「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

5 / 18
1ヶ月ほど間が空いてしまいまって申し訳ありませんでした。剣豪シナリオに夢中になったり色々な用事があったせいでかなり遅くなってしまいました。
それではどうぞ

※こちらの話はバレンタインで設定公開される前に書いたものになります。そのため、現在の設定とはズレがありますがご了承ください。


エミヤ〔オルタ〕編
前編  「悪の敵」は何故魔道に堕ちたのか


『あの御方は我等にとって必要な人だ。貴方が彼女を殺そうというのなら私達は貴方を殺してでも止めなくてはならない!』

 

 その声を聞いてわたしは眠りから叩き起されるように目覚めた。体を起こそうとするも失敗する。

 逆に意識を手放そうとしても失敗、そしてわたしは気づく。今、夢を見ているんだ。サーヴァントと夢で繋がることは以前から良くあった話だが、最近はほとんど無かったため、この感覚を忘れていた。

 サーヴァントの夢を見る時のパターンは大きく分けて二つある。

 そのうちの一つは夢の中でその夢を同時に見ているサーヴァントと共に行動するパターン。この時は起床後でも夢の中での話をお互いに覚えていることが多い。

 そしてもう一つが、サーヴァントの過去の記憶を追体験するパターンだ。こちらではわたしが彼らの記憶を一方的に見てしまう事になる。そして、厄介なことに夢は目覚めるまで意識を手放すことも、視界を逸らすことも、口を開けることも出来ない。今回は後者のようだ。

 

『どうか降伏■■■■。■は貴方達を殺したい訳では■■。■■院さえ■■■ればそれで■■■■』

 

 わたしの視点になっている人物が言葉を発するも所々にノイズが走ったように聞き取ることが出来ない。それによく見ると視界の一部にもはっきりと認識できない箇所がある。

 

『降伏など有り得るものか! あの御方は我等の救世主だ! 彼女の居ない人生など価値がない!』

 

 そうして彼らはこちらに向かってくる。近くでカチッと引き金を引く音がした。その直後、わたしの視点になっている人物は彼らに銃を向ける。

 

『■■がない。■■するしか■■■■・・・・・・』

 

 ノイズのせいで内容は理解出来なかったが、深い悲しみを込めた声で何かを呟いたあと、彼は引き金を引いた。彼に襲いかかってきた人達は全滅した。元々戦闘経験もなかったのだろう、一瞬のことだった。

 

『■■■罪は無かった。■■■■■■救えないで、■■正義■■■だ・・・・・・』

 

 彼は自嘲するかのようにそう言いながらビルを登り始める。この時点でわたしには彼が誰なのかおおよその検討がついていた。

 

 

 

 

 それからも教祖の女に魅せられたであろう信徒達が自分たちの救世主である彼女を守ろうと彼に攻撃を仕掛けてきた。説得を試み、それがダメなら無力化を試みたが、何れも成功しない。彼らは狂信的なまでに教祖の信奉者だった。無力化しようにも折れることなく彼を殺そうとしてくる。

 中には時間を稼ぐためだけに自らの命を絶ち、道を塞いできた者もいた。そのため、彼が屋上に至るまでに会った人間は()()()()()()()()()()全てが死を迎えた。それは正しく地獄の具現と言えるだろう。

 わたしは目を逸らしたかったがそんなことが許されるはずもない。意識が目覚めることもなく、声を上げることも出来ずにわたしは彼が信徒たちを殺していくのをただ傍らで見ていることしか出来なかった。悪夢というのはまさにこのことを言うのだろう。

 そうしてたくさんの犠牲の果てに彼は屋上へと辿り着いた。屋上の端に目的の人物がいた。その人物にはわたしにも見覚えがあった。今となっては虚数事象として処理されたとある特異点、そこで対峙した恐ろしき獣。それに成り果てる前の彼女だった。

 

『ようやく辿り着いたぞ・・・・・・! ■■■!』

 

『ようこそおいでくださいました、()()()()()さん。良くぞここまで辿り着かれましたね。』

 

『■■はいい! 貴様は放っておくと何れ■■■に成り果てるものだ! ここで■■■■■■■』

 

 そう言って銃を構えた彼をみて彼女は笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「それは到底無理な話です。だって・・・・・・私は今ここで自らの手で死を迎えるんですから」

 

 その瞬間、彼女は柵を越えて身を投げた。一瞬のことに彼は反応することが出来ない。彼が最後に見た彼女の表情は酷く、退屈そうなものだった。わたしの眼にはその表情は彼を嘲笑するように映ったのは恐らく気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・い、・・・・・・ぱい」

 

 誰かがわたしを呼ぶ声が聞こえる。意識が夢から現実に一気に引き戻され、途切れ途切れに聞こえていた声がじょじょに明瞭になっていく。

 

「・・・・・・んぱい、せんぱい」

 

 ようやくこの悪夢から解放されるんだ、と思った瞬間心に余裕が生まれ始める。この声はマシュだ。起こしに来るなんて珍しいなと思いながら意識はどんどん覚醒していく。

 

「先輩、起きてください!」

 

 そしてマシュが大声を出し始めたタイミングに合わせて体を勢いよく起こす。その瞬間、何かとぶつかった。

 

「せんぱっ!?」

 

「痛っ!?」

 

 どうやら顔をあげた瞬間に丁度マシュとおでこをぶつけ合ってしまったようだ。おでこをさすりながらマシュはわたしに向かって声を掛けてくる。

 

「おはようございます、先輩。次から体を起こす時は気をつけてもらえると助かります・・・・・・」

 

「ごめんごめん、つい勢いよく体を起こしちゃった。ところでマシュ、どうしてここに?」

 

「朝食の時間なのに一向に来る気配が無かったので様子を見に来たんです」

 

 枕元にある時計を見る。時計はいつもの起床時間より一時間後の時刻を指していた。

 以前にも寝坊する時はあったけどこういう時はだいたい頼光さんやきよひーとかが起こしてくれるんだけど。なんて思った時に気づく。もう二人ともここには居ないんだ。

 

「もうこんな時間か、わたし寝坊しちゃったみたいだね」

 

「何かあったんですか? そう言えば少し顔色が悪い気がします、もしかして体調不良ですか、それなら直ぐにメディカルチェックを・・・・・・」

 

「大丈夫、大丈夫! ちょっと夢を見てただけだから」

 

 話が飛躍しそうになってきたのでマシュの言葉を遮りながら寝坊の原因であろう夢を見ていたことを伝える。

 

「夢・・・・・・それはやはりサーヴァントの過去の記憶・・・・・・ですか?」

 

「うん、今さらになってって感じだけどね」

 

 今日見た夢は恐らくエミヤオルタの生前の記憶だろう。彼の話やアルターエゴのキアラの態度やBBから聞いた、あの時に私が彼から離れていた時の記録から薄々察してはいたが事態はわたしが想像していたものよりもっとおぞましいものだった。

 今日はエミヤオルタの退去予定日になっている。そんな日の朝にこんな夢を見るなんて・・・・・・

 

「そう言えば、寝坊した先輩を起こすのは久々な気がします。今までなら私が行く前に清姫さんや頼光さん、その他何人かが率先して起こしに行かれてたのですが・・・・・・」

 

 マシュはわたしの表情から何かを察したのか話題を変える。確かにさっき見た夢の内容は人においそれと話せるものではなかった。なのでマシュが振ってくれた話題を続けることにする。

 

「わたしもさっき同じことを考えたよ。もう皆居ないんだよね。部屋に勝手に忍び込まれたりしたのは少し怖かったけど、居ないとなるとやっぱり少し寂しいな」

 

 と、そこまで言ってまだカルデアにいる中でこの部屋に待機してそうなサーヴァントの事を思い出す。

 

「小太郎、いる?」

 

 そう天井の方を向いて尋ねると音も立てずに目の前に赤毛の忍者装束の少年――風魔小太郎が姿を現した。

 

「お呼びで。主、ご要件は?」

 

「いや、居たのなら起こしてくれても良かったのにって思っただけだよ」

 

「起こすかどうか迷ったのですが、近頃の主殿は疲れが溜まっているようでしたので自然に目覚められるまで起こすのは辞めておこうと考えました。幸い、本日の主殿の予定を見るに起きる予定の時刻から朝食等の時間を考慮しても二時間ほど余分に睡眠ができそうというのもありましたし」

 

 小太郎はわたしの体のことを気づかってくれたらしい。確かにここ数日で退去したサーヴァントの中には帰る前にひと騒ぎ起こしていく人達が多かったような気がする。

 

「わたしを気遣ってくれたんだね、ありがとう小太郎」

 

「いえ、主殿に仕える身として当然のことをした迄です。ですが、顔色を見るにどうやら寝覚めの悪い夢を見られた様子。起こした方が良かったようですね、申し訳ありません」

 

 そう言って小太郎は頭を下げてくる。小太郎は真面目な性格だからこういう事まで自分の責任に感じてしまうかもしれないな、なんて考えていた時に置いてけぼりを食らっていたマシュが再び口を開いた。

 

「ところで小太郎さん、いつからこの部屋に?」

 

「昨日の夜、主がお休みになられる前からです、昨夜から今朝にかけての主殿の護衛当番は僕でしたから」

 

「護衛当番・・・・・・ですか。以前より忍者サーヴァントの方が夜の無防備な先輩を守るために天井裏から護衛をしているという話は聞いていましたが、直接目にするのは初めてですね」

 

 護衛組。人理修復の後に外からやってきた魔術師達や、睡眠時に部屋に忍び込もうとする一部のサーヴァント達を牽制する目的で結成された三人の忍者サーヴァントによる集団・・・・・・と言えば聞こえはいいがその結成の由来は一人のくノ一が常時護衛役として傍にいると言い始めたことに起因する。

 彼女を段蔵と小太郎が諫め、就寝時のみ当番制で護衛を行うという事を決めたことにより現在の形に落ち着き、その後カルデア内で噂が広まることにより後付けで目的が決まった。

 目的が後付けとはいえその存在はカルデア内の抑止力として大きく機能していた。実際、護衛組の結成以降安眠できる日が増えたような気がしている。

 

「いつも助かってるよ、ありがとう小太郎」

 

「お役に立てて何よりです、では僕はこれで」

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 立ち去ろうとする小太郎を呼び止める。

 

「せっかくだし、一緒に朝ごはん食べない? マシュも良いよね?」

 

「はい、私は一向に問題ありません」

 

「ありがたいお言葉。それでは、ご相伴にあずからせていただきます」

 

「じゃあ、行こっか!」

 

 そう言ってわたしは小太郎とマシュと一緒に部屋を出た。今日の朝食は何だろうな、なんてことを考えながら。

 

 

 

 

「おはよう、マスター。今日はやけに遅かったじゃないか」

 

 時間の遅さのせいか、英霊が既にかなり減っているせいかは分からないが人がほとんどいない食堂に着くとエミヤが食事の提供側から声をかけてきた。それにおはようと言葉を返しながら今日のメニューを確認する。

 今日の朝食メニューは日本式、英国式、トルコ式の三種らしい。とりあえず日本式にしようと決めてエミヤの元へ向かう。

 

「エミヤ、英国式を飲み物コーヒーで一つ。それと・・・・・・」

 

 わたしはエミヤの耳元で今朝エミヤオルタの夢を見たことを伝える。そして食後に少し相談に乗ってほしい旨を伝える。

 

「英国式で飲み物がコーヒー、了解した。それと一時間ほど、待つことは出来るかね? その時間に私のマイルームに来てくれ」

 

 エミヤは小さい声でそう伝えてくれた。幸い、エミヤオルタとの約束まであと三時間はある。わたしはエミヤにありがとうと伝え朝食を待つ。

 

「エミヤ先輩、私も英国式朝食でお願いします、飲み物は紅茶で」

 

 会話を終えたタイミングでマシュも朝食を頼みにやってきた。

 

「承知した。小太郎、君は日本式で良いかな?」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 注文を聞き終えたエミヤは厨房に戻り、しばらくして二つのプレートを抱えて戻ってきた。どうやら先にわたし達の分ができたようだ。

 

「待たせたな、マシュとマスター。英国式朝食二人前だ。悪いが小太郎はもう少し待っていてくれ」

 

「分かりました。主、どうぞお先に召し上がっていてください」

 

「うん、分かった。先に小太郎の席もとっとくよ。と言ってもガラガラだから席取りも無いんだけどね」

 

「では、お先に失礼しますね、小太郎さん」

 

 そう言ってマシュとわたしは自分のプレートを持って席に向かう。わたし達が選んだ英国式朝食は一般的にフル・ブレックファストと呼ばれるものだ。

 プレートの上にはロールパン、ベーコンエッグ、ソーセージ、マッシュルームのソテー、キッパー、トマト、リンゴのコンポートが並べられている。そこに紅茶かコーヒーどちらか好きなものを合わせて飲む形だ。私はどちらかと言うとコーヒーが好きなので今日もコーヒーをチョイスした。

 そんなことを考えているうちに席に着いた。小太郎を待っているとマシュが訪ねてくる。

 

「ところで先輩、本日の退去予定者はエミヤオルタさんでしたよね?」

 

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

 

「いえ、特別どうということは無いのですがあの方とは結局よく話せなかったな、と思いまして」

 

「まあ、エミヤオルタは必要のない会話はあまりしないタイプだからね・・・・・・。特にマシュみたいなタイプは会話の機会が少ないかも」

 

「それは一体・・・・・・」

 

「お二人とも、お待たせしました。先に召し上がっていてもらっても良かったのですが・・・・・・待っていてくださってありがとうございます」

 

 マシュが何かを言いかけたタイミングで小太郎が日本式朝食を持ってやって来た。日本式朝食は白ご飯に味噌汁、焼き魚に野菜の和え物、それにお茶と言った王道の内容だ。私も日本人なのでたまに食べたくなる一品である。

 

「やっぱりみんなで一緒に食べる方が美味しいし全然問題ないよ」

 

「ありがとうございます、主。ところで僕は会話のお邪魔をしてしまったでしょうか・・・・・・?」

 

「そう言えばマシュ、何か言いかけてなかった?」

 

「いえ、大した話でも無いので大丈夫ですよ」

 

 そう言うマシュの瞳に嘘はないように見えたのでわたしは深く追求しないことにする。

 

「じゃあ、小太郎も来たことだし食べよっか!」

 

 その合図でわたし達三人は手をあわせて食事時の挨拶をする。

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

 

 食事を終えたわたしは一旦マイルームに戻り、今日の用意を始めつつ、さっき見た夢の内容について考えていた。

 さっきの夢がエミヤオルタの記憶であることはまず間違いないだろう。しかし問題は彼がその事を覚えていないであろう事だ。

 だから彼に対してこの話をするべきかは悩ましいところである。

 悩んでいるうちに準備も進み、エミヤとの約束の時間もあったのでわたしは再び部屋を出た。エミヤと話して少しは良い考えが浮かぶかな、なんて言うことを考えているうちに彼の部屋の前についたので、インターホンを押す。

 

『マスターか?』

 

「うん、開けてくれる?」

 

『承知した』

 

 扉が開くと整理整頓の行き届いた部屋が目に入る。その真ん中、応接用に用意されたテーブルの前に彼はいた。

 

「やあ立香、さっきぶりだな。まぁ、座ってくれ」

 

 彼の言葉に従い椅子に腰掛ける。

 

「急にごめんね、エミヤ。でも時間が無くて」

 

「構わない、私は君のサーヴァントだ。マスターの頼みを聞くのは当然のことだと思うがね。それに、実は今日は夕方までは暇を持て余していたのでちょうど良いタイミングだった」

 

「あれ、食堂当番じゃなかったの?」

 

 その時エミヤが一瞬考えるように見えたのは気のせいだろうか。

 

「・・・・・・実は本日の昼は食堂を閉じて弁当を用意することにっていてね。既に準備も完了しているので私は夜の仕込みまでは休みというわけだ」

 

「そうなんだ」

 

「話が少し逸れたが、まずは確認だ。奴――オレの別側面(オルタ)との約束は何時間後だ?」

 

「だいたい一時間半後ってところかな。でも用意は出来てるしこの部屋から直で行くつもりだよ」

 

「ふむ、あまり時間はなさそうだな。とりあえずマスター、今朝見たという夢の内容についてできるだけ簡潔に話してくれ。」

 

 わたしは今朝の夢の内容を思い出せる限り正確に話す。それをすべて聞き終えたあと、エミヤはおもむろに立ち上がりながら話し始める。

 

「ふむ、なかなかに大変な夢だったようだ。君も災難だったな、立香。さて・・・・・・残り時間はまだあるな。少しだけ思い出したり考えるために時間をくれないか?」

 

「大丈夫だよ、話を再開するタイミングもそっちに任せるよ」

 

「助かるよ、では」

 

 そう言ってエミヤは立ち上がると引き出しから茶葉を取り出し始める。ん・・・・・・? 茶葉っておかしくないかな?

 そして部屋に備え付けたコンロを使いお湯を沸かし始める。

 

「ちょっと待って、エミヤ」

 

「どうかしたかね、マスター」

 

「いや、考えるために時間が欲しいとは聞いたけど何で紅茶を入れてるの・・・・・・?」

 

 わたしの疑問は当然のことのはずだ。考えるために紅茶を入れる弓兵なんて聞いたことがない。

 

「おや、コーヒーの方が良かったか? だが確か君は朝食の時もコーヒーを飲んでいたはずだが」

 

 真顔でそのようなことを言う気の利きすぎる執事(エミヤ)

 

「いや、そういう事じゃなくて、わたしが言いたいのは何で考える時に紅茶を入れてるのかってことだよ」

 

「当然のことだろう? 考え事は作業しながらの方が上手くまとまるものだ」

 

 わたしが何を言っているかが分からないとすら言いたげな様子で彼は言葉を述べる。もう嫌だ、この主夫(オカン)なんて思いながらわたしは口を閉じ、紅茶の完成を待つ。

 

 

 

「待たせてすまないなマスター。とりあえずこれは君の分の紅茶だ。砂糖とミルクは既に入れておいた。暑いので気をつけた方が良いだろう」

 

 十分ほどして、エミヤは紅茶を二つ持ってわたしの元へと戻ってきた。差し出された紅茶を一口飲む。やはりとても美味しい。味もわたし好みになっている。

 本当に完璧なサーヴァントだ。彼が居ないと今頃カルデアの台所事情は詰んでいただろうと思えるほどである。

 

「満足してもらえたようで何よりだ。この茶葉達ももう使う機会は少ないだろう。良ければ私が去ったあと、君が貰ってくれ」

 

「ありがとう、じゃあ今度来た時に貰って帰れる用意はしておくね」

 

「さて、マスター。ではそろそろ本題に入るとしようか」

 

 その言葉と同時に部屋の空気が重くなったような気がする。

 

「うん、聞かせて」

 

 わたしの返事を受けてエミヤは真剣な面持ちで口を開く。

 

「結論から言おう。先ほど君が話してくれた夢の内容。その出来事を私は恐らく経験していない」

 

 その返答は予想済みのものだった。あの記憶は恐らく彼があのようになってしまった直接の要因。致命的な出来事であると私は推測していた。

 

「続けて」

 

「恐らく、という表現を使ったのは私の記憶も摩耗している部分があるからだ。だが、そのような衝撃な出来事なら摩耗するにしても思い出せるはず。思い出せないということはオレは経験していないと考えるのが自然だろう。以前にも述べたと思うが、オレと奴は別の道をたどった平行世界の同一人物が成り果てたサーヴァントだ。多分その始まりと途中のある所まではほとんど変わらない人生を送ったのだろう。だが、どこかで決定的に違いが生まれる出来事が発生した。君が夢で見た記憶は恐らくそれだと思われる」

 

 SE.RA.PHでの出来事ががあってからエミヤオルタの件についてはエミヤに相談に乗ってもらっていた。

 彼があの特異点で行ったこと、名前を喪った男(ロストマン)に成り果てたこと、最後に成したこと。虚数事象になった今ではわたしとBBくらいしか記憶していないであろうその出来事の全てを私はエミヤに打ち明けたのだ。

 エミヤはいつの間にかカルデアに来ていたBBの存在もあってすぐに信じてくれた。そしてそれ以降、わたしはエミヤにエミヤオルタの事を何度か相談していた。

 多分エミヤも自分のオルタについて色々と考えるのを好ましくは思ってないはずだ。それでも彼はわたしに付き合ってくれる。本当に出来すぎたサーヴァントだな、と思う。

 

「そうか、やっぱりエミヤはあの出来事を経験していないんだね。そしてエミヤから見てもそこが決定的な分岐点になるって思うんだ」

 

「かの殺生院キアラの態度や君から聞いていた話全てを総合しての判断だ。そして、これを踏まえた上でいうとだ、君は奴にその話をするべきではないと思う」

 

「理由を聞いてもいいかな?」

 

「理由は大きくわけて二つ。一つは奴が恐らくその事を既に忘却しているからだ。そのことを告げることで余計な火種を蒔くのはやめておいた方が良いだろう。そして二つ目、殺生院キアラが既にカルデアから退去しているからだ。仮に奴が思い出したとしてもその未練は既に達成不可能なものになっている。その状況で思い出させるのはなんとも残酷なことではないかな」

 

「うん、そうだね。なら言わないようにするよ。いつもありがとうね、エミヤ」

 

 エミヤの言うことはとても納得するものだった。本人の苦々しい記憶をわざわざ思い出させる必要はどこにもない。

 そして殺生院キアラは初期に退去済みなのだ。いや、実際には強制退去という形が近いだろうか? 複数の英霊の力とアンデルセンの説得により無理やり返しただけである。その時に借りた力の一人はエミヤオルタ本人だったりもするので既に彼の知らないところで彼の未練は終わっていたりする。

 気づけば時計の針はこの部屋を訪れてから一周以上回っていた。そして、彼はわたしに警告した。

 

「さて、そろそろ良い時間か。マスター、最後に警告しておこう。()()()()()()()()

 

「それはいったいどう言うこと・・・・・・?」

 

 一瞬戸惑ったわたしに彼は補足で説明をつける。

 

「『エミヤ』という英霊は何れも抑止の守護者だ。ついぞオレにその命令が来ることは無かったが君を殺せと抑止力からの指示が下ると『エミヤ』はそれに従う。オレは間違いなく躊躇うし、回避しようとする。だが残りの二人はそうではない。彼らは傭兵だ。雇い主の命令があれば躊躇いなく君を殺す。そして、カルデアは解体されることになったが抑止力が今後のためにその痕跡を全て消そうとすることはありえない話ではない。オレには来てないだけで彼らの元にその命令が来ている可能性は十分にある。もし出来るのならば護衛をつけた上で言ってほしいのだが、君はそれを好まないだろう?」

 

「うん、最後くらい二人だけで話して終わりたいんだ」

 

「だからオレから言えることはこれくらいしかない。立香――オレに気をつけろ」

 

 その会話を最後にわたしはエミヤの部屋を出る。そしてその足でエミヤオルタの部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 時間だ。腕につけた時計が約束の時間を指そうとするのを見て私は扉を開く。鍵はかかっていなかった。

 

「時間ぴったりだな、立香」

 

「エミヤオルタ・・・・・・」

 

 扉を開けるとそこには肌が黒く刈り上げた白髪が印象的な弓兵――エミヤオルタがいた。

 

「何も無いつまらない部屋で悪いな。まあ、座ってくれ」

 

 彼は手で机を指し示し座るように言ってくる。そしてわたしが座ったところで彼は話し始める。

 

「まずは改めて、人理救済おめでとう、マスター」

 

「うん、ありがとう。これも貴方達サーヴァントが私を助けてくれたからだよ」

 

「ふん、おまえらしいな。だが、そのサーヴァントを信頼しすぎる癖は正した方が良いと思うぞ?」

 

 そういった後、エミヤオルタは手に愛用する武器――干将・莫邪を改造した銃の片割れを持ち、私に銃口を向ける。

 

「こんな風に、足元を救われるかもしれないからな」

 

「どうして・・・・・・?」

 

 戸惑うわたしに彼は答える。

 

「カルデアは解体される。だが、おまえ達元職員がいる限り、その痕跡は残り続ける。だからオレはここであんたを殺す。悪いな立香、ここで死んでくれ」

 

 その言葉と同時に銃弾が放たれる。こんなことならエミヤの忠告に従っておけばよかったかもしれないな、なんてわたしは今更思った。

 

 




まず、今までの話よりも一話の長さが長くなってしまったこととエミヤオルタの話なのに彼の出番が少なくなってしまったことについてお詫びします。所謂溜め回なのでご了承いただけると嬉しいです。

それと、感想、評価を下さった方。ありがとうございます!とても嬉しかったです。
今回はあまり補足説明とかはありません。次回以降の中編と後編でするつもりです。
話しは粗方完成しているので次はかなり早いうちに投稿できると思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

今後優先して欲しいことはどれですか?

  • 更新速度
  • 1話辺りの密度
  • 色んなサーヴァントの出番

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。