Fate/eternal rising[girl or king]   作:Gヘッド

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はい!Gヘッドです!

え〜、今回は一応後半の部分が初めて書いたところです。既知の方も、そうでない方も読んでいただければ( ͡° ͜ʖ ͡°)


3話 太陽のように

 突然目の前に現れた一人の少女。緑を基調としたゆったりとしたドレスのような服に身を包ませた、年端もいかぬであろう長く美しい黒髪の女の子。彼女が俺を守ってくれた。

 のだが、どうしてか気まずい雰囲気になってしまった。カッコよく俺を守ってくれたのかと思いきや、現れて早々状況理解に苦しんでいるようである。

 

「え?え〜っと、そこにいらっしゃるのが私のマスターなんですか?だとしたら、そのマスターに矢が向けられていたということだから……、うん?本当にあってるんですかね?」

 

 ゴメン、それは俺にもよく分からないわ。いや、とりあえず俺たちの目の前にいる男がヤバイ奴ってことは分かってるけど、それ以外は全部ホント、もうマジ分かんない。君が現れたこととか、もう特に分からない。

 

「ええっと、ということは、あなたは私のマスターを殺そうとしたのですか?」

 

 少女はクロスボウを持った男に向かって訊いた。男は一瞬言葉を詰まらせたが、首を縦に振る。

 

「まぁ、そんなところだな」

 

 その返答は彼女にとって都合の悪いことらしく、剣の(きっさき)を男に向けた。そして、彼女の服はどこからともなく突然現れた黄金の鎧へと変わった。

 

「それは、許容しかねます。まだ現状の理解はできませんけど、私は望みを持つ者。サーヴァントとして彼を守らねばいけないというのは知っています。そうしないと、私は望みを叶えられないから」

 

 その彼女の目は夜の海のように深く光というものを全て吸い込んでしまいそうな暗さを持っていた。覚悟がその瞳から溢れてはいるのだが、生気というものを感じられなかった。

 少女が剣を構えると、男は面倒くさい事態であると嘆きながら、ため息をついた。

 

「ああ、これは殺り合わないといけないということなのか?それはいけない。またマスターに怒られてしまうな」

 

 そう言うと、男はクロスボウの向きを俺から彼女へと変えた。

 

「まぁ、その首を持っていけば話は別ではあるが……。まぁ、ちょうどいいところに来たな。そのガキを殺すよりもお前を殺した方が後味が良い。その方が余計な犠牲は出さなくて済みそうだ。……えっと、セイバーでいいのか?」

 

「そうですけど……、それは宣戦布告ということですか?アーチャー……?」

 

「ああそうだ、それで構わない」

 

 その言葉を聞くと彼女は「ならッ!」と声をあげると剣を振り上げ、相手に襲いかかった。彼はそれに対応して後ろへステップし間を開けようとする。そして、セイバーの足を止めようとクロスボウで矢を撃った。

 しかし、彼女はその矢を易々と交わす。その身のこなしは少々ぎこちない気がしなくもないが、そのスピード、瞬発性はなかなかのもの。飛んで来た矢をすんでのところで交わしてはいるのだが、その動きは非常にスムーズで矢が彼女に当たりそうな気配は微塵も感じられない。

 アーチャーの矢を全ていなした彼女はぐっと距離を詰めた。その差は彼女の持つ短剣も相手に届くくらいの間合いになっていた。

 彼女は下から上へ剣を振り上げようと足裏を地面に打ち付けてぐっと力強く踏み込む。しかし、アーチャーは彼女の次の行動を予測できていたのか、セイバーの手にしている剣の柄頭を足で蹴り押して、彼女の攻撃を抑えた。その上で彼は彼女の鎧の襟の部分を手で掴むと、背負い投げのように後方へ投げ飛ばした。

 

「きゃっ」

 

 可愛い声が出る。彼女は地面に一回か二回ほど叩きつけられたが、その声とは裏腹に彼女はくるりと空中で身を翻して猫のように上手く着地した。そして間髪を入れずにまた彼女はアーチャーへと襲いかかる。

 男はクロスボウから一矢放った。その矢は放たれた直後に複数に増えた。

 だが、彼女は前方からいくつもの矢が飛んでくるのに、後ろに下がろうとはせず、むしろ前進する。

 

「ほう、それでも行くか」

 

 アーチャーはその彼女の姿に感嘆した。臆せず進むその姿は彼にとって賞賛に値するのだろう。

 しかし、それでも死んでしまっては意味がない。相手から与えられた賞賛も死んでは価値なぞない。

 ただ、彼女にそのようなことを考えることは杞憂であったようである。彼女は矢の半分をふわりと軽く交わし、もう半分を手にしている剣ではたき落した。

 

「これぐらいでは……」

 

 殺られない。そう言いたいのだろう。だが、その言葉を言う前に、彼女は何かに気づいたのか振り返った。

 

「同じ手を二度も三度も食らわせてやるほど優しくはないぞ」

 

 彼女が交わした矢がくるりと向きを変え彼女に向かってくる。追尾性があるようで、どうやら交わしただけではダメらしい。はたき落とさねばならないようだ。

 彼女は一旦足を止め、矢を薙ぎ払う。そして、また正面を向いた。

 

 その時である。その彼女の一瞬の隙をついて男は自ら距離を詰めてきたのだ。

 

「敵から目をそらすな!」

 

 アーチャーはそう叫びながら、つま先をピンと伸ばし、足の甲で反応が遅れた彼女の横腹部を蹴り飛ばした。さっきとは違い、今の攻撃では放物線状でなく直線的に飛ばされ、彼女は俺の家のコンクリート製の土塀に激突した。

 土塀には亀裂が入り、土煙が舞う。彼女はその前でぐったりとうつ伏せで倒れている。

 どうなったのだろうか。死んだのだろうか。

 そう思ったのも束つかの間、彼女は動いた。「ううぅ……」と苦しんでいる。痛むのだろう。だがしかし、彼女はそれでも立ち上がろうしていた。土塊(つちくれ)を掴み、必死に足を地に立てる。

 

「まだ、まだです!」

 

 まだ終わってないのだと彼女は高々と言い放つ。夜の街に彼女の声が響き渡った。

 男はその声を聞くと一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、ふっと元に戻す。

 

「そうか、なかなかに強いではないか」

 

 彼はそう言うと彼女に向けていたクロスボウを下ろした。彼のその行動にセイバーは自分が見下されたのではないかと思い鋭い目つきで意思表示をする。

 

「待て待て、別に貶したわけではない。ああ、なかなかに強かった。サーヴァントであっても、所詮は女子と侮っていたが、いや、それは野暮だったようだ」

 

「……私は、今負けてましたよ」

 

「ああ、そうだな、お前より俺の方が強いからな。だが、何、それは仕方のないこと。貴様は女子、そして俺より経験不足。負けてしまうのは必然のこと」

 

 彼は鼻で笑い、ため息を吐いた。

 

「しかし、それでは面白くない。せっかく現世に現れた過去の英雄をすぐさま殺してしまうなど愚の骨頂。だから、私はお前を殺さない。せいぜい力をつけるのだな」

 

 そして、彼は二人の戦いに何も口を出さず、唖然としていた俺を見下す。

 

「まぁ、もっともマスターの手を借りないことには私や他のサーヴァントに勝てはしないだろうがな。しっかりとそこの何もわかっていない坊主に教えるが良い。貴様はもう逃げられぬ舞台、聖杯戦争に立ったのだと」

 

 聖杯戦争、その言葉はあまり俺にとって良い言葉ではない。そして、その言葉を口にするアーチャーという男は何者なのだろうかと身構えてしまった。

 

「マスターが大変な目に巻き込まれたと知ってもなお立ち上がった時、俺はお前たちの相手をしよう。お前もその方がいいだろう?マスターが何もわかっていないようだ」

 

 彼はそう言うと俺たちに背を向けた。

 

「……あなたの今までの言動は侮辱ということと受け取っていいのですね?」

 

 その言葉に彼はふと笑顔を見せる。

 

「好きにしろ」

 

 アーチャーは怖気づいている俺を見る。そして、彼は俺の首に当たらないギリギリのところに矢を放った。

 

「—————おい、セイバーのマスターよ。今度、お前と会った時はその矢がお前の首に当たると思え。お前はそれほどのことをされようとも動じてはならぬ。お前は今さっき聖杯戦争という地獄に足を踏み入れてしまった。それは偶然かもしれないが、それも運命である。あと、気になることがあればセイバーにでも聞くといい。今日からそのセイバーという女はお前の使い魔だ。生きるために使うのが得策だ」

 

 アーチャーはそう言い残して、どこかへ消えていった。満月の夜、月に照らされずに彼は俺たちの目の前から消えてしまったのである。

 

 彼が目の前から消えると、セイバーは俺の身体を起こした。

 

「大丈夫ですか?マスター」

 

 いや、大丈夫なわけがあるか。痛ぇわ、おもいっきり瓦礫の中に投げ飛ばされて大丈夫に思えるか?なんだこいつ、コンクリートにぶち当たったくせに飄々としやがって、とかなんとか考えながらも、相手は剣を持っているのだ。そんなこと言って斬りつけられたらひとたまりもないので、「大丈夫」とだけ返事をしておいた。

 すると、彼女はそっと手を差し伸ばした。掴めということなのだろう。だから、俺はその通りに掴むと、彼女はぐっと体重を少し後ろにかけながら立ち上がらせた。

 女の子に手を差し伸べられたのは男として不甲斐ない。彼女の顔をまともに見るのも恥ずかしいので、下を向いていたら彼女は俺の顔を覗き込んできた。

 

「どうしたのですか?」

 

 白い顔と綺麗な黒い髪が目の前にいきなり現れた。ビー玉みたいに青い目が俺を見つめてくる。

 

「ん……、いや、別に……」

 

 そんなまじまじと近くで見つめられたら顔を背けてしまう。彼女はそれがなぜなのか理解できていない、いわゆる天然物のようだが、そういう無粋なところを見せてくるのはやめてほしいものだ。

 ……いや、断じて惚れてるとかそういう男女の感情を抱いているわけではない。決してそうではない。ただ、なんとなくそんなに見つめられてしまうと、その……恥ずかしいじゃん……?そう、別に可愛いとかそういうことは思ってない!恥ずかしいだけ!あと、ちょっと身体の気分が良くないだけだから!

 とかなんとか考えていたら、少し吐き気を催してきた。

 

「うぅ……、っていうか、気持ち悪い」

 

「ええっ⁉︎そ、それはっ、どどどうすれば……⁉︎」

 

 突然の事態に彼女はあたふたと困惑している。とりあえずの処置であろうが、彼女は俺の背中を優しくさすった。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

「え?ああ、うん、多分から魔力が抜けたからだと思う」

 

「魔力が抜けた?それはあのアーチャーとの戦闘でですか?」

 

「いや、君が現れた時に、ごそっと持ってかれたような感覚がしたんだけど……」

 

 それを聞くと、彼女は決まり悪そうな顔をした。何かを知っているような素振りしている。何を知っているのだろうか。

 とりあえず、俺は地面に向かって四つん這いになっていても仕方がなく何のプレイなのか理解もできないので、縁側の方に移動した。そこで少しばかり休憩をした。

 

 数分後、何とか気分を持ち直した。まだに気持ち悪さはあるものの、さっきみたいにゲボロゲボロしそうな感覚ではないので、まあ、大丈夫だろう。

 だが、回復して頭の中が気持ち悪さ以外のことも考えられるようになってくると、ポツポツと疑問が湧いて出てきた。それは今までシャットアウトされていた疑問である。

 それらはポツポツと現れてきて、そして異常なまでに膨れ上がった。そして、それらが俺の脳のキャパシティをオーバーすると、ふとこんな言葉が漏れた。

 

「え?今までのは何だったの?」

 

 冷静になって考えてみたら案外ヤバイやつではないのかと理解してきた。いや、正確に言えば全然わからないことだらけなのだが、とりあえず今の俺が置かれた環境が中々にヤバイということは十分理解出来た。

 それと同時にまた俺の頭は真っ白になった。理解がさらなる疑問を生むのだ。

 

「ねぇ、訊きたいことが山ほどあるんだけど訊いていいかな?」

 

「あっ、はいはい。どうぞ、何でも聞いてください」

 

 彼女はこくりと頷き二つ返事をする。なので、その言葉に甘えさせていただこう。

 

「えっとさ、まず君は誰?あいつは誰?それに君たちは何でここにいるの?何でいきなり目の前に君が現れたの?それと何で聖杯戦争の名があるの?っていうか、俺は何で命狙われたの?あと、剣とか銃刀法違反じゃないの?あとさ……」

 

 異常なまでに頭の中に湧いたクエスチョン。そのクエスチョンは曲がりのところが互いに絡まり合って、(いびつ)で大きな形を作る。

 彼女は俺の質問の嵐に狼狽した。まさかこんなに質問されるとは思ってもいなかったのだろう。それに、俺自身がこの事態に関して何にも知らないポンクラ野郎だから、彼女は何から俺に話せばいいのか分からない。

 とりあえず彼女は剣を鞘に収めた。金ピカの鎧はいつのまにか緑色のドレスに戻っていた。

 これは確か、俺が夜中にスマホで調べて「あっ、これカワイイ」とかなんとか思った民族衣装だったような気が……。えっと、ドイツ?とかそこらへんの……、デ、デ、デ?デドル?とかそういうやつだったような、ではなかったような……。うむ、分からん。

 彼女は胸に握りこぶしを置く。そして、俯きながら何かをじっと考え、そして俺の目を見た。

 

「私の名前はセイバー、剣士のサーヴァントです」

 

 彼女の拳を握る力は強く、側面には深い皺が浮き出ていた。歯を噛み締めているのか、少し顔が強張ってもいた。言葉もぎこちない。

 だが、そんな彼女にどうしたのだろうかと心配するより、申し訳なさが募った。

 

「あの、ちょっといい?」

 

「はい?何でしょう?」

 

「そのさ……、サーヴァントって何?」

 

 その言葉を聞いた彼女は固まった。

 

「……え、そこから知らないんですか?私はてっきり、それくらいの心得はある魔術師の方かと思ったのですが……」

 

「いや、心得っていうか何というか、普通に知らん。外国語学がダメなんだよ。つーか英語嫌い」

 

 ちなみに、英語のテストはこの前の中間で四二点。どんなもんじゃい。

 彼女は落胆する。

 

「はぁ……、困りました。まさか私のマスターが聖杯戦争云々の前に地頭から問題だったとは……」

 

「いやいや、英語だけだから!他はいいよ!……多分だけど。あっ、でも数学も抜きで」

 

「ええ、はいはい。分かりました、何となく分かりました。この先には不安しかないということが……」

 

 そりゃ、どうもすいませんね!僕みたいなのがマスターで!

 ……っていうか、マスターって何だよ?彼女はさっきから俺のことをマスターマスターって呼んでるけど、そもそもそのマスターって何?

 と、そんなこんなを聞こうとしたのだが、その前に俺はふと時計を見た。

 今は午後1時ほど。明日は確か爺ちゃんが朝から何処かへ出かけに行ってるらしいから、寝坊しそうな俺を叩き起こしてくれないらしい。つまり、遅刻の可能性大である。

 俺は彼女の顔を少しばかりじっと見た。彼女はどうしたことかと動揺した。

 

「なぁ、もう寝ていい?明日、学校があるからもう寝たいんだけど」

 

 彼女はそれを聞くと、声を出して驚いた。

 

「ええっ?そんな、だって話はまだ終わってないんですよ?」

 

「ん?ああ、じゃあ、明日、起きたら話してよ。とりあえず、もう寝るから」

 

「ええっ?そんな!」

 

 彼女は部屋へ向かう俺の服の裾を掴もうとしたが、俺はそれを見事に交わし、自室へと向かった。そこからはもう何も覚えていない。あの後、寝たのか寝てないのか、どうしたのかはもう微睡みの中にいたので、はっきりとした記憶がないのだ。

 覚えているとすれば、俺の去り際に彼女がボソッと呟いた

「本当にこんな人がマスターで大丈夫なのでしょうか?」ぐらいである。

 何て失礼な女だろうか。パッと見、可愛いのではと思った自分が少しだけ憎く思えた。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 日に日に太陽が落ちる時間が早まっていき、今はもう夕暮れである。午後4時ほど、真夏ならまだ太陽は暴力的なまでの強い光を放っているのだが、段々と太陽は元気を失っていき光り輝く時間が減っている。

 男は夕暮れの低い位置から差す陽の光に照らされながら帰路を歩いていた。両手には近くのスーパーで買った食材が入ったビニール袋を持っていた。明日は雨が降るようなので、明日の分の食材も中に入っている。

 

「はぁ……、どうしようかな、今日もやろうかな」

 

 ため息をつきながら、今日も例の儀式をしようかと考えていた。が、それをすることに彼は疑問も抱いている。別に自分は正統な魔術師ではなく、そもそも魔術師であるのかどうかさえ怪しい。他の魔術師のようにその能力、及びそれらの研究をしたこともないし、することもできない。使える魔術も魔術といえる代物ではない。それでもその儀式をしても良いのかと、頭の中で慮る。

 彼はビニール袋を持った手を見る。そして、今度は安堵のため息をついた。

 

「僕はこうして五体満足でいられただけ満足だしなぁ。それ以上のものを欲するのはなぁ。やっぱり、魔術回路もそんなに良くないし、参加の資格なんてないよね」

 

 こと魔術において、彼はあまりにも能力が低い。それは今の彼を形作る理由でもあり、結果でもあることなのだが、彼はやはり諦められないのだ。

 聖杯を手に入れたい。聖杯戦争に参加をするのなら、ほぼ全員がその欲望を抱いているだろう。そして、彼もまた、聖杯でしか叶えられぬ願いを心に秘めているのだ。

 と、そうこう思考を巡らせ、聖杯戦争参加のことについて考えていたら、家に着いてしまった。

 場所は織丘市の中心部に近く、そこそこの土地もある高級住宅地が立ち並ぶ地域。中央を市役所とすると、蛇龍(じゃり)川の方面、すなわち西の方角。織丘駅もあるほどで、織丘市の中では結構地価の高い所だ。そんな所に少し気苦労を負ってそうな大学生が一人暮らしている。

 彼は辺りを見回した。自分の家も含めた近所の住宅地は近年、織丘市の景気が良くなるにつれて建てられた家で、建てられてから5年も経っていないなんてざらである。

(みさご)』と書かれた表札を撫でて、こう言った。

 

「こんな所だから魔術が上手くいかないのかなぁ」

 

 そのような真新しく科学に染められたような土地は魔術にとってあまりにも不適である。それは魔術師にとって当然の摂理であり、そんな所に魔術師が住むなど馬鹿げた行為である。そんなノウハウも知らない、または実行しようとしない辺りが三流以下の魔術師である所以であろう。いや、それも言い過ぎだ。エセ魔術師、というのが正しい。

 彼はポケットの中から鍵を取り出すと、家のドアに差し込んで解錠した。そして、ドアを開けて、家の中に入っていく。玄関のライトを点けた。

 

「ただいま」

 

 暗い家の奥に向かって言った。だが、返事は何にもない。しーんと静まりかえっている。

 彼は寂しそうな顔をしながらも、「っているわけないか」と一言呟いて家に上がる。彼はまっすぐ廊下を歩いて、リビングに行った。彼はただいまと言いながらリビングに入ったが、そこに人はいない。彼はテレビの前の膝くらいまでの高さしかない低いテーブルの上のリモコンを手に取った。その時、大きな窓から入り込んできた夕焼けの光が彼の顔を照らすが、別段それで騒ぎ立てることもなく静かに手で光を遮った。

 テレビの電源を点けると、彼は買ってきた食材を冷蔵庫に入れ始めた。今日の夕食の献立をどうしようかと考えながら、中の配置を少しだけ整理する。

 そしてそれが終わると、彼は手を腰に置いた。

 

「さてと、次は何をしようか」

 

 とか何とか言っているが、これらの行動はあくまでやらねばならないことをしたくないがための行為であり、いわば逃げているのである。あとでしよう、あとでしようと先延ばしにしてやらないという戦法。

 かといって、特にやるようなこともない。掃除は昨日したし、洗濯物も昨日洗った。飯の時間でもないし、今の時間は面白いテレビもやっていない。筋トレはさっきしてきた。

 彼はうなだれた。もうすることがないのだ。逃れの行為をしようにも、もう全部終わっている。

 

「—————やるしかないか」

 

 彼はついに重い腰を持ち上げた。別に義務というわけでもないのだが、やはり自分で参加すると決めたからには諦めるなんてことはできないのだろう。彼はそういう性格だ。

 小さな本棚の上には観葉植物や写真立てなどが乗っている。彼はそこの一番左端に置いてある鋭利な破片を手に取った。その破片は土などが付いており汚れているが、薄っすらと窓から入り込む夕日の光を反射している。彼はそれを手に取ると、リビングを出て、二階の隅っこの部屋に行った。

 そこは家具一つとして置いていない5畳ほどの空間であった。空間と空間を仕切りとして限るということ以外、部屋としての機能を持っていない、もう部屋と呼んで良いのかというくらいの場所。生活感などは微塵も感じられない。

 彼は部屋に備え付けてあるクローゼットを開けた。中には服や鞄などもないが、何故かどこにでも売ってそうな赤いペンキと大きな筆と畳まれた分厚いブルーシートがあった。それを彼は取り出し、部屋一面に広げた。

 ブルーシートを広げるとそこには赤い染料で魔法陣が描かれていた。大きな魔法陣で、放物線やら直線やら円やらと一般人では到底理解不能な術式が組まれている。そこの中央に手にしている鋭利な破片を置いた。

 

「よし、じゃあ、あとは詠唱だけか。えっと、詠唱を書いた紙はっと。ポケットに入れたような……、あっ、財布に入れたのか。よし、再挑戦だ」

 

 と言っても、別にこの魔法陣を作成した本人も理解などしていない。家の蔵の古書にこの魔法陣が記されていたので、それを真似ただけである。

 

「えっと、素に銀と鉄?礎に石と契約の大公?ほんとこれ、何の意味だろ。で、降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 それにだいたい魔法陣をペンキで描くなどまずおかしい。いや、魔術師が魔術的な効果を付与したり神秘的な原料を使っていたのなら別だが、そのペンキは市販品である。神秘のかけらもない。

 

「閉じよ……?満たせ……?やっぱどっちだ?う〜ん、まぁ、両方言えばいいか。閉じよ、満たせ、閉じよ、満たせ、閉じよ、満たせ、閉じよ、満たせ、閉じよ、満たせ。……長いな。繰り返すつどに五度?ただ、満たされる刻を破却する」

 

 そんな魔法陣では魔術的意味など皆無に等しい。魔法陣とはその形、そして魔力以外にもその存在そのものが魔術的でなければ意味を成さないのだ。

 

「告げる。汝の身は我が(した)に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るへに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 詠唱だってろくにできない。そもそも、古書の字が薄れているからと所々つっかえてしまっていては魔術ではなく、ただのお歌。節のリズムも大切な魔術の基本である。

 

「誓いを此処に。我は常世総そうての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天」

 

 ああ、また失敗である。こんな魔術の『ま』の字も知らない者ができるわけがない。どうせ、この魔術はお遊びなのだ。

 できるわけがない。魔術師でない彼には。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ—————」

 

 それができたのなら、もうこの世の誰にでも魔術など簡単にできてしまうのだ。彼のその行為はあまりに神秘の均衡を妨害している。

 やはり何も起きない。決して変わらない。そこに英傑など現れるはずもない。

 

「……って、うん、やっぱりそうだよね。僕には無理だよね」

 

 そう、できるわけがない。その男にできるわけがないのだ。

 

 —————可能性などあり得ない。絶対に。

 

 

 

 

 その時、ドタドタと足音が家中に響き渡った。彼以外に誰もいないはずの家で、けたたましい足音が一階から聞こえたのだ。

 彼はその音にビクッと反応した。泥棒でも入ったのかと、彼は考えた。今日は運が悪い。魔術も失敗し、泥棒まで入ったなんて。

 しかし、どういうことだろうか。その足音は一階で物色するように練り歩くようなものではなく、駆け足のように刻むリズムが短いのだ。しかもそれがまるでこっちに向かってきているように聞こえる。

 いや、こっちに向かってきている。

 泥棒はどうやら家主を狙いにきたのだろう。殺人強盗というやつであろう。彼を殺してから、ゆっくりと物色するのだろうか。

 しかし、それならどうして彼が二階の部屋にいることを知っているのか。

 

「えっ、窓から見てた⁉︎」

 

 窓から見られていたということを想像する。ならば、つじつまはそこそこ合う。まぁ、強盗が押しかけてくること自体がまずない話なのだが。

 

「やるしかないか」

 

 彼は部屋の中央に立って扉の方を向いた。そして、手背と指、第ニ関節を直角に曲げ、指先を手のひらの中に収めて握りこぶしを作る。足を少し開き、腕を胸の前に供えた。ふぅと息を吐き、鋭い目つきで扉を見た。

 どたどたと(せわ)しない足音は段々と大きくなってきた。近づいてきたのだろう。今は階段を上がっているのだろうか。

 だが、怯えない。その強盗がこの部屋の扉を開けたその瞬間、彼はこの拳の渾身の一撃をお見舞いしてやるのだ。

 相手は一般人。殺さぬ程度に。気絶させるぐらいの一撃を。

 力の加減を調整し、頭の中でイメージを立てた。

 そして時は来た。足音がはたりと止まった。扉の目の前で。

 男は腕の血管が浮き出るほど力を入れた。右腕をぐっと身の後ろまで引いて力を溜める。

 躊躇なく、バンッと勢いよく扉が開いた。彼はその瞬間、相手に逃げる隙も、反応する隙も与えぬくらいの刹那の中で倒そうと、剣道の踏み込みのように一瞬にして扉までの間を詰めた。

 そして、その勝手に家に侵入した不届き者に一発食らわせてやろうと拳を前に伸ばそうとしたその時だった。

 

「はへッ⁉︎」

 

 男は思わず声に出た。それは驚きと困惑の入り混じった声。相手の姿を見て、自分の想像とは反した姿に目を疑った。

 そして、彼は自分で伸ばした右腕を止めようと、拳のベクトルを上へと変えた。

 

「うわっ!」

 

 何とか相手に拳が当たることは避けられた。だが、そんな無理やり腕の向きを変えるなんてしたら、勢い余って体勢がついて行かずに前のめりに転んでしまった。

 

「う〜ん、胸打った」

 

 立ち上がるよりも先に手で胸をさする。そして、自分の隣にいる相手を見た。

 そこにいたのはおよそ盗人とは程遠い(なり)をした一人の少女だった。ほんのりとした橙色の腰まで伸びた長い髪、雪のように真っ白な肌に宝石のように透明で輝くような瞳。麻のような服だろうか、質素な服を着ている。

 彼女は前のめりに倒れこんでいる彼と目が合うと、にっこりと屈託のない幼い笑顔を見せた。

 彼は立ち上がり、女の子を見る。さっきは下から見ていて分からなかったが、彼女は思ったより背が低かった。150センチいっていないだろう。年は中学生くらいか。

 彼女は彼の顔を見上げ、そしてキメ顔をする。

 

「じゃっじゃじゃ〜ん‼︎呼ばれたので来ましたぁ!待望のぉ〜、サーヴァント—————!」

 

 彼女はくるりと可憐に回り、そしてVサインをビシッと決めた。

 

「わったしの名前はッ、キャスター〜♪。魔術師の座クラスとして呼ばれたキャスターでーすッ!ぬは〜はっはっはっは!」

 

 突然の事後報告。実は召還の魔術が成功していたのかという驚き。そしてなおかつ、このテンションの圧倒的な差。初対面、召還されて早々でいきなりこんなノリノリで来られるとは思わなかったものだから、彼は目を点にさせている。しょうがない、この状況でここまでうるさくテンションの高い魔術師なぞ彼女くらいなものだろう。

 ただ、何も言葉を返さないわけにはいかない。だから、彼は驚きで頭が全然正常に働いてなどいなかったが、とりあえず何かを言おうとした。

 

「え、あっ……、き、君がキャスター?」

 

 彼のその問いに彼女は嬉しそうに何度も何度もうなづいた。

 

「そうです、私が、私こそがキャスターです!だから、よろしくお願いしますね、ソージ、ニヒヒッ—————!」

 

 彼女は彼の名を呼んだ。

 その笑顔はきっとこの世界のどの花よりも、どの宝石よりも、太陽よりも輝いている。その穢れのない笑顔に彼は目を奪われてしまった。羨ましいと思えてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鶚創慈、22歳の大学四年生。この時、彼はキャスターのマスターとして、聖杯戦争に名乗りを上げた。

 

 彼が、キャスターが聖杯に望む願い。それがまだ誰にも分からなかった時である。




はい、出ました。出てきました。謎の人物、ソージ。こいつ誰だよって思うかもしれませんが、一応このルートで掘り下げてみます。

っていうか、キャスターカワイイ。
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