■
一 それはさながら、バツイチ子持ちの男の背中
■
「それではここで」
「はい~。どうもありがとうございましたぁ~。依頼の方もよろしくお願いいたします~」
「ま、うまい事やっときます」
セレストから一人降りていくシェロさんを見送る。降りるのは彼女一人で、俺達はこのまま直ぐに移動となる。この島は依頼のきた目的の島ではないからだ。
「次の依頼はお渡しした資料にある通りですので~。おそらく次に会うのはガロンゾになると思います~」
「うい、そいじゃそん時はよろしくです」
「ではまた~」
シェロさんが完全に降りたのを確認してセレストが島から離れて行く。シェロさんに手を振って、彼女もその小さな手を振り返す。
「この島には降りぬのか?」
無事シェロさんを送れた事にホッとしているとトラモント島から仲間に押しかけた星晶獣ガルーダがトコトコと現れる。
「特に必要な物もないしな。今は受けた依頼を優先する」
「ふむ」
「あと……」
離れ行く島の方を見るとそこには島民の方達が集まっていた。皆一様にこちらを見上げていた。
どう考えてもセレストを見ている。
「まあ目立つからな。用無いなら早めの移動するに限る」
「ご、ごめんね……」
「気にするなセレスト」
どう見ても幽霊船のセレストが島に近づけば誰だって驚くだろう。シェロさんの事だからうまい事言っておいてくれるだろうが、これ以上ここで無駄に目立つ事は避けたい。
「午前中にシェロさん送れたから、依頼の島は予定より早めに島に着くだろうな」
「では今日の内に依頼完了か?」
「さてな。その時々だからなあ」
ルート的にはシェロさんの言うようにガロンゾに戻る“ついで”で寄れる。まあ都合よくそんな依頼を持ってきたものである。
「のう、ところで」
「あん?」
「あれ、どうにかならんか?」
のじゃ子がとある方向を指さした。そちらへと顔を向けると、船内入り口の物陰から顔をひょっこりと出しているメドゥ子とメドゥシアナがいた。
「むーッ!」
しかもなんか威嚇してた。まあ大して怖くないが。
「わらわが仲間になってから、ずっとああなんじゃが」
「はあ~……何してんだか」
面倒な奴だと思いながらメドゥ子へと近づく。
「何してんだお前は……」
「ふんだ、アンタには用無いのよ」
「いいから、こっち来い」
「あ、コラっ! 離せー!」
「シャ~」
物陰から出ようとしないメドゥ子を抱えて連れていく。暴れるメドゥ子だが、一方メドゥシアナは大人しくついて来る。
「言いたい事あるならハッキリ言う」
「むぅ」
抱えたメドゥ子をのじゃ坊の前におろす。不服らしいメドゥ子は頬をふくらませそのままだ。
「のうメドゥ子、お主なにがそんなに不満なんじゃ? わらわが仲間になってそんな不味い事もあるまい」
「不味いとかそう言うんじゃなくて……うーうーっ!」
「そのうーうー言うのをやめなさい」
さてどうしたものか、俺としても仲間にした以上は団員同士の衝突は避けたい。問題があるのはメドゥ子だけなのだが、星晶獣同士の不和など飛んでもない火種になりかねない。
しかしその不和の原因に予想がつかなくもない。大方トラモントでの煽り合戦の延長の様なものだろう。お互い見た目と精神年齢が近いので子供っぽい所が共通している。似た者同士と言うか、同族嫌悪と言うのか……まあ、一回口喧嘩すると付き合いづらくなるタイプかな。特にメドゥ子の方が。
「……メドゥ子、不満は色々あるかも知れんが一応は団長である俺が入団を認めたんだ。俺の顔立てるつもりで機嫌治してくれ」
「ア、アタシは別にアンタの立場なんてどうでもいいもん」
「そうむきになってくれるなよ。お前も先輩になるんだ」
「……せんぱい?」
先輩と言う言葉を聞いてメドゥ子の表情が少しかわる。どうもチャンスのようだ。
「そうだ。お前が入団してからの仲間では一応おっさんが居るけど、星晶獣の仲間は初めてだ。つまりお前は星晶獣団員としては先輩になるわけ」
「……ふぅーん」
「な? ここは先輩として、快く迎えてあげなさいって言う事。偉大なる星晶獣は寛大な心を持たんとな」
「むぅ……」
果たしてどうだろうか。メドゥ子も俺の言葉を反芻するように小さく唸っている。
「……んへへ」
するとちょっとキモイ笑い方しながらメドゥ子が笑った。
「変な笑い方すんなよ」
「う、うっさい!」
メドゥ子の右ストレート。だが軽く受け止める。ぽふり。
「ふんだ……まあアンタがそこまで言うなら認めてあげるわよ」
「ん、まあ仲良くしてやれ」
「馴れ合いはしないわよ! いいのじゃ子? 聞いたろうけどアタシはこの団じゃ先輩なの、そこんところ理解しておきなさい!」
「え~」
「え~ってなによっ!?」
「だって大して加入時期変らんじゃろ。しかも星晶獣同士、年齢差もさして無いのに」
「こう言うのはメリハリが大事なのよ! ……たぶん!」
「別にいいでは無いか~。ほれほれ、仲良くしようではないかメドゥ子よ~」
「あ、コラ! 引っ付くな、アンタ羽が暑っ苦しいのよー!」
……うむ、まあこれでよい。後は仲良く喧嘩しな。
「よう親父さん」
「誰がじゃい」
振り向くと、いつの間にかいたおっさんに親父呼ばわりされた。すげー顔がニヤついてる。
「この野郎」
「なんのっ!」
「む?」
ちょっとムカついたのでデコピンを食らわせようとしたが、ギリギリで頭を後ろに下げて指先を躱された。
「むう、やるなおっさん」
「伊達に天才名乗ってねえよ。あとオレ様は野郎でもおっさんでもねえ……天才美少女錬金じゅ」
「はいはい美少女美少女」
「聞けよっ!?」
聞き飽きた事はスルーに限る。
「たく……しかしまあ、子供二人の面倒は大変そうだな」
「うっせうっせ、俺の子供じゃねえから。親父でもねえ」
ここ最近の俺のポジションと言うのが、団長よりも苦労人の子持ちバツイチ親父になりつつある気がしてならない。俺まだ18なんだぞ。
「まあお前のポジションはどうでもいいけど」
「よかねい」
「それよか、依頼のメンバー選出すんだろ。今日中に島着くならもう決めるぞ」
「わかっとるわい。もう大体決めてるもんね」
「ほう?」
「取り合えずルドさんつれてく」
「大丈夫か?」
その大丈夫かは多分ルドさんを連れて行く事に対してと、ルドさんを選んだ俺に対しての言葉なんだろうな。
「山の中での依頼だからね。山賊だったルドさんが居てくれれば役立つ事もあると思うわけ」
「けどルドミリアだぞ」
「……不安はあるけど、団員に仕事を与えるのも団長の仕事と思いまして」
「まあお前がそう思うならいいけどよ……気をつけろよ?」
そんなマジに言われると俺も困る。
結局何時も通り、俺は不安を拭えないままだった。
■
ニ すっげえ緑豊か!
■
数時間後、遅れもなく依頼の島に到着する事ができた。
「何も無いなっ!」
フェザー君が叫ぶ。元気に叫ぶ様な事かは不明だが、確かに何も無かった。しいて言うなら自然ならある。と言うか、山と少しの平原しかねえ。
船着場も無いのでセレストは島の縁にある平原に着陸した。
「見た所この周辺に村とかは無いようだね」
「シェロさんに貰った資料によれば、元々住民の少ない島のようですね。その住民も殆ど山中で暮らすから、他の島との交流も少ないようです」
コーデリアさんと資料を確認していく。そこから分かる事は、ようは田舎であると言う事。比較的ザンクティンゼルと似た環境と言う事だ。
「地図の通りなら片道3時間ちょいってところか」
日はまだ高い、村に行くだけなら十分だろう。サクサクと進めようではないか。
「依頼メンバー発表します。はい集合してー」
パンパンと手を叩いて皆を呼ぶ。
ここからは依頼メンバーを連れて残りはここで待機となる。多分全員行くほどの依頼ではないのと一々セレストから荷物を降ろし、セレストをマグナ形態にしてから全員で移動と言うのは手間過ぎる。
「えーまず当然ですがドランクさんとスツルムさんは待機組です」
「まあそうだろうな」
二人の任務は俺を連れ戻す事である。二人にとっては寄り道の様なこの依頼まで手伝う義理はないだろう。
「僕は良いけどね手伝っても。待機してるだけって暇だしさぁ~」
「いいから大人しくしてろ」
「はーい」
少し不満そうなドランクさんであるが、スツルムさんに睨まれ大人しく引き下がった。
「で、B・ビィは何時も通り来るとして、攻撃と壁役にコロッサス」
「おうよ」
「オマカセ (=゚ω゚)ノ」
「それと、ルドさんとおっさんも来てね」
「あはは! わ、私もかいっ!?」
自分が指名されるとは思ってなかったのか、ルドさんは意外そうに返事をした。
「山の依頼だからさ。詳しいでしょ色々」
「ふふっ! まあ、腐っても山賊だったからなあ!」
「まあそこら辺を期待してって事で」
「あは、はははっ! こ、こんな状態の私でよければっ!? ははっ!」
「ん、頑張ってください」
「おい、オレ様はどういう理由だよ? 別に山専門に詳しいわけじゃねえぞ」
「おっさん仲間になってからちゃんと依頼にやってないでしょ。専門じゃなくっても知識はあるし、錬金術なら不測の事態でも結構応用利くし」
「そうかい。まあ別に嫌ってわけじゃねえから良いけどよ……てか、おっさんじゃねえ!?」
はいはい、美少女美少女。
「あとこの依頼に意欲的だったシャルロッテさんお願いします」
「お任せ下さい!」
「それとのじゃ子も来なさい」
「お、早速出番か?」
指名されてのじゃ子は目を輝かせた。
「取り合えず参加して騎空団の依頼と言うのを覚えなさいって言う事な。本当にただの魔物退治なら依頼入門編のようなもんだ」
「果たしてただの魔物退治かな相棒?」
「なんでお前が不敵そうなんだよ」
この黒ナマモノめ。楽しんでないかこの野郎畜生。
「ともかく必要なら活躍してもらうから」
「うむ、任せい!」
「まあメンバーは以上、残りはここで待機しててね」
「私は参加しなくて良いのか?」
のじゃ子と同様にトラモント島からの仲間であるフェリちゃんが自分がメンバーに選ばれなかった理由を尋ねる。のじゃ子のように依頼体験をする事になると思ってたのだろう。
「勿論ただの魔物退治である事を俺は祈ってるけど……本当にそう祈ってるけども! 実際何あるかわからない仕事になりそうだから今回はフェリちゃんは待機。次の時お願いね」
「そ、そうか……何時も大変だな」
「わかってくれる?」
「ははは……けど、そう言うことなら了解だ」
「うし、それじゃあ30分後出発!」
俺が声を上げれば各々準備のために行動を開始した。
必要な道具は既に揃えていた。コーデリアさん達救出部隊がガロンゾから持ってきた積荷には、こう言った事態を見越してかキャンプ用の荷物やらもある。俺が如何なるトラブルに巻き込まれても良い様にと言う事であろう。
用意周到な準備にありがたい半面で理由が理由だけに複雑な気持ちになる。
ともあれ出発は問題無く俺達は山の中へと入って行った。
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三 フェイトエピソード ギャルと地味と騎空団と
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この島の島民達は排他的というわけでもなく、どちらかと言うと協調的な人柄であるのだが、その殆どが山中の村で暮らすと言う環境ゆえに社交的という事も無かった。
だからであるのか、その島では独特な言葉が残る。つまりは“方言”である。方言自体は珍しい事ではないが、しかしこの島のものは他の島から来た人間が聞き取るには癖が強く、会話の半分を把握するのも難しい。
しかし若い住民にはそれとはまた別で独特の言葉が広まっている。
「ぇ、そマ?」
「マジマジ、ぉぉマジィ! ほんと信じらんなぁい! ٩(๑`н´๑)۶」
「だってぁんた、昨日デートの約束したとか言ってたじゃん」
「そぅだけどぉ! だってァタシみたんだもぉん、バイト先で客にデレデレしてんのぉ!」
「ぃゃ、それ何回目って話し……」
山道の中、独特の口調で語り合う二人組。焼けた素肌のエルーンの女子が特に目立ち、どうやら彼女はもう一人のエルーンの愚痴を聞いているようだ。
「マジならそぃつ、ほんとDS。かなりのアリエンティストだゎ、っかもぅビョーキじゃん」
「まじ意味! 『俺にはお前だけ』とか素でパチこくとかさぁ! ぁぁほんとティー……今けっこーディオってる……。・゚・(ノД`)」
「だからほんともぅ別れた方がぃぃって言ったじゃん(´Д`||)」
若い者達の間で形成される言葉の特徴には“省略”がある。
所謂略語であるが、長い言葉を可能な限り略し、略す必要が無いと思われる言葉でさえも略す。それは文章として書く場合に時間の短縮にも繋がるが、言葉の会話の中での使用でも十分に意味はあり、略語を使う事で会話のテンポをよくし会話を弾ませる事が可能になる。だからか、彼女達のような若者の生み出す言葉には強く脳に残るテンポと語呂の良さがある。だからこそ広まり浸透する。
逆にその若者言葉を知ら無い人間にすれば、それは十分に方言、訛りである。やはり聞き取り意味を知る事は困難だろう。
とは言え、この二人の雰囲気からどんな会話であるかは凡そ想像は付くだろう。きっと犬も食わない話であるに違いない。
「はぁ……外禁は解けなぃしぃ、ぴぴは浮気するしぃ……テンサゲ」
「テンサゲですむんかーい(-∀-;)」
友人の話に辟易した様子を見せるのは、焼けた肌のエルーン少女。名をクロエと言った。
彼女の友人がぴぴ(彼氏)との別れ話や痴話喧嘩を今に始まった事ではなく、件のぴぴと付き合いだした頃から何度も上がる話題だった。
そしてそのオチも同じ。どれだけ喧嘩して別れる宣言しても最後は元の鞘に収まる。それが常だった。
聞き飽きた話題ではあったものの、しかし今クロエはそんな話に耳を傾けるぐらいしかやる事が無かった。
少し前から村の周辺で魔物が多く出るようになった。今までも畑を荒らすなどのトラブルはあったが、ここ最近は人も襲うような魔物が現れるようになり村の住民達は魔物討伐の依頼を出しそれが解決するまで殆どの住民は、安全な場所以外には外出する事を禁止されており、遊ぶ事もやる事も無い状態が続いていたのだ。
要は暇だったのだ。なので二人は村から少し離れた魔物の出ない場所に足を運んでみたものの、結局山中の自然しかない中でやはり暇である事を実感するだけに終わり、クロエに至っては友人の聞き飽きた別れ話を聞かされる羽目になったのである。
「とりぁぇずさぁ、もぅ別れなって」
「……そぅする! もぅ我慢の限界だもん!(`皿´メ)」
(ゃっとかーぃ(-∀-;))
別れ話が出る事9回目、しかし友人の口から我慢の限界と言う言葉が出る事は初であった。心の中でツッコミを入れるクロエであった。
「まぁ今度のみほ奢っからさ、そこでじっくり話きぃたげる」
「あーとんクロ丸ぅ……ぁたし帰るけど、クロ丸は?」
「ゃる事なぃから、もぅちょぃブラブラマターリして帰る」
「ぁそ、そじゃねー」
怒りも話せば収まるのか、友人は落ち着いた様子で帰って行った。
クロエはそんな友人を見送り、クロエはのんびりと家に帰る事にした。早く戻ってもまた話の続きを聞かされそうな気がしたからだ。
(ぁたしも彼ピ欲しいなぁ……(-ω- ))
現在複雑な状況ながらもなんやかんやで仲の良い? 異性をもつ友人に多少なり羨望の眼差しを向ける。流石に友人のように浮気されただ別れるだのは御免被るが、しかし彼氏が欲しいのは事実であった。
若さとは出会いに憧れを抱かせる。
「ぅ~ん?」
ふとクロエは足元を見た。視線に入ってきた物が気になりしゃがみそれを手に取った。
(なんじゃらほぃ(*´-ω・)ン?)
それは花だった。太目の茎に小さめの花が咲き、薄く刃のような緑の葉が伸びるもの。クロエは見た事がなかった。
ただその花が落ちているだけならクロエも手には取らないだろう。彼女が気になったのはその臭いだった。
実に強い――それは異臭とまでは言わないが、しかし強く鼻をついた。それが気になりクロエはその花を手に取ったのだ。
好奇心、それが彼女に花を拾わせた。
「GuuRuuuu……」
「はぇ?」
その好奇心はギャルを殺すのか。
「Guu……」
「ぇ、ちょま……魔物ぉヽ(゚Д゚;)ノ!?」
木々の陰から現れたのは、狼型の魔物ラウンドウルフ。
餓えているのか、クロエを前にして酷く興奮している。口から涎をだらだらと垂らし、まだ日が昇る明るい時間であるにも関わらず爛々と輝く眼光はまさに飢えた獣。
「GURUUuuu!」
「ひゃぁっ!?」
野獣らしい唸り声は、それだけで簡単にクロエに尻餅をつかせた。
友人は先に帰ってしまってもう姿は見えない。魔物が現れず村に近い安全な場所とされていた場所であるが、しかし人気は無く助けを呼んでも人は来ない。そもそも怯えたクロエは声が出なくなっていた。
(ゃ、これ……し、死ぬ……?)
「GUUuu……GAAAaaa!」
「ひ……ママっ!?」
ラウンドウルフが叫びクロエに飛びかかろうとし、しかし武器も持たず戦う術を知らぬクロエには目を閉じる事しかできなかった。
その時である――。
「ああぁぁああああ――――っ!?」
「Gyan!?」
「あだばぁっ!?」
「……はぇ?」
空から突然男が降ってきたのだ。それどころか、そのままラウンドウルフに激突、地面に転げ落ちた。ランドウルフも当たり所が悪く死んではいないが、気絶したらしく地面の上で痙攣しており、男はその横で頭を押さえのた打ち回っている。
閉じていた目を開いて見たその光景にクロエは理解が追いつかなかった。
「おーい、大丈夫かだんちょー!」
そして今度は空から少女の声が聞こえてきた。何かと思って見上げてみれば、大きな翼を生やした少女がこちらに向かって降りてくる。
(ぇ? ぇぇ~ヾ(´゚Д゚`;)ゝ)
「こ、この馬鹿鳥! 死ぬかと思ったじゃねーか!」
「すまん、妙な臭いで鼻がかゆくなった」
「だからってクシャミで手を離すな阿呆!」
「あだっ!?」
地面に降りたった翼のある少女に、よろけながら立ち上がり拳骨を食らわす男。
「ジミー殿おぉー!? 無事でありますかぁー!?」
「相棒の事だから平気だろ」
「あはーははは! み、見事に落ちたなあ! はは、ははは!!」
「坊主はもう高い所行かない方が良いんじゃねえか?」
「ボクモ (-ω-;) ソウオモウ」
そして曲がり角からは慌てた様子で走ってくるハーヴィンの少女、その後ろからは逆にのんびりした様子のこれもまた妙な団体。
「な、なんなの……これ……」
一言での説明が難しすぎる状況に、勢いで生きるギャルでも暫し呆然とするほかなかった。
■
四 すっとこヒーロー空から落ちる
■
依頼を受けた村を目指し山に入った俺達であったが、ちょっと困った事があった。村に着かんのである。
地図通りに進んでいるのは確かだったのだが、想定より時間がかかってしまった。確かに貰った地図が妙に古いと思ったが、いい加減な測量で作ったのか知らないが明らかに地図上の距離と実際の距離が合わない。
そんなこんなで2時間ほど歩いた頃、のじゃ子が「周辺飛んで探すか?」と提案。こっちも疲れて来ていたのでそうしてくれと頼むと徐に俺の両手を掴みそのまま飛翔した。
飛んで探すかって俺込みの提案だったんかい! と、ツッコミを入れるが時既に遅し。地上からシャルロッテさんの俺を心配そうに呼ぶ声がしたが、もう諦めて上空から村を探す。まあ飛んだ甲斐あってか、村は見つかった。思ったより自分達の居た場所から近く確かに村に向かっていた事に安心した時、のじゃ子が鼻をムズムズさせた。
どうしたかと聞いたら「妙な臭いが……」と言ったかと思えば「えっきしっ!」と可愛げの無いクシャミ。離される両手。そして落ちていく俺。
ああ、叫んだねふざけんなって。何度目だよこれ。
そんで地面に落ちると思ったら偶然居た魔物に衝突、頭打ってのた打ち回り降りて来たのじゃ子に拳骨を振り下ろし、慌てて駆けつけてきたシャルロッテさんと合流し、そして――。
「いやぁ……ほんと悪いねクロエちゃん……」
「別にぃぃって。てか、こっちこそぁざますっ!」
浅黒く焼けた肌のエルーン少女、クロエと言うこの娘さんは俺が空から落っこちた時ぶつかった魔物に襲われていたらしい。
結果的に彼女を助けた俺は、驚かせた事を謝りながらも目的の村について話すと彼女の住む村と言う。そして助けてくれた礼として案内を申し出てくれた。凄くいい子だ。
凄くいい子であるのは間違いないのだが……。
「もぅマジMS5だったわ、ちょ~こゎかったもん。てか、魔物ャバ。ぁんなん増ぇてるとか鬼ャバっしょ ((((;´・ω・`)))」
「まあ、そう聞いたから俺達……」
「そりゃ外禁出るゎ。むりっしょ、ァレ倒すとかそんなん。ふつーに死ねる」
「や、まあ俺達」
「てか、ぉにーさん達こんな所までょく来たょねぇ。ここなんも無ぃのに」
「お、おう」
「けど自然豊かって言うか、緑はぁる的な。っかそれ以外なんも無ぃんだけど。ぁと空気もマイウーかな。ってんなことどーでもぃぃか。わら」
まあ良く喋ること喋ること。女三人寄れば何とやら、しかしこの子の場合一人で数人分良く喋る。あと言葉が独特でたまに言ってる意味が良くわからん。
「なんだか不思議な言葉使いの子であります」
「っか、よく見たら剣とか持ってるし、初見。てか銃もぁんじゃん! すげー! けどこゎ!」
「ははは! あ、危ないからさわっちゃだめだ! あは、あははっ!」
「この子もなに、翼はぇてるとか。なにこれものほん? 超バードじゃん、わら。どぅなってんのこれ、さっきふっ~に飛んでたし。ゥケる」
「こりゃ、勝手に触るでない」
「こっちとかトカゲ飛んでる。わら」
「オイラはトカゲじゃねえぜ」
「しかも喋るしっ! ゥケる! ぁ~子供いる、しかも超カワ~(ノ*’ω’*)ノ♪」
「あは☆ ありがと、おねえさん!」
「っーかこっちはデカァヽ(ヽ゚ロ゚)!?」
「コレデモ (o´・ω・) チヂメタホウダヨ」
「ちょ、なにその喋り顔文字感パナぃ! ゥケる!」
「クロエチャンモダヨ(・ω・)」
凄いテンポで口を挟む暇が無い。あれやこれや、話題が尽きずよくまあこれだけ喋り続けられるなこの子。
「クロエちゃん、案内はありがたいんだけど、少し待ってもらっていい?」
「ん? どして?」
「実は俺達は騎空士でね。君の村の長老さんから依頼があって、魔物退治に来たんだよ」
「ぇっ!? マ(。Д゚; 三 ;゚Д゚)ジ!?」
「うん、マジ」
「はぁー! なにそれ超パナぃじゃん! 魔物倒せるとかゃば!」
「パナ……?」
クロエちゃんの口から飛び出る言葉に始終シャルロッテさんが首をかしげていた。カワイイ。
ところでこの子の言う「やば」って言うのは、ポジティブな意味でよろしいのですかねえ。ここ最近うちの騎空団の噂がヤバイだのばかりで気になるのだが。
「ちょっとこの魔物を調べたくてね」
俺と衝突してまだ気絶したままのラウンドウルフを指差す。どうもこの一匹が気になってしまったのだ。
「このクロエ殿を襲っていた魔物、ジミー殿は今回の依頼と関係はあると?」
「ちょ、クロエ殿だって。殿とか初めて言ゎれた。ゥケる」
「どうですかね……クロエちゃん、ここら辺で増えたって言う魔物はこいつらの事かな?」
「さぁ? クロエそーゆーのよくゎかんなぃから、魔物増ぇたとか大人が騒ぃでたけど、どんな魔物かなんてご存じ無い系だし」
「そっか……どう思うおっさん?」
「ラウンドウルフ自体は珍しい魔物じゃねえ。水あって獲物がいれば、どんな環境でも適応する奴らだ」
「ぇちょヽ(゚Д゚;)ノ!? この子急に雰囲気変ゎったんですけど!?」
急に“オレ様”になるカリおっさんに驚くクロエちゃん。無理も無い。
「はははっ! た、確かにラウンドウルフは山の中でも生息してる! け、けれど、あはは! このラウンドウルフ、一体だけだっ!」
「そこなんだよ。ラウンドウルフは基本群れで行動する……雄っぽいし“あぶれ”か?」
たまに群れを形成する動物の中には、何かしらの理由で群れを追い出されたりする“あぶれ雄”が居ると聞いた事がある。
「かもしれねえが……」
「ふむ……」
気絶しているうちにラウンドウルフの身体を調べる。おっさんの言うとおり肉付きは悪くなく、重い身体を動かし観察する。
「ゎっ! ちょ、だぃじょぶなん!?」
「平気まだ目を覚ます気配は無い」
距離をとるクロエちゃんを安心させながらも観察を続ける。
頭部から背中に掛けて生えるタテガミ。身体のブチ模様。獲物を狩る為の前爪。一見してなんら珍しいことの無いラウンドウルフの雄である。しかし――。
「妙に毛が多いな」
おっさんがじっくりと観察しながら呟いた。確かに通常のラウンドウルフに比べると、その体毛の量が多いように思える。
「確かに……」
「みろこの首周り、あとはこの脚なんかは通常のラウンドウルフに比べて密集してる」
「何かおかしいのか?」
おっさんが感じる疑問。だがのじゃ子は何が気になるのかわからないようだった。
「当たり前だけど毛が多いって事は、大体が寒さをしのぐ目的があってのこと。けれど今この島はこんな毛が必要な程寒くない」
「はは! な、なるほどだとすればこの体毛の量はおかしいな、ははははっ!」
「山ばかりのこの島でなら、標高のある場所は寒い時もあるだろうけど……」
「かと言ってこんな体毛が必要なほど寒くはねえ。むしろハンターであるラウンドウルフは、体毛が多いと狩りの時体温が上がり過ぎちまう。狩りの時に息切れが早いんじゃ意味がねえ。寒い地域であればわかるが、今この島の環境じゃ暑くて辛いだけだ。仮に生え変わりがあるとしても早すぎる。なにより……この足裏」
おっさんがラウンドウルフの脚を持ちその足の裏を皆に見せる。そこには通常のラウンドウルフには見られない量の体毛があった。
「これは寒さを凌ぐため、それと雪への対策だ。これで寒さだけじゃなく、雪に脚を取られなくなる」
「なるほど……確かシャルロッテさんって雪国出身ですよね? そこの動物ってこんなんですか?」
「ええ、特別珍しいものでもありません。ラウンドウルフに限らずウィンドラビットや他の魔物にも同様の特徴があります」
「しかも……このラウンドウルフはまだ成熟しきってない子供だ」
「子供? まさか……」
横たわるラウンドウルフは俺の知る大人のラウンドウルフと同じ、いやそれよりも少し大きいほどだ。これで子供と言うのは信じられない。
「いや、今調べて分かったが間違いなくまだ幼い。これも雪国の……ノース・ヴァストで育つ魔物の特徴だ」
「ノース・ヴァスト、あの最北の」
以前旅立つにあたり「空の基本は知っとけ」と言われ、ばあさんから渡された本で知ったその名。ノース・ヴァスト、空域最北に位置する大陸。俺にとって今だ未知である“雪”が当たり前のように降り積もる白銀の世界。
「その極限の環境がそうさせるのか、ノース・ヴァストでは魔物に限らず野生動物の大半は大型化する傾向がある。このラウンドウルフも身体の特徴から見ればそこの個体である可能性が高い」
「……だとすると、このラウンドウルフは亜種、それもノース・ヴァストないし寒い雪が降る島の種類。だが当然空を飛べないこいつが自力で来るはずもない」
「なら……考えられるのは一つなわけだな」
皆と視線を交わし辺りを見渡す。何の気配も無く、俺達以外はいない。
「ぇ? ぇ? なんかまだぃる?」
「いや、心配しないでいいよ。多分気のせいだから……今のところはね」
不安げなクロエちゃんには適当に言っておく。
そのまま目を覚ました場合を考え、気絶しているラウンドウルフを持ってきたロープで脚を結び無力化する。
処理するにしてもクロエちゃんが居るし、あまり血生臭い所を見せたくは無い。
「待たせて悪いね、もう大丈夫」
「ぁ、もぅぃぃ系?」
「いい系……? ああうん、大丈夫いいよ」
「ぅ~ぃ! そぃじゃこっちだから、つぃて来てね~(○σ・v・)σ」
ラウンドウルフを担ぎクロエちゃんに続く。こいつは村で木か何かで檻を作って一端置かせてもらおう。
「わははっ! む、村に着く前から色々起きるなあっ! はは、あははははっ!?」
「てか、この人さっきから笑ぃすぎじゃん。ゲラなん?」
「ゲラ?」
「超笑ぅ人」
「ああ、成る程。まあ気にしないであげて、キノコ食ってからこうらしいから」
「キノコ!? キノコとかそマ!? マジでぁんだそんな事。わら」
「そマ?」
「ぇ? それマジって意味だけど」
「略しすぎだろ……」
どう言う文化なんだろうなあ、こう言う若い子の言葉ってのは……。
その後直ぐ目的の村につく事が出来た。もう距離は近かったとは言え、クロエちゃんの案内もあってスムーズにたどり着けたのはありがたい。
しかし案内中でも、のべつ喋りまくる彼女には圧倒された。
「とぅちゃ~く。ここクロエの村ね。マジなんもないっしょ(´ー` )ノ」
これは自虐ギャグなのだろうか。確かに目立った特長のある村ではない。良く言えば素朴と言ったふうであろう。
しかし素朴であれば我が故郷ザンクティンゼルも負けぬ。競う事ではないが。
「俺の出身地もこんなもんだったよ。なんならもっとなんもねえ」
「へぇ~そぅなんだ。ぁ、ぁそこ村長さんっち!」
村の中でも比較的大きな家を指差すクロエちゃん。村から来た依頼であるので、当然その代表者である村長には一度顔を顔合わせをしておくのは通例であるのだが……。
「ぉよ(*´-ω・)ン? なんか人集まってるし」
村長宅の前に人だかりが出来ていた。この村の正確な人口は知らないが、村の規模を見た限り殆どの住民が来ているようにも見える。
ただ騒ぎになっていると言う感じではない。
「トラブル……って感じじゃねえようだな」
「ともかく話を聞きに行きましょう」
「そうですね」
シャルロッテさんの言うとおり、ともかく話を聞かない事にはなにも分からない。俺達もその人だかりに向かっていった。
「ぁ、ぉじさん。これなにかぁったん?」
クロエちゃんは人だかりの中の知り合いの男性に声をかけ事情を聞き始めた。
「あんれ、クロエちゃん何処さ居だの? お母さんが心配しってうおぉ!? でっかぁ!?」
男性は振り向くと巨体のコロッサスに驚き後ずさった。
「ク、クロエちゃんこの人達は誰だべな?」
「ぇっと~さっき外で会った系? 村来たぃって言ぅから案内してた。だぃじょぶ、だぃじょぶチョーぃぃ人達だから。それよりどしたんこれ?」
「あ、ああ……それがな魔物退治をすてぐれるって言う人達来でぐれたんだよぉ。嬉すいことだねえ、こんな何もねえ村に態々おいでくださっただからなあ」
「ぇ? 魔物退治?」
「んだぁ」
男性の言葉を聞いて目を丸くしたクロエちゃんは俺達を見た。一方俺達も目を丸くしている。
「むう団長よ、どうも可笑しな事になっておるようじゃな」
「そのようだ……失礼、中に村長さんは?」
「いるよぉ?」
「そうですか……クロエちゃん、俺達村長さんに会うわ。ここまで案内ありがとうね」
「ぁ、ぅん。こちらこそどぅもでした」
「コロッサス、ラウンドウルフ見といて。目を覚ますと面倒だから」
「マカセテd(゚∀゚d)」
「ルドさんもこっちで。話し合い中で発作起きるとあれなんで」
「うふふ! そ、そうだな! 悪いが、コロッサスと一緒にいさせてもらうよ、ははは!」
「ん、そいじゃ……ちょっと失礼、通してください……」
クロエちゃんと別れ、面倒な予感を抱きつつも俺達は人だかりをぬって村長宅へと入っていった。
中編へ続く