「別れ」の物語   作:葉城 雅樹

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間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
スマホの買い替え等でキーボードの位置が変わり、打つスピードが遅くなったりして投稿が遅れてしまいました。
それではどうぞ

※投稿日の昼頃に立香の語尾を変更。幕間を再確認するとタメ口も敬語も両方使っていたのでこちらもそれに遵守


第二節 「神域の槍兵」との稽古 (後)

 胤舜と共に鍋を囲んだ次の日の朝のことである。少し筋肉痛気味のわたしは再びトレーニングルームに来ていた。理由はもちろん稽古のため。最も、昨日は槍術だったが今日は違う。

 

「ほう、もう来ておったのか」

 

 ふと、背後から声がする。わたしが待っていた人物――李書文――の声だ。その声にわたしは振り向きながら答える。

 

「最後くらいは先に来ておきたかったんだ」

 

「その意気や良し。それでは早速、突きから始めるとしよう」

 

 今日の鍛錬は八極拳。それも李氏八極拳の創始者とうたわれる李書文直々の修行である。

 

「ふんっ! はっ!」

 

 書文先生の教えは一を極めることを良しとするものである。だから、色んなサーヴァント達に、様々な教えを受けているわたしは彼からすれば好ましくないのかもしれない。

 しかし、そんなわたしにも書文先生は八極拳の基礎を教えてくれている。内容はそれこそ基礎の基礎であり、一般的に金剛八式と呼ばれるものに近い。

 ただ、金剛八式は鍛錬用のものであり、ものにするには三年以上かかる事もざらである。そして更にそこから八極小架、八極長拳と呼ばれる套路を身につけて漸く実戦レベルに到達できるのだ。

 八極拳の奥深さは書文先生の技術の全盛期は老年だということからも分かるだろう。だが、人理のために戦っていた頃のわたしにはとにかく時間がなかった。

 そんな事情もあって、わたしのために書文先生が金剛八式を調整し、身を守ることや相手を行動不能にすることに重点を置いた技を覚えるための鍛錬法が、今わたしが取り組んでいるものだ。教わり始めてからこの鍛錬を常に繰り返してきた。

 書文先生曰く、『“千招を知るを恐れず、一招に熟するを恐れよ”』である。同じ修練を繰り返し、功夫を積む。重要なのはただそれだけなのだ。

 

「そら、次だ次!」

 

「せいっ!」

 

「少しはマシになったがまだまだ功夫が足りぬわ! そのまま続けてかかってこい!」

 

 いくら教えて貰ったとはいえ、わたしはまだまだだ。だから書文先生()との最後の修練、一分一秒たりとも無駄にすることの無いようにひたすら技を繰り出し続けるのだった。

 

 

 

 

 そうして三時間ほどの鍛錬を終えたわたしだったが、疲れのせいか床に座り込んでしまった。

 

「ふむ、かなり疲れが出ているようだ。儂は先に部屋に戻って茶の準備をしておく。お主は少し休んで呼吸を落ち着けてから来ると良い」

 

「……分かった。なるべく早く行くね」

 

 そうしてトレーニングルームを出ていく書文先生を見送りながら、わたしは彼が稽古をつけてくれると言った時のことを思い出していた。

 

『仕方あるまい……。突きから教えてやろう』

 

『八極拳、教えてくれるの!?』

 

『そうだ、だが八極拳は習得までに時間がかかるもの。幾らこの人理修復の旅が長いと言ってもその期間中に身につけることは出来ぬだろうな』

 

『それじゃあダメなんです。自分の身の危険は自分で守れるようにならないと……』

 

 今になって思えば、その時のわたしは焦っていたんだと思う。確か、この話をしたのは第五特異点と第六特異点の間の事だった。

 当時のわたしは、第五特異点から帰還後に倒れたマシュの姿を見て少しでも彼女の減らせるように、自分の身は自分で守れるようになりたいと思うようになっていた。

 そこで丁度その頃に召喚された書文先生に八極拳を教えてもらえるように繰り返し頼んでいたのだ。

 

『人の話は最後まで聞くべきだぞ、マスター』

 

『え?』

 

『本来ならば習得に時間がかかる八極拳だが、目的を絞れば期間の短縮や習得途中での実戦運用も不可能ではない。無論、そうした所で修練が過酷なことには変わりはないがな。故に儂はお主に問おう。立香、お主は武に何を求める?』

 

 その時の書文先生の眼はいつもにも増して鋭く、わたしの答え次第によっては殺されるのではないか、と感じるほどの圧力を感じたのをよく覚えている。

 そして、わたしは少し思案した後にこう答えた。

 

『……わたしは、人を痛めつけたり殺めたりする力ではなく、自分、それと出来ることなら仲間を守るための力が欲しい。サーヴァントの相手ができるようにとまでは言わないけれど、特異点の兵士やスケルトンのような弱めのエネミーに囲まれた時にマシュや他のサーヴァントの皆に迷惑をかけないくらいには自分を守れるようになりたい。わたしはその為の力を得るために武を学びたいと思ってます』

 

 それは紛うことなきわたしの本心だった。自分を守るためにサーヴァントの皆が戦闘に集中しきれない、なんて事態にはなって欲しくなかったのだ。

 そんなわたしの答えを聞いた書文先生は、その答えを待っていたとばかりに笑う。

 

『呵呵呵呵! お主ならそういうだろうと思っていた。その言葉には確かな道理がある。己の未熟さを恥じ、他人の為に力を得ようとするその姿勢、悪くない! それでこそ教えがいがあるというものよ』

 

『じゃあ……』

 

『お主の答えで如何様に教えるかは決まった。相手を仕留めるための技ではなく、無力化する技や自らの身を守るための技を身につけられるような鍛錬を考えるとしよう』

 

『ありがとうございます、書文先生!』

 

 今思えば、書文先生と呼んだのはこの時が初めてだったかもしれない。

 

『但し覚悟しておけ、先程も言ったように儂の修行は甘くない。マスターといえど、加減はせんよ』

 

 そうして、わたしは今に至るまで、書文先生考案の金剛八式を元にした、一連の技の修行を続けてきたのだった。

 

 

 過去に思いを馳せているうちに、呼吸が少し落ち着いたのでわたしも書文先生の部屋に向けて歩き始める。さっきの茶を入れて待っているという言葉は、鍛錬の後いつも聞く言葉だ。

 聞くところによると、彼の死因の一つとされるものに茶に毒を入れられたというものがあるらしい。実際、真実がどうだったのかを彼は語らない。だが書文先生は、茶を飲む時は基本的に自分で入れるようにしているのだった。

 

 

 

 

 書文先生の部屋はトレーニングルームから割と近い位置にあるので、辿り着くのにそれほど時間はかからなかった。カルデアでの部屋割りは各サーヴァントごとに一番よく使う施設の近くになっている。わたし達がカルデアに帰還した時に合わせて、一斉に部屋替えを行ったのだ。

 わたしは彼の部屋の前まで行き、インターホンを押して部屋に入れてもらった。そして彼の方から話が始まる。

 

「だいたい予想通りの時間だな。丁度茶が良い頃合になっている」

 

「前にも聞いたけど、体の動きを見ただけで休息に必要な時間までわかるんだよね」

 

「応さ、体をよく理解せねば武術も使いこなせん。儂の場合は自然に感覚が身についたという方が正しいがな」

 

 お茶を湯のみに入れながら彼は述べる。彼の入れてくれるお茶はいわゆる烏龍茶であることが多い。

 

「さて、茶を飲みながら話すとしよう。一応茶菓子も用意してある。全て食べてしまいたいところだが……もし残った場合はマスター、お主が引きとると良い」

 

「分かった、じゃあわたしから話題を振らせて貰います」

 

「いいだろうと言いたいところではあるが、その前に儂から一つ」

 

「うん、お先にどうぞ」

 

「マスター、お主は八極拳の修行を今日まで続けてきてどうだった? お主の率直な感想が聞きたい」

 

 やはりか、と思う。この質問は予想できていた。先程までの鍛錬の中で、見定められているような気がしていたのだ。

 そして、それに対しての答えも既に用意出来ているのでそれを口にする。

 

「八極拳には何度も助けられました。人と戦うことになったいくつかの特異点の中で自分まで向かってくる相手の人から身を守ることが出来たし、一緒にいた現地の人を守ることも少しは出来た。わたしが最初に求めていたものは手に入った。それも書文先生が教えてくれたお陰です、ありがとう」

 

 特異点での戦闘時には、基本的に味方のサーヴァントがわたしを含めた戦闘能力のない人間を守ってくれていたが、それでも数が多いとわたしの所にまで攻撃の手が伸びることがあった。

 そのような時は、手元に使えそうな武器がある時はそれを使っていた。例えば棒があれば胤舜から学んだ槍術を使うと言った感じだ。だが、何もない場合には八極拳の教えが非常に効果的だった。ひたすらに同じ技を練習していたために、体に動きが染み付いており、実戦でも何とか対応することが出来たのだ。何度か命を救われたと言っても過言ではないだろう。

 

「そうか、それは教えた側としても嬉しいものよ。さてマスター、最初に教える時にも言ったとは思うが、お主に教えたのはあくまで身を守る事と、相手の無力化に特化したものだ。八極拳の教えとしては邪道とも言えるだろうさ。だからこそ問う。立香、お主はその身につけた技術を今後どう扱うつもりだ?」

 

 書文先生の言う通り、わたしの身につけた技術は邪道だ。そしてその邪道のやり方である程度完成してしまっている。そして、その技術をどう使うかという彼の問いについての答えに、わたしは悩み、正直な答えを述べる。

 

「正直なところを言うとですね、まだ分からないんです。このままサーヴァントの皆とのお別れを済ませて、カルデアの解体に伴ってこの南極の地から日本に戻る。その後の事がわたしには全然想像出来ない。だから今後、いろんなサーヴァントの皆から教わったことを続けていくかどうかも分からないんです」

 

 昨日の胤舜の時もそうだったが、わたしはカルデアを離れたあとに自分がどうするかが全く想像出来ない。普通に就職して働くのか、それともここでの経験を生かして変わった仕事を始めるのか。それすらもまだ決められていないのだ。

 ただ、昨日胤舜にも言ったように、サーヴァントの皆から教わったことを手放したくないというのは事実だ。

 

「うむ、そうか。まあ無理もないだろう。お主は今まであまりにも衝撃的なことを経験しすぎたからな。今後のことが想像出来ぬのも仕方あるまいよ。さて、お主が未だに悩んでいるというのならこれを渡しておくか」

 

 そう言って書文先生は懐から一冊の本を取り出し、わたしに手渡す。

 

「これは……?」

 

「……それはな、儂が書いた今後の鍛錬用の()()()()()という奴だ。お主のやり方は本来の八極拳からはかけ離れてすぎているが、未だ完成してるとも言えん。故にもしお主が今後も鍛錬を続けることを選ぶならば、それを使うと良い。そこに書いてあることを全て習得した時、お主が求めていたものが真に完成し、同時に新たな八極拳の流派が誕生するだろうさ。もし使わないのならば燃やしてくれ。それはお主専用のものであって、他人用のものではないからな。お主なら言わずとも分かるとは思うが」

 

 受け取ったマニュアルを開いてみると、そこには様々な技や修練のコツなどが事細かに書かれており、技それぞれに完成度の高い絵が付けられていた。

 

「この絵も書文先生が書いたの?」

 

「いや、この絵はとあるサーヴァントに頼んで描いてもらった。本人との約定で名前は出せないが、それは瑣末なことだろう。本来なら写真の方が分かりやすいとは思ったのだが、儂は生前の頃から写真が苦手でな。このような形になった。すまぬな」

 

 カルデアに所属するサーヴァントで、ここまで繊細な絵がかけるサーヴァントと言われるとかなり限られてくる。思いつくのは引きこもりの姫(刑部姫)万能の天才(ダ・ヴィンチちゃん)父娘コンビの邪神絵師(葛飾北斎)くらいだろうか。

 もっとも、わたしが把握していないだけで他にもそんな事ができるサーヴァントは居るのかも知れないけど。

 ともあれ、こんな素晴らしいものをもらった上で謝られるのはとても恐れ多いので素直に感謝を伝えないと。

 

「謝らないで、書文先生がわたしのためにこんなに凄いものを作ってくれるなんて……とても嬉しい!」

 

「マスターに喜んでもらえるのなら、儂も書いたかいがあったというものよ。うむ……たまには慣れないことをするのも悪くない」

 

 そう言った書文先生の表情は、わたしの眼には少し嬉しそうに映った。

 

「さて、儂にとって重要な案件は既に済ませた。ならば僅かな残り時間は立香、お主が先程言いかけていた話の続きとしよう。今の話の間には全く減らなかった茶菓子を食いながらな」

 

 そう言って話を仕切り直す書文先生。確かに茶菓子が目の前にあるのに食べることを忘れていた。この事実はそれだけ話に集中していたということを示しているのだが、それはそれとして折角出された菓子を食べないのも問題だ。なのでわたしは一つの茶菓子を取りながら彼に問いかける。

 

「じゃあ聞かせて。カルデアでの暮らしはどうでした? 良かったところも、悪かったところも教えて欲しい」

 

「ほう? まずはそこからか。では良かった方から先に言っていくとしよう。やはり一番は数多くの豪傑と手合わせできたことだろうな。このカルデアには名の知れた英雄が沢山いるだろう。儂が生前に昔話として聞いた呂布や作り話の登場人物の燕青に哪吒太子。他の国の英傑も数え切れないほどいて、彼らと武を競えたのは儂にとって非常に良かったと言える」

 

 相変わらずの書文先生である。彼は戦いを楽しむサーヴァントだ。かっこよく言いかえるとバトルジャンキー。だがそれでいて、良識は持ち合わせていて問題があった時にはそちらの解決を優先してくれる。勿論、その問題の解決後には果たし合おうとするのだが。

 

「逆に悪かったところといえば、命をかけた戦いは特異点等でしか出来なかった事だ。まあそれについては、最後にこのような絶好の機会を設けてくれたから文句は無いが。後はカルデア自体への不満ではないのだが、ついぞ老年期の儂と相見える機会が得られなかったことか。若年期の李書文(この儂)老年期の李書文(年老いた儂)のどちらが戦闘において上なのかを確かめてみたかったのだが」

 

 李書文はカルデア式の召喚でなくても、若年期と老年期の両方が召喚される可能性のある珍しいサーヴァントらしい。聞くところによると、若年期が肉体の全盛期であり、老年期が技術の全盛期だそうだ。

 基本的に全盛期の姿をとって召喚されるサーヴァントの中で、彼は二つの全盛期を持つ稀有なサーヴァントであるようだ。

 実際、カルデアに召喚されているサーヴァントのうち、沖田さんとノッブが参加した聖杯戦争では老年期の書文先生が召喚されていたらしく、彼女らと激闘を繰り広げたとか。

 とうとうわたしが老年期の彼に出会うことは無かったが、書文先生としては本来ならばありえない自分同士の対決を行ってみたかったのだろう。

 

「何というか、書文先生は変わらないね」

 

「ほう、お主にはそう見えるか?」

 

「うん、ここに召喚されてくれた時から全く変わらないよ。以前に書文先生が自分のことを大悟に至るとは思えない残忍さだって言ってたの、覚えてる?」

 

「確か、いつかの戦闘後にそのようなことを言ったな」

 

「わたしはね、書文先生はその姿でも大悟に至ってるんだと思う。確かに敵に対する苛烈さはあるけど、わたしから見ると考え方が完成されていて、行動に迷いがないように見えるんだ。それは既に大悟に至ってるってことなんじゃないかな?」

 

「呵々、そうか。お主にはそう見えるのか。ならば儂も中々捨てたものではないな。……実のところをいうとだ、儂だって悩むこともあるさ。先ほどの指南書も、渡すかどうか悩んだ。それを与えることがお主にとっての重荷になってしまわないかが少し心配だった」

 

「重荷にならないとは思うけど、やっぱりまだどうするかは考えたいですね。それにしても意外だな、書文先生だって悩むことはあるんですね」

 

「応さ、寧ろ悩まない人間には成長もあるまい。だからお主もこれからしっかりと悩むが良い」

 

 そう言って、書文先生は微笑む。その表情を見て、自分がどうしたいかが少し分かったような気がした。

 

「……じゃあお言葉に甘えてしっかりと悩ませてもらいます」

 

「うむ、それで良いだろうよ。……さて、そろそろ時間だな」

 

 そう言われて時計を見る。既に時間は正午を過ぎていた。

 

「もう少し話したいことがあったんだけどな。それに茶菓子も食べきれなかった」

 

「茶菓子は残り二つだ、今ここで食べてしまっても構わんだろう。それに……儂が勝てば最後に話したいことを話す時間も生まれるだろうさ」

 

 差し出された茶菓子を受け取り、口に入れる。彼の言葉で思い出したが、昨日胤舜も最後に話すことがあると言っていた。戦いの結果によるが、恐らくどちらかとしか話すことは出来ないので片方とは思い残すことがありながら別れることになる。

 でもそれはわたしが決めたことだ。仕方ないと思いながらそれを受け入れて、席を立つ。

 

「ごちそうさまでした。じゃあ、また後にシュミレーションルームで」

 

「うむ、お主が用意してくれた舞台で宝蔵院としっかりと果たし合わせてもらうとしよう」

 

 その言葉に対してわたしは頷き、彼の部屋を出て自室に向かう。

 二人の槍兵の対決は、すぐそこまで迫っていた。その結果がどうなるのかわたしには想像もつかないけど、とにかく覚悟だけは決めておこう。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
まず、老年期の李書文先生についてですが、実装されるかわからないので、今回は召喚されなかったということにさせて貰ってます。仮に老人李書文がいると李書文対決が優先されるだろうということもあったのでこのようなことにしました。ご了承下さい。
次に前回の話で再び日刊ランキングに載せていただけましたことのお礼を。皆様、ありがとうございます。
さて、前回の更新からセイレム、クリスマスイベントのメインストーリーが終わるなどの変化があった訳ですが、私的にはサンソンを掘り下げてくれたことがとても良かったです。いつか、サンソンの話は書きたいと思ってます。もう少しあとになると思いますが。
次回はいよいよ二人の対決です。戦闘描写には自信が無いのですが、精一杯書かせてもらいたいと思ってますのでお待ちいただけると嬉しいです。尚、勝敗についてはかなり前から決めています。
改めまして、ここまで読んでくださってありがとうございました。
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