アイはユウを誘っていつものたいやき屋に向かうのでした。
本編のネタバレを含みますので、未プレイの方は回れ右でお願いします。
待ち合わせ場所のベンチに座っていると、涼やかな風が頬を撫でた。はらはらと舞い散る桜は雪のようだ。といっても、雪が降る季節はまだちょっと先なんだけどね。
ここは御雲島。いわゆる仮想空間ってやつ。年中桜が咲いてるけど、現実世界ではちょうど10月に入ったところなんだ。この桜にはお姉ちゃんのある思いが込められているんだけど、それはまた別の話。あ、そうだ、お姉ちゃんっていうのは…
「なにをしているのですか、アイ」
ちょうどお姉ちゃんについて書こうとした時に、お姉ちゃんがやってきた。そんなちょっとした偶然に笑みが溢れる。その笑みを悟らせないようにと、ふうと息を吐いてボクはお姉ちゃんの方を向いた。
長さは違うけどボクそっくりな白い髪、だけど性格は対照的。私の大好きなお姉ちゃん。
「んっとね、日記を書いてたんだ」
「日記…ですか」
そう、日記。10月1日はボクたち姉妹の誕生日。そんな節目の日に新しいことを始めようと思って、書き始めたんだ。前に始めたピアノはお姉ちゃんからの手ほどきもあって、今ではかなり上達した。まだまだお姉ちゃんには及ばないけれど、ちょっと難しめの曲も弾けるようになったんだ。司に弾いてあげるの楽しみだなあ。
「ところでアイ、今日はどこかに出かけるんですか?待ち合わせまでして」
と、お姉ちゃんはボクのことをじっと見つめながら聞いてくる。
「お姉ちゃん、まさかとは思うけど、今日が何の日か忘れてないよね」
「えっと…司が来る日でしょうか」
「それはそうなんだけどね…」
どうやらお姉ちゃんは本気で忘れてるみたい。司が来ることが重要なのは分かるよ。ボクだって早く会いたくてうずうずしてるんだから。それにしてもお姉ちゃんは自分のことに関心が薄い。司とのこともあるんだろうけど、もっと自分に興味を持ってもいいと思うんだ。
そこでお姉ちゃんは一瞬だけハッとした顔をし、顔を赤らめて俯いた。思い出したみたい。AIなのに思考回路は一直線なんだから。
「さてと、行こっか。ほら、お姉ちゃん付いて来て」
「…ええ」
私たちは桜並木の間を歩いて行く。ひらひらと桜が落ちるさまはいつも通りの光景なんだけど、なんだか今日に限っては新鮮なものに思えた。
桜公園から出て5分、スーパーに向かう道の途中に目的地――たいやき屋【金のあん】があった。
公社の人達が作ってくれたお店の1つ。そして私たち姉妹のお気に入りのお店。少なくとも週に一回はここに来て、たいやきを食べてる。だけど今日はちょっと特別で、お姉ちゃんを驚かすためにちょっとしたサプライズを用意してるんだ。
白いたいやき。それが特別に用意してもらった物の名前。昔に流行ったらしいんだけど、最近では見ることは無くなったとは日向子の談。
その白いたいやきについてお姉ちゃんに話したら、食べてみたいって言ってたから用意したんだ。
「さて、アイ。こちらに入りましょうか」
「って、ええ!ちょっとお姉ちゃんどこ行くの?」
お姉ちゃんは民家の1つ――正確にはオブジェクトの1つである"家"の前に立ち止まって言った。そこはあくまで景観の1つとして配置されている家なので、なにもないはずなんだけどなあ。
「いいから入りましょう」
「う、うん」
お姉ちゃんの有無を言わせない口調に思わず頷いてしまった。
「ねー、なんでこんな所に入るの? たいやき屋はすぐそこなのに。それに…」
「それに、なんでしょうか?」
「わっ、えっと、なんでもないよっ。気にしないで」
お姉ちゃんはそうですかとだけ言って家の中に入っていった。
スタスタと歩いていくお姉ちゃんに、ボクは慌てて付いていき、扉をくぐった。扉の先の暗闇がちょっと怖くて、お姉ちゃんの服の端を握った。
扉をくぐって三歩、突然幾つかの小さな爆発音が聞こえてきた。漂う火薬のツンとした匂いが鼻の奥を刺激する。
「わ!えっ、な、なに?」
ボクが目を白黒させていると電気が点き、誕生日おめでとうの大合唱が聞こえてきた。そこには見知れた人達――日向子、ももちゃん、流花、紗希、理人くん、それに司。
部屋には様々な彩飾か加えられており、その色とりどりな異世界でボクは困惑した。
「えっ、あれっ!? なに、なにどういうこと? なにが起こってるの? それにつ、司!?」
「ふふっ。びっくりしましたか?」
「びっくりもなにも、え、ええーー」
全然頭が追いつかない。なにが起こったのか、今はどういう状況なのか考えようとしても、思考が空回りする。今もなお漂う煙のせいか、この場が夢のように感じた。
「ねえ、どういうことなの」
お姉ちゃんに尋ねる。
「それは俺から説明するよ」
司はお姉ちゃんがこの集まりを企画したこと、司が私のサプライズを逆手に取ろうと提案したことなどこれまでの経緯を明かした。お姉ちゃんと司が結託してボクの事に誕生日会ドッキリを仕掛けたらしい。ビックリしたし、嬉しいんだけど、1つ気になることがある。
「ねえ、司」
ボクは小声で尋ねる。
「お姉ちゃんに例のたいやきについても話しちゃった?」
「ああ、それなら安心して。ユウには言ってないから」
一安心。もし話してたら、流石の司でも許せなかったと思う。ただでさえお姉ちゃんと
「それで、用意してあるんだよね?」
「それなら、ほら。あの机の向こうに」
司が指を指した先には机とその上にある布がかけられた皿。布盛り上がってることから、下に何かがあることが分かる。
「ありがとっ」
そう伝えてボクは皿を取りに向かった。
「あっ、アイちゃん」
日向子が声をかけてきた。隣には紗希もいる。
「お、おひゃん――お誕生日おめでとっ」
「おめでとう」
「はうう…」
日向子たちが差し出してきたのは可愛らしいリボンがあしらってある赤い小包と黄色い小包。
「もしかして、これ?」
「そう、プレゼント。迷惑だったかな」
「そんなことないよっ。とっとも嬉しいっ。ありがとう、日向子、紗希」
もしかしたら、いや、もしかしなくても始めて貰った誕生日プレゼント。嬉しくないはずがない。
「そういえばユウちゃんも誕生日なんだよね?」
「うん。そうだよ。今日は私たちの誕生日なんだ。へへ」
あとでユウちゃんにもプレゼント渡さないとね、と日向子は紗希に話しかけていた。なんだか二人の様子が姉妹っぽくてほっこりしちゃった。
「そうだ! 一緒にプレゼント渡しに行こうよ」
「あれ? アイちゃんもプレゼント用意したの? あ、もしかして」
「そうそう、あれのこと」
布をめくるとそこには白い魚が沢山重なり合っていた。こちらをじっと見つめている白い瞳がなにかを訴えかけているような気がしたけど、ボクは早く食べてくれってことなんだと受け取った。
「えっとね、アイちゃんから見て右を向いてるのがカスタードで、左を向いてるのがあずきね」
日向子はたいやきの向きによって中身が違っていると教えてくれたけど、初めて目にする白いたいやきに夢中になっていたボクは、どちら向きになにが入っているのか忘れてしまっていた。
「お姉ちゃんっ」
司と話していると、アイに呼ばれた。いつもよりトーンの高い声はアイが興奮していることを教えてくれた。司に視線を向けると軽く頷いたので、私はアイの方へ視線を向けた。視線の先にいたのはアイだけでなく、日向子と紗希もいた。彼女たちはあのことがあった今でも交流を続けてくれる人たちだ。実際に会って話すのは初めてで、少し緊張する。
「日向子、紗希こんにちは。今日は来てくれてありがとうございます」
「こ、こちらお招きいただき…」
「日向子、かたい」
「あはは、日向子はお姉ちゃんの前だといつも堅いよね」
「いやいや、だってユウさんと実際に会うの初めてなんだから」
「答えになってない…」
こんな彼女たちの姿を見て、ホッとする自分がいる。司だけがいればいいと思っていた頃では想像出来ない変化だと自分でも驚く。きっとこれも妹――アイのおかげなんでしょうね。
「ん? お姉ちゃんなんか言った?」
「いえ、なにも」
「ふーん? あ、そうだ! はい、これ誕生日プレゼント!」
アイが差し出したのは白いたいやき。以前私が食べたいと口に出していたのを覚えていたのだろうか。
「あっ、アイちゃんに抜け駆けされてる。ほら、紗希ちゃんも…ってあれ?」
「おめでとう……」
紗希から渡されたのは赤いリボンで装飾された白い小包。その色合いはショートケーキを彷彿とさせた。
ありがとうございます、と感謝を述べるとにこりと笑った。
「二人に先越されちゃったけど、はい、誕生日プレゼントですっ」
「ふふっ、日向子、ありがとうございます」
あたふたとする日向子の様子がなんだか小動物のようで、思わず笑みがこぼれた。
日向子のプレゼントは白地に桜柄のラッピングが施された直方体の箱で、少し重みがあり、なにが入っているか気になった。
「ねえ、お姉ちゃん! 早く食べてよ!」
「そうですね、早いうちに食べないといけませんね」
手に持つだけで分かるもちもちとした感触。少し力を込めると控えめに押し返してくる弾性はまるでおもちのよう。白いが少し厚めの皮のためか、中身の色はわからない。もしも透けていたら、中身のあずきが内臓に見えたかもしれない。これ以上悪い方向に想像が働かないようにと、顔を近づける。
「……いただきます」
私はもちもちした皮の先にある、甘いあずきの味を想像して口を開いた。
初めにくるのはもっちりした食感。歯を立てるとすっと噛み切れる弾力で心地よい。が、一口目では餡の部分には到達できなかった。甘い味を想像していただけに落胆を隠せない。
次こそはと、気を取り直して二口目に移る。さっきよりも薄い皮の部分は容易く噛み切れ、口いっぱいに甘い味が広がる。
……? 想像していた味ではない。これは……
「アイ」
「ん? どう? 美味しい?」
無邪気にも自分がなにをしたのか分かってないらしい。まったく、アイにも困ったものです。
「あのですね、この中身、確認しましたか?」
一瞬の間、この空間はゼリーだった。
「えっ? あっ、ああ! お姉ちゃんごめん!」
やっと事情を把握したらしい。こういうちょっとしたミスを犯すのは昔から変わらない。ですが、こうもぴょこぴょこと動き回りながら謝られると怒る気は起きませんね。
「大丈夫ですよ、アイ。私は怒ってませんから」
「えっ? なんで? お姉ちゃん、あずきのたいやきしか食べないのに」
そんなの決まってるじゃないですか、とアイには聞こえないように言い…
「こんな風にプレゼントを用意してもらった事だけでとても幸せだからですよ」
いろいろとアクシデントはあったけど、とても楽しい一日はすぐに過ぎ去ってしまいました。またいつか…いや、来年もこんな風に集まってくれると良いなあ。
最後にこう書き、ボクは日記帳を閉じた。
ここまで読んで下さり有難うございました。
少々立て込んでいて推敲しないままの投稿になってしまいました。
またいつか改定したものを投稿したいと思いますので、その際はよろしくお願い申し上げます。