自分で言うのもなんだけど、サーヴァントってそういう存在だからね」
彼はそういうと堂々と偉そうに胸を張る。彼女はそんな彼の行動をため息で一蹴する。
「はぁ、酷い」
「つまらないから、はい、時間の無駄。それより、ランサーがこの家に強襲を仕掛けにきた。それでいいのね?」
「うん、ボクはそうだと思うよ」
ライダーは言い切った。あまり証拠がないなか、僅かな時間で的確に現場を整理して推測してみせた。雪方がライダーのことを馬鹿だ馬鹿だと言っていたので馬鹿だと思っていたが、どうやら全然馬鹿ではなさそうである。というか、もしかしたら頭いいんじゃ……。
とりあえず、彼のその推測は正しいのだろう。その推測に異論の余地は基本的にないからだ。学年トップクラスの成績を誇る雪方が反論しないし、きっと合ってる。そうだ、そのはずだ。
そう、そのはずなのだが……。
「本当にそうなのか?」
ふとそう思ってしまった。それは特に何の根拠もなく、明確な理由もない、ただの勘であるのだが、何となくそう感じたのだ。
セイバーがやられた。それはそうだと思う。誰かがやってきた。うん、そうだ。だが、ランサーが本当にこれをやったのか。どうもそれが気がかりだった。
いや、まず俺はそのランサーなる人物をこの目で見たこともないし、セイバーに絶対的な信頼を抱いていたわけでもない。なので、それを言うこともおかしいのだが、それでもランサーがセイバーを殺したのかと思えないのだ。
ライダーの憶測にケチをつけたいわけでもない。十分納得のいく説明だったし、この場において彼の推理はまさに百点満点である。
それでも、俺の心のどこかで、違う、と言っている自分がいる。腑に落ちない。そういう感覚が胸の中にもやもやとあるのだ。
しかし、そんな話をしようとは思わなかった。いや、別にしてもいいが、ここでせっかく完結した話をまた長引かせようというのは粘着質なクソ野郎がすること。疑問は残りながらも、決してそれを口にはせずに心の中で留めておいた。
ライダーはこの幸先悪い状況にふと気の抜けた声で苦笑した。
「ハハハ、これは出鼻を挫かれたな」
しょうがない。彼ら二人は俺という存在より、セイバーというサーヴァントを目当てに協定を結んだのである。聖杯戦争に対して基本的にやる気のない俺だと知った上で、それでもセイバーの力を借りることに意義があるとして彼らは仲間になった。彼らにしてみれば所詮俺などお荷物でしかなく、今ではそのお荷物の唯一の魅力のセイバーが消えてしまったわけだ。
「すまん、なんかこんなことになっちまって」
俺は謝った。もちろん、それも当然のこと。彼らを期待させてしまった。それはきっと俺に責任がある。確かに誘拐されてたからセイバーを助けるとかそういうことはできなかったけど、でもだからと言って俺が悪くなかったなんてことはない。俺は魔術師として未熟なのだ。だから、セイバーとの魔力のパイプが途切れたことが分からなかった。それに、そもそも俺が勝手に彼らに賛同したのもそうだ。独断である。独断で、俺は雪方たちに協力しようとした。セイバーと意見を交えようとすれば、そうすればこうはならなかった。
彼らは俺が謝ったことに少し戸惑っていた。ライダーはワタワタと慌てている。
「えええっ、そ、そんなこと言わないでよ。ほら、いや、怒ってないよ!本当、本当だよ!」
「……ライダーがそんなこと言うから」
「あれっ⁉︎ちょっと撫子ちゃーん?え、ちょっと僕のマスター、ひどくない⁉︎もうちょっと優しくフォローしてよ、もう!」
彼は音を上げてガックシとうな垂れた。自分のマスターの当たりがきついのが辛いのだろう。頑張れ、とでも軽く思っておく。
湿った嫌な空気がまだまだ立ち込んでいる。しょうがない、これは俺たち三人にとって痛手でしかない。これから先の道に暗雲が現れたのだ。暗くなるのも当然であった。
取り敢えず俺は刀傷だらけの部屋から出た。そして、キッチンの方に向かう。
「なぁ、お前らなんか食うか?ほら、良くない空気だから飯でも食って少し気分を変えようぜ。まぁ、あんまり物ないけど」
冷蔵庫を開ける。今日の夕食分の食材は用意していたが、昼の分は学校で食べる予定だったから買ってきてない。他に何か食べれそうな物はないかと野菜室を漁った。
しかし、雪方は誘いを断った。
「あ、いいよ、別に。そこまでしてもらう必要ないから」
「え?そう?」
「うん、大丈夫」
彼女はそう言うと、少しだけ何かを考えるような様子を見せた。それから、ライダーを連れて部屋から出た。そしてそのまま玄関の方へ向かう。
「あ、もう帰んの?」
「うん、そうする」
彼女は笑った。固定化された他人行儀な笑顔だった。俺はその笑顔にグッと胸を強く押されたように感じた。
彼女は玄関で靴べらを使って靴を履いた。俺みたいにコンコンと床につま先を打ち付けることもなく、礼儀正しい雪方撫子がそこにいた。
彼女は玄関の扉に手をかけて開けるときに俺に背を向けてこう言った。
「今日の夜は……、ヨウはこの家にいてて。今日は集まらなくてもいいよ」
平然とさよならの挨拶の前にサラッと彼女は鋭いことを口にした。突き放すような言葉だった。
それもそうだろう。彼女にとって俺という存在は価値のない男なのである。その言葉に安堵や怒り、苦しみや焦りなどの感情は抱いたが、妙に納得はできた。ただ、その言葉が苛立ちから生まれた言葉なのか、優しさから生まれた言葉なのか。それが少しだけ知りたかった。
でも、チキンな俺は何も言い出せなかった。
「うん、分かった」
そんなことを自然と口にした。
本当は分かっていないのに。いや、彼女の言いたい事は分かるのだ。俺がどうしたいのか、どうすればいいのか、それが分からない。
こんなとき、手を伸ばせる男なら良かったのだろう。だが、生憎、俺は臆病だから、その少しの勇気が欠けている。
……あの時もそうすれば良かったのか?
彼女は振り返るとまたさっきの厚く塗り固められた不気味な笑顔を向けた。
「じゃあね」
彼女はそう言うと、家から出ていった。
俺はそんな彼女が去って行く様を見まいと扉を閉めてキッチンの方へ戻ろうとした。
「今日、飯はいらねぇか」
食欲が失せた。食べ盛りの男の子のはずだが、どうやらひ弱な様である。
やることもないので自分の部屋に戻ろうとした。その時、左側に見えるさっきの傷だらけの、俺の両親の部屋に目を向けた。
無惨だった。目も当てられないとはこういうことを言うのだろう。
しかし、一番に悲しいのはこの部屋に対しての記憶があまりないこと、つまり悲しみをそこまで抱かないことである。まだ両親がいた時の記憶があれば良かったのだが、残念なことにそれがない。この部屋がボロボロになって、悲しみは抱いたが、その悲しみも今さっきの彼女との出来事と比べればそれほどのことではない。
「ああ、畳とか入れ替えるのメンドくさそうだな」
所詮その程度のことしか抱かない。
ああ、俺はなんと哀れな人なのだろうか。
そう思いながらも、特に何もすることなく、昼寝のために自分の部屋へ戻った。