■
一 新年だよ!
■
雪が降り積もるとある島。まだ日も昇っていないと言うのに人々がガヤガヤとして移動している。
そんな中に俺達もいた。ゾロゾロと歩きながら口から白い息を吐く。
「寒い……っ!」
特にメドゥ子が不満げに文句を言っていた。何時もの服装に加え防寒の上着を着てはいるのだがやっぱり蛇系だからか寒さに弱いのだろうか。
「なんだって年明けて早々こんな時間から移動なのよ! 人間って馬鹿なんじゃないの!?」
「初日の出観るんだから仕方ないだろ……」
今俺達は年が明けてから最初の太陽、初日の出を見るために移動していた。
と言うのも少し遡ること1週間ほど前、ジータから手紙が届いた。
『みんなで初日の出観てから、そのまま初詣しようよ。一緒に送った“地図”の島まで来てね!』
手紙ににはそう書かれていたのだが、「来てね」と言うか暗に「来い」と言われてる気がした。手紙から圧を感じる。
だが折角呼ばれたし、特に断る理由も無かったので俺達は今年の“恵方”を司る神社がある島へ訪れた。ただ島に行く時間の関係で到着したのは、結局年を跨いで深夜になってしまい、のんびりすると夜が明けてしまうためエンゼラを島につけた後は、ジータとの合流は後にしてそのまま島で最も初日の出がよく見える場所へと移動する事にした。
騎空艇の停留所にグランサイファーの姿はあったが、既に出かけた後だったので彼女達もここへ向かっているはずだ。俺達は目立つし多分向こうの方から気が付いてくれるだろう。
「第一日の出なんて明日観ようが明後日観ようが一緒じゃないの……揃いも揃って態々暗い時間から移動して……」
「寒いし嫌ならエンゼラ残っても良いって言っただろう」
「誰も行かないとは言ってないでしょ! アンタ達が行くから付き合ってやってんの!」
「にょほほ! メドゥ子は文句ばっかりじゃのう」
ぶつくさ文句を言うメドゥ子を見てのじゃ子がケラケラと笑っていた。
「ついて来た以上大人しくすればよいものを」
「うっさいわねえ……寒いんだから文句も言いたくなるわよ」
「情けないのう……」
「上着の上から羽で身体包んでるアンタに言われたくないわよ!」
のじゃ子は上着を着た上に更に自前の翼で身体を覆いヌクヌクしていた。その羽毛率100%の天然上着は、フカフカに膨れ彼女自身だけでなく仲間も虜にしていた。
「モコモコ~☆ 手ぇ入れるとめっさ温ぃんですけど(*´ω`)」
「なあクロエ、あんまり手を入れるとガルーダに迷惑が……」
「──!」
「────!」
「って、あれぇ!? フージー、ニコラまで!? 何時の間に、いやなに勝手に入り込んで!?」
「ほほほ、くるしゅうない。存分に温まるが良い」
「す、すまないガルーダ……」
クロエちゃんにフェリちゃん達とにこやかに談笑するのじゃ子。穏やかだ、日の出前に俺の心が浄化されるようだ。
「あいつ、調子良いんだから……星晶獣としての誇りってもんが無いのかしらね」
「まあ良いじゃないか。それよかメドゥ子、あんま寒いならこれ使え」
「……なによこれ?」
「俺の手袋」
エンゼラ出てから横であんま寒い寒い騒がれるとたまらん。
「な、なんでアンタの!」
「指先が冷えると余計寒く感じるんだよ。俺別に手袋無くて良いし。サイズ大きいけどあったまりゃ問題無いだろう」
「そ、そう言う事じゃなくて……」
「良いから使え。他の参拝客いるんだからあんま騒ぐなよ」
手袋を押し付ける様に渡すと、メドゥ子はそれを受け取り暫し悩んだようだが両手にはめた。やはり俺のサイズの手袋だからか、彼女の手には少しブカブカだ。
「どうだ?」
「……そりゃまあ、暖かいけど」
「そうか、ただやっぱデカいな。どうする、嫌ならいいけど」
「……別に、嫌じゃ……その、まあ……あれよ!」
「なによ?」
「だから……アンタにしては気を利かせたようだから? 使ってあげなくもないわ!」
「……あそう」
よくわからんが満足気なので良いとしよう。
そうこうしてる内に目的の場所についたらしく、行列は立派な社のある場所で動きを止めていた。
「ここのようですね」
「そのようだ。しかし立派な社じゃないか、人々がここを目指すのもわかる」
傍に立つコーデリアさんと共にこの島に来る人々の目的でもある社を見る。今年の恵方を司る神社、その境内には多くの人がワラワラとしていた。皆もここで初日の出を拝み、そしてこの神社で初詣をして行くに違いない。この中のどこかにジータ達もいるだろう。
「時に団長、貴君は恵方を司る神宮に来るのは初めてかい?」
「え?」
「物珍しそうにしていたからね」
どうやらキョロキョロとする田舎者っぽさが出ていたらしい。恥ずかしい限りだ。
「いやすまない、馬鹿にしたわけじゃないんだ。それに私自身こうやって来るのは初めてだからね」
「ありゃ、そうでしたか」
「知っての通り何かと忙しい身だったのでね。任務中気付いたら年が明けていたなんてざらだったよ」
「そりゃまたお疲れ様ですな……」
「なんのそれも遊撃部に身を置く者の務め。とは言え、このように賑やかに新年を過ごせるのはとても喜ばしい事だ……ありがとう、団長殿」
「俺っすか?」
礼を言われる様な事を俺はしただろうか。身に覚えは無いのだが。
「こんな時間を過ごせるのは、偏に君と出会えたからだよ」
「そりゃ俺を持ち上げ過ぎじゃないですか?」
「事実さ、君でなければ……私は旅を共にしなかった」
「それって俺が監視対象だから?」
リュミエール聖国でも星晶獣をやたら引き連れてる俺達を危険視している……らしい。俺の旅に彼女が同行する理由の一つには、空の世界に混乱を起こしかねないリスクファクターである俺達の監視がある。正直気にした覚えはない。
「さて、どうかな?」
彼女は微笑みを返し真意を答えなかった。その笑みに悪い気はしなかった。
「さあ、日の出までもうすぐだ。それまでに去年一年を振り返るのも良いんじゃないかな?」
「……確かに」
コーデリアさんに言われ、過ぎた一年を思い起こす。色々あった、濃いあの一年を──。
■
二 バレンタインメモリーズ
■
相変わらず騒がしい一年だった。年越しの瞬間まで騒がしかったのだから、それはもう騒がしかった。始まりから最後まで騒がしい。
団員も増え、借金も増え、心労も増え──いや、決してそれだけではないのだが。楽しかった事だってあったのだ。本当である。
とは言え団員が増えた事で変わった事がある。年越し以外の年中行事をするようになったのだ。
それまでそのような行事を行わなかったわけでは無いのだが、基本的に大袈裟にせずささやかに行っていた。忙しいのと団員に年中行事に関して詳しい知識を持つ者が多くなかったからと言うのもある。
だが団員が増えたぶん行事に関しての知識を持つ者が増え、仕事の合間にそのための準備を出来る様になって来た。そのおかげで“バレンタイン”、“ハロウィン”、“クリスマス”などの行事に興味を抱き楽しむ事が出来たわけだ。
バレンタイン、これは年中行事と言うよりも、女性のためのお祭り──あえて気取った言い方をするなら女性による“恋のイベント”と言ったところか。
聖人の名が発祥だとかその起源には所説あるが、今やそれは形骸化している。この日に行われるのは、愛する者への愛の告白、また感謝の気持ちを込めてチョコレートを手渡す。そんな甘酸っぱい日なのだ。
そんなバレンタインが近づく中この時も俺はジータから手紙を貰った。
『もうすぐバレンタインだよお兄ちゃん。チョコ上げるから“地図”の島にまで来てね!』
手紙に書かれた内容はそれだけ。ただ「来てね」のところに「来いや」と言う念を感じ取りジータの視線すら感じた俺は、身の安全を優先し彼女の送ってきた地図が示す島へとエンゼラを向かわせた。
俺はこの時点でバレンタインの事は、名前を知ってる程度でよくわかって無かった。ザンクティンゼルでは、そもそもそんな習慣無かったし。
一方団員の女性陣の多くは、流石に詳しく色々と話を聞けて基本的な情報は手に入れた。それがバレンタインが、恋のイベントであると言う事だ。
まあ最近じゃ色々とやり方も意味も変わりつつあり、老若男女関わらずチョコレートや菓子類を送り合う日にもなっているらしい。クロエちゃん曰く「それ友チョコってャッ☆ ダチトモにタンキュ~ってチョコぁげんの!」とのこと。要は同性の友達に感謝の念を込め、今度もよろしくと言う意味で送る祝い物と言う事でいいのだろう。が、そう言ったらクロエちゃんに「祝ぃ物とか正月じゃん草。っか念込めるとかガチっててだんちょウケる、わら☆」となんか笑われた。
あと愛だとか堅苦しい事抜きに送る“義理チョコ”と言うのもあるそうだ。友チョコもこれに含まれるのだろう。だから菓子類がよく売れるとカルテイラさんは語った。
そんな日に“予告チョコレート”をしたジータに一応感謝すればいいのだろうか。しかも態々会いに来いと言うのだから、中々に気合が入っているようだ。
また彼女が同封した地図には、このバレンタインの時期に女性が押し寄せる島、その名もチョコレイ島の位置が記されていた。あまりにそのまんまな島名を聞いて、俺はシェロさんが命名でもしたのか疑ってしまった。
団の女性陣もチョコレイ島に行った事は無かったらしく、名前からして甘い香り漂うその島への到着を皆楽しみにしていた。
そしてバレンタイン二日前、俺達はチョコレイ島へと着いた。そして俺達は目にする事になる。
愛と情熱で心を燃やし、普段包丁ぐらいしか刃物を持ってなさそうな乙女達が、剣に槍に鈍器にあらゆる得物を手に取ってなんかチョコレートっぽい魔物を追いかけ倒していたのだ。
異様とも思えるその光景に唖然としている俺達の前にもチョコレートっぽい魔物が現れた。それに驚いたのと同時に「レギンレイヴッ!!」と聞き覚えのある声がしたと思ったら、凄まじい衝撃波と共に魔物と俺は吹き飛んだ。俺も、吹き飛んだ。俺も、だ。
島の位置と季節の関係で島には結構な雪が積もっており、吹っ飛んだ俺はその中に頭から突っ込んだ。ユーリ君達の叫びが聞こえる。そして俺は俺を吹き飛ばした犯人はすぐ分かった。
「ごめんお兄ちゃん! そこにチョコレートの精が居たから」
わけのわからん謝罪と理由を言いながらジータに雪から引きずり出された俺の周りには、何故かチョコレートの原料が散乱していた。
島に着いて早々謎の魔物が現れ、それごとジータに吹き飛ばされ、カカオに囲まれると言う自分の状況に混乱していると、ラカムさん達が慌てて駆けつけ状況を説明してくれた。
このチョコレイ島、なんでも稀有なカカオが取れる島であるのだがそのカカオは成長すると俺の前に現れた魔物──チョコレートの精に姿を変え島中を駆け巡るらしい。そしてそのチョコレートの精を倒すと元の姿、すなわちカカオへと戻る。そうして手に入れたカカオを使い出来上がったチョコレートには、“恋の魔法”がかかるとかなんとか。
俺達が見た歴戦の戦士が如き乙女達は、つまりそのカカオが目当てであったのだ。だからってあんな阿修羅をも凌駕しそうなものになるとは、バレンタイン恐るべきである。
まあそんな話を先に島に来て聞いたジータは、島中のチョコレートの精を狩り尽す勢いでカカオを集めていたらしい。そして俺も吹き飛ばされた。
だがその話を聞いたうちの団の女性陣もこの島のやり方に興味が湧いたらしく、自分達もチョコレートを作ろうと言う話になった。
また更にジータの騎空団ともチョコを送り合うのも良かろうと言う話も出たので、作るとしたら結構な量になる。そのためにはその分のカカオが必要だ。そこで俺達男性陣も材料集めを手伝う事になった。
とは言えだ、俺もチョコレイ島に上陸してからと言うもの島中の甘い香りに興味が湧いてしまう。島には有名ショコラティエが作ったチョコレートも売られているが、せっかくカカオが姿を変え倒しさえ出来れば誰でも手に入れられる状況なのだ。
食うのも良いが作るのも良い。二日もあれば俺もチョコレートを作れるだろうと思い、俺もまた作る側としてバレンタインを楽しむことにした。団長が団員に労いのチョコレートを上げてもよかろうなのだ。
フェザー君達が各々チョコレートの精を狩りに行く中、俺は島の人里から離れた山や森にもチョコレートの精が居るのか気になった。なので島の管理者であるショコラティエに会って島の奥に行っても良いか聞いてから許可を貰い、俺は一人で島の奥へと向かった。
森や山には、やはりチョコレートの精が現れるとショコラティエは言っていた。だがそのチョコレートの精は他で現れる個体より強いらしく一筋縄ではいかないらしい。ただショコラティエの方には「噂の星晶戦隊(以下略)の団長さんなら大丈夫かしらね」と言われた。なんの噂かは気にしない。
そしてそこで出会ったのは、明らかに島の開けた所にでるチョコレートの精とは別物の存在。チョコレートの精が合体し巨大になった、ビッグなチョコレートの精であった。
チョコレートと思ってチョッとでも甘く見てはいけない、チョコっと……チョコレートだけに──と、シェロさんみたいな事を言いそうになった。最近癖がうつってる気がする。だが本当に甘く見てはいけない。
融合したチョコレートの精は、可愛らしい馬の玩具の様な姿になったのだが……やたらめったら強かった。しかも二体出て来た。なんでだよ。
可愛い顔とちょっと色っぽい顔をした二体のチョコレートの精は、星晶獣とは違うのだろうがそれにしても強かった。一人で来なきゃ良かったと後悔した。
最終的になんとか倒せたが、別に古戦場に来たわけでも無いのに酷くボロボロになってしまった。その代わりたっぷり美味しいチョコレートが作れるだけのカカオが手に入った。そのため大量のカカオを担いで戻った俺を見て皆驚いていた。
俺の集めて来たカカオで十分すぎる量が集まり、そのまま女性陣はチョコレート作りに移った。張り切る彼女達は、イベントの主旨もあって【男子禁制】と厨房に張り紙を張った。つまり「楽しみに待ってなさい」と言うわけだ。
だが俺は自分でチョコレートを作りたい。態々やたら強い巨大チョコレートの精を二体も倒したのだ。上質なカカオ豆もある、貰う権利より作る権利が欲しかった。だがエンゼラはメイン厨房もサブ厨房も女性陣が占領している。
そこで俺は島のショコラティエさんに頼み、店の厨房を厚意で使わせて貰える事になった。
流石はチョコの島の有名ショコラティエの厨房。チョコレートを作るのに特化したチョコレートのための厨房だ。しかもプロの菓子職人のアドバイスも聞ける。俺もバレンタインの陽気につられ、鼻歌まじりにカカオからチョコレートを作っていた。
だがこの時ショコラティエさんが面白そうに俺を見ていた。その意図を早いとこ聞いとけば良かったと後々後悔した。
そして後日──。
「お兄ちゃん、ハッピーバレンタイン! このチョコレート、とにかく食べてみてよ!」
「ねえそう言うノリなの、バレンタインって?」
バレンタイン当日、朝からエンゼラに乗り込んできたジータがテンション高めにチョコを渡して来た。どちらかと言うと定食屋のノリだった。
だがやたら気前よく出されたチョコレートは、可愛くラッピングされておりしっかり乙女のイベント感を出していた。ちょっとホッとした。
その後他の女性陣からもチョコレートを頂くが、やはりジータのノリは彼女だけだった。まあノリが違うだけで濃い面子だったけどね。けど皆楽しそうでよかったよ。ハレゼナとか頑張って作ったチョコレートを興奮して見せて可愛かった。メドゥ子やのじゃ子は、不慣れながらも頑張って作ったチョコレートを自慢げに見せて微笑ましい。
それにどのチョコレートもとても上手に出来ていて、そして、美味かった。
フェザー君にユーリ君達も喜んでいた。ユーリ君に至っては、緊張してか噛み噛みでお礼を言うものだから、ティアマト達にからかわれていた。
そして俺も俺で用意した特性チョコレートを振舞った……のだが、それを見て女性陣が「何やってんだコイツ?」と言う顔で俺を見ていた。
「お兄さん、男の人は受け取る側でしょ……」
イオちゃんに呆れた様子で言われてしまった。
いやしかし、別に友チョコとかが有りなら俺とかが皆にチョコあげてもよろしいのではなかろうか云々かんぬん──と、あれこれ言い訳をしたのだが「駄目やないけど、気合入れすぎや、どうなってんねんコレ」とカルテイラさんに言われてしまう。
俺がカルテイラさんにあげたのは、チョコレートでフレームと珠を作り、焼き菓子の串で珠を刺し実際に使える“ソロバン型チョコレート”である。それを説明したら「職人か!?」とハリセンで頭を叩かれてしまった。
確かにやり過ぎてしまったかも知れん。一度冷静に自分が作ったチョコを見てそう思った。
ショコラティエさんの厨房使わせてもらったからか、妙に気合が入ってしまい見た目も男性陣へ配るのも含め団員全員の個性に合わせたチョコレートにして、ラッピングもこってしまった……。だって楽しかったんだもの。
それと一応チョコレートを受け取ってくれたロゼッタさんが凄く言いづらそうに話したのは、“ホワイトデー”と言う存在だった。
「あのね団長さん……一応、来月になったらホワイトデーって言う、男の子が女の子にチョコのお礼を渡す日があってね……」
……来月頑張ればよかったね!
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三 まいったねこりゃ!
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“お返し”の習慣を知らずチョコレートを作ってしまった俺だが、結局そんな俺のうっかりも「まあ団長らしいね」と言う事で笑って許してくれた。頑張った菓子も無駄にならずに済んだ。あったけえ仲間ばかりで俺は嬉しい、嬉しいが“ホワイトデーは3倍返し”とか俺は知らない習慣だし、これからも一切認知しないからなティアマト。
それとショコラティエさんに改めてお礼を言いに行ったら、わりと直ぐに「ホワイトデーの事、黙っててごめんなさいね」と彼女は俺にそう言った。どうやら俺の勘違いをわかっていたらしい。厨房を貸してくれた時の笑みは、つまりそう言う事だったのだ。
言ってくれればよかったのに、勿論そう言ったのだがショコラティエさんは、微笑み首を横に振った。
「貴方が出会ったと言うチョコレートの精の集合体は、普通のチョコレートの精と違って逃げたりせず、大勢の女性の元に向かい現れる事がございますわ。それがどうしてはわかりませんが……けれど私は、それはチョコレートの精が人の“想いの強さ”に惹かれるからだと思うんですの」
「想いの強さ?」
「ええ、一人一人の抱く想いの強さ。愛する恋人、愛する家族、そんな人達に美味しいチョコレートをあげたいって言う想いに惹かれると思いますの。チョコレートの精だってもし食べられるなら、自分を一番必要としてくれる人に使ってほしいんじゃないかしら? だからチョコレートの精は貴方の前に現れた。貴方が仲間の皆に美味しいチョコレートをあげたいって言う、想いの強さに惹かれて」
「やたら強くて襲われもしたんですが……」
「素直じゃないのかもしれませんわ」
「なんじゃそりゃ」
「うふふ、けど貴方の想いを試そうとしたのかもしれませんわね。勿論偶然かもしれない、けど私は貴方の気持ちは本物と思いましたわ。だってあんなに楽しそうにチョコレートを作るんですもの。だからその想いに水を差すのは、無粋と言うものですわ」
なんか恥ずかしくなる答えを得てしまった。傍目からみたらルンルン気分だったらしい。俺は旅の中表情だけじゃなく態度までわかりやすくなってしまったようだ。
と言うかB・ビィ連れてくんじゃなかった。全部聞かれたよ、ちくしょうめ。
ショコラティエさんの話では、ホワイトデーは特にチョコレートにこだわる事はないらしい。どちらかと言うとクッキーや焼き菓子とかが主流だとか。どの道チョコレートは使うだろうからホワイトデーの時もアドバイス聞きたいからお世話になりますと挨拶をして俺達はチョコレイ島を発った。
そしてその翌月、今度はジータの方から俺達に会いに来てホワイトデーの菓子をせがむ。当然それを予想していた俺は、バレンタインより更にこだわり抜いた菓子を作り皆に配った。バレンタインで自らホワイトデーのハードルを爆上げしてしまった俺は、大いに苦労したがなんとか全員分菓子を作る事ができたのだ。
ホワイトデーが近づく中、再び俺はチョコレイ島に赴き数日ショコラティエさんに指導してもらった。その甲斐があっておかげでどれもこれも渾身の作である。チョコレートだけでなく、飴細工やビスケットも使用し組み上げたクリュプトン型の菓子や、リュミエール聖騎士団をイメージした青い飴細工など、どれも団員をイメージした物であり反応も上々で俺も気分が良かった。
特に反応が良かったのは、ルナール先生とハレゼナだったな。
「ルナール先生、はいこれ」
「わ、私にも……!?」
「そりゃそうでしょ、バレンタイン貰ったし。美味しかったですよあれ」
「え、あ……うん、ありがとうぇえ!? え、はぁー……!? だ、団長これ、え!?」
「うん、“ポポルサーガ”の本。前借りた事あるでしょ、だから一冊再現してみた」
「する普通!? うわ、絵まで描いてあるっ!?」
開いた本の台座はビスケット、そこから捲れるページは飴細工。模写に使用したインクはチョコレート。
ショコラティエさんの下であらゆる菓子作りの手法を聞き、日々工夫を続けた結果の出来だ。当然味も良いので、目と舌で楽しめるようにした。最後にはショコラティエさんに「気が向いたらうちで働いてみない?」とか言われるぐらいにはなったのだ。
「食べるに食べれないわよこれ、もったいなさ過ぎて……」
「まあ好きに鑑賞したら食っちゃってよ。菓子だし。はい、ハレゼナはこれね」
「ヒャッハアアッ!? んっだぁこりゃあ団長ぉ──っ!? ま、まさかこれ!」
「うん、小型“壊天刃型”のお菓子。ちゃんと刃も回るのだ」
「ちょ、ちょちょちょ超ラァ~ブリィィ~~~~ッ!! スッゲェーなぁ団長ぉ──!! サイッコーだぜぇ!!」
「いやいやいや、どうなってんだこれ……」
「パッと見これもチョコレートや飴細工で作ってるみてぇだが……」
「兄貴相変わらず無駄に器用だよな」
「いや、器用とかそう言うレベルじゃないでしょこれ、凄すぎてちょっと引くわよ」
ラカムさん達には、感心されながらも若干引かれた。頑張り過ぎたようだった。まあ貰った人皆喜んでくれたからいいのだ。
あと当然フェザー君達にも友チョコ的なのを渡したのだが……。
「ユーリ君、これ受け取ってね」
「あ、ありがとうございます!」
「これもこだわりだぞ。君の剣と鎧をイメージしたんだ」
「こ、これは……! 素晴らしいです団長殿! ……あの、ところで団長殿」
「うん?」
「実は自分も……バレンタインの時も頂いてしまいしたし、その……これを、受け取っていただけませんか!?」
「……!! …………ッ!!」
「……うん、ありがとうユーリ君。あとルナール先生、何想像してるか知らないけど無言で拍手するの止めて」
「ん、ふっす~……! ね、ねえ団長、ちょ、ちょっと……こう……良い感じにユーリ君に近づけないかしら? お菓子食べさせあったりとか」
「いやだよ」
「ル、ルナール先生……! わ、私次の新刊のテーマ……き、決まったかもしれない……!」
ユーリ君達から返礼を貰う俺達の様子を見ながらとんでもない速度でスケッチをするルナール先生が怖かった。しかもセレストもスケッチしてたし。
そんな一連の出来事だった。
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四 楽しいバレンタインでしたね……
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「バレンタインの時の君は愉快だったね」
バレンタインの時の事を思い出し話すと、コーデリアさんもその時の事を思い出したのかクスクスと笑った。
「私達がチョコレートを作っている間も何かしているとは思ったが、あんなに気合の入ったチョコレートを持ってくるのだからね。それはもう驚いたよ」
「なんかつい頑張っちゃうんですよね」
「あれは頑張り過ぎなの」
俺達の会話が聞こえたのか、マリーちゃんとカルバさんが会話に交じる。
「あたしが貰ったのなんて宝箱型な上にコインチョコ入りよ? ホワイトデーなんて、また宝箱かと思ったら開錠用に飴細工の鍵がセットになってるし、どう作るのよあんなん?」
「いやぁ……なんか出来てしまって」
「なんかで出来ちゃわないでよ。そりゃ嬉しかったけどさ」
「私もトラップチョコレート嬉しかったなあ」
「ああアレね……白黒のチョコブロック in ボンボンショコラ」
「そうそう、正しい順番でブロック分解しないと中心部のキャラメルソース入りチョコが割れて中身漏れちゃうやつ。中々面白かったぜ! 美味しかったし!」
あれから一年近く経つのにちゃんと俺の作った菓子の事を覚えてくれている。マリーちゃんは呆れ半分だが、しかしその話を聞いていて俺は嬉しい気持ちになった。
「次に印象に残ってるのは……やっぱハロウィンかなぁ」
「ハロウィンねえ……あれも確かに濃い一日だったわね」
思い出されるハロウィンの事。マリーちゃん達も混ざり俺の回想はまた始まった──。
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五 ハロウィンメモリ-ズ
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バレンタインもだがハロウィンの時も楽しかったが大変だった……。あの時もジータに誘われたのだ。
俺達空の世界の住人は、住む島々が空域に点在し其々離れている事から季節感もバラバラであり、住民達の文化も違う事が多い。そのため空域で全体で共通する年中行事と言うのは、かなり限られてしまう。だがバレンタイン同様とある島を発祥としながらもその名前と習慣が広まりつつあるのがハロウィンだった。
『来週ハロウィンって言う楽しいお祭りがあるの。お兄ちゃんも一緒に楽しもうよ。ちゃんと来てね!』
ハロウィンが近づくある日、またもジータから届いた手紙には、簡潔にそう書かれていた。やはりこの時も「来てね」と言う可愛い文面から「いいから来い」と言うニュアンスを感じ取り、身の危険を感じ大人しく俺はジータの言う島へと艇を向けた。
ハロウィンに関してこの時俺は全く知らなかった。ジータもザンクティンゼルを出てから知ったんだろう。と言うか手紙に書いとけよ、祭りの概要をよう。
そんなわけで俺“初”ハロウィンだが、情報を団員の中で特に詳しかった、カルテイラさん、コーデリアさん、おっさんの三人から集め挑む事になった。
それぞれの話を総合すると、菓子類のかき入れ時で変装がしやすく群衆にまぎれやすいのと何か精霊の類が現れやすい時期、であるらしい。それぞれの分野が濃く出てしまったのでよくわかったようなわからんような情報になってしまったが、とにかく大騒ぎな祭りで子供に菓子類を配るのはわかった。それを示すように手紙の最後に追伸で『お菓子を沢山用意しておくように!』と書かれていた。
用意するのは良いのだが理由を書いてない。何時もそうだあの御転婆め、説明がいつも不足してる。カルテイラさん達に聞かなかったらどうなっていたか。
とは言え手紙書ききって思い出したから急いで書いたのだろう、最初より文字が躍っている。
また祭りの島では、その一夜子供達は“お菓子ギャング”と化すらしいので、相当数用意した方が良いとのこと。もし菓子が無ければ恐るべき純粋無垢な子供による“いたずら”が待つという……。
しかし既製品の菓子では量を用意すると金がかかる。なので安く材料を多量に買いそこから作る事にした。またバレンタインとホワイトデーの時に手に入れ保存していたカカオがまだ多量に残っていたのだ。これを使わない手はない。
俺とコロッサスは勿論、ザンクティンゼルからコロッサスに次いで多く調理係にもなっていたユグドラシルとセレスト、そしてコーデリアさんやブリジールさん等の星晶戦隊(以下略)調理班フル動員であった。
皆の頑張りと俺もチョコレイ島での経験を活かした甲斐あって、大小様々色とりどり種類豊富な菓子類が出来上がったのだが、島に着くまでの数日で数百キロは作ってしまい我ながら夢中になり過ぎだ。外に運ぶのに幾つも木箱まで用意しないといけなくなった。菓子業者か俺は。
その中の幾つかは、エンゼラ食堂のオヤツコーナーに置いといた。多量の菓子を目の前にしてフィラソピラさんが目を輝かせていたからね。それに自分達でも食べたかったし。
だとしてもまだ多い。やはり作り過ぎだったが、まあ余ったら余ったである程度保存出来る様に作ったから大丈夫だろうと考えていた。
ところがどっこい、状況は俺の予想の斜め上に行く事になる。
ハロウィン当日団員達は、せっかくだからと各々仮装をしてハロウィン開催中の島に上陸し、この日のために用意した“ハロウィン仕様こだわりリアカー”で菓子を運んで行くと村に入った瞬間俺達目掛け子供の軍団が現れ突撃して来た。仮装して当社比ならぬ当団比更に愉快になった星晶戦隊メンバーが目立ってしまったのだ。
ニル達を出したハロウィン衣装のティアマト、自身の装甲にカボチャをイメージして装飾と塗装をしたコロッサス達。中でもコルワさん渾身の力作、妖艶なハロウィンドレスに身を包み演出で瘴気(無害)を出すセレストが月夜のハロウィンの雰囲気にあまりにマッチし過ぎてしまい、子供だけでなく大人達まで集まってしまった。
えらく注目されてアワアワするセレスト、その姿を見てコルワさんも「やり過ぎたかもしれないわね!」とか自慢げに言っていた。いや似合ってるから別に良いんだけどね。
そのまま新手の菓子売りと思われた俺達。「売ってくれよ」と大人に頼まれ、「お菓子くれなきゃいたずらするぞ!」と子供に脅される。
思わぬ事態に狼狽えてしまったのだが、ここで生まれついての商人カルテイラさんが、爪弾くようにソロバン弾き、背負った太鼓打ち鳴らし、ハリセン振って千客万来呼び込んだ。
「こんだけ騒ぎになった以上売らな収まらんわ! せやけど逆にチャンスや、材料費分は売るで団長はん! 時間稼いどくさかい大急ぎで出店許可貰ってき!」
今からっすか!? と叫んだが、状況はそうする他なくなってしまった。俺は慌てて祭の責任者と有って出店許可を貰う。
当然向こうも困惑したが、経緯を説明したら「初めてのハロウィンだそうだし、年に一度のお祭だから」と快く許可をくれた。
その後祭をのんびり楽しむ予定が一転お菓子売りの騎空団となった俺達。目立つ星晶戦隊達はいるだけで宣伝となり、他の団員も行列をさばくのに大活躍。お菓子は意図せずかなりの量を用意したので、道行く子供達には“試食”の名目で小分けにした焼き菓子を配ってハロウィンらしい事も出来たっちゃあ出来た。一応ね
どんどんリアカーから消えていくお菓子、中でも“チョコレイ島のカカオで作ったチョコ菓子”は、話題を呼びみるみるうちに無くなった。
そして何よりも大変だったのは、見事菓子を売りつくした後呆れた様子で現れたジータ達と出会ってからだった。
イオちゃん達に「何してんのよ」と心底呆れられる中、空になったリアカーを見てジータが「……つまり今お兄ちゃんはお菓子の無い、“無防備”な状態なわけだね」とさらりと言った。
ジータの言ってる意味が直ぐにはわからなかった。だがハロウィンの風習、配るべき菓子無き者の末路を思い出した俺は顔を青ざめさせその場から逃げた。
「あ、逃げた」
「追うよ、ルリア!」
「え、あっ!? は、はい!?」
あの時の後ろから迫る追跡者の走る足音と「トリック・オア・トリートオオォォ!」の叫び程恐ろしいものはない。
逃げながら後方のジータに向かい、菓子買うから待てと交渉を試みたがまるで聞いちゃいなかった。
「菓子なら用意してやるから待たんか!?」
「それも欲しいけど悪戯もしたい!!」
「盗賊かお前は!? いや、待てその手に持ってるの……そのペンキどっから持ってきた!? 何に使う気だ!?」
「トリィィィイイックッ!!」
「だろうな畜生め!!」
その後も追跡は続き更には俺を追う声が増えた。
「悪戯させろ──!」
「そうよ、大人しく捕まれ! アタシにもいたずらさせなさ──いッ!!」
「そうじゃそうじゃ──!」
「走り込みなら俺も負けないぜ──!」
何を思ったのかメドゥ子にのじゃ子にフェザー君が混ざっていた。メドゥ子とのじゃ子は、俺に問答無用に悪戯できると踏んで参加したのだろうが、フェザー君は一番意味を分かって無かった。
その後は……手心は加えてもらった。ほんのちょっぴりだけ。取り合えずペンキだけは、直ぐ落ちる奴にしてもらった。トホホ、である。
そんな俺の初ハロウィンだった。
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六 楽しいハロウィンでしたね……
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「あの時は中々の売上やったなぁ」
ハロウィンの事を話していると、今度はカルテイラさんも話に混ざった。
「かなり好評だったわね、あの店……リアカーだったけど」
「まあ露店やな」
マリーちゃんの言う様にあの時俺達は店を出すつもりは無かった。だから店と言えるのは、ハロウィン仕様のリアカーのみ。それでもカルテイラさんが居たので見事リアカーでも店として機能した。
「村の人にも「是非来年も来なさい!」って言われちゃったからなぁ」
「当然やるで! 思いがけずの露店でアレだけ売れたんや、念入りに準備して挑めば……にしししし……!」
今カルテイラさんの頭には、きっと菓子類が売れに売れる光景が浮かんでるのだろう。俺もやる分には問題はない。それにカルテイラさんの事だから抜かりはないだろうが、それでも皮算用にならない事を祈る。
「わ、私あんな服着たの初めてで……き、緊張したよぅ……」
「何言ってるのセレスト! とっても似合ってたわよ。私の想像以上!」
「そ、そうかな……?」
「そうよ! 今年はもっとオシャレするわよ。夏の水着も考えてあげるから楽しみにしてて頂戴ね!」
「み、水着……!? そ、それはぁ……ひゃぁ~……!」
コルワさんに水着を作ると言われ、その姿を想像したのかセレストは、顔を真っ赤にした。真冬なのに暑そうにしている。まったく、可愛い奴め。
「それにしてもあの時のアンタの顔は傑作だったわね!」
「うるせいやい……」
「オ前顔ガ地味ダカラ丁度良カッタンジャナイカ」
「うるせいやい!」
メドゥ子がケラケラ笑うとティアマトまで来て俺をからかった。水性ペンキで顔に好き放題落書きされた俺の顔は、それはもう酷いものになってしまった。直ぐ落ちるペンキでよかった。次のハロウィンはジータ用に用意しておこう……、もう悪戯は勘弁である。
「ハロウィンが終わってから一気に時間が進んだ気がするなあ……」
「祭が終わったと思えば、年の瀬も目の前だからね。年末もだが、クリスマスも直ぐだった」
「そうか、そう……クリスマスなあ」
コーデリアさんの言葉を聞いて思い出すクリスマスの出来事。あれは去年最後のちょっとした騒動だった──。
■
七 クリスマスメモリーズ
■
島の位置によって気温も季節もバラバラなファータ・グランデ空域でも、年の瀬が迫るとどこの島の気温も下がりだし、場所によっては雪が降り積もり、常冬の島でならより激しく雪が島を覆いだす。
そんな時期に開かれるのが祝いの日“クリスマス”。雪が降る季節に島で最も夜の長い“聖夜”を祝い家族が団欒する夜。この風習は恐らく年末年始に次いで空域の殆どで見られる行事だろう。
聖夜にはサンタクロースと呼ばれる白髭の老人が、トナカイが牽くソリに乗って世界中の眠る子供達へとプレゼントを配ると言われる。と言うか配ってる。
老聖人とも言われるサンタクロース、その存在の謎は多い。何処から着て何処へ帰るのか分からない。だが聖夜に良い子の元には必ずプレゼントがある。その事実があるからこそ人々は、サンタクロースの存在を古より語り継ぎ、信じ、待ち望んだ。
発祥は不明だがそんな逸話が各地に伝わったからか、雪が降り積もるわけでは無いザンクティンゼルでも聖夜を祝う習慣はあった。何時からあるかはわからないが、少なくとも村の老人達の更に上の世代の時からこの習慣は根付いていたらしい。だからこの季節の村は賑わい、数少ない子供達は枕元にプレゼントが置かれるのを楽しみにする。
何よりもプレゼントを贈り贈られるのは、サンタクロースと子供だけではない。愛する人──家族、友人、恋人──その人達に感謝を込め、老いも若きもプレゼントを贈りあう。手作りをする者、高価な品を買う者、形は其々でも思いは同じだろう。
そのためこの時期は、クリスマス商戦とも言われクリスマスに欠かせないプレゼントやパーティーグッズに御馳走を売る商人達があれやこれやと仕入れて売り出す。カルテイラさんもこの時期大忙しであったのを覚えている。まあ商人であるカルテイラさんは、バレンタインもホワイトデーもハロウィンも大急ぎだったけど。
まあそんな事を行う聖夜だが、この時もまた俺はジータから手紙を貰う。
『もうすぐクリスマスだね。雪が降ってる島でパーティして聖夜を皆でお祝いしよう! 聖夜の日までに“地図”の島まで来てね!』
手紙にはそう書かれており、またしてもこの「来てね」に「来ないとわかってるよね?」と言う圧を感じ、気温のせいでは無く酷く身震いした俺は、大人しく地図の示す島へ向かった。
ただ旅に出てから最初のクリスマス、俺もこれは良い機会だと思った。この時点で年の瀬、新年の足音も近くに聞こえる時期でザンクティンゼルとは違うある意味本格的なクリスマスを俺は結構楽しみにしていた。
そしてある日の事、俺達は後日行うパーティー用の食品やオーナメントを買っていたのだが、突然一人の老人が俺達を訪ねて来た。
「失礼、星晶戦隊(以下略)の方ですかな?」
「はい?」
荷物を搬入している時に声をかけられ振り向くと、そこには立派な髭を腰にまで蓄え、赤い服を着たふっくらと優しい顔をした老人が立っていた。
「確かにそうですが、貴方は……あれ?」
「おや、君は……?」
お互い相手の顔を見てしばし記憶を手繰った。そう、俺達は何度か会っていたのだ。
「あっれ!? え、ウソ!? どうしてここに!」
「ああ、やはり君か! いやいや久しいのう」
「いや、ほんと! 今年はもう会えないもんだと」
「うむうむ」
「団長殿、お客様ですか!」
元気なユーリ君が俺達に気が付いて声をかける。その声を聴いてシャルロッテさん達他の団員も何人か集まってくる。
「ジミー殿、そちらのご老人とお知り合いでありますか?」
「そうそう、ザンクティンゼルからの付き合いでね」
「それじゃあ団長さんの故郷の方です?」
「いやいや違いますよ」
「はっはっは!」「ほっほっほ!」と笑う俺と老人。そんな俺達の様子に首をかしげるシャルロッテさん達。
「この人はサンタクロースだよ」
「……ん?」
「だからサンタさん」
「ほっほっほ……どうも皆さん、わしがサンタクロースじゃ」
俺がご老人──サンタさんの事を紹介するとこの場に集まった面々は、口をポカンと開けてサンタさんの事を見たのだった。
■
八 サンタクロースの正体は、サンタクロースでした
■
もう何年も前の事だ。俺はザンクティンゼルで聖夜を楽しみに待っていた。だが一つ問題があった。ジータが寝ないのだ。
「サンタさんに会うの!」
そう言ってジータは、コーヒーを飲んだりしていた。彼女は聖夜の時こうやって何が何でも寝ようとしない。寝ない、断固として寝ない。とにかくサンタクロースに会いたいと駄々をこねるのだ。
気持ちはわかる。サンタクロースに会いたいと思う子供は、空に溢れているだろう。皆聖夜の聖人に会いたいと思うに決まってる。
が、しかしサンタクロースは“眠った良い子”の下に現れプレゼントを置いていくのだ。このままでは、ジータはプレゼントを貰えない。それはよろしくない。
なので俺はこの時期になるとサンタクロースが来るであろう時間になるまでに、彼女と外で鬼ごっこ等で遊び抜き、疲れた体が冷えない内にビィと協力し風呂に入らせ、ホットミルクなど眠りを誘う食事を与え、聖夜の御馳走で腹が膨れたタイミングでフカフカのベッドに横にさせ、穏やかな子守唄を歌ってサンタクロースの事を適当に誤魔化し寝させる事が重要な仕事だった。
そしてこれら全てが終わる頃俺は、ジータ以上に疲れ果てジータの家から倒れそうになりつつも自室へと戻るのが恒例だった。
だがある年のクリスマス、その時もジータを眠らせる事には成功したのだが、俺自身は自分の家に戻る体力を失っていた。
疲れ果てた俺は、自室に戻らずジータの家のソファーでグッタリとしていた。この時間となると聖夜とは言えここは田舎の小さな島、夜になれば子供でも当然皆寝静まる。そんな聖夜で両親不在の彼女の家は、とてもしんとしていた。一人と一匹が住むにはその家は広くそのために聖夜の静けさがより際立っていた。
自分の家に戻らないと──体を起こそうとしたが、ついに俺は限界が来てしまいそのままソファーで眠りに落ちてしまった。だがソファーに座ったままでの眠りは浅く俺は不意に聞こえた足音で目を覚ました。
「う、ううむ……ジ、ジータか……?」
「おやおや、起こしてしまったかのう?」
「…………誰ッ!?」
目の前に居たのは、赤い服に立派な白髭を蓄える老人だった。思わず叫ぶが、老人は焦らず騒がずそっと指を口にそえて「しー……」と言う。
「これこれ、大声を出してはジータちゃんが起きてしまうぞ?」
「む……」
「ほっほっほ、一先ずプレゼントを置いてくるとしよう、少し待っていておくれ」
そう言うとその老人は、ゆったりと大きなプレゼント袋を担ぎジータの寝室へと入って行った。女子の寝室に侵入する老人、と言うとヤバイ感じだが俺は不思議と危機感を感じなかった。それは「この老人ならばそうして当然だ」と言う安心感を感じたからだ。
これが俺達の初対面、サンタクロースとの出会いである──。
「──んで、その後俺ん家でちょっとお茶したのよ。したらサンタクロースって言うから、まあ驚いたよね」
「ジータちゃんは、尋常じゃなく気配に敏感でなぁ。彼が遊んで眠らせないと家に入った瞬間ワシに気づいてしまうんじゃよ。だから毎年助かっていたんじゃ」
「それ以来何度もジータが寝た後クリスマスに会ってさ。けど俺も島も出ちゃったし、今年は会えないと思ってたんだ、いやあ嬉しいな」
「……当たり前のように言うけどさ団長」
「うん?」
「この人が“サンタクロース”?」
マリーちゃんがとてもサンタさんの事を怪しんでいたのは印象的だった。
「何処からどう見てもサンタさんだよ?」
「何処からどう見てもサンタだから怪しいのよ」
なんか尤もな事を言われてしまった。この時マリーちゃんだけでなく団員の中にサンタさんの事を疑う人は少なくなかった。一方でサンタさんを目の前にして目を輝かせる人もいる。
「ふわぁ……! ほ、本当にサンタクロース殿であります!」
「ほっほっほ……。シャルロッテちゃんは……いや、もうシャルロッテ“さん”と言うべきじゃな。うんうん、とても立派に成ったのう」
「じ、自分を知ってるでありますか!?」
「勿論じゃ。君が毎年ワシの事を待っていてくれたのをよく覚えておるよ。枕元にお礼の手紙を書いて置いてくれた事もあったのう」
「か、感激でありますぅ~~……っ!」
「勿論他の人達も覚えておる。色んなプレゼントを用意してあげた……皆本当に立派に成ったのう」
サンタさんは全ての子供の憧れ、そしてサンタさんにとってこの世界全ての子供達は愛すべき友達。全ての子供を知っており、かつて子供だった人を覚えている。サンタさんを知らない人は居ない、そしてサンタさんが知らない人もいないのだ。
「……なんかまだ腑に落ちないけど、まあいいわ」
「ほっほっほ……騒がせて申し訳ないのうマリーちゃん」
「……あたし、まだ名前教えてない……」
「やっぱ本物なんだよマリー」
「ええ~……」
「それよりサンタさん、今日はなんの御用ですか? 会えるのは嬉しいけど、まだ聖夜には早いのに」
「うむ……実は折り入って君に頼みたい事があるんじゃ」
「頼み、ですか……?」
サンタさんが話し出したのは、ある島で困っている人達が居ると言う話だった。
その島は小さな雪の降る島なのだが、別に魔物などで困っているのではない。だがどうやらその島でのクリスマスが、極めて味気ないものになるかもしれないと言う問題が起こっていると言うのだ。
聖夜の御馳走に欠かせないのは、甘いケーキであるのは多くの島で共通している。その島でも勿論そうなのだが、小さくほぼ年中雪に覆われた島では農業が難しく小麦粉などの多くは輸入品に頼っている。なので特にケーキを作るような祝いの時期は、多めに小麦粉を持ってきてもらう事が恒例なのだが、去年の冬の時期不運にも手に入った小麦粉などの数が少なくなってしまったのだ。
原因はエルステ帝国によって空域内での情勢が混沌としていたためである。過激な侵略を続けるエルステ帝国の活動圏内を避けるために各地の貿易ルートの状況は不安定となり、特に小さな島への輸出は不規則になっていた。
一応その島は一切自給自足が出来ないわけでも無く蓄えもあり生死に関わる事態では無かったのだが、御馳走を用意し聖夜を祝う余裕がなくなっていたのだ。
大人は勿論子供達は、聖夜に美味しいクリスマスケーキが無い事をとても残念がった。そしてそれを知ったサンタさんは、何とか出来ないかと悩み俺達を訪ねたのだ。
「しかしなんでまた俺達に?」
「この事をよろず屋さんに相談したら、君達を頼ると良いと言われたんじゃ」
「シェロさん……」
あの人はサンタさんとも知り合いだった。なんなんだあの人。
しかし話は分かった。サンタさんらしい相談でどこか俺はホッとした。クリスマスが近づく中でサンタクロースの頼みを断る等誰が出来ようか。これは依頼ではない、俺はサンタさんの“頼み”を聞くことにした。
「つまりは、その島で無事クリスマスを祝えるように御馳走、特にケーキを用意してあげればいいわけっすね?」
「うむ、その通りじゃ。君達も聖夜の予定があって申し訳ないのじゃが、どうじゃろう……頼めるかのう?」
「お任せあれ、俺とサンタさんの仲じゃないですか!」
「ありがとう! 君達になら安心して頼める」
俺の返事を聞いてサンタさんはとても嬉しそうだった。
また頼みを受ける理由はもう一つあった。その件の島と言うのがジータが待ち合わせに指定した島だったからだ。
何故小さなその島で待ち合わせを? 普通そう思うかもしれないが、その島はノース・ヴァスト程ではないがファータ・グランデ空域の北に位置しており、かと言って吹雪いたりもせず天候も安定しており美しく穏やかなホワイトクリスマスを過ごす事が出来るため、旅の最中に聖夜を迎える騎空団などがゆっくり落ち着いて聖夜を祝うため立ち寄る事がある。ザンクティンゼルの雪国版と言った感じだろう。
ジータはその話を聞き、そしてその時彼女と俺達が落ち合うのに丁度良い位置に島があったためにその島を待ち合わせの場所に指定したのだ。
サンタさんと出会ってから直ぐにその島へ移動した俺達は、島唯一の村に辿り着いた。既に村ではクリスマスに向けて飾りつけが行われていた。民家さえも煌びやかに装飾がされ、夜になれば魔法のランプでライトアップもされる気合の入れようである。
村自体は特別名所と言うわけでは無いが、それでも自分達も楽しく過ごすために、そしてこの特別な時期に村を訪れてくれた人のための飾りだ。
一先ずサンタさんの言っていた事の確認をしようと村長に会う事にした。急に訪ねた俺達を村長さんは、快く歓迎してくれた。そして直ぐに材料が足りない所為でケーキが作れないと噂で聞いたと言うととても驚いていた。
「な、何故その事を?」
「えっと、実は困ってる人達がいるから助けて欲しいって頼まれまして。ちょっとお話を聞かせてもらえませんか? まあお節介かもしれませんが、手助け出来る事があれば手を貸しますから」
「な、なんと……!」
手助けに来た事を話すと村長は更に驚いた。それもそうだろう、特にこの事はどこかへ依頼として出したわけでも無い。村長さんから見れば、俺達は風の噂で困ってる人が居ると聞いて助けに来たお人好し集団だろう。
だがお人好し、大いに結構である。
「この雪に覆われた島で聖夜は特別です。普段食べれない御馳走を用意して皆で楽しむ祭でもあります。特に子供はそれを楽しみにして……。村の子供達は、皆良い子ばかりでケーキが用意出来ないと知っても文句一つ言いません……しかし、だからこそ辛いのです」
村長の家族にもお孫さんに小さな子供が居るらしく。その子の事を思うと申し訳ない思いで胸が痛むと言う。
大人を不安にさせまいと我儘を言わないように努める子供、それを見て胸を痛める大人達。確かにサンタさんが不憫に思うのも無理はない。
「任せて下さい、ケーキは俺達が作りましょう」
俺は荒事は嫌いだがお菓子作りは大好きだ。……本業では無いが。
この為に材料はたっぷり買い込んだ。それにまだチョコレイ島のカカオ豆が残っていたのだ。やるなら盛大にやってやろう。俺達は行動を開始した。
■
九 All I Want For Christmas Is……?
■
星晶戦隊(以下略)が島に来た後聖夜の日に現れたジータ達は、島に着いてから実に奇妙な光景を目にする事となった。
雪は積もり気温は寒いが降雪は無い聖夜、村の広場に大きなテントが立てられておりそこに村の住民が集まり寒さも忘れワイワイと賑やかに過ごしていたのだが、その中心の集団が見知った者達だったのだ。
「さーさーッ! 世にも珍しい星晶獣の作った美味しいケーキやでぇ!」
「と、特製チョコレートケーキもありますよぉ~……」
景気よく住民達を呼ぶカルテイラ、その横でクリスマス衣装でモジモジとしつつ呼び込みをするフェリ。
「さあ、そこのお嬢さんもお一ついかがかな?」
「どれもとことん美味しいケーキばかりですっ!」
コーデリアとブリジールの二人がサンタとトナカイの衣装で切り分けたケーキを子供達へ配る。
「大人のみんにゃには、こっちのラム酒たっぷりのパウンドケーキもおススメだにゃ~! ……ぅひっく!」
「なんでもう酔ってんのよ!? まさかあんたつまみ食……いや、つまみ飲みしたんじゃないでしょうね!?」
アルコール入りケーキの試食品を配る千鳥足で配るラムレッダとそれを慌てて追いかけるメドゥーサ。
「こちらにはケーキ以外のお食事も用意してあります! どうぞ食べて行って下さい!」
「タンセイコメテ (w´ω`w) ツクッタヨォ」
ユーリが大きな七面鳥の丸焼きを切り分け、残ったガラを使いコロッサスがスープを温める。
「うんっ! とっても似合ってるわよ、まるでお姫様ね! 聖夜にピッタリのドレスだわ!」
「こっちのぉにーちゃんも、バッチリきまってんねぇー☆ 王子様みたぃでちょーカッコぃぃよっ!」
コルワとクロエが村の子供達を特製の衣装で着飾ってあげている。
「おっとッ! やるなお前達! こっちも反撃だ──っ!」
「いよっと! さあこっちのが胴体だ、そこにその頭乗せちまいな」
「飾りもあるから、みんなで色んな雪だるまをつくろう」
フェザーが村の子供達と雪玉を投げ合い、B・ビィとゾーイは子供達と雪だるまを作っている。
星晶戦隊(以下略)の団員達が全員総出で村の聖夜を祝っていたのだ。
「おいおい、こりゃ何事だよ……」
「ミンミンミーン! ミンミンミーン! ミンミンミーンミミーン!」
「うん……? うおっ!?」
「あ、ラカムさん」
村の賑わいに驚いていたラカムの耳に陽気な歌声(?)が聞こえて来た。何かと思いその声の方を見ると、そこにはソリ型リアカーを引いてるトナカイ衣装に赤鼻を付けた団長と、彼の周りをクルクル回るサンタ坊を被ったミスラ、そしてソリ型リアカーに乗った聖夜の衣装に身を包んだカリオストロがいた。
「あ、兄貴? それと、カリオストロ?」
「ようビィ久しぶり」
「ヤッホー、トカゲさん☆ メリークリスマス!」
「ミミーンミミミンミッ!」
「お、おう……ミスラも久しぶり。いやそれよりも、その格好」
「……余興だっておっさんに無理やり着せられた」
「カリオストロは、団長トナカイさんを従えるぷりてぃサンタさんだぞ☆」
「いや、そうじゃなくて」
「ほら、カリオストロの可愛さって最早それが世界にとってのクリスマスプレゼントみたいなところあるから……ね☆」
「ね、でもなくてよぅ……」
「お兄ちゃん凄い似合ってるね! カリオストロもとっても可愛いよ!」
「ジータお姉ちゃんありがとぉ~! カリオストロ嬉しい!」
「……俺は喜んでいいのだろうか。まあいいけど」
「それよりも坊主……こりゃ、何事だい?」
「ああ、これは──」
団長はジータ達にこの経緯を説明した。サンタクロースの事は誤魔化しながらも、聖夜を祝えない人達を助けに来たと言う事を言うと、ジータはそれに感動したのか自分達も手伝うと言いだした。
「このままみんなで聖夜のパーティーだよ!」
そうしてそのままジータ達も交えての大きな祭となった小さな島の聖夜のパーティー。その村始まって以来一番賑やかな聖夜のパーティーに誰もが喜び、子供達は疲れて眠ってしまうまではしゃぎ倒した。
「ありがとうございました……。子供達もあんなに喜んで、なんとお礼を言って良いか」
子供達が眠る頃、村長だけじゃなく村の大人達に団長達はお礼を言われた。団長は「サンタクロースに成れたみたいで楽しかった」と言って満足げに笑った。
団長達はエンゼラにジータも連れて戻り、残りの聖夜の時間を食堂で二次会を開き過ごす事にした。残った料理を食べながら各々用意したプレゼントを交換したり、大人達は酒を飲んで賑やかに語り合う。
村でのパーティにも負けない賑やかな様子を見てほほ笑む団長。少し疲れた彼は、食堂の窓際でホットココアを飲んでいると外から鈴の音が聞こえて来るのに気が付いた。
窓を開けて空を見上げてみれば、夜空を一台のソリが飛んでいくのが見える。すると夜空からしんしんと雪が降り始めた。月の光がゆっくりと降りて来る真っ白な雪に反射し、まるで宝石が空から降ってくるようだった。
「わぁ! 雪、雪だよお兄ちゃん!」
それに気が付いたジータが団長の元に駆け寄った。他の団員達も同様に降り始めた雪をみてその光景に心奪われた。
きっとこれはサンタクロースからのプレゼントだろう、団長は直ぐにわかった。
「メリークリスマス」
ココアで乾杯の動作をしてこの日一番の功労者へ向け聖夜の祝いの言葉を告げる。また来年も会いましょう、そう思いを込めて。
■
十 楽しいクリスマスでしたね……
■
クリスマスの事を思い出すと村の子供達の笑顔も頭に浮かんできた。あの笑顔を見れただけでサンタさんの頼みを聞いて良かったと思う。
しかし同時に去年の一年間を思い起こして気が付いた事がある。
「……なんか俺去年お菓子作ってばっかだったな」
「何時でもお菓子専門店に開けるな相棒」
B・ビィにそう言われるが複雑な気持ちだ。忘れそうになるが俺は、星の島イスタルシアを目指しているのである。ちゃんとそう言う活動してるからね、ええちゃんと。別に全空一の菓子職人になろうとしているのではない。
「最近じゃ「お菓子作りは星晶戦隊(以下略)」とか噂で言われてるし……色んな島のイベントで料理出してくれとか屋台出店の依頼貰うけど、俺達お菓子屋じゃなくて騎空団だってわかってんのかな……」
「わかってんじゃねえの? 騎空士もやってるお菓子屋みたいな感じで」
「お菓子も作ってる騎空士なんだよ! ……いや、それも違うけど!」
俺は騎空士なんだ、誰が何を言おうと騎空士なんだ。
「だ、大丈夫だ団長。団長は何時も頑張ってるじゃないか。ちゃんと皆騎空士として団長を頼っているさ!」
「フェリちゃん……っ!!」
ほらこの騎空団の良心よ。B・ビィとは違うのだよ、B・ビィとは。
「まあアンタにお菓子作りの依頼が来てる事には変わらないけどね」
「言うなよ……」
メドゥ子に指摘され直ぐに現実に戻された。
「まあ精々今年も腕を磨いてお菓子を作る事ね。アタシのためにっ!」
「あと妾のために!」
「このお菓子ギャング共め……!」
今年のハロウィン要注意人物だからなメドゥのじゃコンビは。取り敢えずジータ共々真っ先にお菓子渡していたずらを封殺せねばなるまい。
「なら私も期待しておこうかな?」
「コーデリアさんまで……」
何やら嬉しそうなコーデリアさん。そんなにお菓子好きだっけ?
■
十一 おめでとうございます
■
過ぎた一年が妙にお菓子ばっか作っていた事を自覚していると、そろそろ日の出の時間となってきた。
「さてそろそろだ。日の出はあっちだからな」
「……人間共がみーんな同じ方向見てるわ。変なの」
俺達だけじゃなく、他の人達も日の出の瞬間を見逃さないように日の出の方角を向いている。メドゥ子の言う通りそれはちょっと不思議な光景かも知れない。しかしこれも風物詩と言うものだ。
「人にとって新しい年の始まりを自覚できる良い機会なのだ」
「日の出見なくったって新年は新年よ」
「そう言う事じゃないのさ」
星晶獣の感覚では、人の時間の感覚は刹那的だ。だから人が行う節目の行事と言うのが理解出来ないのかもしれない。
「お前も今の気持ちで日の出見たら今までとは違って見えるんじゃないか? 初めてだろう、こんな賑やかに新年迎えて日の出見るの?」
「そうじゃぞメドゥ子。人の風習に従って自然を楽しむと言うのも“風流”と言う物じゃ」
「そうかしら……」
「まあ見りゃわかるさ……フウゥ」
しかしメドゥ子ほどじゃないが、確かに今日は底冷えする寒さだ。夜が明ければ多少は暖かくなるだろうが、艇に戻ったら暖かい飲み物を淹れよう。
「……何よアンタ、寒いの?」
「あ? いや寒いってわけじゃない、今日は冷えるなって思っただけ」
「寒いんじゃないの、コレ返すわよ手袋」
「いいよ別に、辛いわけじゃないし」
「むぅ……」
ザンクティンゼルでばあさんに弱体効果付与への耐性を付けるため“凍結”付与されたまま一日放置された事に比べれば何と言う事は無い。
だがメドゥ子は不満げだった。すると彼女は、不意に片手の手袋を外すとその手で俺の片手を包むように握りしめ、そのまま俺の腕も包むように体を密着させた。
「……それじゃお前が手冷えるだろ」
「こ、こうすればアタシも暖も取れるし、アンタも冷たく無いでしょ」
「おいおい……」
「いいから! ……大人しく握られなさい。アンタ達人間なんてね……あれよ、油断すると簡単に風邪ひいちゃうんだからね。アンタは、その……団長なんだから、それは困るでしょ……」
「……ん、わるい」
「謝んないでよ……馬鹿ね」
手袋で温まっていたのか、小さなメドゥ子の手は思ったよりも暖かい。
「……では反対側は、私が温めよう」
「え?」
すると反対側に立つコーデリアさんが何を思ったのか、メドゥ子と同じように空いていた俺のもう片方の手を握りしめ、そのまま俺の腕を包むように体を寄せた。
「……あの、コーデリアさん?」
「折角だから両方温めた方が良いだろう?」
「いや、そう言う事で無く……」
「ふふふ……君は暖かいな」
心なしか顔が赤く見えるが……まあ暖かいのは確かだ。その代わり両サイドから体を固定され身動き出来ん。
「団長殿! あちらを!」
「お?」
俺が身動きが取れないでいると、ユーリ君が興奮気味に空を指さした。周りの人達もそちらを見れば、夜の暗闇が徐々に晴れて行く。水平線から眩しい光が昇る。
朝日が昇る。新たな年最初の太陽、初日の出だ。
暦では年が明けたのはわかっていても、これを見るとやはり改めて新年を迎えれた喜びを感じた。
太陽の姿が半分以上出てくると周りでも歓声を上げる者、朝日を拝む者、人其々で色んな反応があった。
「綺麗だねぇ……」
「……そうね」
「お?」
「あ、ちが!?」
眩しさに目を細めつつその神々しい光を浴びながら思わず言葉が漏れる。するとメドゥ子もまた俺の言葉に答えてくれた。きっと思わず答えてしまったのだろう、俺が意外そうな顔をすると、彼女は気恥ずかしいのか顔をブンブンと振った。
「ま、まあまあって言う意味だから!? 勘違いしないように! いいっ!?」
「わかってるって……けど、来て良かったろ?」
「……ふん」
それ以上は何も答えず、メドゥ子は朝日を眺めていた。ただ意趣返しのつもりなのか少し強く俺の手を握り絞めた。少し痛い。
しかしふと思う、この時間がどれ程平和で素晴らしい事なのかと。
俺の周りには、コーデリアさん達がいる。そしてティアマト達もいる。人ではない存在が俺の周りに当たり前のように集まり人と語らう。
星晶獣とは神秘の存在……のはずだ。俺はそんな印象もう微塵も無いが──しかしそれは星晶獣でも変われると言う事なのだろう。神秘も良いが共に生きる事が出来るのも悪くない、ティアマト達と出会ったからそう思える。口には出さんけど。
「今年も頑張るかぁ……」
俺が嫌がってもどうせ新しい星晶獣がトラブルと共に来たりするだろう。妙な生い立ちや事情を抱えた人が仲間になったりするだろう。
なら新年の抱負は「頑張る」だ。諸々全て、俺に降りかかる災難全部まとめて頑張って受け止める。そうする事にする。
まあ嫌なもんは嫌なので普通に弱音は吐く。俺だって人間なんだい、弱音を吐いて何が悪い。
「さぁて、そろそろジータと合りゅ──」
「おにぃ────ちゃんっ!! み──っけっ!!」
「げべらぁ!?」
「団長殿ぉ──!?」
「あ、兄貴ぃ──!?」
背中に突如衝撃が走る。俺が悲鳴を上げるとユーリ君とビィが叫ぶ。そして鋭く重い衝撃、背骨がどうにかなりそうなこのタックルとこの声は間違いない。
「ジ、ジータ……人込みで背中にタックルは、危ないからやめなさい……」
「えへへ、ごめんね!」
返事だけは良いなこのリーサルウェポン。
両サイドからコーデリアさん達に捕まれてなかったら倒れてたろう。偶然とは言え助かった。
「それよりもお兄ちゃん、初日の出すっごい綺麗だね! ザンクティンゼルで観るのとはまた違って見えるの!」
「そうだな、あたた……」
「兄貴平気か……? 結構勢いあったけど」
「ああ、なんとかな……」
「んもう、ジータったらお兄さん見つけたからって走らないの!」
「なんか大型犬みたいだったな」
「犬扱いは酷いよラカム!?」
突撃して来たジータに遅れカタリナさん達も俺達と合流できた。一気に二つの騎空団が合流して、更に賑やかで大きな団体に変わる。
「やれやれ……それじゃあ初詣に行きますかね」
「うんうん、そうしようそうしよう!」
「初詣の後だけどどうする? 俺“おせち”用意してあるけどエンゼラ来るか?」
「良いの?」
「多めに作ったからな。そっちに予定が無ければ」
「いくいく! 勿論行くよ!」
「それならこっちからも料理持参すっか」
「そりゃ良い。なら俺は酒でも持ってこうかね」
「おしゃけなら幾らでも歓迎にゃ!」
「ラムレッダ殿、あまり新年から飲み過ぎはいけないでありますよ?」
「にゃはは、シャルロッテちゃんはお堅いにゃ~。しぇっかくのお正月なんらから、美味しいおしゃけを飲みまくるのも立派な正月の風物詩ぃ……」
「…………」
「にゃあっ!? だ、団長きゅんがゴミを見るような目を!?」
ラカムさんやオイゲンさんの話に乗っかり新年早々飲む気満々のラムレッダ。そしてそんな調子で吐きまくった去年一年。まるで学習していない。
「……今年ラムレッダの酒代は、大幅に削る方向で」
「ぴにゃぁ!? お、お許しを!? ちゃんと自重しますにゃ、飲み過ぎにゃいように頑張るからそれだけは、どうかそれだけはぁ~……!!」
「それ去年何度も聞いたぁ……」
「今度はほんとだから、ほんとのほんとにゃぁ! 鉄よりも固い決意だから、新年の抱負だからぁ~! だから、だからお許しをぉ~~……!」
腰にしがみ付くラムレッダを引き摺りながら皆で移動する。
どうせこう言ってもアルコールの香りを嗅いでしまえば、そのゴムの様に柔らかい“鉄の決意”も簡単にブレブレにぶれるだろう。それはもうブレブレに。
まあオイゲンさん達も来るなら、禁酒の話題など野暮だろう。追加で肴を作った方が良いだろうが、それと一緒にバケツを用意しておこう。被害は最小限に抑える。
「人間って愚かね~」
「それもまた愛らしい人の一面かもしれんのう」
そんなラムレッダをメドゥ子達は、呆れながらも生暖かい目で見守っていた。
「新年早々、こんな調子かぁ……」
「はっはっは……私達らしい一年の始まりだね団長」
「そんな笑ってぇ……」
「ふふ……改めて、新年おめでとう団長。今年もよろしく」
何時の間にやら日は更に昇り、朝日が俺達を照らす。その日の光を浴びながら団員達はこの後何を食べるか、何を飲むかとワイワイ賑やかだ。
確かにコーデリアさんの言う通り、俺達らしい一年が始まったのだ。ならば言おう、俺だけでなく、仲間皆に幸多い一年になるように祈りも込めて。
「新年、あけましておめでとうございます」
あけましておめでとうございます。新年のご挨拶が遅くなり申し訳ございません。
本編オマケ用の小話的に新年の短編を書いてたらこうなりました。去年書けなかったバレンタインとかの奴を詰め込んでます。
その内ちゃんと一行事一話でまとまった話にしたいです。
クリスマスと言うと――とある島にある高層ビルに来た団長、だがそのビルは突如テロリストに占拠されてしまう。丸腰で孤立無援の団長は、果たしてテロリストを倒し人質を解放する事が出来るのか――みたいなのをやってみたいですけどね。登場してないけどベアトリクスとか混ぜて。世界一不運な二人が騒動を呼ぶ!
ドロッセルの声優さん、ほんと年々演技が上手くなってて凄いわ。
ちょちょいのジョイやで! ゴーン!!