「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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前回の前編を上げて以降、お気に入り数が一気に倍増し、UAの数も過去最高を記録しました。
驚きましたし、とても嬉しかったです! これからも皆様に読んでいただける様なものを書けるように頑張っていきます。

また、活動報告に、今後の投稿予定を書いておきましたので宜しければそちらもどうぞ


中編  「悪の敵」は己を嗤う

 結論から言うと、放たれた銃弾はわたしの体を貫くことは無かった。

 銃声の瞬間、思わず目を瞑ってしまったわたしが痛みを感じないことを不思議に思って再び目を開いた時、そこには二つの人影があった。

 

「ふん、やはり護衛がいたか。オレの勘も捨てたもんじゃないな」

 

 一人は当然、エミヤオルタだ。

 

「どうやら、まんまとやられてしまったようですね。最初から僕を誘き出す為の芝居だったという訳ですか」

 

 そしてもう一人はさっき別れたはずの小太郎だった。

 

「・・・・・・いったい何がどうなってるの?」

 

「どうやらまだ混乱しているようだな。仕方ない、オレが説明しよう。立香、まずは足元を見ろ」

 

 その指示に従ってわたしは足元を見る。そこにはさっき撃った弾丸が埋まっていた。

 エミヤオルタが狙いを外した? いや、そんな筈はない。

 小太郎が防いだ? 彼の発言からそれもない。

 ならば――わざと外したということだろう。

 

「おまえの予想通り、その弾丸はわざと外した。そして、その前の抑止力からの命令の下りは嘘だ。そこにいるサーヴァント――風魔小太郎の誘き出しをするための芝居というわけさ」

 

 ようやく事態が飲み込めてきた。理解が進むことによって新たな疑問が生まれてくる。

 

「だいたい分かってきたよ。ところで小太郎は何でここに?」

 

「それは・・・・・・」

 

 小太郎は何かを言いかけて、口を噤む。

 

「それもおおよそ検討はついている。言いにくいならばオレから言おう。恐らくこいつは誰かに頼まれたんだろう。エミヤオルタ(オレ)の事は信用出来ないから万一に備えてマスターの護衛をするようにな。立香、心当たりはないか?」

 

 わたしの脳裏を過ぎったのは先ほどまで話していたもう一人のエミヤだ。彼は恐らくカルデアの中で一番エミヤオルタの事を警戒しているであろう人物。護衛をつけないと言ったわたしを心配して小太郎を送り込んできたのだろう。

 

「多分、エミヤだ」

 

「予想通りだな。あとはマシュ・キリエライトやダ・ヴィンチ当たりも考えたが最もこういう事を行いそうなのはエミヤ(オレ)だろう」

 

 エミヤオルタは反転(オルタ化)したサーヴァントの中でも最も原点と違うと言える。騎士王(アルトリア)のオルタはただの別側面(オルタナティブ)であり、聖女(ジャンヌ)のオルタはジル・ド・レェが作り出した贋作だが、聖女としての記憶は持っているし本質的に真面目な性格なども受け継がれている。

 光の御子(クー・フーリン)のオルタは在り方を歪めて無理やり別側面を作り出したようなものであり、本質は変わらない。

 セイバー殺し(謎のヒロインX)のオルタはそもそものヒロインXがアルトリアのオルタのようなものなので除外。

 そして正義の味方(エミヤ)のオルタである彼はそもそも別人であると言っても良い。平行世界の同一人物ではあるものの守護者になる過程が違う。戦い方が違う。性格が違う。そして何より――本質が違う。

 今回の場合は、その違いのせいでエミヤは読み違えた。そして同じところがあるからこそエミヤオルタはエミヤの考えたことが理解出来たのだろう。

 

「そこまでわかっているのなら仕方ありません。僕からも補足説明をさせていただきます。まず、エミヤ殿から朝食時に密かに護衛をするように頼まれました。彼はエミヤオルタ殿のことを疑っておられたのでしょう。その依頼を引き受けた僕は主がこの部屋に来る直前に気配遮断スキルを用いつつ密かに護衛を始めたのです。結果としてはこのようになってしまいましたが。主殿、勝手な真似をして申し訳ありません。僕はいかなる罰であっても受ける所存です」

 

 そう言って小太郎は跪いた。確かに命令違反には罰を与えるのが定石なんだろう。でもわたしはそれを好まない。だからわたしはしゃがんで、小太郎と目線を合わせて、こう言おう。

 

「朝の時も言ったけど、わたしの事を思ってくれたんでしょう? それならわたしが小太郎を咎める理由はないよ。誰かに被害があったわけでもないんだし」

 

 わたしの本心からの言葉。サーヴァントのみんなには本当に感謝している。わたしのためを思ってしてくれたことをどうして咎めることができようか。そしてそれを聞いた小太郎は跪いたまま口を開く。

 

「相変わらず主はお優しい。そう仰られるならば僕からは何もありません。ですが、エミヤオルタ殿、なぜ僕がいる事に気づかれたのですか? 気配遮断していた僕に気づくことはとても困難なはずです。そして僕をなぜおびき出したのですか? 貴方が主殿を殺すつもりがなかったのでしたらそもそも僕を誘き出す必要すらないはずです」

 

 言われてみればそうだ。わざわざ小太郎を誘き出す()()()()()()()

 

「まず、オレはおまえの存在には気づいてない。最初に言っただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()。誰かが立香についてきてる気がした、それだけだよ。そして誘き出した理由だが、それは立香の為だ。こいつがサーヴァントと別れる時に極力二人きりでの会話を望んでいることは知っていた。だが、様子を見るに誰かがついてきていることを勘づいてる様子はなかった。だから、意図せぬ来訪者がいるならばこいつに教えてやろうと思ったわけだ」

 

「その事、気にかけてくれてたんだ」

 

 わたしがお別れの時に心がけている二人きりで会話を行うというスタンス。どんなに危険とされるサーヴァントであってもわたしはそのやり方を変えてこなかった。

 そんなわたしの、傍から見たら非効率に見えるやり方をエミヤオルタが支持してくれたのはとても嬉しい。

 

「別にオレは誰に聞かれても構わないんだがな。この事をあんたが望まない以上、オレはなるべくそれを実現させるように動くだけだ。雇い主の要望を叶えてこその傭兵だからな」

 

 エミヤオルタは仕事だからな、と言わんばかりな顔をしているがわたしは知っている、彼が何だかんだ良い奴だということを。非道で残虐な行為も行うがその根底はどこまで行っても()()()()。いや、わたしがそう思いたいだけなのかもしれない。

 

「・・・・・・エミヤオルタ殿。どうやら僕は貴方について少々誤解してたかも知れません。疑ったことについて改めて謝罪を。そして去る前に一つお二方から許可をいただきたいのですが」

 

「疑われるのは慣れている。謝る必要も無いだろう。それで許可を取りたいこととはなんだ?」

 

「ここまでの間にこの部屋で起きたことや話の内容をもう一人の貴方(エミヤ殿)に伝えても宜しいでしょうか? 頼まれたのは報告もありますので。もし駄目だと言われるのなら僕が任務に失敗したことと主殿は無事であり、貴方が危害を加える可能性が低いであろうという事実だけを伝えるつもりです。」

 

「わたしは全然構わないけど、そっちはどう?」

 

 エミヤには今起きたことを伝えてオルタが気を回してくれたことを知ってもらいたいと思ったからわたしは二つ返事でOKした。

 

「マスターが良いというのならば、オレもそれで構わない」

 

「それでは、隠密行動がバレてしまった忍はここを去るとします。主、エミヤオルタ殿。どうぞごゆっくり」

 

 そうして小太郎は部屋から去っていった。小太郎が出ていった直後エミヤオルタは呆れたような顔をする。

 

「どうかしたの?」

 

「あいつも中々に甘いと思ってな。ここは本来なら無理を通してでも監視を続けるべきだっただろうに。ここまでのオレの話が全て嘘の可能性は考えてないのか?」

 

「考えたと思うよ。でも、それでも小太郎は貴方を信じた。多分、会話を交わす中で貴方がわたしを殺すことは無いと確信したんだと思う」

 

 小太郎は忍者の頭領だったほどの英霊だ。そんな彼がエミヤオルタが嘘をついている可能性に思い至らないはずが無い。

 そんな彼がここを立ち去ったのはエミヤオルタを信じるに足る英霊であると判断したからだろう。

 

「感情論か、オレには理解できないな。だが、結果としてあいつの判断は間違ってなかったようだ」

 

「じゃあ、改めて。最後の話を始めようか、エミヤオルタ」

 

 エミヤオルタは無言で頷いた。

 

「じゃあ、最初に。カルデアでの生活はどうだった?」

 

「そうだな、愉しくはなかったが、有意義ではあった。古今東西に名の知れた英霊たちがいるこの場所は性格が合わない連中が多かったが、経験を積むには最適な場所だった。この経験は今後どこかで役立つことがあるかもしれん」

 

「楽しくなかったってのは残念かな・・・・・・」

 

 エミヤオルタにとってカルデアは楽しい場所、心安らぐ場所では無かった。そのことは分かってはいたが、本人から言われるとやはり悲しい。

 

「一応言っておくが、お前が気に病む必要は無い。オレは中身が腐っているからな。楽しむという心すらもう無いのだろうな」

 

 そう言って彼は自分を(わら)う。嘲笑(わら)う。

 見てられなくなったわたしは次の話題に移ることにした。

 

「じゃあ、好きなものと嫌いなものは変わった? 最初にここに来てくれた時に話した時にはハッキリとした答えが聞けなかったけど」

 

 彼がここに召喚された時には彼は好きなものは忘れ、嫌いなものは増えすぎてわからないと言っていた。それは変わったのだろうか。

 

「好きなものと言えるかどうかは分からないが、ここに来てからコーヒーをよく口にするようになった。凝ったものでは無く、インスタントのものだがね」

 

「絵面的にはよく合いそうだけど、エミヤオルタが飲み物を飲むって言うのは割と意外かも」

 

「生前時の習性が抜けなくてな、食事は空腹を感じるまでは取らなかったから空腹を感じることのない今となっては不要だが、どうも水分補給は癖になってしまっている。これまでは一つの場所に落ち着くことはあまり無かったから水を取っていたが、ここでは少し時間に余裕があるのと、以前から頻繁に起きるようになった頭がぼーっとする現象の対策も含めてコーヒーを飲むようにしている」

 

「英霊にカフェインって効くんだっけ?」

 

 眠気対策でコーヒーを飲む、彼が真剣な表情で言ったそんな言葉に笑いを堪えながらわたしは尋ねる。

 

「立香、おまえ、プラシーボ効果は知っているか?」

 

「聞いたことはあるような・・・・・・」

 

 以前ドクターがそんな話をしていたのを聞いたような気がする。

 

「プラシーボ効果とは本来()()はずのものを()()ようにするものだ。もう少しわかり易く言うならば、思い込みの力で効果のない薬を飲みながらに症状が改善する効果のことを言う」

 

 思い出した。プラシーボの意味が偽薬だったはずだ。思い込みの力はバカにならないんだよ、とドクターがドリンク剤を飲みながら教えてくれたんだった。

 

「つまりカフェインは眠気覚ましに有効という常識があるから英霊の体にも効いているように感じられるってこと?」

 

「そういう事だ。オレがこんなことを言うなんて意外って感じの顔をしてるな」

 

 その通り。エミヤオルタがそんなことを言うなんて何だか可笑しいくらいだった。

 

「うん、実際予想外だったよ? なんかエミヤオルタの新しい側面を見つけちゃった感じ。そうそう、嫌いなものはどう?」

 

「嫌いなものか。・・・・・・はっきりと言えるものが二点ある。まず第一に、もう一人のオレだ。腐ってない自分を見るのはやはり疎ましくて仕方が無い。そしてもう一つはデミヤやらブロンクスやらボブなどのあんまりな渾名だ。それを広めたタマモキャット(あいつ)も同罪だ」

 

 珍しく感情を顕にして怒るエミヤオルタ。そう言えばキャットに倣ってデミヤと呼んだらすぐに訂正を求められた。気に入らなかったのだろうと思っていたがここまでだとは思っていなかった。

 

「何をニヤけている。気持ち悪いぞ、おまえ」

 

「ごめん、エミヤオルタがそんな顔するところ、久々に見たからつい」

 

 思わず笑ってしまっていたらしい。でも彼の人らしいところを見れたのは嬉しかった。

 

「じゃあ次は・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突にわたしのお腹が鳴った。今までの特異点での出来事などの話をしているうちに結構な時間がたったらしい。恥ずかしくて俯いてしまったわたしにエミヤオルタは立ち上がって声をかけてくる。

 

「そろそろ良い時間だな。立香、食事をとりにいくぞ」

 

「えっ・・・・・・?」

 

「何を固まっている、食堂に行くぞ」

 

 彼から出た思いもよらぬ言葉に一瞬固まってしまったが、二度目の呼び掛けでハッとして立ち上がる。あれ、でも確か・・・・・・

 

「食堂は今日の昼は使えないんじゃなかった?」

 

 確かさっきエミヤと話をした時にそんなことを言っていたはずだ。

 

「・・・・・・余計な気遣いだよ、まったく」

 

 わたしの質問を聞いた彼は、頭を手で抑えながら小声で何かを呟いたようだが、内容はよく聞き取れなかったのでもう一度言ってもらうように頼む。

 

「今なんて言ったの?」

 

「いや、こっちの話だ。食堂はこちらで抑えてあるから問題ない、早く行くぞ」

 

 エミヤオルタは早口で言った後足早に部屋を出ていく。置いていかれないようにわたしも続いた。

 

 

 

 

「待っていたぞ、デミヤとご主人! 誰もいない食堂で一人、いや一匹で待つのはさみしかったワン!」

 

 食堂に入るとそこには人は一人もいなかった。居たのはネコが一匹だけ。いや、ネコかどうかも怪しいサーヴァント、タマモキャットがいるだけだった。

 

「キャット、どうしてここに!?」

 

good (キャッツ)な質問だな、ご主人。それでは、アタシが答えてしんぜよう。それは一週間前の事。いつも通り食堂でのお仕事を終え、報酬のニンジンを齧っていたり、明日の仕込みにかかっていたりしたアタシたちの前にそこにいるデミヤが現れた! とりあえずニンジンを勧めてにべも無く断られたアタシは要件を聞いたのだが、驚いたことにデミヤは別れの日にマスターに料理を振る舞いたいから食堂を使わせてほしいときた! これにはエミヤもアタシも驚いた。正しくネコ騙しを食らった気分だったワン。エミヤは結局OKし、デミヤの熱意に感動したアタシはニンジン抜きで手伝いをすることにしたというわけなのだな」

 

 キャットから聞いた話は驚きの連続だった。あのエミヤオルタがエミヤの所に自ら赴いた事。そしてエミヤオルタの頼み事をエミヤが引き受けていたこと。更にその目的がわたしに料理を振る舞うためだったということ。衝撃の事実が多すぎて混乱しているわたしを置いて二人は会話を続ける。

 

「貴様には忌々しい渾名をつけられた恨みもあるが、人手が欲しかったのも確かだ。仕込みは終わってるな?」

 

「もちろん、そのへんキャットは完璧な故な! しっかりと()()()の仕込みが完了してるゾ!」

 

「流石に料理の能力が高いだけはある。・・・・・・待て、()()()だと? オレが頼んだのは()()()だったはずだが」

 

「確かに頼まれたのは二人前、だがキャットの目は誤魔化せないのだナ! おまえが自ら食べる気がないのはネコっとお見通し、しかしそれではご主人が悲しむときた。それはキャット的には良くない。ご主人の悲しみはアタシの悲しみと同じこと故な。そこでキャットはネコなりにニンジンを貪りながら考えた、そして辿りついたのが先に三人前用意するという逆転の発想! これはデミヤであっても予想出来まい!」

 

 混乱から回復はしたもののキャットのペースで行われる会話にわたしは割り込むすきを見つけることが出来ない。ほんとにフリーダムすぎる。

 

「まさか貴様にそこまで気を使う能力があったとはな。全く、狂戦士(バーサーカー)とは思えん」

 

「アタシはバーサーカーであるが同時にアルターエゴなのだな、それを以前にも伝えたような気もしなくはないがそれはそれだワン!」

 

「色々と話してたけど、要約するとつまり今からエミヤオルタが料理を振舞ってそれをみんなで食べるってこと?」

 

good(キャッツ)!」

 

「まあそういう訳だ、あちらのオレほど料理が上手い訳では無いから期待はするなよ?」

 

「作ってくれるだけでも嬉しいから気にしないよ。でも何で急に作ってくれる気になったの? 前はダメだったよね? 」

 

 以前、エミヤオルタに料理を作ってくれと頼んだことがあったが、その時はにべも無く断られてしまったのをよく覚えている。

 

「あんたには契約分以上に世話になったからな。報酬には相手から請求される前に対価を支払っておくべきだということだ。それと、以前におまえがオレの手料理を食べたがってたことは覚えていたからな、最後に一度くらい作っても良いだろうと思ったという事だ」

 

 彼は意外と世話焼きだったりする。それこそ今回みたいに受けた報酬に対する対価としてカルデアへの様々な協力を行ったり、祭事の時には準備を手伝ったりと色々としてくれた。

 彼が言うにはわたしとの契約がある以上、カルデアの職員やサーヴァント達から受けた行為は別物として対価を支払うべきだとの事だ。傭兵のスタンスを貫く彼には彼なりの考え方があるのだろう。

 

「デミヤよ、そろそろ調理に移るべきではないか? 時間は有限である故な! 時は小判なりと昔のえらい人も言ってたりする!」

 

「そうだな、そろそろ始めるとしよう。立香、お前は席について待っていてくれ。出来たら持って来る」

 

「ご主人、楽しみに待っているが良い。アタシがデミヤをサポートする、つまりネコ百人力の助力という訳なのだナ!だから心配せずニンジンでも用意して待っていてくれるとアタシ的には嬉しかったりするゾ!」

 

 そう言って二人は厨房に消えていった。キャットの料理の腕は信頼しているが、未知数なエミヤオルタの実力とキャットの性格のせいか一抹の不安を覚えざるを得なかった。

 

 

 

 

「待たせたな立香、完成したぞ」

 

 待っていたのは二十分くらいだっただろうか。厨房からエミヤオルタとキャットが料理を持って出てきた。既に辺りには良い匂いが漂っていた。目の前に大皿が三つ並べられる。乗っていたのは麻婆豆腐、青椒肉絲、炒飯の三点だった。

 

「まさか中華で攻めてくるとは思ってもなかったよ」

 

 エミヤの料理のレパートリーでは印象が薄いほうだったから意外だった。彼は大体の料理をプロ顔負けの腕前で作るが、特に得意としているのは和食と洋食のイメージだったからだ。

 

「お前も知っての通り、オレの過去の記憶は殆どが失われていてな。料理を作るとなると体が覚えているものを作るしかなかった。それで、たまたま真っ先に思い浮かんだのが麻婆豆腐だったという訳だ。あとはそこから思い出せる中華の料理を作った、さっきも言ったが期待はするなよ?」

 

「実はアタシも味見してなかったりする! そして味付けにも全く手をつけていない! デミヤが作ったものをアタシが口出しして変えてしまうのは違う気がした故な! さあご主人、一緒に未知の味にチャレンジだワン!」

 

 キャットの気遣いは嬉しさ半分不安半分だった。確かに素のままでエミヤオルタの料理を食べられるのは嬉しいが、味に問題があった時に正してくれるであろうとキャットに期待してたのも事実だ。キャットが味見をしていないと分かった今、料理人(エミヤオルタ)以外にこの料理を口にするのはわたしが最初なのだ。

 

「じゃあ、食べようか」

 

 わたしは手を合わせる。それに続いて二人も手を合わせてくれる。

 

「「「いただきます」」」

 

 まずは麻婆豆腐から食べようと思って、すこし取り皿に移す。そして一口分を蓮華で掬い、口元まで運ぶ。未だに湯気が立つ麻婆豆腐を冷ますべく息を少し吹きかける。ゴクリと息を飲み、恐る恐る口に入れる。

 

「!?」

 

 その瞬間わたしを襲ったのは辛いという感覚だったのか、痛いという感覚だったのかは定かではない。ともかく、わたしの思考は一瞬で麻婆豆腐に支配された。

 辛い、痛い、辛い、痛い、美味い、辛い、辛い。

 気づくと二口目を口に運んでいた。辛くて辛くて堪らないはずなのに体は麻婆を求めていた。

 そして手を止めることなく麻婆豆腐を口にし続け、この世全ての辛味(アンリマユ)とすら思えた麻婆豆腐が取り皿の中からなくなった瞬間、わたしは正気を取り戻した。

 

「わはひはいっはい!?」

 

 辛さで頭だけでなく舌もやられていたようでうまく言葉を発することが出来なかった。落ち着いた頭で辺りを見渡すと、顔色一つ変えることなく麻婆豆腐を食べるエミヤオルタと、机に突っ伏しているキャットの姿が目に入った。

 

「キャット!?」

 

「おぉ、ご主人・・・・・・ アタシはもうダメかもしれぬ。主人を置いて先に逝ってしまう不孝を許して欲しいワン・・・・・・」

 

「キャットォ!?」

 

 どうやらわたしの感じた通り、あの麻婆豆腐は尋常ではないらしい。しかし、わたしの手が止まらなかったあたり辛いだけでは終わらないのだろう。

 

「ねぇ、エミヤオルタ。この麻婆豆腐辛すぎない?」

 

「そうか? オレには丁度良いくらいだが」

 

 不思議そうな顔でこちらを見てくるエミヤオルタ。わたしの勘違いかもしれない。そう思って再び麻婆豆腐を皿に持って食べる。

 やはり辛い。痛い。しかし、この刺激は癖になる。またもや手を止めることが出来ずに皿に盛った分を食べきってしまった。

 

「恐ろしいほど辛いけど美味しい・・・・・・ こんな感覚初めてかもしれない」

 

「どうやら命拾いしたみたいだナ・・・・・・ まさかここまで辛いとは、この麻婆豆腐、ネコ舌にはキツいゾ・・・・・・」

 

「どうやらオレは辛さに疎いようだな。だが、マスターが美味いと言ったのならそれはそれでありなのかもしれん」

 

 キャットは何とか体を起こし、次の料理、青椒肉絲に手、いや、爪を伸ばす。それに合わせるようにわたしも青椒肉絲を皿に乗せ、口にした。

 

「これは!?」

 

 麻婆豆腐の時ほどの衝撃はないが、今度わたしを襲ったのは胡椒と濃厚なオイスターソースの暴力だった。過剰なほどの旨みと共に押し寄せてくる弾ける胡椒の刺激。胡椒は口の中で時間差で弾けるために常に刺激的な味わいを出していた。この刺激は麻婆豆腐でやけど気味の舌には強烈だった。

 ――だが、それでもこれも美味しいと言わざるを得なかった。味はとても濃いのに崩壊してない味わい。何時食べるというのはキツいが、たまに食べるのには全然ありな味の濃さ。やはり彼もエミヤなのだと改めて感じた。

 

「いったいこれはどういうことか! やたらと濃い味付けなのに美味いゾ! ネコも太鼓判を押すレベルなのだナ!」

 

「濃い・・・・・・か。やはりオレは味覚も狂っているらしい。新しい発見だよ」

 

 エミヤオルタの様子を見るに本人は丁度良い味付けのつもりだったようだ。味が崩れてないのもそれを示していると言っても良いだろう。

 

「ではご主人、最後の炒飯に行くとしよう! 一寸先はネコだとしても我らに撤退の二文字はないという訳だナ!」

 

 再び息を飲み、わたし達は炒飯を口元へ運び入れる。

 

「「・・・・・・」」

 

 わたし達を襲ったのは驚く程にパラパラになっている飯部分と再び牙を向いた爆弾(コショウ)だった。過去最高レベルでパラパラのご飯を噛んでいると唐突に弾ける胡椒。口の中で起きているテロのようだった。

 しかしそれでも味は洗練されていた。濃いながらも確実に満足感を覚える味。エミヤが極められた家庭料理とするならばエミヤオルタは濃厚な味が売りの外食店と言った次第だ。

 

「? 何を手を止めている。冷めないうちに食べてしまうぞ」

 

 そういうエミヤオルタからはそういう意図がまったく感じられないのだが。

 そうしてわたし達三人、いや二人と一匹は食事を進め、三十分強で食事を終えた。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

「満足してくれたか、マスター?」

 

「うん、想像してたのとは違ったけどこれはこれで満足!」

 

「ふっ、ならオレも作った意味があったらしい」

 

 微笑する彼を見てわたしも嬉しくなった。実際彼の料理は美味しくて、これで食べ納めと考えると少しもったいないくらいだった。

 

「さて、後片付けしないと」

 

「そうだな、夜にはまたここは使うのだろう?」

 

「うむ、後片付けはアタシに任せろ! 二人はゆっくり最後の時を過ごすと良い!」

 

 そこでキャットが後片付けを申して出てくれた。ほんとによく気の利くネコである。

 

「やってくれるというのならそれに越したことは無いな。では任せるぞ、タマモキャット」

 

「ありがとうキャット。宜しくね」

 

「任されたゾ! では二人とも良い時間をナ!」

 

 そう言ってキャットは食器とともに厨房に消えていった。

 

「まだ時間はあるようだな。一度オレの部屋に戻るとしよう。コーヒーの一杯くらいは入れてやる」

 

 そう言って彼は足早に食堂を出ていく。

 SE.RA.PHでの一件以降、彼の背中を見ていると置いていかれそうな気がして少し怖くなっていた。だからわたしも置いていかれないように彼を追いかける。

 

「ちょっと早いよ、エミヤオルタ」

 

 実際のところ、彼との別れは、すぐそこまで迫っていたのだけども。

 




前書きにも書いたように前話は今までに比べて多くの反響を頂けました。ありがとうございます!

描写や話の展開上、一話で書いたカルデアの解体期間について変更を行いました。一話の前書きにも追記しているのですが、話には直接関わらないので気になる方だけどうぞ。

思えば食事シーンを書く機会が多い気がしますね。別れを書く以上、最後にとる食事について書くのは当然なのかも知れませんが。今後も書く機会はあるかもしれませんがマンネリ化は避けたいところです。

補足説明や裏話等は次回投稿に合わせて活動報告ですることにしました。ぜひそちらも合わせて読んでください!

ここまで読んで下さりありがとうございました。宜しければ感想や評価、お気に入り登録をして下さると嬉しいです。

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