「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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何とかメルトリリスの誕生日に間に合いました。



終幕  「気高きプリマ」は月へ跳ぶ(“M e l t l i l i t h” fly to the moon)

 ナーサリー(アリス)が去ったので、黄金劇場に残っているのはわたしとメルトだけになった。

 

「さて、そろそろ管制室に向かいましょうか。この劇場も、ネロがいない今となっては何時まで持つか分からないわ」

 

「そうだね。とりあえず出ようか」

 

 わたしとメルトがシュミレーションルームを出ると、役目を終えたと判断したのか、振り返りざまに黄金劇場が消えるのが見えた。

 

「やっほー! 二人とも元気?」

 

 そして部屋の外に出たわたし達にかかる声。それはすぐ近くから聞こえてきた。わたしとメルトが驚いていると、ちょうど死角になっている物陰から一人、いや二人のサーヴァントが姿を現した。

 

「貴女達は……アルテミスとオリオン。……なるほど。メルトに用事?」

 

「そうそう、マスター大当たり! 今日は3分の1私ことメルトちゃんに用があってきたの」

 

「なんか……二人とも悪いな。こいつも悪気があって来てるわけじゃないから少しばかり付き合ってやってくれや」

 

 メルトリリス。アルターエゴである彼女の霊基のベースは三柱の女神によって構成されている。その内の一柱がここにいるアルテミスだ。だからこそ、アルテミスがメルトの所にやってくるのは自然といえば自然なことなのだ。ただ、今まで二人が会話してるところを見たことがなかったせいかそこに考えが一切及ばなかっただけのことである。

 とは言えども、以前メルトがアルテミスを見かけてある種の現実逃避をしていたのを知っているわたしとしては、彼女の意思をしっかり確認するべきだと思った。故に私は彼女に問いかける。

 

「わたしは大丈夫だけど、メルトはどう?」

 

「…………大丈夫よ」

 

 消え入りそうな声でメルトは大丈夫と告げる。どう聞いても大丈夫ではないその声。しかし、彼女自身が大丈夫と言ったのだ。勝手な推測ではあるが、それはメルトなりにアルテミスに向き合おうとしている気持ちの表れだとわたしは捉えた。だから止めることはせず、彼女の言葉を尊重しようと思った。

 

「それじゃあまずはメルトちゃんに質問! 私のこと嫌い?」

 

「いきなり直球ですね!?」

 

 ある程度メルトの心境を察しているわたしは思わずそう返してしまう。ふと足元を見ると、オリオンが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。彼もメルトの心境をある程度察しているのだろう。

 

「えー、ダメ?」

 

「おまえなぁ……。ダメというよりもう少し順序ってものがあるだろう……」

 

「答えましょう。貴女は私にとって数少ない尊敬する女神の一柱だったわ。でもこのカルデアで見かけた貴女の姿は、私の思っていた貞淑で、敵対者に苛烈な女神像と全然違っていた。更に貴女が私を構成する要素でもある以上、私も将来そうなる可能性がある。つまり、私がそんな現実を受け入れられなかったというのが正しいかしらね。だから貴女と今日まで向き合うことは無かったわ。嫌ってるといえばそうなのかもしれないわね」

 

 メルトは、自分の中にあるアルテミスへの感情を整理しながら語った。その最中、アルテミスはちゃちゃを入れることもなくメルトの言葉を真剣に聞いていた。

 

「ふんふん、そっか。メルトちゃんは私のことそういう風に思ってたのね。これで色んなことに納得がいったわ。じゃあ次の質問――」

 

「待て待て。おまえ、勝手に自己完結して先に進むなよ。ほら、メルトリリスも困るだろ?」

 

「いいえ、こうなりゃやけよ、何でも答えてあげようじゃない!」

 

「メ、メルト……?」

 

 さっきのアルテミスへの自分の真意を伝える行為で、悪い意味で吹っ切れてしまったようだ。大丈夫かなぁ、心配になってきた。

 

「ダーリンは乙女心が分からないのね。メルトちゃんも良いって言ってるし改めて次の質問行っくよー!」

 

 ほんとに乙女心が分かってないのは貴女ですよアルテミス様!と心の中でぼやいたがアルテミスは神だ。神が人の心を分からないというのは至極当然とも言えるし、メルトもやけを起こしてるとはいえ彼女の質問を了承しているのでツッコミは入れないことにした。

 

「メルトちゃんってさ、好きな人いるでしょ? その人のこと教えて?」

 

「なっ――」

 

 いい加減にしてくださいアルテミス様!! これ以上わたしの胃にダメージを与えないで下さい! 以前にエルメロイ先生が言ってた胃がヘドバンするという感覚が分かりかけてるんですよ!と口に出したいのを抑えて必死に目で訴えかける。

 しかしその目は届くことなく、気づけばわたしの肩にオリオンがいてその小さな手で肩ポンをしてきた。あぁ、これがいつもオリオンが感じてる胃痛か……

 

「……何でも答えると言ったのは私よ。責任はとるわ。私が恋した人、岸波白野についての話をしましょう。まずは――」

 

 場の空気が爆発することはなく、メルトが淡々と岸波白野の話をし始めたことに私は胸をなで下ろす。……それにしても、やけが入ってるとはいえメルトはアルテミスに対しては甘い気がする。彼女を尊敬しているからなのか、それとも彼女が自分の一部とも言える存在なのだからかは分からないが。

 

 

 

 

 

「――これであの人の話は終わり。どう、満足したかしら、女神アルテミス?」

 

 三十分程かけて、メルトの岸波白野に関する話が終わった。

 

「なかなか面白い人ね、岸波白野。でも、かつてのあなたがとった行動を聞いてると、()()()()()()()()()()()()()。人間嫌いなところとかもそっくりだしやっぱりあなたは私と似てるのかも。」

 

 今まで二人を重ねてみることがなかったせいで気づかなかったが、アルテミスとかつてのメルトの恋愛対象への行動は似通っている節がある。永遠に続き、与え続ける一方通行の愛。アルテミスは見返りを求め、嘗てのメルトは見返りすら求めないという違いはあれど、実際に起こした行動の内容は少し通じるところがある。

 

「…………そうかもしれないわね」

 

「メルト、大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫。大丈夫よ」

 

「……仕方ねぇな」

 

 嘘だ。彼女は精神的にダメージを受けている。私がフォローを入れようとした瞬間、オリオンがこっちにやって来てわたしとメルトにだけ聞こえるような声で話し始める。

 

「いいか、嬢ちゃん。確かに以前の嬢ちゃんがやった事は女神(あいつ)と同じかも知れねぇ。それに霊基が女神によって構成されてるのも事実だ。でもな、嬢ちゃんはアルテミスとは違うさ」

 

「一体何を根拠にそんな事を言うのかしら、オリオン」

 

「俺を誰だと思ってる。ギリシャ随一の好色家(プレイボーイ)オリオンだ。見てきた女の数が違う。それにな、アルテミス(あいつ)の愛を一番知ってるのは俺だ。その俺が断言する。()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「貴方がそう言うのならそうかもしれないわね。…………ありがとう、オリオン」

 

 オリオンの言葉を聞いてメルトに生じた迷いは晴れたようだった。それにしても、オリオンはずるいと思う。普段は三枚目でゆるキャラのようなクマのぬいぐるみなのにここぞという場面で男を魅せる。姿は熊ではあるが、その言葉を聞くとオリオンが色々な女性に好かれる理由が分かった気がした。

 

「三人で何話してるの? 私も混ぜてよー」

 

「あいつに今の内容は聞かせたくないな……。悪いが二人とも話を合わせてくれ」

 

 わたしとメルトが頷くと、オリオンはわざとらしく大声を出して話し始める。

 

「嬢ちゃん、という事で座に帰る前に少しだけ二人で話さない?」

 

「せめて貴方がもう少し可愛らしいぬいぐるみだったら考えんたんだけど。見た目を整えて出直して」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 そのやりとりを聞いて笑顔でこちらへ近づいてきていたアルテミスの表情が一瞬で凍りつく。

 

「ひぇっ、違います! だからお仕置きはやめて下さい……」

 

「ダーリン、この話が終わったら部屋でじっくり()()()()しようね」

 

 オリオンの名演技で上手くごまかせたようだ。但し、オリオン自身が尊い犠牲となってしまった。

 

「それでメルトちゃん。話を戻すけど、貴方の想い人は未来の月にいるのよね」

 

「そうよ。2032年の月にいるわ」

 

「さっきの話ぶりからまだ諦めてなさそうだけど、どうやって会うつもりなの?」

 

「大したことをするつもりは無いわ。ネロやあの赤マントのアーチャーと同じように彼の呼び掛けに応えるだけよ。この場所にいる以上、私にも確かに座が存在している。それはつまり、あらゆる平行世界を観測しているはずのムーンセルによる月の聖杯戦争でも召喚される資格は満たしているという事。それに仮に私の予測が間違っていたとしても、多少の無理を押し通すだけの経験値はここにいる間に貯めておいたわ」

 

「つまり月に無理やり押しかけるってことよね? 私はよく分からないけど何だか難しい気がする!」

 

 アルテミスが言う通り、メルトが提示したプランには推測の部分が多く、実現には遠いだろうとわたしも思った。

 

「うん、わたしもアルテミスと同じで難しいと思ってる。だって……」

 

 と言ってわたしはそこで言葉を止める。今言いかけた内容はメルトが知らないことだからだ。

 それは、メルトリリスには正確な座が存在しない可能性があるということ。わたしがそれを知ったのはメルトがこのカルデアに召喚される直前。ちょうどセラフィックスで起きた事変が解決した日の翌日のことだった。

 

 

 

 

 

『BB、いる?』

 

 その日わたしは、カルデア上では唐突に現れたことになっているサーヴァントのBBの部屋に足を向けていた。理由はもちろん、カルデアでの召喚システムで新たに「メルトリリス」、「パッションリップ」という二体のサーヴァントが召喚可能なリストに追加されていたからだ。

 

『はぁ。マスターさん、何か御用ですか? これでも私忙しいんですけど』

 

『悪巧みで忙しいのなら押し通させてもらうよ?』

 

『くっ、察しが良いですね。流石は百以上のサーヴァントと有効な関係を気づいているコミュ力お化け……。分かりました、話くらいは聞いてあげます。出来る後輩系サーヴァントですので!』

 

 すると扉が開いたので、わたしは部屋に入ったのだった。

 

『立ち話もなんですし、適当に椅子にでも座ってください。ここに来たばかりでお茶もないですが許してくださいね? だってカルデアがこんなに用意の悪い場所だなんて思ってませんでしたから』

 

 ラスボス系後輩の名に恥じない悪そうな笑みを彼女が浮かべていたのはよく覚えている。その言葉に従ってわたしは椅子に座った。

 

『さて、私のところに来た理由は分かってます。メルトとリップの事ですよね』

 

『うん。話が早くて助かるよ。さっきムニエルさんに「見覚えのない霊基データが召喚可能なリストに追加されているからすぐに来て欲しい」と呼ばれて見に行ったら、メルトとリップの名前があったから来たんだ。あの事件のことを知ってるのはわたしとBBだけだよね? 何か知ってるなら話して欲しい』

 

『確かに貴女の読み通り、メルトとリップが召喚可能なリストに追加されたのは私の仕業です。では何故虚数事象として処理されたはずのあの出来事で出会った二人が召喚できるようになったのか? マスターさんはそこを疑問に感じてるんですよね』

 

 わたしはその時頷いた。上級AIなだけあってBBの説明は極めて論理的だった。

 

『じゃあその理由は分かりますか?』

 

『……分からないかな』

 

『仕方ありません。物分りの悪いマスターさんにも分かるように説明してあげましょう。私はルール破りの達人BBちゃんですよ。その辺をちょいといじれば召喚システムや英霊の座を騙してしまうことなんて虫さんを潰すことより簡単なのです!』

 

 そう宣言し、決め顔をしたBB。それをわたしは冷ややかな目で見つめたのだ。

 

『え、何ですかその表情。そこは驚いて私を褒め称える所ではないんですか?』

 

『いや、だって不正で呼べるようになったサーヴァントって怖くないかなーって』

 

『そうでした……。マスターさんはとことん善良で損な性格をした要領の悪い人でした。BBちゃん、反省です』

 

 困惑と憐れみを混ぜたような表情でそう言ったあと、BBは真面目な表情に切り替えて話し始めたのだ。

 

『という訳でちゃんとした説明をしましょう。私はあの時、消滅するメルトとリップの霊基を保存し、座に登録されているかのごとく錯覚させる処置を行ったのです。いえ、もしかしたら座自体に登録されたのかも知れませんがそこは私も認識出来ない領域です。ともかく、そのように処置を行うことによってメルトとリップを召喚できるようにしたのです』

 

『ふむふむ、だいたい分かったよ。つまり、二人を呼べるのはBBのお陰ってことだよね?』

 

『ふぅ、漸く分かってもらえましたか。あ、でも一つだけ注意点があります。私が保存したのは霊基のみ。つまり、セラフィックスでの事変の記憶は二人にはありません。そこは覚えておいてくださいね』

 

『そっか。少し悲しいけどそれでもありがとうBB』

 

『お礼は結構です。……それにしても、貴女は私にだけ記録を残して、自らの恋を永遠にするんですね』

 

 お礼を言った私に対してBBがこぼした一言が、何故か強く印象に残っていた。

 

『どういうこと?』

 

『何でもありません、ただの独り言ですよ。それより、用が終わったなら帰って貰えますか? 私はこれから部屋を整えないといけないので』

 

『うん、分かった。ありがとうBB。次に来る時はお菓子くらいは持ってくるよ』

 

 結局、その時にはぐらかされてしまって詳細を聞くことが出来なかった。そしてBBが退去してしまった今、わたしが真実を知ることは不可能になってしまった。

 

 

 

 

「立香!」

 

 メルトの呼ぶ声でわたしは過去の思い出から現実に引き戻される。

 

「ごめん、少しぼーっとしてた」

 

「毎日忙しくて疲れているのは分かるけど話に集中してほしいわね。それで、さっきの話の続きを聞かせて欲しいのだけど」

 

「うん。……さっきのメルトの話は推測部分が多かった。その不確定要素が多い以上、白野さんの所まで行くのは難しいんじゃないかな」

 

 さっき口に出そうとしたこととは別の言葉を述べる。これも本心だったので嘘はついていない。

 

「確かにアナタの言う通りね。不確定要素が多いことは認めるわ。でも、それくらい乗り越えられなくて恋が叶えられるかしら?」

 

 そう言って不敵に笑うメルト。その表情からは自分の恋を叶えるためならばその試練はどれほど難しくても越えてみせると言う彼女の気概が感じられた。

 

「うん! メルトちゃんのそういう所、凄く気に入ったわ! ちょっと手を出して」

 

「少し待ってもらえるかしら。…………これで良い?」

 

 メルトは動かしにくい手を必死で動かして手を出す。

 

「うん、OK! じゃあ加護を上げちゃうわ!」

 

 そう言ってメルトが差し出した手を強く両手で握るアルテミス。暫く握った後、彼女は手を離す。

 

「嬢ちゃん、良かったな。アルテミス(こいつ)は英霊クラスまで能力が制限されているとはいえ神霊、それも月を司る女神だ。その加護を受け取った以上、成功する確率はかなり上がっただろうよ」

 

「あまり実感はないのだけれど……。ともかく感謝するわ、女神アルテミス」

 

「お礼は良いから、その恋頑張って叶えてね。……それじゃあ私達はそろそろ行くわね。最後に話を聞けて良かったわ」

 

「じゃあな嬢ちゃん。頑張れよ」

 

「ええ。二人とも縁があればまた会いましょう」

 

 そう言ってアルテミスとオリオンは去っていく。

 

「じゃあ、わたし達も管制室に行こうか」

 

「そうね、少し時間を取られてしまったし急ぎましょう」

 

 

 

 

 管制室に向かっていると、唐突に後に誰かがいる気がした。

 

「誰かいるの?」

 

 振り向きながら問いかけると、そこにはメルトとよく似た顔をした少女のサーヴァントと緑の衣装に身を包む二枚目のアーチャーがいた。

 

「おいおい、気づかれちまったぞ。どうすんだ?」

 

「ロビンさんが急かすからじゃないですか! やっぱり一人で来た方が良かったかも……」

 

「またオレのせいかよ! そもそも一人じゃ怖いからついてきて欲しいって言ったのはどこの誰でしたかねぇ!?」

 

「わたしだって本当は他の方が良かったです! でも近場にいたのがロビンさんだけだったんで仕方ないじゃないですか!」

 

 そして勝手に喧嘩を始めていた。流石に見ていられないので声をかける。

 

「ロビンとリップ、少し落ち着いて!」

 

「あ、ごめんなさいマスター」

 

「そうだな、オレも少し熱くなりすぎた。すいませんね、マスター」

 

「それで、二人とも何か用?」

 

 そう尋ねると、ロビンは目線でリップに対して話すように促す。

 

「あのマスター、それにメルト。メルトの退去の時にわたしも立ち会わせてもらえませんか?」

 

「わたしは大丈夫だけど、急にどうしたの?」

 

「さっきガウェインさんと話してた時にガウェインさんがアルトリアさん達の退去に立ち会ってると聞いたので、わたしもメルトの退去に立ち合いたいなって思って」

 

 ガウェインを始めとした円卓の騎士はアルトリアの退去に付き合っている。その話を聞いたリップもメルトの退去に立ち合いたいと考えるのは至極当然の事だろう。でも確かリップは今日……

 

「私も別に貴女が立ち会うことは構わないのだけど。リップ、確か貴女今日は食堂の当番ではなかったかしら?」

 

 わたしが気になったことを先にメルトが聞いてくれた。リップは今日食堂の当番だ。それにこの時間は人が増え始める時間である。とても出てこれる状況ではないはずだ。

 

「それは、一緒に話を聞いていたキャットが代わってくれるって言ってくれたのでお言葉に甘えました。ガウェインさんもお手伝いしますと言ってくれたのですが、何故かキャットに止められてしまって……」

 

 そのキャットの判断は正しい。危うく晩のメニューが根菜地獄になる所だった。

 

「分かった。メルトもOKみたいだし一緒に管制室まで行こうか。ロビンも付き添いありがとうね」

 

「いやいや、オレは別に大したことはしてませんよ。それじゃあここいらで失礼しますね」

 

 そう言ってロビンが背中を向けて立ち去ろうとした時のことだった。

 

「待って!」

 

 メルトがロビンを呼び止めたのだ。さっき、メルトとロビンの以前の話も聞いた。話せる機会がある以上、話そうとするのは当然のことだろう。

 

「オレに何か用かい? メルトリリス」

 

「貴方に話したいことがあるの」

 

「そうかい、だがオレにはないね。だいたいアンタの話も月の裏での事だろう? あの時のオレはアンタらの陣営にいながらそれを裏切る行為をしたんだ。アンタがオレを仕留めようとしたことは至極当然。そんな事は既に気にしちゃいないさ」

 

 ロビンはこちらを見ることなく言葉を紡ぐ。シニカルな彼らしい言葉でありながら、怒りや嫌味っぽさは感じられなかった。

 

「貴方はそうかもしれない。でも私の中ではまだ決着がついていないのだけれど」

 

「アンタが実際のところどう思ってるかオレは知らない。オレからすればアンタは自分の恋に殉じ、オレも自分の忠義ってやつに従っただけさ。……仮にそれがメルトリリスの罪だったとしてだ。――アンタは既にその贖罪を超えるくらいには働いたさ」

 

 そこまで言ってロビンは振り返り、いつも通りの飄々とした口調で告げる。

 

「オレもアンタも人類史を救ったんだ。アンタの贖罪分くらいは果たされねぇと割に合わないってもんだろ?」

 

「…………っ」

 

 その言葉はメルトからすれば意外なものだったらしい。驚きに目を開いたあと、納得したように落ち着いた表情になる。

 

「そうね。貴方のいう通りかもしれないわ」

 

「そうそう。ま、そういう事だからあの時のことはチャラだ。次会う時まで引きずらないでくれよ、メルトリリス?」

 

「ええ。次に会う時があれば、ね」

 

 今度こそロビンはこちらに背中を向け廊下の向こう側へ消えていく。それを見送ったあと、リップを加えてわたし達は再び管制室へ向かうことにした。

 

「じゃあ、行こうか。二人とも」

 

「ええ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 そこから先は誰とも会うことなく、わたし達は無事に管制室に辿り着いた。

 

「待ってたよ、立香ちゃん。早速で悪いけど時間が押しているから始めてもいいかい?」

 

「はい、お願いします! 二人とも、行ってくるから最後に二人で話しておいたら?」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 そうして早速退去のための作業が始まる。既に二桁単位で数をこなしているので流石のわたしも慣れてきた。ふと、リップとメルトの様子を見ると二人が仲睦まじい感じで話している様子を見ることが出来、思わずわたしの頬も緩んでしまった。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで大体の作業は終わり。最後にメルトリリスの所へ行ってきなよ」

 

「じゃあ行ってきますね」

 

 作業は何の問題もなく進み、いよいよ退去の時がやってきた。

 

「用意が終わったよ。リップ、ちゃんと話したいことは話せた?」

 

「はい! じゃあ、元気でね。メルト」

 

「そっちこそしっかりやりなさい。一応ガウェインに貴女のことを頼んでいるから、何かあったら彼のことを頼るのよ」

 

「もう、メルトったら!最後までお姉さんぶらないで! わたしだって一人で出来るもん!」

 

「……そうかもしれないわね。ねぇ、リップ。私達、ちゃんと成長できたかしら? 今なら、白野にだって受け入れてもらえるかしら?」

 

 それは滅多に見ることのないメルトが自発的に吐く弱音。いつも自信に満ちているメルトリリスが、姉妹と呼べるパッションリップに吐いた彼女の本心。

 

「うん。メルトもわたしも頑張ったからきっと大丈夫だよ!」

 

「……うん、そうね。私らしくない質問だったわ。それじゃあリップ、機会があればまた会いましょう」

 

「うん! またね、メルト」

 

「それじゃあメルト、行こうか」

 

「そうしましょう」

 

 (リップ)との別れを済ませ、わたしとメルトは退去促進術式の元へ向かう。

 

「メルトはここからが本番だよね。準備は万全?」

 

「不安がないといえば嘘になるわ。でも、このくらいの障害を乗り越えなくて何が恋かしら?」

 

「メルトらしいね。わたしも全力で応援するよ」

 

 そう、だからこそわたしからも彼女へ贈り物をしよう。こんなものしかないけど、彼女は喜んでくれるだろうか。

 

「令呪を持って命じる。」

 

 これが今のわたしから彼女へ贈ることの出来るたった一つのもの。

 

「立香!?」

 

「必ず恋を叶えて、メルト!」

 

 令呪という魔力リソースを使って行う彼女への応援。カルデアの令呪に強制力は無い以上、どれだけ効果があるかは分からない。でも、これがわたしに出来る最大限の応援だ。

 

「あ、アナタはバカなの!? 貴重な令呪をこんな事に使うなんて!」

 

「一日に一画回復するから大丈夫だよ。今日はもう使う予定もないし、保険分は残してあるから。それに、言ったでしょ。全力で応援するって」

 

「全く、アナタは本当にバカなマスターね。でも、ありがとう。この応援を無駄にはしないわ」

 

 そして、こんなやり取りをしているうちに術式の元へ着いていた。

 

「さて、お別れだね。メルト」

 

「ええ」

 

 そう短く返事をした直後、メルトの体が透け始める。最後に感謝を伝えないと。

 

「ありがとう、メルト。貴女のお陰で今わたしはここにいるよ」

 

「大げさね。アナタにはほかのサーヴァントも沢山いたじゃない」

 

「大げさでも何でもない、本心だよ。貴女が私を救ってくれたんだ。だからね、ありがとう」

 

 例え彼女の記憶に無いとしても、わたしは知っている。本来死ぬはずだったわたしを救ってくれたのは彼女だということを。

 

「そう、なら素直に受け取っておくわ。こちらこそありがとう、立香。私の最初のマスター。アナタとの日々は楽しかったわ」

 

 そう言って、メルトは穏やかな微笑みを浮かべ消えていった。

 

「メルトリリスの退去を確認。お疲れ様、立香ちゃん」

 

「頑張ってね、メルト」

 

 わたしは、何もなくなった術式の上でそう呟いてから少し想像してみる。

 

 

 

『死にかけていても立ち上がろうとする不屈の闘志。それでこそ貴方よ。だから、私が助けてあげる』

 

『尋ねましょう。貴方が、私のマスターかしら?』

 

 

 

 メルトが月で岸波白野に無事に出会える姿を想像してみると、何だかわたしも嬉しくなってしまうのだった。

 

 ――メルトリリス、退去完了

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とある平行世界の2032年、SE.RA.PHにて

 

『さて、それじゃあ私達の部屋に戻りましょう、白野』

 

『そうだね』

 

 メルトリリスと彼女のマスターが話している。

 

『白野、手を握ってもらえるかしら』

 

『こう?』

 

 メルトリリスに頼まれ、岸波白野は彼女の袖に隠れた手を握る。

 

『もっと強くして。私がちゃんとあなたを感じられるように』

 

『うん』

 

 そうして、手を繋いだ二人は廊下を歩いていくのだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
かなり遅くなってしまって申し訳ありません。
結果的にメルトリリスの誕生日に投稿できたのは幸運というべきか不幸と呼ぶべきかは分かりませんが、とにかくHappy Birthday Meltlilith!
このエピソードが完結できたのも読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになりますのでいただけると作者がとても喜びます。

まずは次回の予定を。次回はクー・フーリン(ランサー)編に入ります。
四月中には投稿したいと思ってますが、年度始めで忙しいためにどうなるかは未だ決まってません。クー・フーリンの話は前後編を予定しています。お待たせするかも知れませんがよろしくお願いします。

それでは、今回も補足説明をさせていただきます。(2018/04/10 20:45追記)
・この話の時系列
胤舜&書文先生の話とアルトリアの話の間になっております。比較的早めの話です。

・第一幕の冒頭について
メルトリリスの絆礼装を見ながらこんな会話が行われているといいなぁと思って書きました。ザビのフィギュアがある、アマリリスの花束など礼装に散りばめられた要素を回収しきった……はずです。

・静謐ちゃんについて
彼女はうまく生かしきれませんでした。これは私の考えですが、カルデアにおけるメルトと静謐ちゃんには被る所が多いと考えています。
静謐ちゃんは蒼銀での恋の記憶を、メルトはセラフィックスでの恋の記憶を保持していません。これは捉えようによってはその瞬間を生きた彼女たちで記憶を永遠にしたとも考えられます。それが1つ目の共通点。
そして2つ目が本来一方通行の愛しか出来なかったはずの二人が手を取り合えるタイプの愛を育める環境や性格になっているということです。
3つ目が二人とも毒を扱うサーヴァントであるという事です。
これらの共通点があると考えているのでもう少しうまく生かせれば良かったのですが……反省です。

・フィギュア関連について
これは、私自身がフィギュアを普段買わない人間なのでかなり苦戦しました。ネットで調べた知識などを組み合わせて、どうにかメルトのドールマニアっぷりを表現出来ていると良いのですが。

・円卓定例会議について
今回の暴走枠です。円卓組がこんなことやってると面白そうだなって内容を書いてみました。

・リップのカレーについて
リップの成長描写も書きたかったのでわかりやすい例として用意しました。投稿途中のバレンタインイベントで設定が崩れてしまった気もしますが、最後まで行くとこれぐらいできるようになってる可能性もありますよね……?

・メルトの食事シーンについて
立香とメルトの距離感、メルトの不器用な姉感を出してみたくて投入しました。FGOでのメルトとリップの距離感はかなり好きです。

・メルトへの五つの質問について
この辺りは勢いで書いた感じもあります。ひとつ悩んだところがあるとすればCCC関連をどこまで書くかでしょうか。すべて話してしまうと長くなりすぎますが、全く書かないと最後のシーンを理解してくれる人が少なくなってしまうという懸念があったので、概要だけ書くという形に落ち着きました。

・メルトのバレエについて
どうしてもやりたかったことです。個人的な話になりますが、私にはメルトリリスに関して絶対に叶わないと思ってる人がいます。
その方も行っていないことを何かやりたいと思った時に、メルトらしいはずなのにほとんど書いてるのを見ないメルトに純粋にバレエを踊ってもらうということを思いつきました。バレエも見た事がないので苦労しましたが、FGOの態度の軟化したメルトだからこそできる他者への協力要請と舞台を全員に公開するという要素も入れられたので満足です。

・メルトと芸術家サーヴァントの絡みについて
本来はアンデルセンとやりたかったのですが、キアラとの退去に付き合うというのは私の中で確定事項でしたので、言及という形にとどめました。その代わりに書くと手間が三倍と噂のシェイクスピアさんに頑張ってもらいました。結果としては上手くいったと思います。

・メルトとナーサリーについて
これもどうしても書きたい話でした。本来ならば終幕に収める予定でしたが、LEのありすとアリス回を見て分割を決意しました。私個人のFGOにおけるナーサリーの解釈を踏まえながら書いたのですが、割と綺麗に、自然に書けたと思ってます。

・オリオンとアルテミスについて
メルトリリスの構成女神の一柱であるアルテミスは避けることは出来ないと考えていました。彼女には自由に動いてもらいましたが、結果的に月へ跳ぶ理由の正当性と、オリオンのカッコ良いところが引き出せたので良い仕事をしてくれたと感じてます。

・ロビンについて
彼は自分の中ではかなりお気に入りのキャラクターです。ですから、セリフは自然な形で出てきました。上手く書けてるかの自信はあまりないのですが。

・最後のシーンについて
最初から白野とメルトで締めることは決めてました。
本来は立香が想像するだけで終える予定だったのですが、登校途中に出たちびちゅきの新刊の表紙を見て、最後のシーンを入れました。白野も喋ってますが、性別がわからない程度に止めてあります。
私が思うに、CCCのメルトと白野は決して結ばれることはないです。ですが、人と共に歩むことを決めたメルトならきっと結ばれることが出来るはず。そう信じてあのシーンを書かせてもらいました。

活動報告なのですが、時間がギリギリなのでのちのち追記させて貰います。申し訳ありません。(補足説明は追記済、活動報告も2018/04/10 22:37に投稿しました。)

もし分からないことなどあればメッセージ、感想で質問を下さればお答えさせてもらいますのでお気軽にどうぞ

それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。宜しければ感想等お願いします。

今後優先して欲しいことはどれですか?

  • 更新速度
  • 1話辺りの密度
  • 色んなサーヴァントの出番

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