あれは嘘だ(ごめんなさい!)。
超常の者たちの憩いの場、アーネンエルベのフロアは混沌の
現在、アーネンエルベにおいて、ただ一人の男性である草十郎は先ほど派手に散らかった厨房の片付けで使っていた箒、ちりとりを持ち出して再び清掃を黙々とし始めた。
肩を落としているとは言っても掃除をすることが嫌いというわけではない。アルバイトという職務であることを除いても乱雑な場所を綺麗な状態にするという活動は好ましいものだ。けれど、さっき片付けを終えたと思えば
もっとも、この惨状は自分も関与しているため清掃をするのはやぶさかではない。文句を言うとすれば、いや言えば命がいくつあっても足りないので、文句があるとすればあの狼を吹っ飛ばすのに関与した女性陣がセイバーという女性を交えてお茶を飲みあっていると言う点だ。
まぁ、青子たちとは長い付き合いだし、こういう扱いであることは慣れてきている。現に今も頭は掃除と無関係のことを考えていてもテキパキと効率よく仕事をこなす。壊れたものは廃棄して壊れていないものは布巾で拭いて元の位置に戻す、の繰り返し。
全く、少しは手伝ってくれればいいのにと思いながら、普通では数人体制で一時間は要すであろう惨状を片付ける。草十郎は肩をトントンと叩きながらカウンターの方へ行き次の来店者を待つ態勢を取った。そのあまりにも手際よく掃除を終え定位置に戻った草十郎を見て、女性の面々は目を見開き『この中で一番マイペースなのは彼ではないか』という結論に落ち着いたらしい。
「掃除の過程を余すことなく見ていましたが驚きです。まさかこれだけの範囲の掃除をここまで速やかに終えるとは」
「まぁ、これがあいつの得意分野だものね。庭の手入れもきっちりこなすし、何かを黙々と片付けるのが上手いのよ」
「……蒼崎、そんな他人事のように言っているが、それもこれも君達が庭を放置するものだから俺がするしかなかったんじゃないか。別段、上手くなりたいなんて高尚な心持ちでやったつもりはないぞ。というか、屋敷内の雑事を当番制でやっているんだから庭の手入れとかご近所への回覧板を回すのとかも当番制にしたらどうだろう?中々、いい考えだと思うんだ」
「却下よ、だいたいあんたが有珠を無闇に甘やかすからそうなるんでしょ。私は知らないから」
「…………」
ほとんど予想通りの回答がノータイムで返ってきたところを見るに、これは無理だと諦めを付ける。後、甘やかす云々の下りから有珠の目にイヤな重力が篭ってきている。割と子供っぽいところのある有珠は、根に持つことが多く負けず嫌いな上に強情だ。
後で蒼崎に何らかの報復がいくのは目に見えている。仲裁の度に巻き込まれる身としてはあまり、派手なドンパチをやらないでくれると助かるのだが。
久遠寺邸の主人である彼女が表立って自分の素を見せないのは、他の人に弱みを見せたくないのと自らの品格を保つためらしい。付き合いが長くなれば、おおよそわかってしまうくらいの曖昧な隠し方。隠してるようでバレバレなところが微笑ましいと思うのは俺だけだろうか。
「まぁ、皆が仲良くしてくれるに越したことはないか」
こちらがそう言うと、青子たち女性陣の驚いたような視線が集中する。別に変なことを言ったつもりはないが、何か変だったのかと首を傾げる。俺の不可解そうな顔つきに何かを感じたのか、蒼崎がまず始めの口火を切る形で発言をした。
「この状況でよく、呑気なことを言えたわね。だいたい、何でそんな怪獣が放し飼いになってるのかについても、掘り下げていきたいんだけど」
蒼崎がこうして、渋面でため息混じりの声色を使うのは正直、驚きだ。もっとも、それは有珠を除くアルクェイドさんと式さんにも共通していることだった。その原因、今のところ店内が平穏を保っている最大要因の一匹。
セイバーさんのペットだという巨大な狼は主人である彼女の背後に静かに控えていた。特別、敵意も見せずにいる姿は、対岸で燃え盛る災火を思わせる。存在そのものが世界に認識されないもの、まるでどこまでも
少なくとも先程まで意思なく目的なく、ただ存在していただけの存在と同一体とは思えない。主人との再会を機に巨狼の存在感が膨れ上がったと見受けられる。目的を持つということの意味、願いや意思は斯くも明確な強さの原動力になるのかと圧倒される。
「何ですか、青子。人の友人に向かって怪獣とは。カヴァスは立派な猟犬にして騎士。無辜の民にその力を振りかざす横暴をするはずがありません」
「友人って、ちょっとセイバー。何がどういう天変地異とか奇跡が起きたら、こんな異界の獣が飼育できるようになるのよ。何、ひょっとして昔のブリテンってこんなのが平然と闊歩してたの?」
「そんな時代があったら、人類が今まで存在するわけないわ。少なくともこの子、アラヤとか根源とかモノともしないでしょうね」
「式にアルクェイドも、先ほどから聞いていれば。カヴァスは確かに幻獣の類いでしょうが、無闇に恐れを抱くほど危険な生き物ではない。昔は普通の大型犬程度だったのです。それから共に生活する中ですくすくと元気に育っただけで特別な存在ではありませんとも」
それを聞いたアルクェイドたちは、口角を引きつらせながらセイバーの背後に侍る巨狼へ焦点を合わせた。それは今まで敢えて外していた脅威の再確認。先ほどまでの無機質な印象を反する圧倒的な存在感。常識を侵食する強大な魔の気配。
「セイバーって、こんなペットのことになると目が曇りまくる子だったかな?実際には幻獣という括りでも、まだ過少よ。犬なんて呼びようがない上、真祖が複数いても殲滅できるスペックに見えるけど。何がどうすれば、飼い主とかの関係に収まったの?」
「そうね、さっきの突進を逸らせたのも半分以上が攻撃の意図じゃなかったからで。攻撃、いえ害意を持って動いていればどうなっていたのかしら。……そういえば、草十郎君。ついさっき、そこの狼の鼻先へ拳打を撃ち込んだでしょ。腕は無事……みたいね」
カウンターにいる前はテキパキと掃除を両手でしていたのを見ていたのだ。いつのまにか、自分で包帯を巻き、そのままという雑な応急処置。それで平気な顔をしている辺り、普通の一般人とはやはり何かが異なる青年。
こんな質問はするだけ無駄というものか。
「うん?……ええ、痛打を与えるためなら話は違ってきたんだろうが、飛び込む先をズラすための打撃だからね。そこまで腕に負担はないよ。少し痺れがあるくらいだ。別に肉を喰い千切られたとか、骨が折れたとか物騒なことじゃないから、しばらくすれば治るさ」
この程度なら怪我のうちに入らないと言った口ぶりで式へ微笑む山育ち。例えが妙に具体的だったのは彼の実体験に関わりがあるのか疑問が残る。当たり前だと言わんばかりに非常識なセリフがいきなり出たため反応が遅れたが草十郎の監督責任者をやっている青子がそれに指摘する。
「今、なんか新手の異言語かと思ったけど、日本語みたいね。ていうか、あんたね。素手であんなのに闘いを挑むんじゃないわよ」
「なんだい、いきなりそんなこと言って。君たちから見れば、おっかない怪獣なのかもしれないが俺から見たらでっかいだけの狼だ。別に無茶と言うほどでも」
「言うほどのことで、無茶としか言い表せないんだけど」
青子の即答に草十郎は驚いていたようだが、なるほどとコクコク頷き両目を閉じカウンターで腕を組む。その心情を正確に汲むことは出来ないが、また一つ都会の常識というやつを脳裏に刻み込んだらしい。そういえば、やたらと頑丈だったなと他人事に考えながら、青子は背もたれに体重を預けた。
「静希君、そういえば私のプロイの呪いを受けても少し衰弱するくらいだったもの。山の生活は肉体を頑健にする一助になっていたようね。そのおかげで青子の首輪とか、ぞんざいな扱いを受ける羽目になっているのは気の毒だけど」
有珠が草十郎を慰めるようなことを言っているが、その実は青子への意趣返しのため皮肉混じりにこちらを眺めてチクチクと咎めてくる。
「なんと、首輪など。そんな扱いに甘んじていると言うのですか。それはいけない。いくら、魔術師といっても感情表現はもっと率直に行うべきなのでは」
「はぁ?違うって、こいつが魔術を目撃したせいで色々と活動を制限する必要があったの。それで同居させる判断を取ったんだけど、ほら多感な思春期男性とか弱い婦女子が同居。首輪の一つでも仕掛けて置かないと無用心でしょ」
「いや、待ってくれ。蒼崎、普通もか弱い婦女子というのは安全確保のための手段に首輪などを選択しないと思うんだ。もっと女性らしい可愛いものを、ぐぇ」
ギリギリと首につけている首輪が喉を締め付けてくる。か弱いと自負するのなら、こういう時は首を締めるから始めないで頂きたい。首輪の締め付けが終わり、気道がようやく自由になる。少し、締められていたせいで空気を美味く感じた。
「たっだい……マァァッァ!?」
カランと扉が開くと、ゴミ捨てから帰ってきたネコ擬きの怪生物が
「ちょっと店から離れてたら、すぐに訳の分からんことに!セイバー嬢がご来店してると思いきや背後でとんでも狼がスタンバッってるんですが?ちょっと説明プリーズ、草十郎ボーイ」
一番近くにいた草十郎は唐突な質問を受けることになったが、律儀な性格が災いしネコアルクへ現状説明という貧乏くじに当たったようだ。本人は特に忌避感は無いと思われるが、女性陣は面倒なナマモノの相手をせずに済んだと胸を撫で下ろしていた。
「……いや実は、あの狼はセイバーさんのペットらしい。しかし、それを俺たちは知らなかったので狼を乱暴してしまったんだ。ああ、俺たちというのは店にいる全員のことで」
そこで一度、言葉を区切り、テーブルに座す面々の紹介でもするように名前を羅列する。
「俺、それに蒼崎に有珠、あとアルクェイドさんに式さんのみんなで。それで今はお冠なセイバーさんにみんなが叱られていた最中で……ここまでで分からないことはあったかい?」
「うん、ごめんね。一から十まで分からんニャ〜」
かいつまんで話したとはいえ、要点だけは的確に掴んだと思う説明。こちらなりに分かりやすさをモットーにして話してみたが、どうやらうまく伝わらなかった。まだまだ、自分の至らぬところは多いと自省しつつ、レジの下に置いてあったマニュアルに目を通す。
こんな状況とはいえ、アルバイトという身分。給金が出るか定かではないとしても務めは真っ当にこなさなくては。それが都会という未知の場所で生きていく方法ゆえに。
「難しいな、都会で生きていくというのは……」
草十郎の独白を耳に挟んだ青子はカップの縁をなぞりながら、呆れた目で彼を眺めていた。
「……魔術師でも驚くこの状況を都会の常識に当てはめないで欲しいんだけど……」
都会で暮らし始めて、そこそこ長い癖に自分が都会のことを何も理解できていないとする過小評価。同居人の勘違いを後で正そうと決め、現在のアーネンエルベの騒動の発端とも言える狼を視界に入れる。先の攻防でそれぞれが各個に取れる最大限の攻撃を叩き込んだ。自分と有珠のコンビネーションで撃った魔弾にしても、アルクェイド、式の両名の攻撃も物理、概念、神秘の面から見ても最高の威力だったはず。
それを受けて、なお特に変化を見せていないという奇怪な性能。狼毛に乱れ一つ見えない点からしても、幻想種とさえクラス分けできない。異常だ、異常だと勘で察していても、眼に見える形でそれを突きつけられるのはまた一段と皮肉めいてる。
セイバーの背後に座り、彼女に顔を当てているところはまるで、懐いているような動作。しかし、頭に嫌な想像がチラついて離れない。
出来の悪い悪夢が頭に浮かんだ。
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セイバーという少女の首元に鼻先を擦らせた巨狼、その顎門が何の予備動作も無しに開閉。セイバーの首は頸骨もろともに喰い砕かれ、骸は壁際に打ち捨てられる。狭い店内、普通なら一切の挙動に支障をきたす巨駆のまま残像を生じさせぬほどの速度域に到達。その両前脚に備わった鋭い爪が吸血鬼と着物の二人を細切れに。
毛皮が紅い血に染まり、それが焦げ付く匂いを鼻孔が捉える。狼毛から火の粉が発し、巨狼の総身から焔の手が上がる。その焔は物質的なそれと異なる異界の焔。幻想、神秘、魔術、科学とこの世界のどの体系にも実証されない未知の脅威。
床に散らばった肉片は未来の自分の暗示であり、どう行動しようと逃れられない最悪の末路。有珠や草十郎、二人も己の持つあらゆる手段を用いて、生存のために行動するが灰色の巨狼は、その怪物特有の肉体性能とそれに不随する殺人技巧のまま更に骸を量産する。
腹をくくり、魔法使いが持つ最大の異能である魔法を使おうとした時、眼前には巨狼が広げた顎門の内部が見え、それが閉じられた瞬間に全てが終わる……
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不意の、なんの意味もなさない“if”の想定。白昼夢とさえ言えぬ妄想の産物。
だが、おそらくこの眼前にいる怪物は今の妄想を寸分違わず実行できる。やる、やらないではなくできるという一点が恐ろしい。草十郎のように自分のことを殺せるような異形を前に警戒を解くなんて真似ができるほど器用な精神構造など持ち合わせておらず。
私にしても有珠にしてもだが、常に警戒心を張り詰めさせたティータイム。全く、とんだアルバイトになったと考えながら、カラカラに干上がった喉を潤すためすっかり冷めたカップに手を出す。ああ、本当に今日は厄日というやつだと心の底から思う。
「とことん狼が縁起悪いわね。こんなことなら、年末に狼関係の厄落としでもしとけばよかった」
そんなピンポイントな厄除けなどありはしないと分かってはいる。しかし、それでも口に出してしまうほど疲れているのだと自覚した。まぁ、あの狼も特に不審な行動を見せておらず、ここは心を落ち着かせるために高めの茶葉を目一杯使ってしまおう。
そう思っていたら……
「ハハっ、そんな都合の良い厄落としなんてないだろ、蒼崎」
ニッコニコに笑いながら草十郎は子供の微笑ましい言い間違いを指摘するように声をかけてきた。頭が真っ白になる。悟りというものには、ほど遠い立場ながら私は俗に言う悟りというものを擬似体験する。全てのものに対する執着が消え、同時に総ての事柄への差別的意識の消失。
高尚な修行など一切していない身でありながら、私はおそらく場を和ませようとしたであろう無神経な台詞に苛立ちを感じたのだ。怒り、恨みというほどの激情ではないにしろ、カンに触りまくった一言は確かに自分の何らかの沸点を超えていた。
いや、日常生活でこの程度の軽口を言われたのなら、私も高校生として魔術師として多くの経験を積んできたために軽く受け流せた。ただ、間が悪い。極大の怪物と長々と一緒にいたことによるストレス、そしてセイバー、式、アルクェイドなどという規格外に含まれる者たちの相手。
精神衛生上、今のアーネンエルベは私にとって鬼門としか言えなかった。
「……そうね、狼避けなんて丁度いい分類はないでしょうし、動物関係の広義的なものなら、探せばあるのではなくて?……ペンギンのお守りとかないかしら」
「ペンギンか、おそらくそういうのは難しいと思う。鶴とか亀ならあるのでは?」
……ダメだ、もの凄く怒鳴り散らしたい。草十郎と同じく、いやそれよりも付き合いの長い有珠のことを忘れていた。この娘、そういえばドが付く天然だった。此処では彼女も頼りにならないという現実が突きつけられた。大体、何故にペンギンを引き合いに出す。会話の流れ的に伏線でもあったのか。
あと草十郎も真面目に答えるな。
「全く、皆さん纏まりというものが皆無ですね。何をどうすれば、此処まで混迷とした状況に陥るのか言葉に困ります。此処は落ち着いて飲食を行う喫茶店ですよ」
そのセリフに式、アルクェイド、有珠はセイバーの背後にいる巨狼を見て、草十郎はお手拭きやカウンターに備え付けの調味料の補充をしていた。
私はと言うと……
「あ、あ…………あんたの後ろの猛獣が原因だぁ!!」
怒りを爆発させてしまったようだ。
「ギニャー!とうとう青子氏の怒りが振り切れちまったゼ!これはまさしく怒りのボルケーノ。助けて、ネコ型ポリスメン。と言うか、草十郎っち。それもこれも全部、君が何となく悪い!ン〜〜ネコ的に見てギルティ?だから、さっさと現代版のリアル魔法少女を止めるニャァァァ!」
魔法少女とかふざけた声に反射で反応し、魔弾でネコを叩き潰す。アルクェイドたちを始めとした女性陣はいつのまにか退避済み。となると貧乏くじはたった一人の男子、静希草十郎に託された。
「なんだか、今のは蒼崎の余計な怒りを買ったような気がするんだけど。あと俺だけで蒼崎を止めるのは無理な気がする。援護を、期待できそうにないか。仕方ない……せめて、これ以上モノが壊れませんように」
そう言うと草十郎は一人、店内で怒りの暴風を吹き荒らす人型の嵐へと吶喊していった。
なお、奇跡的に物的損害はなかったが、代わりに草十郎のウェイターの制服がボロボロになり、彼は替えの二着目に着替えることになったのである。
なお、ネコ一匹が粉微塵になりかけ、ノックアウトされた事実を併記しておく。
「男女比が
草十郎は自分の現状の文句として男女比についてを急に言い
「男女比ね、私も昔は男としての人格があったけど、そういうことではないみたい。むしろ、こう気楽に話せる男子がいて欲しいと?」
「男としての人格というのは、いささか引っかかりますが男性ということでしたらカヴァスがいるじゃないですか。彼ではダメなのでしょうか」
「男っていうより、雄って感じなんだけど」
「……あ」
セイバーの発言に修正を入れるように青子は口を挟む。それを聞いた有珠に至っては雄だったのかと目を見開き、ジッと巨狼を観察している。灰色の狼も雄という扱いに不満でもあるのか、牙を剥き出し、その巨躯に比例する甚大な威圧を放つ。
青子たちと両儀式はそれを軽く受け流すが、アルクェイドはその紅眼を輝かせ、真っ向から相対する。そんな怪物の睨み合いを委員長気質のセイバーが止めに入った。アルクェイドの眼前に手をかざし、牙を剥くカヴァスには鼻先を落ち着かせるように撫で付ける。
爆発寸前までに上がっていた戦いの熱は平常時までに低下する。
「アルクェイド、カヴァスは容易に力に頼ったりはしません。そこまでに好戦的なのはどうかと思います。それにカヴァスも、此処は喫茶店であり茶を楽しむ場。店内で暴れてはなりません。何か、貴方でもつまめそうなものを注文するので待っていなさい」
セイバーの言っていることは飼い主がペットに注意をするような口調のもので、むしろそんなセリフを吐けば八つ裂きにされかねないとアルクェイドは席を立ちかけるが。
カヴァスと呼ばれた魔獣の瞳から殺意や怒り、負の情念が抜け落ちていく。
後に残されたのは灰色の狼が一匹。それは恐怖を喚起させるほどの違和感を放ってはいるものの、特別周囲へ害意を振りまこうという意思だけは消え去っていた。
ーーーー
全く、敵わない。朱い月の代行である私とて恐る世界の規格より反したナニカ。それを言葉だけでどうこうしようとするのだから。志貴がいれば、果たしてどうなっていただろう。恐らく、志貴やこの場にいる彼女たちと協力することであの怪物を殺すことだけは叶うはずだ。
しかし、殺した怪狼がそのまま死んでくれるとは限らない。むしろ、より悪辣なほどに殺戮性能を上げ、容易く死を踏破するのは明白。そんな怪物がこれまで世界を滅ぼすことなく、ただ飼い主を待ち焦がれていただけとは。主人が死ねば、世界を死の海に変えてでも復讐するかもしれなかった怪異が、主人なき世界で
永劫を生きる真祖としては身に染みる話だ。
「?……アルクェイドさん、どうして泣いて」
「馬鹿ね、草十郎。女の子が泣いていたら、そっとハンカチを出して見なかったふりをするものよ。それに悲しくて泣いてるんじゃないから……そうね、ちょっと綺麗なものが目に映っただけ。それだけの話」
そっと目の縁に残った雫を指先で払い、笑顔を取り戻す。
「さて、確かどこまでを話してたんだっけ!確か、男女の話だったわよね」
「ええ、男より女の子の方が多いって。………全く、この中の女性の一人でも男だったら、少しは助かったろうに」
私の発言に続いた草十郎のボヤきとも取れる発言に女性陣が目を見張った。
「私たちが男だったら?そんな下らない話してどうなるのよ。有珠とか、最悪引きこもりで夢見がちなお坊ちゃんになるじゃないの」
やたら、マイナスイメージばかりが付属された意見だが、草十郎がいるなら話は別になる。訂正もないまま放置しておくと、草十郎が間違ったまま覚えるのだと思っている有珠は即座に反攻に撃って出た。
「そんな“もしも”なんて有り得ないでしょうけど、私が引きこもりだとしたら貴女の場合は売れないギター弾きじゃないかしら。ピッタリではなくて?」
「ちょっと、ギター弾きって何よ。センスの欠片もない形容するくらいならバンドマンと呼びなさい!」
「”売れない“は良いのかい。そっちの方が不名誉だと思うんだが」
ツッコむとこ、そこじゃないわよ。
「じゃあ、私はどうなの?どんな男性になると思う?」
……驚いた。いや、あの式がこの話題に乗っかるのが信じられない。しかし、よくよく考えると今の彼女はアラヤの具現。こんなにも長く実体を持っていることがないからか、浮かれているのね。此処で判明した両儀式は式よりいささかノリが良いという事実。あまり使いどこはなさそうだ。しかし朱い月にしても、両儀式にしても、自由に扱える体を持たないモノたちは実体を持てば、こうも容易く浮かれてしまう。
頭が痛いものだと思いながら、卓上の紅茶に角砂糖を投入する。
「極道?」
「ヤクザ」
青子と有珠が頓珍漢な解答を叩き出してきた。
「ちょっと、式。散々な言われようだけど、反論は?」
「特には。堅気とまではいかない家ですもの。ただ、そういう例えが多いのも事実。やっぱり、秋隆が一年を通して黒のスーツを着ているのが悪いのかしら。春夏秋冬、黒スーツでウロウロするのもどうかと思ってはいたの。そうね、これを機に夏はアロハ、冬はダウンにすれば」
そういう問題じゃないと思う。
けど……確かにファッションを変えるというのは良いわね。志貴が黒のスーツを着込んだら……夜に紛れるような黒いスーツを着て、夜中に街を一緒に散歩する。ムードがあって、すっごく良い。しかし、そうすると秋葉やカレーシスターが。
……それにしても新鮮だ。女子が揃ってこういう話題で盛り上がる、なるほど。
「これが女子会ってヤツね」
「女子会というのが一般的にどうなのか知らないけど、普通の女子の会話でヤクザや極道なんて言葉は聞いたことがないんだが」
ムッ、鋭い指摘。一瞬、納得しかけてしまった。
「では私はどうでしょう」
セイバーの男子像。多分だが、女子の頭には同一のイメージが広がっただろう。
「そりゃ、白馬に乗った王子様ってとこが順当でしょう」
青子の発言に頷く一同。確かにセイバーは女子からすれば、理想の王子様。ジェントルマンで女子を恭しく扱ってくれて、女心を介する騎士様。モテないはずがなく、だからこそ気になった。もし、仮にセイバーが本当に男だった時はどうなっていたのか。
ここにいるセイバーは自分たちと同じ女子だからこそ女心をよく理解してくれる。だが、もし生粋の男だった場合は、果たしてここまでの理想の王子様になったかと。
いかんいかん、とりとめない”
最新の魔法使いに、最後の魔女、アラヤの具現に生粋の英霊。彼女たちの想像する男となった自分の質問に少し好奇心が働く。
「ねぇねぇ、それじゃあ私は?どんな感じなのかなぁ?」
満面の笑みを浮かべた真祖の吸血鬼。その声は晴れの日の太陽を思わせ、その表情は天真爛漫そのもので。それを見た全員は互いの目を見ないまま、全くの同時にアルクェイドを評する。青子、有珠、両儀式、セイバー、異口同音に発したのは、全くの同じセリフであり、アルクェイドにとっては聞き覚えがイヤというほどある評価だった。
「「「「アーパー吸血鬼」」」」
……
……
”ウォン!“
四人の女子のやけに揃った声に遅れて、狼が軽く控えめに一鳴きをする。
草十郎はカウンターの乾拭きを一時中止して顎に手を当て一言。
「……確かになぁ」
絶対に息を合わせないだろうと思っていた女性陣の満場一致。それを踏まえての草十郎の納得。あと、それに合わせての狼の一鳴き。多分、狼も”確かに“とでも言ったのだろう。
「なぁ〜んで、ここに来て私は、女性の時と大差ない扱いなのかしらぁ?」
言葉の端々から、凄まじい威迫を感じる。これはまた、厄介なことになるぞ、と考えながら、今のところ唯一の男子である草十郎はカウンターを出て、女性陣たちの仲介、交渉に挑むのだった。
ーーー巨狼道場ーーー
青子のヒドイ深読み。アルクェイドの謎の感動。意思疎通のできない飼い主。
巨狼の明日はどうなるのか!
ちなみにセイバーの首元に顔を押し付けていた時、並びに最後の一鳴きの意訳
「シフって呼んでください!」