お待たせしてしまって申し訳ありません。それでは、本編をどうぞ。
前編 「光の御子」との穏やかな時間
コンコンと扉を叩く音がわたしの耳に届く。
「うーん、あと五分……」
意識がまだはっきりしないわたしはこの様に布団の持つ魔力に完全に負けていた。世界の危機には立ち向かえるが、この
「おいマスター、いい加減起きろよ」
聞くと安心感を与えてくれる低く男らしい声が扉の外から聞こえてくる。それと同時にわたしの意識もようやく明瞭になってきた。そうだ、今日の退去者は今、外からわたしに声を掛けてくれている彼だ。
そこまで考えたところでわたしは肝心な事を思い出した。まずいと慌てながら部屋の時計を見る。時間は六時半を指していた。わたしは飛び起き、慌てて扉のロックを解除して飛び出す。
「ごめん、クー・フーリン! 三十分寝坊した!」
「起こしに来て正解だったぜ。おはようさん、立香」
「うん、おはよう。クー・フーリン」
「ところでおまえさん、着替えなくて良いのか?」
「あっ……」
あまりにも慌てていた為に思わずパジャマのまま出てきてしまった。しかも、よりによって今着ているパジャマは以前にジャガーマンから貰ったネコ(?)のキグルミパジャマだ。
え、どうしよう。恥ずかしい、恥ずかしすぎて死にたい。ふと、クー・フーリンと目が合った。彼は微笑ましいものを見たと言わんばかりの表情でこちらにニヤケ笑いを向けている。
「うわぁぁぁ! 令呪を持って命じるぅ! 今見たこと忘れてぇぇ!」
そう叫んでわたしは一度開けたドアをすぐ閉めてロックをかけたのだった。
三分ほどすると動揺も治まった。なのでわたしは改めてドアの外にいるであろう彼に声をかける。
「着替えるからちょっと待ってね」
「おう。……その、なんだ。悪かったな。おまえが余りにも変わった格好してたせいで笑っちまった。でも改めて考えてみると似合ってるかもな。オレはあんな可愛いのも良いと思うぜ」
……え? ちょっと待ってほしい。どういうことだ? 確かにわたしは令呪を使ってしまったはず。手の甲を見ても画数が減っているのが確認できた。
「待って。もしかして……さっきの事覚えてるの?」
「ん? もしかしてまだ寝ぼけてるのかよ。カルデアの令呪には強制力が無いって教えてくれたのはおまえさんじゃねぇか」
……あ。そうだった。思い出した瞬間、急に頭が冷えてくる。カルデアの令呪はあくまで魔力リソースで、マスターとサーヴァントの思いが噛み合った時に少しの無茶を叶えるほどの力はある。だけど、純粋な命令は通じないらしい。
「という事は……わたしがあんな可愛いパジャマを着てたことも、それを見られて取り乱したしたことも全部覚えてるって事……だよね?」
「まあそうなるな。でも安心しな。オレは結構忠実サーヴァントだぜ。アンタが黙ってくれって言うなら漏らさねぇよ。それに、今日で終わりだから言うタイミングもねぇしな」
「うん、それもそうか。見られたのがクー・フーリンだったのは不幸中の幸いかも」
既に退去しているのでそんなことは万に一つもないが、これを見たのが黒ひーやメッフィーなら間違いなく碌でもないことになっていたと思う。
「分かったならとっとと着替えちまいな。オレはここで待ってるからよ。準備が出来たら声をかけてくれや」
「分かった。ちょっと待っててね」
そう言いながらわたしはクローゼットを開き、今日の服へと着替え始める。服というが、カルデアで活動中に着ている服は基本全て礼装だ。不測の事態に陥った時に即時に対応できるようにするため、そういう規則になっている。
そう言えば、軽装で来るように言われたんだっけと昨夜交わした会話を思い出す。
『よっ、マスター。それにマシュの嬢ちゃんと、円卓のベディヴィエールだったか?』
『フーフーヒン!』
昨日、ベディヴィエールとマシュとの三人で夕食をとっているタイミングで彼は声をかけてきた。ちょうどその時のわたしは付け合わせとして出されたじゃがバターを口に入れた所だったので、ちゃんとした返事が出来なかった。
『マスター、取り敢えず口に入っているじゃがバターを食べ終わってから話した方がよろしいかと。何でしたら
『ベディヴィエールさん、今の問題はそこではないと思います……。ランサーのクー・フーリンさん、先輩にご用事ならちょっとだけ待ってくださいね。』
『おう、待つ待つ。のんびり食いな。』
『……そう言えば、もう残っているクー・フーリンさんは貴方だけですからランサーのとつける必要はありませんでしたね』
『確かに、とうとう残ってるのはオレ一人になっちまったからな。自分が沢山いるってのは奇妙な感覚だったが、どうやらそれにも慣れてたみたいでな。今となっては逆に自分一人だけって感覚がしっくり来なくなってる』
そう言った彼は気さくな笑みを浮かべていた。
『それにしても自分が何人もいる感覚とは一体どのようなものなのでしょうか……。クー・フーリン殿の様に我が王も沢山おられましたが、そのような話は最後まですることはありませんでしたし……』
自分が何人もいる感覚、経験したことのないわたし達には分かることはないのだろうが、必ずしも良い感覚ではないのだろうなとその時のわたしはじゃがバターを飲み込みながら考えていた。
『ごめん、お待たせ。クー・フーリン、何かわたしに用事?』
『まあな。早速本題から行かせてもらうが、明日はオレの退去予定日だろう? だから明日の予定についてちょいと話したいと思ってな』
『あぁ、成程ね。クー・フーリンに何か希望があるなら教えて欲しいな』
こういう事はこれまでも何度もあった。最後の時間、どうせなら彼ら彼女らのささやかな望みを叶えてあげられるならわたしにとってはそれがベストなのだ。だからこそわたしは彼に希望を尋ねる。
『それじゃあ遠慮なく。とりあえず明日は朝六時にオレの部屋まで来てくれねぇか。服装はなるべく軽装がいいな。詳しい内容は明日までのお楽しみってことにしといてくれや』
『朝六時か……。起きれるか不安だな』
事実起きれなかったのでこの不安は現実のものとなってしまった訳だが。
『おまえさんは朝に弱いからなぁ。まあ、あまりにも遅かったら起こしに行ってやるよ』
『頑張るけど、ダメだった時はお願いね』
『任せとけ! さて、これでマスターへの用事は終わりだな。ベディヴィエール。アンタにも少し用がある。食事が終わってからで良いから少し顔貸してくれ』
『私ですか? よく分かりませんが、この私で宜しければお伺いします』
『寧ろアンタにしか頼めない用事だぜ。ま、詳しい事は食後にな。オレは部屋で待ってるから好きなタイミングで来てくれや。じゃあ先に失礼させてもらうぜ』
わたしもマシュも、わたし達が聞くべき話ではないと察したので深く追求することは無く、クー・フーリンは部屋に戻って行ったのだった。
昨日のやりとりを思い出してみたが、結局今から何をするのかは分からなかった。そして、思い出している間にわたしの着替えは終わったので彼に声をかける。
「準備出来たよ」
「よし、なら早速行こうぜ。とりあえず部屋から出てこいよ」
「うん。今いくよ」
部屋を出る前に一瞬鏡の前で立ち止まり自分の服がパジャマでないことを再確認する。有り得ないとは分かっているが、それでもさっきの失敗はかなりキツかったのだ。
よし、大丈夫。そう心の中で確認しながらわたしはドアを開き外に出る。
「改めておはよう。クー・フーリン」
「ならこっちも改めてだ。おはようさん、立香」
仕切り直しと言わんばかりに挨拶を交わすわたし達。そして、クー・フーリンとの最後の一日が始まる。
「それで、結局今日はどこに行くの?」
廊下を先導するクー・フーリンに向かってわたしは尋ねる。そろそろ教えてくれても良い頃のはずだ。
「シミュレーターの一つだよ。設定は既に頼んである」
「そこに何があるかはまだ内緒かな?」
「そういうこった。ところで、朝飯食ってないだろう?
そう言って彼は手元のビニール袋から紙で包まれたパンを差し出してくる。わたしはそれを受け取り包み紙を解く。
「これって……」
「あぁ、
「まじですか……」
子供か! わたしは心の中でエミヤに毒を吐く。クー・フーリンがゲッシュの都合上、犬の肉を食べてはいけないことをわかった上であえて名前だけドッグとついているホットドッグをクー・フーリンに渡したのだ。
「あの野郎、『良かったら君も食べるかね』とか澄ました顔で行ってきやがったからな。危うく朝から喧嘩沙汰だったぜ」
「一応確認だけどホットドッグが犬を使った料理じゃないことは知ってるよね?」
「まぁな。前の聖杯戦争の時にたまたま食っちまってよ。その時はゲッシュを破っちまったかと思って慌てちまったが、前に時間のある時にマシュの嬢ちゃんに頼んでホットドッグの名前の由来を教えてもらったのさ」
「そう言えば、わたしも名前の由来までは知らないな」
普段の生活の中では知ることのない知識であり、いわゆる雑学という奴である。マシュはちゃんと説明できたあたり流石だなぁと思う。
「何でも複数の説があるらしくてな。その中で一番支持されてる説ってのを教えて貰った」
「それってどんな説なの?」
わたしが尋ねると、彼はわたしの持っているホットドッグに挟まっているソーセージを指さす。
「ソーセージとダックスフントって見た目が少し似てるだろ。だから元々ホットドッグはダックスフントって名前で売られてたそうだ。ところがある日、どこぞやの漫画家がほんとにダックスフントがパンに挟まってる漫画を書いて、タイトルに『ホットドッグをどうぞ!』なんて付けたとだとさ。そっからホットドッグって名前が広まったって話らしいぜ」
「言われてみれば確かに似てるかも……」
わたしは手元のホットドッグをまじまじと見つめながら呟く。
「それを聞いてから改めてホットドッグを食べる気が無くなっちまったよ。ダックスフントを食べてる気分になって精神的に良くねぇ」
今聞いたわたしもパンの中にダックスフントが挟まってるイメージが頭から離れなくなっている。クー・フーリンからしたら気が気じゃないのは想像に難くない。
「ま、それはオレの話だ。おまえさんにはそんなゲッシュもねぇんだ。遠慮せず食っちまいな」
「そうだね。じゃあとりあえずいただきます」
ここで変に気を回すのは逆に良くないと思ったのでわたしはホットドッグを食べることにする。
「オレの分と言ってあいつが渡してきたやつもある。ついでに食ってくれや」
口にまだ一本目が入っていたので、わたしは無言で頷きながらクー・フーリンが差し出してきた二本目のホットドッグを受け取る。
「食べながらで良いから移動するとしようぜ、マスター」
わたしはちょうど一本目を口に入れ終わり空いた方の手で丸印を作った。
「ここだぜ」
ちょうど二本目のホットドッグを食べ終わったあたりで、目的地にたどりついた。事前に彼の言っていた通り、シミュレーターの一つで間違いない。
「どうやら頼んでた調整も道具の用意もできてるみたいだな。なら早速行くとしようぜ、立香」
「オッケー! 行こう」
中に入るとそこには見覚えのある景色が広がっていた。
「ベディヴィエールに聞いたぜ。前にも来たことあるんだろ?」
「うん。休みの日とかに何回か来たよ」
かつて、カルデアが破壊される前に何度か連れてきてもらった懐かしのシミュレーターだ。マシュがメディカルチェックの日にベディヴィエールに教えてもらって以降、トリスタンやベディヴィエールと一緒に何度か休息を取りに来たことがあった。
「やっぱりオレの見立ては間違っちゃなかった。ここはのんびり釣りをするには最適な場所だな」
「でも、なんでクー・フーリンがこの場所を?」
わたしが知る限り、ここの事を知っているのはわたしと、ベディヴィエールとトリスタンの三人だけだ。以前来た時に内密にしてほしいと言われたので誰かに教えたことは無い。
「そう怖い顔するなって。前に間違えてここに入っちまったことがあってな。その時にトリスタンとベディヴィエールに他言無用って約束をしたのさ。だけど、もうカルデアも解体されるだろ? だから最後くらい使ってみてぇなと思って昨日のうちにベディヴィエールに頼んどいたんだ」
「あぁ、昨日のはそういうことか。納得したよ」
昨日、クー・フーリンがベディヴィエールに用事があると言ってたのはこの事だったんだ。言われてみれば納得の理由である。
「ま、それじゃあぼちぼち始めようぜ」
そう言って釣竿を1本差し出してくる彼。わたしはそれを受け取る。
「ところで、何時くらいまで釣りをするつもり? ここじゃ暗いし時計もないから時間が分かりにくいんだよね」
「釣りってのは時間を気にして楽しむもんじゃねぇよ。心配すんな、ちゃんと時間になったら知らせてくれるように頼んである。だからその手につけてる時計も外しとけ」
「確かにそうだね。時間を気にしてたら気が休まらないし。うん、クー・フーリンの言う通りのんびり楽しむよ」
そう言ってわたしは手元のウェアラブル端末の電源を切る。彼の言い方的にわたし達がここにいるのは知られてるみたいだし、何かあったら直接ここまで呼びに来るだろう。
「そうそう、それくらいで良いんだよ」
「じゃあ改めて、始めよう!」
「おう!」
釣りを始めてからどれくらいの時間が経っただろうか。その間、わたし達は釣り糸を垂らしながらいろんな話をした。前にキメラ鍋をして犬の肉を食べちゃったかもしれないこと。バレンタインの時の庭園でのカカオ農場のこと。エミヤやアルトリアとの馴れ初めの話。
その間に何匹からの魚を釣り上げた。それらは後で昼ごはんに食べようとのことらしくクー・フーリンが速攻で締めてくれた。
「こうしてクー・フーリンと釣りをしてるとスカイ島の事を思い出すよ」
「そういやそんなこともあったなぁ。オレにとっては割とひどい思い出も多いんだけどよ」
「確かに男性陣は基本的に大変だったよね……。魔猪にやられたディルムッドにフィンとか、直ぐに退場させられた黒ひーとか」
「オレは最後まで生き残ったが、船から落ちた時はもうダメかと思ったね。まあ、しぶとさには自信があるんで何とか生き残ったんだがよ」
あの島の思い出はわたしの中にしっかりと残っている。みんなで作り上げた家、開拓した島。そう言えば、うりぼう達は元気だろうか?
「ほんとに色々あったね。そう言えば、あの島も影の国の一部なんだよね?」
「どうもそうらしいな。オレも影の国の隅から隅まで知ってるってわけじゃねぇ。全部知ってるのはそれこそ師匠くらいだろうよ」
師匠、スカサハが退去してから既にかなりの時が経過していた。
「スカサハ師匠かぁ。あの人、結局影の国に戻ったのかな?」
「どうだろうな。そればっかしは実際に行ってみるでもしないと分かんねぇよ」
「だよね。出来るならあれで満足して英霊の座に行けてたら良いんだけど」
「立香。その、なんだ。あの時はかなり迷惑かけちまったな。改めて謝っとくぜ」
彼の言うあの時、それはスカサハの退去時に起きた騒動のことだろう。
スカサハ(ランサーの方)が退去の日に、わたしを人質にとって、解放して欲しければ彼女を殺して見せよと言ったところからそれは始まった。
このままでは不味いと思ったわたしは決死の覚悟で彼女と交渉。最低限のルールとして、スカサハ自身は誰も殺さないという決まりと場所の指定をを設けた上で戦闘が始まった。彼女に挑むのはクー・フーリン全員、フェルグス、メイヴなどのケルト組と腕に覚えのある戦い好きの英霊達。
戦いは乱戦を極めたが、最終的にはランサーのクー・フーリンがボロボロになりながらも決めたのだ。その最後の瞬間はきっと忘れられない。
『師匠、いやスカサハ! この一撃、手向けとして受け取るが良い――!
そうして投擲された槍はスカサハの
『ふっ、遅いぞクー・フーリン。随分待たせてくれたじゃないか』
『待たせて悪かったな、師匠』
『うむ、英霊になったとしてもお主4人がかりなら英霊の枠に閉じ込められた私は殺せるか』
『全く、ほんとに強くなりやがって。でもこれで終わりってわけじゃないんだろう?』
『あぁ。儂は今満ち足りた気分だが、このままここから消えたとしても影の国に戻るだけだろうな。それだけは残念だ』
『影の国のアンタはこのレベルじゃすまないんだろう?』
『もちろんだ。儂を誰だと思っておる。お前の師匠にして影の国を統べるスカサハだぞ。出来るならば、本体でもこのような感覚を得られる日が来て欲しいものだ……』
『逝くのか、師匠』
『うむ、どうやらそうらしい。ではな、クー・フーリン。いつかお前が儂の本体を殺しに来てくれるのを楽しみにしておるぞあぁ、これが死ぬということか……。何とも、満ち足りた感覚だ……』
こんな風にスカサハは満足そうに退去したのだが、カルデアの被害は大きかった。でもそれはクー・フーリンのせいではないと思うし、わたしとしてはスカサハ師匠が満たされたのだからそれはそれでよかったのだとも思う。
「そんな、謝らないでよクー・フーリン。貴方のせいじゃないし、結局すべて丸く収まったんだからそれで良いでしょ?」
「……ほんとにおまえさんには敵わないぜ、マスター」
この穏やかな時間はあともう少しだけ続く……
ここまで読んでくださってありがとうございます。かなり間が空いてしまって申し訳ありません。それと、活動報告で宣言した投稿時間からかなり遅れてしまったこともお詫びします。
評価や感想、お気に入り登録は本当に励みになります。いつも皆さんありがとうございます。
次回ですが六月中にクー・フーリン編の完結を目指したいと思ってます。今度はなるべく間を開けないように頑張りますのでよろしくお願いします。
もし分からないことなどあればメッセージ、感想で質問を下さればお答えさせてもらいますのでお気軽にどうぞ
それでは、繰り返しになりますがここまで読んでくださってありがとうございました。
今後優先して欲しいことはどれですか?
-
更新速度
-
1話辺りの密度
-
色んなサーヴァントの出番