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一 旅立ちの契約
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帝国戦艦食堂臨時コック騒動から二日目の朝。
カルテイラさん達に怒られるやらからかわれながらも、その後無事に諸々の用事を済ましてエンゼラへの物資搬入も無事完了した。
エンゼラは既に搬出用エリアに運ばれている。何時でも出発可能な中団員総出で物資の積み込み忘れ等の問題が無いかの最終チェックしている。同時に新しく出来たエンゼラ船内の間取りも覚えるための作業でもある。
一方で俺はと言うと、それらの作業を皆に任せ外である人物を待つ。
「そろそろ来るかな団長」
「時間通りならね」
一人にするとまた面倒を起こす(巻き込まれる)と言われ、俺一人には出来ないと皆に言われてしまい、付き添いでゾーイも共にいる。言い返したかったがここ最近の事を思い返すと何も言えないのが辛いのだ。
「ミミミーン?」
「お前すっかりそこが定位置だねえ……」
そしてもう一人、と言うか一体。省エネミスラが俺の頭の上でクルクルしている。
「別に本体に戻っても良いんだぞ? 最初は無理に呼び出したようなもんだったし」
「ミンッ!」
「暇だし構わないって? あそう暇……え、暇なの?」
「ミススン」
「いや、けど一応島と契約した星晶獣として役目があるとかさ」
「ミーミミンッ!」
「そう言うのは本体がやってる? そもそも能力が勝手に働くから別に意識してやる事ない……へ、へえ? そうなの」
色々台無しな話を聞いてしまい、なにかガロンゾの人に申し訳ない気持ちになる。
「彼は最初から“省エネ”と言う形で呼び出したからな。基本は変わらないが、ティアマト達同様もう既に本体とは別の存在になりかけてる。ミスラと言う星晶獣としてのあり方も変わっているかもしれない」
「マジか」
「マジだよ」
さらりととんでもない事を言うなよ……。
「ティアマト達だって同じようなものだよ。君は不思議と星晶獣の性質を変えちゃうからなあ」
「さらっと怖い事言うなよ」
「本当だから仕方ない、だからこそ私も一度君を討とうとした。放って置いたら空の均衡が崩れてしまう」
「いや、さらっと言うなよ」
「まあ実際のところ、大きな異変があっても殆どの問題は君に来てるから大丈夫だったなあ」
「だから、さらっと言うなよっ!」
「あははは」
笑うな笑うな、ちくしょうめ。それでは全て俺の自業自得のようなオチじゃないか。認めないぞ、俺は断じてそんなの認めんからな。
「ふむ……ところで団長。どうやら来たらしいな」
ゾーイはケラケラと笑うと一方を見て指を刺す。俺もそちらを見てみれば、ゾロゾロと物々しい集団がこちらへと向かっている。
甲冑に身を包んだ兵達が列をなし、その威圧感から周りの大工や騎空士達の殆どは距離をとった。兵隊さん達はエンゼラ前にまで来ると立ち止まり、そして道を開けた。割れて出来た兵隊達の道から四人俺達に向かってくる。
「時間どおりっすね」
「早く済ませたいだけだ」
「でしょうね。おはようオルキスちゃん」
「おはよう……」
黒騎士さんご一行の到着。
■
二 「エルステ帝国・星晶戦隊(以下略)ガロンゾツアー御一行様」は団長と艇で飛んで解決の最後というわけだな
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「しかしまあ、なにもこんな集団で来なくてもいいでしょうに」
現れたエルステ帝国御一行。武装した兵達を従えての登場に、この場にいる一般人は怯えを隠せないでいる。
「万が一を考えれば妥当な人数だ」
しかし黒騎士さんはこともなげに答えた。
「万が一ってなんすか、ちょいとばかり艇に乗るだけですよ」
「貴様が星晶獣にさらわれた場合対処できる」
「Oh……」
まさかの対策だった。
「当然それだけではない。今から我々は貴様の艇に乗る。しかし言ってしまえば敵船だ。しかも貴様ら騎空団の騎空艇、そんな何が起こるかわからん艇に人形一人では乗せるわけにはいかん。貴様のように戦艦に乗り込んで気軽にコックやるのとは違うのだ」
決して気軽ではなかったよ。馬鹿言っちゃいけねえ。
「けどまさか全員乗るとか言わないですよね」
「付き添うのは私とドランク達だけだ。その間ここには兵達を置いていく」
「そりゃよかった」
「だが連れて来た兵がこれで全てと思わん事だ」
「……ああ、やっぱりね」
下手な事したらどうなるかわかってるな? と黒騎士さんの目は語る。大げさに見えるこの兵隊さんの数に圧倒されそちらにだけ注目してしまうが、既にガロンゾ各所に帝国兵が潜み配置についているだろう。実際さっきから俺への殺気が多い。混乱のバランスが傾くのに敏感なゾーイの方も気づいているようだ。こりゃ黒騎士さんが到着する前から何処かしらに潜んでたな。
万が一俺達がおかしな行動をとった場合、潜んだ帝国兵に合図が送られるだろう。そうなると過激な帝国兵の事だから、果たして何しでかすかわからんな。ティアマト達を総動員すればどうにか出来るだろうが、無駄にガロンゾ内で面倒を起こしたくはない。なにより無関係の島民に迷惑がかかる。
「ふん……別に貴様が何かするとは思わん。そんな輩でない事もわかっているつもりだ。今言ったようにあくまで万が一に備えてだ。」
「万が一ねえ。まあ特別何かするわけじゃなし、なんも起きやしませんて」
「“説得力”って言葉を知ってるか?」
「さもありなんだなあ団長、あはは」
スツルムさんからキツイ言葉をもらう。ゾーイまで笑うんじゃねいやい、ちくせい。
「団長君の場合気を抜くと何起こるかわからないからね~。星晶獣が現れるオチと魔物が襲来するオチと爆発オチとそれはもう色々とオチが用意されて」
「ねえよっ! 少なくとも爆発オチはまだねえよっ!!」
「まだって事は、その内ある気はするんだな」
「な……ないよっ!」
「そこは自信もって否定しろ」
畜生、この夫婦漫才傭兵コンビめ……。好きかって言いやがる。くそう、くそう。
「それよかですね……どうだい、オルキスちゃん。俺達の騎空艇は」
「……うん、かっこいい」
「そうでしょ、そうでしょ! いや、ほんと最高の騎空艇になったよ、うんうん!」
全てが最高だからね。もうこれ以上ない騎空艇なのだよ。
「借金した甲斐があったというものだよ。俺も頑張って木を切り、釘を打ち、鉋をかけ、それはそれは色々と」
「無駄話はいい。ミスラも居るなら最後に契約内容の確認をしろ」
俺が語り出すと黒騎士さんにばっさり話を切られた。余計な話だったかもしれないが、無駄といわれるとショックである。
「無駄……無駄って……ひでえや」
「無駄なものは無駄だ。無駄無駄……いいから本題に入れ」
「わかりましたよう。えっと……それじゃあミスラ、確認するから聞いてくれな」
「ミンッ!」
「まず第一に修理完了のエンゼラが必要である事。そしてこれはもうクリアできてるね?」
「ミンッ!」
「よし。それで第二に、俺とオルキスちゃんが必ずエンゼラに乗る必要がある。そうだね?」
「ミンッ!」
「よしよし。それじゃあ最後、契約上の“乗る”は搭乗するだけを言う?」
「ミスッ!」
「違う……じゃあ、乗って空を飛行する事?」
「ミミミーンッ!」
その通りと言わんばかりにミスラは大回転しだす。フィーヴァー状態だ。
「だそうです」
「……やはり会話が理解できん」
「団長君星晶獣専門通訳で食べてけそうだよね」
そんな面倒しかなさそうな仕事につく気は無い。
「ミンミース」
「あー……ただ搭乗時間の約束が無かったからか、そこらへんフワッとしてるから念のため十分以上乗っておいてくれだそうです。ガロンゾ一周ぐらいすれば大丈夫じゃないっすかね」
「……まあその程度ならいいだろう。早く済ますぞ」
「あいあい」
話はまとまった。まとまるような話でも無い気がするが、ともかくまとまった。あとはオルキスちゃん達とエンゼラに乗り、ガロンゾ一周の旅に出る。
ついに約束の日。俺と帝国をガロンゾに縛る契約を果たす日がついに訪れた。
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三 エンゼラクルーズ
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「出港っ!」
俺の掛け声を合図にエンゼラが搬出エリアの船着場から離れ出した。
「よーしよしよし、いいぞいいぞ……っ!」
ゆっくりと艇が移動する。操縦するのは勿論セレストである。しかし今のエンゼラは改修された新エンゼラ。大きさも使い勝手も変化している。試験飛行は行っているが、慣れない内は慎重に動かさないといけない。搬出エリアからは作業員の人が誘導を行い、障害物に当たらないようにしてくれている。
「そのままそのまま…………よーしっ!」
そして無事搬出エリアの外に出る。場所も開けここまで出ればもう殆ど問題は無い。
離れていく船着場を見れば親方達やノアの姿がある。この後島には戻ってくるが、本格的に島外に出れたのを確認できて彼らも安心した様子だ。俺が問題ない事を示すように手を振ると、彼らもそれに応えた。
「ふう……ぶ、無事出れたよ……!」
エンゼラが外に出ると、近くの床から霧が上りそれが直ぐにセレストの姿に変わる。先ほどまで操舵室で集中していた彼女だが、一仕事終えてこちらに移動したらしい。
曰く星晶獣的なアレでエンゼラを操舵しているので、彼女は必ずしも操舵室に居る必要は無いためこのような芸当ができる。
船体隅々まで極めて薄く広く霧を這わせ、それで多くの情報を感知してるとも言っていた。
そのため操舵室は彼女にとって私室の一つ、あるいは集中して操舵を行う場合の儀式的空間となった。
「それじゃあ島から少し距離をとって一周しよう。焦らんでいいから」
「りょ、了解……っ! それじゃまた操舵室戻るね」
ふんすふんすとやる気みなぎる姿は頼もしさ以上に可愛さに溢れるのである。
しかし無事出港できてよかった。またぞろ野良星晶獣でも現れようものならどうしようかと思ったが、この感じなら最後まで大丈夫そうだな。
「どうオルキスちゃん、乗り心地は」
「……いいね」
オルキスちゃんがいいねをしました。小さい手でサムズアップ。思わず俺もサムズアップ。
「それじゃあ、適当に時間潰しますかね」
「ゆるいなあ」
無事艇も上がったので、安心してるとドランクさんにこんな事言われた。一番言われたくない人である。
「まあガロンゾ一周するだけですし」
「まあそうだけどさ~けど空眺めるだけじゃ退屈じゃないの。どお、トランプでもする?」
「そんなの持ち歩いてるのかお前」
ドランクさんが懐からトランプを取り出すとスツルムさんは呆れていた。懐から遊具が出てくる傭兵とは、これいかにである。
「まあまあ、退屈は人生の大敵だよスツルム殿ぉ~。それに有意義に時間を潰すのも仕事の内だしね。他にも折りたたみのボードゲームとか昔流行ったスピンブレードとか」
「玩具ばかりじゃないか……っ!」
「いってええっ!?」
次々出てくる玩具についにスツルムさんの剣がドランクさんの尻に刺さった。
「なんじゃ、愉快な二人組みもおるではないか」
「誰が愉快な二人組みだ!」
二人の愉快なやり取りを見ていたら、甲板にのじゃ子とメドゥ子が現れた。のじゃ子の発言にスツルムさんは憤慨している。
「そうかっかするでない。余計愉快になるぞ」
「むぅ……くそっ」
「やっほ、お久しぶりだね~メドゥ子ちゃん」
「メドゥ子じゃないっての!」
「まあまあ、それより二人ともどうした?」
なんだか見慣れた組み合わせになってきたメデュのじゃコンビ。二人揃って歩いてると、なんか仲良しの幼子が散歩してるみたいだ。
「艇ん中確認してんの。まだのじゃ子が間取り覚えられてないのよ……鳥頭だから、プププッ!」
「のっじゃ!? 誰が鳥頭じゃ! しかたないじゃろう、お主は前の船内知っとるから勝手も分かるじゃろうが、妾は最近来たばっかで艇に乗れたのもまだ二度目なんじゃ!」
「はいはい、喧嘩しない。煽らない、乗らない」
煽るメドゥ子に乗るのじゃ子。止めなきゃずっと喧嘩しそう。けど結構二人でいる事が多い。せめて仲良く喧嘩しろ。
「……騒がしい星晶獣共だ」
姦しい二人に呆れる黒騎士さん。俺まで申し訳なくなってきた。
「騒がしくなっちゃったなぁ……移動でもしますか」
「あ、中はいるの?」
「まあそれぐらいしか……食堂でもどうです? まだ料理作るには準備不足ですが、お茶と茶菓子ぐらいなら出せますが」
「お菓子……っ」
俺の発言を聞いてオルキスちゃんの目が輝いたのと同時に黒騎士さんが深く溜息をつき、そしてまた鎧が震え出した。
迂闊であった。こ、これはいけない。
「い、いやいや、話の流れでね!? ね!? わかりますよね!? 別にオルキスちゃんを甘やかすとかじゃなくて、あくまで黒騎士さん達全員を持て成すためのものであって、決して俺がオルキスちゃんにお菓子食べて欲しいとかじゃなくてですねっ!?」
「結果的に菓子類与えてる事に変わりないだろうが……っ!」
「ひえっ!?」
「我々は茶飲み友達ではないっ! いらん事をするなっ!」
「ひいっ! いえ、あの……大変ごもっともなんですけども、経緯はどうあれ一応艇に招いたわけですから何もしないのも失礼と言うか、気まずい気もしてですね」
「庶民感覚をこんな状況でだすなっ! ええい、まだ契約は完了しないのか!?」
「ミミーン」
黒騎士さんの怒号もなんのその、ミスラはふよふよ俺の周りをクルクル回り漂っている。
「の、乗ったばかりだからまだ駄目って言ってます……」
「どこまでも融通の利かん……っ」
「そ、そう言いましても」
「第一貴様は会えば可愛いだの、元気かだの、腹は減ったかだの、大した付き合いも無かったくせに親戚か家族みたいにずけずけと」
「ですから、それは」
「あの娘、ジータに関してもそうだ。貴様のそう言う甘さがあんな風にしたんじゃないのか?」
「ジ、ジータは関係ないでしょ!? それに、あれでも厳しく面倒見たつもりなのです」
「ならばどうしてああも無軌道な女に育つ。お前の怠慢ではないのか?」
「たた、たたた怠慢ですって!? お、お言葉ですけどね、あいつ子供の時から元々あんな感じなんですよっ!? 目を離せば子供の癖に手斧一本持って森に突貫して魔物狩ろうとするわ、遊んでくれと言われて遊んだら3時間ぶっ続けで俺が鬼のままの鬼ごっこやらされるわ、星晶獣も真っ青の体力お化けですよ! そもそも両親不在の中で世話した身としては結構頑張った方と自分でも思うんですからね!?」
「ふん……自分一人満足してるような育て方を自慢されてもな」
「カ、カチンときたよこれ……っ!? そりゃ幾らなんでも酷いんじゃありません!? 七曜の騎士とは言え……それ言ったら黒騎士さんだってあれですよっ! オルキスちゃんの脱走癖治せてないのは、黒騎士さんがちゃんと面倒見てないからなんじゃないんですかっ!?」
「な……っ! なん、だと……貴様っ!?」
「ああ言う我侭はねえ、構ってほしいからやるもんですよ。食事ぐらい一緒にとれば良いだろうに、そーゆー事しないからやんちゃになるんですよ!」
「貴様知ったような口をっ!!」
「そっちこそっ!!」
「ちょっとあんたらっ!!」
「んぎゃあっ!?」
黒騎士さんと言い合いになったが、急にメドゥ子が俺の頭を髪の毛の蛇で噛みついたため止められた。
「きゅ、急に噛みつくな馬鹿!?」
「うっさいわね。それよか先行っちゃったわよ」
「はあ? 先にって……」
「だから、あの子」
メドゥ子が俺達の横に位置を指さした。そこには何もなく、一瞬何の事を言っているのかわからなかったが、しかしそこには確かオルキスちゃんが居たはずだった。
居たはず──過去形である。
「あれっ!?」
「……おい、人形はどこへ行った」
「さっきのじゃ子が先連れてっちゃったわよ」
「いやいや……何勝手に連れてってんの!? てか止めろよ!?」
「あんたら騒いでるし、アタシだって気が付くの遅れちゃったの! 気が付いたら扉入ってったのよ!」
どうやら俺達が言い争いをしてる最中、のじゃ子に連れられオルキスちゃんは甲板から船内への扉に向かい既に中に入ったらしい。
「まあ艇の外には出ようが無いからまだ良いけどさぁ……」
「……良いわけあるか」
「いったいっ!?」
ふと呟いた言葉が聞こえたらしく、黒騎士さんに頭をはたかれた。
「ううむ、移動したとすれば……食堂かなぁ、話の流れ的に」
「……不本意だが食堂に向かうぞ。あれを放っておくとどうなるかわからん」
「まあ一人ではないようだけどね」
「もう一人があの星晶獣ではな……」
オルキスちゃんが一人船内をウロチョロしているわけではなく、一応のじゃ子も一緒についているのだが黒騎士さん達は安心できていない。そして俺も安心できん。
「確かに目を離してる時に面倒が起きても嫌だ……案内します」
一先ず速足でオルキスちゃんを追って船内に入る。まったくもって気の休まらない契約完了日の始まりだ。
■
四 のじゃっとオルキス探検隊
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「……むう」
エンゼラ船内。通路のとある分かれ道、そこでガルーダは腕を組み唸った。
「はて、どっちじゃったかのう」
「……迷った?」
唸るガルーダの隣にはオルキスがいた。突然立ち止り首を傾げるガルーダを不思議そうに見ていた。
「む? いや、迷ったわけではない。ちょっと通路の道順を忘れただけじゃ」
「……それ、迷ってる」
「いやいや、まだ迷ってはおらん。ちょびっと忘れただけじゃ。その証拠に……ほれ、思い出したぞ。食堂はあっちじゃ」
自身ありげに歩き出すガルーダ。それに対してオルキスは特に不安は無さそうであった。何も言わずガルーダについて行き、見慣れぬ帝国戦艦以外の船内を興味深そうに見ていた。
スンスンと匂いを嗅ぐと出来たての新築の家と同じ匂いがした。
「およ?」
「わぷ」
しばし歩くとまたガルーダが立ち止まった。急に立ち止まるので、後ろからポテポテ着いて来ていたオルキスは、そのままガルーダの背中の羽に包まれるようにぶつかってしまう。
「おっと、すまぬな娘」
「……平気。あったかい」
「にょほほ、そうであろう。なにせ妾自慢の羽じゃからのう。ほれほれ」
「……ん、くすぐったい」
オルキスの反応が面白かったのか、ガルーダは羽を動かし彼女の頬をコショコショとくすぐってみせた。オルキスもくすぐったそうに悶えるが、不快そうではなかった。
「それより……食堂?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。それが食堂に向かっていたと思ったら」
ガルーダが目の前の扉を指さすと、そこには『大浴場』『小浴場』と表札があった。
「……食堂?」
「風呂じゃ」
まったく違う目的地であった。
「おかしいのう。どこで間違ったのか」
「さっきの道……?」
「かのう」
不思議そうに首を傾げる二人。
「誰かおらんかのう」
風呂場に入っては見たが、そこには誰も居なかった。がらんとした脱衣場があるだけである。浴場の方を覗いても、湯のはられていない湯舟があるのみだった。
「ま、おらんわな」
「広い……」
「大浴場じゃからな」
エンゼラは元々大浴場の一つがあるのみであったが、今回の改修をうけ団長と主に女性陣の要望を受け更に広くした大浴場、そして小さな小浴場を設置させた。
コロッサスなど基本は男性として扱われるが、厳密に雌雄判別のつかない存在は除くとして男女比で女性が多くを占めるこの騎空団、入浴に関しての問題はそれなりにあり、特に大勢の女性が入浴する時間が長いため、数の少ない男性が待たされる場合があった。
そのためまず大浴場を広くし小規模の浴場を設置。これによりどちらかの浴場に女性陣が入浴中であっても、男性陣もどちらかの風呂を使用する事ができるようにする。
しかも大浴場は浴場の位置を変えた事で実現した、職人拘りのスカイビュー仕様。当然普段はシャッターと窓で閉じており、開放感を味わいたい時や掃除で浴場の湿気を抜きたい時等に窓を開けれるようにした。その事で過酷な騎空団の旅の中でも、伸び伸びとした時間を楽しめる。
「まあ風呂を楽しむのは今度じゃな。さて、道を戻るか」
しかしそんな自慢の浴場も今の二人には用も無い。このまま居ても仕方が無いのでガルーダ達は早々に移動を再開した。
先程間違えたと思われる分かれ道を目指すのだが、今度はその分かれ道にたどり着かなくなった。
「……さっきより、迷った?」
「まてまて、そう断ずるには早計じゃ。近づいてる可能性だって否めぬ」
何故か前向きなガルーダである。オルキスもオルキスで特に気にしたそぶりは無い。
そうして二人が食堂を再度目指したが、何故か中々食堂につかない。
実はこの時曖昧な記憶と勢いに任せガルーダは道を選んでいた。「確か右から来たから、右じゃな!」と言って来た方向、元の場所に戻るのであるなら本来左に曲がるべき通路を右に曲がるなどしてしまい、全く反対の方向へと進んで行ってしまっていたのだが、そんな事にガルーダは気がついていない。ガルーダが「おかしいのう、おかしいのう」と呟きながらポテポテ歩いていると、またもとある通路でガルーダが立ち止まった。今度はオルキスもぶつかる事はなかった。
「……食堂?」
「いや、食堂を目指したはずが」
ガルーダが指を刺す。そこには表札に『トレーニングルーム』と書かれていた。
「おかしいのう、どこで間違えたのか」
「ずっと間違ってる……」
「にょほほ、まあそういう事もあろう。さて、今度こそ誰おらぬか……」
先程と同じように中を覗いてみる。
広々とした室内は他の通路の違い白色が強いフローリング張りの部屋。壁には大きな鏡も張られており、自身の動きを確認できるようになっている。また様々なトレーニング器具もあり、それを見てるだけでオルキスは体が鍛えられるような気分になった。
「むう、誰もおらぬか……およ?」
やはり誰も居ないかと思ったら、ガタガタとトレーニングルーム倉庫から物音が聞こえた。そしてそこの扉が開くと、中から大きな人型の模型を運ぶフェザーとユーリが現れた。
「くっ! か、かなり重いなこれ……!」
「頑丈なのを注文したからな!」
「それで、こっちでいいんですか……っ!」
「ああ、動かして問題ない場所に置くからな!」
二人はその人型を重そうに運んでいた。
「おお、良いところにおった!」
「むっ? その声はガルーダだな!」
「正解じゃ。ちょいと聞きたい事があっての」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……これ置いてから聞くっ!」
フェザーは何時もの調子だが、ユーリはかなり辛そうに荷物を持っていた。二人はえっちらおっちらと進み、目的の場所にその荷物を置いた。
「ふぅー……想像より重かった……」
「……何してたの?」
「うおっ!? な、なんだ……君も居たのか」
「うん……いた」
オルキスが汗をぬぐうユーリに声をかけると、オルキスが居ると思わなかった彼はひどく驚いた。荷物を持って後ろを向いていた彼は、彼女の存在に気が付けていなかった。
「あー……大声を上げてすまない。自分達は積み込んだ鍛錬用の器具をチェックしててな。一度は倉庫にしまったが、幾つかは出しておこうって話になったんだ」
「これも鍛錬用器具か? みょうちくりんな人形のようじゃが」
「これは“木人”だ」
「もくじん……?」
輪切りにした樽を重ねたような木製のボディにずた袋の頭部が付けられたそれは、確かに人型と言えば人型のシルエットである。しかし体格に対し小さく覚束なく見える四つの脚とボディのスリット部分に装着された幾つかの盾と剣が、完全な人型とは言い難い印象を与える。
「訓練用の人形だ。色んな攻撃に耐え、調整しだいで色んな攻撃も繰り出せる。危険だから勿論剣は本物じゃない」
「俺が団長に頼んで買ってもらったんだ! よろず屋に注文したら、特に頑丈で性能が良いのが手に入ったぜ!」
如何にもな人物が如何にもな物を買っている。二人はそう思った。
とは言えこの木人は格闘戦以外の模擬戦も可能であり、この騎空団の団員全員の戦闘スタイルに対応できるため、事実かなり高性能な木人であった。
「ただよろず屋殿が言うには、更に特別性とか……木人の調整を特別な人に頼んだらしい」
「団長が使えばわかるって話だったな」
その特別な人物が何者であるかフェザー達は聞かされていない。団長もまたそんな話すら聞いていない。もしも聞いていれば悪寒から即この木人を返却しただろう。きっとその内団長はまた酷い目に遭う。
しかしそんな事もオルキス達には関係の無いことだった。
「木人は今は良い、それより道を聞きたいんじゃ」
「道?」
「食堂を目指しておるのに何故かつかぬ」
「案内板は見たのか?」
「そんなのあったか?」
「そりゃああるだろう。少なくとも分かれ道にはちゃんと書いてある」
「はて、見たような見てないような……のじゃのじゃ」
「なるほど、ガルーダは方向音痴だったか!」
「大声で言うでない。それに方向音痴では無い、この艇に慣れておらんだけじゃ!」
プリプリ怒るガルーダであるが、フェザーは「あはは!」と笑うのみであった。
「それで食堂か。ここを出て左に向かって階段を二度上がって真っすぐ進んで直ぐだが……案内するか?」
「いやいや、それがわかれば大丈夫じゃ。お主等も用事でここにおったのじゃろう。そっちを優先してもらってかまわん」
「そうか?」
「うむうむ、流石にこれ以上道を間違えたりはせぬ。ではな」
「おう! 後で俺達も食堂に行くからな!」
ユーリの提案を断り、二人はまた部屋を出ると食堂を目指し歩き出した。
間も無くユーリの言ったとおりに進むと、確かに食堂に向けて近づいたようだった。一安心したガルーダであったが、ふとオルキスが食堂の方向とは別の方を向いている事に気づいた。
「どうした娘?」
「……不思議にな匂いがする」
スンスン匂いを嗅ぐオルキスが気になっている通路を指さした。不思議な匂いと言われ、ガルーダも匂いを嗅いでみると、確かに不思議な匂いがする。しかしガルーダはこの通路の先になんの部屋があるか直ぐに思い出せない。
「食堂からではないな。料理の匂いではないようじゃ」
「……」
「あ、これ勝手に行くでない!」
匂いを嗅ぎつつオルキスがフラフラと歩き出し、慌ててガルーダが後を追った。
二人は匂いに手繰り寄せられるようにして匂いの元に向かうとある部屋の前に来た。そこには『実験室』と表札にかかれていた。
「ああ、成程ここじゃったか。ここは錬金術の実験室じゃよ」
「錬金術……?」
「うむ、あの錬金術師の娘の実験室じゃ。もう使っておるとはな」
匂いの正体はカリオストロの実験室からのものだった。ガルーダがそれがわかるとスッキリしてついでに挨拶でもしておこうと思ったのか、扉をノックして中にいるカリオストロによびかけた。
「もし、おるか錬金術師の」
「あん……? その声、ガルーダか。なんの用だ?」
「なに不思議な匂いがしたからの。気になって見に来たんじゃ。入ってよいか?」
「あぁ~……まあかまわねえよ」
許可を得たので二人は実験室に入った。入ってみた部屋内は、まだ出来立てであるためか機材も資料もとても整っている。幾つかの資材はまだ梱包されたままのもある。
「邪魔するぞ」
「おう……なんだよ、あの小娘もいんのか」
「います……」
入ってきたのが二人、そしてその片割れがオルキスであると気づきカリオストロは少し意外そうにした。
「何でまたここにいんだよ」
「うむ、食堂に行こうとしたが迷った!」
「胸張って言うなよ」
ついに開き直ったガルーダは清々しいまでに迷子宣言をしていた。
「まあ安心せい、先程フェザーらに道を聞いてもう解決した」
「そうかい。そんじゃ何でここに来てんだよ」
「不思議な匂いがしたからのう。気になってきてしまった」
相変わらず不思議な匂いは実験室の中を漂っていた。不快な臭いではなかったが、不思議なとしか形容できない匂いである。
「なんぞ実験でもしておったか?」
「まだ設備は稼働させてねえよ。こりゃ薬品の匂いだ」
そう言ってカリオストロは、2リットルサイズの平底フラスコを手に取って見せた。中には粘性のある緑の液体がタプタプと揺れている。
「さっき取り出して確認してたんだよ。換気させるの忘れてたな……」
「まさか変な薬じゃあるまいな」
「いんや、薬草から抽出した天然由来の無害な液体だ。何なら食品にも使えるぜ」
「甘そう……」
「おっと、こらこら」
食品にも使えると言う事と、匂いはどことなく甘い匂いでもあったので何となくオルキスは手を伸ばしたが、直ぐにカリオストロはフラスコを彼女から離した。
「毒じゃねえが単体で飲むもんじゃねえよ。基本はポーション生成に使うもんであって、匂いは良いが甘くもねえしハッキリ言って不味いんだ」
「……美味しくないの?」
「原液だから……後悔するほど苦いぜ。いるか?」
悪戯っぽく笑うカリオストロ。苦いだけの液体を飲みたいなど思ってはいないので、オルキスはフルフルと嫌そうに顔を横に振った。
「まあこの部屋で“美味い”もんは期待すんな」
「……わかった、錬金術師おじさん」
「おいコラ」
極めて不名誉な呼び方をされカリオストロは静かに怒った。
「美少女だろ!? どっからどう見ても美少女だろうが!?」
「けど……おにいさん、“おっさん”って言ってる」
「あいつの真似をするなっ!! ……おい、おいガルーダ笑ってんじゃねえ!?」
何時もカリオストロの事をおっさん呼びしている団長の影響を受け、何となくおじさん呼びしたオルキス。当然カリオストロは立腹したが横では腹を抱えてガルーダが「のじゃのじゃ」笑っていた。
「……ふうっ。いいかなぁ~オルキスちゃん? カリオストロはおじさんじゃ無くてぇ~、可愛い、かぁわいぃ~~~~……っ! 美少女なんだよぉ☆」
「……美少女?」
「おうこら、なんで首傾げた?」
オルキスは別にカリオストロを馬鹿にしているのではない。自称で美少女を名乗る人間に慣れていないだけである。
「とにかく……っ! カリオストロは世界で一番可愛い美少女なのっ☆ だから、カリオストロの事は、カリオストロ“お姉ちゃん”って呼んでね☆」
「図々しいのう」
「やーんガルーダったらひっどーい。……錬金素材にすっぞっ☆」
「本性が隠せておらんぞ」
伝説の錬金術師、生きる伝説、時を超え復活した天才。やろうと思えば星晶獣でさえ錬金素材に出来るだろう。決して冗談で脅していない凄みが彼女にはあった。
「わかった……お姉ちゃん」
「よーしっ☆ オルキスちゃんは偉いねえ! どっかのお兄ちゃんにも見習って欲しい素直な良い子っ!」
素直にカリオストロの事をお姉ちゃんと呼ぶオルキスを褒めるカリオストロ。彼女を抱きしめ頭を撫でる。
するとまたも実験室の扉をノックする音がした。
「誰だー、別に入っていいぞ」
「どもーっす」
カリオストロが返事をすると、扉が開き団長達が入ってきた。
「あ~! 噂をすれば素直じゃないお兄さんだぁ~☆」
「出ぶりっ子やめい」
「出ぶりっ子ってなんだっ!?」
出会って早々ぶりっ子、縮めて出ぶりっ子。カリオストロの可愛いムーブは不発であった。
「てかなんだよ素直じゃないお兄さんって……」
「ところで団長、揃ってどうしたんじゃ?」
「どうしたじゃないわ、バカチン」
「のじゃっ!?」
団長がガルーダに近づくと、軽めに彼女のでこをでこピンで弾いた。
「一人勝手にオルキスちゃん連れてくんじゃないよ。黒騎士さん達にも心配させて、俺焦っちゃったんだからな。食堂行ってもいないし」
「あんた通路たいして覚えてなかったくせに歩き回るんじゃないわよ。無駄に探したじゃないの」
「ぅにぃ……す、すまぬ」
「よし、勝手な行動はいかんが素直に謝れるのは良い事だぞ」
ヒリヒリするでこを押えながら涙目で謝るガルーダだった。
「んで……どうしますかね、食堂ならもう戻ればすぐだけど」
「……もう勝手にしろ」
これ以上何か言っても無駄と悟り、黒騎士はそれだけ言うと黙ってしまった。
結局その後、団長達は食堂でミスラの契約完了報告を待ちつつまったり過ごしたのであった。
■
五 ミスラが契約の完了をお知らせいたします
■
なんやかんやで集まった団員達とお茶を飲み、ティアマトとラムレッダが「どうせだから酒でも飲むか」と言い出しそれを止めていたら丁度ガロンゾを一周、それと同時にミスラが「ミン、ミン、ミン、ミーンッ!」とチャイムの如く契約完了をお知らせ。なんだかホッとした俺と黒騎士さんは、喜ぶでもなく唯々安堵しため息を吐いた。
「ま、終わってみれば早かったような」
「わけあるか」
「ですよねー」
万事めでたく締めようと思ったが、黒騎士さんに食い気味に否定される。ごめんなさい。
「まあ無事に終わったのは本当じゃない? また星晶獣攻めてきたとかは無かったし良かったんじゃないかな~」
「まったくだ」
一応ドランクさんとスツルムさんがフォローしてくれたが、またって言われるとやはり複雑である。短期間に来すぎだよ星晶獣。
そんな複雑な心境になりつつもエンゼラは再びガロンゾへ。ただしこんどは搬出エリアではなく、通常の船着き場へと艇をつける。もう生まれ変わったエンゼラの旅立ちに問題は無い、これが終れば再び旅が始まる。
「……艇から降りたら敵同士なわけで」
「元からだ、勘違いするな」
降ろされたタラップ、その先には既に集まっていた親方達と帝国兵、そして先に降りた団員達。彼等が見守るのは、まだタラップを降りていない俺と黒騎士さん達。
「やだなあ、物騒なのって」
「……安心しろ。貴様が戻る前あのリュミエールの娘と約束している。全てが終るまで手出しはせん」
「そりゃまあ安心だ」
船降りた瞬間七曜の騎士と決戦と言う事はなさそうだ。具体的な黒騎士さんの強さは知らんが、まあ大体わかる。話だけ聞くなら七曜の騎士とは、ジータだとかばあさん側の人間だ。あの二人、特にジータが強烈すぎるせいでなんか微妙な印象しかないがね。ジータなんか緋色とか言う人と“遊んだ”と表現してたし。絶対普通なら死ぬかどうか激戦必至の戦いだったろうに。あの娘にとって戦いは最早全て生か死ではなく、遊びか相手とわかり合う手段とになっているな。フェザー君系だ。今頃どこで大暴れしとるんだか。
「そもそも黒騎士さん達は俺達追うほど暇じゃないでしょ」
「その通りだ。誰かの所為で酷い足止めをくらったからな」
「おっと薮蛇……」
だが流石にこの人の睨みにも慣れてきたぞ。もう体は震えたりしない。恐怖無効、ふはは。
「……オルキスちゃんも満足?」
「うん……」
お茶飲んでお菓子食べて、お茶飲んでお菓子食べて、お菓子食べて……そりゃ満足でしょう。
思えばこの子との出会いが、ガロンゾでの騒動の始まりだった。その後変な約束をしちゃったり、ガルーダにさらわれたり、リッチと戦ったり、フェリちゃん仲間にしたり、クロエちゃん仲間にしたり、コルワさん仲間にしたり……濃い日々であった。
「いいかい、食べるのは程々に。運動もしっかりして、けど脱走は流石にもう控えて、だけど大いに遊んで、それで黒騎士さん達には迷惑をかけないように。あと食べ物につられて知らない人についってたりしちゃ駄目だからね。あとは」
「だから保護者面をするな」
「あいたっ!」
お別れと思うと寂しいのと心配なのとで思わず色々言ってしまったが、黒騎士さんに頭を叩かれた。
「最後までまったく、貴様と言う奴は……」
「し、しかしですねえ、やっぱり短い付き合いとは言え心配しちゃうのですよ。黒騎士さんもしっかり頼みますよ。結局貴方がこの子の保護者なんだから」
「なるほど、貴様私がしっかりしてないと思っているわけだな?」
「そう言うわけじゃ、んががっ!? いふぁ、いふぁいっす!?」
頬を抓られ引っ張られた。緩い表情筋が更に緩くなるからやめてくれい。
「……貴様に言われんでも面倒ぐらいみている。口出し無用だ」
「あい……って!?」
頬を伸ばすだけ伸ばされ弾く様に手を離された。こねられた気分だ、俺はパン生地ではないぞう。
「降りるぞ、これ以上待たせても時間の無駄だ」
「そっすね」
奇妙な休戦から再度敵対する関係へのカウントダウン。タラップを降りれば、帝国とそれに喧嘩を売った騎空団。
「団長君とはまたその内会うんじゃないかな? 僕らなんか別件やプライベートで動くときもあるし案外近いうちにさ~」
「なるべく関わりたくない」
陽気なドランクさんと辛辣なスツルムさん。この愉快なコンビともお別れだ。
口数少ない黒騎士さんは、案外人間味のある人であったと思う。
オルキスちゃんは、何か不思議な謎が多いが、しかし結局のところまだ小さい女の子だった。
七曜の騎士と傭兵と子供。こんな面子がエルステ帝国の最高顧問と仲間達である。と、“こんな面子”呼ばわりをしては「お前らはどうなんだ」と言われそうだ。
エルステ帝国と言う国への認識が変わったわけではない。急進的で過激な侵略国家、幼馴染殺し……相変わらずそんな印象である。まあ生き返ったけどね、ジータ。
しかし帝国兵だったユーリ君との出会いは“帝国の人間”への印象を変えた。彼のような兵士もまた多い。彼の隊の隊長さんだってそうだ。そしてなによりも先日、俺の作った飯を食う兵隊さん達は楽しそうだった。飯を食う時人は正直だ。素の人柄が出る。だからこそやはり国を作る人間が全てそうでは無いとも確信できた。
楽しそうに食べるドランクさん、味を噛み締めるスツルムさん、見てる方が気持ちよいぐらいに食べるオルキスちゃん。
出会いも食事なら別れも食事。お茶会はまあいい思い出だろう。結局黒騎士さんは何にも口にしなかったが。
思えば黒騎士さんが何かを口にしてるのを見ていない。そういう意味では、この人の本当の人柄と言うのを俺は知らないままだ。だが生憎そんな機会は暫く無いだろう。
「……ところで、だ」
「はい?」
珍しく黒騎士さんの方から声をかけてきた。
「先日、私に食事を作って置いてったな」
「あ、ああアレですか。すんません、ついででやっぱり作っちゃって」
「私はいらんと言ったのにな」
「やあ、すみません……」
「……美味かったぞ」
「え?」
「……美味かった、と言ったんだ。それだけだ」
……俺今お礼言われた? 黒騎士さんに? え、初めてじゃないのこれ。ポジティブな言葉聞けたのこれ初めてじゃない? おいおい、マジかおいおいおい。
「あはは……ま、なんやかんやで楽しかったっすよ」
「また貴様はそんな事を」
実際楽しかったと思う。大いに苦労もしたが、しかしオルキスちゃんとの出会いは楽しかったのは間違いない。
このまま何も問題は起きず、そしてこの騒動は終わるのだ。最後に黒騎士さんからお礼の言葉も聞けて、これ以上無い騒動の終わりだ。楽しく終了、コルワさん的に言うならハッピーエンド。万事それでよし、素晴らしいじゃないか。
黒騎士さんは不愉快そうにしたが、俺の呟きを聞いたオルキスちゃんが俺達の前に出てくると振り向いた。
「私も……私も、楽しかった……」
黒騎士さんが息を飲んだ。
彼女は笑っていた。それは人形のようなものではなく、間違いなく心の篭った少女の笑顔だった。
「あ……っ」
だが次の瞬間、タラップの段差を見誤ったのかオルキスちゃんの片足がタラップを一段ずり落ち全体のバランスを崩した。大きくのけぞった彼女の体は後ろへと引っ張られる。
咄嗟に動いたのは、俺と黒騎士さんだった。
「オルキスちゃんっ!?」
「オルキスッ!!」
団員達と兵士達の悲鳴が聞こえる。
手を伸ばした。俺も、黒騎士さんも同時に左右からオルキスちゃんを掴もうとする。しかしその手は空を切った。
俺は「しまった!」と叫んだ。間に合わなかったのか──だがしかし、何かおかしい。手を掴み損ねたのなら、俺達の前にオルキスちゃんが居るべきだ。しかし何故か居ない。
走馬灯の如く時がゆっくりと進んでいる気がした。きっと黒騎士さんもだろう。お互い奇妙な感覚を感じながら、“後ろ”を見る。そこには見事バランスを取り直し誇らしげなオルキスちゃんの姿があった。
ああなんだ、俺達が手を掴み損ねたのではなく掴む相手が素早く体勢を立て直したから距離がずれて俺達の方が落ちてるのか。流石脱走常習犯、バランス力凄いね。なんであれオルキスちゃんは無事だ。いやあ、よかったよかった。あはは、はは……。
「よかないわああぁぁ────ッ!?」
「貴様っ!? 何故こっちに……ぐうっ!?」
「あいだっ!? あ、だだっ! ぃっでっ!? うぎっ!? ぎゃああぁぁ────っ!?」
落下中タラップにぶつかり、黒騎士さんと衝突。ゴロゴロと勢いを増し、あるいは段差でバウンドしつつ俺達はタラップを落ちていく。ガンガンと黒騎士さんの鎧がぶつかる音が聞こえる。そしてこんがらがった俺に鎧がぶつかりとても痛い。
「うおおおっ!? 相棒達が大玉の如くっ!?」
「言うとる場合か! はよ止めんとっ! コロッサス受けとめッ!!」
「駄目だ間にあわっ!!」
B・ビィ達の叫び声が聞こえたが、それどころではない。ある程度長いタラップも転げ落ちるのでは一瞬だ。助けようとしてくれたのだろうが、あっと言う間に俺達はタラップを落下しきって地面に叩きつけられた。
「いっつぅ~~~~っ!? ぁいっだだ……っ! そ、そこかしこ打った。くっそ、むち打ちになりそう……」
「ジミー殿大丈夫でありま……あ」
「あ、ああシャルロッテさん……すんません大丈夫です……」
シャルロッテさんが俺を呼んだ。心配そうな声で、その声はどこか危機感と焦りの両方が強く出ている。心配してくれているのだろうか。
「ああまだクラクラする……そ、そうだ黒騎士さん!? 黒騎士さんどこです、大丈夫ですか!?」
「……だんちょ。下、下見てみ下」
「下……?」
「ぅん、下 (´・ω・`)」
クロエちゃんが気の毒そうな声で言う。下、そういえば先程から両手に妙な感触がある。地面に落ちたなら、もっと硬い床があるはずだ。しかしなんか全体的に柔らかい。特に両手にいたっては、かなり柔らかい。こんな感触は知らないが、不思議と落ち着く柔らかさ。なんだかずっと揉んでいたい……よう、な…………。
「…………」
「…………え?」
下を見る。目が合った。
そこには見知らぬ女性が居た。茶髪のえらい美人さん……しかし、ああだがしかしその鋭い視線、それだけで俺を殺せそうなその視線を俺は知っている。
思わず動きを止めてしまう。が、そのまま体重の所為で両手が沈む──下の彼女の“双丘”に。
「え、あ……えっと……その、まさか……」
「あっちゃぁ~……最後の最後にやっちゃったねえ~団長君」
「……確かに星晶獣の問題は無かったな。星晶獣、は」
後ろから慌てて降りて来たらしいドランクさん達の哀れむ声が聞こえた。
辺りを見渡すと、タラップの上から俺達の位置にまで点々と黒い甲冑のパーツが転がっていた。
まだ確定じゃない、違うと言う可能性に賭けたい。偶然ここに居た女性にぶつかってしまったのだと、この俺が乗っかってる彼女は“彼女”ではないと。
「あの、あの……」
「……何時まで、そうしている?」
彼女が口を開いた。その絶対零度の声はもう間違えようは無く、俺の下に居たのは正しく黒騎士さんその人だった。
タラップを一緒に転げ落ち、その衝撃で何故か主に上半身の甲冑が外れ、何でか俺が覆いかぶさり、更にどうしてか俺に“ダブルビッグマウンテン”を掴まれた黒騎士さんだった。
黒騎士さんだった。
「すんません、直ぐどきますっ!!」
起立からの気をつけ。身動きをせず直立不動、汗をダラダラと流し俺は黒騎士さんの行動を待った。他の団員、帝国兵でさえ彼女の動きを待っている。
黒騎士さんは、俺が立ち上がるのを確認するとゆっくりと立ち上がった。
「……」
「あは、ははは……」
甲冑は無く、兜もない。だが素顔が露になった事で、その威圧感はむしろ増したかのようだった。
殺気、怒気、闘気、鎧を失い溢れる素のオーラ。それら全てがダイレクトに俺に向かう。
「……違うんです」
「それじゃダメンズや……」
搾り出した俺の声は余りにも情けなく、そしてカルテイラさんの言葉が心に突き刺さった。
■
六 面倒事を終えてイスタルシアを目指す星晶戦隊(以下略)。疲れからか、不幸にも黒塗りの騎士に追突してしまう。団員をかばいすべての責任を負った団長に対し、七曜の騎士、黒騎士が言い渡した示談の条件とは……。
■
「……何が、違うと?」
「いやその、ね? えっと……そ、それよりも! お、お怪我は……?」
「……そうだな、幸い鎧のおかげか特に無いな」
不思議と、黒騎士さんの声は落ち着いていた。むしろ冷静、静かに、安らかに喋っていた。そこまで怒ってないのかな? と、俺は淡い希望を抱く。
「そ、それは、よかった……」
「ああ、まったく」
「お、お互い大きな怪我も無いし……」
「そうだな」
「オルキスちゃんも無事だし……」
「その通りだ」
「よ、よかったなあ」
「ああ、よかったな」
「で、ですよね、ねっ! あは、あはは! よかったよかった!」
「貴様に胸を揉みしだかれた以外はな」
駄目だ、怒ってます。当たり前だよ畜生。
「ちょ、あんたら……! あの上司めっちゃ怒っとるで……な、なんとかし」
「無茶言うな……あんな黒騎士殿見たこと無いんだよ……っ!」
「と言うか素顔だって初めてだよ……っ!」
「美しい……」
「罵られたい……」
「オイ、シュヴァリエッポイノガ居ルゾ」
「馬鹿者、一緒にするな。あれはまだ素人だ」
「何ノダヨ」
外野の会話も入ってこない。死刑宣告を受けたような気持ちで俺は立ち尽くすしかない。
「ち、ちが……っ!」
「だから何が違う? まさか何もしてないと言うつもりか?」
「それも、違いますけど……ますけどっ!」
「ではなんだ」
「ほ、ほら! お互いに咄嗟にね!? オルキスちゃん落ちそうだったし、勢いが、あれで……あれが、あれして……偶然、偶然なんです! ノーカウントッ! 悪気無くて、全然意図したとかそんな事無くて! だって鎧取れるとか思わないし、そもそもあの状況で狙ってあんな……だから、だから……」
「…………」
「あ、ああ……うわあ……」
もう……どうしようも、ない。
「すいません、許してください! なんでもしますから!」
「ミンッ!?」
「あっ!? だんちょの阿保、余計な……っ!!」
俺が悲鳴のような謝罪を叫ぶと、ミスラが驚きカルテイラさんが怒鳴った。何故にそんなに驚くのかと思ったのだが、俺の言葉を聞いた黒騎士さんの笑みを見て悟る。
「ほう? 今なんでもすると言ったな?」
「……あ」
造船、そして契約の島ガロンゾ。うっかり約束命取り。その事を身をもって知っていたはずの俺は、またもうっかり馬鹿をした。
慌ててミスラを見た。ミスラは酷く申し訳なさそうに「ミンミ……」と小さく声を上げ、スローペースに回りながら俺と黒騎士さんを見守っていた。
「どうやら……今の言葉はミスラにより契約として確と結ばれたようだな」
「そう、ですね」
そのミスラの反応が答えだった。俺が自らの失敗を覚っていると、黒騎士さんはそれはとてもとても愉快そうに俺の傍により耳元で囁きだした。
「なんでも、なんでもか……不用意だな、ここがガロンゾであると言うのに。まったく不用意だなあ若き団長よ」
「あの、もう少しはな……離れ」
「だがこちらには好都合だったぞ」
耳元で黒騎士さんが囁くと、吐息で耳を擽られる。だが俺はそのこそばゆさを気にする余裕は無かった。
「なあ……若き騎空団の団長よ。わかっているだろうが、お前達の艇と違い我が艦の乗員数は桁が違う」
「は、はい」
「当然ながら日々に消費される物資等金額は馬鹿にならんわけだ。しかしそれはしっかりと計画を立て調整するわけだが……何の因果かこの約一月まったく無駄な金を使う羽目になった」
「はい……」
「であれば、だ。足止めの原因を作った奴にその金を請求するのは……至極当然の事と思わんか、ん?」
「そ、それは……っ!?」
止めてくれ、そう言おうとした。だがこれ以上口が開かない。既にミスラの力が働いているのだ。
「考えてみろ、幾らだと思う? 貴様も食堂で食事を作っているからわかるだろう。あれだけの人数、食費だけでも相当な値段だ。それ以外にも燃料と消耗品の補給、艇は動かさなくても金はかかるぞ。さて一体幾らになるだろうなぁ……?」
「あ、あうあう……」
「……くく、くくくっ! そんな顔をするな。なに、私も鬼ではない」
その時の黒騎士さんの優しい声。俺はその声を聴いて一瞬希望を持った。安心して笑みすら浮かべた。
「ほんの1千万程度払ってくれればいい」
速攻希望は砕かれた。
■
七 アディオス黒騎士御一行
■
「団長君も気の毒にねえ~」
「ああ」
「まさか最後にあんな……ねえ?」
「ああ」
遠ざかるガロンゾを見ながらドランクは哀れんだ視線を島に送る。スツルムはそれに生返事を返す。
二人は帝国戦艦に乗っている。無事に契約は完了、戦艦は動き出しついに彼らは島を発つ事ができたのだった。
「もーちょっと加減しても良かったんじゃないのかなあ」
「……一連の事で何かと溜まってたんだろう」
「最後良い感じに終わると思ったんだけどねえ」
帝国の方から先にガロンゾを発った。約束通り団長達はなにも手出しをせずに。
だが実際のところ約束を抜きにしても、これ以上の厄介事を避けるためと言う意味が大きい。仮に団長達を捕らえたり戦いになろうものなら、それこそ星晶獣が乱入してもおかしくは無かった。
ガロンゾに立ち寄る、あるいは近くに顕現する事がある星晶獣は、なにもミスラやガルーダだけではないのだ。彼らが知らないだけで星晶獣は直ぐ傍にいる。
「一応あれで多少は胸がすいたと言うことか」
「胸揉まれて胸がすいたと」
「おい」
「おっと、うっかり」
本人に聞かれでもしたら切り捨てられるような発言であった。ドランクは口に手を当ておどけてみせる。
「けど僕が見た感じ多少どころかかなりスッキリした感じだったよ。あの人結構Sっ気あるんじゃないの?」
「知るか……」
「けど大丈夫かねえ、団長君」
「よろず屋も力になるようだ。気の毒に思わないでもないが、結局あいつにとって何時も通りなんだろう、認めたくないだろうが……あれでもな」
「なんだろうね~」
次に会う時、果たしてあの騎空団はどんな騎空団になっているのか。ドランクはそれが楽しみに思えた。
「……柔らかかったのかな」
「……」
「いってええっ!? ちょ、無言ではやめ、ったあああっ!?」
空にドランクの悲鳴が木霊した。
一方で戦艦内、黒騎士の執務室。
「見たか? あの時のあの男の顔を。絶望してすっかり魂の抜けた腑抜けの顔をしていた」
「……かわいそうだった」
「かわいそう? 馬鹿を言うな、あれは正当な要求だ。あいつも異論を唱えていない」
「それ、ミスラが約束したから……」
「その通り、だからこそ正当なのだ。むしろあれだけで済ませただけ感謝して欲しいものだ」
珍しく、実に珍しく黒騎士がオルキスと普通に会話をしていた。
部屋の窓辺に立ち遠くのガロンゾを見る黒騎士は、既に甲冑を装着しなおして表情は見えないが声は僅かであるが普段より弾んでいるように感じられる。
「第一かわいそうと言うのなら、私はなんだ。あいつと貴様の所為で足止めをくらい、無駄な時間を過ごし、神経をすり減らし、最後にはあんな目に遭った。こちらの方が余程“かわいそう”だ。しかし……ああ愉快だ。実に愉快だ。なんであれば、もう少し虐めてやってもよかったな。くくく……あいつめ精々苦労するがいい、それで胃痛で胃に穴が開いてしまえ」
大声で笑いこそしないが、黒騎士は愉快そうだった。また七曜の騎士とは思えない程度の低い罵倒を口にした。実に奇妙な空間だった。
「……そんなに揉まれたの……嫌だった?」
「それはもう言うな」
「……結構長く揉まれ」
「忘れろ」
「……どんな感じ」
「黙れ」
しかし流石にあの状況を思い出すのは嫌だったのか、普段通りの凄みを出してオルキスを黙らせた。しかしオルキスの方は特に怯えもしていない。
ふと自分の胸と黒騎士の胸を見比べた。もう甲冑で隠れているが、あの時見た胸のインパクトはオルキスにとっても中々大きいものだった。
「……まだ、成長途中」
「品のない事を言うな!」
また怒られたので今度はぬいぐるみのねこで顔を隠し誤魔化した。
だがそんな黒騎士の様子を見て、「なるほど」と顔を隠しながらオルキスは内心合点がいった。あれはつまり一般的に言う“照れ隠し”と言う奴なのだと。そしてこう言う反応をするのを一言で言うと何であったかを彼女はふっと思い出す。
「……初心?」
「晩飯は要らないようだな」
「ごめんなさい……」
食事に関しての罰は何よりも堪える。オルキスは素直に謝罪した。
これ以上あの出来事に関しては話題に出さない方が良いと流石にオルキスも思った。しかしこれだけは言っておかねばならないと口を開く。
「……あのね」
「今度はなんだ」
黒騎士はいい加減辟易した様子だったがオルキスは続けて話す。
「あの時……手を伸ばしてくれた……」
「……まあ、な」
「……お兄さんと、二人で……助けようとしてくれた。……名前も、呼んでくれた……」
「あれは……」
「だから、だからね……ありがとう、アポロ……」
アポロ──黒騎士の本名。その名をオルキスが呼ぶ事を黒騎士は快く思わない。彼女にとって深い理由あっての事ではある。そしてそれを承知でオルキスは、その名を呼んで彼女へ礼を言った。言うべきと感じたからだ。
黒騎士は、オルキスを見た。その顔を見て、声を聴いた。
(何もかも、そのままなのに……お前は彼女と違う。だと言うのに……)
人形とは、結局のところ人形でしかない。それに情を持っても何時か失うだろう。自ら手放す事もあるだろう。それを失くす事を強いられる事があるだろう。
だからこそ、彼女はオルキスを“人形”と呼ぶ。
「礼など……」
必要ない、そう続けようとした。だが言い切れなかった。
『食事ぐらい一緒にとれば良いだろうに』
団長との言い争いの時に言われた言葉が頭に浮かぶ。まるで自分を非難するような目をした彼の幻影が横に現れたようだった。軽く手を振ると幻影は消え、黒騎士はそのまま席に深く座り黙ってしまう。
やはり、返事は無いかとオルキスは寂しそうな顔をした。予想は出来た事、しょうがないかと諦め彼女も椅子に座り直し、ねこを抱きしめ寂しさを紛らわそうとした。それこそ人形のように、ジッと動く事無く。
「……晩の事だがな」
「え……?」
だが黒騎士が再び口を開いた。もう今日の内は彼女から話しかけられる事は無いと思ったためオルキスは驚いた。
「私室での食事を考えている……お前も来い」
「……えっと」
信じられなかった。黒騎士から、アポロからそんな言葉が出る事がオルキスには、とても信じられなかった。
しかし間違いなく、確かに彼女はオルキスを食事に誘ったのだ。
「いいの……?」
「勘違いするな。目を離して面倒をされても困るだけだ。なんならドランク達も呼べばいい……その代わり、今日は大人しくしていろ」
「えっと、あの……」
「もっとも、私との食事が嫌ならそれでいいが」
「そ、そんな事無い……っ! 食べる、一緒に……食べる」
「……そうか」
部屋の空気は、穏やかだった。今度こそ言葉は切れて、会話は終わる。しかし、それは今だけの事。きっと夕食の時、ドランク達二人を交えた四人が多少ぎこちなくも穏やかに食事をし、そして会話を弾ませるはずだろう。
消えた団長の幻影がまた現れ「それでいいんすよ」と頷いている。それはただ黒騎士が想像しただけに過ぎない幻影だ。
(……別に絆されたわけでは無いぞ)
もう一度手で幻影を掃う。「あぁ~~……」と情けない声を上げてそれは消えた。
全空一奇天烈な騎空団とその団長の出会いは、黒騎士とその周りの関係を確実に変え始めた。
■
八 1千万ルピの男
■
借金が、増えた。
「それでは、我々も島を発ちます」
「皆さま、本当にお世話になりました」
「なあに、俺達は仕事をしただけよ。礼を言われるような事じゃねえや」
借金が、また増えた。
「ユグドラシルも良かったな。色々勉強できて」
「──!」
借金が、更に増えた。
『ガルーダ、外はどうだった?』
「一回り飛んだが、先に出た帝国艦の姿も見えぬ。もう艇を出しても良い頃合いじゃろうて」
「だな、ぼちぼち出航だぜ相棒」
借金が、更にまた増えた。
「……ねえ、やっぱりもう少し休ませてからでもいいんじゃ?」
「ああ気にしねえでくれノア。相棒何時もこうなんだよ」
「何時もなんだね……」
「まあ今回はちいとばかし、あれだったけどよう……ほれ相棒、しっかりしろ! そろそろ島出るぞ」
借金が、借金が……ふわわ。
「あーもう鬱陶しいっ! こうすりゃいいのよっ!」
「ぎゃあっ!?」
突如頭に激痛が走る。と言うか噛まれてる。こ、この感じは知ってるぞ。
「あだだっ!? メドゥ子てめえ、なにしやがでででっ!?」
「腑抜けてるアンタが悪いんでしょうが! シャキッとしなさい、団長でしょ!?」
心ここにあらずであった俺の意識を目覚めさせたのはメドゥ子であった。至極真っ当な事を言われハッとする。気付けば俺は他の団員達とエンゼラの前に立ち、そして周りには俺達を見送りに来たノアに親方さんや職人達、ガロンゾでお世話になった人々が集まっていた。
「そ、そうか黒騎士さん達と出航時間ずらして出るんだっけ。すみません、ちょっとボーっとして」
「気にすんな。むしろよくそれで済んだと思うぜ俺ぁ」
「普通の人間なら二、三日は寝込みそうだものね」
親方さんとノアがとても哀れんで俺を見ている。寝込めるなら寝込んでしまいたいが、そんな事では何も解決しないのが借金だ。
「シェロさんもほんとすみません……」
「いえいえ~」
この場には当然シェロさんもいる。一連の事に最初からお世話になった人だ。そしてまた今回もお世話にと言うか、迷惑をかけてしまったと言うか……結局、今回も俺はシェロさんを頼るほか無かったのだ。
黒騎士さんに要求されたもの、慰謝料1千万ルピ。正直あの値段を告げられた時から俺の記憶は曖昧だ。慌ててカルテイラさんが黒騎士さんに色々と文句を言い交渉を持ちかけたらしいが、既に俺の凡ミスでミスラの力が及んだ約束は、最早カルテイラさんでもどうしようもない状態だった。
俺は黒騎士さんにどうあっても1千万払わないといけなくなった。しかもあの後黒騎士さんは、俺へとどめとばかりに「近日中にな」と言って去った。そうなるともう後は何時もの様に頼れるのはシェロさんしかいない。
放心状態でシェロさんと会い、事情を説明し、そしてシェロさんは驚いた様子でしかし俺を助けてくれると約束してくれた。
正直金を借りようとは思ってなかった。1千万、そんな金いくら借金だとしても出してくれるわけがない。そう思っていたが彼女は何時もの様に頷き黒騎士さんに払うお金を立て替えてくれたのだ。
まったくもって嬉しい話、そう嬉しい話……。
「首輪がつようなったわ」
「1千万の首輪か」
『最早拘束具だな』
「言うな……」
カルテイラさんに続いてシュヴァリエとリヴァイアサンが好き勝手言う。
わかってる。俺だってなんも嬉しい話じゃないって事はわかってるんだ。払えなかったら払えなかったで、黒騎士さんに何されるかわからんから確かに助かったのだが、結局ただ借金が増えただけだってわかってるんだ。
「気に病むな主殿。首輪をつけて戯れるのもいいぞ主殿」
「何の話してんだてめーは」
「うふふ~、ご安心を団長さん。お金も何時もの様にある時払いで結構ですよ。こちらの方でもお役に立てる依頼を幾つか用意いたしますから~」
それが逆に怖いのですが。その依頼って言うのも真面な依頼何だろうか。結構な額の金を稼ぐ以上楽な依頼が来るわけないのは承知だが……。
「詳しい事はまた後日にでも。それまでは今まで通りの依頼を紹介させていただきますねえ~」
「それはそれで怖い」
今まで通りの依頼としても桁違いの魔物の群れだったり、盗賊団のアジト制圧だったり、星晶獣出てきたりするじゃん。
いやしかし、何であれ助かったのは事実。ほぼ二つ返事で1千万立て替えれたシェロさんの謎が益々深まったが、それは今は忘れよう。
「イスタルシアは遠退いたが、しかし俺は諦めんぞ! 必ずや借金を無くし、重石を外し星の島を目指すのだっ!」
『旅の目的が滅茶苦茶だな』
「マア最初カラコンナンダッタシナ」
はい、うるさいよそこ(笑)二人。
「と言うわけで俺達は行きます。さしあたり既に請け負った依頼を消化して少しでも懐を豊かにします」
「そっか、何であれ君が元気そうで何よりだよ」
ノアはそう言ってくれる。そうだ、これは決して空元気ではない、頑張ろうと言う気合の表れなのです。
「坊主、苦労も多いだろうがあんま一人で頑張りすぎるなよ。お前さんにゃ仲間も居るんだ」
「おやっさん……」
「金の事ぁ力にはなれねえが、艇の事なら話は別だ。困った事があれば何時でも来い。一緒に艇を仕上げた俺達だってもう仲間みてえなもんよ」
「そうだぜ団長さんよ! 困難なんてスパッと断ち切っちまいなって!」
「鋸サム!」
「あんたの鑢がけ、最高だったよ」
「鑢のサンダ!」
「おめえの釘打ち……真っ直ぐで良かったぜ」
「釘打ちジョニーッ!」
「しょ、職人の皆さん二つ名持ちだったです」
「なんか意外ですね」
ブリジールさんとユーリ君が驚いている。彼女達は職人達と俺ほど付き合いは無かったから知らなかったか。みんな凄腕の大工達だぜ。
「サム達だけじゃねえ、俺達も同じ気持ちさ!」
「また一緒に仕事しようぜ!」
「顔出すだけでもいいからよ!」
「金は貸せねえけど、飯ぐらい奢ってやるよ!」
「み、みんなぁ……ううっ!」
俺に船大工としてのいろはを教えてくれた人達。
陽気な鋸サムの鋸はまるでバターを切るように木材を切って見せた。
責任感のある鑢のサンダーが研磨した木材は、むらの無い完璧な仕上がりだった。
クールな釘打ちジョニーの釘打ちは正確無比で一寸の乱れも無かった。
厳しくも優しい親方さんは、何時も皆を見守り的確な指示を出した。
そうだ、俺はこの島に来て何かを失ってばかりではない。得たものも大きかったのだ。
新しい艇、新しい仲間、新しい出会い。それは確かに素晴らしいものだった。黒騎士さん、彼女達との出会いもまたきっと意味があるものだったはずだ。そうでなければ、きっと出会う事は無かった。黒騎士さんとも、オルキスちゃんとも……。
それでいい、今はとりあえず、それでいいのだ。
「ありがとうございました……っ! 俺達行きます……皆さんが造ってくれた艇でっ!」
「ああ、何時でも来いよ!」
「はい……また来ます、また会いに来ます!」
親方さんと握手を交わす。この大きな手を俺はきっと忘れない。
「団長さん」
そしてまたもう一人、忘れてはいけない一人。
「ノア、お前にも世話になったよな。最初は変に警戒して悪かったよ」
「いいんだよ。それよりもこれからの旅も気を付けて」
「ああ、ありがとう。ところで、そっちはこれからどこに?」
「そうだね。暫くガロンゾで休んで……また気の向くままにね。きっとまた会うだろうから、その時はよろしくね」
「こちらこそ」
彼とも握手を交わす。これでガロンゾでやるべき事は終わったのだ。
「さあ……行こうみんなっ!」
「おうよ! 借金を返すためにな!」
「イスタルシア目指すんだよっ!!」
間違ってないけど間違ってる目標をB・ビィに言われ、みんな「あらら……」とずっこけなんだか場の締まらない旅立ちになってしまったのだった。
ひでえや。
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九 (笑)と癒しの星晶獣が8体(+α)いて、吐く大酒飲みのドラフと、格闘馬鹿と、回る哲学者と、ちびっ子騎士団長にイケメン騎士と、頑張り騎士と、名の知れた商人相場師と、始終笑い続けるキノコキチハンターと、歩く天災のファッションクレージーと、腐女子絵師と、生真面目ナイトと、スリルとお宝大好きコンビと、世界で一番可愛い錬金術師様に加えて、蛇っ子&のじゃのじゃ娘と、幽霊娘と、ギャルと、売れっ子デザイナーが加わった一行に何時の間にかついて来たマスコット的歯車のいるアットホームで団長の胃痛と借金が絶えない騎空団です
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「なあなあ聞いたかよ。新しい情報がな」
「星晶戦隊(以下略)だろ?」
「って、なんだ知ってたか」
とある島のとある騎空士二人組。何時もの様に、平和にこの二人は世間話を始めた。
今日は情報を持ってきた相手に対し、もう一人も既に情報を得ていたらしく話を振った方は、少し残念そうであった。
「いんや、仲間増えたって言うのを聞いただけさ。詳しくわな」
「そうだったか。だがその通り、ちょっと前にな」
「確かぁ……翼生やした幼女だっけか?」
「ああ、だからケモナーロリの疑惑が深まったぜ」
「それに加えてエルーンの女が三人だっけ?」
「そうそう。ただどうもその三人もただもんじゃねえとよ」
「てーと?」
二人は更に話し込む。ケモナーロリ疑惑も大概酷いが、それ以上にまたおかしい疑惑の情報が出て来る。
「一人は普通の女の子らしいが、どうも変な動物引き連れてるとかなんとか」
「ふーむ、獣好き……」
「もう一人は強いかは知らないが、ギャルらしい」
「ほうギャル……ギャル?」
「最後は噂じゃあ売れっ子デザイナーのコルワとか」
「なんでだよ」
「ほんとにな」
少女とギャルも可笑しいが、何故服飾デザイナーが? どんな情報を集めてもそれだけは未だはっきりとはわかっていなかった。
「あとな」
「まだいんのか!?」
「いや仲間っつーか……なんか団長の坊主の傍によく歯車が飛んで回ってるとかなんとか」
「…………なにそれ」
「いや、まったくの謎だわ」
ある時期から団長の周りで目撃される掌サイズの歯車。何故か宙を浮き、団長の周りをクルクルよくついて回っているらしい。
あまりに不思議な存在に、そっちに目が行ってあまり団長が認識されていないのだがそんな事を見る側は特に誰も気にしていなかった。
「つーかエルーン一気に増えたな」
「しかも女ばっかな」
「……あれか?」
「エルーン女性といやぁ……」
二人は直ぐにある事に思い当たったらしく、顔を見合し同時に口を開く。
「腋ッ!」
「フェチッ!」
同じ意見であるとわかり、二人は大声で「YEAAAH」と叫ぶと熱い握手とグータッチを交わした。
「いや、まああくまで噂である程度だけどな」
「噂で予想でしかねえよな」
「とは言えこれで巷での噂は「ロリコンの年上巨乳好きで、幼馴染属性のホモの可能性がある女装っ子好きの腋フェチケモナー」となるのか」
「笑うしかねえわっ!」
「それな!」
「……けどさ。腋、いいよな」
「お前……」
この様にしてまた奇天烈な噂を広めた団長。今日も今日とて【ジータと愉快な仲間たち団】と並んで世間の話題をさらったのである。
そして一方でそのジータ達であるが、彼女達もとある島でとあるゴシップ記事の乗る大衆紙を偶然入手。そこには『噂の騎空団団長、七曜の騎士と乱痴気騒動!?』と言う見出しと共に一部事実を交えつつもある事無い事、”あんな事”や”そんな事”が書かれており、それを見たジータの機嫌とオイゲンの表情が大変な事になった言う。
そして最後に、場所はエンゼラ錬金術実験室──。
(やっぱりな……)
日も沈みランプの明かりだけが部屋を照らす中、部屋の主カリオストロが薬品を回しその中に浮かぶ一本の糸から様々なデータを得てそれを紙に書き記す。そしてそこから一つの実験結果を導き出していた。
(最初にあった時からなんか引っかかったが……オレ様が寝てる間に、こんな命が生まれたか)
得た結果に満足したのか、そのデータを全て記憶した彼女は用済みとばかりに紙を燃やし処分した。そして薬品から取り出した一本の糸──薄い灰色にも似た水色の髪の毛。
(部屋に来た時に一本だけ拝借したが、黙って女の髪を引っこ抜くなんて不躾だわな。すまねーなオルキス)
オルキスがこの実験室に現れた際、彼女の頭を撫でたカリオストロはさり気なく一本だけ気付かれないように髪の毛を拝借していた。しかし今はもうその髪にも興味を失い、先ほどと同じように燃やしてしまう。
(どうも気になって調べはしたが……わかってしまえばそれまでか。あの連中があの後この空の世界でどう生きて来たかなんて大して興味もねえしな。それよりも……星と空、二つが混ざるあいつと坊主が出会った。過去よかこれから、今後どうなるのか……そっちを知る方がおもしれえ)
時に関わり、時にはただ眺め行く末を観察する。それもまた一つの愉悦である。判明した事実を団長には隠し、カリオストロは笑みを浮かべ実験室を後にしたのだった。
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アニメ二期が始まりましたね。
アニメデビューテスカッ!? 嬉しいポリトカー!
今回のアニメでアドヴェルサの具体的大きさがわかるのかな。アニメ化すると面白いだけでなく、細かい設定やキャラや兵器の具体的な動きとかわかって嬉しい。
GBVSもまた楽しみです。映像で動くコロッサスマグナやプロバハが見れるし、戦えるのが楽しみです。
ガロンゾを出れたので新しい話に入ってく予定です。色々出したい、入れたいキャラや要素ばかりで困っていますが、今後も頑張ります。