俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

57 / 78
IF系をやりたかったマン再び

前回の番外編、『少し違う空編 Ⅰ スープが冷めない距離ぐらいズレた空』からの続きに当たります。
原作・アニメ版(二期)を足したような世界観。主にジータとヴィーラのキャラ崩壊にご注意ください。


少し違う空編 Ⅱ
スープが冷めない距離ぐらいズレた空Ⅱ


 ■

 

 一 もしかしての空Ⅱ

 

 ■

 

 少年老いやすく学なりがたし、あるいは、光陰矢の如し。あ、いや……ちょいと二つの意味は違うか。まあ誰が言ったかは知らんが。

 ようは時間が経つのは早いもので、我ら【私とお兄ちゃんと愉快な仲間たち団】の旅も色々あっと言う間だ。

 星晶獣倒しては俺が巻き添えになり、魔物を倒しては俺が巻き添えになり、悪党を倒しては俺が巻き添えになり、たまにラカムさんが巻き添えになり、そしても意味も無い巻き添えがまた俺を襲う。

 そんな日々を今日も俺は過ごし──。

 

「ひえええ──っ!?」

「お、お兄さんどうしたんですか!?」

 

 とある島の港に寄港中。日々ジータの無茶や魔物や星晶獣等相手に立ち回る俺達騎空団にとっては、久々の休暇である。じゃあ体を休めるかと言うと中々そうもいかない。肉体労働ばかりが騎空団にあらず、俺には事務仕事がある。

 物置状態の書斎で古い依頼の書類整理してたら依頼の時に起きた巻き添えの記憶がよみがえり思わず奇声を上げてしまった。

 一緒に書類整理を手伝ってくれていたルリアちゃんが心配してくれる。申し訳ねえ。

 

「ああごめんよルリアちゃん。ちょっとトラウマが……」

「ま、またジータの事ですか……?」

「そうなのです」

「あはは……えっと」

 

 流石付き合いも長くなったもので、ルリアちゃん直ぐにジータの事とわかったようだ。だからこそ言葉に詰まるのが実にジータらしいと言うべきか。

 

「この依頼の時俺は吹き飛び、この依頼の時は落下し、こっちの依頼の時はラカムさんと共に爆発した……」

「えっと、えっと……はわわぁ……」

「うん、ごめん。ただの愚痴なんだ。ほんとごめんよ」

 

 こんな会話も日常茶飯事。そして──。

 

「おにぃ────ちゃんっ!! 書類整理おわったぁ──!?」

「はわっ!?」

「はい、ノックしようねー」

「あ、ごめんね?」

 

 問答無用で書斎を開けて来るのは我らが団長ジータである。

 

「んで、どうしたジータ。まだ仕事は残っとるんだけど」

「それじゃあ終わってからで良いんだけど外で手合わせしない? もうちょいでトーメンター極めれそうなんだけど」

「ねえ君って仲間でトーメンターの技試そうとしてるの? え、なに? やだ怖い」

 

 “苦しめる者”の名を冠するジョブトーメンター。特技は拷問。んなジョブを極めるための手合わせ相手に俺を選ぶな。

 

「お前あの装備着ると笑いながら「爪を剥ぐ」って言いだすからやだ」

「んもう! 相手次第だよ!」

「さらっと怖い事言うな」

「それにちゃんと手加減するに決まってるじゃん!」

「爪を剥ぐのに手加減もくそもあるか」

「そこはこう、先っちょだけ」

「余計にこえーよ!? なにお前もうトーメンターの気分入ってんの!?」

 

 衣装変えるだけで簡単に性格が変えられるジータ。最悪武器を持ってるだけでもジョブの気分に入り込むので危険だ。

 

「むぅ~……だってこんなのお兄ちゃんしか頼めないもん……」

「それは……あーまあ、うん」

 

 それは確かに、である。間違ってラカムさんとか相手に選ばれても困る。

 

「別にしないとは言ってない。お前が強くなるのは悪い事じゃないからな」

「じゃあ!」

「今度な、相手は今度してやる。お前との組手は念入りな準備がいんだよ」

「なによぉ~星晶獣と戦うわけじゃなし」

「君相性次第じゃ星晶獣ワンパン出来ちゃうの自覚してる?」

 

 普通居ないからねそんな人間。星晶獣相手にしてる時の俺とルリアちゃんの重要な役目ってお前のストッパーである事忘れないでくれ。手加減抜きでボコボコにされた時の星晶獣を吸収するルリアちゃんの申し訳なさそうな顔ときたらね、もうほんと申し訳ないって言う感じなんだから。

 

「とにかく組手は今度」

「ブーブー」

「子豚かお前は……いや、だが来たなら丁度良い……はいジータ、君の役職を答えなさい」

「え!? や、役職って……あ、団長ですが!」

 

 急に俺に問いかけられ驚いたジータだが一応直ぐに言えたようだ。

 

「はいその通り。君は団長なのです。この【私とお兄ちゃんと愉快な仲間たち団】の団長ね」

「むふふんっ!」

 

 ええい、ドヤるな一々。

 

「んで、団の団長である以上君には相応な仕事があります。はい何でしょう」

「依頼を受けて困ってる人を助ける!」

「正解、だけどもう一つ」

「もう一つ? えっと……魔物を討伐する!」

「間違っちゃないが違う、もっと別」

「別? じゃあ……悪い人をボコボコにするっ!」

「違う……」

「星晶獣と戦う!」

「違う……っ!」

「帝国をボコボコにする!」

「違うっつーの、戦いから離れんか!? オールシーズンベルセルクかお前は! 書類だよ、書類! 事務仕事!」

「うげぇ……」

 

 俺が書斎机をバンバン叩くとジータは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「それはお兄ちゃんがやってよぉ~」

「今の今までやってたんだよ! ルリアちゃんアレをここに」

「は、はい!」

 

 ルリアちゃんが書棚から多量の書類を持ってくる。重ねると手で持っているルリアちゃんの顔が半分隠れるほどだ。

 

「さあさあ見たまえよこの書類を」

「え、あの……お兄ちゃん、これは……」

「主にシェロさんに提出する団長印の必要な書類だ」

「ぜ、全部っ!?」

Exactly(そのとおりでございます)

「うわわっ!」

 

 書類の山が自分のものと分かるや否や、ジータは踵を返して部屋から出ようとしたがそうはさせんぞこの小娘が。

 

「てめえ逃がさんぞ!」

「ひゃあ!?」

 

 すぐさま首根っこを掴みあげる。

 

「お前いい加減この書類片付けろ!」

「や、やだぁ~~っ! こ、今度やるからぁ!」

「前もそう言って結局やらんかったろうが、ほんと事務仕事嫌いだなお前!? 書類読んで印押すだけなんだから今日やれ!」

「量がオカシイよ、量が!?」

「おのれが溜め込むからだろうがっ!」

「印押すだけならお兄ちゃんでもいいじゃん!」

「団長としての責任を果たせとゆーとるんじゃ! 書類整理や筆記はやってやるが、せめて最終確認ぐらいはやれ!」

「机に向かってると頭痛くなるんだもん……」

「お前錬金術師のジョブ極めてるだろう!? 頭は良いんだからやりなさい!」

「錬金術は戦いで使うから飽きないけど、書類は頭使うから飽きるんだもんっ!」

「つべこべ言わねえでやるっ! ルリアちゃん、そこの椅子引いて! こいつ座らせるっ!!」

「わ、わかりました!」

「んにゃあぁ──っ!? 仕事させられる────っ!」

 

 ジータを羽交い絞めにして仕事させようとドッタンバッタン大騒ぎ。ルリアちゃんは「はわわ」と右往左往。そんな中書斎の扉が今度は丁寧にノックされるのが聞こえた。

 

「入ってどうぞー!」

「どうぞ、って……何騒いでるのよあんた達……」

「兄貴大丈夫かよ」

 

 入ってきたのはイオちゃんとビィ、そしてカタリナさんの三人だった。

 

「君達、何を狭い部屋で騒いでるんだ」

「カ、カタリナさん助けてぇ!」

「あ、コラ逃げんな!?」

 

 三人が入ってきた事で気が緩んだ俺の隙を見てジータが逃走。素早くカタリナの後ろに隠れた。

 

「おいおい、何事だこれは」

「お兄ちゃんが私に仕事をさせようとっ!」

「……いや、なんで逃げてんのよジータ」

「ちゃんと仕事しようぜ」

「あれぇ!?」

 

 まったく当たり前の事をさせようとしてた事を知り、イオちゃん達はジータを冷めた目で見た。

 

「ジータ……また書類溜めてんのかよ。前もそれで一夜漬けになって泣いてたじゃねーか」

「だって文字とにらめっこしてもつまらないんだもん……」

「生きる上で必要な要素殆ど戦いに割り振った人間の末路みたいな事になってるわね」

「イオちゃん辛辣だよっ!?」

 

 イオちゃんって時々キツイ一言が出る事があるな。

 

「まったく……それで御三方は何用で?」

「そろそろ昼食の時間だから呼びにな。大分部屋に篭ってたろう?」

「今日はお昼お兄さん当番でしょ?」

「おっと」

 

 そう言われてもう正午近い事に気がつく。書類の整理に集中しすぎたらしい。

 

「ごめんルリアちゃん、お腹空いたよね」

「いえ、全然だいじょ……」

 

 大丈夫と言い切る前に小さなお腹から、グゥと小さな音がなる。あらら、と思わず漏らす。

 

「はうぅ……こ、これはぁ、そのぉ」

「いいよいいよ、俺もお腹空いたからね。何作ろうかねぇ」

 

 そう言えば氷魔法で冷凍させた白身魚があったな。やたらジャガイモもあるし、フライにして出すのも良いだろう。後はソーセージとトーストや目玉焼き作るか。

 

「それと手紙が届いていた。食堂のレターラックに入れてあるよ」

「そりゃありがとうございます」

 

 手紙は依頼書も来る場合も多いので重要だ。だがまずは腹を満たすのが優先である。ルリアちゃんを空腹のままには出来ぬ。

 

「そいじゃ飯作るかぁ」

「わーい!」

「おう、露骨に喜んで誤魔化したつもりだろうが話は終わってねえからなジータ。飯食ったら書類整理だ」

「えっ!?」

 

 え、じゃねえよ。

 結局食堂に着くまでブーブー文句をたれるジータだった。

 

 ■

 

 二 お手紙書いたよ(by いろんな組織、集団、個人)

 

 ■

 

「ごちそうさまでしたー!」

「はい、お粗末様」

 

 食事が終わり満足げなルリアちゃんを見て微笑む。本当に食事の作り甲斐がある子だ。

 

「美味かったぜ、相変わらずプロの店に負けねえ味だった」

「褒めすぎっすよ」

 

 こちらも満足してくれたのか、オイゲンさんが褒めてくれる。

 

「それに今日はルリアちゃんも手伝ってくれたんですよ。ポテト担当です」

「えへへ~、頑張って作りました!」

「オイラだって頑張ったぜ!」

 

 ポテトは切って揚げるだけとは言え油断すると火傷が怖い。だが最近はルリアちゃんも料理の手伝いが慣れているので結構任せられるレベルになってる。ビィも補助を買って出てくれるので、コンビであればもう大丈夫だろう。

 

「さて、ではお手紙の確認でもしますかね」

 

 団員が一堂に集まる場所と言う事で、食堂談話エリアにはレターラックを設置してある。そこの俺当ての棚から束ねられた手紙や書類を取り出す。束ねてあるバンドを解き、差出人を確認すると殆どはシェロさんからの依頼関係の書類だった。手早くペーパーナイフで封を開けて中を確認する。

 

「シェロさん経由の依頼書と何人かは個人からの依頼か、急ぎの奴は無いな」

「依頼以外も結構届いたのね。他は何が来てるの?」

 

 依頼関係は後でジックリ読むため、レターラックの依頼の棚へと入れる。それでも何枚か手元に残る。興味があるのかイオちゃんが残った手紙についてたずねてきた。

 

「こっちは普通に手紙とかだね。これはランスロットさんからだ。近く寄るなら遊びに来て欲しいとさ、ひよこ班の皆も会いたがってると」

「そういや、あいつらとも暫く会ってねえもんなぁ」

「ひよこ達がジータと合同訓練してバテバテになってたのが懐かしいな」

「あんなの準備運動だよ」

 

 テンションMAXで将来性あるひよこ相手にワクワク状態でクリュサオルになったお前と10本連続本気組手は準備ではなく本番と思うの俺。結局途中から俺やジークフリートさん達も混ざっての大乱闘と化したが。

 

「次こそはバテずに組手を終わるって頑張ってるってさ」

「嬢ちゃんを基準に頑張っちゃダメだろ」

 

 オイゲンさんの言う通りである。

 

「アーサー君にも会いたいし、今度寄ってみようかね」

「それで他の手紙は?」

「えー……これはテレーズさんからデュエルの観戦招待状と食事の誘い、アンスリアさんからは舞の舞台の招待と食事の誘い、イルザさんからも新米の訓練相手になって欲しいって言うのと食事の誘い、シルヴァさんは銃をカスタムしたから調整のための模擬戦依頼と食事の誘いで──」

「誘われてばっかじゃないのっ!?」

 

 飯の誘いばかりのためかイオちゃんちゃんが呆れて叫んだ。

 

「いやぁ~なんか悪いよねぇ。レストランの予約とか面倒はあっちでしとくとか言われちゃうし」

「いや、そこじゃないわよ!?」

「うぅ……お、お兄さん人気者ですぅ……」

「お兄ちゃん駄目だよ! 招待状とか訓練は口実だよ、狙われてるよ、手ぐすねを引かれてるよ、特にイルザさんとシルヴァさんは飢えた獣だよっ!?」

「お前二人に絶対言うなよそれ」

 

 なんでか知らないがジータ達にやたら反発を食らった。カタリナさんも複雑そうな顔をしている。

 

「イルザさんなんかスイーツ巡りが趣味って聞いて御菓子作りに『組織』に遊びに行くから気に入られちゃうんだよ! 迂闊だよ!」

「けど喜んでくれてるよ?」

「そりゃ喜ぶよ……っ!!」

「俺も色んな島の名物紹介してくれるから助かるんだよなあ。レシピ増えるし」

「この反応は反応であの人達が気の毒に思えるわね」

「坊主の奴ご近所付合い感覚としか思ってないからな」

 

 ロゼッタさんとオイゲンさんもなんか言ってるが、密な付き合いは大切だ。イルザさん達『組織』には助けられもしている。持ちつ持たれつだ。

 ジータはまだブツブツと言ってなんか不満げだった。

 

「うぬぬ、安心できるような出来ないような……」

「何言ってんだお前は……後はフライデーさんからはプレミアムフライデー金曜会議出席の案な……だから同僚になった覚えねえよ!?」

 

 フライデーさんからの手紙を机に叩きつける。

 

「フライデーってあのエビの人じゃない……お兄さん、まだ付きまとわれてるの?」

「俺のハードワークを見過ごせないそうだ。原因であるジータに戦いを挑んでエビごとボコボコにされたのに懲りてないらしい……エビでどうにか出来んならしてみろっちゅーの。熱意とあの人の作るエビフライの美味さは認めるが。それと、シエテさんからは十天衆召集協力のお願い……自分でやれよ!?」

 

 また思わず手紙を机に叩きつけてしまった。

 

「頭目だろうが、ただの騎空団に何頼んでんだあの人は!?」

「ただの騎空団って思われてないのよ」

「と言うか兄貴が頼られてんだよ。いっぺん十天衆の召集手伝ったら一度で全員集めちゃったろ」

「あれは……ソーンさんが「みんなでお茶会とかしたい……」って凄いしょんぼりして言うから……」

 

 あれ大変だったんだからな。元から集まり良い人や菓子や食いもんで釣れる人は良いが、それ以外の人集めんのには、それはそれは苦労した。特に武闘派勢だ。奴等には後日手合わせを確約させられ地獄を見た。もうもうやりたくない……。

 

「にしても相変わらずの人脈ね。それも騎空団宛でなくて、お兄さん宛って言うのがまたなんとも」

「うふふ、本当に人気者ね」

「何人かあんま嬉しかない差出人がいるけども……」

 

 ロゼッタさんは褒めてくれているのだろうが、フライデーさんからの手紙毎度過激な勧誘で締めくくられているので疲れる。

 

「団の事務関係を全て君がやってるのを分かってるんだろうな」

「聞いたかジータ、お前が事務仕事を一切せんからだ」

「えへへ……」

 

 プフープフーと下手糞な口笛で誤魔化すジータ。だが誤魔化せていない。

 

「後は……ああ、これヴィーラさんだ」

「ほうヴィーラから……」

 

 差出人の名を読んだらカタリナさんが意外そうに反応した。

 

「私でなく君宛てとは珍しいじゃないか。何か用事かな?」

「いや、ただの手紙ですよ。前からよく手紙やり取りしてますから」

「ああ、そうなのか。前から……前から?」

「ええはい、前から」

 

 何気なく話したのだがカタリナさんがギョッとして俺の方を見た。それどころか他の皆も俺の方を驚いた表情で見ている。

 

「な、何か?」

「いやいや、兄貴何時の間にあの姉ちゃんと手紙のやり取りしてたんだよ」

「何時の間にって……最初にアルビオン行ってからだけど」

「思いっきり最初じゃないの!?」

「あれ……言ってなかったっけ?」

「き、聞いてないですよう!」

「ホントだよ初耳だよ寝耳に水だよう!?」

 

 てっきり知ってると思っていたのだが、どうやら話そこねていたらしい。

 

「そりゃあ申し訳ない、別に隠すつもりはなかったんだけど」

「やあ別に責めるつもりはねえんだがよ。坊主、あの姉ちゃんに、その、なんだぁ……酷い目に遭わされてたろ」

「あの時は本当に申し訳なかった……」

「いやカタリナさんの所為ってわけじゃないけども」

「それでよくまあ手紙なんてやり取りする気になったって思ったんだけどよ」

「まあ……酷い目に遭ったっちゃあいましたが……」

 

 思い起こすのは、この旅を始めて五つ目に立寄った大きな島、城砦都市アルビオン。そこでの騒動のこと──。

 

 ■

 

 三 出会った時から敵認定

 

 ■

 

 まだ帝国とのいざこざが混迷極まる頃、一度帝国から和平を提案された事がある。その際話し合いの場になったのは城砦都市アルビオン。その島が大きな士官学校でもあり、カタリナさんもここの出の騎士であった。

 ぶっちゃけ帝国からの和平の提案なんぞなんにも信用してなかった。和平の赦免状も出たっちゃ出たがあんま意味無かったし。まして相手はエルステ帝国少将のフュリアス、簡単に約束破りそう筆頭である。

 それよかこの時の思い出として重要なのはヴィーラさんだろう。

 ヴィーラ・リーリエ。アルビオン領主──今では頭に“元”がつく。

 カタリナさんとヴィーラさんは、学生の時の先輩と後輩の関係になる。カタリナさんは、島に到着するまで自身がアルビオン出身と言う事を話していなかったので、二人が知り合いである事に驚いたのは言うまでも無く、若くしてヴィーラさんが領主である事も驚いたものだ。

 にこやかな笑みと柔らかな物腰が如何にも領主らしかった。だが今思えば、あの時からどうも光の消えたような瞳で俺は睨みつけられてた気がする。

 帝国との話し合いなんかも立会人として一緒にいてくれたヴィーラさんは、城で何かと世話をしてくれた。休む部屋を貸してくれただけでなく“ささやか”と言いながら立派な宴を開いてもくれ、助かりもしたが何かと大変であった。

 アルビオンの騎士達、他国の有力者達。本当に俺達のために開いてくれたのか疑ってしまうような面子がその宴に出席していた。

 ジータと俺は、団長副団長としてそれらの面々への挨拶まわりが重要な仕事だった。この時から既に我々の騎空団は何かと話題にはなっていたので、どうしても「是非色々と話を聞きたい」と言う人が多かったので苦労した。団の名が売れるのはうれしいものだが、その名がよりにもよって【私とお兄ちゃんと愉快な仲間たち団】と言うのだから気持ちは複雑である。

 また途中ジータが飽きて何時の間にか姿を消してビィ達と飯を食っていたのは許さん。

 何とか社交辞令飛び交うの嵐から解放された俺は、同じく有力者達との挨拶を終えたヴィーラさんとカタリナさん達に合流し改めて色々と話をしたのだが──。

 

「ご苦労様です。副団長さん」

「すまない、面倒な事を任せてしまった」

「いえいえ、二人にも積もる話があるでしょうし。それに、これでも副団長ですからね。今後の練習と思えば。とは言え……なんとも、慣れませんね」

「いえ、大変御立派でしたよ」

 

 これもまた社交辞令。流石に嘘ではないだろうが、こんな社交界とは無縁の俺が右往左往している姿は、6年も領主としての責務を果たしていたヴィーラさんから見れば子供みたいなもんだったろう。

 

「お二人はお話は出来ましたか?」

「いやぁ話は尽きないよ」

「お姉さまがアルビオンを発たれエルステ帝国の軍へ入られてから随分経ちましたから」

「6年か……あっと言う間に感じるが、やはり長いな」

「ええ、本当に……」

 

 二人は大変親しい間柄だったと聞いた。離れていた6年の時を埋めるには、この立食の宴だけでは短すぎるだろう。二人の表情はしみじみとして再会を喜んでいる風に見えた。

 だが一方で、カタリナさんには気まずそうな雰囲気があり、またヴィーラさんからは言葉では説明できない不穏な空気を事の時すでに感じていた。

 

「自分はカタリナさんの学生時代は知らないですけど、今と変わらずだったんですか?」

「それはもう、学問と技能だけでなく礼儀作法に至るまで完璧で、総代として全ての学生の憧れの的でした。勿論、私も……」

「うーむ、流石ですなあ」

「大袈裟だよ。ヴィーラだって多くの生徒に慕われていたろう」

 

 若い頃、という言い方は失礼か。しかし学生の頃から既に騎士として優秀であったカタリナさん、その時の華麗な活躍や生徒から憧れの視線を受ける姿は想像しやすい。

 俺が深く頷いていると、カタリナさんは照れているのか困った様子だった。

 

「まあまあ、慕われてるって良い事ですよ。カタリナさんの人柄の賜物ってやつですよ。自分も騎空団ではカタリナさんが居てくれて大変助かってますからね」

「よしてくれ、こそばゆい」

「いやいや、本心ですよ。空の旅の最初の仲間がカタリナさんで良かったですよほんとに」

「き、君はまったく……恥ずかしげもなくそんな事を」

 

 俺とビィとルリアちゃんだけでは、ジータの暴走を抑えるのにとんでもない苦労を強いられたろう。常識人が居るって言うのは本当に胃に優しい。

 だがこの時俺は知らず知らず、ある意味いつも通り、思いっきり“地雷”を踏みつける発言をする。

 

「はは、まあ料理の腕前だけは何とかして欲しい所ですかね」

「うぐっ!? そ、それを今言うのか……」

「……え?」

 

 料理の話をしたらヴィーラさんの瞳から完全に光が消えたのを今でも覚えている。

 

「料理……?」

「え? はい料理……あれ、カタリナさん学生の頃って」

「自炊する事も勿論あったが……そう言えば大抵ヴィーラが手伝ってくれた気が」

「ははぁ……するってーと、カタリナさんその頃から既に」

「そんなことはっ! ない、とも言えないかも知れないが……」

「調味料は入れれば入れるだけ美味しくなるって思ってたんでしょう?」

「ぐぬっ!?」

「一度の料理に香辛料の瓶空っぽにしたりもしたんでしょ」

「はうっ!?」

「……副団長さん、あなた……お姉様に、料理の事……」

「ヴィーラさんも大変だったんじゃないっすか?」

「……いえ、そんな……ことは……」

「けどね頑張って特訓中なんですよカタリナさん。コーヒーだけなら百回淹れて一回は飲める液体が出来るようになりました」

「せめて飲めるコーヒーと言ってくれ!?」

「無味無臭蛍光色の液体をコーヒーと俺は認めない」

「うぅ……」

 

 しかも同じ無味無臭蛍光色の液体が出来ても駄目な事がある。最悪の場合無味無臭蛍光色の液体が蠢き出すのだから手に負えない。一体全体何が起こってるんだあれは。

 

「いやぁー旅出て騎空艇手に入ってから食堂で結構な騒ぎになりましてね。先ず俺の意識が飛ん、どひぇっ!?」

 

 その時のヴィーラさんの瞳。光が消えただけではない、憎しみと怒り全てを鍋で煮込んで抽出したようなどす黒さを俺に向けていた。

 

「あ、あの……?」

「……この、程度の男が、そんな事……ズケズケと……お姉様に……しかも、特訓? お姉様と二人で料理を……私だけのお姉様と……?」

「えっと……すみません、何か気に障りましたか?」

「ヴィーラ?」

 

 宴の音で聞き取れなかったが、俺を凝視したまま何かをブツブツと何か呟き出したヴィーラさんに思わず後退る。様子の変ったヴィーラさんを見てカタリナさんも不思議に思い声をかけた。するとヴィーラさんの瞳に光が戻ったかと思うと、表情がスッと社交的な笑みに戻る。

 

「いえ……お二人の仲が大変……よろしい様で安心しただけです」

「いや、なんかめっちゃギリギリいってますけど」

 

 安心したと言うなら歯軋りなんて聞こえない筈だ。

 

「チッ……!」

「舌打ち!?」

「失礼……“羽虫”が一匹寄ってきたようでして。どうか、お気になさらず」

「はあ……そうですか?」

 

 笑っちゃいるが笑ってない。その時のヴィーラさんの瞳は、光が戻っても憎悪の視線を俺に向けていたのだ。

 

 ■

 

 四 包丁を砥ぐ音が似合いそうな彼女

 

 ■

 

「あの時既に目をつけられてたんだろうなぁ……」

「自分で踏み込めなかったカタリナのデリケートなところに、簡単に踏み込んだ貴方が許せなかったんでしょうね」

「デ、デリケートなって……」

 

 ロゼッタさんの言葉を聞き落ち込むカタリナさん。だが学生時代ヴィーラさんにとってもカタリナさんの料理は大きな問題だったろう。恐らくあの手この手で料理をさせないかして回避していたに違いない。憧れの先輩を傷つけない様に立ち回るのが彼女の気遣いだったのだろう。

 だが俺は共に旅をする以上食に関して妥協はしない。

 

「気を使って黙っとくなんて俺には出来ないレベルですからねアレは。今度また特訓です」

「う、うむ……」

「だ、大丈夫だよカタリナ! あの前コーヒー淹れた時は、ちゃんとコーヒーの色してたよ!」

「ル、ルリア……!」

「味は火薬を混ぜたようなものでしたが」

「表現が酷いぞ!?」

 

 だって飲んだら口が破裂したのかと錯覚するほどの味と言うか痛みと言うか、形容しがたい何かと言うか……。少なくとも“コーヒー”を飲んだのなら、普通闇属性ダメージは受けない筈だ。

 

「しかし前より謎の生命を生み出すような事は減りましたから確実に進歩はしていますね」

「チョコレートの時か……」

「アレは大変だったなぁ……」

 

 オイゲンさんとラカムさんが遠い目をする。

 バレンタインと言うイベントで、騎空団の女性メンバーと共にカタリナさんがチョコレートを作った時、そのチョコレートが完全に自我を芽生えさせると言う事件が起こる。更には食品としての本能で“誰かに食べられようとする”事件へと発展した。

 それらチョコレート群は、食品と思えぬ動きで人間の口に侵入し食品としての本懐を遂げようとする。そしてチョコレート、そもそも食品とは思えない味でそれを食してしまった人間は、まる一日寝込む事となる。なお最初の犠牲者はラカムさんだった。

 カタリナさんの料理を辛うじて食べれる食欲の権化ルリアちゃんが居なければグランサイファーは全滅していただろう。

 

「あ、あの時の事はもういいだろう……! それよりヴィーラの事だ」

 

 慌てて話の方向を修正するカタリナさんだった。

 

「まああの後もカタリナさん関係で結構大変でしたがね」

「はうあっ!?」

 

 結局アルビオンの騒動はカタリナさんも重要人物なのだ。

 あの宴では最後までヴィーラさんに睨まれていた。離れた場所にいても視線の圧力と鋭さが凄い、心臓を刺し貫かれたような気分だった。

 大変ではあったが楽しい宴から一転、生きた心地のしないまま宴を終えた俺はヴィーラさんの貸してくれた部屋で疲れから直ぐに眠る。

 そして一夜が明けた時、アルビオンでの騒動がカタリナさんの失踪で幕を開けた。

『ここでお別れだ』と言う簡潔極まる言葉を手紙に残し、一夜にして姿を消したカタリナさん。その手紙を見つけたルリアちゃんとジータが慌てて俺の宿泊している部屋に突撃してきたの言うまでもない。

 俺も驚き手紙を見たが、別れると言う事実以外は大したことは書かれていなかった。理由も無く、彼女は姿を消した。

 状況から帝国が関係している予感もあったが、同時にヴィーラさんが何か知っているのではないかと皆は考えた。オイゲンさん達にはグランサイファーを任し、俺とジータ、ビィとイオちゃんとでもう一度ヴィーラさんに会いに行く事にした。

 だがアルビオン兵達の対応が昨日とは一変し、文字通り門前払いを食らう。ヴィーラさんに伝言すら頼めなかった。その事にジータ達は憤慨するが、この対応がむしろヴィーラさんが何かを知っている可能性を高めていった。

 そしてジータが「ちょっとヴィーラさんのとこ行ってくる」と言いながら奥義バーストを発動させ何時の間にか手にベルセルク・オクスを持っていた時は肝が冷えた。慌ててビィ達とジータを落ち着かせたのは言うまでもない。

 

「もう少しジータを引き留めるのが遅れていたら、アルビオンの被害は尋常では無かっただろう……」

「人を災害みたいに言わないでよ!?」

「何時でも奥義撃てる状態で斧取り出しながら会いに行こうとする奴が何を言う」

「気合の表れだよ!」

 

 あれは殺意の表れだと思います。

 

「その後も帝国は懲りずに兵器持ち出すわ、ヴィーラさんは病むわ、ヴィーラさんが変身するわ、俺が狙われるわ大変だったなぁ……」

 

 結局帝国の言う和平とはアルビオンの星晶獣シュヴァリエを手に入れるための口実、そのための和議。俺達の事は無罪放免にするが、見返りとしてシュヴァリエを顕現させるための依り代としてカタリナさんを必要としたのだ。

 真の騎士のみを主と認め、それを依り代として顕現するシュヴァリエ。それは依り代となる騎士をアルビオンに縛る呪いでもあり、それこそがヴィーラさんが6年もの年月をアルビオンでのみ過ごした理由である。

 領主であるヴィーラさんは、その時シュヴァリエを感じる事が出来ないと言っていた。ならばシュヴァリエを自分達が利用できるように顕現させるには、ヴィーラさんからカタリナさんにシュヴァリエを譲渡させ顕現させるのが丁度良いと帝国は考えた。

 だがそう簡単にカタリナさんを諦めないジータと俺達がそんな理由を知っては、いよいよ和平もくそも無い。帝国には前日に受け取った赦免状を目の前で破き改めて喧嘩を売った。

 一方でその計画に一枚噛むどころか、逆に帝国を利用してみせたのがヴィーラさんである。

 こちらも目的は愛しのお姉様であるカタリナさんを手に入れるためであった。俺達とカタリナさんを引き離す手段として帝国を利用したのだ。愛は盲目とよく言ったものだ。あれは最早執念だ。

 そして帝国にもヴィーラさんにも都合が良かったのは、カタリナさんがヴィーラさんに対して負い目があった事だった。

 かつて新たな領主を決める決闘での最後の戦い、そこで戦ったのがカタリナさんとヴィーラさんだった。当時からヴィーラさんの実力も素晴らしかったが、それよりも高い実力を持つカタリナさんが領主に成ると誰もが思っていた。だがそこでカタリナさんは、島に縛られる事を拒み、試合で手を抜いてしまった。それはヴィーラさんにアルビオンの領主を押し付ける事に他ならない。この事は6年もの間尾を引く事となった。

 案の定その事を話を出したらカタリナさんは、ヴィーラさんを助けるためシュヴァリエの譲渡を受け入れた。

 そしてヴィーラさんは帝国の戦力も利用して俺達を追い出そうとするが、互いに利用しあっているような関係では、連携も何もない。しかも帝国の指揮官は常時情緒不安定なフュリアスであるのに加え、奴は既に戦艦に退避済み。アルビオンの城内に残った帝国兵も右往左往するばかりでジータ一人に手も足も出ない。そんな帝国兵達に業を煮やした彼女は、ついに自ら俺達の排除に乗り出した。

 帝国には領主であるものの騎士としては未熟で、最近ではシュヴァリエの事を感じられないと言っていたヴィーラさんであったのだが、実はしっかりシュヴァリエの主になっていた。未熟どころかシュヴァリエの力を引き出し、鎧までも変容させ半ば星晶獣と化したヴィーラさんの力は凄まじく、そして執拗に俺達を……と言うか俺を狙い追い回し力の限り暴れまわった。

 

「なんとしても俺だけは倒してやると言う意志の塊だったなあれ……」

「あの勢いだけはジータに負けてなかったなぁ」

「ちょっとビィ、それどう言う意味」

「暴走すると止まんねえって事」

「酷いっ!?」

 

 だが確かにあの暴走具合は、ジータに通じるものはあった。燃料切れまで止まらない暴走特急高速艇、なお燃料はほぼ無限。そんな感じ。

 

「改めて思い出すととんでもねえ騒ぎだったなぁ、ありゃぁ……」

「ええ、まったく……」

 

 またもオイゲンさんと俺は遠くを見た。騒動の本番、最も俺が苦労し疲れた後半戦。シュヴァリエの力を引き出し怨嗟に呑まれ修羅と化したヴィーラさんとの鬼ごっこ──。

 

 ■

 

 五 鬼さんこちら、手のな……あ、いや、やっぱ来ないでっ!? やめて、ビットはやめ、あああああっ!? 

 

 ■

 

 帝国とアルビオン兵の妨害を突破し、ヴィーラさんからカタリナさんにシュヴァリエを譲渡する儀式が行われている場へと乗り込んだ俺達。

 ジータとルリアちゃんによる熱い説得が功を奏し、カタリナさんは考えを改めてくれた。とは言えヴィーラさんの事を諦めるのではなく、別の方法を探しヴィーラさんをアルビオンから解放し助けようと言う事なのだが、もうこの時点でヴィーラさんにとってアルビオンからの解放など興味はなく、最早彼女の目的はカタリナさんをアルビオンに縛り付ける事、すなわち“カタリナさんの独占”であった。

 彼女にとって俺達は完全にカタリナさんとの仲を邪魔する目障りな存在、“羽虫”である。ヴィーラさんは喉が枯れる程俺達に向かい怨嗟の声を上げた。「お前達がいなければ」と。

 だがこの時城外の空で待機していたエルステ帝国の戦艦が突如城に向かい砲撃を開始。戦艦内に内蔵されていた新兵器による強力な砲撃であった。

 砲撃が直撃する前にジータと俺はファランクスを展開、それでも威力は消しきれず天井や壁が崩れる。ジータにルリアちゃんを任せ俺の方はヴィーラさんの方へと駆けだした。

 突然の砲撃は流石に予想外であったのか、倒れていたヴィーラさんを抱き起すと驚いた様子だった。しかし直ぐに彼女が見た光景はルリアちゃんに駆け寄り無事を喜び合うカタリナさんの姿。そして自分を助ける“羽虫”の姿──。

 

「ちくしょうが、帝国の奴等問答無用かよ……ヴィーラさん大丈夫ですか!? 瓦礫頭とか当たってないっすよね!?」

「……どうして、そこに居るのがあなたなのですか?」

「へ? あ、いえ俺は」

「何故お姉様があちら側なのですか……? どうして、隣にいるのがお姉様じゃないの……っ!?」

「な、なにを……おがっ!?」

 

 ヴィーラさんは俺の顔を掴むとそのまま床に叩きつけた。何が起きたのか俺は直ぐに理解できなかった。

 

「な、にを……いだだだ!?」

「どうしてお前が! お前が! お前がぁ……!」

「おご……げ、がっ!? ちょ、やめぉごっ!? いた、あいだ、いだだっ!?」

 

 彼女は人の握力とは思えない力で俺の顔を掴んだまま何度も床に俺の頭を叩きつけた。その時俺を見る瞳は、あのどす黒い瞳だった。

 

「私の横にいるのはお姉様じゃなければいけないの! 何故、何故お姉様があちら側なのですかっ!? 何故私の隣がお前なの!? どうして、どうして……!!」

「ぁのっ! おげっ!? せめ、て……手、はな……っ!? ぎゃばっ!?」

「よせヴィーラ何をしている!?」

 

 カタリナさんがヴィーラさんの異常に気付いて叫ぶがその声もこの時のヴィーラさんには届いていない。

 

「あの時もそうだった、お姉様が助けてくれたのは私だった、私だけを助けてくれたのに……お姉様が私を救ってくれるはずだったっ!! お前は……お前はその思い出まで奪うのっ!?」

「なにを言って……げぶっ!?」

「お前さえ……そう、そうよお前さえいなければ……! お姉様は私のお姉様のままだった! 私のためのお姉様! 私一人のお姉様だったのに……っ!! 何も知らないやつが、土足で私とお姉様の間に入った……っ!! お前がお姉様をおかしくした……っ!!」

「お、おかしく……なにを……!?」

「だまれえええぇぇぇ────っ!!」

「あだだ!? 頭摩っちゃ削れ、おげぇえ──っ!?」

 

 床が凹んで来たと思ったら今度は思い切り床に顔を摩りつけながら、壁に向かって投げつけられた。毎度どこかに吹き飛ばされたりしているな俺ってば。

 

「危ないっ!?」

「兄貴ぃ──!?」

 

 だがジータ達が駆けつけ激突前に俺を受け止めてくれた。カタリナさんが氷魔法で床を凍らせ滑り込んでくれたのだ。

 

「無事か!?」

「へ、平気っす……ただ、この状況は……っ!?」

 

 助けてくれたのはありがたかったのだが、カタリナさんが俺を助けに来たのがまた不味かった。カタリナさんが俺を支えて立たせてくれたが、その姿を見たヴィーラさんの顔が更に歪み俺を睨みつけた。

 

「お姉様かラ、離レロ……っ!!」

「めっちゃヤバい!!」

 

 荒れ狂うヴィーラ・シュヴァリエとの戦闘開始であった。

 

 ■

 

 六 アオゾラノモトヤンデレノチニクルフヴィーラ

 

 ■

 

 理性ある暴走、と言うと矛盾してるかもしれないが、あの時のヴィーラさんはそうとしか言いようがない状態だった。無差別ではなく、俺だけを確実に狙ってるのだ。「泣け! 叫べぇっ! そして死ねェッ!!」と叫び俺を追いかける姿は、もう星晶獣の力とか以前に恐ろしかった。二つのビットを利用した攻撃は確実に俺を追い詰めていくし、一時はあのジータでさえ寄せ付けない強さで俺を追い詰めて来たのだから意味が分からん。これが憎悪と愛の力とでも言うのか。死んだ時を除くなら、多分人生で一番身の危険を感じた時じゃないだろうか。

 二体のビットを器用に足場にし、空中からも俺を追いかけるヴィーラさんの姿は恐怖以外の何者でもない。しかもどこに隠れてもビットが俺を見つけ出し攻撃する。俺だけを攻撃するビットかよ!? と叫ばずにはいられなかった。

 ちなみにこの騒ぎの最中、フュリアスの戦艦に随伴していた戦艦がヴィーラさんを目標にしつつアルビオンに無差別攻撃を行ったが、俺を追いかけるヴィーラさんが俺ごと葬ろうとして、帝国新兵器の砲撃も真っ青の砲撃を生身で行い呆気なく帝国艦は全滅した。

 

「どいつもこいつも邪魔ばかりを……!」

「別に俺は邪魔をしてるわけじゃ無いはずですが!?」

「黙れ! お姉様の“大切”は私一人でいい……! お前も! あの子(ジータ)も! あの子(ルリア)も! あのトカゲも要らない!! お前が消えればあの子(ルリア)も消える! お前が居なければお姉様は私の傍に居てくれる! お姉様は私のモノになる! 私だけを見てくれる! 私の、私だけのっ!」

「ワ、ワガママはあまり良くないと思います!!」

「喋るなぁ────っ!!」

「ぎゃああぁぁ────っ!?」

 

 よくあの形相の人相手にこんな間抜けな声上げて逃げ回れたと思う。時間にして20分程度だろうか、しかし当時の俺には長い長い20分だ。

 グランサイファーからの援護、ついに本気になったジータ、カタリナさんの必死の説得が無ければ俺はどうなっていたかわからん。それでも心身ともにボロボロになったけど。

 まあ結果的に俺も無事、つまりルリアちゃんも無事。カタリナさんも無事だしヴィーラさんもシュヴァリエの力をルリアちゃんが吸収した事で自由になれた。

 終わり良ければ全て良し、つまりはそう言う事だ。

 

「んで、そんな風にマジで殺しにかかってきた相手と手紙のやり取りしてるわけかお前は。終わり良くたって普通良しとはならねえよ」

 

 関心するようでも表情は呆れているラカムさん。俺もそう思うわ。

 

「まあヴィーラさんも正気に……正気? うん、正気に戻ってから謝ってくれたから別に良いかなって。俺は死にさえしなければルリアちゃんも無事だし」

「はぁ~大した奴だよほんと」

 

 まあ俺の肉体の許容範囲超える大きいダメージでは、どうしてもダメージの一部がルリアちゃんにも反映されるのは申し訳ない。あの時も辛かったろう。

 だがその肉体ダメージ許容範囲も日々成長してる。ジータの攻撃に巻き込まれたりする度に丈夫に……もとい強くなっている。そうすればルリアちゃんへ行く痛みも少なくなる。それは良い事だ。

 だからってジータと積極的に行動したいかと言うとそんなわけは無い。巻き込み駄目、絶対。

 

「それで肝心の内容は聞いていいか?」

「大した事じゃないんで良いですよ。それこそあの時の騒動での被害の復興が全部落ち着いたって言う連絡ですね」

「ほーう? そりゃ良い話じゃねえか」

 

 ヴィーラさん本人の暴走での被害は主に俺だけだが、ほぼ同時に起きた帝国の介入による島への被害はそれなりにあり、島の中心である士官学校と生徒やそれ以外の住民の居住区の完全な復興にも時間を要した。だがそれももう終わり、島には元の平和が戻ったと言う事だろう。

 

「正式に領主の後任はまだ未定みたいですけど、今の所領主の不在はそこまで問題は無いみたいですね」

 

 領主を島へ縛り付ける事が因習と化した事が騒動の原因でもあった。ルリアちゃんがシュヴァリエを吸収した事でその性質は変化した。今ではヴィーラさん個人を気に入り、彼女の傍についている。今後は領主の事はもう少し慎重に決める事になるだろう。

 騎士としての強さや高潔さは今後も問われるだろうが、島へ縛り付ける因習は断ち切れたはずだ。

 

「今あの島ですべき事も終わったらしいし、その内合流したいそうです」

「そうか……島を出る決心がついたんだな」

 

 アルビオンでの騒動の後ヴィーラさんも俺達の団に入る案もあったのだが、暫しアルビオンで復興を手伝いつつこれからについてゆっくり考えてみたいと言う本人の意志もあり返事はその内と言う事になった。

 もっともその時カタリナさんに言った「必ずまた御会いしましょう」と言う強い意思の籠った台詞から仲間にならないと言う選択肢は初めから無かったようだ。

 

「来る事は間違いないとして、何時何処で合うかはまた追々決めますが……別にいいよなジータ?」

「え、私?」

 

 お前意外に誰が居るんだよ。団長だぞ。

 

「団長の意志は確認しとかんといかんだろ。なんか手紙の事聞いたら不満そうだったし」

「ん~そりゃ手紙の事は驚いたけど……ヴィーラさんが仲間になってくれたら私も嬉しいから勿論歓迎!」

「兄貴が良いならオイラ達も別にかまわねえよ」

 

 特に反対意見も無いようなので大丈夫そうだ。合流の予定はまた決めるとする。下手にすぐ返事を出し何時でも良いと言うとあの人の事だから数日中に来てしまいそうだ。

 

「さあそれじゃあ午後の用事片付けるか」

「なら組手しよう!」

「違うわ阿呆! 書類整理に決まってんだろ!!」

「そ、そう言えば……や、やだぁ!」

 

 一時間程前の会話を思い出し顔を青くしたジータは慌てて席を立って逃げようとした。だがすかさずイオちゃんとカタリナさんがジータの両腕を掴み上げた。

 

「ジータいい加減仕事しなさい」

「彼ばかりに書類を任せてはいけないな」

「私も手伝うから頑張ろうジータ!」

「オイラも付き合ってやるからさ」

「あーんっ! 味方がいないよう!」

「居ると思ったかたわけめが。さあ大人しく来い」

 

 二人からジータを受け取り脇に抱えルリアちゃんとビィを引き連れて書斎に向かう。夕飯までには終わらせるつもりで頑張ってもらう。出なければ明日も続ける。

 

「さっき来た書類にも目を通してもらうからな」

「い──やぁ──っ!」

 

 結局ジータの往生際は、椅子に座らせるまで悪かった。

 

 ■

 

 七 騎士の想い

 

 ■

 

「やれやれ、やっと行ったわ」

「ジータの奴書類仕事もやりゃあ出来るのになあ」

「意図してるのかはわからねえが、ありゃあ坊主に構って欲しくて怠けてるところあるな」

「さて、どっちかしらねえ」

 

 連行された自分達の団長の姿を見送り好き勝手言うイオ達。そんな中カタリナは、一人アルビオンでの思い出を続けて思い返していた。

 

(……こんなに賑やかな場所に私が居れるのは、彼とジータ達のおかげだな)

 

 アルビオンで別れを決意した時、彼女は直接その事を伝えず手紙に『ここでお別れだ』とだけ残した。そうした事は帝国の思惑も関係していたが、皆が知るようにカタリナにとっての罪滅ぼしだった。

 自分がルリアを帝国から連れ出し、無関係だった彼等を巻き込んでしまった事だけではない。本来であればアルビオンの領主となる筈だった自分が全てをヴィーラに押し付け、犠牲にしてしまったと言う事実、それがずっと心残りだった。

 だからこそ、例え共に空の果てに行くと言う約束を破る事になろうと、ジータ達とヴィーラの助けになるのならばそれで良かった。

 しかしジータ達はそれを認めない。仲間が犠牲になる事は絶対に認められないお人好しの集まりが【私とお兄ちゃんと愉快な仲間たち団】と言う騎空団だ。それを知っていたからこそ、カタリナは手紙だけを残したのだ。一文字一文字、筆を進めるだけでも辛い手紙を。

 だがその手紙を見ても彼等はカタリナを迎えに来た。その手紙こそがカタリナの迷いの表れと思ったから、納得が出来ないから。団を抜ける理由に、カタリナの意志を感じられなかったから。

 

「一人で勝手に決めるな」

 

 シュヴァリエを顕現させ、領主であるヴィーラから譲渡するための儀式の場に現れた時、彼はそう叫んだ。

 

「ろくに相談もせず、自分一人犠牲になればいいと考える人が騎士なんて名乗れると思うのかよ! カタリナさんが本当に迷い無く選んだのはルリアちゃんを助けるって言う道だったんだろうが! それだけは後悔はなかったはずだ、間違いじゃなかったと自信を持って言えるはずだっ! 罪滅ぼしだろうがなんだろうが、こんな方法ルリアちゃん一生笑わなくなるぞ! そんなルリアちゃんが見たくてこの子を助けたのか、違うだろうっ!? こんな良い子泣かせるようなやり方俺は絶対許さんぞ! それにカタリナさんだって一生傷ついてアルビオンに残る事になる! ずっと今日の事を後悔する! だってカタリナさん迷ってるじゃないか!? じゃなきゃあんな手紙なんて残さない、迷いがないなら本当に黙って消えた筈だ! そうだろうが!?」

 

 ヴィーラが展開する結界に阻まれながら、彼は叫び続けた。彼だけじゃない、ジータもビィもルリアもカタリナに呼びかけ続けた。

 

「私達カタリナさんと会えて良かったと思ってるんだよ! このままじゃイスタルシアに行ったって意味無いよ!」

「姐さんの居ないグランサイファーなんて寂しすぎるぜ!」

「そうだよカタリナ……! 私、まだ……カタリナとお話したい事や見たい景色が沢山あるんだよ!」

 

 阻まれても歩みを止める事は無かった。障壁は彼らを拒み、傷つける。だがあの場でカタリナを失う事こそが彼等にとって一番辛かった。

 

「特訓もまだ終わってないんだ……! 俺は、俺はまだ……まだカタリナさんの淹れた美味しいコーヒーを飲ませてもらってないっ!」

 

 我武者羅に只管に、カタリナに対して思いつく限りの想いを籠めた言葉。自分を必要としてくれたあの叫び、それを忘れる事は無いだろうとカタリナは確信している。

 今も自分はこの騎空団にいる。そしてヴィーラもまた自由になれた。

 机には彼が淹れた食後のコーヒーがある。琥珀色のコーヒーはまだ湯気を漂わせていた。

 特に高級な豆を使っているわけではない。産地に拘っているわけでもない。ドリップの道具もよろず屋で安く買った物、全て一般家庭で見かけるものだ。それで淹れたコーヒーも、ありきたりで当たり前な普通のコーヒーだ。

 だがその“当たり前”が味わえる事がカタリナは嬉しかった。この当たり前のコーヒーは、きっと彼にしか淹れられない。だが同じように淹れているはずなのに、自分が淹れるコーヒーと一体何が違うのか、まだまだ首を捻る毎日だ。

 

(約束は守らないとな)

 

 今度、美味しいコーヒーを淹れてあげよう──アルビオンで彼とそう約束をした。その約束が果たせるのが先か、イスタルシアに辿り着くのが先かなどと彼にはからかわれたりもした。

 だがそんな日々も悪くない。まだ温かいコーヒーを飲みながら彼女は静かに微笑んだ。

 

 ■

 

 八 団長は副団長の夢を見るか

 

 ■

 

「あら、どうしたのよ馬鹿人間。朝っぱらから一人でコーヒーなんて淹れて」

「ん? おう、メドゥ子か」

「メドゥ子じゃないっての」

 

 早朝まだ誰も集まっていない食堂でコーヒーを淹れていたら、メドゥ子が珍しくメドゥシアナを連れず一人でひょっこり現れた。そのまま最早お決まりなやり取りをすると、彼女は厨房の前にあるカウンター席に座る。

 

「んで、どうしてコーヒー? 朝食まで時間あるじゃない」

「いや、なんか変な夢見たんだよ」

「夢?」

「そう、前も似た夢見たんだけどさ、俺がお前等と仲間じゃなくて別の人達と騎空団やってる夢。そんなかでコーヒーの話題出てたから、なんか飲みたくなった」

「……ふーん」

 

 夢の内容を話すとメドゥ子は面白く無さそうな顔をした。

 

「別にお前等と騎空団やってるのが嫌ってわけじゃないから安心しろ」

「ちょ……っ!? なに言ってんのよ、そんな事一ミリも思ってなんか無いからね!?」

「そうかい?」

「そうに決まってんでしょ! そ、それでアタシ達と出会わなかったあんたはどうだったのよ」

「別に変らねえよ。誰かに振り回されて、死にそうになって、けどなんとかなっての繰り返し」

「はんっ! 如何にもアンタらしいわね! 夢の中ぐらい良い思いすればいいでしょうに!」

「うるせいやい」

 

 夢の中で良い思いしたって結局空しいだけなのだ。

 

「そういやメドゥシアナは?」

「まだ部屋で寝てるわ。昨日の依頼で疲れたみたいだから」

「そりゃお疲れ様だ。こんどなんか美味しい物あげるか」

「ちょっと、アタシも頑張ったんだけど?」

 

 そりゃそうだ。メドゥシアナとはコンビの二人、こいつもちゃんと仕事はしてる。

 

「それではお嬢様、コーヒーは如何でしょうか?」

「ぷふーっ! なーに格好つけてるのよ、全然似合わないわよ」

「うるせい」

 

 似合わんのは承知じゃい。

 

「で、いるか? 昨日焼いたクッキーもあるぞ」

「貰うわ、目が覚めるようなのお願い」

「かしこまりましたお嬢様」

「んふ……っ! もう、だから止めなさいそれ、笑うから!」

 

 不思議な夢から覚めてみれば、いつも通り騒がしい星晶獣との朝が待っている。しかしどこか居心地の良い朝だった。

 




感想、誤字報告等何時もありがとうございます。大変励みになっております。

こんかいのは、アニメのアルビオン編を見て書きたくなりました。アドヴェルサェ……。
なお団長君はこの世界で何度もヴィーラにより、顔面をビームロープに押し付けて引きずり回されるような目に遭いました。
島がリングだっ!!
ヴィーラとの交流は、やると長いんでまた別の機会かにでもやりたいです。

ハロウィンメッセージ、今年も良かったですね。ハロウィン話書きたかったけど、時期を逃しました。
思い出したように、季節外れのハロウィン話を投稿するかもしれません。

セレスト、口が開く(驚愕)。
ゾンビを食うと言うのは、ゲームやっててもなんとなく言われてましたが、あそこまではっきり食おうとしたとは思いませんでした。

プラチナ・スカイⅡ楽しみスカイ。
ぶっちぎるぜ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。