Fate/eternal rising[girl or king] 作:Gヘッド
一階にいる爺ちゃんの掛け声がうるさい。ああ、きっとまた何処かへ出かけるのだろう。それは別にいいけど、朝っぱらから馬鹿でかい声を出さないでほしい。
俺はそう思いながら目を開けた。
「クッソ、殺意しか湧かねぇわ。眠ってるときに起こされるとか大罪だろ」
睡眠から起こされたときの殺意がふつふつと溢れ出てくる。カピカピの目尻をこすり、「あ〜」と気の抜けた声を出しながら身体を起こした。
うん、そういえば、なんかスゴい夢を見ていた気がする。なんか、ほんと、とりあえずスゴい夢。
……うん、眠い。
「……寝よ」
冬の寒い気温にどうやらこの身体は耐えられそうにないので、布団の中でぬくぬくしようと身体を包み横になったら、横から聞いたことのある声でツッコまれた。
「いや、寝るんですか⁉︎」
いきなりの謎のツッコミ。そんな突然のツッコミに俺はビビってしまい、身体を再度起こした。そりゃ、だって自分の部屋でゆっくりと二度寝してやろうと思ってたときにツッコまれたらビビるじゃん?
「えっ?誰?」
まるで心霊現象が目の前で起きたかのような目で俺は椅子に座っている一人の少女を見た。そこには黒い髪、青い瞳の少女がいた。
「……えっ、泥棒?」
「ちっがいますよ!泥棒じゃありません!セイバーですよ、セイバー!私はセイバー!夜に話しましたよね?」
「セイバー……?すいません、どちら様ですか?」
「どちら様も何も、私はあなたのサーヴァントですよ?」
「……サー、ヴァント……。へ、へぇ……」
「絶対理解してないですよね」
「そりゃ、もちろん」
「胸を張らないでくださいよ、まぁ、語学がダメだということは夜に聞きましたけど……」
ああ、そうだ。俺は語学が、というか外国語がダメなんだ。いや、そもそもここ日本だし、外国語とか要らなくね?
……あれ、何だろうこの感じ。最近、自分はそういうのが苦手だとか言ったような。
「なんか知ってる感じする。何これ、デジャブ?夢の中に出てきたわ。正夢?」
「いや、それは現実ですよ。えっ、何です?夢だとでも思ってたんですか?」
俺がその質問に答えると、彼女は頭を抱えた。
「聖杯戦争のことを知らないだけでなく、起きたことを夢だと考えるなんて……」
しかし、そう呟いたあと必死に頭を横に振った。
「いやいやいや、今はポジティブにいかないと。ここでめげては聖杯は掴み取れない!うん!」
彼女は立ち上がり、俺に向かってこう言った。
「私の名前はセイバー、剣士のサーヴァント。聖杯戦争における使い魔。真名は……、ええ、それは置いといて、あなたはマスター、私はサーヴァント。いいですね?」
「えっ⁉︎あ、うん。俺はマスター」
「はい、それであなたは聖杯戦争に参加したのです」
「聖杯戦争?うん。……俺が?」
「そうです。ここまで、一応夜に話したのですが、覚えていますか?」
うん、あまり覚えていない。いや、一切分からないというわけではないのだ。ただ薄っすらとした微かな記憶の断片がわずかに存在しているだけで、彼女の言葉が理解できたというわけでもない。だけど、ここで分からないとか何とか言ったら、面倒くさいことになりそうなので、とりあえず「うん」とだけ言っておいた。
「それで、あなたは?あなたの名前は何ですか?」
「え、そういうの教えないといけないの?」
「そりゃそうですよ。だってなんと呼べばいいのか分からないじゃないですか。まぁ、マスターでもいいんですけど……」
「ん〜、じゃあ、ご主人様は?」
「今、すごく鳥肌が立ちました」
「え〜、じゃあ、ダーリン」
「怒りますよ?」
「ええっ……、なんて理不尽な。まぁ、いいや、ヨウ、ヨウって呼んで。本名は月城陽香。みんなヨウって呼んでっから」
彼女は俺の名を一度口にした。
「いい名前ですね。女の子みたいですけど」
「うん、それは俺も思ってる。っていうか、ホントそれはもう言わないで。心折れそう」
正直、『陽香』って名前は嫌だ。どう考えたって女の子っぽいじゃん。いや、もちろん、俺の両親が考えに考えて付けた名前なんだろうけど、俺にはどうにも良いとは思えないのだ。
俺たちは互いの名を教えた。次に彼女は俺に聖杯戦争とは何なのかを説こうとしたが、俺には俺の用事がある。俺は彼女が何か話し始めていたが、とりあえず無視して部屋から出た。
「って、えっ?話を聞いてくれないんですか?」
「いやいや、こんな朝っぱらから長くなりそうな話を聞くかボケ。俺には俺の用事があるの」
俺は階段を降りて一階の洗面所に行く。彼女もアヒルの子のようについて来た。
「それは学校というものですか?」
「ん?ああ、そうだけど。それが?」
「あ、いえ。学校とはどのようなものか私は知らないので……」
彼女の言葉に俺は唖然とする。
「……え?学校を知らない?ああ、そうか。使い魔だからか」
「いや、使い魔だからというわけではないのですけど……。単に私の時代に学校がなかっただけです」
「……時代?どういうこと?」
彼女の言っている意味がわからない。彼女は一回自分の頭を叩いて、頭を横に振る。
「ああ、そうだ。まだ言ってなかった。え〜、その、自分で言うのもおこがましいのですが、一応私は英雄なのです。今の人類史を作った英雄の一人なのです」
「……う、うん。何となくわかるような気がする。いや、ごめんやっぱ嘘。何を言ってるか全然訳わからん」
彼女は苦笑する。
「ええ、そうですよね。そういう反応になりますよね。はい、言ってる私自身も突飛だなと思います」
だが、彼女は拳を握りしめた。
「でも、信じてほしいんです。これ、ホントなので……、はい……」
そんな申し訳なさそうな顔をされてはこちらも困る。
「あ〜、うん。分かった。信じる。よく分からんけど、とりあえず信じてみっから。で、それがどうした?」
実は全然信じてはいないのだが、まぁ、そこはご愛嬌ということにしておいてやろう。
冬の外気でカピカピになった顔を洗面所で洗い、タオルで水を拭う。
「ヨウ、今あなたが参戦している聖杯戦争はその英雄たちの殺し合いなのです。私を含め、この戦いは7騎の
殺し合い。そんな言葉が彼女みたいな子の口から出てくるとは思わなかった。そんな物騒な言葉を平然と口にするあたり、自分は本当に知らぬ間に大変な出来事に巻き込まれたんだと確信できた。
「ねぇ、なんでそんなことすんの?」
「え?」
「いや、批判とかじゃなくて。まぁ、そんなのに巻き込まれたとか嫌なんだけど、それはそれとして、何故そんなことをすんの?だって、そんなことして楽しいことなんてないじゃん。いや、まぁ、そういうの楽しいって人もいるだろうけど?でも、大多数が別に好きで殺し合いする訳じゃなさそうだし」
「あ、まぁ。そうですね。はい」
彼女はぎこちなく頷いた。その顔の暗さといい、雰囲気といい、様子からしてきっと彼女もその殺し合いを許容しきれていない、許容できても好きでないタイプであろう。
または、俺を騙しているのか。
「その、ヨウは聖杯というものをご存知ですか?」
「ん?ああ、まぁ、一応。あれだろ?キリストがうんたらかんたらで、アーサー王がなんとかかんとかっていう。舐めんなよ、中二病知識」
「いや、すごく大雑把なのですが。ああ、まぁ、でも一応それっぽいことを知っているのなら、細かい説明は今は無しで、ざっくり言ってしまうと、その聖杯のために7騎の英雄が戦い合うんです。最後の1騎になるまでずっと。そして、最後に残った者だけが聖杯を手に入れられるのです」
聖杯、ああもちろんその意味は知っているつもりだ。だてに深夜アニメを片っ端から全部見ていないつもりだし。
あれだろう、聖杯とは、願いを叶えられる道具であろう。確かアーサー王物語とかにその内容があったような覚えがある。だが、それがなんだというのか。そんな物のために俺の平穏は妨げられてしまいそうなのか。
「その聖杯を手に入れたらどうなるんだ?」
名のある者どもが凌ぎを削り互いにその聖杯とやらを求めているのだろう。ならば、それにはそれ相応の価値があるはずだ。そうでなければ、それはただの滑稽な人形劇でしかない。
彼女はぐっと拳を握る。彼女もこの戦いに本気である表れであろう。
「聖杯は、願いを叶えられるのです」
彼女のその言葉に俺はピクリと反応した。
「いやいや、そんな美味しい話があるわけねぇだろ」
「いえいえ、本当なんです!それは」
「……えっ?マジ?」
「はい。マジです。聖杯は手にした者の望みを全て叶える万能機なのです。万能機は手にする者を選びます。この聖杯戦争で勝ち抜いた者だけを聖杯は選び、望みを叶える力を与えるのです」
なるほど、望みを叶えるか。ならば、英雄と呼ばれる者たちでもそれは喉から手が出るほど欲しいものだろう。幾多の名を
目の前にいる彼女を見た。彼女は自分を英雄だと言った。もしそれが本当だとしたら、きっと彼女にも何かそういう願いがあるのだろう。
「あっそ。まぁ、なんか、凄そうだね。聖杯戦争って。だってあれでしょ?夜戦った男のような奴があと五人もいんの?」
「あっ、まぁ、そうですね。否定はしません。あの男の名はアーチャー、弓兵です。あとはランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンがいます。それぞれ、強者である可能性が高いです」
「うわぁ。なんか言葉からしてヤバそう。まぁ、頑張って」
俺は彼女の肩を叩いて、自分の部屋へと戻る。
「あっ、はい。分かりました……って、え?あなたも戦うのですよ?」
納得したかのように見せておきながらノリツッコミとは。なかなかの逸材ではないか。
「いや、なんで戦うのさ。だって俺、巻き込まれたんだよ?それなのに、なんで戦わないといけないの?」
そう言いながら、学校の制服の袖に腕を通した。
「で、でも、あなたは私のマスターなのですよ?それに、巻き込まれたとか言っても私を召還させたのだから、あなたは魔術師なのですよね?なら、聖杯を手に入れて根源に至ることもできるじゃないですか」
「は?根源?何言ってんだ?そもそも、俺は魔術師じゃねぇ。魔術を極めてるわけでもねぇし、それを生業にしようとも思ってねぇ。俺にとって魔術なんて口笛みたいなどうでもいいもんなんだよ。分かる?たまたま魔術を使えるだけであって、あとは一般人だから」
「そんな!それはあまりに身勝手です!私、こんな身なりですけど、これでも一応英雄の端くれなんですよ?それなのに、呼び出しておいて何なのですか?」
「ああ、まぁ、身勝手だわな。確かに呼び出したのは悪かったわ。まぁ、確かにお前に助けられたよ?ホント、マジそれはありがとうだわ。でも、それとこれとは別だよ。だってほら、お前の言い分ではお前は英雄なんだろ?そりゃ、聖杯に命かけられるかもしれねぇけどさぁ、俺は無理だわ、そういうの」
「んなっ、そんな……」
彼女は俯いた。別に彼女のやる気を挫きたかったわけではないのだが、少なくとも俺は戦いなぞに参加したくはないのでそのままにしておこう。
学校指定の鞄を手に取り、部屋を出た。一階へ下りて、リビングに向かう。テレビをつけて天気予報をチェックし、テーブルの上の皿に乗った二つの大きな爺ちゃん特製おにぎりをぐいっとちょっと雑に鞄に詰め込んだ。すると、ちょうどその時、インターホンが鳴った。セイギである。彼が俺の家に着いたのだ。
「セイギ、ちょい待ち!今、行くから」
玄関の濁りのある半透明な戸に彼らしき姿が映っている。鞄を持って玄関へ向かう。しかし、後ろからついてくる彼女はそんな俺の進路を遮った。
「ちょっと待ってください!じゃあ、貸しを返すということでどうです?私はあなたをアーチャーから助けた。ならば、今度はあなたが私を手助けする。これでどうです?」
彼女は必死に懇願した。だが、俺はそれにため息を見せる。
「無理だ」
「えっ?何でですか?」
「いや、無理なもんは無理なんだよ。確かに助けてくれたことはありがたい。でもあれだろ?その手助けってのは危ないことなんだろ?それじゃ無理だ。俺は英雄じゃない。誰かのために命かけるなんてできねぇよ」
俺は彼女を通り過ぎる。彼女はもう俺を引き止めようとはしなかった。
俺は革靴を履いて外に出る。外にはやはりセイギがいた。
「おはよ、ヨウ」
「ん?ああ、おはよ」
俺がいつも通りに返事をすると、どうしたことか彼は首をかしげた。
「何か元気なさげ。どうしたの?夜更かしでもしたの?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
俺は後ろ向きで家の中を親指で指差した。
「なんか、朝起きたら変なのがいてさ」
まったく参ってしまう。聖杯戦争だの何だのといきなりそんなことを言われても、心して取りかかった事態ではないため困ったものである。
「ん?何のこと?」
彼の反応を妙だと感じた。俺は振り返り、家の中を見る。
「……え?」
しかし、世にはそこらかしこにおかしな話が転がっていて、それはきっと必ずといっていいほど日常の何処かに潜んでいるものだ。知らずとも、覚悟などなくとも、それが突然降りかかってくることは人生において幾多とある。
「誰もいない……?」
さっきまで俺の後ろにいたはずの黒髪の女の子、セイバーはいつのまにかそこから消え去っていた。
それはおかしい。さっきまですぐ近くにいたはずなのに、姿が見えないなどあり得るわけがない。きっとどこかに隠れているのだろう。そう思い、玄関に割と近いリビングなどを見たのだが、そこにも彼女の姿はなかった。
「え?何でいないの?」
おかしい、それは実におかしい。さっきまで本当にすぐそこにいたのだ。それなのに、俺が戸を開けて振り返るまでの数秒でこんな綺麗に物音何一つせず隠れられるわけがない。
俺が不思議そうな顔をしていたのだろうか、彼は俺の顔を真似した。
「どうしたの?何か幻覚でも見た?」
幻覚、彼はそう言った。しかし、俺が見たものは確かに幻覚などではない、しかとそこに彼女がいたのだ。声だって生ぬるいお湯のようなものでなく、しっかりとしたものであったと記憶している。
そんな訳はあるまい。この目で確かに見たのだ。
ああ、でも、目の前にいる彼をもうこれ以上待たせるのは気が引ける。なので、「……うん、そうかも」と返事をしておいた。彼はそんな俺を変な奴だと笑った。
俺は玄関の近くに置いてあるシルバーの電動ママチャリに小さな鍵を挿し、ガチャッと回しロックを解いた。荷物入れにカバンをドスッと入れて、サドルをまたいだ。
セイギは青くてハンドルが俺のみたいに曲がってるやつじゃない真っ直ぐなタイプの自転車のベルをチャリンと鳴らした。見せつけであろうか。
「じゃあ、行こう」
「え〜。教育の自由を行使して、行きません!」
「いや、抵抗したって無理だから。教育の義務だよ」
「なんて行きづらい世の中になってしまったことか」
「ほら、そんな馬鹿なこと言ってないで行くよ」
彼はそう言うと俺をおいて学路を進みだした。
「あっ、おい。待てって!」
俺も彼の背中を追い自転車を漕ぎだした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この建物は市内で一番高い。家々を、施設を、海を、川を、山を、全てを一望できる。そこは眼の良い者なら歩行人を一人一人、木の木の葉一枚一枚を認識できる場所。もちろん、そんなことは常人ではできないのだが、もしそれができる者がいたのなら、この市の全てを把握できる。
市役所、ここはそう呼ばれている。市政の中心部であり、この市の多量な情報が一堂に会する所。
とはいっても、この建物は市役所にしてはやけにデカイ。18階建てという市内において圧倒的なまでの階数。その上、上の5階部分は全ての階において1.5階分くらいの高さがある。
その高さ、及びそれに伴う大きさは市役所にしては実におかしい。確かにここ最近、現市長の様々な企業誘致政策などで市が新興して、中心部は都会のようにデパートなどもできたものの、それにしてもその姿は地方都市にしてみれば異様でしかない。そのせいで、一部の人からは市長の金の無駄遣い、謎の金で建てられたなどとも言われている。
さて、その事の真相は……。
「実際、外の金を使ったわよ」
「おいおい、とんでもないことをサラッとぶち撒けたな」
「別にあなたには言っても害はないからね」
「それは信頼と受け取っても?」
「笑わせないで。所詮あなたと私はサーヴァントとマスターの関係。それにサーヴァントだからと言って信用するわけがないじゃない。能無しに」
能無し。男はそう言われた。だが、何も言い返せない。
「まったく、私がこの建物から市内に張り巡らせた魔力糸で魔方陣の場所を特定したのだから、あとはあなたが止めに行けばいいものを」
「行ったとも」
「行っただけ。止められてない。結局、キャスターとセイバーを召還させた。そして聖杯戦争は始まった。私が一番嫌だった全騎総出のね。せめて、倒すとかはできなかったの?」
「やれたのならやっている。やれなかったのだ。強かった。それに俺は弓兵だ。近距離戦闘はあまり得意ではない」
彼女はため息をついた。
「ああ言えばこう言う。まったく素直に聞けばいいのよ。あなたは私の使い魔なのだから」
彼はその言葉に飽き飽きとした顔をする。
「まぁ、所詮は魔術師ということか」
「何かしら?」
「いいや、何でもない。ただ、可愛くない女だと思っただけだ」
「セクハラよ?」
「ああ、この時代にはそのような概念があるのか。いやはや、男も生きづらい時代になったものだな。もう少し女らしくしたらどうだ。堅物だな」
「それがセクハラだって言ってるのよ」
彼女は呆れ顔を作る。男は彼女のその表情を見て、手のひらを天井に向けてお手上げのポーズ。そして、ふと彼は壁に寄りかかろうと背中をつけた。
—————ビチィッッ!
彼が背中を壁につけたその瞬間だった。鞭で打つかのような音が部屋中に響いた。静電気のようなものが生じたのだ。いや、静電気にしては少し強めであろうか。それが彼の身体が壁に触れた瞬間、背中を焦がした。
「おおっと」
前に聞いていた話を忘れていた男は背中の焦げた所を手でさすった。それを見ていた市長はクスリと笑みを浮かべる。
「この前に言ったでしょう。ここは私の魔術工房だって。もちろん、基本的には市役所の市長室の役目だけだけど、それなりに防衛設備はしてるから」
この市役所、18階のうち、市役所として稼働しているのは下の10階程度だけである。その上の3階ほどは来客用の部屋やら、膨大な資料やらが保管されている部屋があり、基本的にそこには職員が常にいるわけではない。そして、この市役所の最上階からの5階は実質的に市長、藤原八千代の事務室、兼魔術工房と化している。
「といっても、ちゃんとした防衛設備はこのへんだけだけど。まぁ、下の階もちゃんと警戒網は張ってるし、魔術やらサーヴァントやらにはちゃんと反応するし、大丈夫だとは思うけど」
「ああ。そうであろうな。貴様の魔術は実に美しい。それは認めよう。現に俺が今。身を以て体感している」
彼は今、縛られている。それはサーヴァントとマスターという所謂共存関係のようなものではなく、ましてや自身が誓ってつけた制約などではない。それはあまりにも一方的な圧倒的に彼女が有利な状況になるようになる、手綱、あるいは首輪のようなもの。
藤原家の魔術。その起源は古代にまで遡る。
大和、日本という国の前身となる一国には一人の王がいた。その名は天智天皇。乙巳の変を起こした中大兄皇子という名もある人物。その王が国を治めていたときに、一人の男が国に謀叛を起こした。その男は国の中でも一二を争うほど優れた魔術の才を持ち、また豪族という権力と実力という二つの力を持ち得ていた者である。その名は
と、いってもその男はまんまと朝廷の罠にはまり殺されてしまったのだが。
だが、その男の意思を継ぐ者たち、血縁や弟子などが切磋琢磨し魔術を大成させた一家。それが藤原家である。現に藤原家は日本魔術『
そして、今、市長の椅子に座っている彼女は第76代目藤原家当主。使役を得意とする魔術師の一流であり、それはたとえどんなサーヴァントであろうと、御するのは容易きことである。
「実につまらん。やりたいようにできないのは些か苦しいものがある」
そう彼女を非難するのだが、それに彼女がそれに応じるわけもない。
「あなたの心を奪ってもいいのよ」
その言葉に彼は口を噤んだ。そうするしかなかった。確かに彼はサーヴァントで、彼女を今から殺すことなど赤子の手をひねるようなものだが、彼はあくまでサーヴァント。魔力供給がなければ野垂れ死ぬ。彼にだって叶えたい夢があり、なればこそ今この場では
「貴様の願いには賛同しよう。それが為政者として素晴らしきことも認めよう。だが、立場が違うだけでこうも軋轢が生まれようとは思わなんだ」
「ええそうね。私もあなたとここまで分かり合えないとは思っていなかったわ。でも、私は遠慮しないわ。街を守るために、死力を尽くしなさい」
「その死力は文字通りの死力であろう?魂を擦りへらせと、そういうことでいいな?」
「それ以外に何があるの?」
「そうだな。お前にしてみれば俺は使い捨ての社畜か」
彼はそういうと身体を霊体化させた。
「あら、どこへ行くの?」
「なに、風を浴びに行くだけだ」
「こんな寒い時期に?そろそろ冬よ?」
「時にはそういうこともあるものだ」
彼はそして、去り際にこう言い残す。
「それと、共闘の件、考えておいてくれ」
「ええ、分かったわ」
彼女は軽く雲のように頷いた。
「キャスターと共闘したいだなんて、あの男は何を考えているのかしら」