Fate/eternal rising[girl or king] 作:Gヘッド
えー、前回から大分期間が空いてしまいました。いや、まぁ、この投稿、実は時間差の投稿で3月に投稿したのですが、いやはやここまで期間が空くとは。まぁ、今回の投稿は結構長いです。8000文字ほどを想定していたのですが、何と書いてみたらその2倍以上。そりゃ、一話書くのに一ヶ月もかかるわ。
ということで、一ヶ月かかってしたためた物語、是非楽しんで読んで頂ければ嬉しいです。
頭上には青い空があった。昨日雨が降ったせいか、今日は雲一つない快晴で、さすがにこの季節寒いものかと思ったが、案外外へ出てみれば太陽の光は強くて暖かい。まぁ、確かに時折吹く風が手先を劈くのだが、真冬に比べたらまだ
「はぁ〜、綺麗な空だな。ちょっと寒いけど、いい景色だし。ホント、お前がいなけりゃ最高なのにね」
俺は目の前の少女にそう語りかけた。彼女は屋上の隅っこでうずくまりながら顔を隠す。
「うぅっ、もうお嫁に行けない」
「いやいやいや、なんでお前が悲しんでんだよ。俺の方が悲しいわ」
そう、この女、こっそり俺の後をつけてきただけでなく、俺と一緒に男子トイレに入ってきたのである。
「うぅっ、あれはしょうがないじゃないですか。たとえ昼であろうとマスターを一人にさせるなんて危ないです。ですから、ヨウの後ろをついていたら、ま、ま、まさかトイレだなんて……。うう、男子トイレに足を踏み入れた……、なんか汚い」
「いや、男子も女子も一緒だわ。つーか、なんだ?あそこがトイレってことも分からなかったのか?」
「単語は知っていましたよ?厠ですよね?ええ、もちろん、それくらいは現代に不慣れなサーヴァントでも分かりますけど……。いや、さすがにあそこが用を足す場だなんて思わないじゃないですか?」
「いや、それを言うなら、お前こそ俺に何も教えずに霊体化とかなんとか言う技を使いやがって。家出るときに、あれ?さっきまでのは幻覚かな?なんて思っちゃったじゃねーか!」
「それもしょうがないですよ。一般人の方にサーヴァントである私の姿を見せて、もしもの事態にならないための行為です!」
「じゃあ、トイレで騒いだのはどういうことだ?あの場には俺だけしかいなかったから良かったけど、もし誰かがいたらどうするんだ?」
「あ〜、それについてはですね……、え〜、あっ、はい。すいません。いや、でもわかってほしいんですよ。やっぱり男性のトイレって、倫理的にアウトですし、それになんか汚いじゃないですか」
「なんかウゼェな」
「ええっ?そんな、それはあまりにもヒドイです」
そうだろうか。男の俺の目の前でそんなことを堂々と言う彼女のほうがよっぽどヒドイのではないか。
「まぁ、それはいいとしてだ、お前のその霊体化?それ何だ?」
彼女に一通り聖杯戦争とサーヴァントについてのことは説明されが、やはり簡単な説明だからか話しきれていないところがある。
「霊体化とはですね、エーテル体でできている私たちサーヴァントの身体を意識的に崩壊させることです。ほら、あのアーチャーも去り際に身体が小さな粉みたいになりましたよね?それが霊体化なのです。サーヴァントは仮初めのエーテル体でできた肉体で現界します。ですが、サーヴァントは死者なので、魂とその肉体との結合は緩いのです。ですから、そのように意識的に魂と肉体を切り離し、肉体の形成をやめることで魔力消費を抑えることができるのです。まぁ、言ってしまえば幽霊になって、エネルギー消費量がすごく減るということです」
「……へぇ〜」
「……全然分かっていませんよね?」
「当然だろ。御託をどうこう並べられようが、んな難しそうなもん分かるわけねぇだろ。まぁ、俺、魔術師じゃねーし」
「ああ、そうだった。この人魔術師じゃないんだった」
彼女は深いため息を吐く。多分そのため息は俺が今まで見てきた中で一番悲壮感に溢れていたため息だと思う。
「まぁ、いいです。どうせ何と言おうと分からないようですし、そんな大層なものでもないのでやってみますけど……」
彼女はそう言いながら、特に特別なことをする様子もなくサラっとその場で霊体化というやつをして見せた。炭酸の泡のように彼女の身体が端から解けてゆき、段々と薄れてゆく。そして、彼女の身体を通して遠くの景色が見えるようになったぐらいで彼女はその行為をやめ、濃度を元に戻した。
「どうです?こんな感じなん……」
「おおー!スゲー!もう一回やってよ」
「いやですよ。見世物じゃありませんから」
彼女は不快な表情を見せて俺を睨みつけた。そうまでして拒絶されると、さすがに俺もやる気をなくすというもの。家から持ってきたおにぎりを貪りながら、彼女の話を軽く受け流そうとした。
すると、その重苦しい空気を想定していなかったのか、細く呟くような声でボソッと「あ、いや、その……、強く言い過ぎました」と謝ってきた。
「いや、別に良いよ。怒ってないし。っていうか、お前、情緒不安定だよな」
「え、そうですか?んまぁ、怒りっぽいと言われれば、そうですね。いつからか、そんな風になってしまいまして……」
と次の言葉を口にしようとしたとき、彼女自身が慌てて口を噤んだ。この先の言葉は彼女の正体に関わる。それを俺に知られたくないからだろうか。
彼女は質問されっぱなしでは
「そういえばヨウって、家族とかいないのですか?」
「ん?なんだよ、急に」
「いえ、別に話したくないのなら良いですけど、一応あなたは私のマスターなので、それくらいの知識は持っておいた方が良いかと思いまして……」
嘘つけ、どうせ興味本位だろ。と言いたかったのだが、彼女とはまだ出会ってから一日も経っていない。そんな相手にガツガツと言うタイプではないので、そこは軽く受け流した。
「ん、まぁ、別にいいけど。あれだよ、爺ちゃんがいる」
「ええ、そうですぬ。お爺さんがいます。まだ顔は見ていませんが、はい、今朝教えてもらいました」
「うん、そんだけ」
「……え、一人だけですか?」
「うん、そうだけど。爺ちゃんと二人暮らしだけど」
彼女は俺の返答を聞くと、少し気まずそうに口を開けたまま目をそらす。
「あ〜、それはそのぉ……、いや、あれですよね?ご両親はお仕事で……」
「いや、死んだけど」
彼女はさらに決まり悪そうな顔をする。もう顔から困惑しているという言葉を出している。
「えぇぇ……、あ、その、はい。なんか、あ、すいません。変なことを訊きましたね」
「いや、別に怒ってねぇし。それぐらい、慣れてっから、気分悪くしてなんかねぇよ」
そう、それくらい慣れている。小さい頃からそうだった。初めて顔を合わせた人、おもにこれから学校生活を共にするであろう同級生とかにそんな内容を尋ねられたので、同じように返答したらみんなセイバーみたいな顔をする。いや、もちろん、そりゃそうだ。俺だってそっちの立場だったらそんな顔するし、そもそも「え?お前の両親死んだの?うわ、ダッセー」なんて言う奴いやしない。
それに俺に両親の記憶なんて全然ない。ゼロというわけではないのだが、まぁ、それもほぼゼロと言っても過言ではない。なんせ、画像一枚程度のものなのだから。
だから、俺の家族は爺ちゃんだけ。特にそれに悔しさや悲しさなんてものは存在しない。それでいい。それが俺の今までであり、それが俺の普通だから。
「まぁ、爺ちゃんももう還暦をとっくに過ぎてっから、あと十数年もしないうちにポックリ逝くだろうけど」
「そんなひどいことを言わないでくださいよ」
「ゆうて事実だから」
「まぁ、そうですけど……」
それから少しの沈黙が流れた。しかし、屋上にいるからか、階段の扉から下の階の騒ぎ声が聞こえてくる。いや、それだけでなく、校舎の開いた窓から、校庭から、人の声が聞こえてくる。
「人、多いですね」
「ああ、そうだな」
「学校がこんな所だとは思いませんでした」
「そうか、お前、学校ってもん知らなかったんだっけ?」
「はい。私が生まれた時代はそういうものが普通にある時代ではなかったので。そもそも、ここは私が住んでいた時代の町よりも賑やかです。私たちと同い年ぐらいの人だけなのにこれだけいるだなんて、驚きです」
「まぁ、文明の開花とかそういうやつのおかげだろ?」
「ええ、そうでしょうね。私の常識とあなた方の常識はあまりにかけ離れ過ぎていますからね。いいですね、この時代は」
彼女のその呟きは非常に嫌味っぽかった。自分は辛かったのに、そんな言葉が隠れているような気がした。
俺は家から持ってきたおにぎりを食い終え、手にしていたビニール袋にゴミを入れた。そして、教室に戻ろうと立ち上がったのだが、セイバーがそれを引き止めた。
「ああ、ちょっと待ってください。もう少しここで話しませんか?」
「え?何で?」
「あ、いえ、今後の作戦相談です。これからの聖杯戦争をどのように行くのかという指針を立てておきたいなと思いまして」
この女は何を言っているのだろうか。
「いや、お前、今朝の話聞いてた?俺には参加する意思なんて
俺はそう言い残してその場を去ろうとしたのだが、彼女が俺の前に立ちはだかり、進路を遮った。
「ちょっ、ちょっと待ってください!それは分かってます。分かってますから。あなたには聖杯戦争に参加する気はない。だから、相談するのです!」
彼女の目はあまりにも真剣である。確かに聖杯戦争に巻き込まれるのは嫌だが、話を聞かずに一辺倒に拒絶をしていたら、それこそ自体の解決から遠のいてしまう。
それに、彼女みたいな女の子が聖杯戦争などという危ない祭典に参加したということは、彼女にとそれなりに叶えたい願いというものがあるはずである。彼女はその夢のために必死になっているのだろう。そんな彼女にそのような態度ばかり取り続けるのは些か男としてダサい。それは俺の目指すクールな行動ではない。
俺はため息を吐いた。そして、彼女に次の言葉を言うように催促した。彼女はあたふたと少し戸惑いながらも、事の解決を説明しようとする。
「あっ、えっとですね、今現在、私たちはマスターとサーヴァントという関係で結ばれているわけです。サーヴァントはいわばこの聖杯戦争の参加の証。つまりサーヴァントがいるということはマスターであるということと同義です。そこまでは分かりますよね」
「ああ。つまり、お前を殺せば万事解決と」
「そんなこと言わないでくださいよ!私、死にたくありません!」
彼女はまた俺を睨みつける。どうやら嫌われているみたいだ。まぁ、しょうがない、俺はこういう性格だから。
とりあえず、彼女の話を聞いてみた。彼女が言うには、サーヴァントは人類史において何らかの功績を残した英雄であるので、簡単に言うとすごく強い。生身の人間では相手することができないくらいに。それは夜に身をもって体験しているから、俺も理解できた。
ただ、そんなサーヴァントにも制約のようなものがあるらしい。それは魔力についてだ。彼女らは過去の人間であり、基本的にもう死んでいる存在なので、そもそも今ここにいること自体がおかしなことである。それを可能にさせているのが、魔力であるらしい。どうやらサーヴァントの身体は魔力でできているらしく、それにより彼らは現界できるのだとか。
「つまりその魔力が欲しいから、魔力をいっぱい持ってる魔術師を
「はい、そうです。それが本来の聖杯戦争です。まぁ、ヨウの場合はイレギュラーな場合ですので、その範疇とは少し違ってますが……」
そう、俺は魔術を使えるだけ。それを生業にしているわけではない。
「で、つまり、何なの?俺を貶したいの?」
「いや、そういうことではなくてですね、つまり、ちゃんとした魔術師を見つければいいのではないでしょうか」
「ちゃんとした魔術師を見つける?」
「はい。私は聖杯戦争をしたい。ヨウはやりたくない。少なくともそこで利害関係はこじれていて、さらにヨウからの魔力供給は……まぁ、正直なところあまり満足のいく量ではありません。ですから、探すのです。聖杯戦争に参加したいのに参加していない。魔力供給が十分にできる人を」
「……え?探してどうなるのさ」
「……え?マスターの権利を明け渡すんですよ」
「いや、そんな方法あんのかよ。何それ、ノット既知情報なんですけど」
彼女は目をそらして、「言い忘れてました」なんて可愛らしく言ってくる。何だこいつ、殴ってやろうか。
「いや、でもさ、どうすんのさ。だって俺、友達に魔術師なんていねーし。いたとしても知らねーし」
「ええっ⁉︎知らない?」
「うん。知らん。だって、俺、魔術師じゃねーし」
「なんか、魔術師の団体とか入ってないのですか?」
「入ってるわけないだろ。ってか、むしろそんな団体とかあんの?マジで何それ、ウケる」
いや、所詮魔術ごときで一々そんな団体とか作ってるとかウケるわ。
「……ああ、これは、出だしから数少ない案の一つが消えましたね。では、監督役に相談してみるというのは?」
「監督役?誰それ」
「あ、監督役というのは文字通り聖杯戦争を監視する人です。聖杯戦争は魔術、及び神秘が幾多となくこの日常の世界で交わる。ですので、それを一般人に見られないようにするほか、その他諸々の聖杯戦争関連の微調整を行ってくれる人みたいです」
「へぇ、よく知ってんな」
「いや、これは現界する際に与えられた知識です。ですから、別にそれ以上のことは分かりませんよ」
「え、じゃあ、監督役の名前とか姿とかは?」
「いえ、分かりませんけど……」
彼女は俺が何を言いたいのかと首をかしげるが、しばらくすると「あ!」と理解を示した。
「あ、これって、監督役が誰だか分からない……」
今度は俺がため息を吐く。う〜ん、目の前にいるこの女がこれほどまでに馬鹿だとは。さっきから言ってるように俺は偶然聖杯戦争に参加したから、そういうのも分からんというのに、まさかその上セイバーが馬鹿とは。誰がそれを想像しようか。
これはもう詰みなのか。
俺はもう諦めを見せたが、彼女は頑なな態度で首を横に振った。
「いえいえいえ、諦めません、諦めません!こんな簡単に諦めてたまるもんですか!」
「お前、メンドくさいな」
「ああ、もうどうとでも言って結構です!……あっ、そうだ、ならいっそのこと、地脈と契約するとか」
「別にやってもいいけどやり方なんか知らねーよ。っていうか、それ人じゃなくね?それってありなの?」
「う〜ん、ではとりあえずサーヴァントを一体倒して、その倒したマスターに私を譲渡するとかどうでしょう?」
「リスクが高い。そもそも、そのサーヴァントを倒せる絶対的な根拠は?だってあのアーチャー?とかあーいうやつを相手にすんだろ?無理無理、冗談言うな」
「ヨウを傀儡に……」
「やれるもんならやってみろ」
「ええっと……ええ……、じゃあ、魔術の素質がありそうな人を見つけて魔術を授ける」
「どうやって見つけんだ。あと、享受させようにも、俺のなんて軽い曲芸程度だぞ」
「ええっ……、では、え〜、ではですね……、あ、その……、う〜ん」
彼女の口が止まった。どうやらもう考えつかないらしい。まぁ、彼女のただでさえカスッカスのスポンジみたいな脳を絞りに絞ったのだから申し分ない。
「ああ、ダメだ。思い浮かばない」
彼女は背を反り、額を両手で掴みながら悲嘆する。彼女の金色の指輪が煌めいた。
「ううぅっ〜、こんな所で終わりたくなぃ〜!」
しかし残念ながら俺たちにはこの現状をどうにかする手立てはない。嘆いただけで何かが始まればいいのだが。
まぁ、あいにく俺たちの上下関係はどうやら
「ふっ、ざまぁ」
俺は彼女を鼻で嗤う。彼女は鋭い目つきで俺を睨んだ。だが、それも無駄であるので、視線を足元に向ける。
「はぁ〜、ここでも運、ないんですか〜」
「しょうがないだろ。どうしようもない。諦めろ」
彼女はもう全てが終わってしまったかのような深く哀しみを帯びたため息を吐く。
「はぁ〜、なんでこんなことになってしまったんでしょうか。もうマスターとか誰でもいいので、自立とかできればいいんですけど……」
うずくまりながらそう呟いた。俺はそんな彼女の姿を見て僅かだが幸福感に浸っていた。彼女の小さな姿は見ていて俺の気分を中々に良くしてくれる。
マジで、ざまあみろ。
とかなんとか思ってたら、ふと彼女の言葉に思い当たる節があった。
「なぁ、お前、今なんて言った?」
「えっ?あ、その、なんでこんなことになってしまったのか……と」
「いや、その次」
「あ、えっと、マスターとか誰でもいいので、自立したいなと」
自立、彼女は自立と言った。
「え?その自立って、例えばどういうこと?」
「それはマスターとサーヴァントの関係を絶って、いわゆるはぐれサーヴァントになるということですけど……」
「つまり、幽霊みたいな」
「ええっ?幽霊ですか?いや、それは違うと思いますけど……。う〜ん、いや、でも、サーヴァントは存在はちょっと似てなくもない、のかなぁ?」
彼女は手を顎に当てて首をひねった。そして考えるのを一旦やめ、また俺に目を向ける。
「で、何です?どうしてそんなこと訊いたのですか?」
「ん?いや、なんか多分だけど、どうにかできるかもなぁ〜って」
その言葉を聞くと彼女は目を輝かせ、身をぐっと前に乗り出した。
「えッ⁉︎どうにかできるんですか⁉︎」
「いや、そんな期待されても困るわ。できるかもだからな。かも、絶対じゃない」
しかし彼女の目の中の光は鈍ることなく、眩しく綺麗な瞳がじっと俺の姿を映す。
「で、どうするのですか?どうすればいいのですか?」
「あ?あ〜うん、俺は知らないけど、そのやり方を知ってるかもしれないやつが知り合いにいるんだよ」
「え、でも、ヨウ、お友達に魔術師とかいないのですよね?」
「うん」
彼女は何か俺の話につっかえるところがあるのか、途端に瞳が曇り始めた。
「ええ、その人って本当に知ってるんですか?」
「知らん。ってか、お前、急に俺を疑い始めたな」
「いや、疑わざるを得ないですよ……。で、誰なんです?その、どうにかする方法を知ってる人は」
彼女は尋ねてきたが、俺は口を閉ざしてしまった。
「……え?どうしたのですか?」
「ん?いや、別に言ってもいいけどさ、引かない?」
「え、引くって……」
「あ〜、そのさ、そいつ、幽霊なんだよね」
「……え?」
彼女の動きがぴくりと止まる。
「いや、だから、幽霊」
「……え」
「幽霊」
「……嘘ですよね?」
「いや、マジ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ねぇ、ソージ。私、これ食べたい!」
彼女はつま先立ちで顎を上げて指を差した。コロッケ定食だ。現代の食事情に詳しくない彼女が見た目だけで選んだ食事。にしては中々にいいチョイス。
「コロッケ定食でいいの?他にも美味しそうなのあるけど」
彼女は何回も縦に首を振る。
「私、コロッケを食べたい!なんか、美味しそう!」
彼女のその返答はまさに子供のそれと同じ。チョイスも返答も身振り手振りも、そして何よりその姿も。二人の関係を知らぬ者は親子やそれに似た関係に思えるだろう。
「分かったよ。ちょっと待ってて、券買ってくるから。あそこの席にでも座ってて」
彼がすぐ近くの席を指差した。まだ11時になったばかり。食堂に座っている人は疎らですぐ近くの席でも空いていた。彼女はルンルンと飛び跳ね踊るようにその席へ向かう。彼はそれを見てから食券を買いに行った。
それから少しして彼はお盆を二つ持って来た。
「はい、コロッケね」
そう言って彼女の前にお盆を置いた。彼女はその盆の上の皿にあるお目当のものを見ると、わーいと万歳しながら黄色い声を出した。
彼女は箸を持った。その箸の先をちょんと当てると、音を立ててほろりと簡単にきつね色の外の衣のカスが崩れ落ちた。その音に興奮を募らせる。無意識だろうが、口元が上がっている。今度は箸をコロッケの腹に押し当てた。衣は割れ、中の具が顔を覗かせる。コロッケの8分の1ほどを箸で分けた。そして、それを口へ運んだ。
すぐに彼女の顔が変わる。目をぐっとつむり、何とも物言えぬ幸せを噛み締め、次の瞬間、箸が自然とご飯の方へ向かっていた。
「
彼女は頰をお餅のように膨らませながら、目を細くして笑顔でそう報告する。彼はその言葉に頷きながらも「そんなに頬張らないで。ゆっくりと噛んでね」なんて言うものだから、その二人の姿を見た者は親子やそれに近しい関係に思えてしまうだろう。
そうして二人で食事をしていると、男女五人くらいの人たちが二人に近づいて来た。その中の一人が彼の名を呼ぶ。
「ミサゴ!」
その掛け声に気付いた彼は振り返る。
「ああ、おはよ。何?みんなもう飯?」
「そうそう。お前、何しに来たの?お前卒論早めに出したっしょ?」
「うん。今日は教授に借りてた物を返しに来たんだよ。卒論出す時に返し忘れちゃったからね。みんなは?」
「卒論とか卒業製作とか。まぁ、ミサゴみたいにみんな早めに終わらせてないし」
「ああ、そうだろうね。いやぁ、でも僕も辛かったからね?卒論作り」
たわいない会話である。卒業間近の大学生たちの日常。彼は少し活き活きとしていた。聖杯戦争に携わってしまったことへの後悔を抱く彼の違った一面。
それを見たキャスターはマスターである彼の生活を心配していたが、その心配も無用であると分かったので安心して微笑んだ。
すると、そんな彼女をグループの一人の女の子が見つける。
「あれ、この子、ミサゴの子?」
彼女はそう尋ねながら、キャスターの肩に手を置いた。その質問を聞いた周りの奴らは激しい反応を見せる。
「あ、お前、子供いたのかっ⁉︎」
「何歳?10歳くらい?お前、いくつの時に孕ませた⁉︎」
「さすが、ミサゴ。運動できる奴は何でもできるんだな」
特に男性陣からの反応は凄い。驚き、ドン引きし、しかし、ああこいつならと一定の理解があった。
「いや、違うよ。
とっさに嘘をついた。一般人にサーヴァントの存在を知られてはならない。それぐらい、彼でも知っている。
「あれ?でも、ミサゴってお兄さん一人だけしかいなかったんじゃなかったっけ?」
「いや、姉もいるよ。ただ、お嫁さんに行ったからね。あまり、最近接点がなかったんだよ」
「あれ?その姉はどこ?ちょっと気になる」
「いや、今いないよ。街へ買い物に行ってる」
男性陣が項垂れる。彼はすかさず「いや、そんな綺麗でもないよ」とフォローする。周りの女子はくすりと笑った。
女子がキャスターのほっぺをプニプニと人差し指で押す。キャスターは「んむぅ」と押される度に呻くので、どうやら女性陣のお気に入りになったようである。
しかし、彼女はそれが気に食わないのか、椅子の上に立って両手を広げてアリクイのように威嚇する。
「きっしゃぁッ〜‼︎もう、ほっぺ、触んないでっ!」
小動物のようなちんまりとした歯を剥き出しにし、丸っこい爪を見せて睨みつけた。もうその姿に周りのみんなはイチコロ。
「可愛い〜」
みんなが悶える。愛らしい言動やルックスにお姉さんお兄さんたちは上機嫌。一方、みんなに遊ばれているキャスターはムスッとした表情で不機嫌を表す。
そんな姿を見たソウジは少しため息を吐いた。
「ほら、椅子の上に立たない」
その言葉に彼女はさらにふてくされる。それに見兼ねた一人がバッグの中から何かを取り出した。
「はい、これ、アメ」
すると彼女は一変、威嚇のポーズは万歳へと変わる。
「っわぁーい!アメだぁーッ‼︎」
彼女はすぐにそのアメを奪い、ビニールの包装を取り去って美味しそうに舐め出した。
「レロレロレロレロレロ」
「どう?美味しい?」
「レロレロレロレロレロ」
舐めながら頷く。そのよく分からない感じにまたまたみんなのハートを撃ち抜く。
「娘にほしい」
なんて誰かが言い出せば、周りが「わかるぅ〜」なんて言うもんだから、うるさくて仕方がない。
そんな風にキャスターがちやほやされていて、ソウジはみんなの注目を引きつけている自分のサーヴァントに少しだけ疑問を持った。
さっきから見ているように彼女は子供っぽい。見た目も言動も。それは英霊という存在とはあまりにも離れすぎている。もちろん、確かにそういう英霊が一人や二人ほどいてもおかしくはないのだろう。だが、それはそういう可能性のある英霊が現れればの話だ。
だからこそおかしい。彼が呼び出したサーヴァントはそんなタイプの英霊ではなかったはず。確かに文献は少なかろう。しかし、人々の捉え方、つまり信仰に姿や存在を左右されるのがサーヴァントである。そこにおいては例外は基本的にない。
なのに、彼女はその人々の捉え方とは一切違う姿で現界した。可能性としてあり得たのは大人の姿であっただろう。老婆の姿であったかもしれない。だが、さすがに幼女の姿はあり得るわけがない。彼が呼び出した英霊がそんな姿で現れるわけがないのだ。
彼女は本当に……?と疑うことはなんら不思議ではない。
特に彼女を召還してから一日経ったのだが、今までサーヴァントらしいことは何もやっていない。飯を食べ、お菓子を頬張り、風呂に入り、いびきをかきながら寝て、晴天の空の下を全力でかけて、白い笑顔をする。そんな彼女のどこがサーヴァントと言えるところを持つだろうか。
彼は召還を失敗したのかもしれない。そう思ってしまった。もしかしたら、彼女は英霊という座に立てぬただの亡霊ごとき存在なのではないかと。ふと包帯で隠した自分の手の甲を触る。ちくりと痛む感覚がした。
早めの昼食を食べ終えてソウジの友達と別れた。それから、二人は大学の校内の隅っこを歩いていた。
「ソージ、これからどこに行くんですか?」
彼女は駆け足で彼を追い越して目の前で止まった。
「ん?ああ、ちょっと借りてた物を返そうと思ってね」
彼がそう言うと、彼女はすんなりと納得したような顔をした。
「ああ、あれか」
その呟きに彼はまた首をかしげた。その口ぶりはまるで知っているかのよう。でも、彼女にそれを見せた覚えはない。彼女が漁って見たのであろうか。
まぁ、問題はそんな所ではない。二人で歩いていたら、突然歩き疲れたのか両足の踵をくっつけてピタリと止まり腕を広げて、「おんぶ」なんて言い出すのだから困ったものである。もちろんソウジは戸惑う。そもそもこの幼女サーヴァントは別に彼の子供でもないし、そもそも彼自身親でもなんでもないのでそういう対処の仕方も分からない。そんな距離を歩いてもないと言い、彼女を歩かせようとしたのだが、彼女は「疲れた」と「おんぶ」の一点張り。彼はため息を吐き、膝を曲げて彼女に背中を向けると彼女は「わーい」と大声で喜びながら彼の背中に乗った。そんな二人の微笑ましい光景を見ている周りの人たちはクスリと笑い、その眼差しの先にいる彼は顔から火が出るようなほど恥ずかしく思えた。
「ぬへへ、ソージ恥ずかしがってる〜」
「もうそういうのやめてよ。恥ずかしいからさ」
人々の好奇の視線に慣れているわけではない。そういう経験がないわけではないが、大勢の人に見られるということが好きではない彼には少しだけ苦行のようにも思えた。
そして歩き続けていると目的地に着いた。そこに着くとおんぶをされながら足をばたつかせて彼を困らせていた彼女がピタリと動きを止めた。恐れでピタリと硬直したかのように彼には背中越しで感じられた。彼女はどうしたのかと首を曲げて見る。
「うわぁ、スゴい」
しかし、当の彼女は恐れで瞳を縮めているのではなく、むしろその逆で、魅入られて心を奪われたのか瞳を大きくして感動の絶句である。
その彼女が魅入っていた物。それは目の前にある古びた建物。葉が落ちて禿げた広葉樹に囲まれた二階建ての小さな木造の家屋のような建物。外装の木の板は少しのキズでも薄汚れてカビが生えていて、茶色く錆びれた小さな釘で止められている。簡素、そう言うよりはどちらかと言うと歴史ある感じ。
「ここが目的地。校舎第二別棟、僕のゼミがある所」
「ゼミ……?」
「うん。まぁ、研究室みたいな所だよ。ああ、でも、博物館とも言えなくもないか……。ま、とりあえず入ろう。言葉で言うより目で見た方が分かりやすい」
二人は建物の中へと入った。廊下はひんやりとしていた。冬の乾いた空気という感じではなく少しジメジメとしていて、それが冷たさを強くしていた。だから、彼らは息を吸うと鼻の先がツンと棒で軽く突かれたように感じた。
彼はその廊下を平然と歩く。彼女は彼の目線からその景色を見ていた。閉められた不透明なガラスの窓から外の明るさが廊下に滲み出ていて、彼が歩く度に廊下の木が軋んで独特の匂いがした。
棟の一階の最奥の部屋の隣の部屋のドアノブに手をかけた。キャスターをおぶっているので両手が使えない彼は足先で軽くトントンと小突いてから部屋に入った。
「失礼します。鶚です」
彼はそう申したのだが、返事がない。どうやら部屋には目的の人物はいなかったようだ。
「あれ、いないか。ついこの前調査したみたいだったし、この部屋の中に入り浸ってるのかと思ってたけど……、違ったか。二階かな?」
彼は小さなため息を吐く。そして、おんぶしていた彼女を下ろした。
「ちょっとこの部屋で待ってて。今、用事を済ませてくるから」
彼は鞄を手にそう彼女に言った。しかし、彼女からは何の返事もなく、彼女はただ部屋の中をぼーっと見ていた。
「この景色は……。う〜ん、綺麗だなぁ〜」
彼女は腕を広げて胸を張り、目一杯鼻から空気を吸い込んだ。そして、冷たい空気を吸い込んだ鼻がひりひりしたのか両手で覆う。
「ぬへへ、ちょっと埃臭い……」
一人でくすりと笑う。その匂いをもう一度嬉しそうに嗅いで、今度は鼻をつまんだ。
「ん〜、クチャい!」
そして、部屋に規則正しく並べられた彼女の口ぐらいの高さのテーブルに近づいて、その上にある物に視線を移す。
「おお〜、茶色い」
彼女が見ていたのは茶色い土塊。いや、土塊にしては形が不思議である。どちらかと言うと破片と言ったほうがよいか。人工的な丸みを帯びており、端は尖っていて少し危険だ。
彼女は次にその破片の隣を見た。隣にはただの平べったい石が置いてある。これも人工のものである。素材はそこら辺にある手のひらより少し大きいサイズの石なのだが、これもまた端が鋭利である。ナイフほどの斬れ味ではないだろうが、擦れば何かしらのものなら切れるだろう。
彼女はおもちゃ屋さんにでも来た子供のように机の上を瞳を輝かせながら見ていた。見知らぬ物、それが何であるかを分からずとも、それでどのように遊ぼうかと頭の中の自分だけの世界で考えを張り巡らせている。その時の穢れのない一心に対象を見つめる瞳は何物にも
しかし、彼女はどうしたことか、机の上の代物から視線を移し、顎に手を据えて「う〜ん」と唸り悩んだ。そしてぐったりと力なく腕を落とす。
「まぁ、しょうがないか」
そう呟くと、彼女は反対の列の窓近くにある机の上にある緑黄色の石を見た。机の位置が高く、ちょうど目の高さくらいの位置にその石がある。
その石もまた少し特殊な石だった。翡翠だろうか、石の中に筋のような白い斑紋が幾本か入っており、小さく細長いその石には縦に人工的にくり抜かれたような穴が開いているのが見当たる。
彼女はその細長い非自然的な石をコロコロと人差し指の腹で転がした。そして、左の瞳を閉じてその穴を覗き込んだ。
「おお、スゴい」
彼女の覗き込んだ穴は石を貫通していた。そして、窓から僅かに漏れこむ弱い陽の光が半透明なその石に明かりを
その石の中は何かが彫られているのだ。
「わぁぁ、何だろう。犬かな。うん?いや、でも鹿……?」
彼女がそうして穴に覗くのに夢中になって石を回転させたりしていたら、その穴の向こう側に真っ黒い物体が突然現れて
「ワァッ!」
とまるで彼女を脅かすように大きな声が部屋に響いた。
男の人の声。自分のマスターの声ではない。当然、そんな出来事に彼女は驚く。
「わぁー(棒)」
はずなのだが、真顔から一切顔の筋肉を動かすことなく抑揚のない声で驚いた。
彼女は覗き込んでいた小さな石を机に置いた。すると目の前には色素の抜けた白い髪と若干黒が混じっている髭の中老ほどの男性が立っていた。その彼は彼女が全く驚かない様子であることに首を傾げていた。
「む?驚くと思っていたのだが、案外驚かれないね」
「あ、はい。視えてましたし。机の下にうずくまっていたの」
彼女がそれを指摘すると、彼は額に手を当て悔しがった。
「あれま、見えてたか。それは思いもよらなかった。この机、結構大きくて幅広いから大丈夫かと思ってたんだけどね」
肩を落としながら、彼は窓の近くにある下に車輪のついた椅子に座った。そして、座ったまま部屋の隅から隅へ移動して、本棚の本の前に置いてある石を手に取る。彼は石を軽く振りながら彼女を手招きした。彼女はワァっとまるで小動物のような笑顔を浮かべて近づいた。
彼が手に持っていた物、それはさっき彼女が覗いていた石のように穴の空いた小さく綺麗な石である。
橙色の半透明なその石を彼女に手渡して「これも見てみるといい」と老人は言う。彼女はその言葉通りにその石を覗いてみた。
「わぁ、これも綺麗。面白い!」
「そうだろう?で、その石には何が彫られているのか、分かるかい?」
「う〜ん、うんち?」
子供らしい答えだ。そしてその答えは年老いた男には予想だにしなかったようで、クスリと笑って彼女の頭を撫でた。
「はっはっは、中々に面白いことを言うなぁ。うんちか。うん、それもあり得るかもしれないな。結局は彫刻や絵画なんて見る人が感じたものが答えだしね」
「え?うんちじゃないの?」
「あ〜、おじさんはね、うんちじゃなくて、炎かなと思ったんだよ」
「炎?」
「うん、そう、火だよ。この石はね、管玉って言ってね、装飾品、ネックレスとかの一部なんだ。この穴に紐を通すんだ。分かるかい?」
彼女はコクリと赤べこみたいに頷いた。
「でさ、ここで一つ疑問に思ってもらったら嬉しいんだけど、この管玉には何で内側に何か絵のようなものが彫られているのかな?だってさ、どうせ糸を通すんだし、どうせ目に見えないでしょ?だったら、彫る理由なんかないでしょ?」
「う〜ん、何だろ。ふざけてやったとか?」
彼女のその返答にまた彼は笑った。
「ふざけてやったか。う〜ん、否定できないな。それは確かに可能性の一つだね。でも、おじさんはそうは思わないな。おじさんは、この管玉はお祭りや儀式のときなんかに使ったんじゃないかなって思うんだ」
「だから、儀式とかそういう時に炎を使うから、炎を彫ったの?」
「うん、そうじゃないかなぁ〜って思うんだ。まぁ。実際に見てきたわけじゃないし、聞いた話でもないからそれが本当かどうかはわからないんだけどね。でも、自分はこう思う、きっとこうであったに違いないって自分を主張するのはいいことだと思うよ。君のうんち説も一つの正解だし、そう考えると、君は何かいいモノを持っていると思うよ」
「ホントに⁉︎」
「うん、そうだとも!さぁ、ということで君も是非この大学の、そしてこの私の考古学ゼミに入っ……」
その時、バンッと勢いよく扉が開いた。二人は突然のことで、ビクッと驚きながら開いた扉の方を見る。そこには不機嫌な表情をした創慈がいた。
「やっぱここにいたか!まったく、いるならいるって返事してくださいよ」
「ええ、その、ご、ごめんよ」
「ごめんよじゃないですよ。この部屋にいないから他の部屋にいるのかとこの建物の全部屋を探したんですから!」
「にしては早かったね」
「ほぼ全力疾走です」
創慈が怒りの感情を露わにしているのに、その老人はそのスパイスに少し笑ったので彼は怒りを通り越して笑顔を作る。
「次やったら怒りますよ?」
「あ、はい、ごめんなさい」
老人の素直な謝罪に彼は「やれやれ」と言いながら受け入れる。そして、建物内を軽くひとっ走りして疲れた足を休ませるために扉近くの椅子に座った。
「まったく、いつもこうなんだから」
「いやぁ、ごめんね。ついからかいたくなるもので」
「いや、まぁ。いいですよ、もう慣れましたし」
「うん、そうだろうと思ってたよ」
陽気なのか、それとも図太い神経を持っているのか、その老人は一々彼の気を立たせるような事を言う。しかし、彼はイラつきはするものの、別段それに身を託すようなことはなく、怒りより諦めと呆れが彼のため息を吐き出させていた。
「あと、先生?もちろん分かってると思いますけど、その子、まだ大学入れる歳じゃないので、勧誘とかそういうのやめてくださいね?」
「えええ、何でよ?こんな素晴らしい才能を持った逸材を放っておけと言うのか君は?」
「いや、そういう先生は手当たり次第にこのゼミに人を勧誘してるじゃないですか。いや、本当、やめてくださいよ、そういうの。見てる僕の方が恥ずかしくなりますから」
「いや、だって、そうしないとこのゼミに人が来ないじゃないか!実際、このゼミに何人の人がいる?」
「まぁ、僕一人ですけど、それはしょうがないと思います。考古学、実際、習ったところであまり意味はないんで」
「ほら、またそういうこと言う!君は私の愛弟子なのだから、考古学を愛さないと!」
「いや、愛してますよ。愛してますけど、それと価値があるかは別ですよ。だって、将来考古学を習ったところで使う場面なんてあまりないじゃないですか」
「そんなことないとも!考古学は素晴らしい。そうだろう、お嬢ちゃん?」
老人はキャスターに話を振る。しかし、彼女は彼から手渡された石をずっと眺めていて今までの話は一切聞いてなかったので、首をかしげた。
「いや、その子に話を振らないであげてください。子供ですから」
「はぁ、師である私に対してその態度とは。私は舐められているのか」
「先生の態度もお願いだから直してほしいです。はい、校内では変人で通ってるので、そういうところを、是非」
「いや、それはいけない!学者とは変人、いや、変態でいるべきだ!それこそが知的好奇心の源である!自ら湧き出る探究心、他者から与えられる未開拓の知識!その二つを併せ持つことこそ学者が学者たる重要な役割ではないか!」
「あ〜、はい、そうですねぇ……」
何度言っても無駄であることを創慈は理解している。それでもと思っていつも言ってはみるものの、やはり彼を説得するのは無理なので、またため息をついた。
「う〜ん、こういうところさえなければなぁ……」
そんな彼のぼやきに聞く耳を持たない老人はくるりと向きを変えて彼女の方を見る。彼女は渡された石を元の場所に戻して別のものを見ていた。
「おお、茶色い」
広げられた新聞紙の上に置いてある茶色い小さな土塊。これも何かの工芸品のかけらのようである。彼女はそれをつんとつついた。土塊はころりと新聞紙の上を転がり、その端の部分がぽろりと落ちてしまった。
「あっ」
壊してしまったと思った彼女は思わず声を上げたが、後ろで見ていた先生はくすりと笑った。
「あああ、壊れてしまったか。う〜ん、まぁ、そういうものだからねぇ、いいんだよ。それに、それはレプリカだから」
「れぷりか?」
「そう、レプリカ。模造品、似た物だよ。それはおじさんが作った物なんだ。ああ、安心してくれ。そんな大事なものではないよ。これはね、縄文土器っていう土の器を自分で作ってみようって思ってやってみた物なんだよ。だから、別に資料なんかには使えないし、論文の助けになりはしない。ただの好奇心の表れだよ」
彼がそう言って彼女を励ますが、彼女は悪いことをしたと思って少し気が滅入ってしまっている。すると、彼は引き出しの中からあるものを取り出した。
「ほら、君にはこれをあげよう」
彼は取り出したものを彼女に手渡す。それは少し土がついていたり汚れていたりしていてあまり綺麗なものではなかったが、それを見たとき、彼女は嫌そうな顔はしなかった。
「これは?」
彼女は手渡された物を手のひらに置いて彼に尋ねた。
「これはね、勾玉っていうんだよ。勾玉っていうのは、曲がる玉だから、曲玉とも書くんだ。これは昔の日本の装飾品の一つでね、さっきの管玉と似たようなもので、まぁ、ネックレスの一部とでも思ってくれればいいよ」
そして、彼は紙やすりを取り出すと、彼女が持っている曲玉を軽くやすった。すると、汚れた石が磨かれて淡い緑色の表面が見えた。
「これでやすって綺麗にして見てごらん。表面の汚れくらいならこれで取れるから」
キャスターは彼の言った通りにしてみる。すると、ぽろぽろと汚れが落ちてゆく。
「うん、そうそう。そうやって綺麗にしていってね。ははは、やっぱりただもらうだけより、自分で何かしてゲットしたものの方が何かと大事にできると思うし、頑張ってね」
彼は彼女の頭をポンポンと触る。彼女は石をやするのに夢中でこくりと頷いただけだった。
「先生、いいんですか?資料をあげちゃって」
後ろにいた創慈がそう聞いた。老人は愉しそうに笑う。
「いいんだよ、子どもが夢中になって楽しんでくれるなら。それに別に勾玉の一つや二つくらいなくなったところでなんとかなるわけじゃない。大丈夫だよ」
キャスターは磨くのが楽しいようで、ふと顔を上げたかと思えば老人に向かって笑顔で「楽しい!」と叫んだ。そうかと老人は彼女の笑顔に反応し、彼女の頭をまた撫でた。
「楽しいだろう?面白いだろう?そう、これが考古学だよ。人気は……、んまぁ、確かにないが、だがそれでも実にいい」
彼は机の上に置いてあったただの石を手に取る。
「この石は見た目はただの石だ。でも、時にこういうただの石が、歴史的に重要な参考物となることもあるのだ。ただの石ころなのに。今まで玉座の上で踏ん反り返っていた定説をこの一石を投じるだけで波を立たせることもできる。現実を変えることもできるんだよ」
「うん、スゴイ!」
「だろう?これに考古学は神の存在をも否定したり、創造したりすることができるんだ」
「神の存在?」
「ああ、神の存在だ。神とは人の上に立つ絶対的存在だ。それが一神教でも多神教でも、神とは常に人の上にいる。つまり、人間は神に劣っているとみなせるわけだ。でも、考古学はその縦社会なあり方に仇なせるのさ。そもそも歴史とは幾数もの、幾許もの過去を孕んだもの。神はいて神はいない。仏はいて仏はいない。あるものがいてある出来事があって、あるものがいないからある出来事も起きない。全てが真実で全てが虚構。それが現実で、今いる我々の世界は幾多の世界の総合なんだ」
老人はこう説明したが、彼女は首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを表示した。その素直な反応に彼は微笑んだ。
「ああ、そうだね、少しわかりにくかったかな。うん、例えばおじさんは朝食にコーヒーを飲んだ。これは、嘘か本当かどっちだと思う?」
「え?う〜ん、飲ん……だ?あ、やっぱり飲んでない」
「ハハ、うんそうなるだろうね。分からない、それが今の君の頭の中に存在しているだろう?そう、君は私が朝食を摂っている姿を見ていない。だから、君は私がコーヒーを飲んだかどうか知らないんだ。もしかしたら、コーヒーを飲んだかもしれないし、お茶を飲んだかもしれないし、白湯を飲んだかもしれない。それは私には分かることだけど、君には分からないことだ。つまり私の中では過去のその時が確定しているが、君の世界では私はそれら全ての可能性の私が存在しているんだ。コーヒーを飲んだ私も、お茶を飲んだ私も、白湯を飲んだ私も、全てが私の過去なんだ。あ、ちなみに、今日の朝食の飲み物はオレンジジュースだ。大正解」
「やったー!」
彼はまた彼女の頭を撫でて、そして椅子に座った。椅子から教室の中にある考古学の資料を眺める。
「この世界は本当にあらゆる可能性を秘めている。可能性を秘めているのは人間だけではない。世界も可能性を持っているのだ。そして、考古学者や歴史家はそのあらゆる可能性を削除していく。削除して、削除して、そして真実の中の真実を導き出す。そして、それを事実として固定する。いわゆる可能性への叛逆を生業とするのがこの業界だ。可能性であり、かつ可能性の一端でしかない我々人間が可能性を消去してゆくのだから。いわゆる下克上だよ、分かるかい?」
彼女は「うーん」と険しい顔をして唸り、ぽっとすぐに表情を戻した。
「分かんない」
元気で溌剌とした声。その声に目の前の大人二人は微笑んだ。
「まぁ、おじさんはいつか君がおじさんの言っていることが分かってくれることを願うよ」
その言葉はしっかりと理解できたので、「うん」と大きく答えた。
それからキャスターは小さな博物館みたいな棟の中をゆっくりと見て回った。中には人間の骨や錆びれた刀剣、薄汚れた布地みたいなものもあり、レパートリー豊富なその場所にキャスターは結構はしゃいでいた。
そして部屋を一通り見終えた後、二人は帰ろうとした。老人は玄関のところまでは送っていこうと言い彼ら二人を送ろうとする。その時、何やら創慈はカバンから紙袋をとりだした。ガサゴソと紙袋の音を立てながら、彼は中からある物を取り出す。
「あ、先生。これ、この前借りていたやつなんですけど」
「ん?ああ、鏡のことかい?」
「あ、はい。そうです。もう大丈夫なんで、はい。貸してくださってありがとうございます」
彼の手から老人の手に手渡されるとき、キラリと光る物がキャスターの目に映った。
「うん、役に立ったら何よりだよ。それより、これ、何に使ったんだい?いや、これを使うといっても何に使えるのかなと思ってね。だって、土の中にあった鏡の破片じゃないか。そもそも本物かどうか分からない。いったい何に使ったんだい?」
老人は創慈に尋ねた。彼はしどろもどろの返答しかできない。
「あ〜、それですか?え〜、あ〜、そうですね、まぁ、色々とです」
言えない。言えるわけがない。魔術の儀式に使ったなんて言えない。目の前にいる彼の恩師は一般人である。魔術のことなんて言えやしない。
彼が返答に困っていると、老人は楽しそうに笑った。
「ハッハハ、いや、良いんだよ、気になっただけだから。ああ、でも、人とか殺してないよね?」
「殺してるわけないじゃないですか!」
「あははは、そうだね、君はそういう非道なことはしないスポーツマンだからね。やるなら、殴って殺すね」
「いや、だから、殺しませんよ、殺しませんからね」
「いやいやいや、君ならもしかしたらバシッとこう相手の顎に当てて脳しんとうを引き起こさせてだね……」
「そんなことしませんって。ハァ、この人何度言っても分からないからな」
大人二人が言い合っている。その隣で彼女は佇んでいた。創慈は元気旺盛な彼女が黙りこくっている姿を見て不思議に思う。
「どうしたの」
彼女は尋ねられてハッと我に返った。
「ああ、別に」
彼女はそう言って首を横にする。でも老人が手に持っている鏡の破片が気になるようで指差した。彼は手を開いて見せる。
「これがどうかしたのかい?」
彼女は破片を掴んだ。そして空に掲げる。
「ふふふ、懐かしい」
ぼそっとそう呟いた。その瞬間の彼女はどこか大人っぽく憂いを帯びた表情をしていた。普段の子供っぽい言動からは想像もつかないような雰囲気が滲み出ていた。そして、その言葉を聞いた彼女のマスターは自分の中に溜まっていたもやもやした気分がぱっと晴れた。
彼女はまたふっと通常の表情に戻ってにっこりと笑う。
「これ、多分きっと本物だと思う!」
大声で宣言して老人に返した。老人は笑顔で頷いた。
「そんなこと言われたらきっとこれは本物なのだろうね。そうだね、ならこれを見つけた場所をもう少し調査してみようか」
彼女はこくりと縦に首を振った。
「きっと、そこは彼女がいた場所だよ」
次話ももしかしたら、こんな風に期間が伸びてしまうかもしれません。そしたら、ゆっくりと気長に待ってください。リアルは大事ですからね♡
ということでそうなったらあしからず。