「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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前回はアンケートへの回答や、リクエスト投稿ありがとうございました。アンケートは締め切らせていただきましたが、リクエストはまだ募集させていただいております。宜しければどうぞ。
アンケートの結果、一度書いた話の内容を公式設定に合わせて書き直すことは辞めることにしました。今後はこのスタンスでやらせてもらう予定です。

今回の話がメルトリリス編で一番やりたかったことです。全力を尽くして書きました。


第三幕  「蜜の女王」(“M e l t l i l i t h”)、舞台で踊る(appears on the stage)

「あと少しだからさっさと終わらせてしまいましょう」

 

 メルトが私にそう言ったのは、先ほど手入れしたフィギュアを、わたしが持ってきた袋に収納する作業が大方片付いたタイミングでのことだった。

 

「もしかして、結構時間が経ってたりする?」

 

 作業の手を止めることなく、わたしは彼女に問いかける。

 

「それほど経ってないけど、この後には予定があるの。言ったでしょ、今日の時間の使い方は私の方で決めるって」

 

「分かった、少しスピードをあげるね。勿論、精度は落とさないようにしながら」

 

 彼女の言う予定とはなんだろうか。フィギュアは既に全て手入れが終わっているし、食事も取った。話したかったことも割と話せたし……ダメだ。全く思いつかない。とにかく今は作業に集中しよう。

 

 

 

 十分間ほど作業を続けて、漸くすべてのフィギュアを袋に入れることが出来た。結局一時間ほどは作業をしていただろうか。こうして袋に入れてみると、朝に彼女が言っていた大きめの袋が必要だと言うことに間違いはなかったと実感する。

 

「じゃあその袋を持って。アナタの部屋に寄ってから目的地に向かうわ」

 

「了解!」

 

 その言葉と共にわたしはフィギュアが大量に入った袋を持つ。かなりの量が入ってるだけあって、結構重い。しかしカルデアに入ってから大幅に鍛えられたわたしの腕が悲鳴を上げることは無かった。

 その事実に嬉しいような悲しいような気分になる。力がつきすぎているというのは、乙女心的にはあまり嬉しくないことなのだ。

 そしてわたしとメルトは部屋から出て、一度荷物を置くためにわたしの部屋に向かう。

 

「ところでメルト、目的地ってどこ?」

 

「今は内緒よ。アナタの部屋に寄ったあとに教えてあげる」

 

「あ、あっちにいるのは」

 

 ふと視界に胡散臭い雰囲気を醸し出している、ダンディな叔父様キャスターが目に入った。

 

「シェイクスピアね。……出来ることならやり過ごしたいけど、このままじゃ確実に遭遇するわ」

 

 恐らく全力で反対方向に走れば、やり過ごすことは出来るだろう。しかし、今わたし達はフィギュアを詰めた袋を持っている。全力疾走をすると中身がぐちゃぐちゃになってしまうのは想像に難くない。

 

「仕方ない、そのまま進もう」

 

「そうね、フィギュアの状態の保全には変えられないもの」

 

 そして再び歩き出すと、シェイクスピアもこちらの存在に気づいたのか、悠々と近づいてきてわたし達の前で止まる。

 

「これはこれは、マスターとメルトリリス。宜しければ今の気持ちをお聞かせ願いたい! 何せ、今吾輩が声をかけた瞬間の表情がとても興味深いものでしたので。是非その気持ちを言葉にして頂きたい!」

 

「そうね、率直に言って最悪よ。何故よりにも寄って貴方なのかしら。まだアンデルセンの方が良かったわ」

 

「ふむふむ、()()と来ましたか。ではメルトリリス、貴女にはこの言葉を贈りましょう。

 最悪ではないのです(The worst is not, )『最悪だ』等と言えるうちは。(So long as we can say, ‘This is the worst.’.)今回の場合、それこそアストルフォの様な隠し事ができない英霊に出会ってしまうのが一番不味かったのでは無いですかな。折角まだマスターに隠しているのに、それを他人の手で明かされてはそれこそ最悪でしょう! その時こそ正しく言葉を失う、という訳です」

 

「貴方の言葉は一理ある辺りがムカつくわ。芸術系のサーヴァントと言うのはどうしてこうも厄介な連中が多いのかしら」

 

「確かに、ダ・ヴィンチちゃんもアマデウスもアンデルセンも北斎親子も癖が強い性格してるよ。勿論、シェイクスピアもだけど」

 

「では、ここは同じ芸術家サーヴァントのアマデウス殿の言葉を借りてその疑問に答えると致しましょう! 彼曰く、芸術家のサーヴァントには二通りあるそうです。片や、子どもの姿で召喚される者。片や、大人の姿で召喚される者。英霊というものは基本的に全盛期の姿で召喚されるものと相場が決まっております。では芸術家の全盛期とは何をもって決まるのか? 答えは明白です。最も感性が強かった頃に決まっている! 芸術家にとっては感性が命、その感性が最も強かった時を全盛期と呼ばずして何を全盛期と呼びましょうか! そして、感性が最も強かった時期を彼は他人の迷惑など気にしないクズだった時と言っておられました。まあ、その基準で行くと、吾輩もずっとクズだったということになってしまうのですが、それはそれ。吾輩、クズかどうかは分かりませんが、自らが『執筆中毒(ライティングジャンキー)』であることは自覚しておりますので」

 

 一切口を止めずに長々と語るシェイクスピア。よく噛んだり詰まったりせずに言えるなとも思う。そして彼の話の内容には聞き覚えがあった。

 以前、マシュと一緒にいた時にアマデウス本人から同じ話を聞いたのだ。芸術家サーヴァントと言うのは一癖も二癖もあると言うのは当時から分かっていたが、彼の言葉でその理解を深めることが出来たのをよく覚えている。

 

「かなり長い話だったけど、つまり貴方は何が言いたいの?」

 

簡潔さは知識の命である(Brevity is the soul of wit)、と吾輩はかつてハムレットの中で書き記しました。故に貴女のために一言でまとめましょう。つまり、芸術家のサーヴァントというものは厄介であることが前提な生き物であるということです」

 

「その癖、戦闘ではあまり役に立たないのよね。聖杯戦争でアンデルセンを引いたキアラの気持ちが少しだけわかった気がしたわ」

 

 キアラさんはかつてとある聖杯戦争で、アンデルセンのマスターをやっていたらしい。そのせいなのか、彼女の苦手なものの一つがアンデルセンだったのはよく覚えている。キアラさんの暴走を止めたのもアンデルセンで、結局二人揃って退去することになった。当の本人は最初からその覚悟ができていたらしく、前日の夜に私の部屋を訪ねて来たのだ。その時は大した話はしなかった。だが、彼から帰り際に貰った手紙に何らかの魔術が掛かっていたらしく、貰った時には他愛ない内容だったその手紙が、退去後に読むとしっかりとした別れの言葉が綴られたものに変わっていたのをよく覚えている。

 

「それは大いに結構! ところでお二人とも何か用がある様子、このような所で徒に時間を消費していて宜しいのですかな?」

 

 その言葉で、わたしは話に聞き入って、すっかり忘れていた手元のフィギュアのことを思い出す。

 

「そうだわたし達、この後予定があるんだった。わたしは何があるかは知らないんだけど」

 

「そうね、ここで劇作家と話している時間なんてなかったわ。急ぎましょう」

 

「それでは、お二人とも御機嫌よう!」

 

 それだけ言って、嵐のようにシェイクスピアは去っていった。

 

「シェイクスピアのせいで時間をムダ遣いしてしまったわね、少しだけ急ぐわよ」

 

「そうだね、少し急ごう」

 

 

 

 その後は誰に遭遇することもなく、無事に目的地であるわたしの部屋に辿り着いた。部屋に入って、持ってきたフィギュアをとりあえず安定する位置に置きながら、わたしは聞く。

 

「そろそろ、これからどこに行くか教えて欲しいな。さっきのシェイクスピアの様子を見るに彼も知ってるんでしょう?」

 

「ま、そういう約束だったしとりあえず目的地は教えてあげるわ。シュミレーションルームよ、そこで何をするかはまた後でね。それと、シェイクスピアが知ってる理由は……これも後。全部まとめて種明かししてあげる」

 

 何だかメルトの掌で踊らされている感じだが、それに対して特に不満もないし、悪いことでもないと思うのでそのまま踊らされることにする。

 

「分かった、じゃあシュミレーションルームに行こうよ」

 

「……アナタのそういうところ、嫌いよ。焦らしても食い下がってこないし、虐めがいがないわ。多分敵としていたぶったら凄くいい反応をしてくれるでしょうに、残念だわ」

 

 ほとんど疑わずに彼女の言葉を受け入れるわたしは、彼女にとっては歯ごたえがないのだろう。とは言え今の彼女は味方なので物理的に虐めることも困難であるから、加虐体質スキル持ちの彼女としては不満があるかもしれない。

 

「わたしはメルトと敵対するのは嫌だな」

 

「……っ! ほんと調子狂うわね。もうこの話はいいから早くシュミレーションルームに向かいましょう、時間が無いわ」

 

「分かった、全力疾走するよ!」

 

「そこまでは言ってないけど……廊下を滑るのも悪くは無いわね」

 

 その会話の後、部屋を出たわたしは全力ダッシュを。メルトは華麗に廊下を魔剣の具足(ヒール)で滑り始める。声には出さないがレースは既に始まっていると言っても良い。

 どちらが先にシュミレーションルームに着くかの対決、勝利を目指してわたしは走る。さっき走れなかった分の力も込めてただ走る。

 

 

 

 

 結果から言うとメルトの圧倒的勝利である。幾ら鍛えられたとはいえ、ただの人間であるわたしがサーヴァント、しかも女神三柱からなるアルターエゴのメルトに勝てる道理がない。

 それでも、全力で走る心地良さは感じられたので良しとして、わたしはシュミレーションルームに入る。ここについた時にメルトの姿は無かったので恐らく先に入っているのだろう。

 

「……シュミレーションルームはここであってたよね?」

 

 思わず口からそんな言葉が漏れた。それもそのはず、扉の先に広がっていたのは大きな劇場でサーヴァントやカルデア職員が結構な数集まっていたからだ。

 

「やあ、立香ちゃん。ここはシュミレーションルームで間違いないよ。見ての通り、かなり手は加わってるけどね」

 

「ダ・ヴィンチちゃん? どうしてここに?」

 

 私の独り言に答えるようにして現れたのは、わたしがここに来る前から召喚されていた英霊であり、一時期は所長代理も務めた『万能の天才』、レオナルド・ダ・ヴィンチのスペアボディにして人工サーヴァントである小さいダ・ヴィンチちゃんだった。

 

「それは……彼女に答えてもらうと良いさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの視線の先にいたのは先ほどわたしを追い抜いて、先にシュミレーションルームに入ったメルトだった。

 

「今のアナタ、とても良い表情をしているわ。何が起きているのかわからないと言った感じのとても間の抜けた顔。そうよ、こういう表情が見たかったの!」

 

 不敵な笑いを浮かべながらメルトがこちらに声をかけてくる。

 

「メルト、これがさっき言ってた目的なの? まだ理解が追いつかないから説明してもらえると嬉しいんだけど」

 

「……もう少し焦らしてアナタの困惑する顔を見ていたいところだけど……そろそろ開演時間だし説明してあげるわ。この劇場は貴女もよく知ってるセイバー――赤い方のネロの物よ」

 

 辺りを見渡すと所々手が加えられている様子はあるが、確かにネロの宝具である「招き蕩う黄金劇場(ドムス・アウレア)」が展開されている。恐らくシュミレーションルームの上に展開されているのだろう。

 黄金劇場は固有結界に似て非なる大魔術であるため魔力消費は()()()()()()ので何とかなっているのだろう。

 

「それにしても、良くネロが劇場を貸してくれたね? 今からネロのワンマンショーってわけではなさそうだし」

 

「今日のこの劇場は私のバレエの舞台よ。ネロはスポンサーって所かしら。それとそこにいるダ・ヴィンチを初めとした芸術家サーヴァント達が協力者って所ね」

 

 確かにメルトと言えばバレエだ。彼女の戦闘スタイルにはバレエの動きが多く取り入れられているし、スキルの一つはクライム・バレエだったはずだ。更に時々バレエの登場人物に例えた表現をしたりもする。

 

「そう言えば、戦闘以外でメルトのバレエを見るのは初めてかもしれない」

 

「ええ、実は私もちゃんとした舞台は初めてよ。バレエをしっかりやるには整った舞台が必要だから、私の満足のいくものをするには他のサーヴァントの協力が不可欠だったの」

 

「最初彼女から相談を持ちかけられた時はこの私でさえ驚いたとも。メルトリリスが他のサーヴァントを頼るとは思っていなかったからね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが会話に混じってくる。ん、そう言えば……

 

「何で最初にダ・ヴィンチちゃんの所へ?」

 

「おや、立香ちゃんは知らなかったかな。私、以前バレエに美術や舞台設計で携わったこともあるんだぜ。『楽園』って作品、知らない?」

 

「初耳だよ!」

 

 流石は万能の天才と呼ばれるだけのことはある。ダ・ヴィンチちゃんについてはもはや手をつけていない分野を探した方が早いくらいだろう。

 

「その話を知っていたのと、以前所長代理を務めていた経験から他のサーヴァントに繋いでもらいやすいと思ったのが理由よ。ほら、芸術家サーヴァントってさっきのシェイクスピアみたいに一癖も二癖もある連中ばかりじゃない、その中で一番マシだったのがダ・ヴィンチだっただけ」

 

「ま、彼女の言うとおり私は他の芸術家サーヴァント達との仲介役だったのさ。他にも衣装製作や舞台全体の構成の補助もしたけどね。ここにいる芸術家達は一部を除いて何らかの形でバレエとの繋がりがあったから交渉はそれほど難しくなかった」

 

「え、皆バレエと縁があったの?」

 

 シェイクスピアやアンデルセンは作家、アマデウスは作曲家。そして北斎親子はそもそも日本のサーヴァントだからこれが例外枠だろう。アマデウスがバレエ曲を作っていてもおかしくはないだろうが、残りの二人とバレエの繋がりはあまりピンと来なかった。

 

「まずアマデウスはバレエ曲の作曲を幾つかしてたわ。本来なら失われたはずの作品すら知れたりもしたのは良かったけど、あの性格だけはどうしようもないわね」

 

 自他ともに認めるクズ人間であるアマデウス。本来ならそのようなエピソードは歴史の闇に埋もれるはずなのだが、記録にすらそのような話が幾つも出てくる時点で彼のそういう所は良くわかるだろう。

 

「次にアンデルセンだけど、まずは人魚姫ね。あの作品はバレエでも演じられる機会がそれなりにあるのよ。それに、あの童話作家様は以前バレエ学校に所属していたこともあったそうよ。」

 

「デジマ!?」

 

 思わずエリちゃんのごとく聞き返してしまったが、アンデルセンがバレエ学校に所属していたというのは意外だった。どうしてもイメージはあの子供姿を浮かべてしまうので彼がバレエを踊るところを想像しただけで笑いそうになってしまう。

 

「エリザベートみたいな返事をするのはやめてちょうだい。そしてシェイクスピアだけど、彼はロミオとジュリエットがバレエでよく演じられるという所くらいしか接点がなかったりするわ。まあ、それでも元々が劇作家だからバレエ用の脚本もかなり早くに適応したみたいだけど」

 

「あー、それは聞いたことあるよ。バレエでもシェイクスピアは人気だね」

 

「そして最後にホクサイだけど、彼女は全然関係がないわね。でも流石は良質なフィギュア職人が多い日本人ね。背景美術を任せたけど完璧な仕上がりだったわ」

 

「それにしても豪華なメンバーだね、ネロの黄金劇場でアマデウスの音楽とシェイクスピアとアンデルセンによる脚本、背景美術が葛飾北斎、衣装製作や舞台設計がダ・ヴィンチのバレエをメルトが演じるのか……。道理で人が多いと思ったよ」

 

 客席の方を見ると、サーヴァント達よりも職員や出向中の魔術師の姿が多く見えた。サーヴァント同士の試合を行う時とは比率が逆転しているように思える。

 

「その辺の協力者集めは割とすんなり行ったんだけどね。問題だったのはネロ陛下への劇場レンタルの交渉と立香ちゃん、君への隠蔽だよ」

 

 そう言えばわたしはここに来るまで全くといって良いほど知らなかったのにここには多くの客が入っている。つまりそれは私に対する入念な情報統制が行われていたことに他ならない。

 

「立香ちゃんへの隠蔽は多くのサーヴァントの助けを借りたよ。例えば子供のサーヴァントや、理性が蒸発しているアストルフォ、それによく分かっていない外部の人なんかはうっかり君に情報を漏らしてしまうかもしれないからね。そうならない為に漏らしそうなタイミングで話に割り込める様な体制を整えていたりしたのさ」

 

 そう言えば何度かそのような事もあったっけ。今思えば、バニヤンがうっかり口を滑らせかけたであろう時に急にどこかからオリオンが現れたのは記憶に新しい。

 

「成程、道理で最近オリオンや呪腕先生を見る機会が多かったのか」

 

「その辺が丁度対応役ね。ま、あと三人はいたのだけども」

 

 メルトがそのようなことを口に出したので驚く。それほど多くのサーヴァントから見張られていたとは衝撃的でしかない。

 

「そう言えば、結局ネロはどうやって説得したの?」

 

「結論から言うとしよう、彼女から提示された条件を飲んだだけだよ。最初の方は『余が主役ならば全然構わないのだが、メルトリリスよ、主役を変わる気は無いか』などと言っておられたが、バレエの説明や、スタッフの解説をするとある程度妥協してくれてね。VIP席の用意と、とある話の時に舞台に立つという二つの条件でOKしてくれたのさ。元々あの皇帝は芸術的なものに目が無い、世界最高峰のバレエが見られるとあれば多少の妥協くらいはしてくれるものだよ」

 

 ネロの時代にはまだバレエが成立していなかった。そのため彼女は見る側に行くことに興味を持ったのだろう。非常にハイレベルなバレエ、それを最高の環境で見るために妥協した、そう考えるのが自然だと思う。

 そんなことを考えていると、先ほど廊下であったシェイクスピアが再びこちらに向かってくる。

 

「ダ・ヴィンチ殿にメルトリリス、そろそろ開演に向けた準備をするほうが良いと思われますが」

 

「おや、もうこんな時間。では私達はそろそろ舞台裏に行こうじゃないか」

 

「そうね、行きましょう。それじゃあ立香、また舞台が終わったあとに」

 

 そう言って三人は舞台裏に消えていった。

 さて、まだ開演まで少し時間はあるしどうしようかな。

 

「あら、マスター。ごきげんよう!」

 

 と、思った矢先に声をかけられた。振り向くとそこにはマリー、デオン、サンソンの三人の姿があったのでわたしは返事をする。

 

「こんにちは、三人とも。皆もバレエを見に来たの?」

 

「ええ、バレエはボク達が生きていた頃にもよく公演がありましたから。ボクは数える程しか見たことがないのですが」

 

「私もバレエには多少心得があるくらいだ。ところでマスター、風の噂で聞いたんだが王妃や私をモデルにしたバレエがあるというのは本当かい?」

 

「どうだろう……? 実はわたしバレエを見るのは初めてでよく分からないんだ」

 

「そうなの? ならわたし達と一緒に見ましょう! 開演までにわたしが知ってることなら教えるわ! わたし、子供の頃は家族でバレエやオペラを見に行ったり演じたりしたの。だからきっとあなたがバレエを楽しむためのお手伝いが出来ると思うわ」

 

 そう言って彼女は手を差し伸べる。ただのお誘いなのに彼女の姿から後光がさして見えるのは私の錯覚だろう。マリー・アントワネット、彼女は真に眩き存在なのだ、と時折感じる。

 

「謹んでお受け致します。ありがとう、マリー」

 

「それじゃあ良い席を探しましょう、サンソンとデオンも手伝ってくれるかしら?」

 

「もちろんだよ、マリー」

 

「私もサンソンに同じく」

 

「ありがとう、二人とも。それじゃあ行きましょう」

 

 そうしてわたし達四人はマリーの指示の元、より良い席を求めて劇場内を歩いた。5分ほどでマリーの満足いく席が見つかり、わたし達はそこに座る。

 

「今日のバレエの音楽はアマデウスがするのよね! バレエもそうだけど彼の演奏を聞くことが出来るのもとっても楽しみなの!」

 

「そう言えば……」

 

 第一特異点ではマリーとアマデウスがピアノの演奏の約束をしていたが、結局マリーがゲオルギウスのために体を張った為に叶わなかったということがあった。それ以降カルデアで、何度かアマデウスの演奏を聞くマリーの様子を見たことがあって微笑ましく思ったことをよく覚えている。

 

「マスター、何か言ったかしら?」

 

「いや、さっき言ってたバレエのことについて教えてもらいたいなと思ってさ」

 

「もちろんよ、まっかせて!」

 

 そうして開演までマリーによるバレエの基礎講座が始まった。わたしだけじゃなくサンソンとデオンもその説明に聞き入る。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。間もなく開演となります」

 

「あら、そろそろ見たいだしここまでね。あとは開幕を待ちましょう」

 

「ありがとうマリー。とても良い勉強になったよ」

 

「どういたしまして。あなたの役に立てたのなら良かったわ」

 

 アナウンスの声が聞こえてくるまで三十分程は彼女の話を聞いていただろうか。それまでにかなりの予備知識を入れることが出来た。これで、メルトの舞台をしっかりと楽しむことが出来るだろう。

 バレエの成立過程とその後の発展、アン・ドゥオール、プリエ、アラベスクなどの技法、『ジゼル』、『コッペリア』、『くるみ割り人形』と言った代表的な作品、バレリーナの階級などなどバレエの基礎は十分頭に入った。ただし、教わる最後に彼女が言うには見て見ないとわからないものもあるとの事だった。

 

「それでは、本日の演目の解説や諸注意等をさせて頂きます。担当は私、◼◼◼◼◼◼◼こと語り手のキャスターです。お耳汚しにならないように務めますのでどうか御手柔らかに願います」

 

 幕が開く前に現れたのは褐色の美人。極端なまでに死を恐れる彼女だった。そうして彼女は諸注意の説明に移る。上演中の私語は控える、音や光の出そうなものはそれらが出ないようにしておくなどの基本的な話だ。

 

 

「まもなく開演になりますので、第一の演目についてのお話を少しさせて頂きます。演目は『ジゼル』でございます」

 

 タイトルを告げ、彼女は一息ついてから、物語の概要を語り始める。

 

「この物語の舞台はとある村。踊りの好きなジゼルという娘が身分を隠し村を訪れた貴族アルブレヒトと恋に落ちます。しかし、アルブレヒトにはバディルドという婚約者がいたのです。そして村にもまた、ジゼルに恋しているヒラリオンという青年がいました。アルブレヒトを妬んだヒラリオンはジゼルの前でアルブレヒトの身分を明かし、更にバディルドと彼女の父をその場に招き入れました。貴族として、バディルドを選んだアルブレヒト。それを見たジゼルは発狂し、そのまま死んでしまったのです。さて、今から演じられるのはその後のお話。死んだジゼル、そしてヒラリオンとアルブレヒトがどうなるのかはご自身の目で確かめてください」

 

 そうして、一礼をして解説役を務めた彼女は舞台袖に消えていった。その後即座に証明が消える。

 ――いよいよ、舞台の幕が上がる。

 

「――」

 

 まず、舞台美術のあまりの美しさに息を呑む。これを手がけたのは北斎親子だったっけと思った矢先に音楽が聞こえてくる。これまた、アマデウスと彼の呼び出した楽団員の奏でる音である。その音に再び息を呑む。

 そして、いよいよ本日の主役(プリマ)であるメルトが現れた。彼女は普段着ているロングコートから装いを変えて、チュチュと呼ばれる衣装を身に纏っていた。しかし彼女の棘の膝も、剣のようなヒールもそのままである。

 少しの間があったかどうか分からないくらいで彼女は踊り始める。そしてわたしは、三度息を呑んだ。そう、舞台に立つ彼女の輝きはあまりにも眩しかったのだ。美しい。感情だけではなく感覚でそれを知覚した。一瞬、神経障害で腕を十全に動かせないことすら忘れるほどだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そこからの時間は驚く程に早かった。演目が終わり、衣装直しをしている間に入る語り手の解説、そして再び幕が上がることの繰り返し。

 気づけば既に最終演目に入ろうとしていた。これまで『ジゼル』、『ロミオとジュリエット』、『人魚姫』、『放蕩息子』の演目が二人の作家サーヴァントの手によって換骨奪胎し、短めに纏められた脚本で演じられて、一瞬たりとも目を離さない時間の連続だった。わたしが特に驚いたのはロミオ役でネロが参加し、完璧に演目をこなして見せたことだ。それまではバックダンサーや必要な役者はダ・ヴィンチちゃんが改造したオートマタが務めていたが、『ロミオとジュリエット』だけはネロとメルトの二人が参加した。先程言っていたスポンサーの要望とはこれの事だったのだろう。とはいえ、流石は何でもできると自称する皇帝、腕を扱いきれないメルトをフォローしながら完璧に役をこなして見せたのだった。

 

「では、いよいよ最後の演目です。演目は『白鳥の湖』。物語はオデット姫が悪魔ロットバルトによって白鳥に変えられてしまうことから始まります。夜だけ人の姿に戻ることの出来るその呪い、解く方法は誰も愛したことのない人の愛を受けること。そして、白鳥から人の姿へ移る時に彼女の姿を見たジークフリート王子――最もこちらにいるジークフリートさんとは違いますが――彼はオデット姫に惹かれます。丁度次の日の舞踏会で花嫁を選ぶことになっていた上に彼女に出会うまで花嫁選びを疎んでいた彼は舞踏会にオデット姫を誘います。さて、これからその続きを上演するのですが、この物語には二つの終わり方があります。今回の話がどちらの結末になるのか、内容をご存知の方もどうか最後までお目を離さぬようお願いします」

 

 そう言って彼女――語り手のキャスターは再び舞台袖に去り、舞台の幕が上がる。

 既にメルトは舞台に立っていた。今度の服装は普段から見慣れたコートに近いドレスだ。

 そして、音楽と共に彼女は踊り始める。滑らかに舞台の上でステップを踏み、回り、ポーズを取り、舞い踊る。

 その姿は正しく鳥のごとく、わたしはその瞬間確かに美しい鳥を見た。舞台という狭い場所で華麗に羽撃く美しい鳥。あぁ、これこそが人を惹きつけるプリマなのだと、わたしは感じたのだ。

 

 

 

 そうしてあっという間に公演は終わりを告げる。メルトがこちらに向かってお辞儀――レヴェランスというらしい――をした瞬間、わたしを含めた観客席から盛大な拍手とブラボー!という賞賛の言葉が惜しみなく贈られた。

 ――拍手喝采は未だ鳴り止まない。




ここまで読んでくださってありがとうございます。メルトリリス編も残すところあと一話、最後までお付き合い頂けると幸いです。
また、感想や評価、お気に入り登録などを頂けると嬉しいです。モチベーションにも繋がりますので宜しければお願いします。

漸くこの話にたどり着けました。他人の力を借りて舞台を作り上げるというのはCCCのメルトでは難しいのではないだろうかという事と、バレエを踊るメルトを見たことがなかったので、FGOのメルトにしか出来ないであろう事として、他のサーヴァントと協力してバレエの舞台を作り上げるメルトの話を書いてみました。新鮮に感じてもらえたなら幸いです。
そして、バレエ描写で悩んでいる時に相談に乗ってくださった某掲示板の皆様にもこの場を借りて感謝を。迷いや悩みはなんとか払拭出来ました。

そして、今回本編ではかけなかった舞台裏を投稿後にTwitterの方で会話文のみの形で書いてみようと思います。

さて、次回の投稿ですが二週間後になると思われます。その後は投稿ペース回復も可能かなと考えています。

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。

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