その世界を生きるとある少年の読書の時間。歴史家が紐解いたとされる始まりの一部のお話。
その男は『
男が生きていたのは数万年も前だ。人が魔法という神秘の力を行使した、神話の時代と呼ばれていた。
魔法で人は争い、奪い、護り、壊し、作る。魔法の使えない者はいない。街中でじゃれあう子猫でさえ、簡単な魔法を使えた。
しかし、『
彼を奮起させたのは周囲の目だ。
親や同じ街の子供達でさえ彼を無能だと罵る。そんな周囲を見返すために身体を鍛えた。
魔法が発展したその時代では、体力作りなど必要なかった。
歩ければ十分で、その歩くことさえ億劫だと考える者は、転移という移動手段を用いて行動していた。
故に、幼少の頃より、肉体を酷使する男は益々奇異の目で見られた。
彼に転機が訪れたのは22歳の頃である、とされている。
既に故郷を立ち、肉体を鍛え抜いていた彼は、一抱えもある岩を素手で砕くことに成功した。が、彼の拳は皮が裂け、骨が砕け、爪が剥がれてしまっていた。
だから、彼は拳を防護する手甲を考え付いた。構想を練り、素材を集め、砕き、高温で溶かし⋯⋯と詳しくは省くが、思考を続けて手甲を完成させた。
これで彼の拳は護られ、岩を砕いても傷付くことはなくなった。
彼は防具という概念を生み出した。それと同時に、魔法がなくても物を作れると知った。
彼は鳥を食べたかった。木に止まる鳥を捕まえようにも、飛ばれてしまえば彼には捕獲できない。
故に、彼は飛び道具を作った。最初は棒切れを削り先端を尖らせたもの。それが後の槍となるのだが、それは置いておく。
それを投げても飛距離が足りない。
故に、彼は試行錯誤して、弓矢を編み出した。
彼はすべての武器を生み出した者だ。できないことをできるようになるために、自分を見下した者達を見返すためにそれらは作られた。
やがて、彼は35歳になっていた。
彼は自分の内にあるエネルギーに気が付いた。魔法を使うための魔力とは違う。
彼はそれを“気”と名付けた。彼はどうにかその“気”を外に出せないかと模索した。
外に出せなくとも、身体の内部を移動させることに成功した。
するとどうだろう。力が張り、身体が軽くなったのだ。今まで以上に素早く、鋭く、力強い動きができるようになった。
彼はその“気”を武器にも這わせられないかと考えた。鍛練を繰り返し、彼は武器に“気”を這わせることに成功する。
すると、スムーズに物を貫き、斬り裂き、砕くことができるようになった。
彼は様々な武器を作っていた。槍、剣、斧、槌、弓矢。そう名付けたのは彼だ。
その時代では革新的ではあるが、魔法の使える者達には必要なかった。
“気”を身に付けた彼は、魔法を使う者──魔法使い──に襲われた。それは何でもない街中でのことだった。
出ていた故郷に舞い戻った彼は、自分がどれだけの力を身に付けたのか、それを見せ付けてやろうと自分を見下した者達に知らしめに帰っていた。
土を魔法で盛り合わせ、固めた二階建ての民家が並ぶありふれた風景。
変わったところもあれば、変わっていないところもある。
誰が死んだ。どこぞの家で子が産まれた。誰ぞが夫婦になった。どこそこの家と家が仲が悪い。野菜が安くなった。魚が高くなった。今年は不作だ。獣の気性が荒い。
街人の会話を通りを歩きながら拾う彼に話し掛ける者がいた。
視線を向ければ、見たことのある顔のような気がして首を傾げる彼に、話し掛けた者は「魔法の使えない⚪⚪だろう!」と声猛々しく叫んだ。
その声に、通りを歩いていた者、商いをしていた者、隣人と噂話に華を咲かせていた者、文字通り、すべての人の動きが止まった。
彼は、「そうだが。それがどうした?」と答えた。彼が故郷を立って既に10余年。未だに魔法の使えない少年の話は街に残っていた。
時が止まった街で、彼を罵倒する言葉が声を掛けた者から放たれる。
しかし、意に介した様子を見せない彼に焦れた者は攻撃魔法を放った。当時、中級魔法に部類されたその火炎球は彼に一直線に向かった。
攻撃魔法を街中で使用することは禁じられていた。当然街人はパニックになる。が、彼は“気”を纏った棒を下から上に払った。
それだけで火炎球は散った。“気”が魔力を散らしたのだ。
だが、“気”を知らない彼ら魔法使いがそれを知るよしもない。
彼の気はポカンとした街人の顔だけで晴れた。それから実家に寄った彼は、自分を疎んでいたはずの両親に歓迎された。
すまなかったと、魔法の有無で息子を嫌いにはなれないと、お前が消えてそれが分かったのだと、泣きながらの謝罪を受けた。
そもそも、魔法の使えない子供が産まれたことがないその世界で迫害が起きようもない。とはいえ、人は自分と違う者に恐怖する。ただ、彼らは気味の悪いという感情が沸かなかっただけに過ぎない。
それから数年、彼は両親が流行り病で亡くなるまで実家で過ごした。
両親の葬儀後、彼は各地を転々とした。己を鍛え、襲い来る野獣や賊を“気”で蹴散らした。
彼の祖国、ウェデン王国は隣国のデラート皇国と戦争に突入した。彼は開戦場に偶然居合わせた。
彼は、無血でその戦場を制してしまった。彼の名は瞬く間に世界に広がった。見たこともない武器を使い、常人には不可能な身体能力で魔法を散らし、双方の軍の兵士を殺すことなく倒した。
異様であった。故に、対処できず、戦争は訳も分からぬまま、双方に死者が出ぬ内に和睦となった。
そこから更に数年、各地で戦争を止める彼の姿が確認されている。
雷を纏う槍を手に、氷を放つ弓矢を手に、炎を吹く槌を手に、水を撃ち出す鞭を手に、戦い続けた彼はいつの間にか王となっていた。世界で起こる戦争をくい止めた彼は、世界の覇者となっていた。
鍛練に費やされた彼には妻も、子もいなかった。が、彼の技術を学びたいと言う者が増え、弟子を多く取った。
“気”を学んだ弟子達は、子を育み、また“気”を教え、またその子が弟子を取り、子にも教える。それが代々まで伝わっていった。
彼は鍛えた膨大な“気”により、354年生きた。彼は死ぬ直前、弟子達に己が武器を免許皆伝のように渡す。それはいつしか彼を、『
彼の死後、“気”の普及と共に魔法は廃れた。大気中に満ちるマナと呼ばれるエネルギーが魔法の行使に大きく貢献していたのだが、そのマナが大きく減少してしまったのだ。大型の生物では魔法を行使できないほどに。
故に、人々は言った。「彼は、いづれ魔法が使えなくなる我らのために神が地上に遣わせた、新人類であった」のだと。
彼は人を大きく進化させた。魔法が使えず、不便になった人々は代わりに“気”を使い、試行錯誤して物を作った。
新たな文明の始まりだ。
故に、私は思う。今の人類の始まりは彼、『
著書『今の人類と“気闘術”の始まり』より一部抜粋
著者『フラッグ・マークリン』
◇◆◇
ばたむ
僕は学校の教科書である歴史の本を閉じた。
「
お母さんののんびりした呼び声が一階から聞こえてくる。「はーい」と返しながら教科書を勉強机の棚に仕舞いながら、僕は今日の一大行事に思いを馳せた。
今日は僕の10歳の誕生日。僕達、『
それがどんな能力を持っていて、どんな形状なのか、誰にも分からない。
「早くしなさ~い」
再度の呼び掛けに、僕は期待と不安を胸に自室を飛び出した。
衰退した魔法の代わりに、普及した“気”には一人の覇者が関わっていた。って感じのお話でした。
仕事中に浮かんだものを大雑把に練って形にしただけの話です。吐き出しておかないと、集中できない気がしたんです。
因みに、他の作品とは一切関係ありません。