「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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活動報告にてアンケート並びにリクエスト募集やってます。
特にアンケートの方は一人でも多くの方の意見を聞きたいのでよろしくお願いします。


第二幕 「蜜の女王」(“M e l t l i l i t h”)に五つの質問(answers five questions)

 フィギュア達を自然乾燥させつつ、今後のフィギュアの管理や移送についての諸注意を受けていた時のことである。

 ぐぅ、と食べ物を求める音が鳴り響く。音の出処は勿論わたしのお腹だ。

 

「あら、もう昼過ぎね」

 

 彼女の言うとおり、既に時間はとうに正午を回っていた。

 

「私は別に必要ないけれども、脆弱な人間のアナタには食事が必要でしょう? 今日は付き合ってあげるわ」

 

 彼女が食事に付き合ってくれるという言葉。普段ならば驚いたかもしれないが、朝に彼女が食堂にいたこともあってか違和感なく受け入れられた。

 

「本当に? ありがとう、メルト」

 

「じゃあ行きましょう、のんびりするのはあまり好きじゃないの」

 

 そうして、わたしとメルトは部屋を出て食堂に向かう。

 

 

 

 

 

 

 食堂の前まで来ると、スパイスの香りがした。この匂い、今日の日替わり定食はカレーだろうか。そんなことを思いつつメルトに尋ねる。

 

「わたしは日替わり定食にするけど、メルトはどうする?」

 

「私もそれで構わないわ、普段食事を取らないからよく分からないもの」

 

「了解、了解。じゃあ二枚買っておくね」

 

 わたしは自らのIDをかざして日替わり定食の食券2枚を購入した。カルデアの食堂では、朝の時間帯以外は食券を購入しなければならない。

 朝は、三種の日替わりから一つを選ぶだけなのでそうでもないのだが、昼と夜はメニューの多さと担当者によるバリエーションの変化、料金設定を反映するために食券制を採用しているのだ。

 そして購入処理が終わり、食券を取り出し一枚をメルトに、と考えたところでメルトが食券を握れないであろうことに思い至り、手を止めた。無遠慮に食券を差し出そうとしたこと、バレてないかななんてヒヤッとしながら彼女に声をかける。

 

「よし、じゃあ行こうか」

 

「ええ」

 

 そうして食堂に入り、出来ている列に並ぶ。既にピーク時を過ぎたからか、出来ている列は短かった。

 

「おや、マスターと・・・・・・メルトリリスではないですか」

 

 前にいた人が声をかけてくる。長い赤髪と、閉じているように見える目が印象的な人物だ。

 

「あら、トリじゃない。奇遇ね」

 

「それは私のセリフです。メルトリリス、貴方が食堂にいる所を初めて見ましたよ」

 

「トリスタンも今から昼ご飯?」

 

「いえ、私は夜に開く円卓定例会議時の食事を依頼しに来たのです」

 

「円卓定例会議・・・・・・。ガウェインと貴方、そして噂に名高いランスロット。地獄絵図が容易に想像できるわね。所で何故円卓の騎士の中で何故あなたが依頼に?」

 

 メルトの推測通り、円卓定例会議は基本的に乙女には見せられないものになっている。女子ならば誰もが憧れる騎士、その代名詞とも言える彼らがまるで男子高校生のようなノリで会話をし続けるのだから。

 アーサーの枠として出席する(出席させられる)のが、基本、男の方であるのは不幸中の幸いだろうか。ああ見えて素のアーサーはノリがいい。自分の知っているものとは違う円卓の悪ノリなら乗っかることすらありそうだ。

 ちなみに、モードレッドは叛逆という名目で参加していない。……実際は一度だけ参加したのだが、あまりの惨状に以降顔を出さなくなっただけである。彼女にいうと怒られるが、あれでも女の子なのだ。流石にあのノリはきついだろう。

 

「今、聞き捨てならないような言葉が聞こえた気もしますが、聞かなかったことにしておきましょう。それで、私が担当になっているかの理由ですが、結論から言うと公平なじゃんけんの結果です。しかし、1回目で私の一人負けになってしまったようなのです。私は悲しい」

 

 彼の手元にフェイルノートは無いはずなのに何故かポロロンという哀愁漂う音が聞こえた気がした。

 

「何だかハッキリしない物言いだね?」

 

「いえ、マスター。実際よく覚えていないのです。じゃんけんをしようと言われてから、自分以外の全員がパーを出して、自分だけがグーを出していた時までの記憶が抜けていると言いますか・・・・・・」

 

 その言葉でわたしも、メルトも事態を察した。

 

「(寝てたね)」

 

「(寝てたわね)」

 

 恐らく事の顛末はこうだ。彼は、じゃんけんをしようとしている所で(何故か)寝てしまった。

 それに気づいた他の騎士が、トリスタンの手が握りこぶしを作っているのを確認して、皆で示し合わせてパーを出す。

 そしてタイミングを合わせてポン!だ。これに飛び起きたトリスタンは咄嗟に拳をあげ、敗北が決定する。

 

「なんと言うか、本当に貴方らしいと言うか・・・・・・。何かしらね、この感じ」

 

「わたしは今、メルトとの共感が過去最高クラスな気がしてるよ」

 

「不本意ながら同意見ね」

 

 円卓一の美男子(トリスタン)は時たま想像もできないことをしでかす。普通じゃんけんの最中に寝るだろうか。

 黙っていればイケメンという言葉がここまで似合う騎士も中々いないだろう。というか他に当てはまる騎士の殆どが円卓だったりするあたり円卓の騎士の残念っぷりがわかる。噂によるとシャルルマーニュ十二勇士もその口らしいが、アストルフォとローランを見ているとあながち間違いでもない気がしてくる。

 

「おっと、話しているうちに先頭までやってきたようです。では二人とも、私はこれで」

 

 そう言ってトリスタンは食堂スタッフの方へ向かっていった。そして残された私たち二人は先程のトリスタンの残念っぷりに未だ頭を抱えていた。

 

「そう言えばこのカルデアに来て以降、知りたくない歴史や伝説の真実を知ることが多かったわね・・・・・・。ガウェインの残念さは前々から知っていたのだけれど、他の円卓の騎士もこうも変わった人間ばかりだったなんて、知りたくなかった真実よ」

 

 メルトリリスはこう見えて白馬の王子様に憧れる、乙女らしい所がある。そして円卓の騎士と言えば、王子様イメージの象徴とも言える存在……のはずだ。

 確かに彼らも、決めるところはしっかりと決めるのだ。しかし普段の様子は、望まれる王子様イメージとかけ離れている。だから、メルトが遠い目をしながら幻滅しているのも至極当然と言えることなのだ。

 

「こうやって考えるとタイムマシンなんて無い方がいいよね。多分知りたくなかった歴史の真実がもっと見えてくるんだろうなぁ・・・・・・」

 

 と、最近までタイムトラベルの要素も含むレイシフトやゼロセイルに頼っていたことを棚に上げつつ、わたしは幼少期の憧れを否定したのだった。

 

「とりあえず私が生まれた時代には、まだ無かったはずだから安心しなさい。最も、この世界では違うかもしれないけど」

 

 どうやら、彼女が元いた世界の2030年にはタイムマシンは開発されていなかったらしい。それでも保証されるのはあと10年強。願わくば、わたしが死ぬまでは開発されませんように。まあでも、逆に本来なら知りえないはずの素敵な事実を知ることもできるかもしれないから一長一短なのかもしれないな。

 なんて考えているとわたし達の番が来たようだ。前に進むと、朝と同じくリップが迎えいれてくれる。

 

「こんにちは、マスターさんにメルト。朝以来ですね」

 

「こんにちはリップ。これ食券ね」

 

 そう言ってわたしは二枚の食券をカウンターに置く。

 

「日替わり定食二つですね。 匂いや掲示で気づいているかも知れませんが今日の日替わりはカレーです。辛さはどうしますか?」

 

「じゃあ私辛口で」

 

「カレー・・・・・・。確か月にいた頃から貴女の得意料理だったかしら。とりあえず私も辛口にするわ」

 

「あ、あの時のカレーとは全く違うもん! 皆さんに教わってかなり上達したんだからっ! とりあえず、辛口二つですね。少々お待ちください」

 

 少し頬を膨らませながら注文を繰り返し、リップは厨房へ入っていった。

 

「月にいた時のカレー・・・・・・。少し興味あるかも」

 

「辞めておきなさい、あれは料理と呼べるかすら怪しいと思われるものよ。それこそあの赤いアーチャーが見ればキレるくらいにはね」

 

 そこまで言われる過去のリップのカレーとはいったいどんなものなのか。恐らく一生知ることは無いのだろう。

 

「お待たせしました、辛口カレー二人前です!」

 

 リップの大きな指のひとつに付けられたダ・ヴィンチちゃん特製の補助アームに乗って出てきたのはいわゆるインド式カレーだ。ナンとライス、サラダに鉄の容器に入ったカレー、そしてホットチャイが付いている。日本にいた時にインドカレー屋で食べたランチの構成にそっくりだった。

 

「本当に別物ね、過去のカレーと一緒にしたことは謝るわ」

 

 恐らく、過去の彼女のカレーは日本の一般的な家庭料理のカレーだったのだろう。

 一般的な家庭のカレーの中でもレベルが低かったと推測される彼女のカレーをここまでのレベルまで押し上げたカルデアキッチンの料理人たちは凄まじいな。

 そんな事を思いながらわたしは二つのトレーを持つ。

 

「確かに私の腕では持ちにくいから助かるけれど、間違っても落とさないで。責任重大よ」

 

「気を付けるよ。それじゃあね、リップ」

 

「はい! マスターさん、メルトをよろしくお願いしますね」

 

「任せて!」

 

 そう言ってわたしは空いてる座席――メルトが座れるという条件を満たすもの――に向かってトレーを運ぶ。

 

「・・・・・・っと。危ない、危ない」

 

 座席についたのでトレーを置こうとしたが、バランスを崩して、危うく落としてしまうところだった。なんとかカバーできたので良しとしよう。

 

「よし、それじゃあ食べようか」

 

「ええ、そうね。・・・・・・見たところスプーンとフォークさえあればなんとか食べれるかしら」

 

 彼女は少しの間を開けて、さてと、と言いながら懸命に袖を捲る。確か、初めて会った時――厳密には今の彼女とは違うのだが――に、握手をしようとした時もこんな事があったはずだ。

 

「手伝おうか?」

 

「平気よ、これくらい・・・・・・独りで・・・・・・出来るわ」

 

「わかった、じゃあ待ってるよ」

 

「先に食べ始めてくれて構わないわよ」

 

「いや、待つよ」

 

「そう、好きにしたら」

 

 少しして、彼女は袖を捲りあげきった。

 

「先に食べて良いって言ったのに」

 

「わたしは、食べ始めるのが一緒の方がいいんだ」

 

「そう、変わってるわね」

 

 彼女は素っ気なくそう言った。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「い、いただきます」

 

『いただきます』という言葉に慣れていないのか少し詰まったメルト。意を決したような表情とともにフォークを握るように持つ。

 ――その手は彼女の神経障害のせいもあってかフォークを扱うのに慣れていない子供のようだった。

 それにあわせて私もフォークを持ち、サラダを食べ始める。しゃきしゃきの野菜に独特ながらも美味なドレッシングがかかっていて美味しい。

 

「悪くないわね」

 

「じゃあ次はカレーだけど・・・・・・。食べ方わかる?」

 

「馬鹿にしないで、それくらい知ってるわ」

 

 少し怒りながらそう言った彼女は、カレーのルーにスプーンを突っ込み、そのまま口に入れようとした。

 

「ストップストップ! そうじゃないよメルト!」

 

 間一髪、スプーンは口に入る直前で止まっていた。

 

「メルトが見てたカレーとこれは別物なんだ、食べ方は今からわたしが教えるよ」

 

 そうして、わたしはインド式カレーの食べ方を彼女に教えた。ナンの食べ方、適正サイズ、インドカレーにおけるスプーンの使い道などなど。

 

「こうやってパンをちぎって食べるんだけど、出来る?」

 

「…………簡単にちぎれたわ。まるで最初からちぎれやすいようにされていたかのようにね。…………少しだけ腹が立つわね」

 

 どうやらリップが最初からメルト用のナンだけ少し力を加えれば切れるようにしていたらしい。

 

「……全く、これじゃまるで私の方が妹みたいじゃない……」

 

「ん、何か言った?」

 

 メルトが小声で何かを言ったがよく聞こえなかったので咄嗟に聞き返す。

 

「別に。ただ、インド式のカレーはこのようにして食べるのかって言っただけよ」

 

「うん、最も、わたしもインドで食べたことはないから間違ってるかもだけど」

 

「さて、せっかくの食事、なにか話しましょう。私は普段から食事を取らないから分からないけど、食事時には会話をするのが一般的なのでしょう?」

 

「そうだね、人と一緒の時に黙って食事をとることは少ないかな」

 

「じゃあ、質問タイムにしましょう。五つまでならなんでも答えてあげるわ」

 

 思わぬ話題展開だった。彼女なりにカレーの食べ方へのお礼だったりするのだろうか? いや、わたしの考えすぎか? 何はともあれ、彼女にいくつか聞いてみたいことがあったのも事実だ。折角なので聞いてみよう。

 

「じゃあ一つ目。――未だに人間のことは嫌い?」

 

 過去に彼女が言っていたことを思い出す。

 人間は嫌い、それを口に出すことすら好ましくない。アルターエゴは人間の天敵。このように、とにかく彼女は人間を嫌っていた。

 SE.RA.PHにいたメルトリリス(彼女ではない彼女)を知っているわたしは、彼女が本当に人間を嫌っているのか訝しんでいた。だって彼女は、孤立したわたしを助けてくれて、生き残っていた人間の救出にだって協力してくれた。

 そんな彼女の本心を、わたしは知りたかったのだ。

 

「ええ、もちろん嫌いよ。…………昔程ではないけど。そもそも、昔の私ならアナタなんて直ぐに物言わぬお人形(フィギュア)にしてたわね。アナタ、見た目は良いのだし」

 

 多分、これは偽りなき本心なのだろう。今も人間は好きじゃないけど、共に生きることは出来る。それが()()彼女の考えなのだろうな、とわたしは思う。

 と、ここまで聞くと気になってくるのは昔のメルトがどんな感じだったのかだ。今私が知っているのは、色々なサーヴァントや彼女自身から聞いた断片的な話だけだ。

 カレーを食べ進めつつわたしは二つ目の質問に移る。

 

「じゃあ二つ目。月にいた頃のメルトの話を聞かせて欲しいな」

 

「かなり長い話の上に、アナタにとって聞きたくないような話ばかりになるわよ」

 

「それでも構わない、聞かせて欲しい」

 

「そこまで言うかしら。……しょうがないわね。ならせめて、後で部屋に戻ってからにしましょう。食事中に話し切れる程、薄っぺらい話じゃないから」

 

「分かった」

 

「それじゃあ三つ目の質問に移りましょう」

 

 残る質問はあと三つ。その内の二つはもう決めている。だからあと一つは特別な事ではない、普通のことを質問しよう。そう思い、私は口を開く。

 

「そうだな、カルデアでの暮らしはどうだった? サーヴァントや人間との関係を含めての感想を教えてほしいかな」

 

 そう、さっきのトリスタンやガウェインのように、何だかんだ彼女の交友関係は狭くない。そんな彼女がこのカルデアでの暮らしをどう感じたのかは気になっていたのだ。

 

「そうね、思ってたよりは悪くなかったわ。何よりここには|趣向が多少合って、組み立ての手伝いをしてくれる同士《刑部姫と黒髭と一部のカルデア職員》と腕の良い職人(メディア)が居たから。月には私の趣味を理解してくれる人はいなかったし、それだけで結構なプラスよ」

 

 わたしはふむふむ、と相槌を打ち、暗に言葉を続けるよう促す。まだもう少し彼女の感想を聞きたいのだ。

 

「なに、これじゃ満足出来ないの? ならもう少しだけ話してあげる。ガウェインやアンデルセンを始めとした、来た時から知り合いだったのはそれこそ月にいた時に縁があったサーヴァントよ。その時のことも後で話してあげるわ。彼らとの関係はそれこそ腐れ縁でしかないけど」

 

「その割には結構仲が良いように見えるんだけど。今朝も一緒にいたし」

 

「あぁ、あの時のこと。ただ少し頼み事をしてただけよ。食事の手助けはガウェインが勝手に世話を焼いてきただけ」

 

「頼み事?」

 

「えぇ、私が去ったあとのことを少し……ね。」

 

 恐らく、彼女がガウェインに頼んだのはリップの事だろう。リップはメルトよりもかなり後に退去が予定されている。何だかんだ妹思いの彼女はガウェインにあとの事を頼んだのだろう。

 そんな中、メルトは嗜虐的な笑みを浮かべて言う。

 

「所で、今のも質問のうちに入るのかしら?」

 

「あ、今のは咄嗟に出ただけで……」

 

「ま、別にいいわ。それで、これで満足?」

 

 わたしは頭を振る。彼女の態度を見て恐らくまだ話してくれるだろうと踏んだからだ。出来る限り彼女から色々な話を聞きたい、とわたしは思う。

 もちろん、それはメルトに限らず全てのサーヴァントに共通する。折角だからいろんなことを聞きたいのだ。

 

「強欲ね、でもいいわ。次は不満だったことを教えてあげる。まず、女神アルテミスのスイーツ(あんな)姿を見てしまったこと。正直あれを受け入れるのにはかなりの時間がかかったわ。いえ、今も受け入れきれていないわね。尊敬していたはずの女神があんな感じだったのだもの、私のダメージは分かるでしょう?」

 

「心中お察し致します……」

 

 思えば、メルトとアルテミスの初遭遇はほとんど事故と言えるものだった。

 ぬいぐるみのオリオンとメルトがたまたま出会い、少し話してるところにオリオンを追いかけてきたアルテミスが乱入。そしてそこに居合わせたわたしとのやり取りでぬいぐるみを追いかけてきた女性がアルテミスだと気づき現実逃避、そのあとの事は……最早思い出したくない。

 

「それに殺生院やBBがいるって言うのもあまり好ましくないわ。まあ、BBは百歩譲って許してあげても良いけど、キアラはダメね。あの性悪女だけはホントに無理。全く、何であんなものまで呼んでしまったのかしら」

 

「カルデアの召喚システムは、人理継続のために役立つならどんな英霊でも呼べちゃうからね……。それこそ鬼でも悪魔でも」

 

「ま、そのお陰で私もここに召喚されたのだから贅沢はいえないわね。サーヴァントとの関係はだいたいこんな感じね。さあ、次の質問に行きましょう」

 

 いや、まだだ。この話の中で一番聞きたかったことをわたしは聞けていない。そう思い、わたしは首を振りつつ、彼女に向かって言葉をかける。

 

「いや、まだだよメルト。カルデアにいるサーヴァント以外、人間との関係についてわたしはほとんど聞けてない」

 

 そういったわたしの真剣な表情を見てメルトは虚をつかれた様な顔をした後、溜息をつく。

 

「はぁ、やっぱりアナタは呆れるほど頑固ね。それほど私と人間が上手くやれたかが気になるの?」

 

「当然」

 

「力強い返事ね。仕方ないから答えてあげるけど、さっきも言ったように趣味が合う一部の職員以外とはほとんど付き合いがないわ。でも……ほとんどの人間が、私達に対して()()()()接してきた。最初怯みこそすれ、少ししたら普通のサーヴァントと同じように声をかけてきたの。全身凶器で怪物と揶揄されるような私達をそんな風に扱うなんて、ホントお人好しばかりよね、この施設は」

 

 口では呆れたふうに言ってるが、そのときのメルトの表情が少し嬉しそうに見えたのは、私の錯覚ではないと信じたい。

 

「アナタ、気づいてないかもしれないけど、今凄く気持ち悪いニヤけ顔をしているわよ」

 

「ごめん、何かちょっと嬉しくて」

 

「ま、でも。一番のお人好しはアナタよね。それこそ傲慢な程に」

 

「そうでもないと思うけど……」

 

「自覚なしって所が少しムカつくわね。さて、今度こそ満足した?」

 

 わたしは頷き、少し止まっていた食事をする手を再び動かす。

 

「それじゃ、四つ目の質問を聞かせて。その様子じゃ、もう全部決めてるんでしょう?」

 

「うん、じゃあ四つ目。ここまで残ってくれた理由を教えて欲しいかな。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、私、メルトは割と早めにさっさと帰っちゃうものかと思ってたんだ」

 

「アナタの考えはあながち間違いでも無いわ。私だってそんなに長居するつもりは無かったもの。昨日までは、まだやるべき事が残っていただけ」

 

「やるべき事?」

 

「そう、とある二騎のサーヴァントが退去するのを見届けることよ」

 

 そう言われて、わたしは昨日退去したサーヴァントを思い出す。昨日退去したのはBBだ。彼女は最後にひと騒動起こして、ある種満足そうに去っていった。

 

「BBと……あとはキアラさんかな」

 

「正直アナタがあの性悪女にさん付けで話すのは気に食わないのだけども、その通りよ。私にあの二人より先に帰るつもりは無かった」

 

 キアラさんはともかくとして、BBとメルトがそこまで争ったりする様子は見たことがなかったので少しだけ不思議に思う。

 

「確かに昨日の騒ぎは少し大変だったけど、メルトが言うほどのことにはならなかったよね?」

 

「ええ、そうよ。でもね、前にも言ったようにBBはバグってる。そのバグのせいで大惨事が起きる可能性だって考えられたわ。ほら、いつかのバレンタインの時も危なかったでしょう? だから一応ちゃんと帰るまでは待ってたの」

 

 そう、以前にも聞いたが、BBはAIとして致命的なレベルのバグを抱えてるらしい。普段の態度からはあまり想像がつかないが、暴走してしまったら、取り返しのつかない事が起きる事も有り得るらしい。

 以前のバレンタインの話だが、事前にメルトの警告を聞いてBBにスロットマシンを突き返していなかったら大惨事になっていた可能性もあったとか。

 四つ目の答えを聞き、ほとんどカレーの中身も無くなってきたところでわたしは最後の質問に移る。

 

「そっか、納得したよ。じゃあ最後の質問をしてもいいかな?」

 

 最後に聞く内容は決めていた。昨日もBBに実質的に同じ質問をした。恐らくメルトの答えは、BBのものとは少し変わってくるだろう。

 

「いいわ、アナタの最後の質問、聞かせてちょうだい」

 

「メルト、貴女にとってあの人――岸波白野はどんな人だったの?」

 

「ふむ……やっぱりそう来るのね。まあ、予想は出来てたわ。アナタってそういう人だもの。で、肝心の答えだけどこれも後回しにするわ。白野のことを語るなら私の過去の話と一緒に話すべきだもの。だから、手早く残りを食べて部屋に戻りましょう。そこでじっくりと聞かせてあげる」

 

「分かった、じゃあぱっぱっと残り食べちゃおうか」

 

 そうして私達は手早く食事を済ませ、メルトの部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ月での私の話と白野の話を聞かせてあげる。先に言っておくけど、長い話だからって寝たり、残酷な所だからって耳塞いだり何かしたらお腹に膝だから」

 

 メルトの膝、それすなわち大怪我待ったなしである。しかも彼女にはスキル「加虐体質」があるので下手したら死すらありうるだろう。

 元々寝るつもりなんて毛頭ないし、彼女が言う過去に行った残酷な行為の話もすべて受け止めると決めているが、一応気をつけておこう。

 

「それは怖いな、気を付けるよ」

 

「覚悟はいいみたいね。それじゃあ、月の裏であった、溺れる夜の話の一端をアナタに聞かせてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからメルトは月の裏で彼女が行ったこと、今にも増して冷酷だった頃の自分の考え、そして――彼女が経験した、彼女にとっての運命の恋の話を聞かせてくれた。その彼もしくは彼女――岸波白野の話をする時の彼女は正しく乙女というべき表情をしていた。

 

「私は結局、白野には振り向いてもらえなかったわ。でも最後にね、それまで気づかなかった自分の思いに気づいたのよ。結局気づいた直後に私は死んだ……という表現が正しいのかは分からないけどそこで月の裏の私は終わったわ。さて、これで私の話は終わりよ。満足したかしら?」

 

「…………うん。とても濃密な話だったよ」

 

 色んな話があった。メルトが過去にナーサリー(アリス)そのマスター(ありす)に行った行為や、ロビンへのメルトウイルスの使用など、今私が契約しているサーヴァント達に冷酷なことをした話。戦いの中で出会った敵のマスター――岸波白野――に恋をしたこと。そして最後に彼と戦い、敗北したこと。本当に濃密な話だった。

 

「幻滅したかしら? このカルデアに来てからはそんな残酷なことをあまりしていなかったし、アナタにとって、愉快な話では無かったでしょう?」

 

 そう言う彼女の表情は嗜虐的な笑みを浮かべているように見える。そんな彼女に対して、わたしはこう答える。

 

「確かに愉快な話ばかりでは無かったよ。でも、それも貴女なんでしょう?」

 

 わたしは知っている。彼女の性格も、性質も、彼女自身さえ知らない出来事ですら。あのSE.RA.PHで恐れられていたアルターエゴの話を、わたしは知っているのだ。

 

「呆れた…………。本当に呆れたわ…………。じゃあ、最後に一つだけ聞かせて? もし私がこのカルデアで、ほかのサーヴァントや人間にさっき話した様なことをしたらアナタはどうするのかしら?」

 

「決まってるよ。――止めるよ。そして、繰り返すなら何度でも止める。それがわたしの答え」

 

 そう力強く答えた私の様子を見てメルトはいつもとは違う、優しい表情――それこそ女神のような――を浮かべて、こう言った。

 

「アナタって、ホントにバカな人」

 

 

 

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回でメルトリリス編は折り返しになります。残り2話、お付き合い頂けると幸いです。
また、面白いと感じていただけたのなら評価や感想、お気に入り登録などをしてくださると嬉しいです。皆様の反応が私にとって何よりも執筆意欲に繋がりますので。

さて、まずは前書きにも書いた活動報告でのアンケートとリクエスト募集についてです。
アンケートの方は、バレンタインイベントでの新設定公開に伴う既に完結したエピソードについての扱いについてです。答えてもらえると非常に助かります。
リクエスト募集の方は以前今後の予定欄で募集していたものの形式を少し整えた形での再募集となります。今後のリクエストはそちらをご利用くださると有難いです。

次に、本編に関連することです。
現在開催中のバレンタインイベントで、メルトとリップ、それにBBのチョコイベントを確認しました。
結論から言いますと、今回のメルトリリス編と大きなずれがでてきました。それこそそのまま採用すると修正不能な程にです。
こちらの立香はメルトに恋人扱いされてない時点で違うのですがその事に対するこちらの方針は、女性主人公なので恋人ではなく友人という体でチョコイベントが発生したということにさせて頂きます。そして、選んだ選択肢による分岐展開なのですが、そちらについてはこの作品の本編で書いてある内容的に返品の方の選択肢を選んだように見えるのですが、私が書いているメルトと少し噛み合わないので、両方の分岐の内容が入ったものとさせてください。ご都合展開的で申し訳ありません。
そしてリップの方なのですが、今回のメルトリリス編では普通に料理をしていますが、バレンタインイベントでその域に達していないことが明らかになりました。これに関してはダ・ヴィンチちゃんの助力と、この作品の時系列が第二部完結以降であることを利用させてもらってできるようになったことにさせてもらってます。第一幕の方にもそのうちそれに合わせた描写を追加するつもりです。しかし、そこについて詳しく触れすぎるとメルトリリス編からパッションリップ編になってしまいますので、そちらについてはリップの話を書く時に詳しく書くという形にさせてください。
とりあえず説明という名の弁明はこの程度にさせていただきます。

そして報告なのですが、次回更新は三週間ほど間が開く可能性があります。ご了承ください。

それでは、重ね重ねになりますが、最後まで読んでくださってありがとうございました。宜しければ感想や評価、お気に入りに追加などしてくれると嬉しいです。

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  • 1話辺りの密度
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