「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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この結末は、最初から決めていました。


第三節 「二人の武人」、相対する

 昼食後、わたしは午後二時に開始される二人の対決の審判役を務めるにあたって必要な準備を終えた(アトラス院礼装を着用した)。何故ここでアトラス院礼装なのかというと、この礼装独自の装備品が関係してくる。そう、『眼鏡』である。

 実はこの眼鏡は伊達眼鏡ではなく、かけることによって動体視力を始めとした全ての視覚的能力の上昇が見込めるのだ。他の礼装でも視覚が上がらないわけではないが、アトラス院礼装の効力は段違いだった。これぞ眼鏡パワー! 眼鏡はいい文明!

 

「あ、マスター! マスターもこれから決闘の場に行く感じですかー?」

 

 と、()()()()()()()()()美少女剣士が声をかけてきたので予備の眼鏡を構える。

 

「お前も眼鏡をかけるんだよぉ!」

 

「はいぃ!? どうしたんですかマスター、正気に戻ってくださーい!」

 

「叔母上ー、なんか面白いことになってる! 茶々も混じりたいんですけど!」

 

「沖田が面白いことになってるのう……って何じゃあいつ、眼鏡をかけても似合うとかおかしいじゃろ! ならわしもかけるしかないな! この美女ノッブに眼鏡が似合わないわけないんだからネ!」

 

「人類総眼鏡化計画の始まりだァ!」

 

「ところで、なんで俺まで巻きこまれてんだ? 俺は良い槍術の試合が見れると聞いてきたんだが」

 

 

 

 

 気がつくと、わたしの目の前にはカオスな世界が広がっていた。ノッブ、沖田さん、茶々、土方さんが全員眼鏡をかけていたのだ。

 

「これは一体……?」

 

「マスター、漸く正気に戻られましたか……。全く、大変だったんですよ? マスターに声をかけたら急に眼鏡をかけろと詰め寄られて最終的にわたし達全員に眼鏡をかけるまで止まらなかったんですから」

 

「ちょっとそこの虚弱クソステセイバー、茶々と叔母上は自分でかけたんですけどー! 茶々程の美人ならしっかり眼鏡が似合っちゃう的な!」

 

 二人の言葉で大体状況は理解出来た。恐らく、アトラス院礼装をつけて眼鏡をかけた時にメガネスキーの執念(月や謎のギャク時空からの洗脳電波)を受信したとかで謎のスイッチが入り、たまたま声をかけてきたチームぐだぐだに襲いかかったのだろう。そして、全員に眼鏡をかけさせて今に至ると。

 

「自分でもよく覚えてないんだけど……とりあえず、ごめんね?」

 

「それは別にいい。だがボサっとしてんじゃねぇ、時間くっちまった分急ぐぞ!」

 

「う、うん! 行こう!」

 

 土方さんに喝を入れられたので再びシュミレーションルームに向かっていく。

 

「ちょ、わしの扱い雑くない? ほぼ放置プレイ食らったんじゃが!」

 

「ほぼスルーされる叔母上に茶々大爆笑! ……えっ、茶々もスルーされてる? そんなぁ〜!」

 

「ま、是非もないよネ!」

 

 慌てて追いかけてくる二人、どうやら眼鏡が気にいったらしく、装着しっぱなしである。

 

「そう言えば沖田さんとノッブは前に書文先生と同じ聖杯戦争に参加してたんだよね?」

 

「ちょっと待て……その話初耳だぞ。おい、沖田ァ! なんで先に言わなかった」

 

「えぇー、以前言ったじゃないですか! あっ、土方さんその時作業してて話聞いてなかったでしょう。でもまあ、確かにマスターの言う通り私とノッブは以前かの神槍と聖杯戦争で遭遇したことがあります。だけどあの時は今のような若い姿では無かったですね」

 

「そうそう、老人の姿だったな。……因みにトドメを指したのはそう、わしじゃ!」

 

「あれ、ほぼ不意打ちだったじゃないですか……。でも、そのノッブの不意打ちそして直後のスタイリッシュ自害がないと、私が覚醒してかの伝説の沖田・オルタが爆誕することもなくキャスターの生み出した人造の神(ネオ・フューラー)には勝てなかったんで結果オーライかも知れませんね」

 

「一体どんな聖杯戦争だったのそれ!?」

 

 スタイリッシュ自害信長とか言葉だけで笑えてしまいそうだし、その結果沖田オルタが爆誕したとか理解を拒みたくなるような話ばかりだ。

 

「ねーねー、叔母上ー。その神槍とかいう奴はどれくらい強かったの? ひょっとして叔母上より強い?」

 

「あやつは確かに強敵じゃった。というか神秘ない上に槍捨てて素手で戦った方が強いとか反則じゃろアレ! 日本でわしTUEEEEしとったから良かったものの開催地が中国だったら不味かったかもしれん。ま、火縄連射で勝てそうじゃから問題ないんじゃがのう」

 

「あっ、ノッブ。そう言えばあの方、攻撃すら通らない透明化に近いことできるらしいですよ」

 

「えっ……」

 

「叔母上完全敗北! 織田信長先生の次回策にご期待くださいって感じ!」

 

「透明化出来るとか聞いてないんじゃが……、何その無理ゲー……。ま、是非もないよネ!」

 

「話の勢いについていけないんですけど……」

 

「この流れについて行こうとする方が間違ってるだろ、お前も沢庵食うか?」

 

 ぐだぐだ組が四人集まった時は大抵ノッブと茶々が暴走、沖田さんも釣られて、土方さんは我関せず状態で沢庵をぼりぼり齧り、わたしは置いてけぼりを食らうことが多い。

 

「あ、そうだ。書文先生のことを詳しく知らないなら、土方さんは胤舜目当て?」

 

「まあ、そう言ってもいいな。お前、原田――原田左之助は知ってるか?」

 

 わたしは記憶をたどる。確か昔見たドラマでその名前を聞いたことがあったような……

 

「確か新選組の隊長のひとりだっけ?」

 

「そうだ、原田左之助。新撰組十番隊組長で、剣士が多い新選組では珍しく槍を得物とする男だ」

 

「あぁ、そう言えば原田さんの槍は宝蔵院さんと同じように十文字槍でしたよね」

 

「そうだ、だがあいつが言うには自分の槍は宝蔵院流と種田流の槍術を混合させた邪道だという話だった。まあ、実力は確かだったし他に槍を使えるやつも少なかったからとやかく言うことは無かったのさ。戦いなんていうものは勝てばいい、そこに正道も邪道もない。沖田を見てみろ、あいつも普段から不意打ち上等って感じで動いてるだろ」

 

「確かに。沖田さんも土方さんも正々堂々とした立ち会いをしてるイメージはないかも」

 

「沖田さん的にはその辺は時代の違いって奴だと思いますよ。ま、私達が生きていた頃もそういう正々堂々とした立ち会いをしたがる輩はいっぱいいましたけどね。そんな人はいいカモですよ、カモ! あ、カモと言っても芹沢さんは全く関係ありませんよ」

 

 沖田さんの口からポロッと零れる新撰組ブラックジョーク。率直に言って、重すぎて反応に困る。芹沢鴨と言えば沖田さんや土方さんに暗殺されたはずの新撰組筆頭局長だ。そんな彼の名前をギャグに使うのは円卓組のブリテンジョーク並みに重いのだ。

 そして一瞬の沈黙で事態を察したのか、沖田さんは自ら話題を切り替える。

 

「そ、そういえば土方さん。以前宝蔵院さんとシュミレーションルームに行っていたことがありませんでしたっけ? やっぱり目的は宝蔵院流槍術をその身で体験するためですか?」

 

「まあそういった所だ。確かに以前シュミレーションに付き合ったことはあるが、本当の技は戦いの中で見るのが手っ取り早いだろ。相手も強いなら尚更だ」

 

「ふむふむ。あ、もう着いた」

 

「あっという間じゃったな。既に人がかなり集まっておるのう」

 

「屋台も出てる! 茶々、たこ焼き食べたい、たこ焼き!」

 

「じゃあマスター、私達は先に入ってますねー」

 

 話しているうちにシュミレーションルームについてノッブ達とはわかれた。中には既に対戦場が構築され、観客や飲み物や食べ物を売り込む商魂逞しい人々が既に集っていた。

 

「立香! きみも観戦? マスターだし当然といえば当然だけど」

 

 声をかけてきたのは三蔵ちゃんだ。そう言えば三蔵ちゃんは胤舜とも書文先生とも関係があった。書文先生は言うまでもなく天竺の旅路の時の悟浄役だし、宝蔵院の宗派である法相宗の実質的開祖は玄奘三蔵――つまりここにいる三蔵ちゃんであるらしい。

 

「お師さん、わたしは今回審判役なんだよ。二人の戦いをこの目で見極める為のね」

 

「そっか、大変ね。実のところあたし、本当は二人の殺し合いは見たくないのよね……。無益な殺生は御仏的にはNGだし。でもそれが二人が本当に望むことなら、あたしには止められない。師として、結末を見守るのが務めかなって思ったの」

 

 そう言っていつもの明るい笑顔ではなく慈悲に満ちた仏のような表情をする三蔵ちゃん。

 

「お師さん……」

 

「なんて、そんな事言ってるからあたしはまだまだ未熟なのかもね! じゃああたしも中に入ってくる! トータを待たせてるしね」

 

 手を振ってきた彼女にわたしも手を振り返した。さて、そろそろ二人のところに顔を出しに行こうかな。と考え、わたしはスタッフ用入口から二人の待機場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 まずは書文先生の元へ。いつも鋭い彼の眼は戦いを前にして更にその鋭利さを増していた。

 

「うん、最後の激励……というのも変かな。わたしはこれから胤舜のところにも行く、殺し合いを前にしてどっちも頑張れなんて言えないや」

 

「呵々、それは何も悪いことでは無いだろう。寧ろそれをわかった上でそのような事を言うのならば儂はお主をマスターと認めてなかっただろうな」

 

「だからわたしからはこの言葉を。今までありがとう、書文先生」

 

「その言葉だと逆に儂が負けるように聞こえるが……まあ良い。呑気に頑張ってと言われるより数段マシだろうさ」

 

「じゃあ行くね」

 

「応さ。儂と宝蔵院の戦い、しっかりその目に刻みつけると良い」

 

 その言葉にわたしは手を振る形で返し、胤舜の元に向かう。

 

 

 

「うん、マスターか」

 

 書文先生とは対照的にこちらは落ち着き払っていた。目を閉じ瞑想の体制に入っている彼の姿は確かに仏僧そのもので、これから殺し合いに臨むとはとても考えられない様子だ。

 

「胤舜、調子はどう?」

 

 書文先生程の張り詰めた空気はなかったので普通に話しかける。

 

「気が冴えている。思う存分戦えそうだ」

 

「そっか、それは良かった。先に書文先生のところに行ったんだけど、あっちも準備万端って感じだったよ」

 

「それは良かった。どうせならばお互いの全力を持って戦いたいからな」

 

「…………」

 

「…………」

 

 それ以外にかける言葉が思いつかず、少しの沈黙が場を支配する。

 

「さっき書文先生とも話したんだけどね、頑張れとは言えない」

 

 沈黙を破ったのはわたしの方だった。書文先生とも話した無神経に二人共に頑張れと言えないという話を彼に振る。

 

「そうだろうな、それはあまりに無神経というものだ。だからそれを言わないだけで充分だとも」

 

「だからわたしはこういうよ。胤舜、今までありがとう」

 

「それでは俺が負けるみたいではないか、と李書文も同じことを言ったのではないか?」

 

「うん、そう言われたよ。でも今のわたしにはこれ以上の言葉が思いつかないんだ」

 

「そして彼はこう続けたのだろう。それでも無神経な頑張れよりはかなりマシだと」

 

「細部は違うけど概ねそんな感じ。良くわかるね」

 

「俺も彼も武に生きた者同士、少しは通じ合うところもあるということだ」

 

「そうなんだ」

 

 武に生きた二人だからこそお互い理解できる点もあるのだろう。その領域の話は悲しいことに、わたしには理解できない。

 

「それじゃあわたしは行くね」

 

「うむ、ではな」

 

 ――二人と交わした言葉は少ない、だけどわたしの思いはたしかに彼らに伝わったはずだ。

 

 

 

 

 

 三十分程の間を置いて、わたしは二人より先に決戦の舞台に立っていた。審判役として観客席にいるみんなに諸注意を伝えるためだ。

 

「お集まりの皆さん、間もなく『神槍』李書文と『その槍、神仏に届く』宝蔵院胤舜の決戦が行われます。わたしは審判役を務めさせて頂きます藤丸立香と申します」

 

 そこまで言って一礼。話しながら観客席の方を眺めていたが、結構な数のサーヴァントと魔術師が席についていた。目視で確認できたのはさっき会ったぐだぐだ組と三蔵ちゃん。それに彼女が言っていた藤太、他にもスカサハ師匠や武蔵ちゃん、ベオウルフに新シン(◼◼)などの二人に縁のある人物が多く見えた。

 

「まず皆さんに観戦上の諸注意をお伝えさせていただきます。尚、万一注意にしたがって頂けない場合はSP(エミヤ達)による強制退場処分が行われることもございますのでご了承下さい。それでは――」

 

 そうしてわたしは与えられた台本通りに諸注意を述べていく。内容はとてもシンプルで、対戦の妨害の禁止、観客席での戦闘行為の禁止などがメインだ。

 

 

 

 十五分で諸注意を全て読み終えた。つまりこれから、対戦する二人の入場が行われるという事だ。事前の打ち合わせ通りならば、名前を呼ぶと同時に入場してくるはずである。

 

「それではいよいよ、対戦者の入場に移ります。まずは宝蔵院流槍術二代目宗家、宝蔵院胤舜!」

 

 そう読み上げると同時に十文字槍を構えた胤舜が会場に入場してくる。その動きは無駄がなく、洗練されていた。そして同時に会場から拍手と歓声が巻き起こる。

 それに対して胤舜は穏やかに対応していた。

 

「続いて行きましょう。李氏八極拳創始者、李書文!」

 

 書文先生も3m20cmもある六合大槍を構えて入場してくるが、胤舜の時とは違い、歓声も拍手も起こらなかった。理由は単純で、彼の放つ威圧感が途轍もなかったからだ。その姿はまるで飢えた狼のようだった。

 

「……それでは、両者ともに入場が済んだところで対戦を始めていきたいと思います。開始の合図はわたしが行いますのでそれまで二人とも待っていてください」

 

 二人の間には既にただならぬ緊張感が漂っていた。あまり時間はとれないとわたしは判断し、すぐさま安全地帯に移動し、魔術礼装の起動をするなどして開始の合図をする準備をした。

 

「それでは参りましょう。いざ、尋常に! …………………………始め!」

 

 わたしの合図の直後、二人はほぼ同時に動き始める。

 胤舜は地面に槍を刺してそれを支えに前に飛び出し、書文先生は槍を下に向けながら前へ進む。お互いに即座に攻撃に出るつもりだ。胤舜の着地と書文先生が間合いに入り槍を振り上げんとする瞬間はほぼ同時。胤舜もそれに対応して引っこ抜いた槍を突き上げる。

 バシィ!というお互いの槍の丙の部分が当たる音がした。互いが放った槍撃は互いで防ぎ合われ、胤舜の顔の前には書文先生の槍の先端が、書文先生の顔の前には胤舜の槍の先端があった。

 

「「ふっ……」」

 

 二人は一瞬獰猛な笑いを浮かべ、次の攻撃に移る。書文先生は槍を突き出し、再び頭を狙うが胤舜はそれを読んでいたと言わんばかりに自らの槍を下向きに薙いでその攻撃を地面に落とす。無論その程度は書文先生も想定内だったのだろう。直ぐに槍を手元に引き戻し、今度は霊核(しんぞう)狙いの一撃を放つが、その槍は空を裂く。何故なら書文先生の攻撃を地面に落とした瞬間に胤舜は自らの槍を下向きに薙いだ力を利用して、体制を立て直すべく後ろに下がっていたからだ。

 

「やはりやるな、李書文! 俺も加減はなし、初手から全力で行かせてもらう!」

 

 そう言うと同時に胤舜の体が分身していく。彼の宝具が使用されたのだ。

 

「これぞ槍の究極。生涯無敗を確立させた十一の式。朧裏月(おぼろうらづき)!! いざ参る!」

 

 十一人にまで分身した胤舜が再び一つに収束する。一見何の変化もないように見えるが既に宝具は発動されているのだ。

 

「ははは、いいぞ! 早速宝具とは威勢がいい! ならばその期待に儂も応えるとしよう!」

 

 書文先生の姿が一瞬にして消える。彼のスキルである圏境による透明人間化。彼がいうにはアサシンであれば攻撃に移る瞬間しか彼の姿は認知出来ないらしいが、ランサーである今回の召喚では完全な透明化は出来ておらず、姿は見えないものの実体の存在までは消せていないらしい。

 

「むっ、透明化とはまた変わった技だ。だが甘い!」

 

 再び槍の丙の激突音。その瞬間、一瞬だけ書文先生と彼の得物の姿が見えた。

 そして続けて繰り返される激突音。時間にして一分ほど鳴ったタイミングだろうか。激突音が鳴り止み、胤舜からある程度距離を取った場所で書文先生が再び姿を現した。

 

「呵々! まさか初見で我が圏境が破られるとは思わなんだ! 実に楽しませてくれる!」

 

「透明化は確かに脅威だが、我が宝具は初見の不利をなくすもの。攻撃時に気配が強まり、実体が消えていない以上対処は可能! さあ、続きと行こう!」

 

「おうとも! 血が滾る、もっともっと愉しませてもらうぞ、宝蔵院!」

 

 そうして再び駆け出す二人。距離を詰め、再び打ち合いが始まる中書文先生は狙いを槍を持つ手へと変えていた。それはもう執拗に胤舜の手から槍を手放させようとそちらを狙う。突き、払い、踏み込みからの牽制等多種多様な手で手元を狙い続ける。

 一方の胤舜もそう易々とそれを許すことは無い。書文先生の執拗な攻めに対して、後ろへ跳ね腕の位置をずらした後の突き、腕を上に持ち上げ槍をぶん回しての斬り下ろし、相手の槍を届かせないために書文先生の槍の丙に十字の部分を引っ掛けるなど、多種多様な方法で攻撃を捌ききる。

 そんな一種の膠着状態が続いていたが、その終わりは唐突に訪れた。

 

「好機!」

 

 書文先生のその声と共に今まで届くことのなかった手元への攻撃がとうとう当たったのだ。

 

「ぐっ! ただでは落とさせん!」

 

 苦悶の声を上げて槍を落としかける胤舜だが、その落としかけた槍を投擲し、見事書文先生の槍へ直撃、自らも武器を失った代わりに書文先生の武器をも奪ったのだ。

 だが、これで事態が動かないわけではない。胤舜のスキル、「武の求道」は十文字槍を持って初めて発動するものであり、その槍が手元にない胤舜は弱体を余儀なくされる。それに対して書文先生は、槍がなくとも卓越した八極拳の技術があり、更に猛虎硬把山という八極拳士としての宝具も持っている。

 つまり最悪の事態こそ避けたが、胤舜が不利という状況には変わりないのだ。となると、いち早く武器を回収したいところだがそうもいかない。二人の槍は同じ位置にあり、取りに行く時にできる隙は致命的なものになりうるからだ。

 

「やられたぞ、李書文。まさか俺の()()()()()()がこうも容易く見破られるとはな。そしてその瞬間に確実に俺の武具を落としに来る攻撃。見事としか言えぬ」

 

「なに、それはお互い様だ宝蔵院。まさかあの瞬間に儂の槍をも落とすとは想定外にすぎた。無理やり投げてしまうとは流石に思いつかぬよ」

 

 そして、武器を失った二人の戦いが始まる。正直なところ、書文先生の圧倒的優位を想定していたのだが、そうはならなかった。胤舜が蹴りや跳ねを駆使して辛うじて攻撃を捌いていたのだ。だが全てに対応できる訳ではなく、彼の体には徐々にダメージが蓄積する。このままこの状況を続けると、胤舜の敗北は決定的なものになってしまうだろう。

 

「今だ!」

 

 その声と共に胤舜は足元に来ていた槍を()()()()()。どうやら、攻撃を凌いで後退する際に槍の元へ近付けるように位置を調整していたらしい。蹴り上げられた二本の槍は異なる軌道を描き、それぞれ別の場所へ落ちた。続けざまに胤舜は渾身の膝蹴りを書文先生に当て、その反動を利用して後に跳躍、一目散に自らの槍の元へ向かう。

 

「しくじったか!」

 

 胤舜の一撃に僅かとはいえ怯んで間を作ってしまった書文先生も胤舜を追うのではなく自らの槍の元へ向かった。追いかけたとして、間に合わないと咄嗟に判断したためだ。

 こうして、二人は共に槍を回収することとなった。槍を取り戻した胤舜は再び宝具の解放を行う。

 

「これぞ槍の究極。生涯無敗を確立させた十一の式。朧裏月(おぼろうらづき)!! 再び参る!」

 

「くははははは! 良い、良いぞ宝蔵院! これ程血湧き肉躍る闘いは久しい! 可能ならばまだまだ続けたいところだが、ダメージ的にそうも行くまい! 故に、そろそろ決着をつけようではないか宝蔵院! 俺もお前も全力の一撃を持って力比べだ!」

 

「良いだろう、我が全霊を持って一撃を手向けさせてもらう!」

 

「「行くぞ!!」」

 

 その言葉と同時に、二人は駆け出す。狙うはお互いの霊核(しんぞう)のみ。そして、お互いの間合いに入ると一秒、いやそれ以下の単位で相手より素早く致命傷を与えようとする。

 

「神槍と謳われたこの槍に、一切の矛盾無し! 神槍无二打(しんそうにのうちいらず)!」

 

「これぞ我が武の一つの到達点! 奥義、三段突き!」

 

 そうしてお互いの絶技が放たれる。会場を支配した一瞬の沈黙の後、わたしは二人の様子を見る。

 胤舜は…………腕に書文先生の槍が刺さっているものの致命傷ではない。

 逆に書文先生は…………胸を十文字槍が貫いていた。

 

「ガハッ! 無念、届かなかったか……」

 

 その一言ともに書文先生は倒れた。その様子と健在している胤舜を見てわたしは宣言する。

 

「そこまで! 勝者、宝蔵院胤舜!」




ここまで読んでくださってありがとうございます。前書きにも書いたようにこの戦いの結末は早くから決めてありました。どうしてこうなったか、などの話は次回で詳しくするつもりですのでお待ちいただけると幸いです。
また、戦闘シーンをとても久しぶりに書いたので上手くかけている自信がありません。もし宜しければアドバイスなど頂けると嬉しいです。
そして、お知らせなのですが明日も更新する予定です。年内にこのエピソードを完結させておきたいので何とか仕上げてみせます。時間は夕方や夜になるとは思いますが、特番の放送までには更新できるようにしたいと思ってますのでそちらもよろしくお願いします。
それと、第二部についてですが対応は次の次の話からになると思われます。というのも、次の話は3分の4書き上がっているためです。ちょうどその頃には設定もある程度纏まっているでしょうし、反映できるところはしていきたいとは思ってます。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。もし良ければ、評価や感想、お気に入り登録をしてくださると嬉しいです。

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