俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

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キャラ崩壊と二次創作独自の設定や解釈があるのでご注意ください。

また特にイベント【リペイント・ザ・メモリー】のネタバレ、登場人物のキャラ崩壊等があるため、ご注意ください。


Repaint the Nightmare (後編)

 

 ■

 

 一 姉弟

 

 ■

 

 団長達による奥義の連撃によってオネイロスは、悪夢の力を使い果たし地へと伏せていた。その姿は、オネイロスのものから変わりヴェトルの姿へと戻っている。

 倒れてはいるが意識はあるらしく「うぅ……」と弱々しくも呻き声が聞こえている。その様子をラムレッダが心配そうに見ていた。

 

「落ち着かせれたかしら……」

「無力化は出来たと思いますけどね。あの靄も晴れてるし」

 

 団長が辺りを見渡すとオネイロスから発せられていた悪夢の靄が消えていた。

 

「しかしこれは……随分無茶苦茶だ」

 

 B・ビィのエネルギー弾に団長達による奥義の連発、それらの影響でここ一帯の景色は様変わりしてしまった。元々摩訶不思議な景色であった回廊ではあるが、地面は抉れ吹き飛び、あるいは隆起し、更には大きな亀裂が走るなどして足元が酷く不安定になっていた。

 

「道中落とし穴はあったが、これは特に底無しだな……落ちたらヤバそうだ」

 

 亀裂で出来た穴を見て冷や汗を流す団長。別に高所恐怖症だからではない、彼は何かとよく落ちるためこのような亀裂や穴が苦手だった。

 

「姉さんの暴走で回廊自体が僅かとは言え悪夢化した影響もあると思います」

 

 常識の通用しない回廊とは言え異様な崩れ方をした理由を、オネイロスの力によるものと考えたモルフェ。実際広がる穴から見える底無しの暗闇の放つ雰囲気は、彼らが見て回った悪夢のようであった。

 

「実際落ちたら本当に戻れないと思います。悪夢の影響で出来た穴ですから気を付けて下さい」

「ひえっ」

 

 現実とは違う異空間である回廊の崩壊は、ただ地面が割れ穴が開いた程度ではない。存在するかすらわからない“底”に向かい落ち続ける事さえあり得る。モルフェの忠告に団長は、肝を冷やした

 

「……この場所も暫く不安定で危険です。形を変えながら少しずつ元の回廊に戻ると思います……元々決まった“形”なんてないですけどね」

「だからこそどう戻ろうとするのかわからんわけか……恐ろしいこった。それなら長居は無用だな」

「……で、アイツはどうするつもりだ?」

「う~む……」

 

 カリオストロが指さしたのは、地面に倒れたままのヴェトルだった。団長は少し困った様子で、改めてヴェトルを見る。

 

「……話せるかなヴェトルちゃん?」

「……」

 

 団長話しかけられたヴェトルは、立ち上がる気力がないのか黙ったまま体を少し起こす。もうとても戦える様子ではなかった。

 

「姉さん……ッ!!」

「来ないで……っ!!」

 

 その痛々しい姿を見たモルフェは、思わずヴェトルへ駆け寄ろうとする。だが直ぐにヴェトルが叫びモルフェを拒んだ。ビクリとしてモルフェは止まる。

 

「はあ……はぁ……。 ま、負けた……負けたのね、私……」

 

 荒い息を吐きふらつきながらもやっとのことで立ち上がるヴェトル。彼女は何を思ったか、そのまま団長達からすぐ離れようとした。対して団長は「おいおい、待て待てヴェトルちゃん」と慌てて止まるように呼び掛ける。

 

「無理に動いちゃいかんよ、もう動くのもやっとだろ」

「ふ、ふふ……そうよ。もう動くのがやっと。悪夢さえ……もう、生み出せない……」

「だったら」

「黙ってよ……何をしたって私の勝手」

 

 勝手と言うが今ヴェトルになにかする気力は微塵もありはしなかった。あえて言うのであれば、おそらく一人になりたかったのかもしれない。団長達を忌々しく鬱陶しげに見る瞳がそう思わせる。

 

「それとも……私が他の星晶獣みたいに仲間になると思った……? ふふふ……冗談じゃないわ……あんな、仲良しごっこに……誰が……。それより私を倒せて満足でしょ? 清々したんでしょ……? 帰ればいいじゃない……モルフェを連れて勝手に目覚めればいい……!!」

「いや君も一緒に……」

「ほっといて……っ!!」

 

 団長の言葉も聞き入れず、取り付く島もない態度に困って頭をかく団長。その代わりに言葉を続けたのは、モルフェであった。

 

「姉さん、もう終わったんだよ!! 一緒に戻ろうよ……っ!!」

「戻る……? 戻るってどこに? あの一人ぼっちの世界に? は、ははは……!!」

 

 モルフェにも一緒に戻るよう言われたヴェトルだが、今度は拒絶だけでなく乾いた笑い声で返事を返した。

 

「あなたは、あなたは良いわ……もう、一人じゃないものね? 受け入れてくれる人もできて、お人形じゃなくなって……さぞ幸せでしょう? ねえ!?」

「そ、そんな事……」

「私は、捨てられたら……ずっと一人だった。なのにあなたは、私に捨てられても……一人じゃない……」

 

 モルフェを睨むヴェトルの瞳には、その言葉に反し怒り以上の羨望があった。

 

「バカみたいだわ、私……。星晶獣を……仲間なんて言う奴に、同じ思いを……辛い悪夢を見せてやりたかった……。なのに、結局惨めなのは……私だけ……」

 

 よろよろと空なのかさえわからない回廊の上層を見上げるヴェトルは、一言「疲れちゃった……」と寂しそうに呟いた。

 

「違う、違うよ姉さん、もう姉さんだって……!!」

「違わない!! 私は……っ!! 私は……現実でも夢でも……ずっと一人ぼっちっ!!」

 

 ヴェトルが団長達から離れようと更に後ろへと下がる。

 ──この時、ヴェトルの一歩によってその足元に無数の亀裂が走った事に気づけたのは、ヴェトルを除き誰よりも回廊に熟知しているモルフェ一人だった。

 悪夢化によって不安定となった回廊──モルフェに悪寒が走る。「止まって」と言う言葉は出なかった。姉はその言葉を聞かないだろう、意味がないと直ぐに判断したのだ。その代わりモルフェは、まるでその場で弾けたかのような勢いで駆け出した。悪寒と同時に感じた直感、どうすべきか自分の意思のままに彼は動いたのだ。その突然の行動に、彼以外の誰もが驚いた。

 

「と、止まりなさ──」

 

 ヴェトルが驚いたまま何度目かの拒絶の言葉を言おうとする。だがその言葉を言い切るよりも先に、あるいはかき消すように鳴り響く激しい崩落の音。そして上下の感覚がほとんど無いはずの回廊にも拘わらず明確に感じる“落下”の浮遊感がヴェトルを襲った。

 

「あ──」

 

 悲鳴を上げる間もなかった。脆く不安定となった回廊深層の地面、無数に走った亀裂が一気に崩壊し大穴となったのだ。

 ヴェトルがそれに気付いた時、既にその身体は瓦礫と共に宙へと浮いていた。

 

(落ちる──どこ──? 底、見えな──)

 

 消耗しオネイロスとしての力を使えない今のヴェトルは、回廊内を浮遊する事も出来ず、急な落下を防ぐ事は出来ない。

 彼女は星晶獣、決して命を落とす事はないだろう。だが底の見えない、正に奈落の底に落ちた時、果たしてオネイロスの力を使えたとして何時脱出できるのか? そもそも“落ちる”事ができるのか? あるいは、脱出しようなどと言う気力が彼女に残っているのだろうか?

 その疑問の答えを彼女自身が知るのは、落下した後の事となる。

 

「──姉さんっ!!」

 

 ──落下すればの話であるが。

 

「……モルフェ?」

 

 浮遊感を感じてすぐ、落下の感覚が止んだ。完全に落ち行くものと思っていたヴェトルは、数秒呆然としてやっと穴に落ちた自分の手を掴むモルフェを見た。

 亀裂に気が付いた時点で駆け出した彼は、自身までも穴に落ちるような勢いのままヴェトルの元に滑り込み、腹這いになりながら手を伸ばし落ち行く姉の手をギリギリながら確と掴んでみせたのだ。

 

「うぅっ!!」

 

 小さな体で出せる力を出せる限り込めヴェトルを引き上げようとするモルフェ。だがそれでも支えるのがやっとだ。

 

「モルフェ、あなた……なにして……」

「ね、姉さん……そっちの手も、伸ばして……!!」

 

 まだ状況を飲み込み切っていないヴェトルだったが、自分を支えるモルフェの周りにも新たな亀裂が出来ていくのに気が付く。直ぐにもモルフェの周りも今起きたように崩れるだろう。

 

「ダ、ダメ……離しなさい……っ!!」

「嫌だっ!!」

「あなたまで落ちるわっ!?」

「嫌だ……っ!!」

 

 咄嗟にヴェトルから出た言葉は、モルフェを案じるものだった。なぜ今更そんな言葉が出たのか彼女自身もわからない。だが「自分諸共モルフェが落ちる」と感じた時そう言わずにはいられなかった。

 だがモルフェは譲らない。より一層ヴェトルを握る手に力を込めた。しかしヴェトルだけでなく、モルフェもまた幼い子供の体である。ヴェトルを支え続けるには、どうしても力が足りなかった。それでも絶対にその手を放そうとはしない。

 

「見捨てるもんか……っ!!」

「モ、モルフェ……」

「絶対に見捨てるもんかっ!!」

 

 モルフェが叫びヴェトルを引き上げようとする。だが力を込め引き上げようとしたためか、モルフェの周りの亀裂が更に広がってしまった。二人の体重を支えきれなくなった地面は、そのまま激しく崩れ始めた。

 

「わああぁぁ──っ!?」

 

 もはや絶体絶命、モルフェもこのまま落ちるのかと思われた──その時。

 

「そのまま手を離すなっ!!」

「ウロボロスッ!!」

 

 モルフェの時以上の勢いで今度は、団長が二人に向って飛び込んできた。彼はそのまま落下する二人を両手で力強くつかまえた。

 それとほぼ同時に団長の背後から現れたのは、カリオストロが呼び出したウロボロスだった。ウロボロスは、大きな口を開きなんとそのままヴェトル達を掴んだ団長の下半身を咥え込んだ。

 

「だ、団長さ……!?」

「衝撃備えて!! ぶつかぐえぇ──っ!?」

「団長さあぁ────んっ!?」

 

 三人分の体重を口で支えたウロボロスの体は、その重みで頭部のほうからグゥンと振り子のように下がりそのまま大穴の壁面へと向かう。ウロボロスに咥えられた団長は、二人を離すまいと手に力を籠め、二人にも衝突に備えるよう言おうとしたが、丁度団長の衝突コースに出っ張りがあり、幸か不幸かその出っ張りで飛び出した分団長一人だけが衝突しモルフェ達の衝突は免れた。

 

「おぐぉ……だ、大丈夫か二人どぼ……ぐえぇ……」

「団長さんが大丈夫ですかっ!? 僕が聞くのも変ですけどっ!? 顔モロ入ってましたけどっ!?」

「き、今日一番の負傷かもしれん……」

 

 心なしか顔がへこんで見える団長であるが、モルフェが心配した程の負傷ではないらしく、余裕があるのか二人をつかんだ両手の力も弱まっていない。

 

「あなたまで、なんで……」

 

 一方でヴェトルは、心配よりも困惑の表情で団長を見た。モルフェに続いて彼まで危険を冒し飛び込み自分を助けるなどと思いもしなかったのだ。

 

「なんでもくそもあるかい!! 夢から覚めようってのに、こんな目覚めの悪いオチはごめんだっ!!」

「だって……」

「御意見無用っ!! 悪夢は終わりだ、俺も、君もっ!!」

 

 力強い返事、力のこもる二人をつかむ腕。ヴェトルは、言葉が出なかった。しかし、何か熱いものが体の奥底から湧く気がした。彼女はその湧き出るなにかを、はるか昔に知っていた気がした。

 

「ゥギギ……ッ!! シャ~……ッ!!」

「すまんウロボロス!! もうちょい頑張ってくれぇ!!」

 

 一方余裕が無いのは三人を口で支えるウロボロスであった。並の魔物より強いカリオストロの生み出した存在であっても、空中で咄嗟に三人を咥えて支えるのは厳しいようで頭部の羽を必死にはばたかせ落ちないように踏ん張っている。

 

「おーい!! 今から引っ張り上げっからよう、二人離すんじゃァねえぞっ!!」

 

 団長達に向かって頭上からB・ビィの声が聞こえた。どうやらウロボロスの尾を握ったようでウロボロスごと団長達を引き上げようとしている。

 

「わかってる!! 早いとこ頼む……あ、ちょっと待て!? 俺んとこ凹凸多い!? ストップ、待てB・ビィ引っ張るの待っ──」

「ダオラァッ!!」

「ぐわああああ────ッ!?」

「だ、団長さあぁぁ────んっ!?」

 

 団長の声はB・ビィにあまり聞こえなかったのか、B・ビィが雄叫びと共にウロボロスを引き上げると同時に団長の顔面が壁面にこすれていった。

 

「しゃあっ!! 引き上げ……おい、どうした相棒」

「おめえのせいだよっ!!」

「わわわっ!? 団長君、回復回復っ!!」

 

 そして引き上げられた団長のボロボロの顔を見て首をかしげるB・ビィと怒る団長。ラムレッダが慌てて回復魔法をかけていた。

 

「シャヒィ~……」

「よくやったウロボロス。おい二人共無事か」

 

 疲れたウロボロスを労いながら、カリオストロがモルフェ達の様子をみる。

 

「は、はい……僕達は別に。それより団長さんの方が」

「こいつは大丈夫だ。見ての通り軽傷だ」

「見ての通り重傷だがっ!?」

(けどもう治ってる。夢の中とは言え……説得力が無いわ団長君……)

 

(周りから見た)団長基準での軽傷判断をしたカリオストロの言い方に文句を言いつつ、ラムレッダの回復魔法でグングン傷が治る団長。見た目はボロボロだったが実際(団長の肉体的には)軽傷だったらしい。夢の中とは言え現実でもこんな感じなために「なんだかなぁ……」と思いつつ、だがあえて言うまいとラムレッダは言葉に出しはしなかった。

 結局即回復した団長であったが、すぐにまた自分達の周りで地面が崩れるような音が聞こえた。今落ちかけた穴の底はどこまでも続き、そこへ無数の瓦礫が落ちていくかと思えば異様な軌道で空いた穴を埋めようとする動きを見せるものさえある。なんであれば、“瓦礫”なのかさえわからない物質も見えた。

 この異様な動きは、モルフェの言う「元の回廊に戻ろうとする」動きなのだろう。そしてこれも彼が言っていたように元々曖昧な回廊は、崩壊と修復を繰り返し“曖昧”に直ろうとしているのだ。

 

「こりゃいかん、とにもかくにも撤収!! また何時崩れるかわからん場所にこれ以上は居れん!!」

「わわっ!?」

「きゃっ!?」

 

 未だ危険なのは明らかだった。団長は言うが早いかモルフェとヴェトルを両脇に抱えて駆け出した。B・ビィ達もそれに続いて走り出す。

 

「な、なんで抱えて……!?」

「この方が早い!! あと君抱えないとまた逃げるだろ!!」

 

 小柄な二人を抱えて走り出す団長達。するとまるでそれを待っていたのか、あるいは狙ったのか、逃げる彼らを追いかけるかのように地面が崩壊し始めた。

 

「はしれはしれ!!」

「にげろにげろ!!」

 

 振り返らなくとも崩壊の轟音により何が起きているのかわかる。これはたまらんと団長達は、更に足を速めそして夢の回廊を駆け抜けていった──。

 

 ■

 

 二 おはようおはよう、そこにいるの? 

 

 ■

 

「──っと? ちょ──馬鹿にん──!」

 

 ──声、声が聞こえる。

 

「──おき──! 団長さ──起き──!!」

 

 どこだ、ここは……? 夢の回廊は? 俺達はどうなった……? 確か、モルフェ君達を抱えてそのまま……。無我夢中に走ったからか、深層を抜けてからを思い出せない。

 

「やっぱり──力づく──」

「え? ──待っ──もう起き」

 

 意識もはっきりとしない、まだ夢の中なのか? カリオストロ達、他のみんなは目覚めたのか? モルフェ君とヴェトルちゃんはどうなって……。

 

「──起きろぉっ!」

「いでぇあぁっ!?」

「団長さあぁ──んっ!?」

 

 突然の頭部の激痛。あまりの痛みに俺は、伏せていた身体を跳ね起こす。すると俺を呼ぶ悲鳴も聞こえた。

 

「な、なにすんじゃいメドゥ子ぉ!? って、これ覚えのあるやり取りだなちくしょうめ!!」

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ寝坊助」

 

 眠る俺の頭をメドゥ子が髪の毛を蛇に変えカミカミして起こされる。数日前の転寝とまったく同じ方法で起こされほぼ同じやり取りをしてしまった。

 しかしおかげで意識が目覚めた。この痛みにメドゥ子の雰囲気に夢のような不自然さはない。今俺が居るのは、紛れもない現実である。

 

「もう起こして良いって言われたから起こしたわよ」

「言われた? それって……あ」

 

 メドゥ子の横にもう一人、それは頭を噛まれている俺をハラハラ心配そうに見るモルフェ君だった。

 

「あれま、先に起きてたのね」

「えっと、そうですけど……団長さん頭大丈夫ですか?」

「う~ん言い方っ!!」

「え……あっ!? 違います違いますっ!! 噛まれて大丈夫ですかって意味です!!」

 

 まあわかってはいるが、寝起きに即とても心配そうに「頭大丈夫ですか?」とか言われる経験なんてそうあるまい。そもそも寝起きに頭噛まれるって言う状況がおかしい。なんでこんな目に二度も遭うのか。

 

「“僕達”もちょうど今目が覚めたんです」

「それじゃあ……」

「安心してください。きっと直ぐ皆さん目を覚まします」

 

 俺のそばではB・ビィが、そして医務室のベッドやソファではまだルナールさん達が眠っていた。だが時折「う~ん……」とモゾモゾ寝返りをうっている。それを見て俺は安堵した。

 俺達が夢の回廊に向かう時ルナールさんは、寝返りどころか僅かな身動ぎ一つせず弱々しい呼吸だけしかしてなかったのだ。一番最初、そして特に深く悪夢にのまれていた彼女があの様子ならば、モルフェ君の言う通り直ぐに目を覚ますに違いない。

 

「……あれ、けどメドゥ子? セレストやコンスタンツィアさん達は?」

 

 ふとここで眠る前のことを思い出す。ここはエンゼラ医務室、確か眠る直前にはコンスタンツィアさん達がいたはずだ。だが周りには、メドゥ子とモルフェ君、まだ眠っているカリオストロ達、そしてもう一人モルフェ君と共に目を覚ました彼女……。

 

「ずぅ~~っとここでおもっ苦しい雰囲気のままあんたら看てたから休ませてんの。あれじゃあいつらまで寝込んじゃうわよ」

 

「しょうがないんだから」と腕を組みながらメドゥ子は呟く。彼女の態度と性格から見兼ねてそうさせたのかもしれない。

 

「そっか……ありがとなメドゥ子。みんなの事心配してくれたんだな」

「ちっが……っ!! そう言うのじゃ……ないしっ!? 違うわよ!? あんな雰囲気でいられるとアタシまで気が滅入りそうだったからよっ!! ほんとよっ!? あ~アタシがいないとだめねぇこの騎空団は!! まったくねぇ~!!」

 

 顔を赤面させ否定するメドゥ子だが、理由は何であれありがたい話である。

 

「ふんだ……あんたのマヌケな声聞こえたろうしすぐ戻るわよ」

「マヌケは余計じゃい」

 

 頭を寝てる時に噛まれれば誰だってあんな声になろう。と、思っているとメドゥ子の言う通りドタバタと廊下からこちらに向かってくる音がした。

 

「い、今の声なんですかぁ……!?」

「団長さんの声が聞こえて……あっ!?」

「ミミンミッ!?」

「お、お……起き……っ!!」

 

 扉から雪崩れ込むようにしてコンスタンツィアさん達が部屋に入る。そして体を起こす俺を見て言葉が出ないのかあわあわと驚いている。

 

「ご心配をおかけして申し訳ない。おはようございます」

 

 俺がそう答えると彼女達は、やっと喉から言葉を出した。

 

「だ、団長さぁん……!! ご無事でよかったですぅ……!!」

「とことん、とことん心配しましたです……っ!!」

「ミンミイィーン……ッ!!」

 

 目が覚めた俺達を見て安堵したのか号泣するコンスタンツィアさんとブリジールさん。気付けばミスラも俺の上でグルグル回転しまくってた。

 

「だ、団長……良かった。ルナール先生は……!? み、みんなは……っ!?」

 

 セレストは俺の無事を確認してすぐにルナールさん達の方へも視線を向けた。それで俺も他のメンバーの事を思い出しルナールさん達の方へ顔を向けた。すると──。

 

「──っはぅあっ!?」

「──にゃっ!?」

「──っうお!?」

「──お?」

 

 タイミングを図ったようにルナールさん達が目を覚ましていく。皆も感覚では直前まで夢の回廊から脱出する感じだったらしくB・ビィ以外焦った様子だ。

 

「こ、ここどこっ!?」

「夢の回廊じゃ……ない、にゃ?」

「エ、エンゼラの医務室……そうか、戻ったか……そうか」

「急に目が覚めたな……お、相棒起きてたか」

「ル、ルル……ルナールせんせぇ~~っ!!」

「わあっ!? セ、セレストッ!?」

 

 目を覚ましたルナールさんを見たセレストは、涙声でその名を呼び飛び付くようにしてルナールさんを抱きしめた。

 

「わ、私の事わかるよね……!!」

「う、うんわかる……っ!! わかるから、力緩め……」

「ちゃんとポポルサーガも覚えてるよね……っ!!」

「覚え、ぐえぇ~っ!? 星晶パワーがハーヴィンの身を絞めるぅ!?」

「あ、ごめんっ!?」

 

 マグナシックスでは、腕力非力上位になるセレストであるが、しかし腐っても星晶獣。油断して力を籠めれば、小柄なハーヴィンの肉体を締め上げる事は難しくない。慌ててルナールさんを開放してあわあわしてる。

 

「ご、ごめんなさいセレスト……心配させちゃったわね……」

「ううん、思い出してくれたならいいよ……ルナール先生が無事ならいいもん……」

「セレスト……」

「ルナール先生……」

「……けど団長に持たせた本の件に関しては、後で少し話し合いましょう」

「あ゛っ!!」

「あとなんか顔かゆっ!? すっごいヒリヒリするっ!? なんでっ!?」

 

 ルナールさん救出の決め手となった絵物語『キミと(あい)に挟まれて……』。ルナールさんも別に怒っちゃいないだろうが、まあ言いたい事もあるだろう。

 あと顔が痒いのは、ラムレッダを寝かさないためスパイスやらを顔に塗した時ついでに目が覚めるかもと塗られてたせいである。拭き取ってはあるが、やはり痒かろう。顔洗ってどうぞ。

 

「みんな起きれたか。眠気の方はどう?」

「おかげさまで……問題ねえな」

「あたしも……にゃ」

 

 ベッドやソファから降りるカリオストロ達。念のために問題の睡魔の方を聞いてみれば、カリオストロもラムレッダも一度目を閉じてみる。それで睡魔が襲って来ない事を確認しやっとホッとした様子だった。

 

「やれやれ、妙にエンゼラが懐かしい気分だぜ……」

「悪夢の中じゃ時間無茶苦茶だったもんにゃぁ~……。あたしなんて何年も過ごした気分にゃよぉ~」

「……お前口調完全に戻ってるな」

「にゃ? ああ、そう言えば現実じゃ二日酔……ぃんっぶ!?」

「おい急に口抑えてなに……待て待て待て寝起きは止めろっ!?」

「ごべ、思い出したら……急に吐き気……ぉヴぇっ!?」

「ざけんなっ!? おい団長……コラ嫌そうに見てんじゃねえ手伝え何とかしろっ!?」

 

 俺が声をかけるよりも先に最悪な展開になってるラムレッダを見てしまい、まだ俺は悪夢にでもいるのかしらと現実逃避しかけたが、そう言えばそんなのが俺の日常なのを思い出し項垂れる。

 

「……モルフェ君、ごめん。普通ならここから色々話す事になるんだろうけど、ちょっと待ってて」

「あ、はい……こちらこそ、なんかすみません」

「大丈夫とは思うけど、そばにいてあげてね」

「……はい」

 

 一応気付いてはいた。部屋の隅のソファ、そこで顔を伏せている一人の少女──ヴェトルちゃん。

 本当の意味で事態の解決は、これからなのだ。

 

 ■

 

 三 フェイトエピソード Nightmare of the Beginning

 

 ■

 

 ──星晶獣オネイロスが生まれたのは、他の星晶獣の例にもれず古の大戦“覇空戦争”の頃である。

 オネイロスと言う名と、夢を操る力を生まれた時から与えられた彼女は、自身を生み出した星の民に従いその力を使った。

 夢を力としてふるう事、それに彼女は疑問を持つ事はなく、星の民に命じられれば団長達にしたように空の人々を夢で苦しめた。

 夢を武器として、人を苦しめる手段として使う事を彼女が果たして苦に思ったかはわからない。もしかすれば良心を痛める事もあったかもしれない。だがそれを気にする事よりも彼女は、自分を生み出してくれた星の民が大好きだった。

「よくやった」「偉いぞ」──命じられた事をうまくやれば、そんな言葉をくれる星の民達。オネイロスは、そんな彼らを慕った。家族と思っていた。

 しかし大戦末期、覇空戦争の結末が空の民達の勝利へと傾きだす。その最中激しい戦いによってオネイロスは、星の民以上に傷付き苦しんでいた。だがオネイロスを“管理”していた星の民達は、そんな彼女を捨て元居た場所へと逃げてしまった。

 オネイロスは彼らに「置いてかないで」と言ったのだろうか。「捨てないで」と言ったのだろうか。その全てか、あるいは言う暇さえ与えなかったのか。その時の星の民がオネイロスの事をどう思っていたのかは、今となってはわからない。残った事実は、オネイロスは捨てられたという事のみである。家族と信じた者達は、自分の事をそう思っていなかった。それどころか都合の良い道具程度にしか思っていなかった事を知りオネイロスは、深く絶望した。

 その時から彼女は、どこかの島に留まる事もせず空を目的も無く彷徨った。全てが思い通りの夢の世界、その住人である悪夢の欠片やペットのイケロス以外に何も信じられないで一人過ごしていた。

 そして、覇空戦争も今は昔。時は移ろい小さな島ザンクティンゼルから一人の少女が旅立ち、それを追うようにしてまた一人の少年が旅立ってしばらく──オネイロスは噂を聞いた。騎空団【星晶戦隊マグナシックスとB・ビィくんマン&均衡少女ZOY】の噂を。

 曰く、星晶獣を仲間とする騎空団。

 曰く、星晶獣を友とする騎空団。

 曰く、地味な団長率いる騎空団。

 最後はともかく、それ以外にも荒唐無稽にして意味不明、嘘か真か理解不能な噂が並ぶ騎空団。その噂を聞いたオネイロスが抱いた感情は、久しく忘れていた激しい怒りだった。

 ──ふざけるな。星晶獣を仲間などと、友などと、家族などと言う者がいるものか。空の民は星晶獣を畏れ、星の民は星晶獣を道具としてみるばかりだ。この騎空団とてそうなのだ。この団長もまたそうなのだ。都合の良い言葉で星晶獣を利用する星の民と同じ、上面だけの優しさ、虚飾にまみれた偽善者共。星晶獣を受け入れる者などいない、いるはずがない、いるはずがない……もしそんな者がいるならば、なぜ私が一人の時に現れてくれなかったのか。なぜ私は、ずっとこの世で独りぼっちなのか。

 それは八つ当たりと言っていい。団長にとって彼女の事情など知るはずもなく恨まれる筋合いなどない。だが関係ない、オネイロスにとってそんな事は関係ないのだ。星晶獣を仲間とする者がいる、それだけで怒りを覚える理由は十分だった。

 そしてついに団長を前にした時、彼女にふつふつと怒りが湧いて出る。どうしてくれようかと考える。憎き星の民、自分を捨てた星の民、この男は奴等と同じだ。オネイロスは思った──そう私は、夢を操る星晶獣。悪夢を生み出す星晶獣。かつてと同じ、空の民にしたようにすればよい。自分が味わった絶望を、孤独を、怒りを、悲しみを、悪夢として味合わせてやる。

 しかして、一体の星晶獣、一人の少女が募らせた恨みと怒りにより、団長達は悪夢の世界へと誘われ囚われた。だが彼らはオネイロスが思ったような者達ではない。オネイロスが予想できるような者達でもない。

 そう彼らは、騎空団【星晶戦隊マグナシックスとB・ビィくんマン&均衡少女ZOY】。

 曰く、星晶獣を仲間とする騎空団。

 曰く、星晶獣を友とする騎空団。

 曰く、地味な団長率いる騎空団。

 全てが事実である。

 悪夢を破る戦いの最中団長達にもオネイロスは叫んだ──なぜ私が一人の時に現れてくれなかったのか。なぜ私は、ずっとこの世で独りぼっちなのか

 違う、彼等は現れた。長い時の果て、一人ぼっちの少女の下に確かに現れたのだ。

 少女はもう、一人じゃない。

 

 ■

 

 四 夢が覚めたなら

 

 ■

 

「……で、結局八つ当たりか?」

 

 ラムレッダの諸々の世話が終わり、一応は落ち着いた俺達は、他の面々も加え今回の面倒事の発端である話を聞いた。

 星晶獣オネイロスの出自、その力、星の民との関係、その裏切り、そして永い孤独で募った絶望と怒り。それら溜まった負の感情を爆発させる理由……つまりこの団長(おれ)である。

 彼女にとって俺と言う存在は、認めるわけにいかないものだった。親として、家族として慕った星の民に裏切られた彼女には、星晶獣と人の良好な関係というもの自体が信じられず、そんなものを当てつけのように謳うこの騎空団は酷くおぞましく思えた。……別に俺はそんなもん謳った覚えはない。

 だが俗っぽい言葉で短く済ませるならば、結局今カリオストロが言った通りの感想ずばりそのままである。

 

「……とりあえず、どんな噂も最後に俺が地味と言われるのを払拭したい」

「ンなこたどうでもいい」

「どうでもいいとはなにかっ!?」

 

 おっさんが酷い事を言う。俺が地味な事を噂のオチに使われるのなんなんだよ。誰だ広めたのはっ!! 

 一方俺達がこんなのんきなやり取りをしていてもモルフェ君とそのそばで項垂れているヴェトルちゃんの表情は暗い。そして空気も重い。暗さと重さで胃が痛い。

 

「……僕には」

 

 ここで話しづらそうにしていたモルフェ君が口を開いた。

 

「僕には、姉さんの気持ちが……わかります。僕は姉さんの一部だから。なによりも、僕も同じ気持ちを味わったから……」

「……」

 

 モルフェ君は、ヴェトルちゃん──オネイロスに捨てられた。姉と信じた者に「もう必要ない」と言われ“弟”の役目を奪われた。受けた心の傷も絶望も、正にかつてのオネイロスと同じであっただろう。だが──。

 

「けど、僕は……姉さんを、助けたかった」

 

 彼は彼女のようにはならなかった。反対に自分を捨てた姉を見捨てず救おうとした。どれだけ拒絶されても、孤独に苛まれるオネイロスを救う事を諦めなかった。

 

「それは……あなたに“この人達”がいたからよ、モルフェ……」

 

 そんなモルフェ君の言葉に対し、現実に戻って初めてヴェトルちゃんが顔を伏せたまま口を開いた。

 

「私の生み出した悪夢に負ける事のなかった……強い人達……だからあなたも負けなかった……」

「……そうだね、その通りだよ姉さん。僕一人じゃきっとダメだった。きっと団長さん達が居なかったら、僕はきっとまだ“人形(モルペウス)”のまま……」

「羨ましい、私は……あなたが羨ましい……だけど」

 

 弱々しく顔を上げたヴェトルちゃんは、そばのモルフェ君を見た。まるで手の届かないなにか、自分には無い輝かしいなにかを持つ者へ向ける羨望の眼差し。しかし、あの怨嗟と悪夢に囚われたオネイロスとは違う、どこか慈しみを感じさせる眼差し。

 

「……ねえ、団長さん」

「……なんだい?」

 

 すると彼女は、俺の方へと視線を向けた。

 

「お願いがあるの」

「お願い?」

「うん、私がした事が……許されるものじゃないのはわかってる。けど、一つだけお願い……モルフェを、あなた達の仲間に入れてあげて」

「姉さんっ!? な、なにを言って……」

 

 思いもよらない“お願い”をしだすヴェトルちゃんに誰よりも驚いたのは、モルフェ君だった。

 

「モルフェはもう、私の力を離れてる……この子一人でも大丈夫。私といなくても消える事もない……」

「やめてっ!! そんなこと言わないで姉さん!!」

「この子に同じ思いをさせたくないのっ!!」

 

 モルフェ君の言葉を遮りヴェトルちゃんは、俺に縋りつき必死に訴えた。じっと彼女の眼を見る。彼女は視線を逸らしはしなかった。

 

「私はどんな罰を受けたっていい!! この子はもうこれ以上私のせいで不幸にさせたくない……!! あなた達なら、信じてもいい……お願い、お願い……この子の居場所になってあげて……っ!!」

 

 参ったなあ……と俺の方が先に視線が泳ぎそうになる。なのでそのまま泳がせ、視線をそばのカリオストロに向ける。

 

「ん」

「いで」

 

 すると彼女にわき腹を肘で突かれた。続けてラムレッダやルナールさんにも視線を向けるが……。

 

「ん」

「ん」

「いでで」

 

 二人そろって俺のもう片方のわき腹を肘で突く。肘の先から「あんたが決めろ」の意思を感じ、他の団員の視線もまたそうである。つまりはいつも通りの展開になったので我が事ながら「毎度ワンパターンであるなあ」と呆れもした。

 

「……やれやれ」

 

 まあエンゼラの部屋の空きは、十分あるので困ることなどない。

 

「ベッドはいくつ?」

「……え?」

 

 俺がふいに聞くとヴェトルちゃん、そしてモルフェ君もポカンと口をあけ俺をみた。

 

「二人一緒に寝る? 大き目のベッドもあるけどもね。二つ入れてもいいし、なんなら一人部屋とか……」

「待って!!」

 

 ここでヴェトルちゃんが混乱した様子で待ったをかける。

 

「わ、私は……モルフェだけを……」

「一人も二人も変わらんけどねぇ」

「そう言うことじゃなくて!!」

 

 ヴェトルちゃんは、俺だけじゃなくカリオストロ達を、自分が悪夢に閉じ込めた者達を見た。そして気が付いた。俺も彼女達も、誰もヴェトルちゃんを非難するような視線を向けていない事に。

 

「なんで、あなた達は……あんな目に遭わされたのに……私のせいで、苦しんだのに……」

「そりゃ何度もあんな目に遭うのはごめんだがね」

「終わってみりゃ夢の話でしかねえよ」

「ちょっと自分を見つめなおす機会にもなった感じだしにゃぁ~」

「私もまあ……自分の夢の再確認かしらね」

 

「あっはっは」と笑う俺達。星晶戦隊(以下略)心得(仮)【終わりよければ全てヨシッ!!】である。そしてヴェトルちゃんは、もうわけがわからない感じである。

 

「そんな……そんなの嘘よ。わ、私を……モルフェを気にして、そんな事」

「そう思うかい?」

「それは……それは……」

「……君はどうかねモルフェ君や?」

 

 姉を見守っていたモルフェ君にも顔を向ける。彼は一瞬ドキッとした様子だが、すぐに困惑し震えるヴェトルちゃんの傍へ寄り添った。

 

「……僕は、姉さんといたい。本当の姉弟として、歩んでいきたい。生み出された経緯なんて関係ない、僕がそうしたいんです……!!」

「奇遇だなぁ、俺も君達は二人一緒が良いと思ってた」

「わっ!?」

「あうっ」

 

 寄り添う二人の肩をつかみ、もっと二人を引き寄せる。

 

「“二人共”来なさい。どっちかだけは断る。二人一緒、これがたった一つの入団条件だ」

 

 じっと彼女の目を見る。そこには、オネイロスの虚空の顔も、それを思わせる影のある表情もなく、琥珀にも似た彼女の瞳が潤んでいた。

 

「けど、だって……そんな、そんなこと……私なんかが……あんなひどい事した、私が……」

「ひどい事? 何度もはごめんと言ったが、星晶戦隊(以下略)の団長を舐めてもらっちゃ困る。俺は仲間増える度に海に落ちたり、艇から落ちたり、島から落ちたり、散々な目に遭ってばかりよ。今回も島巻き込んでブチギレ水神(ポセイドン)大暴れだとか、暴走骸骨(リッチ)大決戦とかでもないしな」

「…………っ!!」

「相棒の実績にぐうの音も出ねえようだな!!」

「そりゃ出ないっしょ」

 

 人生で何度経験するかわからない事をしょっちゅう経験してるんで、今回みたいな事も終わってしまえば「なんか終わったね」程度になってしまう。いや、ほんとはダメなんだ、ほんとは。「なんか終わったね」じゃないんだよ、マジでね。

 あと何故B・ビィが自慢げなのだ。そして呆れるなルナールさん。

 

「……本気で、言ってるの?」

「うむ」

「私も、連れて行って……くれるの?」

「うむ」

「……もう、独りぼっちじゃなくていいの……?」

「うむ」

 

 まだ信じられないという風に聞くヴェトルちゃん。だが俺が彼女の言葉に頷き返すほど、モルフェ君がそっと手を伸ばしヴェトルちゃんと繋いだ手を強く握るほど、実感が湧いたのか一人暗闇にいたような表情が変わりだす。

 

「もう……悪夢にいなくていいのね……」

「うむ」

「一人じゃ、ない……」

「……う、ううぅ……!! ああぁ……っ!!」

 

 堰を切ったようにしてヴェトルちゃんの瞳から涙がとめどなく溢れた。オネイロスでは流せぬ涙を、ヴェトルちゃんが流している。

 

「そうだよ、姉さん……!! 一人じゃないから……もう、一人になんてしない……!!」

「モルフェ……!! ごめんね……酷い事言って……っ!! ごめんなさい……モルフェ……っ!!」

「もう、大丈夫……」

 

 彼女の慟哭は、もう悪夢を呼ばない。彼女の悲しみは、もう悪夢を生み出さない。

 覇空戦争の終わりより募り続けた孤独の傷が、涙によって癒されていく。

 悲しみの記憶は、消えないかもしれない。忘れる事はないかもしれない。しかし、変わっていくことはできる。悪夢こそ塗り替え(リペイント)てしまえばいい。

 全ての悪夢は、今終わったのだ──。

 

 ■

 

 五 夢のオチ

 

 ■

 

 ──まあ、それはそれとして。

 

「しかし、一つわからんのだけどヴェトルちゃん」

「え?」

 

 ヴェトルちゃんも落ち着いた頃、一つ確認したい事を思い出し彼女に聞く。

 

「君って結局何時頃から俺に目をつけてたの? “借金の悪夢”とかさ……」

「……借金の悪夢?」

 

 俺の質問に対しヴェトルちゃんは、コテンと首をかしげて可愛いなちくしょう。

 

「いや、ほら……俺がエンゼラで転寝してたら見たやつ」

「……え?」

「……え?」

 

 ここで「もしや……」と嫌な予感がした。

 

「あ、あれって……ヴェトルちゃんの仕業じゃなかったの? 俺てっきり俺を誘い出すためとかで……え?」

「わ、私知らない……団長さんの事は、噂で島に居るって聞いたからもし会ったら程度に考えてて……。だから、夢占いより前には何もしてないよ?」

「そ、そうなん?」

 

 俺はモルフェ君にも視線を向けた。

 

「えっと、はい……姉さんの言う通りです。僕が団長さん達を夢占いに連れてくまで、姉さんはオネイロスの力を一切使ってません」

「それに団長さんは、何故か深層まで引き込まないと全然悪夢を出せなかったの……だから直接騎空艇(エンゼラ)まで会いに来て……」

 

 Oh……あの“悪夢”がヴェトルちゃんの、オネイロスの仕業じゃない? つまり、トラウマ100%な完璧俺由来の純正“悪夢”……? 

 

「あー……つまりあれだな相棒」

「結局の話、“たまたま”団長きゅんが悪夢を見て」

「んで、“たまたま”ヴェトルちゃん達に会ったから起きた事件ってわけね」

「しかもリアルの苦労が勝りすぎて、オネイロスの力殆ど跳ね返してた感じもあるな……なんなんだお前」

 

 心底呆れた様子でカリオストロ達が簡単に話しまとめちゃったよ。

 あんまりにもあんまりな事実。呆然とする俺。おろおろするヴェトルちゃんやモルフェ君に何か言うことも出来ずにいると、ふと壁を背に立ち憐れんだ視線を俺に向けるエゼクレインさんに気が付いた。

 

「……だから言っただろう、ストレスだと」

 

 ため息交じりに告げられた言葉。そう言えばそんな事言われたっけな~!! なるほど、これが今回の騒動のオチかぁ~!! あっはっは……っ!! 

 

「……また悪夢見ちゃうかも」

「あ、団長さんっ!?」

「あ、え……? 大丈夫、団長さん!?」

 

 星晶獣オネイロスによる悪夢の事件、これがそのオチ。俺は医務室のソファでふて寝を決め込んだ。

 





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「リペイント・ザ・メモリー」編完!!
イベント絡めたのは、アウギュステ「衝撃!アウギュステ編(若き義勇の振るう剣)」以来。
話の最後に団長君がふて寝する。これをやりたくてずっと書いてた。

最初この話やろうと思った時、悪夢行き候補は他に居ました。シャルロッテです。
第一の悪夢として、騎士を目指さない挫折その1ルート。故郷の雪降り積もる家で縫物仕事にせいをだす村娘の人生。そして騎士団には入団したがハーヴィンの体格による不利を覆せなかった挫折その2ルート。
最終的にシャルロットかカリオストロか、の選択でカリオストロにしました。

ヴェトルが原作で主人公一行を襲ったのは、ルリアとビィを恐れたためでした。理由としては、当然こちらが一番しっくりきます。じゃあどう団長君と絡ませよう、悪夢を見せようと考えて、結局嫉妬や八つ当たりのような形にしました。もしジータと先に出会っていれば、原作「リペイント・ザ・メモリー」の展開になる……と言う感じに考えてました。

そして書いてる間に色んなイベント有りましたね。今更な感想。
FF11イベントは、流石に黄金の鉄の塊は無かった……が、称号「俺の怒り有頂天」。流石だ……。それはともかく楽しかったですね。シャルロッテおよびリュミエール組がメインって結構貴重。
拝啓、大切な君へ……ええ!! グラブルで現パロしてもいいのかいっ!? じゃあ濃い面子の入居者しかいない、住めば都のエンゼラ荘……。ヘッポコな変身ヒーローが居そうになっちゃった。多分正義のケッタギア乗りエンゼライダーとか名乗ってる。
イベントじゃないけど、エニアドのメンツも良いキャラ多いっすね。六人揃って九柱神!!

「クルクル~! ラーちゃんだよ~っ!!」
「団長!! あやつ、なんか妾と被ってる!! 風系で鳥系で褐色でなんかキャラ被ってるのじゃ!!」
「だからなんだよ」

と言うか、このスーパーザンクティンゼル人じたいを、約5年書いてる……ええ、そんな前? 思い付きの短編ネタがこんなに……。
書いてて楽しいのも勿論、皆様に読んでいただけているのが本当に励みになってます。本当にありがとうございます。

次からは、一話完結系とか新しい仲間系、あと「少し違う空編」で新しいのとか久々に書きたいです。

今後ものんびり更新になりますが、よろしくお願いします。

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